彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
「寒っ」
屋上に出た瞬間、俺は上に何か羽織ってこなかったことを後悔した。
耐えられないほどではないが、スーツ姿で長時間こんなところにいたら風邪をひいてしまいそうだ。
そしてそんな寒空の下、本当に彼女はそこにいた。
手すりに手をかけ、クリスマス用にイルミネイトされた街並みを静かに眺めている。
コートにマフラー、手袋と、防寒対策はちゃんとしているようだ。
「アスカ」
近寄りながら呼びかけると、彼女はゆっくりと顔だけこちらに向けた。
「前にも、似たようなことがあったね。ボクが屋上でぼーっとしている最中、キミが突然現れたんだ」
「そういえば、そんなこともあったか」
俺がアスカに、元中二病患者であることを明かした日。思えばあの頃から、この子や蘭子との距離が徐々に縮まり始めた……そんな気がする。
「あの日はまだ春だったから、吐く息が白いなんてこともなかったな」
「あぁ。ところでプロデューサー、その恰好で寒くないのかい」
「……気にするな」
きまりが悪くなって視線を逸らした俺を見て、ため息をつくアスカ。
「すぐ戻るから気にしないでいいと言ったのに、どうして」
「なんとなくだよ」
「なんとなくって……」
「アスカだって、なんとなくでここに来たんじゃないのか?」
「……まあ、それはそうだ。明確な理由を持たないのはお互い様か」
妙に納得したような表情を浮かべ、彼女は小さく笑う。
俺は背広のポケットからある物を取り出し、不意に彼女に向けて軽く放った。
「うわっ……と」
びっくりしながらもナイスキャッチして、自分が両手につかんだ物をしげしげと眺める。
俺が今渡したのは、微糖のホット缶コーヒー。
「寒いところにいるのなら、せめて身体はあっためておかないとな」
ポケットからもうひとつ、自分用の缶コーヒーを取り出しながら、俺は彼女に笑いかける。
「……ありがとう」
マフラーに顔をうずめながら、アスカはくぐもった声でお礼の返事をした。
「ツリーの照明、きれいだな」
缶の口を開け、お互いコーヒーを飲みながら夜景に視線をやる。
商店街の中央に設置された大きなクリスマスツリーが、今日の主役は俺だと言わんばかりの存在感を放っていた。
「カップルも多いね」
「幸せそうで何よりだ」
「羨ましそうだね。『リア充爆発しろ』とか思うクチかい」
にやりと口元を歪めて、アスカはそう尋ねてくる。俺、そんなに陰気な顔をしているのだろうか。
「学生の頃は思ってたかもしれないなあ」
「へえ、じゃあ今は違うと」
「ああ。確かに彼女とか欲しいのは事実だけど、俺も十分リアルは充実してるし」
「そうなのかい?」
「他人事みたいに言うなよ。君達が頑張ってくれてるおかげなんだから」
隣にあるアスカの肩に手を置いて、俺は彼女の驚いたような顔をじっと見つめる。
「俺の仕事はアイドルのプロデューサーで、目標は担当アイドルを輝かせることだ。それがうまくいっているからこそ、今の生活は充実している」
仕事中毒というわけではないが、働いている自分に人生の幸せというやつを見出しても問題はないだろう。
好きな分野の仕事をして、結果を出すというのはいいもんだ。
「……ボクも同じさ。アイドルという仕事に励む中で、決して少なくない充足感を得られている」
「だったら、俺も君もリア充ってことで間違いないな」
「その通りだ。そこかしこで腕を組んで密着しているカップルにも、ボク達は堂々と張りあえる」
そう言って、アスカは楽しそうに微笑む。たまにこうして見せてくる彼女の純粋な笑顔は、本当に可愛らしいと俺は思う。
「プロデューサー」
「ん?」
「ボクがなぜひとりで屋上に来たのか、わかるかい」
「わかるかいって……さっきなんとなくって言っていたじゃないか」
「明確な理由がないにしろ、人の行動の背景には必ず何か要因があるものだろう。それを当ててほしい」
「また難しいことを言うなあ」
「面倒臭いところが、ボクの特徴なんでね」
よくわからないが、いつの間にかクイズみたいな流れになっている。
他人の心情を推測するというのはなかなか難しいが……一応、考えてみるか。
「俺の勝手な予想でいいんだよな」
こくりとうなずくアスカ。俺を試すような視線を向けている。
正解しても特に景品とかはないんだろうけど、俺なりの推理のもと俺なりに納得がいく解答を述べることにした。
「アスカは、別に騒がしい空気は嫌いじゃない。だからパーティーそのものが嫌で抜け出したわけじゃない」
「うん」
