彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

25 / 31
中二病との新たな仕事

 蘭子は絵を描くのが趣味で、時々事務所にもスケッチブックを持ちこんできている。

 黒い表紙のそれは、彼女いわく『グリモワール』というらしい。絵の内容は、堕天使の翼を身につけた女の子だったり、覚醒した魔王だったり……要は、彼女の中二設定の資料集みたいな役割を果たしている。

 

「ん? 今回は随分文字が多いな」

 

 2月も後半戦に突入したある日のこと。今日も空き時間を使って熱心にペンを走らせている蘭子の背後に立ち、スケッチブックの中身を覗かせてもらう。

 一枚絵に矢印付きでいろんな設定を書きこんでいるのはいつものことだが、今回は絵から少し離れたところにずらずらと難しそうな言葉が並んでいた。

 

「フフフ、これは禁じられた術式。ひとたび解き放てば世界の均衡を崩しかねない一撃……」

「へえ。今日は一段とスケールがでかいな」

 

 出会った当初はスケッチブックを見られるのを恥ずかしがっていた蘭子だけど、今では嬉々として絵の内容を語ってくれるまでになった。

 正直、ここまできっちり設定を書きこめる想像力は素直にすごいと思う。

 

「この長い術式を詠唱すればいいのか?」

「詠唱だけでは不十分よ(それだけじゃ足りないの)」

「じゃあ何をすればいいんだ」

 

 率直な疑問を口にすると、蘭子はペンを置いて勢いよく立ち上がる。

 すると俺の身体に向けてビシッと人差し指を突き出した。

 

「綴るッ!」

 

 ……綴る? この長い長い数行にわたる文字の羅列をか?

 

「蘭子は、今放送中のアニメの影響を受けているんだ」

 

 蘭子と同じテーブル、その向かい側で漫画を描いていたアスカが顔を上げる。

 

「アニメ?」

「あぁ。ほら、これが公式ページ」

 

 手慣れた動きでスマホを操作し、俺に手渡してくる。それを受け取って画面を見ると、アニメキャラの紹介ページが映っていた。

 

「うわあ、これはまたコテコテの」

 

 主人公は2つの前世を持っていて、剣士としての力と魔法使いとしての力を同時に使えるらしい。さっき蘭子がやったのは、この作品で魔法を使う時に必要な動作のようだ。

 軽く流し読みしただけでも、彼女が好みそうな設定が並んでいるのがよくわかる。

 

「今となってはある意味珍しいくらいかもしれない」

「そこが蘭子の琴線に触れたんだろうね」

「悲しむべきは、絵画の演舞に魔力が不足していること……(作画があまり良くないのが残念でしょうがないなあ)」

 

 元気なくため息をつく蘭子。資金や人手が足りていないのか、作画に問題があるらしい。

 

「一部には、独特の作画と演出によるシュールさが受けているようだけどね」

「詳しいな」

「まあ、ネットはよく見るし」

 

 まとめると、良くない点もあるけれど独自の面白さを持っているアニメ、という感じだろうか。ちょっと興味が湧いてきたかもしれない。蘭子が録画のデータを持っているようなら今度見せてもらおうかな。

 

「プロデューサーは、普段アニメは見るのかい」

「学生の頃はたくさん見てたけど、最近は時間もないしなあ。評判がいいのを2、3個見るくらいだ」

 

 昔はそれこそ、放送中のアニメは全部制覇するくらいの気概があったものだ。帰宅部だったからアニメ鑑賞に費やすだけの時間は余裕であったし。

 

「アスカと蘭子はどうなんだ?」

「そこそこ見ているほうかな。今は7本くらいだね」

 

 俺の質問に間を置かずに返事をするアスカ。一方蘭子は右手の人差し指を中指をこめかみに当ててしばらく硬直した後、両手を開いてこちらに掲げた。どうやら10本視聴中のようだ。

 

