彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
「CDデビューが決まった」
平日夕方の会議室。
学校帰りに直接事務所にやって来た制服姿の2人に、俺はようやく形になった重大イベントの概要を説明していた。
「ククク、ようやく世界に我が名を轟かせる刻が来たか(ついにデビューですね)」
「……来た、か」
普段マイペースを貫いている2人だが、さすがに今の告知には若干顔がこわばっていた。
蘭子もセリフはいつも通りだが、声の調子がうわずっている。……プロデュース開始から2ヶ月、やっと彼女の言語の翻訳に自信を持てるようになった。
「それにともない、イベントを行うことを検討しているんだが……ここで、案が2つある」
そこで言葉を切って、俺はホワイトボードに大きく文字を書いていく。
「ひとつは、先輩アイドルが開催するイベントの一部プログラムで登場するという企画だ。そのアイドルのファンが集まるから観客は多いけど、君達はあくまでおまけ扱いになる」
すでに力を借りるアイドルの目星はついている。向こうのプロデューサーの感触も悪くない。
「もうひとつは、近くのデパート屋上でのミニライブだ。こっちは間違いなく君達が主役だが、当然観客は少ない」
こちらも借りるステージの目処はついている。
どちらを選んでも俺に要求される労力は変わらない。
結局のところ、彼女達の意思次第というわけだ。
「アスカ、蘭子。選ぶならどっちがいい?」
「後者だね。蘭子もそうだろう」
「無論」
「えらく決断が早いな。本当にいいのか?」
正直、この2人ならそちらを選ぶだろうというのは予測がついていた。
ただ、それにしても決めるのがあっさりすぎると思った。本当なら一晩じっくり考える時間を与えるつもりだったんだが。
「前々から、デビューするならどんな形がいいかを2人で話し合っていたんだ。レッスンへのモチベーションの維持も兼ねてね」
「他の者の支配は受けぬ。我らは我らの覇道を往く! (初めては、私達自身のステージがいいです!)」
静かな口ぶりのアスカと、声を張ってビシッと前方を指さす蘭子。
態度こそ対照的だが、どちらの瞳も固い意思を感じさせるものだった。
もちろん、決意の他にも不安やら何やらが見え隠れしているが……十分だ。
「客少ないぞ。いいのか」
「あぁ」
「うむ」
「わかった。鶏口牛後ってことだな」
「……けーこう?」
俺がこぼした言葉に首をかしげる蘭子。ちょっと難しかったか。
「
ホワイトボードに四字熟語を書きながら説明すると、彼女は大いに納得した様子でうなずいた。
「中国の故事成語だから、キミの言葉にはあまり合わないかもしれないけどね」
「だが、力強い
どうやらお気に召したらしい。アスカも蘭子の反応を見て唇の端をつり上げている。
「ちょうどいいし、これを今回のテーマにするか。鶏口牛後、自分達のやり方で先頭に立てってな」
ボードに記した4文字をぐるぐると赤ペンで囲み、強調するように軽く手で叩いた。
「順調にことが運べば、7月20日祝日、デパートの屋上でミニライブを行うことになる。アイドルとしてお客さんの前に立つ、初めての機会だ」
「1ヶ月後か。長いようで短いね」
「実際は文句なしに短く感じる期間だ。歌って踊って、大変だぞ?」
「いよいよ『仕事』というわけか」
「受けて立とうではないか。いざ、狂乱の宴へ! (頑張ってデビュー成功させよう!)」
こういう時、蘭子の大仰な言葉遣いは不思議と場に適していると感じられる。
特に俺やアスカのような、中二病に理解のある人間にとってはなおさらだ。
「環境を整える役目は俺に任せてくれ。君達の仕事は、とにかくパフォーマンスを磨き上げることだ。頑張れ!」
――こうして、アイドルデビューに向けての激動の1ヶ月がスタートした。
俺は会場のセッティングとスタッフその他関係者との挨拶および話し合い。その合間に暇ができたら2人の様子を積極的にうかがう。トレーナーさん達にも話を聞き、歌やダンスの進捗具合をこまめに確認した。
