どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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長らくお待たせしました。ようやっと更新出来ました……約16000字は長かった(疲

最終回が近いだけに気合が入りますね。同時に次は何を書こうかとか、そもそも書くのか? とか考えてしまいます。

それでは、どうぞ。


みんながいるさ

 ふわふわ、ゆらゆら。まるで水の上に浮いているかのような感覚に心地好さを覚えた。今の俺がどうなっているのかは自分では分からない。だが、何があったかだけは妖精ズが教えてくれた。そして、今の“俺”は幽霊のようなモノだと教えてくれた……その前にも色々と言っていたらしいんだが。

 

 「周りに人が居たからあえて無視していたのかと思いきや、まさか私達の声も聞こえていなかったとは……予想外ですー」

 

 妖精ズ曰く、移動中に俺にだけ聞こえるように猫吊るしを倒したい動機や俺をどうやって産み出したか等を教えていたらしいが、肝心の俺は何一つ聞こえていなかった。それだけ俺という存在が危うかったということでもあるのだが……幽霊のような状態になってようやく聞こえるようになったのは喜ぶべきか悲しむべきか。

 

 その空気のようなモノだが……要するに、俺は爆発を止めることが出来ずに消し飛んでしまったようだ。肉体は失われたが、こうして俺の意識はある……周りは真っ暗で何も見えないが。というか、俺が爆発に巻き込まれたのなら妖精ズも巻き込まれたんじゃないか?

 

 「咄嗟にみーちゃん軍刀に入り込んだので無事でしたー。あの爆弾は島を消し飛ばす程の凄まじい破壊力を持っていましたが、硬度が可笑しいみーちゃん軍刀を傷付けることは出来ませんでしたねー」

 

 「しかしながら、しーちゃん軍刀とネオニューふーちゃん軍刀セカンドツヴァイMk.Ⅱが一緒に消し飛んでしまいましたー。半日保たなかったね、やったねふーちゃん!」

 

 「おいバカやめろですー」

 

 「それはさておき、イブキさんは1つ勘違いしてますー」

 

 声で判断するに、上から順にしーちゃん、みーちゃん、ふーちゃん、またしーちゃんだろう。ふーちゃん軍刀の名前に対してツッコミを入れるべきかどうか悩みながらも彼女達が無事なことに安堵しつつ、俺がしている勘違いとやらが何かを考える。が、そんな猶予はなく、すぐにしーちゃんが答えをくれた。

 

 「イブキさんの肉体は消し飛んだ訳じゃないんですー。その前に、私達がイブキさんの体を元の魂の集合体……ただの素材へと“戻し”て一緒に軍刀の中に入り込みましたー。言うなれば加工前の初期状態な訳ですが、意識があるのは驚きですー」

 

 

 「とは言えイブキさんは目も見えていないし耳も聞こえていないハズですー。当然ですねー、だって目も耳も鼻もないんですしー。我々の声も、実際は聞こえているのではなく、心に届いていると言った方が正しいでしょう」

 

 妖精ズの話を聞いて成る程と思う。俺は厳密に言えば死んだ訳ではない。言ってしまえば、意志のある石ころみたいなモノなのか。この身は数多の魂によって形作られたモノ、なら形が無い状態に戻すことも可能だと……砂で作った城を崩して只の砂にするようなモノだと。爆発の直前まで俺は人型をしていたハズだから、爆発が広がる一瞬でそこまでやったのか……流石は妖精と言うべきかな。

 

 さて、俺の状態は理解した。同時に、人型の時に感じていた喪失感や寒気も落ち着いていることにも気付く。これは俺という存在が漏れ出していたのが止まっているということじゃないだろうか? それに、妖精ズは素材に戻したと言った。なら、また人型へと“再構築”することも出来るんじゃないだろうか?

 

 「可能か不可能かで言うなら、当然可能ですー。1度生み出せたんですし設計図もありますから、作り直すこと自体は可能ですー」

 

 「……ですが、イブキさんを元に戻すのは事実上不可能なんですー。理由としては……艦娘で言うなら、資材が無いからですー」

 

 「イブキを形作る魂は別世界のモノ、それも極々小の魂を数十億もの数を集め、ようやく形になったと言えるレベルですー。予備なんてありません……小さなキズや体に穴が開く程度なら、自動修復出来ました。ですが、腕を切り落としたり致命傷を負ったりすれば……アナタという核から切り離されたり漏れ出したりしたモノは戻りません」

 

 「補充する為の魂……資材が無い。技術的には不可能ではないですが、元の姿に再度建造するのは不可能なんです。流石にまた別世界への穴を開けることも環境がないからできませんし、資材の補充も出来ませんし……」

 

 詳しいことはよく分からなかったが、取り合えず元の姿に再構築するのは不可能だって言うのは理解した。なら、元の姿でなければ再構築出来るのだろうか? 例えば、左腕を欠損したままとか。或いは身長を小さくするとか……スペックダウン、スケールダウンすれば出来るんじゃないか?

