彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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今回は飛鳥視点です。
いつかこの子にボイスがつくことを信じていますが、その時はいったい誰が声を当てるんでしょうね。


中二病の羨望

 6月。

 春の陽気はすでに過ぎ去り、夏を迎え入れる準備が始まる季節。

 朝起きた時から降り続いている雨を見ていると、本格的に梅雨入りしたんだな、なんて意外とどうでもいい感慨を抱く。

 ボクはこういう天気は嫌いじゃない。雲に覆われ先が見えない空は、まるで自分自身の鬱屈した心を映しているかのよう。

 事務所の窓から外を眺めつつこんなことをつぶやいたら、やっぱりそれは『痛い』行動なんだろうね。

 

「煩わしい太陽ね! (おはようございます!)」

 

 プロデューサーがいつも座っている椅子に腰かけてぼーっとしていると、部屋の扉が開いて元気の良い声が聞こえてきた。

 

「おはよう蘭子。でも今日の空はあいにくと雨模様だから、煩わしい太陽は雲の向こうだよ」

「不覚……(間違えちゃった)」

 

 一緒に過ごしているうちに、相方の独特の言語の日本語訳が手に取るようにわかってきた。おそらくボクと彼女が、根本の部分で共鳴し合うモノを持っているからだろう。

 

「我が友、それは……?」

 

 近づいてきた蘭子が、机の上に広げられた数枚の紙に目を留める。

 

「これかい? 自作の漫画だよ。未完な上に下手だけどね」

「なんと!」

 

 キラキラと目を輝かせるこの少女は、本当に感情表現が豊かだと思う。

 

「朝早く来すぎてしまってね。暇だからここで作業を進めていたんだ。見るかい」

 

 描き上げた数ページ(鉛筆で線を入れただけだが)を差し出すと、それを手に取った蘭子は食い入るように一コマ一コマを追い始めた。

 

「これは、魅惑(チャーム)を備えし絵画と言霊の槍々ね……! (わあ、絵もセリフもすっごくいい感じ!)」

「そうかい? お世辞でもうれしいよ」

 

 実は他人に漫画を見せることなんてほとんどないので若干緊張していたのだが、好評なようでほっとした。

 

「立って読んでいないで座るといい。お茶でも淹れようか」

「感謝する(ありがとう♪)」

 

 ソファーにすとんと腰を下ろし、わくわくした顔で漫画に視線を戻す蘭子。

 ……彼女くらい素直なら、ボクももう少し器用に生きられるのだろうか。

 ひねくれているだけの自分を省みると、そんな感情が脳裏をよぎる。

 

「茶葉は確か……あった」

 

 いつもプロデューサーが淹れているので、場所は覚えている。

 日本茶や緑茶はあまり好かないのだけれど、たまにはボクも飲んでみようか。

 

「蘭子。確かキミ、絵を描くのが好きだったろう」

「いかにも」

「いつか、キミとボクで合作の漫画を描くというのも面白そうだ」

「な、なんと甘美なる啓示……! (それいいね! やろうやろう)」

「あぁ」

 

 以前彼女のスケッチブックを見せてもらったことがあったが、ボクの絵なんかよりもずっと凝った画集がそこにはあった。

 もちろん一枚絵と漫画のコマでは勝手が違うが、原画は蘭子でストーリーをボクが担当したりすると楽しいことになりそうだ。

 もしプロデューサーがここにいたら、アピールの一環で売り出そうと言い始めるかもしれない。

 ……いや、その前にまずはアイドルとしてデビューを果たさなければいけないか。

 最近、いよいよデビューの目処が立ってきたとプロデューサーに伝えられた。

 マイノリティの塊であるボクが、果たしてどこまで行けるのか。

 

「蘭子」

「?」

「頑張ろうか」

「……うん!」

 

 今は、彼と彼女を信じて前に進もう。

 

「おはよう2人とも。今日も元気そうだな」

 

 そうこうしているうちにボクらのプロデューサーがやって来た。

 平々凡々な容姿だけど、なかなかどうして能力は高いのだとちひろに聞いている。

 

「蘭子。何見てるんだ」

「我が友の聖戯書よ(アスカちゃんの漫画だよー)」

「へえ。うまいじゃないか、アスカ」

「そうでもないさ」

 

 屋上での痛いやり取り以降、プロデューサーはボク達に敬語を使うのをやめた。

 言葉遣いだけではなく、態度にも結構遠慮がなくなってきた気がする。

 アイドルとプロデューサーの理想の関係なんて知らないけど、少なくともボクと蘭子は今の距離感を気に入っている。

 

「そうだ。プロデューサーの描く絵も見せてくれないか」

「え、俺?」

「私も希望するわ。汝の描く世界を(見たいな、プロデューサーの絵)」

「いや、俺は全然駄目だから、中二病時代もあまりの絵心のなさに設定画描くのすぐに断念したくらいだし」

「……不可か? (だめ?)」

「ぐっ、そう期待するような視線を向けられると困るな……」

 

 蘭子の上目遣いの甲斐あってか、その後プロデューサーの即席で描いたライオンの絵を見ることができた。

 想定以上に下手だと素直な感想を述べると、もっとオブラートに包めと怒られてしまった。

 でもボクは子供だから、遠まわしに言うなんてオトナな技は残念ながら覚えていないんだ。

 

 

 

 

 

 

「やはりトレーナーのレッスンは厳しいね」

「生命の雫が滴り落ちる……(汗かいちゃった)」

 

