IFストーリー〜もしも過去に残っていたら〜   作:幼馴染み最強伝説

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アンケートの話を書いてたら、おふざけ路線で書こうと思ったのに、あまりにもシリアスでガチな話になったので、趣向を変えました。

アンケートの話につきましては、完全に終わってからにします。

今回の話は筆休め程度ですので、投稿スピードはこのクロスだけ遅めです。

その代わりと言ってはなんですが、全力でおふざけ路線に切り替わったクロスをお楽しみください。

……まあ、今回は助走をつけただけですので、走るのは次ですけどね。


IS×Fate〜略してIFストーリー
IFパニック


『サーヴァント、セイバー。召喚に応じて来た。問おう。そちらさんが私のマスターか?』

 

夜の森に、闇に閉ざされた石畳に、凛冽な誰何の声が響く。

 

だが、彼女を召喚したマスター、衛宮切嗣とその妻、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは眉をひそめ、ただ彼女を見ていた。

 

万能の願望機である『聖杯』をかけ、魔術師同士が凌ぎを削るこの聖杯戦争。

 

アインツベルンに雇われた『魔術師殺し』の異名を持つ衛宮切嗣はその雇い主が取り寄せた聖遺物である『剣の鞘』を触媒とし、その触媒に最も縁ある人物ーー騎士王、アーサー・ペンドラゴンを呼ぶつもりだった。

 

触媒とした『剣の鞘』は騎士王の存在、そしてその魔力供給がなされれば、伝承通りに持ち主の傷を癒し、老化を停滞させる『マスターの宝具』という形で使用することができた。

 

しかし、彼らの眼前に立つのはおおよそ西洋人とは似ても似つかない容姿をした少女。

 

整った顔立ちは東洋人のもので、髪の色は染めたような明るい赤の色。やや吊り上がった目つきは一見すると強面に見えるが、それすらも少女の美しさを際立たせる上でプラスの方向に働いていた。

 

切嗣は初めから騎士王とは相容れないということはわかっている。

 

目的のために手段を選ばず、どんな名高い英霊だろうが、サーヴァントとして召喚した以上マスターの道具として活用する算段であったし、それを抜きにしても、戦場に理想や幻想を持ち込む英霊を切嗣自身が憎悪している。

 

だからこそだろう。切嗣にはわかった。

 

このサーヴァントは騎士王ではないと。

 

現代風の服装もそうであるが、何より血の匂いがしない。そしておおよそ戦場には似つかわしくない何処にでもいるような『表』の人間の雰囲気を纏っている。

 

「あ、あれ?『俺』じゃなくて『私』?どういう事だ?」

 

そしてなぜか混乱している。その様子に切嗣もまた、混乱せざるをえなかった。

 

「えーと、貴女は……騎士王、アーサー・ペンドラゴンであっているのかしら?」

 

「え?違うよ?私は東洋人だし、騎士王なんて大それた人間じゃねえから」

 

「じゃあ、貴女は何者?」

 

「何者………うーん、未来人?」

 

何故か疑問系で答える少女だが、聖杯の『座』において、時間などの概念はないため、仮に百年後の英雄だとしても、それは間違いではない。

 

ただ、おかしな点があるとすれば、彼女がこの世界において『過去・現在・未来を問わず、存在しない人間』であるにもかかわらず、召喚された事だ。

 

「まあ、細かい事はさておいて。よろしく、マスター。見た目はこんなだが、実力は保障するぜ」

 

当然のように握手を求める少女。

 

やはり英霊と呼ぶにはあまりにも幼さを感じる少女に切嗣は召喚が失敗したと断じ、軽く絶望しかかっていた……が、それも改めて少女を視る事で払拭させられた。

 

(なんだ、この馬鹿げたステータスは⁉︎)

 

マスターの持つ透視能力で切嗣が視たのは少女のサーヴァントとしての強さ。もちろん、それは数値的なもので、それが高ければ勝率は上がれど確実に勝てるわけではない。

 

