目を覚ました私が見たのは真っ白な天井と真っ白なカーテンだった。
微睡む意識の中、現状を把握しようとして視点を動かせば真っ白なベッドに真っ白な壁.......此処が病院である事が想像できた。
.......あれ? 何で私、こんな場所にいるんだっけ?
意識がまだ覚醒しきっていないのか何も思い出せない。 流石に記憶喪失なんて大それたものではない、軽いド忘れだと思う。
立ち上がり周りの人に聞いて見ようとして思わず肩を押さえた。
痛み.......とまではいかないが何か違和感があったからだ。
数瞬の間を置いて思い出す実技試験での出来事。
そっか.......私は.......。
「負けちゃったんだ.......私は.......」
記憶が途絶える直前に見えたシグナムさんの本当の実力.......いや本当のというと語弊があるかも知れない。
シグナムさんはきっと試験から戦闘に意識を変えただけ.......詰まり私はあの時シグナムさんと戦闘すらしていなかったのだ。
戦闘すらできていなかったのだ。
「.......なんで」
経験が足りなかった、本調子では無かった、レイジングハートじゃ無かった.......言い訳を自分に言い聞かせて本当の原因から遠ざかろうとする。
でも、遠ざかろうとすれば遠ざかろうとする程にソレは私に強く主張してくる。
やっぱり.......私が.......。
「つぅ.......いくらなんでも強すぎやろ!? あれやな! 私を嫌う誰かの陰謀や!」
暗い後ろ向きな考えが浮かぼうとしたその時、特徴的な関西弁の様な言葉が響いてきた。 ビクッと身体を震わせてその方向を見れば誰かがいるのが確認できる。
椅子に座っているのだろう、薄いカーテン越しに見えた誰かの影は小さく頭になにかを押し当てている様に見える。
看護師さん........には到底思えない。 いくらなんでも患者が寝ている病室でここまで大きな声で何かに文句を言える看護師はいないだろう。
「はぁ........なんでよりにもよって私に実技試験の試験官なんて役目がきたんやろ........私が打鉄なんて碌に操縦できひんのも知っとる筈やのに........ああ、下手やけどちゃんと動かせるからやな」
「試験官........打鉄........?」
最近頻繁に聞く様になった用語を思わず声に出してしまった。 口に急いで手を当てるがもうすでに遅く後の祭り状態で声の主は身体を一瞬震わせて声を再び発した。
「あっちゃぁ........もしかしなくても聞いとった?」
「........はい」
「受験生........やな? あーその、聞かんかった事にしてくれへん? 結構他の人に聞かせたらアカンような事言った様な気ぃするし」
「大丈夫ですけど........」
「ほんま!? 良かったわぁ........」
彼女の心底安心した様な声を聞いて色々と頭の中に疑問が湧くがそれらは追求しない事にして取り敢えずは今がいつ頃なのかを聞いてみる事にする。
「すいません、IS学園の方ですよね? ........私が病院でどれくらい眠ってたのかって解りますか?」
「病院........? 此処はただの医務室やで? ........取り敢えず受験生全員の実技試験が終わった所やからあんまり時間は経ってへんと思うよ」
その言葉を聞いてホッと肩を撫で下ろす。 流石に何日も寝ていたというのは無いとは思っていたが深夜まで寝ていたらどうしようという思いはあったからである。
娘が真夜中まで帰って来ずに家族に心配をかけてしまうという事にはならないようで安心した。
........それから、関西弁の人は私と少しの間お話をしてお仕事に帰って行った。
何でもこの時期の忙しさはとびっきりらしく、寝る時間もあまり取れないそうだ。
そろそろ私も帰らないと、そう考えて医務室を後にした。
私を探しに来たフェイトちゃんとすれ違いになってしまいしばらくの間、お互いをお互いが探し回ったのは完全な余談である。
筆記試験は赤点、実技試験では試験官に勝てず気絶すらしてしまい職員さんのお世話になる始末。
