彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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中二病との夜のメール

 大人同士の付き合いに、酒はつきものだ。

 社会のしがらみとかストレスとかをいったん忘れて、心の内を曝け出すことができる。飲み過ぎには注意だが、これほど便利な道具はなかなかないと思う。最初にアルコールを飲料として扱った人を讃えたい気分だ。

 

『乾杯』

 

 プロダクションの近くにある居酒屋、その座敷スペースにて。

 右手に持ったジョッキをカツンとぶつけ、まずは一口。

 ビールの苦味とのどごしが同時に襲いかかってくるこの感覚は、やはり癖になる。

 

「いい飲みっぷりですね」

 

 テーブルを挟んで向かいに座るのは、346プロ所属のアイドルのひとりである高垣(たかがき)(かえで)さん(25歳)。もともとモデルの仕事をしていたというだけあって、長身かつ整ったスタイルが特徴的な女性である。

 そんな彼女は、俺のジョッキの中のビールがどんどん減っていく様子を見て微笑を浮かべていた。

 

「これなら楓さんに付き合えそうだな。頼んだぜ」

 

 なぜ俺が高垣さんと飲んでいるのかというと、彼女の隣に座る男、つまり彼女のプロデューサーから頼まれたのが原因だ。

 同期で入社した俺の友人でもあるこいつは、酒に非常に弱い。対して高垣さんの方はかなりイケるクチで、しかも他人に飲ませたがるタイプでもあるらしい。

 つまり、彼女と一緒にたくさん酒を飲む役が必要で、そこでたまたま時間の空いていた俺に白羽の矢が立てられたというわけだ。

 美人にビールやら日本酒やらを注いでもらえるのはありがたいことなので、結構乗り気で依頼を受けた次第である。

 

「ま、酒には強い方だからな。俺の数少ない長所のひとつだ」

「ふふ、頼もしいです。今日はよろしくお願いしますね」

「はい。付き合える限りは、ですけど」

 

 それから、3人で酒を飲んだりつまみに舌鼓を打ったりしながら世間話を繰り広げる。

 近所の雑貨屋がリニューアルしただとか、レンタルビデオ店でお目当てのDVDがいつも貸出中で困っているだとか。

 そんな所帯じみたネタに花を咲かせながらも、高垣さんからは女の魅力みたいなものがひしひしと感じられた。左右で色の違う瞳や、左目の下にある泣き黒子の存在などが原因かもしれない。

 まあ、こう見えて意外とお茶目な一面もあったりするので、外見だけで判断していると彼女の素顔に驚く人も多い、らしい。

 

「それにしてもお前、最近調子いいみたいじゃないか」

「何が」

「お前のところのアイドルだよ。ダークイルミネイト」

「ああ、あの子達のことか」

 

 次第に話題は仕事に関することへと移っていく。居酒屋の席だから、そんなに真面目な雰囲気にはならないのだが。

 

「本当によくやってくれてるよ。とはいえ、まだまだ駆け出し段階だからどうなるかわからん」

「そうか? 俺と楓さんは結構警戒してるんだけどな。抜かれないように頑張りましょうって。ね、楓さん」

「そうですね。警戒といっても、敵対心丸出し、という重い感じではないですけど。あくまで軽快に警戒しています」

「それは光栄です」

 

 彼女もデビュー以降着実に人気を伸ばしてきている実力者だ。ある程度評価されているというのは素直にありがたいと思う。

 

「半年もあれば、アイドルの勢力図なんて簡単に変わるからな。来年の春、お前のところの2人がどこまで行っているのか。気になるところだ」

「半年か……考えてみれば、俺達が入社してからその半年を7回繰り返したんだよな」

 

 3年半という長い時間。うち大半は渋谷凛のプロデュースに携わったが、今は違う。

 果たして俺は、いつまで彼女達2人の面倒を見ることができるのだろうか。

 

「そういえば、あなたはどういった経緯で346プロのプロデューサーに?」

 

 ぼーっと物思いにふけっていると、高垣さんがちょっぴり首をかしげながらそんなことを尋ねてきた。

 

「俺ですか? 特に面白い理由とかはないですよ」

「それでもかまいません」

 

 別に隠さなければならない事情があるわけでもない。

 俺のつまらない思い出話が酒の肴になるのなら、語ってみてもいいだろう。

 

「大学4年に進級した俺は、他のみんなと同じように就職活動に励んでいました」

「最初からプロデューサー志望だったのか?」

「候補のひとつではあったな。人の面倒を見るのは昔から嫌いじゃなかった」

 

 この話は、目の前にいる同僚にもしたことがない。だから彼も、続きが気になるような面持ちで俺の言葉を待っている。

 

「毎週カツカツに就活を詰めこんでいたんですね」

「その時応募した企業のひとつが346プロでした。とはいえ、正直ここには受かる気してなかったんですけどね」

 

 346プロといえば、由緒正しき歴史のある一流企業。いくらアイドル部門が来年度から新設されるものだったとしても、たいして優れた部分がないと自覚している俺にとっては高すぎるハードルに感じられたのだ。

 しかし、結果はまさかの採用。実のところ、俺は今でも自分が選ばれた理由を理解していなかったりする。部長に聞いても教えてくれないし。

 

「何か面接でうまいこと言ったんじゃないのか」

「そんな覚えはないんだけどなあ」

 

 ともあれ、346で働けることになったのはうれしい誤算だった。両親も就職を喜んでくれたし、これから一生懸命やってやろうと気合いが入ったのをよく覚えている。

 

「そして正式に入社した後、新人だった凛のプロデュースを担当することになって。先輩方にいろいろアドバイスをもらいつつ、二人三脚で一歩一歩進んでいきました。こっちも生活がかかってましたから、あれもこれもとがむしゃらにやっているうちにあっという間に時間が過ぎ去ったという感じです」