だが、それでも。

 

少女のステータスは常軌を逸していた。

 

知名度による補正はない。ともすれば、それは少女自身の実力に他ならない。

 

これは喜ぶべき事だ。ハズレかと思っていたが、勝率が一気に上がった。

 

……上がったのだが。

 

「?どうした、マスター」

 

キョトンと首をかしげて、切嗣の顔をのぞき込む少女から切嗣は目をそらす。

 

「アイリ。僕は少し準備がある。そいつを任せてもいいかい?」

 

「え、ええ。いいけれど……」

 

アイリスフィールの返事を待たずして、そそくさと切嗣はその場を離れていく。

 

マスターと会ってすぐに無視された少女はショックを受け、体育座りでいじけ、取り敢えずはアイリスフィールは少女を慰める事に努める事となった。

 

因みに切嗣はというと……。

 

「ふぅ……アレは、下手をすると騎士様よりも相性が悪いな」

 

どんな英霊かは切嗣には全くわからないが、その少女がどんな存在であったのかは察しがついた。

 

ほんの一瞬、顔を覗き込んだ一瞬のうちに発動したそれを、切嗣は感じ取った。

 

(よりにもよって、魅了(チャーム)とはね。どうしたものか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ……」

 

「元気を出して、セイバー。お菓子食べる?」

 

「……気遣い、ありがとうございます」

 

部屋の片隅で縮こまっているセイバーを見て、アイリスフィールはどうしたものかと考えていた。

 

ここ数日、セイバーと切嗣は一度たりとて顔を合わせていない。

 

その悉くを切嗣がスルーし、セイバーが何度話しかけようとも顔すら向けないのだ。

 

最初は根気よく話しかけていたセイバーも、つい先日諦め、涙目で縮こまるように椅子の上に座っていた。

 

そして窓の外では切嗣とその娘、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが戯れているのだから、本格的にセイバーは泣きそうだった。

 

「……私、なんかマスターに悪い事したっけな……」

 

完全に飼い主に見捨てられた子犬のような様子でセイバーは呟く。

 

(しょうがないわよね……魅了のスキルを持っているから、とは言えないもの)

 

実はアイリスフィールも切嗣にはセイバーと話してあげて欲しいとの旨を伝えてはみたのだが、その事実を知らされて、八方手詰まりだった。

 

目の前の可哀想な少女を助けてあげたいのは山々であるが、それで夫を取られては元も子もない。妻として、それだけは見過ごせないのだ。

 

「やっぱり『俺』じゃなかったからダメなのか……?いや、でもそんなのマスターにはわからないし……」

 

「ねえ、セイバー。聞きたい事があるのだけど……」

 

「なに?アイリスフィール?」

 

「あなたの真名を聞いていなかったから。聞いておきたいと思って」

 

これは切嗣の意思であり、アイリスフィールの意思でもある。

 

未来の英霊だとしても、否未来の英霊だからこそ、名前が気になる。

 

過去ではなく、未来において、こんな少女が戦場に駆り出されるような状態に世界が陥っているのか、それとも別の何かなのか。

 

そこが二人にとっては大いに重要である。

 

「私の名前……うーん、どっちを名乗るべきか……」

 

「どっち?あなたには幾つか名前があるのかしら?」

 

「えーと、男の時と女の時で分かれてるから」

 

とんでもないカミングアウトにアイリスフィールは目を瞬かせる。

 

「セイバー。あなたは人間じゃないの?」

 

「うんにゃ、人間。単に周りにいたバカな天才のせいでごく稀に女になっちゃうときがあっただけで」

 

バカな天才とは言語としてはおかしいところではあるが、それはともかく、男の状態があるのなら、現状を解決する手段になり得る。

 

夫に何としてでも聖杯を手に入れて欲しいアイリスフィールからすれば、互いに協力しあって聖杯を勝ち取ってくれるというのなら、是非そうしてほしい。

 

そう思ったのだが……。

 

