彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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今回は蘭子視点です。
サブタイトルが「中二魔王の~」となっている場合、蘭子視点とする予定です。


中二魔王の日常

「……ん、んん」

 

 まどろみの中、ちょっとずつ意識がはっきりしてくる。

 重い目蓋を開くと、見慣れた寮の部屋の白い天井がぼんやりと視界に映し出された。

 

「……ねむい」

 

 昨日の夜、電話でお母さんと遅くまでおしゃべりしちゃったからかなあ。

 東京に来てから忙しくてあんまり話せてなかったから、ちょっとはしゃぎすぎたのもしょうがないよね。

 『頑張りなさい。蘭子』と応援してもらえたのは本当にうれしかったし。

 

「6時半……うん、大丈夫」

 

 時間通りに起きられたことを時計を見て確認。

 今日はお仕事入ってないけど、代わりに朝からレッスンとか打ち合わせとか盛りだくさんだったはず。夏休みに入ったから、これからしばらくはアイドル活動に専念できるかな。

 予定をひとつひとつ思い出しながら、ベッドから降りた私は外に出るための準備を始める。

 あくびをこらえながら顔を洗い、ついでに歯磨き。並びのいい白い歯は私の自慢。

 その後、パジャマを脱いでお気に入りのフリフリがついた服に着替える。

 髪をくくって、いつものように入念に身だしなみを整えて。

 

「できた」

 

 朝ご飯はプロダクションの食堂でとればいいから、これでお出かけ準備は完了。

 最後に全身が映る大きな鏡(姿見というらしい。最近アスカちゃんに教えてもらった)の前に立って、全体のチェックをする。

 それも問題ないとわかったところで、鏡の前の自分を見ながら深呼吸をひとつ。

 今日も一日、元気出していけるように。かっこいいポーズで気合いを入れて――

 

「闇に飲まれよ!」

 

 ……うん! やっぱりこのセリフが一番決まってる!

 

「いざ往かん、戦場へ!」

 

 闘気注入もできたし、頑張っていこう!

 

 

 

 

 

 

「煩わしい太陽ね! (おはようございます!)」

「おはよう蘭子。今日も元気そうだな」

 

 あいさつと一緒に部屋に入ると、早速私の仲間のひとり――プロデューサーがお出迎えをしてくれた。

 

「うむ。我が魔力は常に膨大なるぞ(元気なのが取り柄だから)」

「そうだな。蘭子はいつもエネルギー全開だ」

 

 黒の日傘を置いて、ソファーに座る。夏は日傘が役に立つ季節だから、見た目だけじゃなくて実用的にも手放せないなあ。あんまり日焼けとかしたくないし。

 

「今日も頑張ろうな」

「無論。いつか世界創造をなし得んがために(トップアイドルを目指すため!)」

「その通りだ。とはいえ、焦って無理はしちゃだめだぞ」

 

 私のプロデューサー。年齢は26歳で、背の高さは普通。横の幅も普通。

 そして、この人は私の言葉をきちんと理解してくれる。普通のしゃべり方だとなかなかまともに話ができない私にとって、それはとても、とってもありがたくて、うれしいこと。

 仕事もよくできるんじゃないかなって思う。他のプロデューサーがどんな感じが知らないから、はっきりとは言えないけど……少なくとも、私にとってはいいプロデューサーだから。

 

「我が同胞よ。今日は旋律の戒めは口にせぬのか? (プロデューサー。今日はかっこいいセリフ言ってくれないの?)」

「ごめんな。あれは基本封印状態なんだ。蘭子ならともかく、俺がああいうことを日常的に言ってるといろいろアレだから」

 

 この人も昔は私と似たような感じだったらしい。だから時々、私の心にキュンとくる言葉遣いをしてくれる。かっこいいのになあ。

 

「と、もうこんな時間か。蘭子、俺これから打ち合わせがあるんだ。時間になったらレッスンに向かってくれ」

「理解した。孤高の番人を演じよう(留守番してるね)」

「頼んだ」

 

 荷物をまとめて足早に廊下に出ていくプロデューサー。

 ひとり残された私は、前回のダンスレッスンで教わったステップを頭の中で復習し始める。

 レッスンが始まるのは9時だから、あと15分くらいしたら部屋を出よう。

 

「……あ」

 

 そういえば今日は、アスカちゃん午後から来るんだった。

 午前中はひとりなんだ……寂しいな。

 

 

 

 

 

 

 オーディションに合格して以来、会社にいる時はほとんどずっとアスカちゃんがそばにいてくれた。たまに学校とかの都合でスケジュールが別々になることはあったけど。

 でも、アイドルとしての活動が増えたら、それぞれ別の仕事を任されることだって増えるはず。

 そうなったら、今まで以上にひとりでいる時間が長くなってしまう。

 ……廊下を歩いている時に、知らない人に話しかけられたらどうしよう。

 

「あら、蘭子ちゃん。おはよう」

「ふぇっ?」

「あ、ごめんなさい。驚かせちゃったかな」

 

 レッスンに向かう途中、不意に声をかけられたので飛び上がってしまった。

 背後を振り向くと、緑の制服に身を包んだ女の人が立っていた。……よかった、この人は知ってる。

 

「こほん。何も問題はないぞ、美麗なる支援者(グリーン・サポーター)(なんでもないです、ちひろさん)」

「えっと、グリーンサポーターって私のことよね? うん、何もないならいいんだけど」

 

 千川ちひろさん。346プロアイドル部門の事務員さんで、よくプロデューサーさんの仕事を手伝ってくれている人。

 私達アイドルにも優しく接してくれるし、笑顔が似合う素敵な大人の女性だと思う。

 あと、たまに元気が出るドリンクをくれる。お店で見かけたことがない商品なんだけど、いったいどこから仕入れているんだろう?

