『窓のないビル』に用意された放送室でひとまず休憩をとっていた陽夏は水を持って現れた大き目な胸にさらしをまいた少女に笑ってその水を受け取る。
「お疲れ様」
「ありがとうございます。それにしても百合子ちゃんもアウトですか」
最後まで残ると思ってたんですけどね、と言って手に持ったペットボトルのキャップを回して喋って乾いた喉を潤した。
「あなたは心配してないの?」
「罰ゲームのことですか?それだったら当麻さんは捕まりませんよ」
少なくとも捕まえようとすれば、と笑う。
「でも絶対とは言えないじゃない?結構人間離れしているけど能力者には分が悪いでしょ?」
「大丈夫ですよ。だって空間移動能力者もいないんですしアキちゃんが守ってくれます」
「さ、そろそろ実況に戻りましょうか」
その陽夏の様子に首を傾げながら少女はその背中についていく。
そして鬼ごっこもそろそろ佳境を迎えようとしていた。
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「待ちなさいっ!!」
少女の声とともに指先から放出された電撃が先を逃げる当麻に直撃しようとした時、当麻が後ろに伸ばした右手が電撃を打ち消した。
「あぶねぇ!!もうちょっと手加減してくれませんか御坂さん!?」
「これでも十分に手加減してるわよっ!!まぁ、動けなくなったら責任とって私が一生付き添ってやるけど・・・・・・」
「え、なんか言った?」
「うるさいっ!!とりあえず大人しくアウトになりなさい!!」
「なにそのやる気!?もしかして本当に上条さんを殺る気なんですか、ってわぁっ!?」
後ろから次々と飛んでくる電撃を直感で躱しながら逃げていると前方からまるでゾンビ映画に出てくるゾンビたちのようにぞろぞろとやってくる子供から大人まで、男女問わずの軍団が現れる。
その時、美琴は当麻を追いかけながらあることに気が付いた。
「あれはっ!!」
「ちょ、美琴っ威力は抑えろよ!?」
「わかってるわよっ!!」
美琴が連続して放った電撃はバチンと音を立ててその軍団に直撃して意識を奪い取る。
まるで糸が切れた操り人形のように一度倒れた人々は頭を揺さぶりながら立ち上がり、突然ここに連れてこられたかのように驚きの声を上げている。
「あらぁ?御坂さんそれは反則なんじゃないかしらぁ」
「あんたは自分で走ったらどう?少しでも運動音痴を強制できると思うわよ」
「は、はぁっ!?私別に運動音痴じゃないわよぉ!!御坂さんがゴリラなだけでしょぉ!?」
「誰がゴリラよっ!!」
少女二人の口論はどんどんヒートアップしてきて今にも能力大戦が勃発しそうになる。
「「アンタ(上条さん)はどう思う訳(ぇ)!!」」
二人が第三者に意見を求めようと振り返るがどこにも当麻の姿は無く、どこから持ってきたのかゲコ太の等身大の置物が置いてあり二人のこめかみにピキリと血管が浮かぶ。
「ねぇ、ちょろっと私は電撃で焼きウニを作ってみたいんだけど?」
「奇遇ねぇ。私はもっと発火系能力者を連れて来るわぁ」
うふふふふふふふ、と笑う二人から結構離れた場所のビルの屋上で観察していた当麻はその光景に冷たい汗が背中を流れる。
「もう絶対に逃げ切らないと上条さんはお坊さんになってしまいますよ」
「・・・・大丈夫。アキが守る・・・」
当麻の後ろに立つ少女は自信気にそう言い切る。
ルールなんぞすっかり忘れて本気になっているレベル5もいるにも関わらず、その言葉を当麻は信頼してるし、実際信用できる。
ただ問題なのが手加減がものすごく下手なのだ。
本人は軽く引っ張ったつもりでもこの前強盗の肩を脱臼させたし、ちょっと足払いをかけたつもりで暴漢の足を複雑骨折にしてカエル顔の医者を呆れさせたこともある。
今回のように意気込めばどうなるかは見なくてもわかる。
「ダメです。後始末やら反省文やらで上条さんのせっかくの休みが潰れてしまいます。もう少し穏便に逃げ回らなきゃな」
「逃げ回る・・・・・・」
「そう。今回は鬼ごっこであって捕まらなければ・・・・・・・・。あのアキさん?その両手はなんでせうか?」
キラキラととてもいい案を思いついたとばかりに当麻を見上げながらアキが当麻に近づいてくるので、いやな予感がした当麻は一歩二歩と後ろに下がる。
ちなみに当麻達がいる場所は屋上なのですぐに逃げ場は無くなる。
「うおっ!?」
当麻は少しの段差に引っかかり後ろに転倒すると、そのまま老朽化して不幸にも千切れた落下防止用の柵と共に重力に支配されながら落ちていく。
しかし当麻が地面に真っ赤なペイントを書きなぐる前に赤い獣が当麻を抱きかかえ、見事に地面に着地した。
「アキがこうやって当麻を抱きかかえながら逃げ続ければいい。そうすれば当麻は捕まらない・・・・・・・」
「え・・・・・・・・」
当麻の身長はすでに180近くであり、それほど小柄ではないものの女の子であるアキとの身長差はかなりある。
しかしアキはそれこそがっちりとしたムキムキのプロレスラーにも負けないほどの安定感を持って当麻の肩と膝の下を手で支えていた。
「あの~アキさん?このままでは何か大切なものを失いかねないんですが」
「・・・これが一番速い・・・・」
「ちょ、ぐ、あぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
いきなりゼロスピードから音速に突入するという内臓が潰れるかと思うほどの急加速に当麻の絶叫が響き渡る。
そしてその声に追いかけていた少女たちが気が付いた時にはすでにその横をアキが当麻を抱えたまま駆け抜けているので確かに見つからない。
「・・・・このまま時間まで逃げ切れば当麻の休日は潰れない・・・・」
「もがっ、むぐっ、がっ、ぬむっ、ふぎゃっ(上条さんの内臓が先に潰れてしまいますっ)!!」
「・・・・・・・・当麻はこの頃仕事ばかりで疲れているから、休まなきゃダメ・・・・・・」
やめて、もう上条さんのライフはゼロよっ!!と心の中で叫んでもアキは猛然と街中を疾走し続けた。