彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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中二病とのCM収録

 昨日ぐっすり眠ったおかげで、アスカの体調は今朝にはもとに戻ったらしい。そう本人から電話で報告を受けた。

 でも、大事をとって本日のレッスンは休みにしているので、彼女は今日事務所には来ない。

 そんな日に、俺のもうひとりの担当アイドルはとある仕事を行うことになっていた。

 彼女にとっては初めての経験となる、CM収録である。

 

「だからって、そこまでガチガチになる必要ないんだぞ?」

「わ、我が第六感(シックス・センス)が告げている……破滅を呼ぶ呪いの訪れを!(緊張するなって言われても無理っ!)」

 

 現在、撮影現場まで蘭子を車で送迎中。あと10分ほどで着く予定だが、助手席でぶんぶんと首を横に振る彼女を見ていると、うまくいくのか不安になってきてしまう。

 

「初めてのCMとはいっても、大勢の観客の前でライブするよりはずっと楽だよ。そのくらいの気持ちで行った方がいい」

「………」

 

 これと同じようなことは、数日前から何度か口にしている。

 けれどそのたび、彼女は何とも言えない表情でうつむいたりそっぽを向いたりするだけである。

 今も、顔を下に向けて両手をいじいじとせわしなく動かしていた。

 ……実際のところ、彼女がここまで不安そうにしている理由はなんとなく察しがつく。

 

「アスカが横にいないと、ダメか?」

「……我が友なしでは、魔力が潤わぬ(アスカちゃんがいないと不安で不安で……)」

 

 アイドル候補生として俺の前に現れた時から、大舞台でライブを行ったあの時まで。

 何かしら大きなイベントを経験する際、蘭子のそばには必ずアスカがいた。2人はパートナーで、ダークイルミネイトというユニットの一員だから。

 だがユニットの知名度が上昇するにつれ、単独での仕事はどうしても増えてきてしまう。CM収録というプレッシャーがかかる仕事も、避けては通れない道なのだ。

 

「蘭子の気持ちはわかるよ」

 

 信号が赤になり、交差点の前でブレーキをかける。

 ここの信号は青になるまで時間がかかるから、少しくらい助手席の方を見ながら話してもかまわないだろう。

 

「高校の文化祭でさ、白雪姫の劇をやったんだ。この前の君達のライブと比べれば少ないもんだけど、それでも大勢の生徒の前で演技をすることになった。それなりに一生懸命練習して本番に臨んだわけだけど、ステージに他の誰かがいる時といない時じゃ緊張感が全然違ったんだよな」

 

 うつむいていた蘭子の視線が、ゆっくりとこちらに向けられる。

 上目遣いで見つめられながら、俺は昔の思い出を懐かしみつつ語り続ける。

 

「ひとりで長いセリフをしゃべってる時とか、心細くてしょうがなかった。失敗したらまずいとか、そういうネガティブな考えばかり出てきて、危うく覚えていたセリフが全部飛んでしまうところだったなあ」

「……成し遂げたの? (成功したの? それとも)」

「なんとかうまくいったよ。途中で開き直ったおかげで」

「開き直った?」

「そう、開き直った」

 

 思考の切り替えができなかったらどうなっていたのか。想像すると少し怖いくらいだ。

 

「目に見えるところに誰かがいなくても、それの何が問題なのかってな。視界に映ろうが映らまいが、仲間がいることに変わりはない。だったら絶対うまくできるはずだって、半分無理やり思いこむことにした」

「………」

「蘭子も同じさ。アスカは寮にいるけど、君を応援していることにいつだって変わりはない。もちろん俺もだ」

 

 昨日見舞いに行った時も、アスカは蘭子の様子を気にしていた。今日だって多分そうだろう。

 

「でも……」

 

 まだ元気は出せないのか、蘭子の表情は優れないままだ。

 

「わかりやすく言ってしまおうか」

 

 本人に直接聞いたわけではないが、蘭子はおそらく内気な自分をあの大仰な言葉遣いで奮い立たせている。

 だったら俺も、それにならって元気づけてやればいい。

 

