彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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今回は話の都合上、文体が3人称です。


ある日の昼下がり

 その日、プロデューサーは疲れていた。

 先日の合同ライブの成功により、ダークイルミネイトというユニットの知名度は急上昇。これを好機と見た彼は、良い仕事のネタをひとつでも多く探そうと奮起した。ここで彼女達の露出を増やすことができれば、一気に人気アイドルへと続く階段をひとつ飛ばしに駆け上がることができると考えたからだ。

 そういうわけで、昨日彼は朝から晩まで仕事探しに奔走し、徹夜でデスクワークを片付けた。最近は、千川ちひろが差し入れてくれるスタミナドリンクが夜の友である。

 

「……もう昼か」

 

 しかし、やる気だけあっても体はついてこない。

 徹夜明けの正午、デスクでPCに向き合っていた彼はついに限界を迎えた。

 時間もちょうどいいし、少しだけ休憩しよう。

 そう思い立った矢先、胸ポケットに入れていた携帯電話が着信を告げる。通知を見ると、実家にいる母親からのものだった。

 

「もしもし、母さん? どうしたの……え、たくあん? まあ好きだけど」

 

 椅子から立ち上がった彼は、座り心地が良いために気に入っている3人掛けのソファーに腰を下ろす。

 

「くれるんならもらうけど……はぁ? 10本!? さすがにそんなに食べられないって……あ、ちょっと! ……切られた」

 

 母からの話をまとめるとこうなる。

 ――近所の友達からたくあんをたくさんもらったのであげます。ちょっと多いけど食べきれなかったらおすそ分けでもしなさいな。

 確かに彼は、子供のころからたくあんが好物だ。しかし、切っていない棒状のたくあん10本はいくらなんでも多すぎる。たくあんという食べ物はあくまで食事の名脇役なのであって、メインでがつがつ食べられる類のものではない。

 

「適当に1本ずつ周りに配るか……」

 

 ソファーにだらーっと体重を預けながら、彼はあまり働かない頭でたくあんの処理方法を考え始める。

 まず飛鳥に1本。蘭子に1本。千川さんに1本。部長に1本。

 頭の中で、たくあんの棒が1本ずつどこかへ消えていく。

 

「次に、先輩に……ふぁ~あ」

 

 その想像は『羊が1匹~』のアレと非常に性質が似ており、気づいた時には強烈な眠気が彼を襲っていた。

 仮眠室に行って昼寝をしようと思っていたのに、もう動く気力すらわかない。

 

「ま、いいか……」

 

 座ったままの体勢で、彼はうつらうつらと舟をこぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

「おや?」

 

 二宮飛鳥が部屋に足を踏み入れると、彼女のプロデューサーがソファーの端に座っている光景が目に入った。

 だらけた姿勢で、首は力なく左に傾いている。さらに目を閉じていたので、飛鳥は彼が眠っているのだとすぐに気づいた。

 

「プロデューサー」

 

 昼寝をするならもっとちゃんとしたところで眠った方がいい。そう考えて呼びかける彼女だが、再三名前を呼ばれても彼はまったく反応を示さない。

 

「……参ったな」

 

 近寄って、なんとなく隣に腰を下ろす。近くに人が座っても、まったく感づく気配なし。かなり眠りが深いようだ。

 

「毎日、遅くまで仕事しているようだからね」

 

 目の下にクマができているし、昨夜はろくに寝ていないのかもしれない。

 そんな予測を立てながら、飛鳥は初めて見るプロデューサーの寝顔をじっと眺める。

 ひげの剃り残しはない。さすが、プロデューサーという職に就いているだけはある。

 

「……ふふっ」

 

 思わず笑いがこぼれてしまったのは、彼の寝顔がなんだか個性的だったから。

 口を真一文字に引き締めて、閉じた目も一本の線みたいになっている。

 漫画にあるような、無愛想な糸目キャラのように見えた。

 

「起きた方がいいと思うよ、プロデューサー。声に反応しないのなら」

 

 ほんの出来心で、彼女は人差し指を彼の頬に軽く食いこませてみた。

 そのまま、何度かつんつんとつついてみる。

 

「……っ」

 

 5回目くらいで、彼の寝息が乱れて肩が震えた。一瞬身構える飛鳥だったが、再び寝息が規則正しいものになったことでほっと息をつく。

 なんだか目的がすり替わっている気がしなくもないが、彼女はあえてそれを無視した。

 ただ頬をつついて反応をうかがうだけの作業が、妙に楽しいと思えた。

 

「むにゃ……アスカ……」

「ん?」

 

 彼がもごもごと彼女の名前を呼ぶが、相変わらず目は閉じたまま。どうやら寝言のようだ。

 

「あんまり、痛いこと言うな……俺にダメージが」

「やれやれ。どんな夢を見ているんだろう」

 