 

 「……可能です。アナタの強さが常軌を逸していたのは、この世界の魂よりも遥かに質がいい魂を数多く集め、無駄なく纏めて密度を高めたからですー。だから密度を低くする……スペックを落とせば、あの姿で再構築出来ますー」

 

 「ですがそれは、無双の力を失うことと同じこと……いえ、下手をすれば艦娘や深海棲艦ではなく、それ以下にまで……それに、再構築にどれだけ時間が掛かるかも分かりません」

 

 「イブキさんはもう、自分の力だけで夕立さん達を守ることが出来なくなるかもしれません」

 

 「「「それでも、やりますか?」」」

 

 

 

 

 

 

 猫吊るしの暴走と言うべきか、それともイブキの襲来と言うべきか、はたまた化け物同士の決戦と言うべきか。世間にはその戦い……否、事件を“海軍史上最悪の悲劇”として語られた。大本営の陥落、連合艦隊の任務失敗、そして海軍総司令、生きた伝説、英雄とも呼ばれた渡部 善蔵の死去。そのニュースはこの世界の社会に大打撃を与え、人々に絶望を与えた。

 

 それはそうだろう。この世界では、人類が存続できているのは海軍が艦娘と共に深海棲艦と戦っているからであり、人々に安心を与えていたのは善蔵という生きた希望が居たからだ。しかし、その希望が死んだ。海軍は最高戦力を持つ本拠地を落とされた。人々は、未来への希望など持てなくなってしまったことだろう。それでも……世界は海軍に、艦娘と提督達に頼る他無いのだが。

 

 戦いの真実を知る者は、駆逐棲姫不知火や妖精達を覗けば武蔵達防衛戦力の生き残りとある程度話を聞かされていた長門達連合艦隊のみ。武蔵、雲龍を主導として話し合いをした結果、世間には真実を少し曲げて戦いの内容を語ることになった。大本営の中から現れた深海棲艦によって破壊し尽くされ、軍刀棲姫によって救われた……という真実ではなく、突如襲来した新種の深海棲艦を多大な犠牲を払って撃破し、善蔵はその戦いの中で死んだのだと。ニュースや新聞、ネットにも上がることが多い善蔵の死は隠せる事ではなく、かと言って赤裸々に真実を語る訳にもいかない。それ故に決まったことだった。善蔵は、戦い抜いた英雄なのだと。善蔵の真実を知るのはこの世で武蔵と雲龍、不知火だけとなってしまったのでその話が真実かどうか等誰も気にすることはなかったし、気にしたとしても掘り起こそうとする者も居なかった。

 

 世界は進む。時間は進む。英雄は死しても敵は居なくならない。戦争は未だ終わらない。猫吊るしという戦争を引き起こし、深海棲艦という絶望を産み出し、艦娘という希望を産み出した存在は確かに居なくなった。だが……それは同時に、戦争を終わらす為の最も楽な方法を失ったということに他ならない。根本的なことは何一つ解決していない。戦争を終わらせられるかどうかは……分からない。

 

 しかし、何一つ解決していないからと言って何一つ変わらないということはない。善蔵が死んだのだから、新たな長が居る。長が変われば在り方も変わる。世界という舞台で戦争という演劇。その監督である猫吊るしが用意した台本が無くなったならば、後はアドリブで進めるしかない。ハッピーエンドか、バッドエンドか……それは今を生きる役者達に掛かっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、夕立」

 

 サーモン海域最深部にある戦艦棲艦山城の拠点。その一室に、時雨は入る。机にソファにベッド、後はクローゼット。無駄なモノなんて1つもない殺風景な部屋。物流も何もあったものじゃない深海棲艦の拠点なのだから当たり前なのだが……その中で2つ、掛け布団で見えないにも関わらず夕立の両手の中で存在感を放つ、眠ってからも1度として手離さなかった軍刀があった。時雨はその軍刀がある場所に視線を向けると悲しげに眉を下げ……苦笑いを浮かべて、ベッドに眠る夕立に声をかけた。

 

 「今日は物資の調達に行ってくるよ。レコンは雷と一緒に近海の見回りで、扶桑と山城は南方棲戦姫と会ってくるってさ……全く、夕立はサボり過ぎだよ。何回僕が変わりに調達や見回りをしたのかと……御詫びはがっつりとしてもらうよ。だから……」

 

 眠る夕立の頭を撫でながら、時雨は1日の予定を語る。それに返ってくる返事がないと分かりつつも、それを止めない。それは時雨の日課だった。もう()()()続く……悲しい日課。

 

 ー 早く起きてよ……夕立 ー

 

 あの日から5年間……夕立は目覚めない。

 

 

 

 あの日、イブキの帰りをウキウキとした心持ちで待っていた夕立。だが、どれだけ待っても待ち人は帰って来ない。それでも、彼女は待った。生きていると知れたのだから、必ずイブキは帰ってくる。どれだけ時間を掛けようとも、必ず……そう信じて。

 

 1日が経った。3日が経った。1週間が経った。半月が経った。1ヶ月が経った。それでも、イブキは帰って来なかった。それでも……夕立は健気に待ち続けた。

 

 正直に言えば、夕立はイブキが何かトラブルに遭ったのではないかと心配していた。広大な海で迷子になっているのかも知れない。誰とも知れない艦娘や深海棲艦を助けているのかも知れない。そんなトラブルに巻き込まれて、或いは自分から首を突っ込んで遅れているだけかも知れない……そう、彼女は信じていた。遅れているだけだと、必ず帰ってくると……そう、信じていた。

 

 『イブキは……翔鶴と共に、島諸とも光の中へと消えた。恐らくは……我々連合艦隊を救うために』

 

 山城の言った条件を飲む代わりに捕虜となっていた日向達を引き取りに、あの連合艦隊の代表として来た長門が告げた言葉を……山城から聞くまでは。

 

 仲間の制止の声など聞くハズもなく夕立は長門を追いかけ、その島があった場所を聞き出してから向かい……そして、言葉を失った。そこには何もなかったから。その場所には……見覚えがあったから。

 

 

 

 『あ……あ、ああ……うああああああああああああああああっ!!!!』

 

