どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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凡そ1ヶ月、大変長らくお待たせ致しました。物語も本当に終わり間近なせいか、今まで以上に難産でした。投稿までの間に誤字報告、コメ付き評価、感想を下さった方々、本当にありがとうございます。

グラブルイベント、FGOCCCイベント、とても楽しかったです。我が家にはパッションリップが来てくれました。デカイ(確信)。

さて、今回は少し会話分多め、一部解りづらい書き方をしています。意味はありますので、どうかご了承下さい。


早く帰ってこないかなぁ?

 「行かせてよかったの? 武蔵」

 

 「ああ……」

 

 雲龍の問い掛けに、武蔵は頷く。軍刀棲姫ことイブキが諸悪の根元と言っても過言ではない猫吊るしを斬り伏せてから十数分、イブキは駆逐棲姫となった不知火、彼女が連れていたツ級と共にこの場から離れていた。その3人を、武蔵達生き残った大本営の防衛戦力である艦娘達は追うことはなかった。

 

 「どういう風の吹き回しかしら? 仇、取るつもりだったんでしょう?」

 

 「……気付いていたのか」

 

 「何十年貴女の同僚やってると思ってるの」

 

 「……そうだな。気が付けば何十年も経っていた……そして、気が付けば終わっていた」

 

 主語がない武蔵の言葉だが、雲龍には何を示した言葉か分かる。渡部 善蔵の艦娘として生まれて、気が付けば何十年も経っていた。そして……彼との提督、艦娘という関係は、気が付けば終わっていたと、武蔵は言っているのだ。

 

 「不思議なモノだ……アイツの姿を見た時は、仇を取るつもりだった。だが、アイツに似た深海棲艦が現れて、私達は2人の戦いの蚊帳の外で……新しい軍刀を手にしたかと思ったら、その後はあっという間で……その軍刀からは善蔵の気配がして……いつの間にか、殺意は薄れていた」

 

 無くなった訳ではない。あくまで薄れただけだ……だが、最早抱いていた殺意は無いに等しかった。いや、それ以上の感情で上書きされたと言った方が正しい。

 

 善蔵が素材となって生まれた軍刀を間近で見た時、武蔵が感じたのは殺意を上書きするほどの安堵であった。およそ50年、善蔵と苦楽を共にした。彼の苦悩を知っている。己が生まれた理由を知っている。猫吊るしの存在を知っている。これまでの彼の歩みを知っている。そして、命尽きるその日まで共に生きていくのだと決めていた。全てを知って、聞かされて尚武蔵はそうだった。

 

 だが、それは出来ない。善蔵は軍刀になってしまったと理解したが、それを恨むつもりはない……むしろ感謝していた。その感謝こそが、殺意を上書きした感情。長い、長い時を生きた善蔵が迎えた終わり。人として真っ当な終わり方ではないだろう。やってきたことは誉められたモノではないし、真実を知れば大罪人と後ろ指を指されることだろう。だが……少なくとも、救いの無い終わりではない。それを迎えさせたことに対して、武蔵は感謝していたのだ。自分では、自分達では決して迎えさせてあげることは出来なかったから。

 

 「それに……もし殺意のままに襲いかかったとしても、斬り伏せられていたのがオチだろう。片腕を無くし、血の気も失せ、確実に疲労していた。死にかけと言ってもいい……それでも、全く勝てる気がしなかった」

 

 それは雲龍を含めた武蔵以外の艦娘全員が感じたことだろう。確かに、イブキは今にも死にそうと言っても過言ではない状態だった……が、残った右手には武蔵達が手も足も出なかった猫吊るしを紙のように切り裂いた新たな軍刀、両目には改flagshipを思わせる蒼い光、死にかけとは思えないしっかりとした足取り。どれを取っても勝てるビジョンが見えなかった。それは雲龍も感じていたので、この問いかけは確認でしかない。まだイブキに戦いを挑むのか、否か。

 

 「イブキを追うのは、戦いを挑むのは……もうしない。それよりもやらなければならないことは多いぞ。何せ海軍の最高戦力のある大本営が落とされたんだ。世間への対応、大本営の再建、この場にいる生存者の救助……他にもあるだろう。負け惜しみで言わせてもらうなら……アイツに構っている暇はない」

 

 「……ええ、そうね」

 