本当にプレシアさんが言っていた様に合格するのか心配になってくる戦績だが、どうやらちゃんと合格できた様だ。
此処はIS学園の教室の一室、周りを見渡せば女子女子女子、あまり見る事の無かった外国から来た人だって沢山いる。
入学式を終え職員の指示で各教室に別れた入学生を待っていたのは生徒の名前の書いてある札が置いてある各々の机、そして入学初日特有の暗~い雰囲気だった。
可愛らしく端の方に蝶々が飛んでいる手作り感満載の名札は制服に着けろと言いたいのか安全ピンが刺さっている。
暗い雰囲気の中、入学初日でお互いの事なんて解らないが恐らく皆の思考は一つだっただろう。
――――今、コレを着けたら何か取り返しがつかなくなる。
入学初日、それも第一印象というのは大事だ。 暗い奴ならまだ良い、後からいくらでも挽回する事は可能であるし容易いだろう。 印象を暗い奴から大人しい奴に変える事はそう難しくない。
勿論、明るい奴というイメージを持たれる事が一番なのは確かだ。 友達は暗い奴よりも遥かに速く多く出来るだろうし友達から友達の友達が友達になってくれる事だってある。 ........しかしそれは自分の性格と一致していればの話だ。
本来は暗い人間、大人しい人間が無理をして入学初日に明るく振る舞えばどうなるか........ボロが出れば初めは多かった友達はやがて第一印象とのズレで段々と数を減らしていくだろう。 何故なら彼らが求めていたのは明るい人間であって暗い人間では無いのだから。 ボロを出さなかったとしても今度は自分にとって耐え難いストレスになるだろうし無理して続ければ精神的に病んでくることは間違い無しだ。
入学初日、それも散々苦労して入ったであろうIS学園でそんな間違いを犯す愚か者はいなかった。
重苦しい雰囲気を何とか和らげたくて親友の姿を探す。 同じクラスであってくれと神にも祈る思いで探して見れば直ぐ左後ろに彼女の姿はあった。
「良かった........同じクラスだったんだねフェイトちゃん」
「うん........あれ? なのは、もしかして掲示板見て無かったの?」
「........緊張して自分の名前探すのに精一杯だったよ」
苦笑いしながら頬を掻く。 正直な話、女性として長い間生きてきたが未だに知らない女性が沢山いる中に交ざるのは苦手だ。 性欲だとかそういったモノは感じないのだが気恥ずかしいというか場違いというか、とにかく居心地が悪くなってしまう。
まぁ居心地が悪いというのはこの教室もだが。 雰囲気が暗い事、さらに女性だらけという点でもこの教室は私にとってあまり居心地の良い場所じゃなかった。
「やっぱり知り合いが一人いると全然違うね........さっきまで居心地が悪くて........」
「あー........なのは? 私だけじゃ........」
「え?」
そう言って右を指差すフェイトちゃん。 そのまま視点を動かせば、私の列の後ろの辺りに大人しそうな女の子、私の親友の『月村すずか』ちゃんが居た。
IS工学関係に進むという事は聞いていたがまさかIS学園に、それも同じクラスだとは思わなかった。
すぐにでも話しかけたいが距離が少し離れているため流石に声で話す事はせず小さく手をふるだけですませる。
すずかちゃんは何故か困った様な顔をしながら手を振り返してくれた後に更に右を指差した。
流石にこれ以上首を曲げる訳にもいかず今度は首を右に曲げてみれば........不機嫌さが爆発しそうなくらい貯まっている事が解る表情をした『アリサ・バニングス』ちゃんがこっちをガン見していたのだ。
見ていた、なんて生易しいものではない、ガン見、
ガン見である。
如何にも私不機嫌です、と言いたげな感じでじぃぃっと此方をみてきていた。
私、アリサちゃんに何かしたかな........と考えて見るが全く見に覚えがない。
そもそも最近は忙しく会う事も出来なかったのだ、色々な精密検査に書かなくちゃいけない沢山の書類........そのあとはISの勉強。 それにアリサちゃんも受験勉強で忙しかった筈だ。
