路地裏の壁ににガチャガチャと鉄のぶつかる音が響く。
その音源たちは知らない人が見ればコスプレかと思う西洋鎧で全身を覆っている。
『どこに行った?』
『くまなく探せっ!!奴は近くに潜んでいるぞ』
『殺して構わん。奴は我々にとって害悪の存在だっ』
明らかに学園都市内で主に使われている日本語でない言語を喋りながら西洋鎧集団が何かを探し回っているそのすぐそばにあるドアの向こう側で当麻は耳をそばだてていた。
ドアから耳を話すと困ったように首をすぼめる。
「なんでローマ政教とかち合っちまうんだろうな」
「あなたの不幸でしょう。絶対」
「だよなぁ・・・・・。不幸だ・・・・・」
返ってきた辛辣な答えに当麻ががっくりと肩をおとす。
『誰かいるのか?』
聞こえてきた声に気が付いた騎士がドアを開けて入ってくる瞬間、慌てて隠れたステイルはジッと息を潜めて物陰から騎士の装備を観察する。
「(まずいな・・・・。対魔術用の術式で何重も強化されているから生半可な攻撃力では倒せない。弱点と言えば物理的な攻撃だが奴は鉄板で体を覆っているし、そもそも騎士たちは体を鍛えている。聖人とはいかないが下手すると軍人以上に・・・・・・)」
考えれば考えるうちにどんどん自分たちの置かれている状況がどんなに不利かを思い知るだけで額に流れる汗も気にすることができない。
『うぐっ!?』
「はい・・・・?」
そんな時、騎士の体から突然力が抜け引きずられたまま物陰に連れて行かれた。
それをなしたであろう男はステイルの驚いた顔を不思議そうにながめる。
「どうしたステイル?」
「何したんですか?」
「眠らせた」
ステイルが横目で物陰に転がっている騎士を見るとちょっとまずい方向に首がねじれていた。
「どうやって・・・・・・。こいつらは軍人並に・・・・・」
ふと当麻の顔を見たステイルは思い出す。
「超怪力侍ガールともはや人間じゃない自称傭兵崩れとそれと対等に戦える紳士その他諸々に説得(物理)をされた時に比べればこんな奴らどうってことないんですよ」
まさか入院してお見舞いどころか再度入院並の怪我を負うとは思わなかったな、と懐かしむ?当麻を放っておいてステイルはギリギリのところで生きている騎士のそばにしゃがみこんで鎧に掛けられている術式を確認する。
「水上移動の加護に属性魔術への耐性、疲労回復か。僕じゃちょっと厳しいかな」
「こんな極東までご苦労なこって」
当麻は扉を少しだけ開けて外を見るが未だに騎士たちがウロウロと動き回っていたので小さく舌打ちをする。
しばらくすると近くに騎士たちの鎧がぶつかる音が集まってきたので二人は耳を澄ませるとイタリア語で喋る騎士たちの話を聞きとる事が出来た。
『おい。そろそろ時間だ』
『何人かいないがまぁ大丈夫だろう。予定通り奴の根城に攻め込むぞ』
それから次第に遠ざかっていく音を隠れながら確認した二人は時間をかけて周りに気を配りながら何とか三沢塾のビルの前にやってくるとすでに夕方になっていて、中から多くの塾生たちがエントランスから出てきていた。
「どうやらアイツらは来てないようですね」
ステイルが人ごみを掻き分けながら周りを伺って騎士たちがいないことに怪訝そうな顔をする。
「いや・・・・・。覚悟してろよステイル。あのドアを通り過ぎてからが本番だ」
多くの魔術師と戦ってきた当麻は戦闘経験からまるで自然のように見えて不自然なそれに気が付いていた。
魔術の概念がない街だから魔力を感じないというのはあり得ない。
霊地やなんの神秘性も持っていない土地のように濃度に違いはあるが世界中には大地に無数に張り巡らされている龍脈から漏れ出た魔力が漂っているはずなのだ。
しかし三沢塾の建物からは魔力がまるで感じられない。
「たぶん、あの中は一種の異界になってる」
「結界ですか・・・・。じゃあやはり・・・・・」
「ああ間違いない。いくら本拠地とはいえ、これ程の結界を張るのは魔術師でもごくわずか」
「錬金術師
当麻はそう呟くと堂々と自動ドアの入り口を潜った。
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「なるほど。そういうことか・・・・・・」
ステイルは懐から煙草を取り出して火を付けて咥えると、目の前の惨状に深いため息を吐く。
ステイルの目線の先には人通りの激しいロビーの真ん中に仰向けで転がっている腕や足がおかしな方向に曲がった騎士や、下腹部に深々と棒が刺さったまま柱にもたれかかる様にして休憩のために座り込んでいるようにも見える騎士など、先ほどまで二人を追っていた者たちと同じ格好をした騎士たちが至る所に転がっていた。
