ロンドンから逃げ帰るように帰ってきた当麻は、数日ぶりに職場に顔を出して自分の仕事を見て苦笑いとこれからあるであろう点検地獄に深いため息を吐いた。
「はぁ・・・・・・。数日見なかったらこれかよ・・・・・」
名門常磐台中学校に所属している生徒には長期休み中に提出義務がある課題は無いのだが、何故か自分のテーブルに積まれたノートの山、山、山。
当麻の机は一般の教員よりもはるかに大きいのだが、その机の上にノートの山は所狭しと配置され、その山が大きすぎて向こうに座っているだろう同僚が立っていても見えないほどだった。
ちなみにこのノートには彼女たちの連絡先や隠れたアピールが書かれたりしているのだがそんな物を気が付いていれば今頃、女教皇(必死過ぎて空回り)や第二王女(過去の事件により伝わっていない)、魔術結社を率いている少女(年齢差があり過ぎて視界外)やその他諸々の人々の好意に気が付いているはず。
というかあまりにも積まれたノートの数が多すぎて余裕が無いためにそれに気が付けない。
卒業生の陽夏や小学生にしか見えない恩師、その他諸々の教員に手伝って貰うのだがそれでさえ徹夜ぶっ続けで何日もかかるのでその量は半端ない上に、当麻を手伝う者たちの中で恩師以外は当麻に好意を抱いているため、当麻に見られないうちにさっさと点検して陽夏の能力で送り返していく。
そんな時、ふと当麻の手が止まった。
それに横の机で手伝っていた恩師が不思議そうな顔をして当麻を覗き込む。
「どうしたんですか上条ちゃん?」
「あ、いえ操祈のノートもあって驚いたんです」
「操祈・・・・?ああ、食蜂ちゃんですね」
その何気ない恩師の明るい声に周りは激しく反応を示す。
まさかあの女王様も当麻を狙っているのではないかと危機感を抱いたからだ。
中でも陽夏は手に持ったペンを握りつぶしながら当麻が手に持ったノートを跳ばそうとするが当麻の右手のせいで上手くいかず、そのノートをまるで親の仇を見るような目で睨み付けていた。
「そういえば。どこで上条ちゃんは食蜂ちゃんに出会ったんですか?」
「そうですね・・・・・・・。たぶん美琴が学園都市に来て施設に入っていた時に定期的に通っていた時ですね。操祈もそこにいましたから」
当麻は笑いながら当時の様子を思い出していた。
当麻が学園都市に来てから二年、結構長い期間の仕事から帰ってきた当麻は御坂旅掛からの連絡で娘の美琴が学園都市に数日前入学したという事を知り、彼女のいる施設に向かった。
「御坂美琴って子はいますか?」
「ええ。あっちで女の子と一緒に遊んでいましたよ」
「あ、ありがとうございます」
当麻はほかの少女と遊んでいる美琴に近づいていくと、美琴が当麻の顔を見て遊んでいた少女に耳打ちすると二人は好奇心の目を当麻に向けて少女が指差すように人差し指を向けた。
「・・・・・・・?」
「あれぇ?」
「えっ・・・・・・?」
「この子はすでにレベル4程度の精神系の能力に目覚めているんです」
美琴と少女は何も起こらないことに目を丸くし、当麻はなぜ二人が驚いているかわからずに首を傾げていると先ほどの研究員が笑いながら説明する。
「なるほどな。だけど勝手に人を操ろうとしちゃダメだぞ?」
「ぶぅ~」
「っていうかなんでアンタには効かないのよ」
美琴が静電気レベルの電撃を当麻に向けて放つとそれを当麻はいつの間にか突き出していた右手で打ち消す。
「なっ!?」
「残念ながら俺には効かないぞ」
むくれている二人に笑いながら当麻は時計を確認してすでに子供たちの就寝時間が迫っていることに気が付いた当麻は帰るために研究所の玄関をくぐって外に出た。
「また来なさいよ!!」
当麻が声に振り返ると美琴が手をブンブンと振っていた。
それに当麻は手を振りかえして帰っていった。
「上条ちゃんにしては珍しく健全な出会い方ですね」
当麻の話を聞いていた恩師がそう言うと周りの人間もそろって首を縦に振る。
「なんですか俺にしてはって・・・・・・。第一「アンタはその数日あとにはアイツにフラグを立てましたもんね」・・・・・・美琴さん?」
何を言ってるんだ?といつの間にか後ろに立っていた少女に言ったのだがその前に当麻と美琴の間に女性たちによる厚い壁が出来上がったためにその声が届くことは無く、美琴視点によるある日の事件が語られることとなった。
研究所に預けられている子供たちも外に出ないわけでが無く、研究員数人の監視のもと公園に連れて行ってもらうことがある。
美琴は操祈と一緒にペアを組んで公園を探検していたのだが、ふとした時に研究員の監視の死角を通ってしまい、気づかれないうちに公園から出てしまった。
「ダメだって。研究員さんと離れたら迷っちゃうよ。それに・・・・・」
ずんずんと進んでいこうとする操祈を美琴が止めようとするが操祈は馬鹿にしたようにクスリと笑う。
「あらぁ?御坂さんは怖がりなのねぇ」
「なっ!?」
この一言で頭に血が上った美琴も我先にと進み始めて、いつの間にかよくわからない場所まで来てしまった。
ようやく迷ってしまったことに気が付いた二人は不安で周りをキョロキョロと進んでいるとすぐそこの路地から若い男が三人ぬっとあらわれてニヤニヤとしながら二人を見ていた。