「つまり、不可視の紐帯だ」

「!」

「蘭子よ、君には見えるはずだ。視覚などに頼らずとも、研ぎ澄まされた闇の直感がその存在を教えてくれる。ゆえに恐れるものなど何ひとつない、違うか?」

 

 彼女の瞳が大きく見開かれ、硬くなっていた表情が徐々に変化する。

 

「ふ、フフフ……そうね。アナタの言う通り」

 

 隣の信号が黄色になる。そろそろ運転に意識を集中しなければならない。

 

「我が名は神崎蘭子。闇に見初められた私に、不可能という事象は存在しない! (なんだってやってみせる! おーっ!)」

「ようやくいつもの調子に戻ってくれたな」

 

 蘭子が握りこぶしを掲げるのとほぼ同時に、正面の信号が青になった。

 ブレーキから足を離し、俺は再び目的地へと車を走らせる。

 

「大丈夫。蘭子はひとりでもできる子だ。プロデューサーである俺が保証する」

「うむ。……して同胞よ、アナタはいかなる役を演じたの(プロデューサー、白雪姫で何やったの?)」

「主演だった」

「主演……えっ? プロデューサーが白雪姫!?」

 

 オチもついたところで、いざ収録へ。

 

 

 

 

 

 

 CM収録といっても、今回はいわゆる全国で放送されるものではなく、関東ローカル用に作られるものの収録である。

 いずれ蘭子やアスカがアイドルとしてもっと有名になれば、それこそ全国区のCMへの出演が叶うこともきっとあるだろう。

 ちなみにCMの内容はスナック菓子の宣伝で、基本的に蘭子がおいしそうにお菓子を頬張るだけである。難易度的には決して高い部類には入らない。

 ただ、それでも一発OKになるほど楽というわけではもちろんなく。

 椅子に座ったりお菓子を手に取ったりするタイミングとか、食べた瞬間の表情の変化とか、見るべきポイントはたくさんある。

 

「カット!」

 

 男性監督の声が飛び、収録が一時中断される。

 ここまでの進捗具合は……まあ、良くもなければ悪くもない。

 我が子可愛さもあるかもしれないが、いつもの蘭子ならもっと早くOKをもらえていてもおかしくないはずだ。

 車内である程度緊張をほぐすことに成功したとはいえ、やはり本番になると身体が硬くなっているのが遠目でもはっきりわかった。

 こればかりは仕方ない。ライブよりマシとは言ったが、CMを録るのは彼女にとって初体験なのだから。誰だって初めてのことに対しては必要以上に身構えてしまうものである。

 

「神崎」

 

 監督が蘭子を呼び、いろいろと指示を行っている。

 結構口の動きが速いうえに、話す内容も多いようだった。蘭子も一生懸命頭に入れようとしている様子だが……。

 

「わかったか」

「え、えっと……」

「わかったかと聞いているんだ」

「その……あの」

 

 あちゃー。

 監督から逃げるように視線を逸らす彼女を見て、俺は心の中でそんな言葉を漏らしていた。

 今年40歳になるあの監督は、根は悪い人ではない。何度か話したことのある俺はそれを知っている。

 ただ、外見がコワモテで言い方も少々キツイところがある。単純に仕事にストイックなだけだと思うんだけど、初対面だと役者に怖がられることもしばしばだったり。特に蘭子のような子は萎縮してしまいがちだ。

 ……フォローした方がいいか。

 そう判断した俺は、壁際から2人がいる場所まで移動しようとする。

 が、一歩足を踏み出したその時、泳いでいた蘭子の視線が監督に向けられた。

 

「あの、私」

「なんだ」

 

 意味もなく動いていた両手を身体の横にくっつけ、顔を上げて息を大きく吸いこんで。

 

「わかりましたっ!! 頑張ります!!」

 

 意を決したように、精一杯の声で彼女は返事をした。

 おそらく彼女自身も想定していなかったほどの大声だったのだろう。現場の人間のほとんどの視線が一斉に蘭子に注がれた。

 

「あっ……あうう」

 

 周囲の反応に気づいておろおろし始める蘭子。

 そんな彼女の肩に、ポンと監督の大きな手が置かれた。

 

「いい返事だ」

「えっ?」

「収録中もそのくらいの元気の良さでいけ。そうしたら一発OK出してやる」

 

