彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
同僚兼友人の頼みにより、臨時で新しいアイドルのプロデュースを担当することになった俺は、早速その新人の子と会う予定を立てた。
病院で仕事を引き受けてから2日後の今日。夕方には大学の講義が終わるということで、事務所まで来てもらうことになっている。
「で、なんで君達もいるんだ。今日はオフのはずだが」
「学校ならボクらも終わったし」
「新たな偶像の誕生……この眼でしかと見届けよう(新しいアイドルの人、私も見たくて)」
「部屋にいるのはいいけど、いきなり自分達のペースに巻き込もうとするなよ」
本人達も自覚はあるだろうけど、2人ともかなり個性的というか、ありていに言えばパッと見変な子だし。もちろん根はいい子なのは知っているけど、それはあくまで俺が彼女達と一緒の時間を過ごしているからわかることなのである。
なにせ相手は右も左もわからないような状態で事務所に来るのだ。初見でドン引きされると、この事務所全体のイメージに関わるかもしれない。
「
「今はまだ、魔力を蓄え翼を休める時よ(我慢します)」
頼んだぞ、と念を押したところで、部屋の扉が2度ノックされる音を聞いた。
「どうぞ」
「プロデューサーさん。ピカピカの新入生、連れてきましたよ」
ドアを開け、現れたのは千川さん。どうやら件の子をここまで案内してくれたらしい。
「ありがとうございます。それで、彼女は」
「ちゃんといますよ? ほら」
千川さんが一歩右へずれる。
するとそこには、ひとりの少女が緊張した様子で立ち尽くしている姿が。
前髪が長めで、両目がほとんど隠れてしまっている。そういう容貌と合わさって、俺が一見して抱いたイメージは、失礼ながら『ちょっと暗そう』だった。
「……あの、はじめまして。鷺沢文香と申します」
「はじめまして。今日から代理であなたのプロデュースを担当させていただきます、渋谷です」
少々聞き取りづらいほど小さな声で挨拶をする彼女に対し、俺も自己紹介で返事をする。
「では、私はこれで失礼します」
「はい。ありがとうございました、千川さん」
鷺沢文香。19歳。文化部の大学生で、普段は叔父の経営する書店のお手伝いをしている――以上、俺がプロフィールから得た情報。
「では、どうぞ座ってください」
「……はい」
彼女をソファーに座らせ、俺も真向かいの席に腰を下ろす。
で、俺の両脇に空いたスペースをアスカと蘭子が埋めていた。
鷺沢さんも気にしているようだし、2人の紹介もきちんとしておこうか。
「彼女達は、私の担当しているアイドルです」
「二宮飛鳥。よろしく」
「ククッ、我が名は神崎――ひゃんっ」
蘭子の脇腹を軽くつついて牽制すると、彼女は思い出したように背筋をぴんと張って声色を変えた。
「えっと、神崎蘭子です。よろしくお願いします」
「はい……どうも。鷺沢文香です」
よしよし、ちゃんと修正できてえらいぞ。鷺沢さんはまだ事務所の空気をつかみかねている状態だし、たまには人に合わせることも必要だ。
「それでは、これからいろいろとお話を始めようと思います。わからないことがあれば、いつでもおっしゃってください」
「はい……」
こくりと小さくうなずく彼女を見てから、俺は用意していた資料を取り出して説明を始めた。
*
「以上が、今後鷺沢さんにやっていただくことの大まかな内容となります」
デビューしていないアイドルの卵を担当するのはこれで4人目。となれば、こちらとしてもそれなりに慣れというものが出てくる。
わかりやすい言葉を選ぶように気をつけつつ、スムーズに必要事項を伝えることができたと思う。
「何か、聞きたいことなどはありますか」
「……いえ。お話は……よく理解できました」
「それはなによりです」
テーブルの上に広げられた資料に目を通す鷺沢さん。文学部生というだけあって、視線の移動速度がかなり速いように感じられる。
一方、俺の両隣のアイドル達も興味深げに他の資料をペラペラとめくっていた。昔の自分達が通ってきた道を思い出しているのだろうか。
「どうでしょう。アイドルを、目指してもらう気になっていただけたでしょうか」
「……その。正直に言いますと……まだ、わからないことばかりで」
彼女の意思を確認してみたところ、うつむいたままで蚊の鳴くような返事がかえってくる。
そういえば、あいさつから今までずっと彼女と目を合わせていない気がするけど……
「すみません……人と目を合わせるのも苦手で」
「いえ、大丈夫ですよ」
こちらの考えていることを察したのか、鷺沢さんは申し訳なさそうに頭を下げる。事前に同僚から伝えられていた通り、内気な性格のようだ。