 武蔵の言葉に、雲龍は嬉しそうに笑って頷いた。確かに武蔵の言う通り、やらなければならないことは山積みだろう。今回受けた損害は甚大だ。それは人的、物的にもそうだろうし、政治的な問題だって武蔵達が思い付かないだけでまだまだ探せば見付かるだろう。イブキに構っている暇はない、というのも間違いではない。

 

 そして、海軍のトップである善蔵の死は世間と世界に大きなニュースとなる。何も知らない人々からしてみれば、善蔵は英雄なのだ。その英雄が故人となってしまった以上、小さくない混乱が起きることは予想できる。それをどうにか出来るのは……全容を知る武蔵達だけ。

 

 「動くぞ。先ずは……応援を頼むことからだな」

 

 そう言った武蔵の顔は、雲龍が久しく見ていなかった……彼女本来のクールな笑みを浮かべていた。

 

 (しかし、翔鶴達に通信が繋がらんな。先程は繋がったというのに……何故だ?)

 

 

 

 

 

 

 「イブキさん……猫吊るしを倒してくれてありがとうございますー。あなたが倒してくれたお陰で、私達は目的を達成出来ましたー」

 

 「私達の目的は、猫吊るしを倒すことでしたー。それが達成された今、あなたのこと、私達のことを全てお話致しますー」

 

 「あなたが妖精ズと呼んでいた私達5人……この場にいるのは3人ですが、他の妖精とは違いますー。構造そのものは変わりませんが、他の妖精ロボットとは違って自分の意思を持っていますー」

 

 「私達のこの身体は、元は猫吊るしが使っていたモノ……あいつが他の身体に移った際に破棄された身体に宿ったのが私達ですー。破棄された身体はあいつとのリンクこそ切れていましたが、コンピューター……あいつが人間として生きていた時代に作り、今尚世界のどこかで起動しているコンピューターにアクセスすることは出来ましたー。そこには艦娘や深海棲艦の情報や設計図……あいつが使う技術の全てが存在しましたー。私達があなたを造り上げたり軍刀を造り上げたり出来たのはそれが理由ですー」

 

 「なぜ私達がそうまでしてアイツを倒したかったのか……言ってしまえば復讐、それも逆怨みのようなモノですがー……“私達”は、元はあの渡部 善蔵と同じですー。妖精猫吊るしと出会い、その力でそれぞれ願いを叶えてもらい、それが真に自分が望んだモノとは違い、絶望の中で死んでしまった元人間ですー」

 

 「妖精に宿って生きた年月が永すぎて、今ではすっかり口調も動きも思考も妖精に馴染んでしまっていますがねー。精神は肉体に影響される、ということですかねー」

 

 

 

 

 

 

 「……あっ!?」

 

 サーモン海域最深部に赴いた連合艦隊。その中の翔鶴によって先に帰された半数の内の艦娘の誰かが驚愕に満ちた声を上げた。何故なら、その艦隊の前に死んだとされていた軍刀棲姫とその手を引く駆逐棲姫、そして2人に追従している未知の深海棲艦ツ級が現れたからだ。

 

 こうして双方が出逢ってしまうのは仕方の無いことだろう。イブキ達の目的地はサーモン海域最深部で、艦隊はそこから戻ってきたのだ。それもお互いに最短ルートで……必然、互いの道はどちらかが遠回りでもしない限り同じモノになる。

 

 「あれはイブキ!? やっぱり生きてたクマ! ここで会ったが百年目ぇぐぶげ!?」

 

 「はーい、球磨姉さんは黙ってようねー」

 

 「出た! 北上の対球磨用必罰技“らりあっと”だぴょん! しかもそこから派生して“ちょおくすりいぱあ”!!」

 

 「あたし達艦娘のパワーで受ければ、下手すれば首が物理的に飛ぶぜ!」

 

 「普段ののんびりした雰囲気とは違って鋭くて速いから痛いし意識が持っていかれそうになるんだよね……」

 

 その艦隊の中にはイブキと面識のある球磨達、今は最深部の拠点に居る夕立と時雨の元々配属していた鎮守府の同僚である白露達、摩耶達の姿もあった。球磨達以外は皆一様に驚愕に染まり、或いは恐怖からか震えている者まで居る。それもまた仕方の無いことだろう。何せ相手は軍刀棲姫に加えて駆逐棲姫、新種の深海棲艦までいるのだから。イブキ相手に数の差など何の問題にもなりはしないのはこれまでの戦闘記録が証明しているし、中にはかつて無人島での決戦での戦い、大本営での大襲撃の戦いを直接目にした者も居る。戦うことになれば全滅は必至……そう考えてしまうのも無理はないだろう。