「じゃあ、なんでセイバーは男にならないの?」

 

アイリスフィールの疑問はもっともである。

 

こんな状況になるまで何故彼女が女のままで居続けるのかが理解できない。

 

打ちのめされまくる前にさっさと男に戻ればこんな事にはならずに済んだのだから。

 

すると、セイバーは自嘲するような笑みを浮かべる。

 

「なにぶん、イレギュラーなもんだから、男に戻れないんですよ。おまけに本当ならそいつを呼び出す宝具も使えるけど、女だから使えないし?そのせいかはわからないけど、そいつらの乙女成分足されてるから、なんか女になってるのに抵抗ないし……」

 

その後もぶつぶつと何かを呟くセイバーにアイリスフィールは本格的に同情していた。

 

性転換するというのはわからない感覚ではあるが、兎にも角にもセイバーはこれ以上ない程に疲弊している。幸運値は低くないと聞いていたにもかかわらず、幸運値低いんだろうなとすら思うまであった。

 

「あ、話が逸れた。それで私の名前の事だけど……真崎紅音って事にしとくよ。セイバーでも、紅音でも、好きに呼んでくれりゃあいい」

 

「そう。じゃあ、紅音。落ち着いたところで『聖杯戦争』の事について、お話しましょう」

 

「そりゃ作戦の事?」

 

「ええ。当面、私達が聖杯戦争でどう動くか、切嗣からあなたに説明するように言われているから」

 

「直接じゃ無いのが傷つくな………ま、いっか。じゃあ頼むぜ、アイリスフィール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舞弥。セイバーの様子はどうだ?」

 

『立ち直った様です。今はご婦人にあなたの立てた作戦について話しているところです』

 

切嗣はイリヤスフィールと僅かばかりの時間を過ごし、部屋に帰ったのち、父としての顔を消し、『魔術師殺し』の仮面をかぶる。

 

「ふぅ……全く、困ったもんだ。まさか、自分のサーヴァントに魅了されかかる羽目になるとはね」

 

電話越しに会話をしているのは切嗣の補佐をしている女性、久宇舞弥。

 

切嗣に拾われた戦争孤児であり、切嗣の重要なパーツの一つでもある彼女は、二人の様子を覗き見ながら、逐次、切嗣に報告していた。

 

『私達が魅了されないのはやはり同性だからでしょうか?』

 

「だろうな。英霊なんてものに欠片も憧れも好意も抱いていない僕が、目を合わせただけでその考えを覆しそうになった。視界に入れるだけには問題無いのはわかったが、言葉を交わすのはおそらく無理だろう」

 

大きな溜息を吐く。

 

いよいよもって、これは厄介すぎる。

 

確かに魅了のスキルを持ったサーヴァントが実在するのは知っている。

 

だが、魔術耐性も精神耐性も、本人の意思も関係なく、無自覚に魅了してくるのはタチが悪すぎる。

 

他の参加者の男の元に向かわせて、骨抜きにするのも一つの手ではあるが、その前にサーヴァントに阻まれるだろう。

 

あわよくばサーヴァントにも効くことが理想ではあるが、その確率はあまり高く無いだろう。

 

「とりあえず、アイリにはセイバーのマスターとして振舞ってもらう。僕達は裏方に徹して、マスターを叩く。あのセイバーだ。僕が何をしなくても、勝手に注目を集めてくれるだろうからな」

 

例えサーヴァントに魅了が効かなくとも、あれだけ露骨ならば意識はそちらに向けられるはずだ。そして参加したマスターは全員男。考えるまでもなく、セイバーの魅了に捕まるのは明らかだ。

 

問題はそれをセイバーが許容するか否か。

 

態度からして、本人は魅了スキルを身につけていることに気がついていない。

 

アイリスフィールの口から伝えるのも吝かではないが、それを伝えたとして、もし『公正な果たし合い』などという生存戦(バトルロイヤル)における愚行を選択するようなサーヴァントであったのなら、伝えるだけ逆効果。黙っておいたほうが都合がいい。