 飛鳥は、自身の言動が痛いということを自覚している。プロデューサーが元中二病で、彼女のそんな言動に古傷を刺激されているらしいことも知っている。

 

「あいにく、簡単に自分を変えられるほどボクはオトナじゃないんだ。我慢してくれ」

 

 寝ている人間に笑って話しかけるのは、痛い行動のうちに入るのだろうか。

 どのみち、彼女はまだ『子供』でいるつもりだった。

 だから、少しくらいのわがままは許してほしいと、そう思う。

 

「……でも」

 

 と、そこで再びプロデューサーの口が小さく開く。どうやら寝言の続きがあるらしい。

 

「俺は、そんなアスカが……」

「………」

 

 アスカが、なんなのだろう。

 ただの寝言にすぎないのに、彼女は無性に言葉の続きが気になった。

 

「アスカが……たくあん」

「………」

「すー、すー……」

「……たくあん?」

 

 さて、たくあんとはなんだろう。

 漬物のたくあんなら、飛鳥も知っている。こりこりした食感は嫌いではない。

 だが、それと自分の名前をくっつけられるとは思いもしなかった。

 そもそも、プロデューサーにとってたくあんが序列としてどこに存在するのかまったくわからない。たとえばたくあんとかまぼこではどちらが上なのか。これで何を推測しろと言うのか。

 

「はぁ」

 

 馬鹿らしい。

 自分で自分に呆れながら、彼女はこれ以上考察することを諦める。

 そして、もう一度彼の寝顔を横から眺めた。

 

「本当によく眠っているね」

 

 ずっと見ていたせいで、彼の眠気が移ってしまったような感覚を覚える。

 ちょうど昼休みだし、一緒に寝てしまおうか。

 そう考えるうちに、だんだんと睡魔に襲われて――

 

 

 

 

 

 

「煩わしい太陽ね!(おはようございます!)」

 

 お昼過ぎに出社してきた神崎蘭子は、いつものように元気よくドアをくぐった。

 

「!?」

 

 しかし、部屋の中を見た瞬間に彼女の表情は驚愕に染まる。

 なんと、プロデューサーと飛鳥が寄り添うようにソファーで眠っていたのだ!

 ……正確に言えば飛鳥がプロデューサーにもたれかかるような形なのだが、そんなことは些細な問題だった。

 

「え、えっ?」

 

 予想外の事態に直面するとテンパる癖のある蘭子。

 今回も同様で、いつもの『魔王』やら何やらの設定を忘れてあたふたし始めた。

 

「な、なんで?」

 

 とりあえず近づいてみると、2人とも気持ちよさそうな寝息を立てていた。疲れをとるために昼寝を始めたのかもしれないが、それで2人がくっつくことになる理由は彼女には思いつかなかった。

 

「……むー」

 

 すやすやと眠る彼と彼女の姿を見ているうちに、なんとなく自分だけ仲間外れにされているような気がしてくる。

 ちょっと寂しい気分を覚えた蘭子は、いそいそとソファーの空いたスペースへ腰を下ろし、息を殺してゆっくりと飛鳥の左肩に寄りかかった。

 

「♪」

 

 満足した蘭子は、そのまま2人と一緒に休憩することにした。

 予定より早く出社してきたぶん、ちょっとくらい休む時間はあるはずだから。

 

 

 

 

 

 

「あらあら」

 

 プロデューサーに頼まれた書類を持ってきた千川ちひろは、ソファーで寄り添って眠る3人を見て微笑みを浮かべる。

 プロデューサーに飛鳥がもたれかかり、飛鳥に蘭子がもたれかかっている。ちょっとだけドミノ倒しの光景に似ている。

 どういう経緯でこうなったのか予想は難しいが、やましい目的でなければ別にいいかと彼女は思う。

 

「私も混ざっちゃったりして」

 

 ……なんて、さすがにそれはしない。

 ヒールが音を立てないように気をつけながら、彼女は忍び足でデスクに書類を置く。

 

「さて」

 

 用事も済んだので、ちひろは部屋を去ろうとする。

 ちらっとプロデューサーの様子をうかがうと、あどけない表情を無防備にさらしていた。

 こみあげる笑いをこらえながら、彼女は再び忍び足で出口へ向かい。

 

「3人とも、良い夢を」

 

 ちょっとかっこつけたセリフを残して、その場を静かに立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方のこと。

 

「プロデューサー。キミ、たくあんは好きかい?」

「え? 好きだけど、それがどうかしたか」

「いや、別に」

「ふうん。……何かいいことでもあったのか? 機嫌良さそうだけど」

「不確定要素に一喜一憂できるほどに、ボクは単純な子供だということさ」

「……?」

 




飛鳥が眠った後に寝相が変わってプロデューサーにもたれかかる形になったのか、それとも自分から意識してもたれかかったのか。

アニメの蘭子回はいつになるんでしょうね。

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