 

 

 何もかもが消し飛んでいたその場所には、島があったのだ。数日……一月にも満たないたった数日だけだが……イブキと共に暮らした島が、そこにはあったハズなのだ。それが、無くなっていた。跡形もなく、まるで初めから存在しなかったかのように。翔鶴の中の爆弾はイブキだけでなく、イブキと夕立の思い出の場所までも消し飛ばしてしまっていた。

 

 その後、慌てて追い掛けてきた時雨達が見たのは……涙を流しながら脱け殻のように放心して何の反応も示さなくなった夕立の姿。怒りよりも悲しみが大きかった夕立の心はその悲しみに耐えきれずに砕けてしまったのだ。その日から、夕立は眠り続けている。現実から逃げるように。

 

 悲しいのは皆同じだった。ただ、その中でも夕立は最も大きい悲しみを抱き、それに耐えきれなかっただけ。時雨も、レコンも、雷も、山城も、扶桑も、涙が出るほどに悲しかったが……それでも、心砕くことはなかった。それはひとえに、拠点を守りたい、仲間と平穏に過ごしたい……そんなイブキの願いを叶えたかったから。

 

 だから、彼女達は生きている。悲しくない訳がない。泣き出さない訳がない。ただ、せめて自分達だけでもイブキの願った平穏な日々を過ごしていきたかった。それが、イブキへの手向けになると信じて。

 

 そう、手向けだ。彼女達はイブキが死んでいることを覚悟している。何故なら、最後のイブキの状態を長門から聞いていたからだ。いくらイブキが規格外の存在であるとしても、満身創痍の状態で島1つ消し飛ぶ程の爆発を至近距離で受けては……そう思っていた。

 

 「……夕立、いつになったら起きるのかな」

 

 「『夕立は寝坊助さんデスネー。コリャ起キタ時ガ地獄ダナ。キヒヒッ』」

 

 心配そうに呟く雷に対し、レコンは苦笑いを浮かべる。今は出発前の軽い準備時間。そこで2人は自分の艤装を点検していた。この後2人はそれぞれ物資の調達と近海の見回りという仕事がある。それらに加えて、イブキの捜索もする。やはり覚悟しているとしても、諦めきれずに居るのだ。それも5年も続けば、流石の彼女達でも諦めの色が見えている。

 

 5年……もう5年も探し続けているのだ。消し飛んだ島の周辺から更に離れた海、潜水艦の部下を使って潜れる限界まで潜って海底を探し、島に上陸すれば草の根を掻き分けてでも探し、時には長距離遠征としてサーモン海域から遠く離れた海域まで足を運んだ……それも、見付からなかった。探すには余りに時間を掛けすぎた。海は余りにも広すぎた。諦めきれずとも諦めかけているのが現状だった。

 

 今日も、イブキは見付からない。夕立は起きない。ただ、いつも通りに時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 「不知火! ゴハン!」

 

 「はい、今行きます」

 

 場所は変わり、ここは南方棲戦姫の拠点にある一室。そこで資料を漁っていた駆逐棲姫不知火の元に、朝御飯の時間を告げに北方棲姫がやってきた。短く告げられた言葉に不知火も短く返し、読んでいた本をパタンと閉じ、机の上に置いてから北方棲姫の元へと向かう。そして北方棲姫と手を繋いで食堂へと向かいながら、不知火は今日までの出来事を思い返す。

 

 イブキが翔鶴と共に消えた数秒後に起きたドーム状の光……不知火と連合艦隊が見たのはそれだった。その後不知火は誰よりも先に光の場所へと向かおうとするが、光が発生した方から津波が向かってきた為に行けず、津波が収まってから向かっても大渦が発生していて肝心のイブキも翔鶴も見付からない。そのまま不眠不休で軽巡ツ級と共に捜索し続けている最中に北方棲姫と出逢い、今の拠点に連れてこられ……直ぐに元不知火であることに気付いた南方棲戦姫の許可も出たので居候のような形で居座るようになり、現在に至る。

 

 (……もう5年、ですか)

 

 不知火の脳裏に浮かぶのは、やはり5年前のイブキと翔鶴が居なくなった日。あの日以来、イブキの姿を見た者は誰1人として居ない。南方棲戦姫から戦艦棲姫山城の拠点の者達が探し続けていると聞いているし、不知火自身も探してはいるが……成果は言うまでもない。

 

 あの日からずっと、不知火は悔やみ続けている。自分の願いを聞き届け、結果として矢矧の仇も討ってくれた恩人。その恩人が消え逝く様を遠巻きに、棒立ちで見るしかなかった自分。まだお礼も何も出来ていないのに……そうは思っても、お礼をすることは2度と出来はしない。あの光を直接見たが故に、不知火はイブキの生存は絶望的……否、死んだものと思っていた。

 

 「あ……不知火にほっぽちゃん」

 

 「矢矧!」

 

 「……矢矧さん」

 

 そんなことを考えながら歩いていると、2人は途中でツ級……いや、“矢矧”と遭遇する。両腕や格好はツ級のままだが、頭部を覆っていたパーツが無くなって素顔を晒している姿は、あの日猫吊るしに殺されたハズの矢矧そのもの。

 

 5年の間に、ツ級は矢矧としての記憶を思い出していたのだ。当初こそ混乱していたが、不知火の説明を受けてあの日の出来事を知り、この拠点で生活を続けていく内に精神も安定し、今では割り切って今の暮らしをしている矢矧。心残りがあるとすれば元の提督の所へ戻れないことだが、それも仕方ないとなんとか割り切っている。