「こんなところまでどうしたのお嬢ちゃん?」
「み、道に迷って・・・・・」
「そうかい。それは大変だったねぇ。ほら俺たちが連れてってあげるよ」
「めんどくさいわねぇ」
鬱陶しく思った操祈が指を男に向けて能力を発動する。
「どうしたのかなお嬢ちゃん。人を指差しちゃいけないって知らなかった?」
「うそっ!?」
しかし操祈の能力はまだ発現したばかりでレベル4並みの能力の持ち主とはいえいつもそれを使えるかどうかは否である。
まだ能力に慣れていない能力者は不調の日にはまったくと言って能力が使えなくなる時があり、ちょうど今日が不調の日だったのだ。
能力が作用していないことにようやく気が付いた操祈は先ほどまでの余裕の表情が一変して恐怖に変わる。
「ちょっとお嬢ちゃんにはしつけをしなきゃなぁ」
ニタニタと笑いながら若い男の一人が顔を真っ青にした操祈を掴もうと手を伸ばす。
「ちょっと待った」
しかし男の手が操祈を掴む前に美琴と操祈の後ろから突然伸びてきた腕が逆に男の腕を捕まえた。
「あぁ?」
男たちと二人が同時に同じ方向くと、そこにはツンツン頭の少年が立っていた。
「悪かったな二人とも。俺が迷子になっちまった」
「あ、アンタなんでこんなところに!?」
笑っているツンツン頭の少年が後ろにいたことに美琴が安堵したのもつかの間、当麻に腕を掴まれていた男がそれを振りほどいて当麻を睨み付ける。
「あ、どうも」
「この二人は俺達が案内してやるんだよ。テメェはさっさと家に帰りやがれ!!」
それを合図に男たち三人が一斉に当麻に殴り掛かるが横から襲ってきた二人を瞬時に沈めて、ガードを剥ぎ取られた頭目掛けて向かって来る拳に当麻が叩き付けるように頭突きを食らわせる。
ゴンッというまるで鈍器で殴ったかのような音が響き、男の拳は一部だけ弧を描きながら内側に陥没し、砕けた骨が皮膚を突き抜けて至る所から飛び出した。
「いってぇっ!?」
「なっ、頭突きで骨砕きやがっただと!?」
手を押さえて地面を転がる仲間を見て驚きで目を見開いている壁に背を預けるような形で当麻を見上げている男たちの恐怖を煽るためにまるで映画に出てくる悪役のようにニヤリと当麻は笑いながら額に付着した血を拭う。
「次は腕と脚のどっちがいい?」
それが決め手となり当麻に見下ろされていた男が這うように逃げ始める。
「に、にげろぉっ!!」
一人が逃げ出すとそれにつられて後の二人が背中を向けて逃げていったので当麻は後ろにいる美琴たちと視線を合わせる為にしゃがみ込んだ。
美琴がまず最初に思考を再開して飛び込むように当麻の額を覗き込む。
「大丈夫なのアンタ!?」
「ああ、問題ない。ローラに『ドキッ・魔術師だらけの逃走中。聖人も出るよ』に強制参加させられた時と比べればあんなの道端の石ころを蹴とばしたぐらいだ」
「・・・・・・何よそれ・・・・」
遠い目をする当麻に誤魔化されたと思った美琴はジト目を向けるがふと操祈のことを思い出して横を向くと何やら顔を真っ赤にして当麻の事をジッと見つめている。
「っと、お前の方は大丈夫か?」
「は、はひっ!!だいじょうぶれす!!」
緊張のあまり噛んでしまったことに余計顔を赤くしながら操祈が顔を伏せると当麻は首を傾げる。
「・・・・・・顔赤いけど風邪か?よかったらおぶって行くけど」
「お、お願いしますっ!!」
「お、おう」
「わ、私もっ!!」
「はいはい。ほれ、行くぞ」
当麻は二人を背中に背負うとそのままゆっくりとけれどしっかりとした足取りで研究所まで送り届けた。
「やっぱり上条ちゃんは上条ちゃんなのですね」
「な、なんで小萌先生はゴミを見るような目で上条さんを見るのでせう!?」
「当麻さん・・・・・・・。やっぱりロリもストライクゾーンなんですね!!」
そのほかにもその場にいた女性全員に詰め寄られ、これは不味いと長年の経験に基づく第六感の警報にしたがって仕事もほったらかして逃げだした。
学び舎の園を抜け出して一息ついた当麻は突然かかってきた電話に嫌な予感がしつつも通話ボタンを押した。
『やぁカミやん。元気にしとる?』
「青ピか。こっちは大変だぜまったく・・・・・・」
『どうせカミやんがまたうらやましいことをしたんやろ?まじで爆発しろ』
「・・・・・・で、要件はなんだ?」
『そうや。前から言おうと思ってたんやけどな』
『ようこそロリの世』
それはもういろんなことに巻き込まれる当麻用に作られた携帯のボタンが陥没するぐらいまで力を籠めて通話を終了するとそれまでの疲れから一気に脱力感が襲ってきたために当麻はベンチに座り込みウトウトと眠りに落ちた。
「あらぁ?今頃上条さんは缶詰だと思ってたんだけどぉ」
偶然数人の取り巻きと一緒に通りかかった操祈がベンチで寝ているツンツン頭を発見すると取り巻きに周りを監視させながら当麻の横に座ってもたれかかる。
そのまま寝てしまった操祈が起きたのは夏に入ってなかなか落ちない夕暮れの中、懐かしい背中に背負われながら寮に向かう帰り道だった。
操祈はわずかに顔を上げてまたその背中に埋める。
そういえば昔もやっていたな、と思い出した当麻はクスッと笑って寮までのちょっとした道をゆっくりと歩いて行った。