彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
人生は偶然と必然の積み重ねでできあがっていく。
だとすれば、彼や彼女との出会いはどちらに該当するか。
振り返って考えるに、答えは後者だと強く思う。
たとえ事実として、何ひとつ仕組まれたもののない『たまたま』な出来事だったとしても――あくまでボクは、それが必然のものだったと言い張ろう。
*
青空の下で咲き誇る桜。日本という国が誇る美の象徴。
それを窓ガラス越しに眺められるポジションに陣取り、俺と先輩は午後の仕事に備えて腹ごしらえを行っていた。
「頼みます。彼女の面倒」
「わかってるさ。お前が手塩にかけて育てた金の卵だ。今さら育成失敗なんてやらかすつもりはない」
社員食堂でふたりしてカレーを食べながら、俺は先輩に対して念を押すようにお願いをする。
「基本的に手のかからない子だから、たまに言うわがままくらいは聞いてあげてください」
「……お前、まるで彼女の父親みたいだな」
「若い子を担当してるプロデューサーなんて、みんな同じようなものじゃないですか?」
日本有数の大手芸能プロダクション、346プロ。
その中の、3年前から新設されたアイドル部門に所属する俺達は、日々プロデューサーとしての仕事の山に追われている。
そして今回、俺は部長から担当アイドルの変更を通達されたのである。
「ま、そうかもな。特にお前の場合、初めての担当アイドルだったわけだ。愛情もひとしおってことか」
「入社以来、ずっと二人三脚で頑張ってきましたから」
初老の風格を漂わせている先輩は、ここのアイドル部門新設にともなって他社から移籍してきた人だ。だから、プロデューサー業を経験してきた時間も俺よりずっと多い。
以前346にやってきた理由を聞いてみたら、『そりゃあお前、金払いがよかったからに決まってるだろ』なんて身も蓋もない答えを笑いながら言われた。
「寂しいか?」
かちゃかちゃとスプーンが皿に触れる音が響く中、先輩はふとそんなことを尋ねてくる。
「……そうですね。担当の変更を伝えられた時は、一晩中放心状態でしたから」
右手の動きを止めて、あの夜のことを思い出す。
別に、ずっと彼女のプロデュースができるだなんて信じていたわけじゃない。
ただそれでも、突然の宣告はショック以外の何物でもなかった。
少しだけ救いだったのは、彼女も俺と同じ感情を抱いてくれていたことだろうか。
「最初のひとりってのは、誰でもそんなもんだ。だが別に今生の別れってわけじゃあない。次のアイドルに切り替えていけ」
「はい」
あれから1週間経って、俺もある程度の気持ちの整理はついている。
同じ会社に勤めているんだ。会える機会だってきっとそれなりにあるはず。
彼女をトップアイドル――さらにその先まで導く役目は、先輩に任せることにしよう。
「確かお前、次は2人同時にプロデュースすることになっていただろう」
「ええ。部長の方から、新人をユニットデビューさせてほしいと」
「手つかずのアイドル候補生を同時に世話しろってことか。やっぱりお前、上から期待されてるよ」
スプーンの先を俺に向け、先輩は楽しそうに笑う。
プロデュースの担当が増えれば増えるほど、当然プロデューサーに要求されるハードルは高くなる。どちらも新人となれば、なおのこと。
だから先輩は、俺の能力が認められてるって言いたいんだろうけど。
「そうなんですかね」
「そうだそうだ。自信を持て! お前はすでに人気アイドルを立派に育成したんだからな」
「……はい」
先輩の励ましの言葉に、俺は笑顔を作って応えた。
*
桜も散った4月下旬。
ついに、新しい担当アイドルとの顔合わせの日がやってきた。
「っし」
与えられた個室の中で、再度身だしなみのチェック。やはりなんでも第一印象というのは大事だからな。
ネクタイを今一度きつく締め、気合いを入れ直す。
今日からまたゼロからのスタートだ。新人の頃に戻った気分で、元気よく仕事に励まなければ。
「あと10分くらいか」
すでに候補生2人の資料には目を通した。写真1枚だけでは大した判断はできないが、どちらも容姿のレベルはかなり高い。
年齢はどちらも14歳。輝かしい青春時代をこれから謳歌するであろう世代だ。
社会人になると、時折無性にああいう日々が懐かしく――
「……なるのが普通なんだが」
俺の場合は、なぜか頭が痛くなるから困る。
別に記憶喪失とかいうわけではない。むしろ後悔すべき思い出を鮮明に覚えているのが原因である。今思い返しても恥ずかしい。
……気を取り直して、候補生達のことを考えよう。
「どんな子達なんだろうな」
可愛らしい性格だろうか。ちょっとクールな感じだろうか。あるいは元気の良い情熱系だろうか。
PCの前に座ってぼんやり思考を巡らせているうちに、約束の時間がやってきた。
「プロデューサーさん。担当アイドルの子達、連れてきました」
ノックとともに、ドアの向こうから事務員の
「どうぞ」
椅子から立ち上がり、出迎えの体勢を整える。
それと同時にドアが開かれ、千川さん達が部屋に入って来た。
「はじめまして。お二人のプロデュースをさせていただく者です」
一礼してから、用意していた名刺を手渡す。
そこで改めて、俺は彼女達の容貌をじっくり眺めた。……うん、やっぱりレベル高い。
「これから一緒に頑張っていきましょう。よろしくお願いします」
プロデューサーとして、こういう育ちそうな子達を担当するのは心が躍る。
自然と顔がほころぶのを感じながら、俺は彼女達に挨拶をした。
「ああ、よろしく」
こちらの言葉に反応する左の子。書類には14歳とあったけど、なんだか堂々としてるな。
そして、もう片方の子も口を開き――
「ククク、魂の共鳴を奏でようぞ」
……開、き? うん?
