彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
空は青く染まり、春の陽気が心地よい。そんなある日のこと。
「テレビの前の皆さん、こんにちは。三村かな子です。春と言えばお花見ということで、今日は公園でお花見レポートを行っちゃいます!」
「こんにちは。お手伝いの二宮飛鳥と」
「神崎蘭子よ。煩わしい太陽ね(日射しが強くなってきましたねー)」
昼の情報番組に不定期でレポーターとして参加しているかな子さん。彼女とともに、ボク達はレポートという仕事を初めて担当することになった。今回は1回きりのゲスト扱いだけど、うまくやればそのうちこういう仕事も増えてくるかもしれない――プロデューサーはそう言っていた。
「それにしても、本当にいいお天気ですね」
「気温もちょうどいいし、絶好のお花見日和というヤツですね」
公園内の桜はほぼ満開で、まさに至れり尽くせりな環境だ。そこら中にシートを敷いて大勢の人が腰を下ろしているのもうなずける。
「日本の花といえば桜ですけど、蘭子ちゃんはどう思う?」
「かの花は小さき者。小さき者にして美しく、光を照らす闇ともなれる存在……」
「……え、えーっと」
「つまり、花びらひとつひとつは小さいけれど、きれいで不思議な魅力を持っているということだよ」
「ああ! なるほど、確かにその通りだね」
お茶の間の視聴者とかな子さんにきちんと伝わるよう、適度に蘭子の発言にフォローを入れていくことも忘れない。
これだけだと蘭子はレポーターに向いていないのではないかという結論になりかねないのだけど、桜の木を見つめて目を輝かせている彼女の姿は非常に絵になるので、起用するメリットはちゃんと存在する。
「では、早速お花見を楽しんでいる人達にインタビューをしてみましょう」
3人だけの会話もそこそこに、声をかけても問題なさそうな集団を適当に探していく。
少し歩いたところで、カラオケを歌って盛り上がっている学生のグループを発見した。
「あれ、ボク達の曲じゃない?」
「おおっ! 我らの魂の共鳴を感じとった者達か! (私達のファンかな? そうだったらうれしいな)」
「行ってみましょう」
興味を惹かれたので、そのまま彼らのもとへ足を進める。
歌っているのは男の人だったけど、高音のところもなかなか器用に処理していた。
「すみません。ちょっとインタビューさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい? ……うわっ! アイドルの三村かな子だ!」
「というか後ろにいるのダークイルミネイトの2人じゃん! やべ、今の歌聞かれてた?」
ボクらの曲を熱唱していたことからなんとなく予想はついていたけど、彼らはアイドルについて詳しいようだ。本物の歌い手が現れたからか、先ほどまで元気に歌っていた男子は恥ずかしそうな表情を見せている。
「上手だったと思いますよ。ね、蘭子」
「うむ。力強い歌声であったぞ」
日傘を片手に満足げにうなずく蘭子。彼女もボクと同意見らしい。
「あ、ありがとうございます」
「すごいなお前、本物のアイドルから褒められてるぞ」
「やるじゃん」
「そ、そうか? はははっ」
他の男女のメンバーから称賛の言葉を浴びて、彼は硬くなっていた顔を次第ににやつかせていくのだった。
しかし、歌を褒めただけでここまで喜んでもらえるとは……ボクもある程度はアイドルとして箔がついたと、そう自信を持っていいのかもしれない。
「今日はお友達同士で集まったんですか?」
「あ、はい、そうです。適当に暇な連中を俺が集めて……」
かな子さんがうんうんとうなずきながら話を聞きだしていく。さすがというべきか、こういった作業は手慣れている様子に見える。
「蘭子ちゃん、からあげあるけど食べる? おいしいわよ」
「からあげ! 良いのか」
「良い良い。はいどーぞ」
インタビューの傍ら、蘭子は女学生からからあげをあーんしてもらっていた。幸せそうな顔で頬張っているので、さぞおいしいに違いない。
「よかったら、かな子さんもどうぞ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
なんて考えていると、いつの間にやらかな子さんの方もおかずをいただき始めている。
「うわあ、とってもおいしいですね!」
「本当ですか。じゃあこっちの卵焼きもどうぞ」
「はむっ……これもふわふわしていておいしいです」