 

 「今から食事?」

 

 「ゴハン! 矢矧ハ?」

 

 「残念だけど食べ終わったところよ。それじゃあね」

 

 「バイバイ!」

 

 「あ、はい……失礼します」

 

 矢矧は巨腕を振ってその場を後にする。この光景を数年間見てきた不知火はもう馴れたものだが、当初は艦娘時代の矢矧の姿を知っている彼女としてはやはりシュールな絵面に見えてしまった。なまじ体は華奢なのに腕だけ大きいのだからそれも当然と言えるかもしれないが。尚、北方棲姫は普通に対応していた。子供とはかくも適応力が高いものである。

 

 矢矧の後ろ姿を見ながら、不知火は考える。矢矧が自分と同じくスパイのようなことをしていたという話は本人から直接聞いた。違いがあるとすれば、暗殺も視野に入れつつ実際に行動もしていたか、それとも情報収集に全力を注いでいたかぐらいであろうが。

 

 それはさておき、矢矧は既に過去を割り切り、深海棲艦としての新しい艦生を謳歌しようとしている。勿論思うところはあると理解しているのだが、それでも不知火は彼女の前向きに生きようとする姿が眩しく見えた。未だにイブキのことを考え、善蔵との日々と彼の最期を考え、本当にこれでよかったのか、自分はこうして生きていてよかったのかとついつい暗い方へと考えてしまう自分とは大違いである……そう思っていると、不意に腕をぐいっと引かれる。不知火はハッとして自分の右隣に視線を向けると、そこにはキョトンとした表情を浮かべる北方棲姫の姿。

 

 「不知火? ドウカシタ?」

 

 「……いえ」

 

 その無垢な姿に、不知火はついつい笑みを浮かべてしまう。何も変わっていない自分への怒り、可愛らしい小さな姫への愛情、矢矧への羨望など様々な感情が籠った笑みではあったが……少なくともずっと考え込んで棒立ちすることは止められたらしく、不知火は2人分の手にポンっと背中を押されたような気がしつつ、北方棲姫の手を引いて歩き出す。一瞬振り返って背後に視線を向けるが、当然そこには誰も居ない……が、不知火には黒と桃の髪の見知った2人が小さく手を振っているように思えた。

 

 

 

 「なんでもありません」

 

 

 

 悔やんでばかりいては進めない。過去を振り返っていても、前を向けない。自分1人ではいつまで経っても改善出来そうにないが、幸いにも自分には仲間や恩人が居る。改めてそう理解した彼女は、前を向いた。もう人形の自分は居ない。今ここに居るのは、駆逐棲姫不知火。自分の意思をもって仲間の為、恩人の為に生きる……深海棲艦の姫である。

 

 「不知火! 行キ過ギテル!」

 

 「あら?」

 

 

 

 

 

 

 「ハァ……」

 

 「ダメだったわね、山城」

 

 「そうね、姉様……それでも動いてくれているだけ有難いわ」

 

 「……そうね」

 

 夜の海上にて帰路に付く戦艦棲姫山城の口から溜め息が零れ、その隣に居る戦艦水鬼も暗い表情を浮かべながら話し掛ける。その背後には戦艦タ級を筆頭にした6隻の部下が着いてきている。先程まで2人は南方棲戦姫の拠点に赴いていた。通信ではなくわざわざ直接、それも拠点のトップである2人で行ったのは……自分達の頼み事を聞いてくれたことへの誠意を見せる為。その頼み事とは言わずもがな、イブキのことである。尚、訪問自体はこれが初めてと言う訳ではなく、5年前から定期的に行われている。

 

 山城が交流を持っている姫は南方棲戦姫と北方棲姫くらいのモノであり、必然的に頼る先は彼女だけになる。彼女とイブキに面識はない為に捜索を断られるかと思えば、意外と言うべきか南方棲戦姫はこれを了承する。

 

 『別ニ構ワナイワ。直接私ガ探ス訳ジャナイケレド、部下ハ出シテアゲル。不知火……アノ子ノ為ニモネ』

 

 そんな台詞と共に協力してくれていて、それももう5年。正直に言えば、山城は最初の1年……半年……いや、1ヶ月も手伝ってくれれば御の字という認識だった。自分もそうだが彼女もまた拠点の頂点に立ち、艦娘と人類との敵対よりも身内を守ることに重きを置いている少数派の姫。だが、幾ら身内の為とは言え、捜索すれば艦娘との遭遇率も上がり、戦えば沈む可能性も上がる……そんな危険性を孕んでいるのだから、ある程度の時間探せば手を引くと思っていた。

 

 だが実際は今尚捜索を続けてくれている。半年を越えた時に理由を聞いてみたところ、答えは変わらず“あの子の為”。より正確に言うなら“あの子が諦めかけているのに、それでも諦めずに探し続けているから”というもの。それ以来山城と扶桑は感謝を込めて半年に1度拠点に直接赴き、報告会を兼ねたお茶会をしている。無論茶菓子は山城持ち、それに加えて少なくない資材も部下達に持たせてきている。

 

 「……ねえ、姉様。イブキ姉様は……」

 

 「山城。それ以上言ってはダメよ」

 

 「でも! もう5年も……」

 

 「弱気になってはダメ……時雨や雷ちゃん、レコンはまだ諦めてはいないわ。それに、南方棲戦姫もまだ力を貸してくれてる。頼んだ私達が……いえ、私達だけは絶対に折れてはいけないの」

 

 「姉様……そう、よね……解ってる……解ってるのよ……」

 

