彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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中二病との誓い

 アイドル生活の第一歩を踏み出したと言っても、最初のうちは裏方としての手伝いをしたり着ぐるみの中の人をやったりと、表に出ない仕事ばかりを担当してもらうことになる。そしてその合間にレッスンでトレーナーにしごかれる。正直しんどい日々を過ごさせてしまっていると思うが、こればかりは仕方がない。

 

「ひとつ疑問を提示してもいいかな」

 

 休憩時間に神崎さんとソファーで談笑していた二宮さんが、ふとデスクの方に顔を向ける。

 

「どうしてボクらには個室が与えられているんだい? 他のアイドル達は別ユニットでも同じ部屋に割り当てられているみたいだけど」

「ああ、そのことですか」

 

 神崎さんも俺に視線を向ける。どうやら彼女も同じことを考えていたようだ。

 

「部長にお願いして、余った小部屋をもらっただけですよ。最初はユニット内部でのコミュニケーションを育んでもらいたいと思いまして。あなた達がデビューを果たした後は、大部屋に移ることも検討中です」

 

 加えて、本当の意味での駆け出し段階はできるだけ落ち着いた空気で進めていきたいという考えもある。

 

「あぁ、そういうことか。ならその試みは成功だ。すでにボクと蘭子は切っても切れない関係さ」

「その通り。我らは同胞にして、近き領域に住みし闇の住人」

「愛が芽生えるのも時間の問題だね」

「そう愛……ふぇっ? あ、愛って、アスカちゃん?」

「フッ、冗談だよ。こういう時々顔を出す可愛らしい部分もキミの魅力だ」

「もー!」

 

 からかわれてぷんぷん頬を膨らませる神崎さん。それを見ていつもの気取ったような笑みを浮かべる二宮さん。

 ま、関係は良好そのものだな。

 

「マイノリティに属するボクにとっては、キミ以上の相方はなかなか見つからないだろう。幸運ってヤツさ」

 

 そう言って、彼女は満足げにコーヒーカップを手に取り、中身をすする。

 本人たっての希望で、砂糖もミルクもなしのブラックコーヒーだ。

 

「………」

 

 必死に顔に出ないように振る舞っているが、どう見ても苦そうだ。でも以前からずっとブラックをお願いし続けているうえに弱音のひとつも吐かないあたり、諦める気はないらしい。

 

「二宮さん。今度はお茶でも飲みませんか?」

「遠慮しておくよ。お茶は苦手なんだ」

 

 静岡出身なのに苦手なのか。

 本当に味が好きじゃないのか、それとも背伸びしているだけなのか。

 

「この緑の中に、深淵を感じる……!」

 

 一方神崎さんは、おいしそうに俺の淹れた緑茶を味わっていた。

 彼女を見る二宮さんの目に若干の羨望が浮かんでいたのは、気のせいではないと思う。

 

 

 

 

 

 

 346プロのアイドル部門は、今年でようやく創設4年目。

 今いるメンツの大半が、黎明期を協力して乗り越えてきた連中だ。

 それゆえにプロデューサー同士の仲間意識は強く、必然的にそれぞれの担当アイドル同士の距離も近くなる。

 

日野(ひの)(あかね)です! 一緒に頑張っていきましょう!」

姫川(ひめかわ)友紀(ゆき)、20歳! ねえねえ、蘭子ちゃんと飛鳥ちゃんは野球に興味ある?」

上条(かみじょう)春菜(はるな)です。お二人とも、眼鏡かけてみませんか」

 

 移動中とかに他のアイドルと出くわし、軽く親睦を深めることもしばしば。その間、俺はプロデューサー同士で『最近どうよ?』とか適当に話していたりする。

 もちろん競い合うライバルであることは確かだが、同じ道を行く同志であることもまた事実。適度に助け合い高めあっていければいいと思う。

 

「それじゃあ、彼女達のプロデュース頑張ってね」

「はい。お疲れ様です」

 

 今日もレッスンに向かう途中、現在人気上昇中のアイドルと遭遇した。

 川島(かわしま)瑞樹(みずき)さん。女子アナからアイドルに転向した28歳の女性だ。艶やかな美しさが最大の魅力だが、時折見せるお茶目な一面も男性ファンの心をつかむのに一役買っている。

 

