彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
「アスカ。ちょっと聞きたいんだが、アフレコに興味はないか」
「アフレコ?」
レッスンを終えて部屋で洋楽を聴いていると、ふとプロデューサーがそんなことを尋ねてきた。
耳からイヤホンを外して彼の方を見ると、先ほどまでせわしなくキーボードを叩いていた両手の動きがいつの間にか止まっている。
「興味がないわけではないけど……それがどうかしたのかい」
「今から説明する」
ボクの認識が間違っていなければ、アフレコとはドラマやアニメの映像などに後から声をあてる作業を意味する言葉のはず。
なぜいきなりそのような単語を出してきたのか。その理由を話すために、プロデューサーはボクの向かいのソファーまで歩いて来て、そこに腰を下ろした。
「今月最後の日曜日、遊園地でライブをする予定なのはもう伝えたよな」
「あぁ、ちゃんと覚えているよ」
都内のそこそこ規模の大きいテーマパークで歌う仕事を伝えられたのは、3月に入ってすぐのことだったと記憶している。
当時はまだ先のことだと考えていたが、気づけば来週が本番当日だ。時の流れは速いものだと改めて感じる。
3月の終わり、春休み中のテーマパークとなると、人口密度は高いだろうと容易に想像できる。もっとも、そのたくさんの客のうち何パーセントがボク達のライブに来てくれるのかはわからないけど。
「遊園地のスタッフさんといろいろ相談したんだ。お互いにイベントを盛り上げたいのは同じだから、そのためにどうしたらいいかって。そしたら向こうが面白そうな案を出してくれてさ」
「と、言うと?」
「そこの遊園地では、定期的にヒーローショーを行っているんだ。ライブ当日にも開催が予定されていて、時間はライブと被っていない」
ヒーローショー。それと先ほど彼が口にしたアフレコという言葉。
なんとなく、先が読めた気がする。
「まさか、ボク達が声をあてる?」
「正解。まあ、正確にはアフレコ担当はアスカだけだが」
「蘭子は」
「ステージで敵の女幹部を演じる。そのキャラに君が声をつけるんだ」
2人の共同作業でひとつのキャラクターを作り上げろということか。
なんにせよ、初めての類の仕事であることに変わりはない。ボクは声優紛いのことをやったためしがないし、蘭子もドラマや舞台への出演経験は皆無なのだから。
「敵キャラと言っても、幹部だから部下の戦闘員に命令を出すだけだ。自分は戦わないから蘭子にアクションは要求されないし、セリフもそう多いわけじゃない。本番まで10日、準備は間に合うと考えている。どうだろう」
「……蘭子にはもう話したのかな」
「さっき会った時に軽く説明したら、かなり乗り気になってくれた。敵は魔術結社の一員なんだが、その設定が気に入ったらしい」
「なるほど」
蘭子とのやり取りを思い出しているのか、朗らかに笑うプロデューサー。
パートナーが参加したいと望んでいるのであれば、ボクも。
「なら、やってみようか。また新しいセカイに挑戦するのも悪くはない」
「そうか! よかった、2人とも賛成してくれて」
先ほど言った通り、アフレコには若干興味がある。アニメをよく見ている影響かもしれない。
うまくできるかはわからないけれど、声優気分を味わうのも面白そうだと思えた。
*
「こういった場所に来るのは久しぶりだ」
「私にとっては魔界に等しき場所よ(私は遊園地よく来るなあ)」
3月末、迎えた日曜日。
ライブ会場であるテーマパークの入場門をくぐると、そこには娯楽のための空間が広がっていた。
まだ開演前なので、一般客の姿はない。テレビのニュースで見かける遊園地というのはいつも人が数多く集まっているので、こういった光景は新鮮に思える。
「アスカは、あんまり遊園地来てないのか?」
「親は時々誘ってくれたんだけどね。どうもボクはここにあるようなアトラクションをあまり楽しめる性質じゃなかったらしい。つまり、可愛げのない子供だったということさ」
大抵の小さい子ははしゃぎまわるというのに。ボクはこういうところでもマイノリティに属してしまうようだ。根本的にそういった星のもとに生まれたのかもしれない、なんて自嘲気味に笑ってみせる。
が、なぜかプロデューサーはそんなボクに微笑ましい視線を向けて。
「でも君、代わりに動物園に行ってペンギンに興奮していたんだろ。十分可愛げのある子供だと思うが」
「……っ!?」
どういうわけか、一度も話したことのないボクの過去の出来事を口にしたのだ。
「な、なぜそれを」
