IFストーリー〜もしも過去に残っていたら〜   作:幼馴染み最強伝説

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クラス代表決定戦

セシリア・オルコットにとって、藤本将輝という存在は少々特殊である。

 

血縁者でもなければ、親戚でもない。恩人というわけでもないし、有り体に言えば赤の他人だ。特別親しいわけでもない。強いて言うのなら同姓同名な上に容姿も酷似している婚約者(・・・)がいるだけ。

 

そんな将輝がセシリアにとって特別なのは、師であり、現イギリス国家代表ミハエ・リーリスが将輝の妻であり、その人柄を彼女を通してよく聞かされていたという事だ。

 

師曰く、『史上最高のお人好し』と。

 

ミハエと出会う以前、つまりISに触れる以前のセシリアは将輝のことを当然よく思ってはいなかった。

 

テレビでの将輝の異名は『狂人』または『人類史に残る異物』とまで称され、世界各国が煙たがるどころか、その存在に脅えているというのは周知の事実だ。日本を除く大多数の国家は常に将輝の脅威に脅えている。

 

最も、それは政治家などの人間で、殆どの国民はテレビの情報で怖い人間だと認知する程度だ。

 

セシリアもその一人だったが、自身がIS操縦者の道に進むこと、幼い時に出会い、今では婚約者となった最愛の人と生き写しのような人間が悪行の限りを尽くしているともなれば、見過ごすわけにはいかない。だから、セシリアは当初、将輝を叩き潰し、その存在を忘れ去られるようにする事が第一の目的だった。

 

もちろん、それは恥ずべき事ではないと自負していたし、誰に何を言われようとも変えるつもりもなかった。

 

そして、その才覚を遺憾なく発揮し、ミハエの目に止まった時は喜んだものだ。

 

しかし、ミハエに会い、その目的を話した時、ミハエは目を丸くして、くすりと笑った。

 

目的を話すたび、今までもそうして笑われてきたセシリアは特に気にする事もなかった。

 

だが、ミハエの言葉に今度はセシリアが目を丸くする事になった。

 

『ごめんなさい。なんだか、昔の私を見ているような気がして、つい笑ってしまったわ』

 

『昔のリーリス様……ですか?』

 

『ええ。特に目的なんて、私と同じだもの。フィーリングが合いそう、とは思ったけれど、ここまで来ると尚更気に入ったわ。セシリア・オルコットさん、貴女私の弟子になる気はない?』

 

『へ?』

 

セシリアの人生の中でここまで間の抜けた声を上げる事は婚約者から告白をされた時以外なかった。それと同じくらい別の意味で衝撃的だった。

 

ミハエに弟子志願するものはこのイギリス中で幾らでもいる。寧ろ、イギリス国内においてはいない方を探す事の方が困難な程だ。そしてその件のミハエはそれらすべてを断っている。その時によって理由はまちまちではあるが、それ故にミハエは『指導嫌い』で有名であった。

 

『無理に、とは言わないわ。私もそろそろ後継を探さないといけないから、貴女が断るというのであれば、別の人間を……』

 

『い、いえ!ぜ、是非お願いしますわ!』

 

あまりにも突然に。出逢って数分でミハエとセシリアの師弟関係は築かれた。

 

ミハエの指導は軍人であるが故に厳しいものだった。

 

けれど、その分他の同期に比べ、圧倒的にその才覚を伸ばし、代表候補生の中でも上位の実力者として名を連ねていた。

 

指導を受けるたび、強くなるたびに、感じるのはミハエの実力。

 

まだ無知だった頃の自分から見ても超人だと思っていた人物の底知れない実力にセシリアは舌を巻いた。

 

だから気になった。自らの師に。藤本将輝には勝てるのかと聞いた。

 

『面白いことを聞くのね』

 

意外そうにそう言ってのけるミハエはどこか嬉しそうに述べる。

 

