彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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中二病との初詣

 クリスマスが終わってからは、来年を気持ちよく迎えるための最後の一仕事に明け暮れる日々だった。

 正月くらいはゆっくりしたいので、年内に片付けられる書類やら交渉やらは全部終わらせた。

 さらに、年の瀬といえばやはり大掃除ということで、普段の生活スペースの清掃も頑張った。アパートの自室はひとりでの掃除だったが、事務所の部屋の方はアスカ、蘭子と一緒に3人で取りかかった。

 いつの間にか女の子の私物が増えているこの部屋を、日頃お世話になっている感謝もこめながら、ピカピカの状態に仕上げてやった。作業を終えた後、3人揃って満足感とともに汗をぬぐったのは言うまでもない。

 2人とも、普段若い子特有のファッションをしている割には、三角頭巾や雑巾がよく似合っていたような気がする。将来はいいママさんになるのかもしれない。

 

 ――そんな感じでやることはなんとかすべてやり切って、無事に新年を迎えることができた。

 年初めの休日は家でごろごろする……というのも魅力的な案だが、今日は朝から出かける用事がある。

 

「そろそろ行くか」

 

 数件送られてきていたあけおめメールに返信し終わったところで、時計を確認すると午前9時。

 今から家を出れば、ちょうど待ち合わせの時間に間に合う計算だ。

 

 

 

 

 

 

「あけましておめでとう、プロデューサー」

「新世界の目覚め、開闢の時を祝おうではないか(あけましておめでとうございます!)」

「あけましておめでとう。今年もよろしく、2人とも」

 

 プロダクションからそこそこ近場にある神社。そこの鳥居の前で、俺達3人は新年のあいさつを交わしていた。

 ここに集まった目的は、もちろん初詣。3日前の大掃除が終わった際、蘭子の発案により一緒に行くことが決まったのだった。

 

「それにしても、人が多いね」

「東京はもともと人口密度高いしな」

 

 普段は人混みが落ち着く2日以降に初詣を行うので、神社にこれだけ人が集まっている光景を見るのは本当に久しぶりだ。

 

「でもよかったのか? ここ、学業の神様が祀られているところじゃないけど」

「試練の突破に闇の祝福を……(受験のために、そういう神社に行った方がいいんじゃ……)」

「いいんだよ、ここで」

 

 俺と蘭子の問いに首を横に振るアスカ。別に遠慮しているとか、そういう様子ではない。

 

「そういう場所は、今の時期受験生であふれかえるだろう? 学業の神様とやらも、あまり大勢の願い事を一度に聞かされたら疲れてしまうかもしれない。一方この神社は、人が多いと言っても潰されるほどじゃない。だからきちんとお願いをすれば気合いを入れてご利益をくれる。そんな考え方もできるだろう?」

「むう、まさに天地逆転の業……(逆転の発想だね)」

「アスカがそれでいいんなら、俺もこれ以上は言わないよ」

 

 相変わらず、絶妙にマイノリティを好む子だ。そこが彼女の魅力でもあるんだが。

 まあ、神様は神様だ。真剣な祈りはきっと聞き届けてくれるに違いない。

 

「じゃあ、行くか」

 

 俺が先導して、3人で人混みの中をゆっくりと進み始める。

 蘭子が出店のわたあめに興味を惹かれたりしていたが、まずはお参りをしてからだと言って諦めさせた。

 他愛のない雑談を重ねながら石段を上り、境内にたどり着く。露店が並んでいた下の空間よりも、人は少ない。

 

「………」

「蘭子? どうかしたか」

 

 自分の履いている黒のブーツをじっと見つめている蘭子に声をかけると、なぜか彼女はクククと奇妙な笑い声を漏らし始めた。

 

「魔力が増している……! (去年上った時より疲れてない……)」

 

 昨年も同じくらいの段数の石段を上ったらしいのだが、その時よりも全然足が疲れていないとのこと。

 

「あぁ、それはボクも感じた。ダンスのレッスンで下半身が鍛えられたんだろうね」

「私の進化は無限! (体力ついてうれしいな)」

「よかったな、2人とも。俺は去年より若干体力落ちたかも」

 

 基本、机に座って仕事しているだけだしなあ。移動もほとんど車だし。学生時代の貯金がどんどん失われていく気分だ。

 そんなおっさん特有の悩みは置いといて、人の流れに従って社の前まで移動する。

 

「プロデューサーは、お賽銭にいくら使うんだい」

「王道の5円。君達は?」

「ボクも蘭子も100円だよ」

 

 俺が小さい頃なんかは100円なんてもったいなくて入れられなかったものだが、最近の子供はやっぱりお小遣いとか多めなのだろうか。

 まあ、5円はご縁があるから金額の問題じゃない。堂々と賽銭箱に入れてやればいいのだ。

 

「よし」

 

 鈴の数はちょうど3つなので、それぞれひとつずつ手に取ってがらがらと鳴らす。

 2回礼をして2回拍手、最後にもう一度礼。一応これが正しい参拝の仕方らしい。

ちらりと横をうかがうと、蘭子がぎこちない動きで俺の作法を真似ていた。今までの自分のやり方とは違っていたようだ。

目を閉じて、今年の願い事を神様に伝えることにする。

 アスカと蘭子が順調に人気を伸ばせますように――いや、これは俺のプロデュース次第か。せっかく神頼みするなら、自分の力ではどうにもならないところを願った方がお得な気がする。