 

元々、呼び出すはずだった騎士王とはそもそも相性の良し悪しなど火を見るよりも明らかだったが、このセイバーも別の意味では相性が悪すぎる。

 

仮に自分が既婚者でなければ、さしたる問題ではないが、この九年間、アインツベルンで過ごした日々が戦術や戦略の為にセイバーに魅了されるということを拒んだ。

 

最終的にはセイバーと行動を共にしなければならないが、それまでに何かしらの対策を講じておかなければ、仮に対策が出来なかったとしても、最悪自己暗示の魔術でどうにかしてしまえばいい。

 

聖杯戦争が始まる前から、既に自分のサーヴァントとの間に生じているどうしようもない問題に切嗣は暫しの間、頭を悩ませる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あー、もう、鬱陶しいとかいうレベルじゃねえ……)

 

繁華街の直中、セイバーとアイリスフィールの取り合わせは存分に衆目を集めた。

 

不機嫌さなどおくびにもださず、セイバーはただ付き従うようにアイリスフィールの隣を歩いている。

 

銀髪の美女と赤髪の美少女という組み合わせは老若男女を問わず、すれ違う人々の足を止める。

 

それもこれも、ひとえにセイバーの魅了スキルが大半なのだが、それを抜きにしてもこの二人の容姿や存在はこの冬木という土地では異彩を放っていた。

 

霊体化出来ないセイバーは飛行機の中でも同じように見られていたため、正直かなり鬱陶しかった。

 

(しっかし……ここまで女っつーのに抵抗がなくなるなんてな……)

 

アイリスフィールと同じ服装をしたセイバーはあまりにも自然にその格好を受け入れていることに内心溜め息を吐く。

 

聖杯戦争なんていう魔術師同士の殺し合いに、あろう事か英霊などというおおよそ自分では力不足の役割を与えられた挙句、剰え何故か女体化した状態のまま、知識だけ打ち込まれ、本人は気づいていないが、覚えていたはずのこの世界の事は見事に封印され、召喚された。

 

おまけにマスターには常に無視され、遥かに劣化したメンタルのせいで涙目になるという最早元の自分など見る影がないとばかりに変わっていた。

 

もし、今セイバーが魅了スキルを身につけていることに気がつけば、衆人環視などそっちのけで大絶叫は間違いなしである。

 

にもかかわらず、セイバーに一部たりとも隙が見当たらないのは、ここが敵地であるという認識を外していないからだ。

 

索敵能力にこそ優れたサーヴァントではないし、場合によっては相手が先にセイバーを見つける可能性も大いにあるが、セイバーには鍛え上げられた勘がある。

 

騎士王程には聡くないものの、事と次第によれば、それは騎士王よりも鋭い。

 

それ故にこうしてアイリスフィールが街を闊歩するという事態も許容していた。

 

「あまり楽しくなさそうね、セイバー」

 

「私が楽しむ必要はないしな。それに時間や世界が違うだけでここは故郷だし、さして珍しいもんもねえ」

 

最初に比べると粗雑になった言葉遣いをアイリスフィールは咎めない。

 

セイバーは元は男だ。

 

ともすれば、この言葉遣いが普通で、寧ろセイバーが幾分か気を許し、心の余裕が出来たということだろう。

 

「それなら海に行きましょう」

 

「海?冬なのに?」

 

夏ならばわからなくもないが、今は真冬で、嬉々として海に行きたがる人間は滅多にいない。

 

「セイバーは海は嫌い?」

 

「別に。アイリスフィールが行きたいなら、私はついていくだけさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるで夜空の合わせ鏡みたいね。綺麗だわ」

 

延々と寄せては返すの波の音に聴き入りながら、アイリスフィールは満面の笑みで海を見入っていた。

 

「悪いな、アイリスフィール」

 

「?どういうこと?」

 

「こんなどっちつかずの奴より、切嗣の方が良かったんじゃねえか?」

 