『無理よ。きっと未来永劫。私達が彼に勝てる事はないわ』

 

『無理って………そんな簡単に……悔しくはないのですか?』

 

『悔しいわよ?けれどね、彼は『最強』でなくてはならないの。だから、私達が強くなれば、彼も強くなる。そうして彼に誰も勝てないから、私達はこうしていられるわ』

 

『?それはどういう事ですか?』

 

『今はわからなくてもいいわ。いずれ分かる事だもの』

 

その言葉の真意がわかったのは、イギリスに将輝が訪れてからだ。

 

イギリスで起きた列車事故。それにはセシリアの両親も乗っていた。今の時代には珍しい鴛鴦夫婦と言われていた両親をセシリアは愛していたし、両親もセシリアを愛していた。

 

そんな両親の乗った列車が事故に遭ったと聞き、セシリアは茫然自失の状態であったが、それも一つの電話が打ち消した。

 

それは両親の電話。自身の安否を知らせるとともに、誰も死者はおらず、軽い怪我をした者しかいないとの事。

 

大規模な列車事故と聞いていたセシリアは奇跡とも呼べる事態に安堵した。

 

確かに奇跡だ。何せ、その列車には偶々一人の男性IS操縦者がいたのだから。

 

事実を知ったのは両親に連れられて、将輝が訪問してきた時だ。

 

本人はとても居心地の悪そうな表情で立っていたし、その隣には今まで見た事がないほどに嬉しそうな表情のミハエがいたのをセシリアは今でも忘れられない。

 

将輝は両親の命の恩人であり、師の最愛の人だ。

 

自分の家に滞在していた少しの間であるが、僅かのうちに世間で呼ばれる程に悪人ではなく、師の言う通りの人間であると知った。

 

そんな将輝をセシリアは師と同様に尊敬していた。

 

だからこそ……。

 

「この試合。わたくしはどちらにも負けるわけには行きませんわね」

 

アリーナのピットゲートで、セシリアは瞑目する。

 

挑んでくるのは織斑一夏。ISの素人だ。だが、そんな事など関係ない。

 

一夏が将輝の弟子というのならば。全力を出さなければ勝てるはずがない。

 

「セシリア・オルコット。参りますわ!」

 

今、蒼い流星が大空へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれがイギリスの第三世代型IS、ブルー・ティアーズ……」

 

アリーナの空の中央で静止しているブルー・ティアーズを見て、箒がそう呟く。

 

この一週間。できる事は全部やってきた。理論も実戦も全てだ。

 

そう。俺は専用機を既に持っている。入学すると同時に師匠に渡された。俺だけのIS。

 

けれど、訓練の方は訓練機でさせてもらった。素人だからいきなり高性能のISに乗っても慣れるのに時間がかかるって師匠が言っていた事もあるし、オルコットさんに俺のISの事を知られないようにするためだ。

 

どちらにしても試合中にバレるけど、対策されないためにはこれしかない。何せ、幾ら足掻いても総合的に見ればあちらが圧倒的に強い。ビギナーズラックを狙うのなら、不確定要素が多いに越した事はない。

 

「一夏。フォーマットとフィッティングは?」

 

「終わってる」

 

「武装の確認は?整備の方は出来ているのか?」

 

「してるよ。心配性だな、箒は」

 

「む……当たり前だ。一夏の初陣だぞ、心配にもなる」

 

「そういうなら、箒もだろ?俺の後にオルコットさんと試合があるだろ?」

 

「私は前日に姉さんが来て、頼んでもいないのに調整して行った。そのせいで心配する要素は皆無だ」

 

煩わしそうにそういう箒だけど、なんだかんだで箒も束さんの事は好きだ。昔は壁みたいなものを感じたけど、師匠が現れてから、束さんが変わって、箒が変わって、二人の関係も変わった。このIS学園に自主的に入学したいと言い出したのが良い証拠だ。

 