 部下の前であることも忘れて弱音を吐きそうになる山城。それを遮るようにして扶桑が励ますが、それでも山城の表情は暗い。姉である扶桑と同じように姉様と慕っていたイブキが生死不明の状況は、元々それほど強くなかった山城の心に大きなダメージを負わせている。それも1度は生存していると知った後の出来事、正に上げて落とされたからだろう。下手をすれば、夕立と同じようになっていたかも知れない。そうならなかったのは、扶桑が隣で必死に声を掛けてくれたから。だが、その時から5年も経っている。1度は持ち直した心も軋みを上げ始めているのを、2人は理解していた。同時に、それは自分達だけではないことも。

 

 何となく、2人は立ち止まって空を見上げる。空は雲1つ無く澄み渡り、星と満月が輝いている。自分達の心境とはまるで正反対の夜空。綺麗なハズの満月が妙に煩わしく感じる。それだけ山城に心の余裕は無かった。もし1人なら、そこかしこに当たり散らしていただろう。それほどに、“イブキが本当に死んでいるのかもしれない”という心配からストレスが貯まっていた。

 

 

 

 満月に届くかのような、“見覚えのある光”の柱を見るまでは――――

 

 

 

 

 

 

 

 「ん……ぅ……?」

 

 山城達が光の光を目撃する数時間前に、5年間目覚めなかった夕立が目を覚ました。ずっと握り締めていた2本の軍刀を膝の上に置きながら寝惚け眼のまま上半身を起こす姿はとても愛らしい。眠り続けていたのなら身体に異常が出そうなものだが、人間で言う筋肉の衰えや筋肉が落ちるという現象は謂わば船体の劣化。妖精の手入れや修復財があれば直ぐに万全の状態になるし、垢などの体の汚れは時雨を筆頭とした仲間達が毎日綺麗にしてくれている。つまるところ、夕立の身体そのものは至って健康で万全なのだ。

 

 (ここは……私の部屋? なんで……私は確か……海に……そうだ、イブキさんが……島が……)

 

 今まで眠っていた夕立の最後の記憶は海の上、自分とイブキの思い出が詰まっていた島が跡形も無くなっていたところ。決して自分の部屋ではないし、あの光景が夢だったなんて夕立は楽観的にはなれない。確かに島は無くなっていた。そこで……まるでガラスが砕けるような幻聴と共に、自分の心がズタズタになったような感覚も覚えている。

 

 その時のことを思い出してしまった夕立は自分の左胸を鷲掴みして胸を貫かれたような痛みに耐えようとする……が、1度は己の心を引き裂いた痛み。左手の人差し指を噛み砕く勢いで噛んでも、右手で握り潰す勢いで左胸を握り込んでも、痛みは引いていかない。以前のように気絶し、そのまま眠り込むことなく意識を持っているだけまだマシだろう。

 

 「夕立さん、おはよーございますー。5年も眠るなんて寝惚けさんですねー」

 

 「誰……? あ、確か……イブキさんの軍刀の……」

 

 「忘れてはいないようですねー。そうです、私達がイブキさんの軍刀妖精……」

 

 「運の一番軍刀妖精いーちゃん!」

 

 「炎の五番軍刀妖精ごーちゃん! ですー」

 

 ビシッと謎のポーズを決める妖精2人の姿に痛みを一瞬忘れてクスリと笑う夕立だが、直ぐに痛みはぶり返す。しかし、心無しか和らいだような気がしていた。

 

 痛みに耐えつつ、夕立は妖精2人を見る。その2人と2本の軍刀は今となってはイブキが居た証。夕立は膝の上に置いていた軍刀を手に取り、大事そうに両手で抱え……涙を流す。

 

 「イブキさん……イブキ、さん……会いたいよ、話したいよ、ぎゅってされたいよ……」

 

 “居た証”……当の本人は居ない。そのことを再びはっきりと理解してしまい、思わず涙が零れてしまう。それだけでなく会いたい、言葉を交わしたい、抱き締められたい、側に居たい……そんな思いが溢れ出し、口から零れる。

 

 そんな夕立の姿を見ていた2人の妖精はポーズを止め、彼女の両肩に乗る。そしてにんまり、にっこりと……まるでいたずらっ子のような表情と聖母のような表情を浮かべ……耳元で囁いた。

 

 

 

 ー そのお願い……叶えてあげるですー ー

 

 

 

 

 

 

 『もう一度、あの場所へ行きましょー』

 

 『イブキさんを失ったあの場所へ、思い出を失ったあの場所へー』

 

 そう妖精達に言われた夕立は直ぐに工厰へと向かい、自分の艤装を探す。5年も眠っていたと言うのだから流石に埃を被っているモノだと思っていたが、それは杞憂に終わる。

 

 (……時雨……ありがとう)

 

 疲れていたのだろう、工厰の艤装置き場の台に背もたれ、汚れた布を片手に眠る時雨の姿があった。その近くにはつい先程までその手の布で拭いていたのだろう、ピカピカの夕立の艤装があった。

 

 きっとこの艤装のように自分の世話をしてくれたのだろう……5年もの間。夕立がその答えに至るのは直ぐだった。自分はイブキという存在が居なくなったことと思い出の島が消えたことで心を壊したというのに、時雨は……仲間達は5年間頑張っていたのだと、自分を助けてくれていたのだと……夕立は理解した。夕立はその艤装を手に取り、感謝を込めて抱き締め……装着する。5年ぶりとなる装着だが、違和感は無かった。

 

 「……行ってらっしゃい、夕立」

 