 

 「待って下さい。私達に交戦の意思はありません」

 

 【……えっ?】

 

 今度は艦隊全員が同時に疑問の声を漏らした。其ほどまでに、深海棲艦……それも姫が話し掛けてくることが信じ難く、交戦の意思はないとはっきり告げたことが信じられなかったのだ。何せ彼女達がこれまで遭遇した姫、鬼は総じて問答無用で戦いを挑んできたのだから。

 

 その中で、ラリアットを球磨に仕掛けた腕を曲げてチョークスリーパーに移行していた北上と摩耶達は何か分かったかのように頷いた。イブキ達が自分達が先ほどまで居た海域に向かっていて、この遭遇は偶然の産物なのだと気付いたのだ。

 

 「彼女はサーモン海域の最深部へと向かっている最中で、私はその案内。道を開けて頂けるのなら、戦う必要はないですから」

 

 「……その言葉を信じろっていうの? 右手に軍刀まで持ってるのに」

 

 駆逐棲姫不知火の言葉に疑問を投げ掛けたのは、先頭に居る艦娘……白露だった。別に彼女が今の艦隊のトップという訳ではないのだが、誰も声を出さなかったので仕方なく会話を繋げたのだ。返答こそ他の艦娘達の心情を思って疑問を返したが、本人としては別に道を譲ることに問題はない。というより、譲らないことで発生するメリット等何もないのでさっさと譲ってしまいたいのが本音なのだが。

 

 「戦うつもりなら始めから攻撃しています……あまり時間をかけると、イブキさんが動きますよ?」

 

 【っ!!】

 

 不知火の言葉に、全員が一斉に左右に別れた。軍刀棲姫に動かれれば、自分達は全滅するのは解りきったことなのだから。

 

 イブキの手首を掴んで引きながら、不知火は別れた艦隊の間を進んで行く。およそ70人居る艦娘の目が監視するかのようにイブキ達に固定されるが、当の本人達は気にした様子もなく通り過ぎた。無防備な背中を見て何人かの艦娘が砲撃する姿勢に移るが、周りに止められていた。

 

 「いやー、相変わらず勝てる気がしないねぇ」

 

 「うぎ……ぐぐぐ……」

 

 「北上! それには同意するけど、早く球磨を離すぴょん! なんかヤバい顔色になってる!」

 

 「……あれが、時雨と夕立の……」

 

 「イブキさん……やっぱ生きてたな」

 

 「そうね、摩耶姉さん」

 

 そうしてイブキ達が去っていった後、艦隊では各々が安堵や複雑な感情を持ちながら今の出来事を話し合いつつ大本営へと向かうのだった。

 

 (それにしても……イブキさん、一言も喋らなかったな)

 

 

 

 

 

 

 

 「何の偶然か同じ境遇かつ同じ目的で集まった私達は、復讐する方法を話し合いましたー」

 

 「相手は私達よりも格上であり、同じ知識を持っていても向こうの方が何枚も上手。準備をしようにも直ぐにバレては意味がないですし、その準備も通用するか分からない……3人ならぬ、5人寄れば文殊の知恵。その為の話し合いだけで何年も経ちましたー」

 

 「そして出た結論が、あいつが行った実験や研究の中で途中で凍結、もしくは禁忌とされているデータの中からピックアップして行っていこうということでしたー。いやー、これまたいつバレるかとヒヤヒヤしましたー」

 

 「勿論、あいつですら出来なかった、もしくは危険としたコトです……私達だけでどうにかできるモノなど殆どありませんでしたー。そもそもデータの量自体が膨大過ぎて、今現在も見たデータは総数の千分の一にも万分の一にも到達していないでしょう」

 

 「そんな中で発見したのが……“別の世界への移動方法”という研究データでしたー。異界、異世界、パラレルワールド、平行世界、異次元、異空間。言い方は何でもいいですが、とにかくそういった、この世界とは違う別の世界への接触、移動、干渉を目的とした研究。研究自体は進んでいましたが、結局あいつは辿り着けなかったみたいですねー」

