彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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中二病の……

 プロデューサーと蘭子と、3人で過ごす時間はとても居心地のいいものだった。

 アイドルとプロデューサーというビジネス上の関係にとどまらない、年の離れた友人のような感覚。家と学校以外の居場所を求めていたボクにとって、事務所の中のあの部屋はまさに願ったはずのモノだった。

 けれどボクは、その居心地のいい空間を自分から壊しかねない選択をとった。

 この胸に灯った初めての感情。湧き上がる熱に身を任せて、プロデューサーに思いの丈を伝えたのだ。

 現状を崩してしまう恐れはある。だがボクは、縛られることを嫌う本質の持ち主だ。ただ怖がるだけで行動を起こさないなんて、性に合わない。救いようのない人間だな、と自分で自分を笑いたくなるけど、それが性分なのだから仕方ない。

 

 ――なんていうのは、ただの強がりにすぎなくて。

 バレンタインデーに告白してから、胸の中は後悔でいっぱいになっていた。

 14日の夕方に想いを告げ、一夜明けて今日は15日。学校に行って、何をするでもなく過ごして、寮に帰ってきてすぐにベッドの上に倒れこむ。そうしているうちに、いつの間にか夜になってしまっていた。

 

「恋は盲目、か」

 

 言葉の上では知っていたが、いざ自分が当事者となるとここまでひどいものとは。

 あんな失策をやらかしてしまうほど、昨日のボクは舞い上がってしまっていた。

 自分の告白が彼に拒否されるだけなら、まだいい。辛いのは事実だが、自業自得の範囲で収まるからだ。

 だが、もし彼が間違いが起こることを危惧して、ボクから距離を置こうと考えた場合。彼はボクの担当から外れることになるかもしれない。

 そうなれば、ボクとユニットを組んでいる蘭子もプロデューサーと離れることになってしまう。さすがに恋心は抱いていないにしろ、彼女だって彼を慕っていることに変わりはない。なのに、ボクのせいで2人を引き離す結果になれば……自分で自分を許せそうにない。

 

「あぁ」

 

 しとしとと降りしきる雨の音が、やけに耳に響く。

 結局、ボクは大人に憧れて背伸びしている子供のまま。考えて行動するということが、十分にできなかった。

 今さら悔やんでも遅いとはいえ、どうしても思考がそちらに向かってしまい――

 

「……ん」

 

 机の上に置いてあった携帯が、メールの着信を音で知らせる。

 薄暗くなってきた部屋の中、怠惰な動作でベッドから抜け出た。

 そのまま電気をつけることもなく、携帯を手に取ってメールの内容を確認する。

 

「……っ」

 

 表示された名前を見た瞬間、思わず息をのんでしまう。

 送られてきたのは、プロデューサーからの一通のメール。用件だけ手短に書かれた、たった数行の文章だった。

 

『明日のレッスン、少し早めに来られるか?』

 

 

 

 

 

 

 翌日の天気は、ボクの気持ちをそのまま表したかのような曇り空。

 放課後を迎え、学校から一直線に事務所へ向かう。

 プロデューサーに何を言われるのか、怖くないと言えばもちろん嘘になる。だからといって、ここで逃げることは無駄でしかないし、絶対に取りたくない選択肢だった。

 

「………」

 

 この扉を開ければ、いつもの部屋が待っている。

 プロデューサーはデスクでキーボードを叩いていて、ボクや蘭子はソファーで適当に本を読んだり絵を描いたりして。

 だが、今はその空間へ通じる扉が、とても大きなものに思えてしまう。

 それでも、深呼吸をひとつ挟んでノックをした。

 

「どうぞ」

 

 部屋の中から響くのは、いつもと変わらぬ彼の声。

 意を決して、右足を前に踏み出す。

 

「……おはよう、プロデューサー」

「おはよう。約束通り、早めに来てくれたんだな」

 