「むむ、あの者の美のオーラ、なかなかに凄まじいわ」

 

 ウインクして去っていく川島さんの後姿を見送りながら、神崎さんはちょっぴりはしゃいだ様子で感想をこぼしていた。彼女も大人の女の魅力というやつを実感したのかもしれない。

 

「………」

「? どうした、我が同胞よ」

「あぁ、いや。なんでもない」

 

 対して、どこか上の空な二宮さん。先輩アイドルと挨拶した際、彼女は時々このような不思議な態度を見せていた。

 すぐにいつもの調子に戻るので、特別問い質すようなことはしていないのだが……今後も続くようなら、一度尋ねてみるのもいいかもしれない。

 

「では、レッスン頑張ってください」

「了解した」

「ククク、魂が猛るわ」

 

 二宮飛鳥さんと神崎蘭子さん。

 どちらも中二病系女子だけど、異なる点はいくつもある。

 神崎さんは、言葉こそかなり特殊だけど感情は理解しやすい。今のセリフも『頑張ります♪』というような意味だとなんとなくわかる。喜んでいる時は笑顔になるし、落ちこんでいる時はうつむいてしまう。中身は素直な女の子なのだ。

 一方、二宮さんに関してはまだつかみづらい部分があるように思える。何か隠れた感情があるような、そんな感覚だ。

 プロデュースしていく以上、できるだけ早く彼女のこともわかってあげたい。それが俺達プロデューサーの仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 そして、プロデュース開始から1ヶ月が経ったある日の夕方。

 今日は神崎さんが学校の用事で来られないので、二宮さんだけが出社していた。

 

「……遅いな」

 

 PCから視線を外し、ドアの方を眺める。

 レッスン終了予定時刻からすでに1時間が経過している。荷物はここに置きっぱなしだから、帰る前にこの部屋に戻ってくるはずなんだが……

 

「誰かとお茶でもしているのか?」

 

 それならそれで連絡を入れてほしいが、まだ14歳だしうっかり忘れているという可能性もある。

 というわけで、メールで今何をしているのかと聞いてみると。

 

『屋上で風に当たっている』

 

 なんて返事がかえってきた。

 デスクワークで肩が凝り固まってきたところだし、ちょっと様子を見に行くか。

 そう決断した俺は、部屋を出て屋上へ。

 扉を開けると、ちょうど夕陽が地平線の向こうに沈もうとしているところだった。

 

「………」

 

 そして、赤く染まった高層ビル群を眺める少女の姿。今日のエクステは薄い紫。

 手すりに両手を置いて微動だにしない彼女の横顔は、なんだかひどくつまらなそうだった。

 歩み寄っていくうちに、俺は以前彼女が口にしていた言葉をふと思い出した。

 

「……退屈、ですか」

 

 声をかけた瞬間、二宮さんの肩がびくんと震える。どうやら、ここまで近づいていたことにまったく気づいていなかったらしい。

 

「プロデューサーか」

 

 アイドルとして目指す方向性を聞いた時、彼女は『退屈しない風景を見せてくれるなら、なんでもいいよ』と、そう答えた。

 それが頭をよぎったから、半分衝動的に問いを投げかけてみたのだが。

 

「いいや、ここでの生活は刺激的だよ。地元にいた頃よりもね」

 

 回れ右をして俺に向き直った彼女は、首をゆっくり横に振る。

 なんとなく。本当になんとなくだが、俺はここで彼女の本音が聞けるような気がしていた。

 

「でも、何か暗い感情も抱えている?」

「……正解。果たしてボクは、ここで何かを見つけることができるのかってね」

 

 やはり、さっきの表情はポーズでもなんでもなく、本心からのものだったようだ。

 視線を俺から逸らし、彼女は虚空を見つめながら語り出す。

 

「別に、仕事の内容に不満があるわけじゃない。下積みが必要なことくらい、いくらボクがモノを知らない子供でも理解(わか)っている」

「………」

「この1ヶ月で、たくさんの先輩アイドルを見てきた。蘭子も言っていたけど、みんなオーラを持っていた。どこかしら魅力的だった」

 

 黙って話を聞いているうちに、俺も彼女が何を言いたいかに気づく。

 