 

 時には凛と意見が食い違ったり、喧嘩にまで発展したこともあった。

 それでもあきらめずに経験を積んできたからこそ、今の俺や彼女があるのだと思う。

 

「駆け抜けるような日々に生活を賭けていたんですね」

「それからいろいろあって、今はアスカと蘭子の2人を同時にプロデュースしている、と。まとめるとあっさりした話ですね」

「そりゃ過程をすっ飛ばしてるからだろうが。渋谷凛をいかにして人気アイドルへ導いたのかとか、その辺の話がばっさり抜け落ちてるぞ」

「話が長くなるからパスだな」

 

 ジョッキをぐいっと傾け、残っていたビールを一気に飲み干す。

 そうしていると、高垣さんがなにやら難しい顔をしてこっちを見ていることに気づいた。

 

「どうかしましたか」

「いえ、ただ……あっ」

 

 突如何かを閃いたかのように顔を上げた彼女は、妙にわくわくした表情で口を開く。

 

「十代の子を預かる身ですから、責任重大ですねっ」

「年が離れてるとジェネレーションギャップってやつも感じますから、いろいろ大変ですよ」

「………」

 

 しばし無言で固まる高垣さん。

 

「……ぐすん」

「おいこら、さっきからずっとネタ飛ばしてるんだから反応してやれよ! 楓さん落ちこんでるだろ!」

「人がしみじみと思い出に浸っている最中にギャグ入れてくるのもどうかと思うんだが……」

 

 というか美人に笑顔でオヤジギャグ言われても反応の仕方に困る。

 普段中二病に振り回されているせいか、この程度は完全スル―も容易くなってしまった。

 

「いいんです。どーせくだらないダジャレだから……」

「ほら、お前のせいでちょっと拗ねだしたぞ。楓さんこう見えても繊細なんだからな。酔うと子供っぽさ3割増しだ」

「ええー……いや、すみません。高垣さんの言葉遊び、結構面白かったですよ?」

「ずーん……」

 

 この後、彼女の機嫌を直すためにガンガン飲む羽目になった。

 相当なペースだったが、俺はなんとか耐えきった。アルコールに強い体質に感謝である。

 

 

 

 

 

 

「今日は助かったよ。楓さんもいい気分転換になったみたいだし」

「また時間が合えば、一緒に飲みましょう」

 

 居酒屋を出て2人と別れた俺は、すっかり暗くなった夜の街路をおぼつかない足取りで進んでいく。

 ……こんなに飲んだのは、久しぶりだな。

 

「ん……」

 

 うっかり車道に飛び出さないように気をつけていると、胸ポケットから振動が。

 携帯を取り出して確認すると、アスカからのメールだった。もう12時近いんだが、まだ起きていたらしい。

 

『ボクに猫って、似合うと思うかい』

 

 飾り気のないシンプルな一文。今時の女の子は結構文体に凝ったりするらしいが、彼女に関してはそういった様子はまったくない。

 

「猫か」

 

 アスカが黒猫を腕に抱いている絵を想像してみる。

 ……うん、合うな。犬と猫なら、あの子には猫の方が似合う気がする。

 

『結構合うと思うぞ?』

 

 返信してから、アパートに向かって歩き出す。

 すると数分後、再びアスカからメールの着信が。

 立ち止まって内容を確認すると。

 

『にゃー』

 

 という一文とともに、黒い猫耳をつけた私服姿の自撮り写真が添付されていた。

 ……猫が似合うって、コスプレ的な意味で聞いてたのか。

 そうとは知らずに返事をしてしまったが、おかげでかなり可愛いものを見ることができた。控えめに招き猫のポーズをしている左手がいじらしい。

 

『超かわいいな』

 

 猫関連の仕事を探してみようかと本気で検討するレベルだ。

 頭に酒がまわっているのも手伝って、気がつくと勢いのある言葉を選んで返信をしていた。

 

「さて、帰るか」

 

 ポケットに携帯をしまい、歩くこと十数分。

 自宅に到着するまで、結局アスカからの返信はなかった。

 もう寝たのかな、なんて思いながら上着を脱ぎ、ネクタイを外す。

 風呂に入ってさっぱりして、その後はすぐ寝よう。

 秋の夜風に当たったことで、多少は酔いも覚めてきた。

 

「おっ」

 

 浴槽にお湯を溜め始めたタイミングで、携帯に返信が来ていることに気づいた。

 

『そうか。おやすみにゃー』

 

 結構待った割には短い返事だった。メールの片手間に何か別のことをやっていたのだろうか。

 まさか、この一文を打ち込むのに30分も費やしたなんてことはないと思う。

 

「おやすみにゃーって……気に入ったのか?」

 

 相変わらず文があっさりしすぎていて、どういう意味がこめられているのかいまいちつかみづらい。無表情で『おやすみにゃー』と言っているアスカの姿しか思い浮かばない。

 明日あたり、猫キャラの話題を出してみよう。直接反応を見れば、いろいろとわかることもある。蘭子ほどじゃないが、彼女も意外と感情が顔にでやすいタイプだから。

 




猫の話は前の話からの続きです。

前回の2人と同様、プロデューサーもたまには他のキャラと絡んでもいいかなと。
2話で名前だけ出ていた楓さんをまともに登場させました。アニメ効果でもともと高かった人気がさらに上昇していると思われる彼女。大人と子供の両面を持っているのが魅力のひとつでしょうか。

感想・評価などあれば気軽に送ってもらえるとありがたし、です。
奇跡が起きてアニメで飛鳥にボイスがつかないかな……つかないよなあ。

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