「しかし、こんなにデカいと探すのも一苦労だな」
「いえ、どうやら向こうから仕掛けてきてくれるらしいですよ」
ちょうど食堂の中を覗いていたステイルの脇から当麻も中を覗くと、うつろな目をした学生たちが次々と立ち上がり何かを呟いていた。
そのうちにほぼ全員が立ち上がり、合唱さながらの大きな音がそこまで広くない食堂内に響きわたるにつれて学生の額から光の球のようなものが浮かび上がってきた。
「さて・・・・、逃げるとしますか」
当麻はステイルを軽く突き飛ばすように入り口から退かすと、ステイルがいる方とは逆方向に走り出した。
漂うように浮かび上がっていた光の球は突然意思を持ったかのように当麻の後を追っていく。
それが薄暗い通路の先に消えたのを確認したステイルは懐から取り出した煙草に火を付け咥えると、ゆったりとした足取りで魔力の流れを追っていく。
「さて。ここからは僕の仕事だ」
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「げっ!?意外と速いなちくしょう」
当麻はステイルと別れてから全力で逃げ回っているが、光の球の集団を引き離すどころか逆に距離をじりじりと詰められていた。
また時折飛んでくる当麻を射抜かんとするレーザーを体を捻って避けているが、それもまたロスとなる原因の一つだった。
「おりゃっ!!」
決死の覚悟で転げ落ちるように階段を駆け下り、結界の所為で倍増された衝撃に痛む足をひたすら動かして当麻が逃げ続けていると逃げる先にまるで障害物と化したかのように複数の小さな人影が能面のような無表情で立っていた。
そして幾対もの虚ろな目が当麻を捕らえると食堂の時と同じように何かを口ずさみ、少年少女たちの額から光の球が現れる。
「くっそ。ここにも新手が・・・・・・。っ!?」
暗くてよく見えなかったが、辺りに立ち込める鉄の匂いに当麻が顔をしかめ、立っている少女の足元を見ると何やらどろっとした液体が水が垂れる音と共に、徐々にだが広くなっていた。
「おい、嘘だろ・・・・」
服の至る所に大きな染みができ、額の傷から溢れ出た血が目に入ってもそれを拭おうともせずただ棒立ちしたまま口だけが小さく動き続けていた。
能力者には魔術は扱えない。
その事は魔術師なら誰でも知っている事であり、裏を返せば少女たちを操り消耗品のように扱っているということだった。
肉体に限界が訪れたのか受け身も取ろうともせずに前のめりに倒れる少女を当麻は滑り込んで受け止めるが、動きを止めた当麻の周りを何十もの光の球が取り囲みその光を強くする。
「だれ?」
不意に後ろから聞こえてきた少女の声に当麻が勢いよく振り向くと巫女服を着た少女がゆっくりと階段を下りてきて当麻の方へまっすぐ向かってくる。
すると少女を避ける様に当麻を囲んでいた光の球が道を作り、まっすぐと歩んできた少女は膝をつき、突然当麻が抱えている少女が着ていた服の前を引き裂いた。
「ちょっ!?」
「静かに。早く服を脱がせて。止血をしないと危険」
「あ、ああ」
少女の指示に従い、魔術の行使によって傷ついた子供たちの応急処置を済ませた当麻はその少女がようやく今回の目的であることに気が付いた。
「君は姫神愛沙だよな?」
「そう。あなたは?」
「俺は上条当麻。君を助け出しに来たんだ」
「大丈夫。別に。監禁されているわけじゃない。ここに居れば私の願いがかなうからここにいるだけ」
立ち上がった姫神はそう言って最初に手当てした少女の方に向かう。
「理由を聞いてもいいか?」
「あなたは。あなたは吸血鬼ってどんな人たちか知ってる?」
床に寝そべっている少女の脇に座り、状態を確認するために視線を下げたまま姫神がそう聞いてきた。