そして、それよりも異様なのは至る所に騎士たちが転がっているのにもかかわらず、まるでそこに何もないかのように転がった騎士たちの上を歩く三沢塾に通う生徒たちだった。
当麻達の目の前を通り過ぎた友人と楽しげに談笑している女生徒に踏みつけた騎士の鎧がまるでプレス機に掛けられたかのように潰れていく。
そして踏まれた騎士の胸は先ほどの学生の足形がはっきりとわかるほどに陥没し、ビクビクと数度痙攣した後ピクリとも動かなくなった。
また他の場所では歩いていた足に当たった騎士の首がプロのサッカー選手が蹴ったボールのように勢いよく壁に飛んでいきグチャリと音を立てて赤い花を壁に咲かせる。
「ステイル、学生たちに触れるなよ。下手すると一瞬でひき肉にされるぞ」
「分かってます」
ステイルは壁に寄りかかっている騎士のそばにしゃがみこむと一言二言尋ねた後、胸の前で十字を切ってすでに息絶えた騎士の冥福を祈る。
「行くぞ」
「はい」
当麻は資料にあったいくつかの謎の部屋に向かうためにステイルを連れ、人気のない出入り口から離れた階段を上っていく。
この三沢塾内はコインの表と裏のように生徒が通うただの塾である三沢塾と魔術師の潜む『三沢塾』の二つの世界に分けられており、裏からでは表に干渉は出来ず、また表は裏側を認識できない状況にある。
そして表の方が優先されるこの空間内では、当麻達は身長の半分も行かない子供たちにぶつかられただけでも致命傷を負いかねない。
つまり、エレベーターのような設備を使おうものなら、密室に閉じ込められるか、乗り込んできた生徒たちによって圧死するかの二択になってしまう。
「つっても、床にも干渉できねえからもろに衝撃が足に来るんだよな」
この程度は問題ないほどに鍛え上げている当麻はともかく、RPGでいうMPに全ふりしているような典型的な魔術師であるステイルにとって結構な疲労がたまっているらしく、その額には汗が浮かんでいる。
このままだと敵と戦闘を行う前にステイルの体力が切れそうなので当麻は立ちどまって携帯を取り出す。
「ちょっと休むぞ」
「僕は大丈夫です。それより立ち止まれば・・・・・・」
魔術を使わなければこの空間の主が張っている探索用の魔術には感知されないステイルとは違い、当麻の右手は問答無用で魔術を削り取っているために居場所は相手に筒抜けであるため、一か所に留まるのはかなり危険だった。
「そしたら探す手間が省けるな」
そんなステイルの心配をよそに当麻は携帯のボタンを慣れた手つきで押し、相手が出るまで待っていると電話越しに小さな少女の声が聞こえてきた。
『もしもしこちらは百合子の携帯だよってミサカはミサカは元気に応答っ』
「お、打ち止めか」
『わーい。あなたと話すのは久しぶりかもってミサカはミサカは喜びを表すためにベットの上で飛び跳ねてみたりっ!!』
『こら打ち止め。ベットの上ではしゃぐンじゃねェッ!!』
百合子に叱られてシュンとしている少女の姿が目に浮かび、小さく噴出してしまったのを聞かれたのか電話の向こうから非難の声が飛んできた。
「悪い悪い。それよりも元気そうだな?」
『ゲコ太先生が退院すれば定期的な調整で済むようになるって言ってたし、もう少しで一緒に住めるから楽しみにしてて。ううんっ、ご用件はなんでしょうか?ってミサカはミサカは改めてテレアポの真似をしてみたりっ!!』
「いや。今の場所が電話が通じるかどうかを試したかっただけだしな。はやく退院できるように安静にしとけよ?」
『はーいっ、てミサカはミサカは元気に返事をってうわぁ!?』
「っ!?どうした打ち止め?」
『とうまぁ~~~~~~っ!!よくも私をだましたんだよっ、この恨みは帰ってきてから十分に晴ら』
聞こえてきた恨みを籠めた低い声に当麻は素早く電話を切るとポケットに仕舞おうとして、ふと全力で興味はありませんといったように目をそらしているステイルに首を傾げた。
「ん?どうしたステイル?」
「いえ、別に」
「もしかして喋りたかったか?」
「そ、そんな馬鹿なっ。そんなことある訳がないじゃないですかっ!!」
必死の形相で差し出された携帯を押し戻したステイルは先ほどまでの疲れを感じさせない速度で階段を上っていく。
「図星だったか?」
「いえ、そんなことはありませんっ」
意地を張って先を急ぐ後輩の背中を当麻は肩をすくめながら追いかけ始めた。