箒や束さんだけじゃない。師匠に関わった人間全員が変わった。俺だってそうだ。

 

もう誰かを守る為の力を欲していたあの頃じゃない。大切な人を守る為の力を得られるように努力した。

 

それを俺は示す。あの人はこの学園にはいないけど、せめて師匠の弟子として、千冬姉の弟として、無様な試合は出来ない。

 

「来い、『白式』!」

 

呼びかけと共に俺の体が光に包まれる。

 

光が収まると、俺の体を純白の装甲が包んでいた。

 

滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的な、中世の鎧を模したIS。

 

「それが一夏のISか」

 

「ああ。箒と一緒で束さん特製だ」

 

IS学園入学の祝いとして束さんが作ってくれていた IS。

 

他の専用機持ちと違うのは、企業や研究機関の物ではなく、一から十まで束さんが手がけた特注品。

 

文字通り、俺の、俺だけの専用機だ。

 

『織斑、聞こえてるか?』

 

ピットゲートに向かおうとした時、師匠の声が聞こえた。

 

『今、プライベート・チャネルで話しかけてる。やり方わかるか?』

 

えーと、確か左斜め後ろで電話をしてるような感じ……だっけ?意味不明だけど、やってみるか。

 

『え、えーと、これでいいんですか?』

 

『初めてにしては上出来だ』

 

ふぅ、なんとか成功した。例えが意味不明な上にテレパシーみたいな感じだから、やるのにものすごく集中しないといけない。

 

『どうしたんですか?』

 

『何。義弟兼弟子の初陣だ。一つ喝でも入れてやろうと思っただけだ。歴とした試合をするのはこれが初めてだしな。緊張してるだろうと思ってな』

 

緊張してない………と言えば嘘になるけど、寧ろ気持ちは昂ぶっている。武者震いって言うやつだろうか。そっちの方が強かった。

 

『まあ。喝っていうよりは釘を刺すだけだけどな。お前の調子乗りは俺でも治せないからな』

 

うっ……それを言われると耳が痛い。自分でも治そうとは思ってるんだけど、やっぱり上手くいくと嬉しいのが先立ってしまう。

 

『一夏。お前の敵は目の前にいる相手じゃない。お前自身だ。常に今の自分に勝ち続けろ。力でも心でもな。その先に俺達はいる』

 

『それも受け売り?』

 

『ところがどっこい。俺にしては珍しく俺の言葉だ。軽いかも知れんが、受け取っておけ』

 

『そんな事ないよ。ありがとう、将輝兄』

 

俺の敵はいつも俺自身か………ふと前に言っていた事を思い出す。

 

アレはまだ弟子入りしてすぐの事だった。

 

『一夏。戦うのには理由がいる。それはどんな理由でもいいが、一つだけ。理由にしちゃいけない事がある。わかるか?』

 

『一つ?うーん……人を傷つける事とか?』

 

『それだと良いんだが、そうじゃない。戦う理由はどんなものでも、遠因的に他人を傷つけるからな』

 

『じゃあ、なんなんだ?』

 

『理想だ。どんなに尊く、気高いものであっても、理想の為に戦っちゃいけない。救えるのは理想だけだからな。人を助ける事も、支える事もできはしない。仮に不幸な人全員を助けたいとしても、そんな事は出来はしない。ただの理想だ。いいか、誰が何をしようとしても、救われないものは確固として存在する。勝者がいれば敗者がいるようにな。人間にできる事はあまりにも少ない』

 

『師匠でも出来ないのか?』

 

『無茶言うな。俺も人間だ。どれだけ頑張っても、俺の目が届く範囲の人間しか救えない。だから、せめて俺は俺の届く範囲の全ては守る。世界最強も楽じゃないんだ』

 

戯けたように言う師匠はどこか遠い目をしていた。

 