もしかしたら同じ教室だと言う事に全く気づかなかったせいだろうか? ........あながち間違いでも無いかも知れない。
そう考え直ぐにでも謝ろうとした私を遮る様にドアの空く音が聞こえて誰かの歩く音、振り返ろうとした途中で声がした。
........そして、振り返って固まった。
「みんなおはような! 私が今日からこのクラスの担任をする事になった『八神はやて』や! みんななかよーしてや!」
『八神はやて』原作の次回作でのもう一人の主人公とも呼べる少女、幼い頃から下半身に障害を負っていて........。
其処まで考えて思考を中断した。
また悪い癖だ、現実と妄想の区別が未だにはっきりとついていないからこんな事を考えてしまったのだ。
小さく頭を振って思考を切り捨てる、何が下半身に障害を負っているだ........彼女はきちんと立っているじゃないか。
........しかし若い、本当に教師なのだろうか? 見た目年齢で言うなら私たちと同い年にも見えた。
私の両親といいプレシアさんといい........私の周りの大人は揃いも揃って老化という言葉を知らないに違いない。
やがて話はお決まりの自己紹介に移っていく、クラス一人一人の自己紹介にややオーバー気味な反応をするはやてちゃん........はやて先生に場の雰囲気が少しずつ和んでいくのを感じた。
「うんうん、先生もシュークリームは好きやで! 外の生地と甘いクリームのハーモニーが........っととあんま話しとると時間が無くなってまう........次は........『高町なのは』ちゃんの番や!」
「にゃ!?」
シュークリームの味を想像していたのかうっとりとした表情を浮かべた彼女はビシッという擬音が目に見える様な勢いで私を指差した。
勢いに押され思わず奇妙な声を上げてしまった私にクラス中から小さく笑い声が聞こえた様な気がするが気のせいだと信じる。 信じたい。
「たっ........高町なのはです! 趣味はお菓子作りで........えー........ISの事については最近学び始めたばかりで解らない事の方が多いですがよろしくお願いします!」
噛んでしまったし詰まってしまった........。
「お菓子作りかぁ........もしかしてシュークリームとか作れたりするん?」
「えっ........はい、多少は........」
「今度先生にも作ってくれへん? みんなは知らんやろうけど先生シュークリームが好物なんよ........え? 知っとる? みんなエスパーやなぁ」
気にした様子もなく、はやて先生は次々とクラスの自己紹介を進めていく。
やはり全世界から生徒が集まるIS学園だけあって呼ばれる名前は多種多様、アニメなんかで登場しそうなカッコいい名前から発音の難しそうな名前まで選り取り見取りだ。
必死に覚えよう頭をフル回転させるが頭の中に全く入って来ない........クラスの名前を半分も覚える前に自己紹介は終わってしまう。
覚え切れなかった名前を確認する為に後ではやてちゃんに........はやて先生に出席簿でも見せて貰おうと考えた。 仮に見せて貰えなかった場合でも彼女の事だ、きっと何か代わりとなる案を教えてくれるに違いない。
「さ、次はクラス代表を決めなあかんな。 積極性のある子は好きやけど此処はIS学園、クラス代表には勿論そう言った役割が多くなるから気を付けてな~」
そう言った役割、つまりISを用いた戦闘等の事だろう。 学園の教育目的を考えれば可笑しな話ではない。
私はISの強さで言えば恐らくフェイトちゃん、リーダーシップ的なモノで言えばアリサちゃんかなと考えながらボンヤリと周りの話を聞く。
「はい」
手が上がった。 声のした方向を見てみれば手を上げたのはアリサちゃんだ。
フェイトちゃんは少しだけ引っ込み思案な所もあるから手を上げるとすればアリサちゃんかなぁ? 何て考えていたら見事に的中。 中学校の頃と同じ様にきっと皆を引っ張って行ってくれるに違いない。
「私は
........................え?