彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
12月24日。
東京の空は雲が覆っており、もしかするとホワイトクリスマスになるかもしれない――ラジオから流れるお天気情報を聞きながら、俺はひとり事務所備えつけの車を走らせていた。
今日は、2人に仕事をとってくるための営業が主な仕事だった。結果として、なかなかいい手ごたえを得ることができたと思う。
すでに時刻は午後4時をまわっているが、俺の気持ちは晴れやかだった。
『続いては、最近の流行についてゲストが熱く語るコーナー。今回のテーマは、ずばりアイドルブームについてです』
運転中はだいたい流しっぱなしにしているカーラジオから、興味を惹かれる単語が出てきた。
あまりそちらに集中しすぎないように気をつけつつ、番組ゲストの男性俳優の言葉に耳を傾ける。
『アイドル人気の再燃にともなって、多種多様な持ち味を備えたアイドル達が登場してきています。いわゆるアクが強いと言われる層も増加中です』
『たとえば、どのような?』
『私が最近見た中ですごいなと思ったのは、ダークイルミネイトという若い子のユニットですかねえ』
うん?
今、うちの2人組の名前が出なかったか?
運転中でなければびっくりして硬直していたかもしれないが、さすがにこの状況でハンドルから手を離すわけにはいかない。
何を言われるのだろうか。叩かれやしないだろうか。若干手に汗がにじんできた気がする。
『半年前くらいにデビューした女の子2人なんですが、片方の子が何を言っているのかわからないんですよ』
『わからない? それはどういう意味ですか』
『日本語なのは間違いないんですけど、やたら難しい言い回しを好むというか。ああいうの、中二病と言うんでしたっけ。何度かトークを聞いたことがありますが、色々な意味ですごいな、と』
「まあ、初見の反応は普通そうだよな」
ああいう言い回しを好む人種が存在するという前提を知らなければ、大半の人間は蘭子の言動に戸惑うしかないだろう。
『それで、時々もうひとりの子が翻訳みたいなことをするんです。でも実はその子の方も結構変わっていて、どちらの個性も潰れていないんですよね。だから癖になるっていうか』
『随分お詳しいようですが、ひょっとしてファンですか?』
『ええ。いくつかファンを掛け持ちしているんですが、そのうちのひとつです。歌や踊りもだんだんうまくなっていくのがわかるから、発展途上のアイドルを見るのは結構楽しいですよ』
『なるほど』
この俳優、あの子達のファンだったのか。アイドルオタクのお兄さんだというのは有名だから知っていたけど……驚いたし、素直にうれしい。
蘭子の言葉遣いは確かに難解だけど、文脈などから判断すればニュアンスをくみ取るくらいは可能だ。それにお客さんへの感謝を示すときはちゃんと『ありがとうございます!』と言うから、大事な気持ちは真っ直ぐ彼らに伝わる。だからこそ、ファンの数も右肩上がりなのだと思う。
「帰ったら、2人に教えてあげるか」
有名人からも支持されているとわかれば、自信にもつながるだろう。
アスカあたりはなんでもないような態度をとりそうだが、少なくとも教えてマイナスになるようなことではない。
*
そして、その日の夜。つまりクリスマスイブ。
『メリークリスマス!』
いっせいにひもを引かれたクラッカーの破裂音が、会議室に心地よく鳴り響く。
せっかくのお祝い事なのだからということで、蘭子やアスカが普段仲良くしているアイドル達とクリスマスパーティーを行うことに決まったのが5日前。
そこから俺を含む彼女達のプロデューサーが部屋を私事で使用する許可をとりつけたりして、無事今夜パーティーを開催することができた。
食べ物の方はアイドル達に任せていたのだが、肉に野菜に果物に、テーブルに所狭しとおいしそうな料理が並んでいる。基本的に既製品を買ってきただけのようだが、この量を用意しただけでも十分だろう。七面鳥あたりは誰かがちゃんと焼いたみたいだし。