師匠の言う通り、誰でも助けるっていうのは多分出来ないことなんだろう。俺はこの人より強い人を知らない。体も心も。周囲の人間全てを変えてしまうようなこの人でも叶わない事は、きっと誰にも出来ないことなんだろう、と俺は思っていた。

 

けど、それと同時に思った。

 

手の届く範囲しか守れないから、この人は強いんだと。

 

せめて守れるものだけは死に物狂いで守れるように。その他の全てを失っても。

 

俺が目指すのはそういうところだ。

 

例え、最強になって全てを救えないとしても。見棄てなければならない存在がいたとしても。

 

それでも。最強でないと救えない人間が、守れない人間がいるから。

 

俺は……強くなりたい。

 

『そろそろ時間だ。勝てとは言わん。悔いのないように戦えよ、一夏』

 

『了解。勝ってくるよ』

 

プライベート・チャネルが切れたのを確認して、大きく深呼吸をする。

 

師匠の言う通り、そろそろ時間だ。オルコットさんも待っているし、俺も行かなくちゃな。

 

「箒」

 

「ん?なんだ?」

 

「勝ってくる」

 

「ああ。お前の勇姿、この目に焼き付けておくぞ」

 

箒と言葉を交わし、ピットゲートへと進む。

 

アリーナへのゲートが開き、風が吹き抜ける。

 

ようやく準備は整った。後はスタート地点に立つだけだ。

 

師匠を超えるための。人類最強となるための道の。

 

「織斑一夏。白式、行きます!」

 

加速と共にゲートを抜けると、そこは大勢の観客の待つフィールドだった。

 

観客席には所狭しと生徒がひしめき合っていて、試合開始を今か今かと待ちわびているようにも見えた。

 

そしてアリーナの中央。

 

俺を見据えるようにオルコットさんはいた。

 

「試合開始五分前……もう準備はよろしくて?」

 

「ああ。時間はたっぷりあったからな。勝つための準備は全部してきた。後は……」

 

「勝つだけ、ですか。相手が『史上最強の弟子』でなければ、戯言と一蹴しているところですわ。けれど、貴方が言うのなら、準備の方は出来ているのでしょうね」

 

すっとオルコットさんの目が細められる。

 

まだ武装は展開していない。でも、わかる。彼女から伝わる敵意が、既に俺が彼女の射程圏内に入っている事を。

 

『試合を始めてください』

 

ビーッ、という試合開始を告げる合図がなると同時、俺はすぐさま右に避けた。

 

キュインッ!

 

つんざくような音が顔のすぐ近くを通過する。

 

「流石は史上最強の弟子。師以外に初撃を躱されたのは久しぶりですわ」

 

いつの間にか、オルコットさんの手には大型のスナイパーライフルが握られていた。

 

今の一瞬で展開とセーフティーの解除と照準を合わせて撃ってきたのか?流石はミハエさんの弟子だ。

 

「師匠から嫌ってほど言われたからな。ここで当たったら、師匠に何て言われるか」

 

「そうですか、それは残念ですわ。……さて、行きますわよっ!」

 

キュインッ!キュインッ!キュインッ!

 

的確に撃ち込まれる一撃をギリギリでかわすと同時に武装を展開し、続く二撃、三撃を展開した武装で防ぐ。

 

「近接ブレード……あなたならきっとそう来ると思っていましてよ。それにその武装は」

 

「察しの通り。雪片だ。正確にはその後継だけどな」

 

束さんから直々に与えられたこの機体。その中に載っていた主武装の一つが《雪片弐型》だった。

 

千冬姉の専用機『暮桜』の主武装である雪片の後継だ。姉の後継を弟に渡してくるなんて本当に束さんらしい。

 

「さあ、見せてくださいまし!史上最強の弟子の実力を!」

 

「言われなくても!」

 

加速とともに一気に距離を詰め、放たれる銃撃は雪片で防御する。

 

数十メートルの距離も、ISにとっては大したものではなく、すぐに目前まで詰め寄った。

 

「これでっ!」

 

「甘いですわよ!」

 

雪片をふるうとオルコットさんは剣先数センチのギリギリで回避し、距離を置かずに胴体めがけて撃ち込んできた。

 

「ぐうっ!」

 

あんな近距離でも撃ってくるのか!?張り付いたから、相手が何もできないなんて事はないんだな!