「上京してから、地上波でアニメを見られる楽しみを味わっているよ」

「アスカの出身は静岡だったよな。アニメやってないのか」

「ゼロというわけではないけど、数は少ないかな。うちはCSでアニメが見られるチャンネルを契約していなかったし、数日遅れでBSやネットで配信されるものを見るしかなかった」

「それは初耳だなあ」

「そのくせ地上波では同じ番組を延々と放送し続けるから困ったものだよ。ボクはドラえもんよりキテレツ大百科を見た回数の方が多いと胸を張って言えるね」

 

 なぜか誇らしげに語るアスカ。キテレツって、また懐かしいアニメを思い出させてくれるものである。

 

「私は過去より今にかけて、命吹きこまれし絵画の数々を魔眼で捉えてきたわ(私は昔からアニメいっぱい見てました)」

 

 蘭子は熊本出身だが、彼女の住んでいた地域では普通にアニメを放送していたらしい。いろんな作品を見てその想像力を高めていったに違いない。

 

「じゃあ、アスカはどんな番組をよく見てたんだ?」

「どんな番組と聞かれると……やはり野球の試合かな」

「野球?」

 

 蘭子と2人して顔を見合わせる。アスカの口から出てきたのが、予想外の回答だったからだ。

 

「父親の趣味が野球観戦だったから、それにつられてね。テレビで見ているうちに結構詳しくなってしまって、今では自分から進んで観戦するくらいだ」

「聞き慣れぬ報せね(初めて聞いた)」

「女子中学生とじゃ、話が合わないだろうと思ってね。わざわざ言う必要もないと判断したんだ」

 

 びっくりした様子の蘭子に微笑みかけるアスカ。確かに、若い女の子は普通あんまり野球に興味持たないからなあ。

 

「野球か」

「プロデューサー? どうかしたのかい」

「アスカ。野球に詳しいっていうのは、プロの選手をよく知っているとかそういう意味でいいのか」

「まあ、そんなところだね。あとは、最低限観戦を楽しめる程度の知識は持っているつもりだけど」

「そうか」

 

 ふむ、そうなると……これは新たな分野の仕事につなげることができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「オープン戦の始球式?」

「そうだ」

 

 次の週。思った以上にスムーズに仕事がとれたので、俺は2人にその概要を説明していた。

 

「3月に静岡の球場でプロ野球のオープン戦がある。その始球式で君達が投げることになった」

「オープン戦とはいえ、大役だね」

「わ、私も?」

 

 感嘆の息を漏らすアスカと、自分も投げることを知らされて慌てる蘭子。

 オープン戦は開幕前の練習試合(と言うと少し語弊があるが)なので、試合そのものの注目度はそこまで高くない。

 ただ、それでもチケットは発売されるし、普段試合が行われない静岡に住む野球ファンは数多く球場に足を運ぶ。

 つまりアスカの言う通り『大役』だ。球場近辺が彼女の地元であるというポイントをアピールして、なんとかもらってきた仕事である。

 

「マウンドから球を投げると言っても、別にノーバウンドじゃなきゃ駄目ってわけじゃない。とんでもないところに投げる人も毎年多いから、蘭子も思い切り投げるだけで大丈夫だ」

「な、なら良いのだが(ほっ……)」

 

 あまり球技に自信がないらしい蘭子が胸をなでおろす。別に運動神経がからっきしというわけではないはずなので、普通にやれば問題ないだろう。

 

「あと、ゲスト扱いで1イニングだけ実況席に呼ばれることにもなっているから」

「……野球ファンとしては喜べることだけど、少し緊張しそうだ」

「解説を要求されているわけじゃないから、思ったことを率直にしゃべってくれるだけでいい。蘭子も、最低限のルールさえ覚えてくれればいいから」

「え、えっと。球が真ん中に入ったらストライク、そうじゃなかったらボール、柵を越えたらホームラン」

「よしよし。その調子だ」

 

