彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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ある日のストーキングアイドル達

 12月。

 本格的な寒さが到来し、道行く人々の多くがマフラーや手袋、コートを身に着けている。

 つい先日、東京でも初雪が観測された。気象庁の発表によると、今年の冬は寒いらしく、空から白い粒が落ちてくる機会も増えるのだそうだ。

 そんな師走の時期のとある日に、プロデューサーは駅前でひとりの女性と待ち合わせをしていた。

 

「ごめんなさい。待たせちゃったかしら」

「いや、ほんの10分くらいだ。それにまだ約束の時間5分前だし、問題ないよ」

 

 時刻は午前10時25分。人混みを抜けてやって来たのは、待ち人である千川ちひろ。

 彼にとっては職場の同僚であり、同時に中学時代のクラスメイトでもある女性だ。

 今日は平日だが、2人とも全休をとっているので346プロに出社する必要はない。

 

「そのジャケット、もこもこしていてあったかそうね」

「だろう? これ一着で防寒対策はばっちり、俺のお気に入りだ」

 

 彼が着ているのは黒のジャケット。少々かさばるのが難点だが、そこに目をつぶってでも使いたいというのが素直な気持ちである。自分が寒がりだと自覚している彼にとって、それは当然の判断だ。

 一方のちひろの服装は、白のダッフルコートに黒のロングスカート。色合い的にも相性バッチリで、一言で評するなら彼女によく似合っていた。

 

「ファッションセンス高そうだな」

「ふふ、ありがとう。アイドルのプロデューサーに褒められるとうれしいな」

「まあ、それなりに目は肥えてるからな。専門ではないにしろ」

 

 見上げれば青空。今日は雪が降る心配はなさそうだ。

 

「立ち止まっていても始まらないし、そろそろ行きましょうか」

「そうだな。今日はよろしく頼む」

「ええ、よろしく頼まれます」

 

 仕事中に見せるものよりも気安さを感じさせる笑顔とともに、ちひろはゆっくりと歩き出す。彼もすぐに彼女の横に並び、最初の目的地へと足を進めることにした。

 

 

 ――そんな2人のやりとりを、遠くから偶然目撃していた人物が一名。

 いつものゴスロリだけでは寒いので、上から黒のコートを着込んでいるその少女は、見知った大人達が休日に一緒に出かけているという事実からひとつの答えを導き出した。

 

「もしや、禁断の逢瀬? (もしかして、デート?)」

 

 彼らをじーっと視線で追いながら、少女――神崎蘭子は、とりあえず親友にメールを送って意見を求めることにした。

 

 

 

 

 

 

『我が同胞と美麗なる支援者が逢瀬の最中やもしれん(プロデューサーとちひろさんがデート中かも!)』

 

 という内容のメールを受け取った飛鳥は、蘭子の要請によりとりあえず渋谷の街まで出てくることになった。

 

「……それで、なぜ彼女達までいる?」

 

 指示された場所に到着した彼女は、そこで待っていたのが蘭子ひとりではないことに気づく。

 

「やっぱり社内恋愛なのかにゃ?」

「なんかこうやって追跡するのって燃えるよね。ある意味ロックって言えそうじゃない?」

「サイキック尾行! まずは視力を強化してお二方の様子をばっちり捉えてみせます」

「指で丸眼鏡作るだけで視力上がったら苦労しないにゃ……」

 

 電柱に身を隠し、数メートル先の店先に立つプロデューサーとちひろを観察する3人。

 前川みく、多田李衣菜、堀裕子。先日女子会を開いたメンバーが、どういうわけか一同に会していた。

 

「神の戯れにより言霊が亜空間へ……(うっかりメールの送り先間違えちゃった)」

 

 てへ、と頬をかく蘭子。

 どうやら飛鳥にメールを送ろうとした際、最初に間違えて宛先をみくにしてしまったらしい。そしてメールの内容に興味を持った彼女が、暇な人間を集めて追跡隊を結成したとのこと。

 

「わざわざこんなことのために集まるなんて、キミ達も結構物好きのようだね」

「暇だったしちょうどよかったにゃ。それに物好きって言うけど、飛鳥チャンもここに来てる時点で人のこと言えないにゃ」

「……ボクは、自分のプロデューサーのことだから。まあ、物好きなのは自覚しているけどね」

 

 二宮飛鳥という人間は、人の心のありようというものにそれなりの関心を持っている。

 だから、身近な人物が恋愛しているかもしれないと聞けば、好奇心をそそられるのは必然だった。それ以外の理由は、特にない……はず、と自己分析。

 

「ほら、話してばっかりだと見失うよ」

「血が昂ぶるぞ(わくわくするねっ)」

 

 李衣菜に注意を受け、みくは再びプロデューサー達に視線を戻す。

 電柱にくっついている4人の少し後ろから、飛鳥も彼ら2人の観察を始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 尾行開始から約2時間。

 

「なーんかあちこちの店を出たり入ったりで面白みに欠けるなあ」

「突然路上でキスとかしないんですかねー」

 

 テーブルの上にだらんと上半身を乗せる李衣菜と裕子。だんだん退屈になってきたらしい。

 お昼時になって、追跡対象の2人はスパゲッティ専門店へと入店。飛鳥達5人もそれにならって店内に入り、2人から適度に距離をとった席に腰を下ろした。

 現在、注文した料理の到着を待っている最中である。

 

「ここまで訪れたのは、服屋に靴屋におもちゃ屋……」

「あと石を売っているお店にも行ったにゃ。結局何も買ってないみたいだけど」

 