セイバーの問いにアイリスフィールは醒めた微笑を浮かべる。

 

「あの人は……駄目よ。辛い想いをさせてしまうわ」

 

「なんでだ?好きな奴と一緒にいて、苦痛を感じる奴はいないだろ」

 

「そういう意味ではないの。きっと切嗣は私と同じくらいに、幸せを感じてくれるでしょうね。……だから駄目なの。あの人は『幸福』である事に苦痛を感じてしまう人だから」

 

「……そいつはまた随分と難儀なこった」

 

言葉の意味を理解し、セイバーはそう呟いた。

 

セイバーにはよくわからない感情だ。

 

どういう生き方をしてきたのかはわからない。ただ、愛する者と共にいて、幸福を分かち合えないというのはろくな生き方をしていないというのだけはわかっていた。

 

「セイバーはーー紅音も私じゃなくて、殿方と逢い引きを楽しみたかったのではなくて?」

 

「……私は男だよ、アイリスフィール。連れ添うなら姫になるぜ」

 

アイリスフィールの問いにセイバーは不満そうに答えると、アイリスフィールはちろりと舌を出して謝る。

 

と、その時、セイバーの視線が彼方へと向く。

 

その様子にアイリスフィールは問いかける。

 

「……敵のサーヴァント?」

 

「ああ。明らかに誘ってやがる」

 

「ふうん。戦う場所を選ぼうってわけ?」

 

アイリスフィールは声に緊張を顕すことなく、依然、悠々と落ち着き払ったまま応じる。戦いに臨んでこの余裕は、セイバーに託した信頼の証でもあった。

 

「見上げた心意気だぜ。戦争やろうってのに場所を選ぶなんてな」

 

「どうやら相手の思惑も、私達とそう変わらなかったみたいね。これ見よがしに気配を振りまいて、噛み付いてくる相手を誘い出す……セイバー、あなたと同じ真っ向勝負のサーヴァントと見ていいんじゃない?」

 

「なら、クラスはランサーかライダーってとこか。緒戦の相手としちゃ不足はねえ」

 

獰猛な笑みを浮かべるセイバーに、アイリスフィールもまた不敵な笑みを返す。

 

「それじゃあ、お招きに与するとする?」

 

「そりゃな。望むところだ」

 

敵が自分に有利なフィールドに誘い込もうという腹であれば、誘いに乗るのは危険だが、あまり長期的にこの姿でいすぎると変に女としての生活が身につきかねないということで、セイバーとしてはさっさとこの聖杯戦争を終わらせたかった。

 

敵の気配が遠ざかっていく方角に向けて、悠然とした足取りで歩き出すセイバー。

 

その後にアイリスフィールも続きながら、ポケットの中に忍ばせてあった手のひらサイズの装置にスイッチを入れる。切嗣から託されていたそれは発信機といって、別行動中の切嗣にアイリスフィールたちの位置を伝えるための機械だ。

 

アイリスフィールはセイバーの力量を信じていた。願わくば、これより出会う敵がセイバーより遥かに格下で、一太刀の元に瞬殺してのけるようなーーそんな安易な展開を期待していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくぞ来た。今日一日、この街を練り、歩いて……」

 

びっしりと呪符らしい布を自身の得物である長槍と短槍を携えたランサーは、目の前に現れたサーヴァントに言葉を失っていた。

 

「へぇ、最初の相手は随分な色男だな。じゃあ、顔を狙うのはやめとくか」

 

挑戦的な笑みを浮かべ、セイバーは召喚された時と同じ服装であるIS学園の制服に着替えて、ランサーの眼の前に立っていた。

 

自分の誘いに応じたサーヴァントへ向けて、賞賛しようとしていたランサーだが、セイバーを見たまま、固まっていた。

 

それは見るからに相手が女で、そして自分が女を惑わす『魔貌』を持っているから……というわけではない。

 

より正確に言うなら、それも多少なりとあるが、セイバーからは全くそれらしい雰囲気は感じられない。

 