 緊張でどうにかなってしまいそうなボクとは対照的に、彼は柔和な笑顔でボクを出迎えてくれた。

 もう、告白に対する返事は考えてあるのだろうか。わざわざ早く来てくれと頼んだ以上、なんらかの話があるのは間違いないのだろうけど。

 

「前置きはいらないよな。早速本題に入ろうか」

 

 プロデューサーに促されるまま、ソファーに腰を下ろす。その向かい側の席に彼が座り、互いの視線が交錯した。

 ……何を言えばいいのかわからない。でも今はそれでいい。大事なのは、彼の言葉を覚悟を持って聞くことだから。

 

「確認するけど、アスカは俺を異性として意識しているんだな」

 

 小さくうなずく。彼の表情は真面目そのもので、それ以上の感情は読み取れない。

 

「一昨日、君に告白された時。正直に言うと、驚きで頭が真っ白になった。だけどその後、落ち着いていろんなことを考えてみた。時間をかけて、ゆっくりと」

「……あぁ」

「そして、いくつかわかったことがある」

 

 ボクがはっきり理解できるように、彼は一言一言をしっかりとした語調で口にする。

 その目線は逸れることなく、真っ直ぐにこちらを見つめたままだ。

 

「まずひとつ。アスカに好きだと言ってもらえたのは、俺にとってうれしいことだった」

 

 どくん、と心臓の跳ねる音が聞こえた気がする。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、ボクの心の中に期待が広がった。

 だが次の瞬間、彼は首を横に振る。

 

「でも……今はやっぱり、君のことを子供としか見ることができない。恋愛の対象には、できない」

「………」

「それに、君はアイドルなんだ。交際をするとなれば、君の進む道の障害となりうる可能性は十分にある」

「……そうか」

 

 当然の帰結だ。そもそもの問題として、ボクと彼では年齢が離れすぎている。20代後半の人間に15歳の子供を異性として認識しろと言っても、なかなか難しい話になるに違いない。

 そして、ボクがアイドルだという事実。恋愛禁止が謳われる職業柄、プロデューサーと付き合うなんて言語道断。

 彼の言葉は、すべてが正論だった。

 

理解(わか)っていた。理解(わか)っていたんだ」

 

 気づけば、自然に声が漏れ出ていた。

 

「無理だということくらい、理屈の上では理解していた。それでも、好きになってしまったんだ。ボクを理解し、優しく受け止めてくれるキミのことを。ボクに新しいセカイを見せてくれたキミのことを」

「………」

「愚かだと思うだろう? 初めて経験する感情に振り回され、時には嫉妬までして。本当にボクは、救いようのない――」

「アスカ」

 

 とめどなくあふれる負の感情を止めたのは、プロデューサーの一声だった。決して大きな声ではなかったけれど、そこには有無を言わせぬ力強さがあった。

 

「5年……いや、4年だ」

「え?」

「4年の間に、俺は君と蘭子をトップアイドルにまで導いてみせる。そのくらいの気概でやる。そしてその時、いまだにアスカの気持ちが変わっていなければ……俺も、もう一度考えよう」

 

 指を4本立てて語る彼の言葉に、最初は理解がうまく及ばなかった。

 混乱しているボクに対して、彼は微笑みを向ける。

 

「俺には夢がある。君達をトップアイドルにしたいという夢だ。そしてその夢は、君や蘭子も同じく持っているものだと思っている」

「……あぁ。そうだね」

 

 なんとか声を絞り出す。

 アイドルという道の先、登りきった頂に待つセカイ。それをボクは見たいと思っている。だからこそ、レッスンも仕事も頑張れる。

 

「だから、今はそこを一緒に目指して行こう。そうしている途中で君の恋心に変化が訪れれば、それはそれでいい」

「それで、いいのかい。ボクの担当から外れたりとか」

「するわけないだろう。さっきも言ったけど、告白自体はうれしかったんだぞ」

 

 その一言で、張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れたような気がした。

 全身から力が抜けて、安心したせいか勝手に頬が緩んでしまう。

 

