彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
静岡遠征も無事に終わり、数日が経った。
3月も終わりに近づいている。蘭子もアスカもすでに春休みに入っているので、ここ最近はほぼ毎日事務所に通ってもらっていた。仕事のない日も、なんだかんだ言ってここで過ごしていることが多い。
「さて、もうすぐ4月だ。いろんな人が新しい環境に身を置く、いわば『はじまり』の時期だ」
今日は朝から2人を会議室に集め、あることを伝えようと思っていた。
大事な話をする時はだいたいこの場所に呼ぶので、彼女達もそれを理解したうえで姿勢を正して椅子に座っている。
「そこで俺達も、本年度の反省と新年度の目標決めをきちんと行っておこうと思う」
「なるほど」
「過去を見据えた先に、栄光の未来は顕現する……(今までを振り返って次につなげていこー、ってことですね)」
効率的な練習や活動を行うためにも、モチベーションを高く維持するためにも、こういった基本的なことは重要だ。
「俺が君達に紹介され、本格的にプロデュースがスタートしたのが去年の4月19日。CDデビューに合わせて初のライブを行ったのが7月20日。そこから着実に仕事は増えていき、10月18日には人気アイドルとの合同ライブもあった」
2人との出会いからもうすぐ1年。適宜大きなイベントを取り上げながら日々を振り返っていく俺の言葉を聞きながら、アスカと蘭子は時折首を小さく縦に揺らす。彼女達も彼女達で、たくさんの思い出を頭に浮かべていることだろう。
「年末以降、アスカの受験を考慮して少々活動を控えめに。ただ、その間に蘭子のレッスンを増やしてダンスの技術をじっくり磨くことができたから、将来的に見れば決してマイナスではないと俺は踏んでいる」
「ククク、魔力を蓄えた私は次なる存在へ……(だいぶ上達しました!)」
もちろん、蘭子単独での仕事もそれなりには行っていた。ただし、アスカ不在をカバーできるほどに彼女の露出を増やすという選択肢はとらなかったということだ。
結果として蘭子の踊りのキレは良くなったので、この判断は間違っていなかったと思いたい。
「そして先日、静岡でプロ野球のオープン戦の始球式、およびローカルCMの収録に参加。これが直近の仕事だな」
以上、1年間のアイドルプロデュースを大まかに顧みた内容である。ここからは総括だ。
「しんどい時期もあったと思うけど、2人ともよく頑張ってくれた。ありがとう」
「望んでここに足を踏み入れたんだ。当然さ」
「その通り」
「そうか。……そのやる気があれば、アイドルとしての人気もどんどん上がっていくな」
仕事への取り組みが一生懸命である要因のひとつには、ユニット内の人間の仲の良さもおそらくあるだろう。この2人をくっつけて寄越してくれた部長には感謝しなければ。
「人気ということで、次はアイドルランクについてだ」
上司に心の中でありがとうございますと言ってから、俺はホワイトボードにペンを走らせ始める。
アイドルランク――言葉そのままに、アイドルの人気をランクによって評価した指標のこと。Aが全国トップクラスで、B、Cと続いていってFが無名の新人。基本的にはこの6段階で評価されるが、まれに規格外のアイドルが現れた時にはランクSなんてものも出てきたりする。最初にこの指標を作ったのが誰なのかは知らないけど、今ではすっかり普及している名称である。765プロをはじめ、多くの他プロダクションもこのランクを参考にして営業を行っているらしい。
「1年前の4月、君達はランクFより下のただのアイドル候補生にすぎなかった。しかし今はなんとランクDだ」
口で言いながら、ボードにもFやDといった文字を書いていく。Dは特に強調するようにビッグサイズだったので、アスカが思わず吹き出してしまっていた。
アイドルランク自体は普通に公表されているものなので、彼女達もネットで自分がどの位置にいるのかは把握しているはずだ。
「ランクDとは、『メジャーとは言えないが十分一人前のアイドル』という評価。俺は1年でここまで来たのは立派だと胸を張って言えると思う」
「ちなみに、凛さんは最初の1年でどこまで行ったのかな」
「あいつは……確か、ギリギリランクCに入れていた」
「つまり、負けているということか」
「凛の場合はツキもあったんだ。いろいろとな」
346プロのアイドル部門創設初年度だったということもあって、世間からも凛や彼女の同期達は注目されていた。
話題性からイベントなどに起用してくれることも少なくなかったし、そういうのが重なって知名度の上昇につながった部分は否定できないだろう。
もちろん、そのチャンスをモノにしたのは俺の妹の才能や努力があったからこそだけど。
「で、これを踏まえたうえで今後1年間の目標を設定する」
俺の一言によって、2人が息をのむ様子がはっきりと見て取れた。
少しもったいぶるように間を空けてから、俺は核心の部分を口にする。
「来年の3月までに目指すのは、一流アイドルと呼ばれるランクB」
彼女達の目が大きく見開かれ。
「――に近いくらいのランクCだ」
次の瞬間、2人ともがくんと前につんのめった。バラエティ番組に出演してもリアクションの心配はいらないなあ、なんて暢気な考えが頭をよぎる。
「……プロデューサー。なぜそこで妥協をしたのか、理由を教えてほしいんだけど」
「いや、これでもここ数日一生懸命考えた結果なんだぞ? 低すぎる目標だとやる気が出にくいだろうし、逆に高すぎると目標を意識しすぎて焦りや無理を生むだろうと予想して」
ジト目で睨んでくるアスカと蘭子に事情を説明するのだが、なぜか言い訳がましい話し方になってしまう。今現在俺が責められている最中だからだろうか。
「我らに過剰な鎧は不要(プロデューサー、心配しすぎっ)」
「そ、そうかな」
頬を可愛らしく膨らませながら蘭子が俺に抗議する。……彼女の言う通り、心配しすぎなのか?