「……なんというか、まだふわふわとした感じで。いきなりスカウトされて、事務所に呼ばれて……私なんかが、アイドルなんて。……夢を見ているようで、現実味がないんです」
「そうですか……」
まあ、反応としては十分想像できる範囲だ。いきなり芸能界に足を踏み入れてみないかと誘われたとして、戸惑わない人間は少数派だろう。
内気な彼女にかけるべき言葉はなんだろうか。これに関しては経験が足りないので、少し発言の内容に悩んでしまう。凛やアスカは内気とは正反対なキャラだし、蘭子も根は内気かもしれないが鷺沢さんとはちょっと違う気がする。
つまり、彼女のようなタイプを相手にするのは初めてなのだ。
「プロデューサー」
とりあえず自分なりの言葉をかけようとしたその時、先に口を開いたのは隣に座るアスカだった。
「夢心地だというのなら、まずは形から入ることを提案するけど」
「形から?」
「刺激を与えることで、夢から醒めて現実を見ることができるかもしれないだろう?」
……ふむ。
「一理あるな」
「……あの、すみません。これから、何が始まるのでしょうか。私、急に何か嫌な予感が……」
「いえいえ、そんなことはありませんよ? ただ、そうですね。一度、アイドルの衣装に袖を通してみませんか」
「……はい?」
*
まずは、アイドルとしての自分、そのうちの外見のイメージだけでも持ってほしい。
アスカの指摘からそう考えた俺は、衣装の保管室に向かって余っている一着を鷺沢さんに身に着けてもらうことにした。
当然彼女は困惑顔だったが、押しに弱いタイプなのか、意外と早く試着室に入ってくれた。付き添いでアスカも一緒だ。
残された俺と蘭子は、鷺沢さんの着替えが終わるまで待っている。
「もし鷺沢さんがアイドルを頑張ってくれることになったら、蘭子にも後輩ができることになるな」
「なんと! 我が魔眼を継ぎし者の誕生か(後輩かあ……)」
「魔眼受け継いじゃっていいのか? 蘭子に引退されると困るんだが」
「フッ、心配無用。私の魔眼は眷属に分け与えようとも力を失わないわ(私はまだまだ頑張るから大丈夫!)」
「それはありがたい」
リラックスした雰囲気で談笑しているうちに、試着室のカーテンが勢いよく開かれた。どうやら着替えが終わったらしい。
「……お待たせしました」
おずおずと出てきた鷺沢さんの姿を見て……俺は思わず息を呑んだ。
「すみません……このような服に袖を通したのは初めてで……どこか、変でしょうか」
「いえ、そうではなくて……」
「……綺麗」
蘭子がこぼした感想に、俺も全面的に同意する。
青を基調とした衣装に身を包んだ彼女の姿は、俺の想定していた以上に魅力的だった。
白い肌に均整のとれたボディバランス、そしてなにより。
「澄んだ瞳。まるでサファイアのようだね」
「はあ……そう、なんですか?」
後から出てきたアスカが、俺の気持ちを代弁してくれた。
ここでようやく、俺は同僚の彼が彼女の魅力を力説していた理由を理解した。
確かにこれは、逸材かもしれない。できれば、というよりぜひ346のアイドルになってほしいと思う。
「鷺沢さん」
着慣れない衣装をしげしげと眺めている彼女のもとへ歩み寄る。
「どうでしょう。感想は」
「……なんだか、私が私ではないみたいです。派手な格好は、全然したことがなかったので」
「アイドルになれば、このような衣装を着ることは多くなります。新しい自分を見つける、良い機会になるかもしれません」
「新しい……自分」
ここにいるアスカや蘭子も、1年間アイドル活動を頑張ってたくさんの物を手に入れたはずだ。
だから、もし鷺沢さんが望むなら――
「あの……」
「はい」
「まだ……わからないことがたくさんあります。……でも、新しい自分には、興味があります」
「っ! では」
「よろしく……お願いします」
「ありがとうございます」
控えめな声で、相変わらず下を向いたままだったけれど。
それでも彼女は、アイドルに挑戦することを選んでくれたのだった。
「ククク……これでアナタも我らの同胞ね(これで文香さんも仲間ですね)」
そして彼女の返事を聞くやいなや、それまでおとなしくしていた蘭子がばっと手を広げて気分よく笑い始めた。
「……はい?」
「あぁ。最初は困惑すると思うけど、彼女も素直でいい子だから仲良くしてやってほしい。もちろん、ボクともね」
「はあ……」
……大丈夫かな。ちょっとだけ不安になった。
ハッピーバースデー蘭子(1日遅れ)
無課金勢なりに頑張ってお花見フェスプレイしていたら投稿が遅れました。申し訳ありません。とりあえず根性で飛鳥だけは手に入れたので私は満足です。
前回の話を書いた時点ではお花見フェスの存在を知らなかったので、まさかのイベント被りだったり。
感想・評価などあれば気軽に送ってもらえるとありがたいです。
総選挙どうなりますかねー。蘭子は確実に圏内でしょうけど……