一方、蘭子とアスカはひたすらトレーニング。平日は授業が終わったらすぐに出社して夜まで居残り。休日は朝から晩まで3食すべて社内でとっていた。だんだんと部屋に増えてくる2人の私物が、彼女達のこの部屋での生活時間の増加を如実に示していた。
さすがに疲労が蓄積しているようだったが、最低限健康には気を遣っているとのことだった。俺がしつこいくらいに体調管理について口を酸っぱくしていた甲斐もあって、どちらも体の調子を崩すといったアクシデントは起こさずに済んだ。
「プロデューサーさん」
7月に入ったとある日の夜。
徹夜覚悟でパソコンに向かっていると、千川さんが部屋に入って来た。
「これ、頼まれていた書類です」
「ありがとうございます」
「いつも遅くまでお疲れ様です」
「いえいえ、このくらいは。凛の時も同じくらい忙しかったですし」
デビューを担当するのは2回目なので、むしろ前回よりも気持ち的には楽だ。
あの時は根を詰めすぎて、担当アイドルに心配される始末だったからな。
「はい、どうぞ」
コトリと机に置かれたのは、元気のよく出るスタミナドリンク。
「どうも。……千川さんには、3年前からお世話になりっぱなしですね」
「私のこれも仕事ですから。頑張ってくださいね」
ふふ、と笑って答える彼女を見ていると、徐々に意識を蝕んでいた眠気が抜けていくような気がした。
やはり、美人の励ましは力になるもんだ。
*
そして、迎えた7月20日。
CD収録も無事終えて、いよいよミニライブ当日だ。
「2人とも、衣装におかしなところとかないか」
「自分で確認する分には大丈夫だよ」
「……問題ない(ばっちり、です)」
舞台裏で、俺達は諸事情の最終確認を行っていた。
先週の衣装合わせの時にも思ったことだが、彼女達に似合ったいい服だ。
メインの色は黒と赤。可愛いというよりはかっこいい系の衣装になっている。2人の希望をできる限り反映した結果、こうなった。
ついでに言えば、ユニット名も彼女らの自主性を尊重して『ダークイルミネイト』なんてド直球な中二病ネームに落ち着いた。蘭子がノートの見開き1ページいっぱいに名前候補を書いてきて、アスカがその中から選んだという経緯だ。
「さっきちらっと目に入ったと思うけど、お客さんを見た感想はどうだ」
「休日のデパートということもあって、意外に子供が多いね」
アスカの言う通り、ギャラリーにはちらほらと小さい子達も紛れ込んでいた。興味本位で見物に来てくれた親御さんもいるのだろう。
……当然、観客全体の数は多くないが。人口密度もそう高くはない。
「もっと人を集められたらよかったんだけどな。ごめん」
「……プロデューサー。キミはひとつ勘違いをしている」
俺の謝罪の言葉に、アスカが首を横に振る。
「確かに、アイドルのステージとしては物足りないモノなのかもしれない。けれどボク達は、ついこの間までただの一般人にすぎなかったんだ。そんな2人のためにこれだけの人間が自由意思のもと集まっているのなら、十分すぎると思わないかい」
「………」
アスカのしゃべりがいつもよりも早口なこと。蘭子の口数が妙に少ないこと。
それにようやく気づいた俺は、彼女達の緊張が限界間際に達していることを悟る。
「アスカ、蘭子。聞いてくれ」
並んで立っている2人の肩にポンと手を置き、俺は言うべき言葉をしっかり吟味してから口を開いた。
「他人の前で歌って踊るのは初めてだもんな。雰囲気にのまれそうになるのも無理はない。俺が安易に楽しめとだけ言っても、そんな無茶を言うなって思うかもしれないな」
彼女達のプロデューサーとして、今かけるべき言葉。
それはきっと――
「だからこそ言おう。楽しめ。自分らしく楽しんで、観客もステージもねじ伏せろ。客がいる雰囲気に緊張するのなら、全部まとめて君達の世界に染め上げてしまえばいい。己のフィールドに持ち込めば、怖いものなんてないだろう」
中二心に響くような、かっこよくも痛いセリフの数々だ。
元中二病の俺が言うんだから、きっと間違いない。
「……中二病、封印したんじゃなかったのかい?」
「これで2人の緊張が少しでもほぐれるなら、いくらでも解禁してやるさ。恥ずかしいのは事実だけどな」
「そうか……ふふっ。それなら、今後はライブのたびにプロデューサーの御言葉を聞かせてもらうことにしよう」