「彼らは普通の人のように生活し。普通の人のように笑い。普通の人のように涙を流す」
「ここに居れば私は彼らを殺すことはないから」
「確かに普通の人みたいだよな。俺の知り合いも全然そう見えないし」
「本当に?」
「ああ。それに本人に聞いたらある程度まで力が有れば別に吸血しなくてもいいって言ってたし、傍から見たらただニンニクが苦手な普通の人みたいだしな」
「うん。だけど彼らは私の血の匂いを嗅ぐと抑えきれなくなるらしい」
「それが『吸血殺し』の能力か」
「その血で吸血鬼を誘い。吸わせて吸血鬼を殺す。それが私の業」
悲しげに姫神が呟いたのに当麻はある村がただ一人を除いて村人が灰と化したという事件を思い出した。
「彼らは泣きながら私に謝って死んでいく。もう私はそれに耐えられない」
「つまり、吸血鬼たちを殺さないように能力を封じれれば大丈夫な訳だな」
「そう」
「そこまでにしてもらおうか侵入者」
「アウレオルス=イザード・・・・・」
当麻が睨み付ける先には緑色に染めた髪をオールバックにした白人の男が立っていた。
「いかにも。侵入者、今すぐ私の城から立ち退くがよい」
アウレオルスは真っ白なジャケットの中に手を入れると、鎖が付いた手の平大の金色の鏃を取り出して当麻に向けた。
「嫌だと言ったら?」
「当然、排除するだけのこと」
嫌な予感が脳裏を駆け巡りとっさに避けた当麻のすぐ傍を何かが通り過ぎ、後ろの方で肉に刃物が突き刺さるような音がした。
「なっ・・・・・」
先ほど手当てをした少女に突き刺さった鏃は鎖に引っ張られアウレオルスの手元に戻っていく。
「愕然、これを避けるか・・・・・・。まぁよい。貴様に当てれば物言わぬ黄金になるだけのこと」
「熱っ!?」
「っ!!」
アウレオルスが言い終わる前に突然少女が高熱の黄金の液体と化し、それを触った姫神の手に火傷を負わせる。
「テメェっ!!」
「唖然、貴様、そのような駒に対しても怒りを覚えるか」
「姫神、なるべく物陰に隠れてろ。こいつはここでぶちのめす」
険しい表情をした当麻が拳を握り、アウレオルスに相対する。
しかしそんな当麻の怒りを向けられてもアウレオルスは余裕の表情を変えずに、再度鏃を当麻に向ける。
「否、それはかなわない。貴様も同じように黄金と化すのだからな」
空気を切る音と共に鏃が飛んできたのを当麻は横に体をそらして躱すが、次の瞬間にはまた鏃が当麻の体を穿たんと飛んできた。
「わが瞬間錬金
「そうかよ」
当麻はそう小さく呟き頭を狙って飛来する鏃を右手で掴み取りまるで鉛筆をへし折るかのように鏃を握り潰した。
「ば、馬鹿な・・・・・。空中で、しかも高速で飛来する瞬間錬金を捕らえるなど・・・・・」
「人間じゃないってか・・・・・・?ああ、その通りだ」
「来るなっ、来るなぁっ!!」
自慢の武器を簡単に攻略されたアウレオルスは敗北を確信し、もう一つ鏃を取り出すと魔術行使で傷つき倒れている塾生たちに向けて乱射する。
当麻の前に元塾生だったグツグツと煮えたぎる黄金の海が広がり、当麻が足を止めた隙に狂ったような笑い声をあげてアウレオルスは背を向けて走り去っていった。
「畜生。逃げられたか・・・・」
革靴の音も聞こえなくなった薄暗い通路の先を悔しげに眺めていた当麻は踵を返すと、冷えて固まった少女であった黄金を右手で触るがなんの効果も発動しない。
自分の無力感に当麻が無意識に握りしめていた右手に姫神の火傷でボロボロになった手が添えられる。
「ごめんなさい」
「姫神が謝る事じゃない。悪いのはアウレオルスと守れなかった俺だ。だから」
「アウレオルスは絶対に俺がぶっ飛ばす」