 

「ミハエ様に師事した時から、対近接戦は嫌という程叩き込まれました。射撃型だから、近接戦に弱いという道理はなくてよ」

 

「みたいだな。流石だ、オルコットさん」

 

「あら、そう手放しで褒められると悪い気はしませんわね。では、こちらがそのお礼です」

 

そう言うと、オルコットさんの肩の辺りに浮いていたユニットから二機ずつの計四機のユニットが出てきて、オルコットさんの周りに浮遊していた。

 

「私のISの代名詞。通称『ブルー・ティアーズ』です」

 

「凄いな。それってイメージで動かすんだろ?俺には真似できない」

 

「ええ。ですが、何もあなただけに限った話ではなくてよ。本国でも、このビット兵器を使用出来るのは私を含めて三人しかいません」

 

本格的に凄い。ああしてる間も、凄い脳みそ使ってるんだろうな。

 

「では再開いたしましょう。ブルー・ティアーズ!」

 

オルコットさんの命令と共にビット兵器が迫る。

 

その軌道は縦横無尽なんてものじゃない。全く動きが読めない。おまけに四機あるせいでオルコットさんの敵意が散っているから、攻撃も読めない。

 

勝つ為の準備はしたとか言ったけど、結構やばい……!

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれがイギリスの第三世代型武装か。なかなか厄介そうだ」

 

映し出されたアリーナの様子を見て、千冬が呟いた。

 

「なんでも、リーリス先輩が先輩に勝つ為に提言した要素を取り入れて作られたのがあの第三世代だとか……」

 

「ミハエがか……」

 

まさかブルー・ティアーズ開発のきっかけが俺打倒だとは思わなかった。て事はアレが完成したら乗るのはミハエで、その相手をまたしなきゃいけないのか。大変そうだなぁ、勝つの。

 

「今の織斑には勝つのはかなり困難かもしれないな」

 

「そうですね。試験の時に確認しましたけど、四機のビット兵器とオルコットさんによるオールレンジ攻撃はまだISに乗って数時間の織斑くんにはかなり厳しいかもしれませんね」

 

そういって、二人は俺の方に視線を向ける。

 

「問題は将輝が織斑に何を仕込んだか、だな」

 

「先輩の事ですから、何か対策をされたと思いますけど」

 

「いいや。特に詳しい対策はしてない」

 

二人のどこか期待の籠った視線とは裏腹に俺は首を横に振る。

 

そもそもISという点においてどう足掻いても素人の域を出ない一夏に何を仕込んだとしても、必ず成功するという保証はない。失敗した時に弱点を晒してジエンドという事もある。

 

「俺があいつに仕込んだのは基本中の基本と一つの技術。まあ、後は心意気ぐらいだな」

 

「技術はともかく、心意気、ですか?」

 

「将輝にしては珍しいな。気持ちは本人次第なのではなかったか?」

 

「まあな。とは言っても、俺も織斑に言ったのは『ISの時も人間の時もやる事は同じ』って言っただけだ」

 

他にも色々言ったし、一夏がこの危機的状況の中、俺の言葉を思い出すかどうかは知らないが、概ね対策はそこにある。

 

あいつの戦闘スタイルがどういったもので、俺が何を教えてきたか、それを思い出せるのなら、現状は打破できる。

 

そう、現状は。

 

問題は彼女ーーセシリア・オルコットだ。

 

彼女が、ミハエ・リーリスの弟子がこの程度だとは到底思えない。

 

それを一夏が理解しているのなら良いのだが……。

 