「皆、輝いている。あの人達は、ボクにはまぶしすぎる。本当に、同じ舞台に立てるのか。世界の壁を感じるだけじゃないのか。そんな弱気なことを、思ってしまう」

 

 初めて会った時から、物怖じしない子だと思っていた。

 10個以上年上の俺に対しても堂々としていて、自分というのものを貫ける子だと。

 そんな彼女でも、心の中では弱さや不安がくすぶっていたのだ。

 静岡でスカウトされ、上京してきた中学生が抱える、年相応すぎる感情を持っていたのだ。

 

「二宮さん」

 

 1ヶ月間気づけなかったことへの情けなさはもちろんある。

 けれど俺は、同時に安堵も抱いていた。

 彼女がそういう人間だとしたら……俺は、二宮飛鳥という女の子を理解できる。

 だから俺は、一度深呼吸を挟んで彼女に笑いかけた。

 

「俺は、君に可能性を感じたんだ」

「……プロデューサー?」

 

 突然敬語をやめた俺に面食らったのか、彼女は珍しく驚きの感情を素直に見せる。

 

「磨けば必ず多くの人を惹きつけることができる容姿。マイノリティを自覚しながら、『痛いヤツ』を誰に対しても貫ける精神力。中二病は、プロデュースの仕方次第で十分アピールポイントにできる。俺にとっては、まさしくダイヤの原石だ」

 

 彼女に応えて、俺も正直な気持ちをすべて吐き出してしまおう。

 

「二宮飛鳥と神崎蘭子。君達には魅力がある。普通の女の子では達することのできない、はるかな高み――さらにその先へ踏み出せるほどのモノが、確かに存在する」

「ボクと、蘭子に?」

「ああ。君達2人なら、俺をまだ見ぬ世界に連れて行ってくれる。そう思った。言うなれば、君達こそが新たな世界の扉を開く鍵なんだ」

 

 右手の人差し指をぴんと立て、俺は自信満々に言い切った。

 

「自信を持て、二宮飛鳥。もし自分を信じられないというのなら、プロデューサーである俺を信じてくれ。君の背中には、羽ばたける翼があるのだから」

 

 屋上を吹き抜ける風が、彼女の髪を大きく揺らした。

 長台詞を終えた俺は、大きく息をつく。

 あとは、あちらの反応をゆっくり待つだけ。

 

「……やっぱり、ボクの思った通りだったじゃないか」

 

 しばらく呆気にとられていた二宮さんは、やがてぽつりとそんな言葉を漏らした。

 

「キミも十分『痛いヤツ』だ」

「もう中二病は封印しています。さっきのは、本当に特別です」

「なるほど。ボクを元気づけるために、あえて大仰な言葉遣いを選んだんだね」

「そっちの方が好みかと思ったので」

 

 すでに言葉遣いは仕事モードに戻している。

 もうとっくの昔に卒業したはずなのに、自分でもびっくりするほど痛いセリフ回しができたと思う。心に刻み込まれたものは簡単には消えないのかもしれない。

 

「……信じて、いいのかい」

「あなた達にはトップアイドルになれる資質がある。そう思っています」

 

 目を逸らさずに答えると、彼女はやれやれと肩をすくめて、そして微笑んだ。

 

「それが買いかぶりなのかそうでないのか、これから確かめさせてもらうことにするよ」

「はい。お願いします」

「……敬語、やめてもらえるとうれしい」

「え?」

 

 唐突な申し出に、今度はこちらが面食らう番だった。

 

「プロデューサーとは……なんていうのかな。互いを理解(わか)りあえる友のような関係でいたいんだ。だから、ボクのことはアスカと呼んでほしい」

「いいんですか」

「いいから言っているんだ。アイドルとプロデューサーの間に、お堅いモノは不要だろう」

 

 真剣な表情で、彼女は俺にお願いする。

 夕陽はすっかり沈んでしまっていて、周囲が加速度的に暗くなっていく中。

 

「わかった。これからは堅いのなしでいくぞ、アスカ」

「ありがとう。ボクと蘭子とキミでどこまで行けるのか、楽しみだよ」

 

 彼女の屈託のない笑顔だけは、やけにはっきりと目に焼き付いたのだった。

 




感想いただけてうれしいです。

再登場のたびに痛さが増していくアスカさん。
次はレアかSレアかわかりませんが、どんなセリフを残してくれるのか。

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