「ただ、大勢でにぎやかに過ごしていると……なんていうのか、自分がどこにいるのか一瞬わからなくなる。喧騒の中にいる自分が、本当に自分自身なのかどうかが無性に不安になる」
俺も昔は、たまにそんなことを考えていた。カッコつけて過去の文豪の作品を読み漁っていると、時々やたらと自己という存在を省みようとしている文章に出くわしたりしたのだ。たいして出来の良くない頭で偉大な文豪達の思考をトレースしようとして、結局わけがわからなくなり、無理して考え込むだけのドツボにはまる。『なんちゃって自己分析』の時代である。
アスカが俺と同じ経験をしているとまでは思わないが、少しくらい共通する部分はあるのかもしれない。
「そんな時は、ひとりになって静かに自分自身を見つめ直したくなる。その場所として夜の屋上を選んだのは……ただの気分かな。つまり、ひとりになろうとした行為自体には理由があるけど、それでこの場所に来たのは本当になんとなくってことか」
さて、こんな感じでどうだろうか。
そう思ってアスカの様子をうかがうと……彼女は目を閉じて穏やかな表情を浮かべていた。
「すごいな、ほぼ当たりだ。付け加えて言うなら、ひとりになろうとした理由には『母からのクリスマスメールに返事をしたかったから』というものもあるけど。それ以外は正解」
「マジか……元中二病なぶん、予想が当たりやすかったってことかな」
「実は今でもそうなんじゃないかい?」
「まさか。……うん、きっと違う」
中二的思考をしようと思えばできるような気がするのは否定しないが。
「キミは、ボクのことを本当によく理解している」
「全部ってわけじゃないけどな。でも、担当アイドルのことはできるだけわかってあげたいと思うから」
「それは、ありがたい話だね」
静かな口調で語りながら、アスカは閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
そして俺の方を見て、一呼吸置いてからこう言った。
「……いつか、キミが答えを教えてくれるのかな」
何かを期待するような、すがるような。
深い感情のこもったような目で、彼女は俺を見ていた。
「答えって、なんの」
「それは……」
返答に口ごもるアスカ。
どれくらいかわからないが、無言の時間が俺達の間に流れた。
「それは」
やがて彼女は小さく笑ったかと思うと、俺から視線を外して正面の夜景に目を向ける。
「今はまだ、話しても意味のないことかな」
「おいおい、そこまで言って焦らすのか」
「悪いね」
「いいけどさ。でも、何か困ったことがあるならすぐに相談するんだぞ」
「大丈夫。そういう類の話ではないよ」
それなら、今すぐ問い質す必要はないか。アスカが話したいと思う時まで待ってあげるべきだろう。
彼女も思春期の女の子だ。コミュニケーションには積極性以外の要素も必要――
「ん?」
ふと、頬に冷たい感覚が。
反射的に空を見上げると、視界に映ったのは舞い落ちる白く小さな粒の数々だった。
「天気予報の通り、降ってきたな」
「これで雪が積もればホワイトクリスマスだね」
あまり深く積もりすぎると移動が大変になって困るけれど、こうして雪が降る光景を見ること自体は俺も好きだ。大半の人達と同じく、俺もこういったものにロマンチックな何かを感じるから。
とはいえ、いつまでもここにいたら服が濡れてしまう。今は雪の勢いも弱いけど、いつ本降りになるかわからないし。
「結構時間も経ったし、そろそろ戻ろうか」
あんまり長居して、他のみんなを心配させるのもよくない。
常識的な判断のもと、俺は階段へ向けて歩き出そうとする。
しかし。
「……アスカ?」
くい、と右腕を引っ張られる感覚。
振り返ると、アスカの右手がスーツの袖を控えめにつまんでいた。
「もう少しだけ、ここにいたい」
「でも」
「わかっている。けど、駄目かな」
小声とともに、上目遣いで見つめられる。
珍しく、彼女が俺にわがままを言った瞬間だった。
とはいえ、本当に些細なわがままだけど。
「ちょっとだけだぞ?」
「……あぁ。ありがとう」
少しの間、降り続ける雪を2人でぼんやりと眺める。
アスカが手袋をつけた左手を前に差し出すと、落ちてきた白い粒が次々とそれに染みこんでいった。
言葉もほとんど交わすことなく、ただ見えるものを見ているだけの時間。
今、この子がいったいどんなことを考えているのか。どうして俺を引き留めたのか。わからないけど、それはそれでかまわないと思った。
屋上を離れるまで、アスカの右手は俺の袖にくっついたままだった。
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