 仲間の存在に再び有り難みを感じつつ、時雨に背を向けてその場から去る……その直前、時雨からそんな言葉が聞こえてきた。夕立は起きていたのかと振り返るが、すうすうと可愛らしい寝息が聞こえている。恐らくは寝言なのだろうが、なんともピンポイントな寝言である。

 

 夕立は思わずクスッと笑ってしまい……心が少しだけ軽くなった気がした。思えば、夕立は1度は時雨との縁を切っていた。遭難した自分を探し続けていた元の鎮守府の仲間達。夕立を見付けた時の時雨は本当に嬉しそうだったのに、イブキという唯一無二の理解者を得たことでそれまでが仲間を捨てた……かと思えば、こうして同僚の時雨とは不思議と縁が続いている。それはきっと尊いモノで、奇跡のような事なのだろう。

 

 「ありがと……時雨。行ってきます」

 

 工厰から出る前に声に出した感謝の言葉は、どこか気恥ずかしさを滲ませていた。

 

 

 

 拠点から出て真っ直ぐ島が消えた場所へ向かう最中の夕立には希望があった。それは妖精達の“願いを叶えてあげる”という言葉があったからだ。この言葉を、夕立は過去に1度聞いている。そして、願いは叶えられた経験もあった。だから今度も……そういう希望を持っていた。

 

 「何も、ない……誰も……居ないっぽい……」

 

 しかし現実は無情だった。座標は合っている。それは二度三度では効かない回数確認しているし、妖精達にも確認してもらっている。だからこそ、この場に何もないのは……5年前から何も変わっていないことに他ならない。

 

 希望はあった……が、覚悟もしていた。どこまでも吹き抜ける空の下、地平線の中央に立つ想い人の姿があると。反対に、その姿はなく……無慈悲な迄に美しい景色だけが広がっていると。

 

 「……ふ……うぅ……く……」

 

 期待していた。希望していた。熱望していた。渇望していた。覚悟以上に望んでいた。それだけに耐えることなど出来る訳がなく、夕立の目から涙が流れ出す。前回と違うのは、仲間達の優しさを知って、多少なりとも覚悟してしまったから……心を壊して気絶することが出来ず、ただただ悲しみと胸の痛みに耐えるしかないということだろう。妖精達は何も言わず、ただ広い海の上に夕立の泣き声だけが虚しく響く。

 

 「ア……アァ……」

 

 「っ……ゆっくり泣く時間もくれないっぽい……」

 

 その声を聞いたのか、それとも何かしら野性的な勘でも働いたのか……夕立から少し離れた場所の海中から1隻の深海棲艦が現れる。それは一般的に重巡リ級と呼ばれる人型の深海棲艦であり、flagshipの証である金色の瞳をしていた。

 

 攻撃される前にその存在に気付いた夕立は少し乱暴に涙を拭い、その手の砲を構える。相手が重巡、それもflagshipと強力な個体ではあるが、見た目はともかく並の深海棲艦以上の装甲と火力、機動力を誇る夕立にしてみれば、例え一体多であっても勝利できる程度の相手。流石に無手で相手取ると厳しいが……と冷静に思考していると、夕立はあることに気付いた。

 

 (ウソ……この主砲、弾薬が……魚雷も……!?)

 

 それは、自身の艤装には弾薬が積まれていないということ。それも仕方の無いことだろう。時雨は夕立の艤装をピカピカに磨き上げていた。磨く際には当然、暴発しないように弾薬は抜く。まして駆逐艦の体躯にして戦艦に届き得る夕立が使う艤装の弾薬だ、そんなモノが拠点内で暴発しようものなら目も当てられない。故に、弾薬を予め抜くという安全策は取って然るべきこと。それが災いしてしまった。

 

 だが、夕立にはまだ軍刀がある。イブキのように右肩から左腰へと掛けているベルトに付けられているいーちゃん軍刀、後ろ腰に取り付けてあるごーちゃん軍刀の2本が。彼女は右手でいーちゃん軍刀の柄を掴み……それを抜く前に、リ級の両手にある主砲が火を吹いた。

 

 「ふぅ……やっ!」

 

 「ッ!? グェ……!?」

 

 発射と同時に横に動いていた夕立はそれをかわし、即座に近付いて驚愕からか動きを止めていたリ級の首目掛けていーちゃん軍刀を引き抜いて一閃し、斬り飛ばす。とても5年のブランクがあるとは思えない動きである。夕立も思っていた以上に思うままに動けたことに安堵し、ゆっくりと軍刀を納刀し……。

 

 

 

 「ぎっ、ああっ!?」

 

 

 

 背中に衝撃が走り、海面を二転三転しながら吹っ飛ぶ夕立。何が起きたのか全く分からず、背中を焼く熱と身体中の痛みに苦しむ彼女は、回転が止まって直ぐに顔を上げて周囲を確認する。すると、位置的に吹っ飛ぶ前の夕立の後方……今は前方となる場所に、もう1隻リ級が居ることに気付いた。それも今沈めた個体と同じflagshipのリ級が。

 

 (っ……1隻だけじゃなかった……それに、イブキさんの軍刀が……!)