「は……はい。頑張りましょう」
なんか今、えらく気取った感じのセリフが聞こえたような。
……なぜだろう、心がざわざわしてきた。まるでこれから起きることに警鐘を鳴らしているかのように。
「ではお二人とも、プロデューサーさんに自己紹介しちゃいましょうか」
千川さんの言葉にうなずき、一歩前に出たのは今しがた怪しい発言が飛び出した銀髪の彼女。
ゴスロリに黒の日傘。ツインテールをゆらゆら揺らしながら、彼女は無駄に大きなモーションをとりつつしゃべり始めた。
「我が名は
どうしよう。これ素なのかな。それとも張り切ってキャラ作りしてきただけなのかな。
どの道、昔の俺を見ているようで古傷が抉られて辛い。
そう、俺も過去に中二病を発症していた時期があるのだ。先ほどの心のざわめきは彼女の言動を危惧してのものだったらしい。
「よ、よろしくお願いします。神崎さん」
とりあえず、当たり障りのない返しをしておいた。あれだよな、向こうもなんか頑張ります的なこと言ってるんだよな。多分。
とにかく、今後もこういったキャラが続いていくなら慣れていくしかないだろう。ちょっと心が痛いけれど、この程度なら余裕で耐えられ――
「それじゃあ、次はボクの番だね」
瞬間、俺の脳内すべての信号が『WARNING!』に切り替わった。
なぜだ。脅威であったはずの神崎さんの中二病はすでに去ったはずなのに。
ま、まさか。この割と今時の子特有のファッションに身を包んだ彼女が……?
「ボクはアスカ。
「………」
「あぁ、キミは今こう思っただろう。『こいつは痛いヤツだ』ってね。でも思春期の14歳なんてそんなものだよ」
「ごぶふぉっ」
痛い痛い痛いっ!! 古傷が痛い!
間違いない、こっちはガチでアレな中二病だ! 俺の黒歴史の中でも最も忌むべき存在を体現している!
「プロデューサーさん、どうかしましたか?」
「い、いえ。全然? 全然大丈夫ですよ?」
上半身をのけぞらせている俺を訝しげに見る千川さん。
いかん、今日は大事な初顔合わせなんだ。これしきのことで取り乱すわけにはいかない。
「よろしくお願いします、二宮さん。二宮さんは、うちにスカウトされて入社したんですよね」
「うん、そうだね。容姿にはそれなりに自信があるつもりだったけど、まさか街中でスカウトされるなんて経験を味わえるとは思っていなかったよ」
「それで、こちらの誘いを承諾してくれたんですね。ありがとうございます」
「礼を言われることじゃないよ。ボクはただ、アイドルという未知なるセカイに興味を抱いて踏み込んだだけさ。そこには親切も同情もありはしない。ただ利己的な感情があるだけ」
「な、なるほど」
右手を腰に当て、ニヒルな笑みを浮かべる二宮さん。
おかしいな。言ってる内容は割と普通なはずなのに、遠まわしな言い方をしているだけでどうしてこうも痛い響きになるのだろう。
「か、神崎さんはオーディションに応募されたとうかがっていますが」
「すべては我が『瞳』の力を世に知らしめるため……今こそ創世の時、血が昂ぶるわ!」
「はい、頑張りましょう」
明るい顔なので、とりあえずやる気満々なのは伝わった。今はこれでいいよな?
「すごいですね、プロデューサーさん。私、ちょっと蘭子ちゃんが何を言っているのかわかりづらくて」
近寄ってきた千川さんが、感心したように小声でつぶやく。
「いえ、俺も正直フィーリングで判断してるので」
まあ、過去の経験が図らずも活きているといったところか。
二宮さんもまったく困惑した表情を見せていないので、おそらく神崎さんの言葉を理解できているのだろう。
「でも私、プロデューサーさんなら理解できるって信じてましたよ」
「えっ? それはどうして」
えらく自信ありげに話す千川さんに素朴な疑問を投げかける。
すると彼女は意味深な笑みを浮かべ、背伸びして俺に耳打ちしてきた。
「だってプロデューサーさん、『
心臓が止まったかと思った。
なぜならそれは、俺の中二病ノートに記された、未来永劫封印すると誓った黒歴史ネームだから。
「えっ、いや、千川さん? どうしてあなたが知って」
「企業秘密です♪」
すでに俺から距離をとった千川さんは、くるりと踵を返して出口へ向かう。
「他のプロデューサーさんのところにも用事があるので、私はこれで失礼しますね」
そう言い残して、笑顔で彼女は部屋を出ていった。
「………」
「どうしたんだい、プロデューサー。ボクらに内緒で話を進められても、こちらとしては疎外感が積もるだけなんだが」
「私を無視するとは何事ぞっ」
「あ、ああ。すみません。それではまず――」
これからの予定を今一度振り返りながら、俺はひとつの確信を抱いた。
前々からそうなんじゃないかと思っていたけど……千川さんは、タダものではない。
とにもかくにも、今この瞬間。
元中二病プロデューサーである俺と、中二病系アイドルである彼女達との物語が始まったのである。
アニメだけ見ている人には二宮飛鳥というキャラがわからないかもしれませんが、簡単に言うとガチで痛い系の中二病です。本人も自覚しています。
画像はネットで検索すれば出てきます。可愛いです。1話でもポスターに映ってます。