「は、はは……よかった。ボクはキミに、もっとはっきり拒絶されるかと」

「告白を断ったのに、『よかった』のか? 俺は逃げと受け取られても仕方ないようなことを言っているのに」

「逃げだなんて思わない。キミはきっと、一生懸命考えて答えを出してくれた。ボクに可能性を残してくれた」

 

 4年後には、ボクも19歳になっている。今の凛さんと同じ年齢だ。

 そうなれば、外見的にも少しは子供から脱却できているかもしれない。プロデューサーの意識も、変わるかもしれない。

 

「4年間は、そばにいてくれるんだね」

「うん。できる限りは」

「だったら、ますます惚れてしまう可能性も十分ありそうだ」

 

 そう言ってボクが笑うと、彼はちょっと困ったような顔をして頬をかいた。

 

「4年後には、俺ももう三十路だぞ? ……こう言うと失礼かもしれないけど、今のアスカは恋に憧れているだけなのかもしれないと俺は思っている」

「ボクのキミへの感情が、本物の恋心かどうか疑っている。そういうことか」

「まあ、そうなるな。それを確かめるためにも、やっぱり時間が必要だ」

「……確かに、『これは恋だ』と断言できる自信はないよ。なにせ初めての経験だからね」

 

 人の心は複雑怪奇で、それは自分自身に関しても同様だ。特に恋愛感情なんて、理屈で考えられるものではないんじゃないかとも思ってしまう。

 でも。

 

「キミのそばにいると、時々胸が高鳴る。体中が火照ってしまう。だから離れたくないと感じる。これを恋と呼んではいけないのかな」

「………」

 

 ボクの赤裸々な告白を聞いて、プロデューサーは目を丸くして固まってしまう。まさに絶句というヤツだった。

 

「参ったな。そこまで情熱的なこと言われたの、初めてだ」

「ひょっとして、照れているのかい」

「ああ、その通りだよ。だからって告白を受けるわけじゃないけどな」

「それはそうだろうね」

 

 ボクは子供だから、バレンタインデーの勢いに任せて想いを告げた。

 彼は大人だから、色々な事情を考慮したうえでその想いに対する答えを出した。

 ただ、それだけのこと。

 

「でも、ボクが好意を寄せる分にはボクの自由だろう? もちろん、迷惑をかけない範囲でという前提条件はあるけど」

「それはそうだが……アスカはいいのか?」

「かまわないさ。何も永遠の片想いと決まったわけじゃない」

 

 ボクがアプローチを続けることで、将来彼の心が動くことだってあるかもしれない。自分の行動が未来に影響を与えると考えれば、なんだか面白いとさえ感じられる……とまでいくと、さすがに強がりかもしれないが。

 人気アイドルにまで登りつめて、思い残すことがなくなったら、他の道を選択することもできる。そうなれば、恋愛禁止という枷に縛られる必要はなくなる。

 

「だから今は、アイドル活動を頑張るよ。キミや蘭子と一緒に、見てみたい景色があるから」

「……その意気だ」

 

 ほっとしたような顔で、プロデューサーは優しい声で返事をした。

 続いて時計を確認して、すくっと立ち上がる。

 

「さ、そろそろレッスンの時間だ。俺もデスクワークが残ってるし、お互い気合い入れていこう」

「あぁ、そうだね」

 

 彼にならって腰を上げたボクは、バッグを持って部屋の出口へ向かう。

 ドアノブに手をかけたところで、一度彼の方を振り向いた。

 窓から射し込む夕陽が、少しだけまぶしい。

 

「プロデューサー」

「なんだ?」

「……ありがとう」

 

 返事は聞かずに、勢いよく廊下へ足を踏み出す。

 最初に扉を開けた時とは正反対の、清々しい気分だった。

 




とりあえずこれで飛鳥の恋心に関するお話は一段落です。次回からはまた通常のエピソード(時々飛鳥によるPへのアプローチ付き)をお送りいたします。蘭子もガンガン出番あるよ。

感想・評価などあれば気軽に送ってもらえるとありがたし、です。
気づけば本作も10万文字到達。完結まで頑張っていきます。

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