 

 気を抜いてしまったことによる油断。もしも夕立の体が普通の艦娘のままだったならば、今の一撃で沈んでいたかもしれないが、具合を見るに小破に近い中破と言ったところ。問題なのはそのダメージではなく……手に持っていたいーちゃん軍刀を手離してしまい、それが海に沈んでいったこと。その事実は、体よりも心に大きなダメージを残した。

 

 しかし、敵を前にしている以上いつまでも止まっている訳にはいかない。悲しみを押し殺しつつも夕立はごーちゃん軍刀を手に取り、リ級に向けてトリガーを引く。持ち主の燃料を糧に業火を放つごーちゃん軍刀。その力を発揮して放たれた炎は……リ級に届く前に消え失せた。

 

 (っ!? なんで……そんな……燃料も……)

 

 理由は単純……炎とするべき燃料が無くなってしまったのだ。弾薬と同じ理由で燃料も最低限の量しか補充されていなかった……言ってしまえば、それだけ。なまじこの場所まで来れていたからこそ、気付くのが遅れたのだ。不幸中の幸いなのは、夕立の艤装が海上でも陸上と同じように動ける強化艤装であることだが……それでも航行速度は大幅に下がる。所詮強化艤装は“イブキのような動きが可能になる”モノで、“イブキと同じ速度で動けるようになる”モノではないのだから。

 

 下がった機動力ではリ級から逃げることは出来ない。イブキのように飛んでくる砲弾を避けて接近戦……万全でもないのに出来る訳がない。出来るとすれば、使えない砲身を盾にして強引に攻めることくらいだろう……だが、夕立は動くことはなかった。

 

 「く……ふ……うぅぅぅっ……」

 

 夕立の心は……炎が消えたことで折れていた。時雨がピカピカにしてくれていた艤装はボロボロになってしまった。イブキの遺品であるいーちゃん軍刀を手離してしまった。最後の頼みのごーちゃん軍刀も不発に終わった。

 

 ただただ情けなかった。しっかり確認していれば、気なんて抜かなければ……そもそも1人で出てこなければ。情けなくて情けなくて、また涙が溢れた。泣いたところでどうにもならないのに、それは止まってくれない。それは敵であるリ級も同じことで、なんの感情も浮かんでいない無表情のまま無慈悲にその手の砲身を夕立に向けている。

 

 「……イブキ……さん……イブキ、さん……!」

 

 今は居ない、愛しいヒトの名を呼ぶ。返ってくる声なんて無い。そもそも返ってくると思って呼んでいるのではなく、最期に求めたモノがイブキだったから声に出ているだけなのだから。

 

 出てくるのは名前だけ……だが、そこには様々な想いが籠っている。会いたい。話したい。抱き締めたい、抱き締められたい。ずっと隣に居られたら、ずっと隣に居てくれたら。ずっと一緒に、永久に共に。きっと自分はこのまま沈む。そうなれば、もう本当に会えなくなる。それだけは嫌だ。だが、折れた心が、体が動いてくれない。

 

 「会いたいよ……イブキさん」

 

 それは何度も口にした、夕立の心からの願い。その言葉が出た瞬間、リ級の砲が放たれる……その直前に、夕立は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 (構わない、やってくれ)

 

 妖精ズの問い掛けに、俺は間を置かずに答える。そもそも俺の答えも取るべき選択肢も初めから決まっている。やるかやらないかなら、やるしかない。やらなければ、夕立達と再会することは叶わないんだから。

 

 「……即答ですねー。本当にいいんですかー?」

 

 (ああ。確かに、俺の力で皆を守れなくなるかもしれないというのは……思うところはある。もしかしたら、俺が守られる立場になるのかもしれないというのも……だが、それでも俺は再会出来る可能性があるなら、それを選ぶさ)

 

 と言うよりも、俺が真に誰かを守ることが出来たことなんて殆ど無い。力はあった、それも誰にも負けない程の力が。それでも結局、俺は傷付けて、傷付いて、助けて、助けられて……そうやって過ごしてきたハズだった。

 

 俺が1人で成し遂げたことはとても少ない。俺が1人で出来ることも……とても少ない。よく言われることだ。人は1人では生きられない……それは俺にも当てはまる。結局のところ、俺は酷く寂しがり屋で……仲間達と過ごす日々の暖かさが忘れられないから、どんな形でもいいから、仲間達の元に帰りたいだけ。例え俺が弱くなっても、例え俺が今とは違う別のナニかになっても……きっと、仲間達は変わらず接して、変わらない日々を過ごしてくれると信じているから。

 

 (それに……とある人の言葉で、こういうのがある)

 

 

 

 ー みんながいるさ ー

 

 

 

 ツギハギだらけの体と記憶。俺の今の意識として出ている、名前も知らない魂……その魂が持っていた僅かな記憶をベースに組み上げられた俺の知識は、皆が知っているような常識はともかく、趣味になるととても穴だらけだ。艦これ、俺の名前の元ネタである某大総統の出てくる漫画にアニメも、詳しく知っているようでその実虫食いだらけ。そんな状態の俺の記憶にある、その漫画の主人公の台詞。

 

 妖精ズの言うデメリットなんて、この言葉の前では霞む。たった一言、なのにこんなにも心に響く。信用、信頼。力を合わせて、信じて、頼る……それが出来る“みんな”こそが、何ものにも勝る宝。決して手放したくはないモノ。

 

 (君達妖精も、俺の中の“みんな”の一部だ。だったら信じて、託す。俺の命、俺の未来を。平和でなくても、危険と隣り合わせでも……俺はもっとこの世界で“みんな”と生きたいから)

 

 それこそが……俺の願いだから。

 

 

 

 

 

 

 砲撃を知らせる爆音が響き、眩しさから目を閉じていた夕立は自分が死ぬと思った。しかし、自身の直ぐ近くからパシャンッと何かが水面に落ちたような音を聞き、同時に後方左右の2方向から聞き覚えのある音……大きな、或いは勢いのあるモノが着水した音が響き、来るであろう衝撃が来なかったことを不思議に思いながらおずおずと目を開け……大きく目を見開いた。