まあ、勝っても負けても良い経験になるだろう。敗北から得ることもあるし、原作とは違う。彼女に慢心なんてものはさらさら無いし、初めから全力で叩き潰しに来ているなら、ここで負けるのは普通なのかもしれない。

 

と、その時、戦場に変化があった。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……」

 

オルコットさんの攻撃が脇腹のすぐ横を掠め、エネルギーが削られる。

 

エネルギーは残り四割。ビットが出てきてから、十分のうちに半分以上削られてしまった。

 

「試合開始から十数分。わたくしのブルー・ティアーズ相手に初見でこれ程持ちこたえた人間はあの世代の方々を除けば貴方が初めてです」

 

「これでもあの人の弟子だ。そう簡単にやられるわけにはいかない」

 

とはいったものの、完全にジリ貧だ。

 

このままいけば、確実に負ける。

 

「ですわね。それではわたくしも困ります……織斑さん。そろそろ本気(・・)を出してくださいまし」

 

「っ!?」

 

「あの日、篠ノ之さんと試合をしていた時の貴方は二刀使いでした。ならば、IS戦においてもその限りでは無いはずです。特に男性ということもあって、篠ノ之博士から直々に専用機を貰い受けているのなら、尚更」

 

オルコットさんは確信めいた様子でそう話す。

 

それは事実だ。俺は本来二刀使い。このISにはもう一つの武装がある。

 

「わかった……俺も出し惜しみはしない」

 

とはいっても、初めから出し惜しみをしていたわけじゃない。

 

ただ、本気で行くには相手の事をもっと知る必要があっただけだ。

 

だから今なら……俺は全力をもって、セシリア・オルコットに挑める!

 

空いている左手にもう一つの武装が握られる。

 

その武装を見て、オルコットさんは目を見開いた。

 

「っ!……最強の弟子ならば、よもやと思っていましたが……それは」

 

「無想弐型。師匠の物の後継だ」

 

俺が展開したのは《無想弐型》。

 

他でもない師匠の後継武装であり、俺のもう一つの主武装。

 

もっとも、雪片と無想以外に武装なんてないが。

 

「さあ、仕切り直しだ。オルコットさん!」

 

今までのように距離を詰めにかかる。

 

そうはさせまいとビットやライフルで撃ってくるが……。

 

「はああああっ!」

 

両手の得物を駆使して、全て斬り払う。

 

師匠が言っていた。躱せないなら、防げないなら斬り伏せろと。

 

後手に回って危機に陥るなら、そもそも後手に回らなければ良いだけだと。

 

なら、俺は攻めるだけだ。攻撃こそ最大の防御っていうやつだ。

 

そうしているうちに距離が少しずつだが、確実に詰まっていき、ついには初めの時と同じ状態になる。

 

そこで斬りかかると、オルコットさんはライフルを盾にし、破壊した際に生まれた爆発に乗じて、距離を取る。

 

「まさか、全ての射撃を斬り払うなんて……やはり、貴方はわたくしが全力で倒すに相応しい相手ですわ」

 

「それはこっちも同じだ。全力でオルコットさんを倒させてもらう」

 

「強気な発言ですわね。どうして、こうもわたくしの周りには素敵な殿方ばかりなのでしょう!」

 

再度、ビットによる射撃。

 

それは既に見切った。

 

斬り払おうとすると………剣が触れる直前、そのレーザーは確かに曲がった(・・・・)

 

咄嗟に顔を避けるものの、頬を掠めていった一撃は絶対防御を発動させ、エネルギーを大幅に削る。後二割と八分くらいか?いや、それよりも……。

 

「驚きましたか?これがわたくしの奥の手、高いBT適正値を誇るもののみに許された特権。偏向射撃(フレキシブル)ですわ」

 

フレキシブル…….名前の由来はわからないけど、今のは偶然じゃなく、オルコットさんが意図して曲げた、ということはわかった。

 