 相変わらず仏頂面の監督だが、ほんの少しだけ声に柔らかさが伴っているように思えた。

 おそらく蘭子も、俺と同じものを感じたはずだ。

 

「わかったか」

「は、はいっ」

 

 行きの車での俺の励ましは、きちんと効果があったらしい。

 その後、蘭子は彼女本来の力をしっかり出し切り、監督は宣言通りに一発OKを出したのだった。

 

「お前のところの、なかなかいい素材だな」

 

 帰り際に俺に向けられた彼の言葉は、ありがたく受け取っておいた。

 

 

 

 

 

 

 特に渋滞に捕まることもなく、無事プロダクションに到着。

 

「蘭子、着いたぞ」

「すぅ……すぅ……」

 

 帰りの車の中で、彼女はずっと眠りっぱなしだった。よほど今日の収録で疲れが溜まっていたのだろう。身体的なもの以上に、精神的疲労が大きかったはずだ。

 そのおかげで、こうして呼びかけてもまったく反応がない。

 

「おーい、降りるぞー」

「んにゅ……すぅ」

 

 軽く肩を揺らしてみるも、あどけない寝顔に変化はなし。これはよっぽど眠りが深いと見て間違いあるまい。

 

「仕方ない」

 

 脱力してる人を背負うのって、結構力いるんだよな。でも蘭子はもともと軽いしなんとかなるだろう。

 

「蘭子ー、起きないなら背負っていくからなー」

「……すぅ」

 

 沈黙は肯定とみなす。

 というわけで腰と腕に力を入れて助手席から蘭子を引っ張り出し、そのまま背中に乗せた。

 

「よいしょっと」

 

 体勢を整えて、駐車場から社内へ向かってゆっくり歩き出す。

 道中他の職員やアイドル達の視線がチラチラと向けられていたが、適当に笑ってごまかしておく。

 

「ん、んぅ……?」

 

 そうこうしているうちに、背中で蘭子がもぞもぞと動き出した。どうやら俺の背中で揺られているうちに意識が目覚めたらしい。

 年相応以上に膨らんだ胸がふにゅふにゅと背中に押しつけられるが、俺はアイドルのプロデューサーなのでそんなことでいちいち興奮したり取り乱したりはしない。……うれしくないと言えば嘘になるが。

 

「起きたか」

「プロデューサー……? あれ、私……え、ええっ!?」

 

 自分の置かれている状況に気づいた彼女は、途端に甲高い声をあげてあたふたし始めた。

 

「な、なんで、私っ」

「何度言っても起きないから、仕方なくおんぶすることにしたんだ」

「そんな、だってみんな見てるのに……!」

「いいじゃないか。仕事を頑張って、それで疲れて眠っていたんだ。むしろ勲章だと思えばいい」

「む、むーりぃー……」

 

 顔は見えないが、おそらく真っ赤になっているであろうことが簡単にわかるほどの恥ずかしがりようだった。

 

 

 

 

 

 

 無事部屋に戻って、10分後。

 

「むー……」

「ごめんな。でもちゃんと理由があってしたことだから」

「それは、わかってるけど」

 

 ぷくー、と頬を膨らませ、ソファーの上で膝を抱く蘭子。要するにいじけて丸くなっていた。

 

「何か言うことひとつ聞いてあげるから、許してくれないか?」

「………」

 

 ちらりとこちらに顔が向けられる。

 いくばくかの沈黙の後、彼女はおもむろに口を開いた。

 

「我が魔道具の調整を手伝え(スケッチブックの絵、一緒に見てくれたら許してあげる)」

 

 そう言いながら、鞄から自分で描いた画集を取り出す蘭子。

 将来どんな衣装を着たいかとか、そういう彼女の夢が詰まった絵の数々だ。

 

「それくらいなら、喜んで」

 

 俺の返事を聞いて、蘭子はにっこり笑ってスケッチブックを差し出した。

 




アニメ8話、(多分)蘭子回決定。やったー。
ついでに本作のお気に入り1500件突破。やったー。
武内Pの中の人が年下とは思えない。声質もトークもベテランの味がするんですが。

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