 ひとつひとつルールを確認していく蘭子の様子を見る限り、一言もしゃべれないなんて事態にはならなさそうだ。

 アスカはアスカで、顔には出さないようにしているものの、テンションが上がっているのはなんとなくわかる。

 

「付け加えると、静岡ローカルのCM収録も行うことになった。というわけで3月後半は静岡に2泊3日の旅だ」

「仕事盛りだくさんだね」

「アスカの受験も終わって、ようやくユニットが揃って動けるようになったからな。忙しい日が続くと思うけど、頑張ってほしい」

「やることが多いのはアイドルとしては望ましいことだから、恨み言を言ったりはしないさ」

「私達の魂の波動を、多くの者に知らしめる時! (たくさんの人にファンになってもらいたいな)」

 

 俺の言葉にうなずく2人。デビューから半年以上経って、プロ意識もかなり身についてきたと自信を持って言えるようになった。

 そんな彼女達へのご褒美というわけではないが、静岡でのスケジュールには結構な余裕を持たせてある。街を散策する程度の時間は十分あるはずだ。

 蘭子にとっては目新しい場所。アスカにとっては慣れ親しんだ地元。普段と違う環境でリフレッシュしてもらえればいいなと考えている。

 

「聞き忘れていたけど、どことどこの試合なんだい?」

「横浜とヤクルトだな」

「いいカードじゃないか。ボクは横浜ファンなんだ」

 

 その後、アスカの横浜に関するうんちくを蘭子とともに聞いた。

 チームに関してかなり詳しいようだったので、意外と解説とかうまくやってのけてしまうのかもしれないと思った。

 

 

 

 

 

 

「プロデューサー。少し聞きたいことがあるんだけど」

 

 2人に静岡行きを伝えた翌日の夕方。

 学校での授業を終えて事務所にやってきたアスカは、あいさつもそこそこにある話を切り出してきた。

 

「何かあったのか?」

「昨日、両親に電話で静岡に来月帰ることを伝えたんだ。そうしたら、折角だからうちに泊まらないかと言ってきた」

「泊まる?」

「もちろん、キミも蘭子も含めた3人でね」

 

 始球式が行われる球場とアスカの実家はそう離れていないので、ご挨拶にうかがうところまでは考えていた。しかしまさか、向こうから宿の提供までしてもらえるとは。

 

「迷惑じゃないか?」

「向こうが言っているんだから大丈夫だと思うよ。それにうちの家は、スペースだけはそれなりにあるからね。多少お客さんが来ても問題ないようにできている」

「そうか……それなら、お邪魔させてもらおうかな」

 

 蘭子も友達の実家に行けるとなれば喜ぶだろう。あんまりはしゃぎすぎないように前もって注意しておいた方がいいかもしれない。

 俺の方からも、アスカのご両親にお礼を言っておかないとな。

 

「いいのかい」

「もともとご挨拶にはうかがうつもりだったんだ。大事な娘さんを預かっている身だし、一度くらいは直接顔を合わせてお話しさせてもらいたいと思っていた。それがお泊りに変わっただけだよ」

理解(わか)った。両親にそう伝えておく」

 

 頬を緩めながらうなずくアスカ。俺がOKしてくれて安心したという様子だった。

 

「悪い印象を与えないようにしないとな……」

 

 こうして、大きな予定が複数詰まった静岡への旅のスケジュールが改めて決まったのだった。

 




タイムリーなネタを取り入れようと考えた結果、アニメと野球の話になりました。
私はCSでキテレツをたくさん見た記憶がありますが、ドラえもんとはまた違った良さがあっていいと思いました。コロ助かわいいです。
ちなみに、静岡には実際に歴史のある球場が存在していて、プロ野球の試合もたびたび開催されています。

感想・評価などあれば気軽に送ってもらえるとありがたし、です。
次回は静岡遠征編ということで、飛鳥の両親とご対面です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。