原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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プロローグ編


01-1

 よく芸人が口にものを含んだ状態で驚き噴出すリアクションがあるが、あれは存外しんどいものだ。

 

「ッブゥーーー!! ……っげほ、がっは、ぐふっ……はぁ……」

 

 右手にポケギア、左手にハンバーガーを持った状態で必死に体をくの字に曲げ、苦しさをやりすごす。

 人間は唐突な出来事に驚くと息が止まるというが、その際口の中にものが入っていると気管支に入りこむ場合があるらしい。むせながら、こんな事実知りたくなかったと痛感した。

 

『ちょ、大丈夫?』

「ケホッ、あ゛ー……なんとか」

『んもう! 電話中に食事なんてするからだよ』

「いや、逆だろ。食事中に電話かけてきたお前に言われたくない」

 

 気の利く相棒が持ってきてくれたタオルをハンバーガーと交換して、口周りを拭う。

 そして目線を無残にも吐き出されたハンバーガーだったモノに向けた。

 此処が人のいない森の中でよかったとしか言えまい。幸いにも明日の天気予報は雨だ。土に還ることを祈ろう。

 

「それで、お前がさっき言ったことは本当なのか?」

『なんでこんなことで嘘つかなきゃいけないのよ』

 

 電話口の妹は憤慨して言う。

 

『面倒くさがりなシンのためにわざわざトレーナーカードを作ってあげたっていうのに、なにその反応? もっと感謝してもいいんじゃない?』

 

 ありがた迷惑だ。反射的に喉まで出てきた言葉を必死に嚥下する。

 

「……ドウモアリガトウゴザイマシタ」

『よろしい!』

「にしても、お前よくあんな昔の話を覚えてたな」

『大好きなシンの言うことを、私が忘れるはずないじゃない?』

 

 妹は上機嫌で答える。

 仲は良いに越したことはないという。好いてくれるのはとても嬉しい。が、これは間違いなく嬉しい誤算だ。

 

『ちゃ~んと覚えてるわよ。まだ一緒の布団で寝てた頃、寝る前に将来の話をしてたの。いつかトレーナーになる時がきたら、リング名を私が≪リーフ≫、シンが≪レッド≫にしたいねって』

 

 意気揚々と話す妹に反し、背中にヒヤリとした汗が垂れ落ちるのを感じざるをえない。

 心臓が落ち着きのないリズムを奏でる。間違いなく、焦っていた。そして胸中で叫ぶ、昔の自分爆発しろと。

 妹は相槌すら返さない相手を気にもせず、喋り続けた。

 

『私の出発は三日後。オーキド博士の研究所でトレーナーカードの受領をしてもらえるから、シンも博士から受け取ってね。なるべく早いうちに行くこと! 忘れないでよ! ……そういえば、シンって今どの辺りにいるの?』

 

 

 

 

 晴れやかな午後の昼下がり。

 鬱蒼とした森の中は日差しの厳しさなど関係なく、むしろ薄暗ささえ感じてしまうほど。そんなトキワの森にフィールドワークにきてからはや三週間。依頼されていた生態調査も終えて撤収作業に取りかかろうと、昼食を取りながら考えていたところに水をさしたのが妹からの電話だった。

 開口一番『きいてきいてー!』から始まり、嬉しそうに事の次第を報告してくれた。

 話はこうだ。マサラの実家に住む妹が、オーキド博士からポケモン研究の協力者を頼まれたらしい。依頼内容は、どうやらフィールドワーク的なものらしく、トレーナーの旅に出る矢先の依頼だったので二つ返事で応えたとのこと。

 それだけ聞くと、家族としては喜ばしい事この上ない。高名な博士の研究に携われるのだ、素直におめでとうと言える。

 

「…………どーしたもんかなぁ~」

 

 通話を終えたポケギアを片手で弄くりながら、傍らの相棒に語りかける。

 

「ピカァ?」

 

 相棒は不思議そうに応えた。

 リスの体型を猫ほど大きくしたような、体毛は黄色く耳は長い、おまけに尻尾はギザギザ模様。マニアな愛好家もいるほどの超有名人、通称ピカチュウである。

 愛らしい容姿と小柄な体躯からペットとしても大人気。ただし需要に対して反比例する生息数と狂暴性のため近年稀少種に分類されている。

 うちの相棒は通常サイズよりかなり大きめ。それ故に愛称がジャンボだったりする。

 

 

「ジャンボ~っ……」

 

 

 情けない声をあげながら相棒を抱き寄せ縋りつく。

 ふかふかの毛皮に顔を埋めて盛大なため息をひとつ。落ち込んでいると、よしよしと小さな手で頭を撫でてくれる。

 片手じゃ足りないほどの年数を共にしてきた相棒の優しさが身に染みる。

 どんな時でも見捨てず隣にいてくれた相棒に、嘘は吐けない。これから起こる苦難を共にする彼には、正直に話しておかねばならない。

 

「聞いてくれ、相棒」

 

 意を決し、相棒を正面に下ろして姿勢を正す。

 真面目な話だと感じ取ってくれた彼はしっかりと目線をこちらに合わせてくれた。

 

「これからカントーのジムを制覇したり、とある組織を壊滅させたり、ポケモンリーグの頂点に立っちゃったり、雪山の頂上で山篭りすることになるかもしれません……」

「ピッ!?」

 

 耳をピンと立たせながら驚きの声を上げる相棒は『なぜ?』と全身で語っていた。

 

「誠に遺憾ながら……主人公フラグが立ちました」

 

 ああ、なんてことだ。

 まさか自分がレッドになってしまうとは。


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