「そもそも、キミは最初の頃からトップアイドルという大きな目標を何度か口にしていたじゃないか。あれはボク達への意識づけという意味もあるんだと勝手に思っていたんだけど」
「それはあくまで最終的な到達地点だからな……俺はいつか2人がそこにたどり着けると思っているから、早い段階で意識はさせているつもりだ。でも短期的な目標については、現実的なところを設定して着実に一段一段上っていくイメージを作りたい」
「……なるほど。それはそれで理解できる理由だ」
腕を組んで目を閉じるアスカ。こういうポーズが割と様になるのは彼女のアピールポイントのひとつである。少し背伸びしてる感じを含んでいるのがなおのこと良し。
「ただ、ボクとしては理解はできても少々納得がいかないかな。ランクBに近いランクC、なんてまどろっこしい目標を作るくらいなら、いっそのことランクBと言い切ってしまった方がわかりやすいし面白い」
「うむ」
アスカに同意しながら、彼女にならって蘭子も腕を組む。こちらはその動作によって年相応以上の胸がさらに強調される形となっていた。
「……つまりはだ」
一瞬だけ蘭子の胸部に視線をやってなんとも言えない表情を浮かべたアスカだったが、咳払いひとつで調子を取り戻した。
「多少の高すぎる目標に押し潰されたりするようなら、ボクも蘭子もそこまでの存在ということだろう。現実世界をボクらのセカイで上書きするくらいのことができなくてどうする」
……えーと。要するに、現実と理想のギャップは自分達のパワーで乗り越えてみせる、と言いたいらしい。時々彼女の言葉は蘭子以上に難解なことがあるのだ。
「なんだか、すごく熱い宣言だな」
「ボクに熱を注ぎ込んだのはキミじゃないか。思春期は一度勢いをつけると怖いよ?」
そう言って、彼女は不敵な笑みを俺に向ける。
……そうだった。二宮飛鳥という女の子は、外見はクールでも内面は痛いヤツで、それでいて心の奥には情熱的なものを秘めているのである。
「光と闇……相克する力を操り、
勢いよく立ち上がった蘭子が、大仰なポーズをとりながらビシッと俺を指さす。……今の長い肩書き、ひょっとして俺のことを言ってるのか?
「道しるべはアナタに託すわ。支配者に相応しき力を以って、私達を導くがいい! (ちゃんとプロデューサーについて行くから、もっとガンガンいこー!)」
握り拳を胸の前で揃え、俺の弱気を吹き飛ばそうと鼓舞の言葉を投げかける。
眉をきりっとさせてこちらを見つめてくるその表情には、力強さが感じられた。
神崎蘭子。外面は中二病、中身は内気な女の子。けれど同時に、芯の部分はなかなかぶれない子でもある。
「……わかった」
一回り年下の2人にここまで言われては、俺も強気にいくしかないだろう。
大事にしようと考えすぎて、彼女達を信頼しきれていなかったのかもしれない。いわゆる過保護というやつだ。
「なら、今年の目標はランクB! 異論はないな」
「そうこなくちゃね」
ホワイトボードに大きくBの文字を書きこむと、アスカと蘭子は満足げにうなずくのだった。
最近は女が強くなったと言われるけど、なるほど実際その通りなのかもしれない。
俺も彼女達に呆れられないように頑張ろう。そう決意を新たにした。
本家アイマスでお馴染みのアイドルランクという制度を登場させました。まあ、単純に人気でランク分けしているだけなのでそんなに難しいものではないです。初見の方にもだいたい理解していただけると思います。
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今さらな情報ですけど、デレマスアニメは分割2クールらしいですね。個人的には、丁寧に作ってもらえるのなら3ヵ月くらい余裕で待てますので問題ないです。