 

「デビューシングル、私も聴いたけどいい曲だったわ。これからも頑張ってね」

「うむ。我が声に耳を傾けたこと、感謝するぞ(聞いてくれてありがとう)」

「それじゃあ、またね」

 

 小さく手を振ってから、ちひろさんは近くの事務室に入っていった。

 そういえば、時々あの人がプロデューサーに近づいて小声で何か言っていることがある。

 そのたびにプロデューサーは困った笑いを見せるんだけど、いったいあれはなんなんだろ?

 『本当、なんで俺の過去を……』とか言ってたけど、全部は聞き取れなかったからわからない。

 

 

 

 

 

 

 お昼になったので、食堂でごはんを食べることにした。

 アイドルとして食事には気をつけなきゃ、という自覚は一応あるから、ヘルシー日替わり定食というものを注文した。

 

「いただきます」

 

 席に着いて、手を合わせる。

 

「礼儀正しいんだね。蘭子は」

 

 さあ食べようとしたところで、いきなり上から声が聞こえてきた。

 反射的に顔を上げると、またまた知っている人が近くに立っていた。

 

「あ、蒼き姫君……(り、凛さん)」

「その呼び方、ちょっと照れるね。向かい側、いい?」

「もちろん認めよう(どうぞどうぞ)」

 

 渋谷凛さん。346プロ……ううん、日本でトップクラスの人気を誇る先輩アイドル。

 私とアスカちゃんを担当するまでは、プロデューサーはこの人と一緒に仕事をしていたらしい。すごいなあ。

 

「同じもの頼んでるね」

「これぞ魂の共鳴! (気が合いますね)」

 

 おしゃべりしながら、2人でヘルシー日替わり定食を食べる。

 凛さんも私の言葉をちゃんとわかるみたいだから、話もよく弾んだ。

 

「蘭子は今、中2だよね。私がデビューした時は高1だったから、それより年下でアイドルやってるのはすごいと思う」

「フフフ……偶像の道に、生きた年月など些末な事象。そうでしょう? (アイドルに年齢は関係ないですから、たいしたことじゃないです)」

「そう? ま、それはそうとして。CD、聴かせてもらったよ」

 

 ひとりの昼食になるかなって思っていたけど、凛さんのおかげで楽しい時間を過ごせた。

 私もいつか、あの人みたいなかっこいい人気アイドルになれるのかな。

 

 

 

 

 

 

「なれるのかな、ではなく、なりたいなと思うべきだ」

 

 午後になって出社してきたアスカちゃんにお昼のことを話したら、腕を組みながらそんなことを言われた。

 

「人間という生き物は、本能を退化させた代わりに意思と感情を強化した。であるなら、ボク達にとってそれらは極めて重要な要素なのだろう。消極的な意思は弱さを生み、積極的な意思は強さを生む。当然例外もあるけどね」

「う、うむ」

「つまり、トップアイドルになりたいという強固な欲望が大事ということさ。『意思が未来を決定する』なんて言葉もあるしね」

 

 なるほど、そういうことなんだ。

 

「さすがは我が魂の友。鋭き言の葉の槍々なるぞ(アスカちゃんの言うことはかっこいいね)」

「よさないか。あくまで一子供の意見にすぎないんだ」

 

 二宮飛鳥ちゃん。私と一緒に『ダークイルミネイト』を組んでいるパートナー。

 とにかくクールでかっこいい。時々言ってることが難しくてわからなくなるけど、それも含めてかっこいい!

 これからも一緒に頑張っていきたいなって、そう思える私の大好きな友達だ。

 

「共に世界に覇を唱えようぞ。響き合う悪魔の演目で! (私達のパフォーマンスで、トップアイドル目指そう!)」

「その意気だ。キミには愚直なまでの純粋さが似合っている」

「おーい。仲良くするのはいいけど、そろそろ会議始めるぞー。次の仕事の大事な概要だぞー」

 

 ……そうだった。今はプロデューサーと話し合いをするために会議室にいるんだった。

 アスカちゃんとお互い苦笑いをしてから、私達は頭を切り替えてプロデューサーの話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 寝る前になって、私は今日の出来事を日記に記していた。

 

「みんな、いい人ばかりだなあ」

 

 いつかは内気な自分を乗り越えて、本当の言葉でいっぱいいっぱい話したい。

 トップアイドルを目指すことと並ぶ、私の大きな目標のひとつだ。

 

「強い意思……うん、頑張ろう」

 

 日記も書き終わったし、そろそろ寝ようかな――と考えたその時。

 

「あ」

 

 机の端に置いてある、教科書と問題集の山を見つけた。

 ……夏休みの宿題、たくさんあったなあ。まだ序盤だけど、こつこつやっていかないと終わらないくらいだよね。

 

「……今日も、夜更かししちゃおうかな」

 

 ため息とともに、私は一番上に積んであった数学の問題集を手に取った。

 強い意思。強い意思で、なんとか解かなきゃ……。

 




小説情報の欄を見て驚愕しています。ハーメルン内では投稿作品数が少ないですが、やはりモバマス、さらにダークイルミネイトは人気があったようですね。うれしいです。

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