「……魅了の魔術?既婚の女に向かって、随分な非礼ね、槍兵」

 

眉根を寄せて言うアイリスフィールに、ランサーはハッとして、意識を戻す。

 

敵を前にして、意識が全く別のところにあったなど、戦士としてあるまじき事ではあるが、ランサーは自身を諌め、アイリスフィールに答える。

 

「悪いが、持って生まれた呪いのようなとのでな。これは如何ともしがたい。俺の出生か、もしくは女に生まれた自分を恨んでくれ」

 

「なんだ?ただのイケメンじゃねえってか。結構なこった。ま、私には関係ないけどな」

 

「それは良かった。この顔のせいで腰の抜けた女を斬るのでは、俺の面目に関わる。……ところで、セイバー。一つ聞いておくが、もしやお前も『そういう類いの存在』か?」

 

「?何を言ってるのか、さっぱりわからねえ。んじゃ、一つ、尋常じゃねえ闘いといきますかね」

 

どこからともなく、セイバーは二メートルを超える大剣を取り出し、虚空へと向ける。

 

「何処にいるかわからねえ、ランサーのマスター。姿を見せねえのは結構だ。邪魔をすんのも構わねえ……けど、それなら覚悟しとけよ。邪魔すりゃ、先にてめえから叩っ斬る」

 

この場にまだ姿を見せていないランサーのマスターは、それ単体で独立した脅威だ。

 

普通ならマスターはサーヴァントの傍らに同伴し、戦況に応じた指示を飛ばし、魔術によるサポートを行うのなが定石だが、ランサーのマスターは、傍にはおらず、全権を委任していない限り、必ずどこか間近な場所に身を潜めている。

 

そのマスターへ向けて、宣言をしたのは文字どおり横槍を防ぐため。

 

魔術師でもないセイバーにそれを見抜く力はないが、そうでなくとも、この辺り一帯を破壊し尽くせば話は別だ。逃げようものなら見つかり、逃げなければまとめて消し飛ばされるだけだ。

 

「アイリスフィール。念は押しといたが、変な事をしてくるかもしれねえ。注意しときな」

 

「……わかったわ。セイバー、この私に勝利を」

 

「任せとけよ」

 

決然と頷いて、セイバーは一歩を踏み出す。

 

身構えて待ち受けるランサーの、その長槍の間合いへめがけて、突進した。

 

踏みしめた足が路面を穿ち、両者の距離が一気に零になる。

 

「ふっ!」

 

振り抜かれた大剣がランサーの槍と擦過する。

 

ただそれだけのことで、風が唸り、大気が振動する。

 

剣と槍の鍔迫り合い。

 

その言葉だけを聞くのであれば、前時代的な武人の対決であるが、迸る魔力の量が違う。激突する熱量が違う。

 

鋼と鋼が打ちあうだけで破壊的な力の奔流が吹き荒れて、倉庫の外装を紙屑のようにくしゃりと歪み、宙を舞う。

 

それがたった一呼吸のうちに行われるのだから、英霊というのはやはりというべきか、異常の一言に尽きた。

 

「ふっ……女だてらに見上げた奴だ。なかなかやる」

 

「なんだ、ランサー。まさか手を抜いてたなんて言わねえよな」

 

「戦場に確かな戦意を持って出てきた相手を、性別で判断はせん。純粋な賞賛だ」

 

「なら、素直に受け取るさ。過去に名を馳せた英雄の賞賛だ。私には身にあまる光栄ってとこだな」

 

「そうは言うが、先のやりとりでわかった。そちらもさぞ名を馳せた英雄なのだろう」

 

「いや、私には馳せる名なんてねえ………が、そうだな。聖杯戦争のルール的にゃマズいが、私には関係ない。ここで一つ、英雄様に名前を覚えてもらうとするか……ああ、もちろん」

 

それはお前が負けてからな。

 

刹那、セイバーの剣から暴力的な魔力が迸る。

 

まさか真名を、とランサーは思ったが、違った。

 