「この前お父様に教えてもらったんだ。娘の愛らしさを真剣に語っていただけて、俺としても新しい発見がたくさんあった」
父さんか……確か、この前静岡に帰った際にプロデューサーと一緒にお酒を飲んでいたはず。その時酔ってボクの話を酒の肴にでもしたのだろう。
「ベビーカーに乗っていた頃からペンギンが好きで、舌足らずながらも一生懸命名前を呼んでいたらしいぞ」
「おお、無垢なる天使の歌か! (アスカちゃんかわいい♪)」
「さすがにそこまで昔のことは記憶にないけど……父さんが言うなら、実際そうだったんだろうね」
5歳くらいの時にペンギンと10分以上にらめっこし続けていたことは覚えているけれど、それよりずっと前からボクはあの陸を歩く鳥達に夢中だったらしい。
しかし、予想しなかった方向から自分の過去を暴かれると……どうにも気恥ずかしい。
「む? 我が友よ、太陽に身を焼かれたか(なんだか顔が赤いよ?)」
「なんでもないよ。少しプロデューサーの不意打ちにやられただけだから」
「はは、悪い悪い。代わりに俺の昔話でも聞くか?」
頭の後ろに手をやって、たははと笑うプロデューサー。
それがなんだか気に食わなくて、一矢報いてやろうなんて思いが頭をめぐる。
「そうだね……と言いたいところだけど、本人から聞いたんじゃあ面白みに欠けるかもしれないね。今度キミのいるところでちひろさんか凛さんに話してもらうことにするよ」
「うわ、そうくるか」
ボクの返事にあからさまに嫌そうな顔を作る彼を見て、とりあえずの仕返しは成功したかな、と小さな達成感に浸る。
実にくだらない攻防だけど、それを楽しめるボクはある意味幸せ者なんだろうね。
……と、そんな風に自己分析をしているうちに、気づけばライブが行われるステージの前までやって来ていた。
「……奇妙な因果ね(不思議だな)」
「不思議? 何がだい」
ふと蘭子がこぼした一言に反応すると、彼女はステージを感慨深げな視線で見つめながらボクの問いに答えた。
「かつてかの地で生気を授かる身だったこの私が、今や施しを与える
彼女の言葉を聞いて、なるほどその通りだとプロデューサーとともにうなずく。
ボクらは年齢的にはまだ子供だけれど、アイドルというれっきとした仕事に就いている。与えられる側だけでなく、与える側に立つこともあるということだ。
子供でありながら、時として大人であることを求められる――改めて、自らの奇妙な立ち位置を認識することとなった。
「たくさんの人に喜んでもらえるといいな、蘭子」
「そうね。彼らに闇の祝福を! (満足してもらえるよう頑張るぞー!)」
まあ、今はそういった難しいことを考える必要はないか。
蘭子やプロデューサーと同じく、ボクも目の前に迫ったライブ本番……それと、その前に控えているヒーローショーに思いを馳せるのだった。
*
ヒーローショー本番といっても、アフレコのみを担当しているボクは事前に収録を終えているので、当日にするべきことはない。
『愚かなヒーロー達め、私達の力を見るがいいわ!』
『くっ、なんて力だ……!』
なのでこうして、客席からショーの進行具合を見守るくらいしかできない。もちろん、ライブに向けての精神の調整とかはちゃんと行っている。
『私の可愛いしもべ達よ、さあやってしまいなさい!』
それにしても、自分の声が大音量で流れているのを聞くのはなんだか変な気分だ。
スタッフの人も太鼓判を押してくれたので、そこまでひどい棒読みにはなっていないはずだけど。
そして、ボクの声に合わせて演技を行っている蘭子は、ステージ上で生き生きとヒーローと対峙していた。
日曜朝に活躍中の戦隊5人組と戦えるなんて夢みたいだ――そう言っていた通り、喜びを力に変えた熱演だと感じる。
彼女が演じるのは、ヒーローショーによくあるオリジナルの敵キャラクター。敵組織の黒魔術によって洗脳されてしまった白魔法の使い手である少女、という設定だ。
『このままだとヒーローが負けちゃう! 勝つためにはみんなの応援が必要だよー!』
これまたヒーローショーではお馴染みの、お姉さんによる応援の要請。
彼女の呼びかけに応え、会場の子供達が大きな声援を5人の戦士に送る。ボクも小声ではあるが『頑張れ』と言っておいた。
『みんなありがとう! 俺達は負けない!!』
『ば、馬鹿な。なんだこの力は……しもべ達が、押されている!?』
応援により奮起したヒーロー達は、アクロバティックなアクションで女幹部の部下を瞬く間に撃退してしまった。うろたえる蘭子の演技もなかなかのものだ。
『君は奴らに操られているんだ。今俺達が助けてあげよう』