 あまり時間をかけると後ろの人達に迷惑がかかるので、次に頭に浮かんだ内容を祈っておくことした。

 ――アスカが無事志望校に合格できますように。

 来年はきっと、蘭子の受験についてお願いすることになると思う。

 目を開けると、ちょうど2人もお祈りを終えたところだった。彼女達はどんなことを願ったのか。まあ、こういうのは聞くものじゃないかな。

 

「おみくじ引くか」

 

 次の人達に鈴を譲って、おみくじ売場へ足を進める。1回100円だが、これは俺が3人分出そう。

 

「いいのかい?」

「これくらいは大人として当然だって」

「寛容な魂に感謝を送るわ(ありがとう、プロデューサー)」

 

 お礼を言われながら、おみくじを引いた結果。

 

「おっ、大吉だ。久しぶりだなー」

「ボクは……小吉か。まあ、自分の道を進むぶんにはちょうどいいかもしれない」

 

 小さくガッツポーズをとる俺と、なにやら納得したようにうんうんとうなずくアスカ。

 

「………」

 

 そして、残るひとりはがっくりとうなだれていた。

 見せてもらうと、予想通り『凶』の文字が。

 

「……うん、大凶じゃないだけよかったじゃないか」

 

 ぽんぽんと肩を叩きながら、なんとも微妙なアスカのフォローが飛ぶ。ちなみに、ここの神社は確か大凶のくじを入れていないと聞いたことがあるので、凶が実質一番悪い結果だったりする。さすがにこの状況でそんな残酷な事実を告げたりはしないが。

 

「うう……あ、悪魔は神に頼らない……(気にしてないもん)」

「まあまあ。あっちの木に結べば不運も飛んでいくから」

 

 今時珍しいくらいに純粋な子だから、おみくじの結果ひとつとっても感情の振れ幅が大きいのだろう。

 強がる蘭子を慰めながら、俺は改めて自分のおみくじの内容を確認してみる。

 大吉だけあって、どの項目も基本的にいい結果になるだろうと書かれていた。仕事に関しても思うままに進めればうまくいくらしい。

恋愛に関して大きな変化ありと書いてあるけど、何か出会いがあったりするのだろうか。変化があると言っているだけだから、いい方にも悪い方にも受け取れるのがちょっとずるいと思う。

 

「蘭子、気にする必要はない。ボク達のそばには大吉のプロデューサーがいるんだから、キミの凶を打ち消して余りある幸運を与えてくれるだろうさ」

「アスカちゃん……」

 

 なぜか互いの手と手を合わせて見つめ合っているアスカと蘭子。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、仲睦まじいのはいいことだ。

 

「あれ、あそこにいるのは」

 

 何の気なしに周囲を見渡していると、おみくじを結ぶ木の近くに見知った顔がいることに気づく。

 向こうも俺達の姿を見つけたようで、小さく礼をしながらこちらに近づいてきた。

 

「鷹富士さん。あけましておめでとうございます」

「はい、あけましておめでとうございます」

 

 鷹富士(たかふじ)茄子(かこ)さん。346プロに所属するアイドルのひとりで、俺も何度かお話ししたことがある女性だ。蘭子達も、一度くらいはあいさつをしたことがあるんじゃないかと思う。

 

「お二人も、あけましておめでとうございます」

 

 彼女のあいさつに、2人もぺこりとお辞儀をして対応する。やはり面識はあるようだ。

 

「そういえば、鷹富士さんは元旦生まれでしたか。ということは、お誕生日おめでとうございます、ですね」

「あ、覚えていてくれたんですね。うれしいです」

 

 ニコリと柔和な笑みを見せる鷹富士さん。正月から彼女と出会えるとはラッキーだ。

 というのも、この鷹富士茄子さんは異常に運がいいことで有名で、宝くじを当てた回数も数知れずなんだとか。社内の一部では『幸運の女神』と呼ばれているくらいだ。

 

「蘭子。彼女に握手してもらったらどうだい? 多分相当な幸運をわけてもらえると思うよ」

 

 アスカがそんな思いつきの提案をした瞬間、蘭子の肩がぴくりと動いた。

 うつむき気味だった顔が徐々に上を向き、その視線が鷹富士さんをじっと捉える。

 

「……あの、なにか?」

「わ、私に女神の祝福を! (ラッキーわけてくださいお願いします!)」

 

 悪魔は神に頼らないが、鷹富士さんには頼るらしい。

 俺から軽く事情を説明すると、彼女は喜んで蘭子と握手をしてくれた。

 救いの女神に目を輝かせる友人の姿を、アスカは微笑ましげに見つめている。

 

「アスカも握手してもらったらどうだ?」

「ボクはいい。蘭子の取り分が減っても困るしね」

 

 マフラーの位置を正しながら、彼女は白い息とともにそう答えた。

 

「それに、今日はすでに十分なだけの幸せを感じられている」

「え? でもおみくじは小吉だったし」

「それ以前の話さ」

 

 くるりと俺の方を振り向くと、アスカは屈託のない笑みを浮かべて。

 

「一年の始まりをキミ達と迎えることができた。ボクにとっては、それだけで非常にうれしいことだ」

 

 なんて、びっくりするほど可愛げのあるセリフを臆面もなく言い放ったのだった。

 あまりに可愛らしかったので、つい髪型が崩れない程度に頭を撫でまわしてしまった。

 なでなでされている間の、口では嫌がりながらも意外とまんざらでもなさそうな表情が印象に残った。

 




鷹富士茄子(たかふじ かこ)さんです。最初にたかふじ なすと読んでしまった私を許してください。

感想・評価などあれば気軽に送ってもらえるとありがたし、です。
最近は大凶の入っていないおみくじも増えているそうで、私も人生で一度しか引いた覚えがありません。

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