一瞬だけ凄まじい魔力放出はあったが、それらはすぐに剣へと収束する。

 

「さて、第二回戦だ。長引く前にさっさとケリをつけさせてもらうぜ」

 

大地を踏みしめ、迫るセイバー。

 

横一閃。

 

薙ぎ払われた大剣をランサーは躱す……が。

 

「何っ⁉︎」

 

その後方、数メートル離れたコンテナが切り裂かれていた。

 

受け止めずに躱したのが正解だったとランサーはセイバーを見やり、そしてランサー叫んだ。

 

「主っ!宝具の使用の許可を!」

 

このまま宝具を使用しないままでは危険。

 

『よろしい。宝具の開帳を許す』

 

そう判断したランサーは主へ向けて叫ぶとランサーのマスターもまた、自らのサーヴァントの危機を感じ取ったのか、宝具の開放を許した。

 

左に手にしていた槍を捨て、右手に持っていた槍を両手で持つと呪符が緊縛から剥がれ落ちていく。

 

そこから覗いたのは深紅の槍。

 

桁違いの魔力が、蜃気楼のように、ゆらりと槍の穂先から立ち上る。

 

そして宝具を開放した直後、先程とは比較にならない超高速の剣戟戦が………再開する事はなかった。

 

「「ッ⁉︎」」

 

セイバーとランサーは、不意に轟いた雷鳴に後方に飛び退く。

 

共に東南の方角を振り返り、こちらめがけて一直線に空中を駆けてくるソレを見つめた。

 

「……戦車(チャリオット)……?」

 

形の上だけなら、それは古風の二頭立ての戦車。

 

隆々と筋肉をうねらせる逞しくも美しい牡牛は、虚空を蹴って、壮麗に飾られた戦車を牽いてくるのだ。

 

そしてその蹄が蹴り立てるのは大地ではなく稲妻、虚空を蹴るたびに紫電が蜘蛛の巣状の触手を閃かし、轟々たる雷鳴で大気をゆすり上げる。

 

「双方、武器を収めよ。王の御前である!」

 

そしてセイバーとランサーの間に降り立った戦車の主は雷鳴にも匹敵する大音声だった。

 

炯々たる眼光は、その気迫だけで対峙する剣と槍の切っ先を押し返さんばかりだ。

 

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」

 

「「「は?」」」

 

現れたライダーのサーヴァントは、あろう事か自らの名を明かした。

 

聖杯戦争において真名の露見は即敗北に繋がりかねない。

 

それを自ら教えるなど、愚の骨頂に過ぎない。

 

案の定、そのマスターである少年、ウェイバー・ベルベットはライダーを怒鳴り散らしーーデコピンで鎮められた。

 

「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが……矛を交えるより先に、まずはそこのセイバーに問うておく事がある」

 

「あ?私?」

 

「うむ」

 

何故か名指しで指名されて、疑問の声を上げるセイバー。

 

ライダーは力強く頷いた後、とんでも無いことを言った。

 

「セイバー。お主、余の伴侶となる気はないか?」

 

……………………。

 

空気が凍った。

 

あまりにも突然過ぎる求婚にセイバーはおろか、ランサーやそのマスター、アイリスフィールに実は隠れて見ている切嗣と舞弥、そして死を偽装して諜報活動に徹しているアサシンと感覚共有をしているマスターは驚きのあまり、言葉を失っていた。

 

だが、そんな事など御構い無しにライダーは続ける。

 

「余はお主が気に入った。初めは臣下にしようかと思ったが、それは勿体無い。よって、余の伴侶となり、余の隣で世界を征する快悦を分かち合おうではないか」

 

「……えーっと、正気か?」

 

「伊達や酔狂でこんな事は言わん。本来ならもう少し様子を見るつもりだったが、傷をつけるには惜しい」

 

怪訝そうに尋ねるセイバーにライダーは力強く答える。

 

「あ、あのな、せいふ「よもや、我を差し置いて王を自称する不埒者が湧くとはな」」

 