 みくと一緒に、ここまでの彼らの行動をまとめる飛鳥。

 推測するなら、ウインドウショッピングを楽しんでいるということになるのだが……なんとなく彼女は、頭に引っかかるものを感じていた。

 

「飛鳥ちゃん、どうかしましたか?」

「なんというか、デートをしている雰囲気には見えないような」

「? どういう意味ですか」

「それは」

 

 彼女が違和感のかけらを裕子に説明しようとしたちょうどその時。

 

「お待たせしました! カルボナーラをご注文のお客様は……」

「あ、はい。私です。……うわあ、これはおいしそうですね!」

 

 店員が裕子のカルボナーラを持ってきたことで、話が中断されてしまった。

 その後すぐに残りの料理も運ばれてきて、結局飛鳥は心の中のもやもやを語るタイミングを逸したのだった。

 

「そういえばこの前、ありすチャンがいちごパスタっていう料理について話してたんだけど」

「いちごパスタ……面妖な響き(なんだかすごそう)」

「あー、あれは食べない方がいいよ。そういう料理は一応あるらしいんだけど、あの子が作ったやつはちょっと……うん」

「李衣菜チャンの目が死んでるにゃ……」

 

 ちょくちょくプロデューサーとちひろの様子をうかがいつつ、楽しいランチタイムを過ごす一同だった。

 

 

 

 

 

 

 午後になって2人が訪れたのは、大通りからは目立たない位置にあるアクセサリーショップだった。

 

「えっ? あの2人って中学の頃同級生だったの?」

「あれ、みくちゃん今まで知らなかったの?」

「そこそこ話広がっていますよ。私も聞きましたし」

 

 見つからないよう物陰に隠れつつ、同じく店内に入り追跡を続ける5人。

 小声のやり取りの中で、みくがプロデューサーとちひろの関係性に驚いたりしている。

 

「これぞ宿命。ラグナロクの刻より定められし縁……(素敵なつながりだよねー)」

「確かに。偶然の再会っていうのがいい感じにゃ」

「まさにロックだね」

「サイキックご縁ですね」

「どっちも違う気がするにゃ。特にロック」

「なんで? ロ(マンチ)ックじゃん」

「無理ありすぎるにゃ!」

 

 自らの信じるものにこだわる李衣菜と裕子と、それにツッコミを入れるみく。

 そんな中、ひとりだけ無言を貫いている少女がいた。

 

「静かに。あまり騒いでいると見つかる」

 

 飛鳥の鋭さをもった一言に、一同思わず押し黙る。

 

「な、なんだか飛鳥チャンが一番気合い入ってないかにゃ?」

「こういうの、結構好きなんじゃないの? それか、よっぽどあの2人の様子が気になるか」

 

 ひそひそ声で会話を交わすみくと李衣菜達を尻目に、飛鳥は少しずつプロデューサー達との距離を詰めていく。その瞳は真剣そのものだ。

 せめて、2人の話し声が聞き取れるくらいまで近づければ――そう思いながら、足音を立てないよう十二分に注意を払う。

 

「………」

 

 どうにも、おかしい。自分の気持ちがよくわからない。

 やけに2人のことが気になる。心の内から湧き上がる衝動に従って、彼女はただ歩き続ける。

 

「――これなんかどう?」

「おお、可愛いな」

 

 そして、ようやく耳を澄ませば会話の内容を把握できる位置まで到達した。

 ちらりと物陰から顔を出すと、ちひろが何かのアクセサリーをプロデューサーに見せている光景が目に入った。

 心臓の鼓動が、いやにはっきりと感じられる。

 

「とりあえず候補に入れておこう。まだ時間はあるし」

「そうね。まだ2週間くらいあるもの」

 

 2週間。

 今日は12月11日。約2週間後、何があるか……そこまで考えて、飛鳥はもしやという解に思い至った。

 

「アスカも蘭子もいつも頑張ってくれてるからな。ちゃんと喜んでもらえるプレゼントを選ばないと」

「役に立てるよう頑張るわね」

「ありがとう。千川さんのアドバイスのおかげで作業が捗ってる」

「これくらいの頼みなら、元クラスメイトのよしみでいつでも聞いてあげるわよ」

 

 ――そうか。そういうことだったのか。

 

「……ふう」

 

 疑問がすべて氷解していくのを感じながら、飛鳥はほっと息をつく。いつの間にか、無意識に息を止めてしまっていたらしい。見つかるまいと緊張していたためだろうか。

 ともあれ、もうこの場にとどまっている理由は存在しない。くるりと踵を返し、静かに出口へと向かう。

 

「あ、戻って来た。アスカちゃん、どうだったにゃ?」

「帰ろう。これ以上ここにいても面白いものは見られないよ」

「え、どういう意味ですかそれ」

 

 他のメンバーに撤退を呼びかける彼女。突然の提案に4人は困惑している。

 

「楽しみは、後にとっておいた方がいいからね」

「む? 我が友、それはどのような意味で」

「秘密」

 

 蘭子に向けて意味深な笑みを見せて、飛鳥はアクセサリーショップから出ていってしまう。

 

「ちょ、ちょっと待つにゃ!」

「ちゃんと納得いく説明してよー」

「消化不良になってしまいます」

「世界の深淵に触れたかっ(秘密ってなにー?)」

 

 自分のあとを追ってくる4人を引き連れながら、彼女は近い未来にもらえるであろうクリスマスプレゼントに思いを馳せていた。

 

 




感想・評価などあれば気軽に送ってもらえるとありがたし、です。
蘭子・飛鳥・みくにゃん・だりーな・ユッコの5人。まとめてなんと呼べばいいのだろう。

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