「おー、いい感じに中まで焼けてる。やるな、みく」
「これくらいどうってことないにゃ。えっへん」
「ご褒美にサバ味噌食べるか?」
「お魚はNGにゃ! Pチャンわかってて言ってるでしょ」
前川さんと彼女のプロデューサーが戯れながら話している。
なるほど、彼女が焼いたのか。俺もひとついただこう。
七面鳥なんて普段口にしないから、こういう時に食べるとうまいんだよな。
「……うん。おいしい」
これもちゃんと火が通っている。焦げもほとんどないし。多分俺がやったらもっと黒い部分が増えそうだ。
「前川さん、料理できるんだな」
「それ、焼いたのは多分ボクだよ」
「え?」
独り言に反応されたので振り向くと、いつの間にか隣にアスカが立っていた。
「七面鳥の担当はボクと彼女の2人だったんだ。はっきり記憶しているわけではないけど、そこに置いていたのはボクが焼いたもののはずだ」
「そうだったのか。ということは、アスカも料理上手なんだな」
「別にうまくはないさ。肉を焼いただけなんだから」
「今年ももうすぐ終わりだな」
「おそらく……いや、間違いなくボクの人生で最も濃密な1年だった。ありがとう、プロデューサー」
「どういたしまして。俺の方も、プロデュースさせてくれて感謝してる」
互いにお礼を言い合って、2人して笑う。
ここまでは順調にアイドルの道をひた走っているが、いずれ大きな壁にぶつかることもあるだろう。
その時、互いに支え合って乗り越えていけるかどうか。それを可能にするためにも、彼女達との良い関係がこのまま続けばいいなと願っている。
*
「ふー」
会議室をいったん抜けて、トイレで用を足してきた帰り道。
「プレゼントは、帰り際に渡せばいいか」
千川さんにヘルプを頼み、俺なりに頑張って選んだ担当アイドル達へのプレゼント。
今はみんなとわいわい騒いでいるし、もう少し落ち着いた時に出すことにしよう。
喜んでもらえればいいなと考えていると、携帯に着信が。
相手は……凛か。確か今は仕事で東京を離れているんだったな。
「もしもし」
『メリークリスマス。今ひとりぼっちだったりしない? 大丈夫?』
大丈夫? って……これでイエスと返したらどうなるんだろうか。
だが、ありがたいことに俺は孤独なクリスマスイブを回避することに成功しているので、素直にその旨を伝えることにする。
「アイドルとプロデューサー、そこそこの人数で集まってパーティー中だよ」
『へえ、そうなんだ』
「微妙に残念そうな声に聞こえるんだが、気のせいか」
『被害妄想だと思う』
若干笑いを含んだ声で答える凛。さすがに俺の不幸を願っているわけではないよな。多分。
「そっちは?」
『こっちも似たようなものかな。ロケで一緒になったメンバーで食事中』
「そうか。楽しめよ」
『うん。……来年は、いい人と2人きりで過ごせるといいね』
「大きなお世話だ」
他愛のない会話をして、通話を切る。
時々あいつは母親みたいなことを言う。俺ってそんなに子供っぽいだろうか。
今は、こうして大勢でにぎやかに騒ぐクリスマスも悪くないと思うんだが……。
「む、帰還したか我が同胞(おかえりなさい、プロデューサー)」
「ただいま」
会議室に戻ると、ちょうど入口付近に立っていた蘭子が出迎えてくれる。
そのまま部屋全体を見渡した俺は、あることに気づいた。
「あれ、アスカは?」
「凍える塔の頂上へ(屋上に行くって)」
「屋上?」
そりゃまたどうして。
「夜風に当たりに行くって言っていたにゃ」
「すぐ戻るから気にしなくていいってさ」
「わいわい騒ぎましたし、ちょっとひとりで落ち着きたいのかもしれません」
他のアイドル達も集まってきて、詳しい事情を説明してくれた。
……しかし、冬の夜の屋上ってかなり冷えるぞ。風邪ひかないか少し心配だ。アスカももうすぐ15歳だし、その辺はちゃんとわきまえているとは思うけど。
「うーん」
「如何かしたの? (どうかした?)」
「いや」
きょとんと首をかしげる蘭子に、俺は……。
「ちょっと屋上に行ってみるよ」
やっぱり気になるので、様子を見に行く旨を伝えた。