魔神が四人を襲い始めた時、たった一人、現実の世界に取り残された当麻は壁に背中を預けて生命の気配すら無くなった世界でぽつんと空を見上げていた。
「さて、どうすっかな・・・・・・・・」
半分茫然としながらも立ち上がり手掛かりを嫌に静かな街を歩く。
「ま、アレイスターならこの世界に残ってそうだよな」
当麻はわずかな希望を胸にこの世界で一番の魔術師に相談する為に『窓の無いビル』に足を向け歩き出す。
背後で何かが引き裂かれるような音が聞こえるまでは。
「なっ、何だこれ・・・・・・・」
背後の風景にぽっかりと楕円形に開いた不自然な裂け目に当麻が目を見開く。
なにも無い空中にいきなり現れたそれは当麻が持つ魔術、科学の知識では説明できないような非現実的な物で当麻が固まったままでいると、それはどんどん広がり人間が一人通れるような裂け目が開いた。
その瞬間、当麻の体はまるで重力が何倍にもなったかのように重くなり、熱くも無いのに体中から汗が吹き出して、体がガクガクと震え始める。
「っ・・・・・!?」
反射的に何かから逃げるように当麻の体が爆発的なスピードでその裂け目から離れると、クスクスと笑い声が裂け目の中から聞こえてきた。
「見つけたよ・・・・・」
その裂け目から出て来た少女の透き通るようなソプラノが当麻の鼓膜を揺らす。
ここが人で埋め尽くされていてもその少女が通れば老若男女誰もが振り向き、そして道を譲ってしまうと言われても納得してしまうようなその少女は当麻ににっこりと笑いかける。
「はじめまして」
「っ・・・・・・・!?」
その笑顔に恐怖を感じながら、当麻は全力で逃げだそうとする体を必至に押さえ、得体のしれない少女の前に立ち続ける。
その様子に満足したかのように、その少女は見た目相応の笑顔を浮かべ、当麻を指差す。
「いや、こっちの方が正しいか。久しぶりだね異分子
「・・・・・・・・・・・」
当麻の本能が、失った記憶が逃げろと、その少女に立ち向かうなと悲鳴を上げ続けているがそれに必死に耐え、当麻は少女と向き合い続ける。
「早速だが教えて欲しい事があるんだ」
ガタガタと震え、青ざめている当麻に気を遣いもせずに少女が尋ねる。
「魔人はどこにいる?」
「魔人だと・・・・?」
精一杯に虚勢を張っていた当麻はぷっつりと緊張の糸が切れ、膝をつきながら記憶にない単語に首をかしげた。
「この世界がいくつもの物語に分岐した一番の原因であり祖なる異能とも僕等の間では呼ばれている男さ。君が良く知っていると思ってたんだが」
「・・・・・悪いが他を当たってくれ。俺は魔人何て男を聞いたことも無いし、会った覚えも無い。もしかしたら俺が記憶を失うよりも前に会ったのかも知れな」
とそこで当麻は言葉を切り、突然飛んできた銃弾を右手で受け止めた。
それは異能の弾丸だったのか、右手に触れた瞬間、ガラスが割れるような音を響かせながら砕けた。
「なんのつもりだ?」
「唯の確認さ」
当麻が睨みつけるも、少女は意に介さず、話を続ける。
「そうだ、君はこの世界の相違点を知っているかい?」
「相違点?」
「この世界と類似した物語を持つ世界、つまり並行世界とこの世界の違いってことさ」
少女は出来の悪い生徒に言い聞かせるようにゆっくりとかみ砕いて説明する。
「あ~、分かった」
「そしてそれは並行世界がある数よりもさらに多いと言える。でもね」
そこで少女は言ったん区切り、ここが本題だと言わんばかりに笑う。
「同じ起点で分かれた並行世界は星などの天体レベルで環境が変わらない限り、普通なら同じ時間が流れる筈なんだよ」
「・・・・・・?」
「つまりこの世界の物語の主人公である筈の君の年齢が隣の並行世界と八年も違うのはあり得ないんだ。 ・・・・・・・・・・・・・
たとえば僕みたいなこの世界の住人では無い存在の介入によって物語が書き換えられない限りね」
「一体何のことなんだ。俺は二十四年間生まれてからずっと生きてきたんだ」
理解の範疇を超えた話に唖然としながら少女の話を止めた。
「おや、君は大体十四歳までの記憶を失っているんだろう?どうして二十四年も生きていたって分かる?」
少女が当麻の記憶の矛盾点を指摘すると、当麻は今まで気が付かなかった事に唖然とする。
「十年前、目が覚めた時に自分は十四歳だと頭の中に記憶されていた、そしてそれを君も周りの人間もそれに違和感を感じなかった。そうだろ?」
「・・・・・・・」
「なら話は簡単だ」
「何者かと一緒に別の世界で何年か過ごした後、君が居なくなった時間に戻ってきてそいつがこの世界を改変したんだ」
「危く見逃しそうだったけどちょうど十年前位に世界が改変されていた形跡が残ってたしね」
「そんな馬鹿な・・・・・」
「ありえなくは無い話だ。君の右手は強大な異能には押し負ける事もあるだろう?世界間の移動なんて事はそれだけでこの世界の魔術とは及びも付かないようなものなんだからさ」
「じゃあ俺はその並行世界ってとこで数年の間過ごしたのか?」
「まぁ多分もっと遠くの異世界だろうけどね。まぁいい、じゃあ質問だ。何故君が異世界で過ごしたと思う?」
「俺が幻想殺しを持っているからか?」
「そうだね。君を僕の管理下から逃がして成長させて」
「僕を消滅させることが目的だろうね」
少女は嬉しいとばかりに笑っている。
「な、何故・・・・」
「僕が彼に呪いをかけたからさ、絶対に彼が死なない様にね」
「死なない・・・・?」
「正確には彼の肉体が死んでも彼の魂は消滅せずに次の肉体を手に入れる。ずっとこの世界という名の檻に閉じ込めておくためにね」
嬉しそうに言う少女に当麻は全身の血が凍ったかのような錯覚と共にこの少女が嘘をついていない事が分かった。
「そんな希望の駒を手放すとは思えない、つまり彼は君の傍にいる」
ふっと彼女の姿が消えると、当麻の視線の下から聞こえてくる。
「な・・・・・・」
「たとえば、君の魂の後ろに隠れているとかね」
少女の腕は対物理的、異能的な攻撃にほぼ絶対的な防御力を誇るカテーナ=セカンドの次元切断能力の副産物で出来た当麻の白衣を軽々と貫き、当麻の魂の一部を掴む。
「アハッ、アハハハハッハッハハハハ」
その瞬間、口の端を釣り上げると少女は当麻の体から少年を引き摺り出した。
魂の一部を無理やり引きちぎられた当麻は体中から血を噴き出して赤い水たまりに倒れ込んだ。