「やはりアナタも、私達と同じ『瞳』の持ち主だったようね!(プロデューサーもわかる人なんですね、うれしいです!)」
結果として、アスカも蘭子もこわばっていた表情が柔らかくなった。
この様子なら心配いらないだろう。
「そろそろ準備お願いしまーす!」
向こうからスタッフの人の声が聞こえてくる。さあ、いよいよだ。
「行ってこい。ダークイルミネイト、いざ出陣だ」
うなずき、駆け出していく2人の少女。
この後いくばくもしないうちにライブが始まり、彼女達は舞台に立つだろう。
「頑張れ」
アスカの言う通り、2人とも数ヶ月前までは普通の中学生だった。
そんな彼女達が、自分達だけのために用意されたステージに登るのである。
精一杯のパフォーマンスを見せて、その結果ここにいる観客の数人だけでも魅了することができれば……それはきっと、すごいことだ。
その時こそ、2人はようやく本物のアイドルになれる。
*
夕陽も沈み、空にも暗闇が差し始めた。
「アスカ。蘭子がどこにいるか知らないか?」
「お花を摘みに行ってるよ」
「そうか」
すでに私服に着替えているアスカとともに、ステージ脇で蘭子を待つ。
「今日はお疲れ様。本当によかったよ」
「キミ、同じこと何度言うつもりだい?」
「それだけうれしいってことだ。興奮が冷めるまで突発的に言い続けるつもり」
「まったく……アイドル本人以上にはしゃいでどうするんだ」
ため息をついているものの、彼女の表情は晴れやかだ。
……結論から言えば、ミニライブは大満足の出来だった。2人とも練習で培ったものを100パーセント出し切ることができた。本番に強い精神の強さがあるのなら、これからもうまくやっていけるだろう。
ライブの後の短い挨拶でも声援が飛んでいたし、その後のサイン会でもそこそこの列ができていた。観客の反応も上々だ。
本当に、輝いていたと思う。
「『闇に飲まれよ!』も出たしな。ダークイルミネイトがどんなユニットか、お客さんにも十分伝わっただろ」
「今日のライブ、点数をつけるなら何点になるのかな」
「初ライブと考えれば満点だ」
「なら、初ライブという要素を抜かすと?」
「40点」
「はしゃいでいる割には冷静な評価だね……」
「今からいい点数だったら俺の仕事がなくなるしな」
まだまだこれから。今日は長い長い道のりの第一歩にすぎない。
ライブ成功に興奮しようが、そこしっかり確認しておかないといけない。
「どうだった。初めてステージに登った感想は」
「……良かったよ」
「……え、それだけか?」
「キミはボクが一語一句心の内を嬉々として語る人種に見えるのかい? 詳しい感想を聞きたいのなら、蘭子の方がずっと適任さ」
「それはそうかもしれないけど」
「それに、今の感情を正確に表現するだけの言葉が見つからない、というのもある」
「……なるほど。そうか」
とりあえず、この子も内心では喜びを噛みしめているらしいというのは伝わった。
彼女の気持ちがわかって満足した俺は、なんとはなしに夜空を見上げる。
「40点が100点になるまで、キミには付き合ってもらわないとね」
アスカが俺の右手を優しくつかむ。
彼女がこうして時々見せる屈託のない笑顔は、普段のギャップも手伝って非常に魅力的だった。
「ずっとよろしく頼むよ。プロデューサー」
「ああ、できる限りはそうするつもりだ。でも、絶対の保証はできないかな」
「確かに、世の中に絶対なんてモノは存在しない。でも、だからこそ絶対であってほしいと願うモノもあるんだよ」
「またわかったようなことを……」
すでにアスカの表情は、いつもの気取った中二病スタイルに戻っている。
時たま黒歴史が刺激されることもあるけど、やはり彼女にはこっちもよく似合っているように思えた。
「デビューも済んだし、ここから本格的に仕事増えるぞ」
「あぁ、それは楽しみだ」
――後日。
デビューシングルの売り上げも満足のいく結果が出て、俺達はもう一度喜びをわかちあうのだった。
今回で第一部というか、序章は終わりです。次回からはちょくちょく他のアイドルとも絡んでいくと思います。
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