蘭子もそうだけど、彼女はそれに輪をかけておいしそうな顔でおかずを口に運んでいた。食べてもらう側も心地よいことだろう。
しかし……食のレポートは結構だけど、そっちに偏りすぎるのはどうなのだろう。
「えー……先ほども申し上げました通り、日本における代表的な花のひとつが桜なわけですが」
残されたのはボクしかいないので、つたないながらも桜に関する話を始めることにする。
「昔から日本人の心に響いたのは、満開からわずかな日数で花を散らしてしまうその儚さだとよく言われます。悠久でない時を生きる自分達人間とそれらを重ね合わせ、短い命の中で精一杯輝く姿を愛でる。以前学校で『もののあはれ』という平安文化を代表するフレーズを学びましたが、まさに桜がいい例なのではないでしょうか」
「蘭子ちゃんもウインナー食べる?」
「感謝するぞ、同胞達よ」
………。
「不思議なもので、時が経って文化や環境が変わろうとも、私達日本人が桜を愛する心にそう変化はないようです。遺伝子の問題なのか、それとももっと概念的な何かが受け継がれているのか……考えれば考えるほど興味は尽きませんが、皆さんはどのようにお考えで――」
「二宮さーん。二宮さんもこれ食べませんかー?」
「えっ? いや、ボクは今」
「どうぞどうぞ。俺、飛鳥ちゃんのファンなんです!」
「えっと……それはどうも。応援ありがとうございます」
背後から飛んでくる声。食欲を誘うスープの香り。こっちにおいでと導くような甘い雰囲気。
「はむはむ」
「……美味っ!」
そして、心から食を楽しんでいる様子の仲間達。
「………ふう」
小さく息をつき、ボクは改めて右手に持ったマイクを構え直す。
「『花より団子』。これも日本の文化のひとつですね」
諦めてブルーシートの方へ歩み寄る。
抵抗することは嫌いじゃないけど、時として迎合も必要だと思う。抗うだけでは疲れてしまうからね……うん。
結局その後、なんだかんだできちんとお花見レポートをこなすことができた。
*
今日の2人の仕事は三村さんのプロデューサーに任せたわけだけど、うまくやっているだろうか。
不安は残るが、いつも俺がそばについているなんて不可能なんだから仕方ない。
「おっす。お見舞いに来たぞ」
「ああ、お前か。悪いなわざわざ」
溜まっていたデスクワークと営業を終わらせ、余った時間で俺は病院の一室に訪れていた。
昨日、仲の良かった同僚のプロデューサーが盲腸で入院したと聞いたからだ。
もともとあまり体の強くないやつだったが、さすがに病院送りになったのは初めてなので心配した。
「どうだ、調子は」
「最悪。結構治療が長引くらしい。半月は覚悟してくださいって医者に言われた」
「そうか……まあ、ゆっくり体を休めておけよ。治ったらまたガンガン働くんだしさ」
「そうだな」
苦笑を浮かべて答える彼は、普段から仕事熱心ということで社内でも有名だ。その頑張りすぎが祟って、今回のような事態につながってしまったのかもしれない。
「ひとつ、お前に頼みたいことがある」
「なんだ?」
「入院するちょっと前に、スカウトしてきた女の子がいるんだ。俺がいない間、その子の面倒を見てくれないか」
「えっ……俺にか?」
「もちろん、最終的な判断は部長が下すだろうけどな。俺としては、お前にやってほしいと思っている」
そう言って、彼は真摯な目つきで俺を見る。意思のこもった強い視線を感じた。
「いいのか、俺で」
「ああ、お前がいい。これでも評価してるんだぞ?」
「……わかった。とりあえず、詳しい話を聞かせてくれ」
「助かるよ」
これほど真面目に頼まれれば、おいそれと断るわけにもいかない。
資料などを参考にして、俺に十分役目が務まるようならできるだけ引き受けたいと思う。
「彼女は逸材だ。一目見てピンと来た」
「そんなにすごい子なのか」
「多分な。その辺の本屋で働いているのを見つけたんだが、内気な部分を多少矯正すればかなり化けると思う」
「ほう」
まだ見ぬアイドルの卵に期待を膨らませつつ、俺は彼の話をしっかりと記憶に残しておいた。
アスカと蘭子もすっかりアイドル活動に慣れているようだし、臨時でもうひとり面倒を見ることになっても大丈夫なはずだ。
近くに他のアイドルを置くことで、互いに良い刺激になればいいなと思う。
アニメがあと1話だと思っていたら実は13話まであったという喜び。
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花より団子って素敵な言葉ですね。