『な、何を言う。私は黒魔術師……うぐっ、頭が……!』
最後に女幹部の洗脳を解き、無事元の少女に戻してあげたヒーロー達。
めでたしめでたしだが、今回のショーはもう少しだけ続くのである。
『ありがとう! あなた達のおかげでライブに間に合うわ!』
『ライブ?』
『うん。私、アイドルなの! これからステージに行って歌うから、ヒーローさんにも見に来てほしいな』
『わかった。ではお邪魔させてもらおう』
そう、洗脳されていた少女はアイドルだったのだ――という設定のもと、ボク達のライブを宣伝。ショーを見た人達が少しでも多くライブに来てくれるようにと考えた結果、スタッフの案をもとに生まれた策だった。
展開に違和感が出ないレベルでの告知なので、ショーそのものへの悪影響もほぼないはず。客席の雰囲気を見ても、問題ないことが確認できた。
「さて」
とりあえず、今日の仕事のうちの半分はこれで終了。全体的にうまくいって一安心だ。
あとは、本業で精一杯のパフォーマンスを魅せつけるだけ。
ステージ上の蘭子と一瞬目が合い、ボク達は互いに小さくうなずきあった。
*
ライブとなるとやはり緊張はするけれど、初めての頃に比べればその程度は雲泥の差。
最近は、むしろその緊張感を楽しめるまでになってきたと思っている。
「ありがとうございました!」
「闇に飲まれよ!」
目立った失敗もなく、無事ライブを終えることに成功。アンコールをもらえた上で、最後は大きな拍手を受けることができた。
子供達が多いテーマパークでのライブということで、ボク達の曲の中でも癖が強くないものを選んだのだが……楽しんでもらえたようなので、この選択は正解だったようだ。
「よかったぞ。2人とも」
「ミスなく終われてほっとしているよ」
「生命の雫が滴るわ(頑張りました!)」
「なんだか貫禄が出てきた気がして、俺もうれしいぞ」
舞台裏に下がると、ドリンクを両手に持ったプロデューサーが満面の笑みで出迎えてくれた。
彼に褒められると、喜ばしいという感情と一緒に、なんというかくすぐったい気分になる。
でもうれしいことに変わりはないので、隣に立つ蘭子とともに笑顔で応えた。
「ヒーローショーのスタッフさんも、よくやってくれたと喜んでいたし……うん、今回の仕事は大成功だな」
――こうして、一風変わった要素を含んだ遊園地でのライブをやり遂げたボク達。
でも、この話に関してはもう少し続きがある。
「あっ、あやつられてたお姉ちゃんだ!」
「ほんとだ!」
「本物だー」
関係者へのあいさつを終え、ステージを出て園内を歩いていた時のこと。
3人組の小さな子達が、蘭子の姿を見て一目散に集まってきた。小学生になっているか、まだなっていないかくらいの年齢に見える。
「お姉ちゃん、もう大丈夫なの?」
「もとにもどった?」
「あ……えっと」
突然の出来事に戸惑っている様子の彼女だったが、こほんと咳払いをするといつもの調子で彼らの質問に答えた。
「心配無用! 偽りの枷から解き放たれ、私は真なる力を取り戻した! (もう大丈夫だよ。普通のアイドルに戻ったから)」
勢いよく両手を広げて万全であることをアピールする蘭子。そんな彼女の言動をぽかんと口を開けて眺める子供達。
わかってはいたが、通じていない。
「な、なに言ってるのかわからないよ」
「ひょっとしてまだあやつられてるんじゃ」
「きっとそうだ! 僕らでなんとかしなきゃ。トツゲキー!」
「え? え?」
結果、まだ敵に洗脳されていると判断された蘭子は、3人に取り囲まれて腕や脚にしがみつかれたりしていた。プロデューサーがフォローに入ったおかげで事なきを得たが、そうでなければもっと長引いていたかもしれない。
……とまあ、このように蘭子の演技は観客の印象に強く残ったらしく。
後日、他のテーマパークでのヒーローショーにも同じような役で参加したりしているうちに、ネットでどんどん評判が広まっていき、最終的に設定が番組本編に逆輸入されるまでになった。つまり、蘭子が朝のヒーロータイムにゲスト出演を果たしたのだ。
その時の彼女の喜びようは語るまでもなく、噂を聞きつけた同僚の南条光(ヒーロー番組大好きな子)が突然押しかけてきたりもしたのだが……それはまた別の話だ。
蘭子はなんだかんだでヒーローものも好みそうなので、戦隊とかライダーに出演できると聞いたら多分喜ぶと思います。設定的にはウィザードとか好きそうですね。
ヒーローショーは時々設定がぶっ飛んでいることもあって楽しいです。
次回はゲストアイドルとともに3人で仕事するお話になりそう。