 

 目の前にある何者かの両足。その足を辿るように視線を上げていけば、そこにあったのは真っ白な背中程までのセミロング。服装は白露型の紺色のセーラー服に近い上と膝より少し高いスカート、横たわっている為に見えてしまったが黒いスパッツを履いていて、左手には軍刀の鞘を、右手にはその鞘に収まっていたであろう軍刀を握っている。女性らしく丸みを帯びた体のライン、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるその姿。

 

 「成る程……動きが鈍い。昔ほど体が動いてくれないな」

 

 手の軍刀は紛れもなく、先程落としてしまったいーちゃん軍刀。それを含めた両腰に1本ずつ備え付けられた軍刀という他の艦娘、深海棲艦では見られない装備。その2本の軍刀以外の武装、砲の類は一切見当たらない。そして、女性としては低めのハスキーボイス。その姿が、その艤装が、その声が……夕立の涙腺を強烈に刺激する。

 

 艤装は夕立が知るモノとは僅かに違う。だが、その姿は見間違えない。その声は聞き違えない。もっとその姿を見ていたいが、目の前がボヤけてよく見えなくなる。もっとその声を聞いていたいのに、自分の嗚咽でよく聞こえなくなる。その名前を呼びたいのに……口は、声は、望んだ通りに動かない。それでも夕立は、顔を上げる。するとその存在も後ろを振り返っていたのか、2人の目があった。金と赤の両目が優しげに自分を見ている。それを認識した夕立の目から嬉し涙が溢れた。

 

 「……成る程」

 

 ゾッとする程の怒りの籠った言葉に、夕立を追い詰めていたリ級の体が硬直する。さながら蛇に睨まれた蛙の如く、ピクリとも動かない。そして、金と赤の瞳がリ級へと向けられ……。

 

 「お前のせいか」

 

 その言葉と同時に、リ級の見る世界は左右に別れた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた瞬間、俺は慣れ親しんだと言っても過言ではない“感覚”の中に居た。視界は光で埋め尽くされ、目の前にはもう何度見たか分からない砲弾。それを無意識に抜いた軍刀でスパッといった訳だが……どうにも体の動きが鈍い。某大総統が歳で昔ほど体が動かないと言ったことがあるが、今の俺も似たようなモノだろうか。確かにスペックダウンはしているんだろうが、思った程ではない。むしろ感覚が発動するし体も動くのだから十二分に破格と言っていいだろう。ところで、いつの間に手にあったんだ? いーちゃん軍刀や。

 

 ササッと軽く自分の体を見回す。艤装はいーちゃん軍刀とみーちゃん軍刀だけか……あの時消し飛んだらしいふーちゃん、しーちゃん軍刀に感謝を込めて黙祷しつつ、周囲の確認。すると目の前には深海棲艦が。そして後ろには……愛しいあの子が居た。それもボロボロになって。この状況で考えられる犯人は……目の前の深海棲艦しかいない。そう思って断定の言葉を口にした頃には、体が動いて縦一閃していた。

 

 怒りを吐き出すようにふう、と息を吐き、いーちゃん軍刀を納刀する。そして振り返り、あの子の……夕立の姿を見る。ボロボロの姿は痛々しいが、それ以上に愛しさが溢れてしまう。あれからどれだけの時間が経ったのか、俺には皆目見当もつかないが……待たせてしまったのだけは理解出来る。だってあの子は……俺を見てあんなにも嬉しそうに泣いているのだから。

 

 だからだろうか。夕立の前に来て立て膝を突いたところで、俺は言葉が出なかった。何を言えばいい? この子にどんな言葉を掛けたらいい? 漫画やアニメの名言でも言うべきか? だとすれば何をチョイスすれば……いや、そんなおふざけのようなことはしなくても……。

 

 「…………」

 

 「っと……」

 

 そんなことを考えていると、夕立が俺にタックル……と呼ぶほど強くはないが、勢いよく飛び付いてきた。背中に回された腕はギュッと力が込められ、逃がさない、もしくは離さないという意思が感じられた。立て膝だったので尻餅をついてしまったが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

 

 「お帰り、なさい……イブキ、さんっ!」

 

 

 

 「……ああ……」

 

 グダグダと考えていたことが全て吹き飛んだ。それだけ、密着する体の温もりが暖かかった。それだけ、その言葉が嬉しかった。それだけ……その涙を流す笑顔が愛しかった。

 

 

 

 「ただいま……夕立」

 

 

 

 俺はやっと……夕立と再会することが出来た。




イブキ「昔ほど体が動いてくれないな」(リ級に視認出来ない速度で動きながら

という訳で、ようやっと再会出来たイブキと夕立です。偶数軍刀はお亡くなりになりました。ふーちゃん軍刀は二度死ぬ。あ、妖精ズは無事ですのでご安心下さい。

みんながいるさ、とは鋼の錬金術師の最終巻で主人公が言った、錬金術が使えなくなるがいいのか? という真理さんの問い掛けに対しての返答です。大総統尽くしでも良かったのですが、最初から現在まで持ち続けた無双の力を失うかもしれないがどうする? という問答と返答をするシーンでしたので導入。一言ながら深い言葉だと思います。大総統のセリフだとイブキ、夕立遺して逝っちゃいますからねw

次回に後日談的なエピローグを書いて本作を締めたいと思います。



今回のおさらい

イブキ、夕立と再会する。キマシタワー



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