これはかなりマズい。

 

俺が斬り払うのは、剣の間合いであり、一度剣を振るえば、返さなければいけないのは道理で、振るった剣の間合いは自由自在に変えられるようなものでもない。必然的に回避か、柄で防がなければならない。

 

だが、柄で防げば下手をすると手の部分の防御が作動して、エネルギーを削られる。

 

なら、回避しか残されていないが、さっきのような展開なら完全に回避することができない。ジリ貧だ。

 

「フィナーレですわ。最強の弟子。此度の敗北、貴方は悔しいかもしれませんが、仕方ありません。今回はただ経験の差が……」

 

「………だ」

 

「?」

 

「駄目だ。それは俺が負けてもいい理由にはならない」

 

経験の差なんてものはわかってる。実力に差がある事はわかった上での戦いだ。部が悪いのは俺自身が一番理解している。

 

けれど、それを言い訳にして負けたら、俺はこの先も何かを言い訳にして負けてしまう。

 

だから負けられない。

 

俺が目指す高みに……あの人のいる世界に行くまではーー!

 

「一刀修羅!」

 

「藤本先生との手合わせで見せた技ですか……しかし、ISでは意味がなくてよっ!」

 

わかっている。龍二言われて直したこの一刀修羅は三十秒くらい持つけれど、根底は変わっていない。身体能力をいくら向上させても、ISには殆ど関係ない。だが、その他のところならどうだ!

 

降り注ぐレーザーの雨。

 

斬り払う中で先程同様に曲がるものがある。俺はそれを手首を返すだけで弾いた。

 

この状態だから出来る芸当だ。曲がった瞬間にその進行方向を雪片或いは無想で阻むことは。

 

「わたくしの偏向射撃に適応した!?ですがっ!」

 

今度はフェイントを織り交ぜて攻撃してくるものの、それは最早意味がない。

 

この状態は感覚が鋭敏になっている。例え、フェイントを混ぜても、オルコットさん自身から感じられる敵意の強さでどれが俺を狙うかがわかる。

 

そして攻めるなら、今だ!

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

師匠から教えられた技。千冬姉が最初に覚えたあの技だ!

 

爆発的な加速をもって、俺はオルコットさんとの距離を瞬時に詰める。

 

「まだまだっ!」

 

その時、オルコットさんの腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れ、動いた。

 

発射されたのは今までのレーザー射撃を行うものではなく、『弾道型』。つまりはミサイルだった。

 

完全に引きつけての一撃。オルコットさんの攻撃のタイミングは素晴らしいものだった。

 

後、ほんの一瞬だけ遅ければ。

 

「なっ!?」

 

俺は無理矢理身を捻ることで、その直撃コースだった一撃を回避した。オルコットさんの驚きの声は、おそらく避けられるはずの攻撃を、無茶苦茶な方法で避けられたからだろう。

 

だが、無茶だというなら、それはあの人の弟子だからだ。人にお節介を焼きながら、誰よりも無茶をするあの人の弟子だから、俺も無茶をする。勝つためにはなりふりなんて構っていられないからなっ!

 

「おおおおおおおっ!」

 

そしてこの瞬間発動させる。

 

雪片の、無想の真の姿を。

 

二つの刀の刀身がエネルギーを纏い、輝きを放つ。

 

白式のワンオフ・アビリティー。

 

その名はーー零落白夜。

 

自身のエネルギーを消費し、爆発的な攻撃力を生み出す。その破壊力は絶対防御を発動させるほどのものであり、一本でもISのエネルギーを大幅に削る。

 

だったら、二本ならどうだ。

 

答えは言わずもがな。例え、相手が無傷でも、一撃をもって全てのエネルギーを根こそぎ奪い去るーーッ!

 

俺の振り抜いた一撃がオルコットさんに当たる。

 

『試合終了。ーー勝者、織斑一夏』

 

 

 

 


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