ざくざくと迷いのない足取りで獣道を進んでいく。道なりから大きく外れた私たちは、トキワの森の奥深くへと向かっていた。
その後ろを歩くブルーの顔は実に不安気だ。
「なんで道に沿って歩かないんです……?」
「修行だから」
「私たちニビに向かうんじゃなかったんですか!?」
「ちゃんと向かってるよ」
納得のいかないブルーはまだ抗議をしているが、私の足にはまったく響かない。
彼女には教えていないが、方角はこれで合っている。いわば最短ルートだ。ただし周囲に目印なるものはなく、素人ではまず生還するのが難しい。
トキワの森は二つの町を行き来するのに必ず通らなければならない場所だ。それは必然的に人の往来が多くなるということ。よって人の手が入っていない森とはいえ、踏み固められた本道が存在する。その道の周辺では野生ポケモンも人間が通ることを理解しているのだろう、遭遇率は極端に低い。ただし、草むらに入ればそこはもう野生の王国だ。一歩間違えて彼らの縄張りを荒らせば攻撃されても文句は言えない。
つまり、今の現状がそうだ。いつ襲い掛かられても不思議ではないってこと。彼女が周囲を警戒しながら進む理由がお分かりいただけただろう。
だがしかし、こんなことで怯えているようではこれからトレーナーなんてやっていけない。手持ち一匹だけでジムに挑むことは無理だろうし、仲間を増やすなら野生ポケモンを捕まえるのが一番手っ取り早いのだ。
今日は一日、ブルーとモニカにバトルをしてもらいながら、気に入ったポケモンがいたらゲットするように言ってある。今のところ4戦しているが、まず倒すのに必死で捕まえるのには程遠い。
先が少々不安になる結果だが、まだまだこれからだとブルーを励ましながらここまでやってきた。
それでも不満がこぼれはじめてきたということは、疲れてきちゃったのかな。気分を入れ替えようと、ちょうど川が見えてきたので足を止める。
「ここで休憩しよう」
そう提案して時刻を確認すればお昼に差し掛かっていた。ちょっと早いけど、結構歩いたし昼食にしちゃおう。
ちなみにスクーターはジャンボに操縦させて、人間組みは徒歩でここまでやってきました。
免許? 運転技術? うちの相棒は常識を覆す存在とだけ言っておこう。
ジャンボの身長は約80cmとかなり大きめ。そして私の座高が80cm越え。座席に立ってハンドルさえ握れば運転できるんです。
そもそもこのスクーターが特注なのは、ジャンボも運転できるようにとおやっさんが一から作ってくれたもの。座席やハンドル部分、収納スペースなど構造が特殊になっております。大半がジャンボ仕様になっている時点でどれだけ相棒贔屓なのかがわかるよね。さすがに人目がある場所や街中では運転させませんが。
相棒はスクーターを停めると、自分専用のリュックを背負ってブルーの手を引っ張った。
「ピカピ」
「あの、レッドさん……ジャンボ君が」
「いいよ、こっちは昼食作っておくから行っておいで」
「チュー!」
「散歩でしょうか?」
「まあ、そんな感じ。遅くならないようにね」
頭に疑問符を浮かべながら、ブルーは手を引かれるまま森の奥へと入っていった。
きっとおやつを探しにいったのだろう。
先週までこの森でフィールドワークをしていた私とジャンボだが、仕事中暇をもてあました彼は独自に森を歩き回るようになっていた。自他共に認める賢い相棒のことだ、好きにさせておいても問題はなかろう。そう思って放任していたら、いつの間にやら美味しいものをたくさん持って帰ってくることが多々あった。
おかしいな、卵から孵したはずなのに野生の勘が冴え渡ってやがる。そんな教育をした覚えはないぞ。内心は疑問に思うけれど、おこぼれに与る身としては何も文句は言えません。
「さーて、こっちも調理しますか」
掛け声と共に気合を入れる。
まずは車からブルーシートを取り出して地面に敷き、折りたたみ式の小さな作業台も組み立てる。
次にケトルを取り出し、車から電源を繋いでお湯を沸かす。携帯ガスコンロも持っているが、そこまで火力が必要でもないので今回は出番なし。マグカップを取り出してココアとカフェオレ、コーヒーと三種類用意する。冷めないように、蓋をかけることを忘れずに。
もう一度湯を沸かして、おかみさんから貰ったコッペパンを三つ袋から出す。ナイフで上部に切れ込みを入れて、トマトとサラダ菜を切って挟む。後は沸いた湯にソーセージを入れて、もう一度沸騰させたら取り出してパンに挟むだけ。ケチャップとマスタードは各自でどうぞ。
ものの15分もかからず昼食の準備は終わってしまった。まだ相棒達が帰ってくるには早い。これでは飲み物が冷めてしまうではないか。しまったな、もっと遅らせるべきだったか。
車から読みかけの文庫を取り出して。自分用のコーヒーを啜りながら時間を潰す。
5分も経っていないだろう、数ページ読み終えたあたりで森の奥から声がした。
「ピーカー!」
相棒たちのお帰りだ。私は本をしまって立ち上がる。
まだ遠目からしか確認できないが、相棒は元気いっぱいにこっちに走ってきていた。そのだいぶ後ろをなんとか追いかけてきているブルーは疲れているのが一目瞭然で。
君たちフルマラソンでもしてきたのかい?
こちらに飛び掛る相棒を、私は踏ん張って抱きとめた。
「おかえり」
「ピッカー!」
「収穫は?」
「ピッピカチュ!」
相棒は背中のリュックを下ろして大量の木の実を見せてくれた。
これには見覚えがある。確か、リンゴを小さくした形で苺のような味がする不思議な果実だ。
ご苦労様、とリュックを受け取って代わりにココアを渡す。遅れてブルーも到着した。
「た、ただいま戻りました~……」
「お疲れさん。たくさん取ってきたみたいだね」
「それはもう……ジャンボ君すごかったですよ」
「だろうね。でも、君も負けてないんじゃない?」
「はい?」
理解していないブルーの頭上を私は指差す。
ソレは自分のことを指しているとわかると顔をかしげた。
「私に何かついていますか?」
「とびきりの大物が」
「ええっ、レッドさん霊感あるんですか!?」
「頭重くない?」
「そういえば、木の実が降ってきた時に頭をぶつけてからちょっと違和感が……」
顔色を青くする彼女にむかって、私はリュックから取り出した果実を向ける。
「とりあえず、お昼にしよう。よければ君も一緒にどうかな?」
呼びかけに対し、私に向かってピョンと飛び跳ねたソレを受け止める。
これでようやくブルーの前に姿を現すこととなったソレは、緑の体躯に赤い触角を持っていた。
警戒することもなく私の手ずから果実を頬張る姿は、手のひらサイズといってもおかしくはない大きさだ。きっと体重もほとんどないだろう、生まれたてかなと推測する。これではブルーも気づくまい。
当の本人に視線を向けると、口を開いて呆気にとられていたまま固まっていた。おいおい、大丈夫か?
心配したジャンボが服を引っ張り声をかけると、はっと驚いて彼女は叫び声をあげた。
「キャタピィイイイ!?」