セイバーの言葉に被せるように苛立ちを隠そうともしない声音を持って、顕われたのは黄金の英霊。

 

街灯のポールの上に立ち、侮蔑を露わにした視線でライダーを見据える。

 

「さらに我が先に目をつけたモノに手を出そうなど……度重なる不敬はどう詫びる?雑種」

 

「ぬぅ?なんだ、お主もこの娘を狙っとるのか?」

 

「たわけ。我が見定めた以上、その娘には肯定する以外の道はない」

 

またもや出てきて早々に無茶苦茶な事を言い出した黄金の英霊にそろそろセイバーは頭が痛くなり始めていた。

 

「……つまり、アーチャー。お前も、私に嫁になれっていうのか?」

 

「ああ。だが決定権はない。貴様はただ頷け」

 

「んな、無茶苦茶な……大体な、アーチャー……」

 

「その呼び方も止めろ。貴様には特別に名で呼ぶ事を赦す。ギルガメッシュと呼ぶがいい」

 

ライダーの時とは打って変わって、上機嫌に話すアーチャー。

 

だが、他の者達はまたもや驚きに目を見開いていた。

 

「ぎ、ギルガメッシュって……まさか、英雄王……」

 

「何を今更。我が拝謁の栄に浴しておきながら、よもや知らなかったとは言うまい」

 

当たり前のようにアーチャーは言い放つ。

 

最早色々とカオスな事になっていた。

 

いきなり乱入してきたサーヴァント二体は自らの真名を名乗った挙句、同じサーヴァントに求婚するというこの事態。今まで三度行われてきた聖杯戦争において、このような異例の事態はなかっただろう。

 

そしてその最たる原因はセイバーである。

 

「待て。征服王、そして英雄王よ」

 

と、そこに口を挟んだのはランサーだった。

 

セイバーの様子を見るに見かねてか、それとも闘いを中断したくせにわけのわからない事を言っている二人に嫌気がさしたのか、苛だち交じりにランサーは言う。

 

「そこのセイバーには俺との先約がある。求婚するというのであれば、その後にしてもらおうか」

 

「くだらん。貴様の事など知った事か。我の決定だ。貴様の意見なぞ知らん」

 

「応とも。ランサーよ、セイバーと闘おうとするのは貴様の勝手だが、余とそこの金ぴかには関係がない」

 

「ふっ、聞こえなかったのか?『セイバーは俺のものだ。誰にもやらん』」

 

実にいい顔で、ランサーは言い放った。

 

「ほう。つまり、ランサー。貴様も余と金ピカと同じく、セイバーを欲していると?」

 

「そういうことだ」

 

(普通に闘っていたから忘れていたけれど、しっかり魅了されてたのね……)

 

「痴れ者共が……我のセイバーに手を出そうなどと、万死に値するっ!」

 

「やる気か、英雄王。言っておくが、そう易々と俺の首が取れると思わんことだな」

 

「うぅむ……軍門に降らせる予定だったが、致し方あるまい。今はセイバーの方が重要故な」

 

セイバーそっちのけで睨みあう三人。

 

今ここに真の聖杯戦争?が始まろうとしていた。

 

(………もう帰っていいかな)

 




と、まあふざけるために性転換させてみました。

ステータスは男の時より少し低めですが、そこまで重要ではないので書きません。

持ってるスキルは
魅了:EX。異性に対して発動するもの。既婚者や愛する者がいる相手に対しては効果はあまり高くないものの、サーヴァントといった英雄的な概念の存在する異性に対してはその限りではなく、視界に入れただけで異性として意識し、魅了される。これは一夏という超鈍感を落としたことによるもの。本人に自覚はないので、かなり厄介極まりない。

因みにセイバーのクラスで切嗣に召喚させたのは、単に主人公以外を男にするため。

ここからは聖杯ではなく、セイバーを賭けた男達の熱い戦いが繰り広げられる予定です。

乞うご期待。

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