 他のアイドルとの合同ダンスレッスンを終えたボクと蘭子は、近くの売店へと足を進めていた。

 小腹がすいたので、お菓子でも買ってカロリーの補充を図ろうという魂胆だ。

 

「しかし、あのヘレンという人はものすごい自信家だったね。自らの実力を微塵も疑わない姿勢は称賛に――」

「ねえ。ちょっといい?」

 

 先ほどまで共に汗を流していた仲間(ライバル)について語っていると、ふと背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこに立っていたのは……さほど芸能関係に詳しくないボクでも知っている、名の売れたアイドルだった。

 

渋谷(しぶや)(りん)……」

「あ、私のこと知ってくれてるんだ」

「あなたほどの有名人ともなれば、そう不思議でもないでしょう」

 

 渋谷凛。

 少し前からテレビでの露出が増えてきた、人気急上昇中の346プロのエース格。確か、年齢は18だっただろうか。

 

「そう言ってもらえるとうれしいかな」

 

 照れの入った微笑を浮かべる渋谷さん。ただそれだけの行動が、異常にさまになっているように思えた。

 これが、一流アイドルのオーラというヤツなのか。隣の蘭子もファンみたいに目を輝かせている。

 

「二宮飛鳥さんと、神崎蘭子さんだよね」

「……驚いた。知っているんですか、ボク達のこと」

「元気のいい新人が入って来たって噂だからね。それに、あの人の担当しているアイドルだし」

 

 あの人。

 その単語に、ボクも蘭子もぴくりと反応する。

 ボクらの担当とはもちろん彼のことだ。そういえば、彼はつい最近まで別のアイドルのプロデュースを行っていたと言っていたが……

 

「もしかして、プロデューサーが以前担当していたアイドルとは」

「私のことだね。どう、あの人ちゃんとやってる?」

 

 蘭子と顔を見合わせる。『驚愕……』とつぶやいている彼女と同じく、ボクも今口を開けてポカンとしていることだろう。

 

「いや、よくしてもらっていると思うけれど……」

「そ。なら安心かな。まあ、仕事はできる人だからね」

 

 道理で有能だとか言われているわけだ。

 まさか、彼が今を時めくトップアイドルの一員をプロデュースしていたとは。

 

「な、汝は何時より我が同胞と? (いつからプロデューサーと一緒に?)」

「デビューした時から今年の3月まで、ずっと面倒を見てもらってたよ。今の私があるのは、あの人のおかげかな。……あ、今の言葉秘密にしといて。ちょっと恥ずかしいから」

 

 困ったような笑みを浮かべる渋谷さん。

 その瞳には、プロデューサーへの親愛の情が見え隠れしている……そんな気がした。

 

「それじゃ、頑張って」

「あぁ、ありがとう……ございます」

「魂の脈動を感じる……(やる気出てきました!)」

 

 ボクらの返事に小さくうなずいて、彼女はその場を去っていった。

 ……ボクもいつか、プロデューサーとあれほどの信頼関係を築けるのだろうか。

 少しだけ、羨ましいと思った。

 

「そういえば彼女、蘭子の言葉を普通に理解していたね」

「同胞♪ 同胞♪」

 

 渋谷凛もまた『痛いヤツ』だったりするのだろうか。

 答えを出すのは、さすがに早計かな。

 

 

 

 

 

 

 プロデューサーも蘭子もいない、とある休憩時間。

 鏡の前に立って、おもむろに左手を前に突き出す。

 

「闇に飲まれよ、か……」

 

 『お疲れ様です』を意味する、蘭子の言葉の中でも特にエキセントリックな一文だ。

 手持ちぶさたなのが手伝って、ボクはなぜか彼女の決めポーズの真似を始めていた。

 

「あれだけ様になるのはすごいな」

 

 適当にやってみたが、いまいち恰好がつかない。

 蘭子のモーションを思い出して、もう一度。

 

「闇に飲まれよ」

 

 ちょっと改善された気がする。

 そして、繰り返すこと十数回。

 

「今のはなかなか良かったかもしれない」

 

 なぜかうれしい。もう一回やってみよう。

 

「闇に飲まれよ!」

 

 ガチャリ。

 

「………」

 

 その瞬間、プロデューサーが部屋に入って来た。ばっちり見られた。

 ……わざわざ鏡の前で真似ていたところを目撃された。これは無性に恥ずかしい。顔が熱くなってくる。

 

「………」

 

 気まずい沈黙を感じていると、プロデューサーはボクの隣までやって来て。

 

「闇に飲まれよ!」

 

 両足を肩幅まで開き、勢いよく左手を突き出した。

 

「どうだ? 雰囲気出てたか」

 

 唖然とするボクの顔を見て、彼はなんでもない風にそう尋ねてくる。

 

「……フォローのつもりかい?」

「俺は感想を求めてるだけだよ」

 

 予想通りの返答に、ボクはニヒルな笑みを作ってやった。

 

「そうか。それなら、ボクが手本を見せてあげるとしよう」

 

 この後滅茶苦茶やみのました。

 




「やみのま」:「闇に飲まれよ!」の略。ネットでよく使われる。

サブタイトルが「中二病との~」となっているときがプロデューサー視点、「中二病の~」となっているときが飛鳥視点。こんな感じでわけていく予定です。
あと、凛はデビューから3年経っているという設定なので18歳です。

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