 

 「艦娘や艤装を作るための特殊な空間を作る装置を造り上げたり、魂や経験、感情なんてファンタジーに足突っ込んでるモノを材料にしたりする技術を産み出しておきながら、異世界への移動は出来なかったんですねー。因みに移動する目的は不明ですー。取り合えず本気で試してみた、と言ったところでしょー」

 

 「無論、私達にはちゃんと目的はありました。この世界のモノではあいつを倒すのは難しい。ならば、別の世界の物、人、ファンタジー的な要素、そういったモノがあれば……と。まあ、我ながら迷走しているなーとか、頭可笑しくなってるなーとか思いますが、それだけ追い詰められていたんですねー」

 

 「まあ当然ながら、あいつが成し遂げられなかった研究ですから知識だけ持った状態の私達では研究内容をトレースすることすら困難でした。隠れ家や設備の作成、その他諸々……それらが終わってもトライ&エラーの日々。あいつに復讐したいという意思がなければ、投げ出して妖精としての生……生? を謳歌することになっていたでしょー」

 

 「それでも諦めずに研究を続けていた時の実験中……ようやく、カミサマは私達に一瞥をくれたんです」

 

 

 

 

 

 

 「なっ……イブキ!?」

 

 長門がそう叫んだのも仕方がない。そして彼女達……戦艦棲姫山城と北方棲姫率いる援軍によって敗走していた残り半分の連合艦隊がイブキ達と出会うのも、また仕方の無いことだった。だが、その時の心境は先に出会った者達とは比べ物にならない程に最悪と言っていい。

 

 戦闘をしていたハズのイブキがこの場にいるということは……大本営での戦闘は終わっていることになる。そして、そのことを長門達は聞かされていない。大本営の防衛戦力である武蔵達からの通信で撤退したのだから、終わったなら終わったで報告がきていても可笑しくはない……そう思って長門は翔鶴達元帥第一艦隊の面々を見やる。とは言っても、翔鶴以外の生き残り4人は未だに気絶したままなのだが。

 

 (軍刀……棲姫……生きて……ああ、それで先程から通信機が……)

 

 実は翔鶴、戦艦棲姫山城とのやり取りの後からずっと俯いていてここまで1度も顔を上げていない。通信機が鳴っていることにも気付いていたが、気にも止めていなかった。今も周囲の声から前方に軍刀棲姫が居ると分かったが、1度も目を海面から上げていない。それは別に山城とのやり取りに思うところがあった訳ではなく……ただ単に、帰ってどうするのかを考えていたからだ。

 

 帰ってからあの善蔵の偽者に何を言われるだろうか。謹慎や体罰ならまだいい。除隊や解体されてしまえば本物の善蔵を見つけ出すことはより困難となる。そもそも、偽者と解っていても善蔵の顔で、声でそんなことを言われてしまえば流石に堪える。どうする……どうしよう……そんな風に悪い方向へと考えていた翔鶴には、通信に出る余裕も周りの声に反応する余裕も無かった。他の現元帥第一艦隊の面々はまだ気絶から復帰できていない。

 

 「それに駆逐棲姫だと!? いや、微妙に姿が……」

 

 「またですか……安心してください。私達に戦闘の意思はありませんから」

 

 (……? 今の声……どこかで……)

 

 長門の後に聞こえた声に、翔鶴は聞き覚えがあった。今のネガティブに染まった思考では答えが中々出せずに居た為、彼女は体が重いと感じながらも顔を上げ、声の主を探す。程なくして、それは見つかった。

 

 駆逐棲姫……かつての連合艦隊対イブキとの戦いに居合わせた翔鶴もその姿は知っている。あの時は確か、髪型はサイドポニーだったか……と、翔鶴は思い返す。しかし、目の前……イブキの隣に居る駆逐棲姫はサイドポニーではなく、どこか見覚えのある髪型を……とそこまで考え、翔鶴は答えを出す。

 

 (不知火? それもこの感じは……あの時逃げた娘ですか)

 

 目の前の駆逐棲姫の正体に、翔鶴は誰よりも早く気付いた……が、それだけだった。今更不知火と出会った……この場合は再会と言うべきだろうが、それがどうしたと言うのか。不知火が生きていようが死んでいようがどちらでも構わないというのに……そんな事を考えて、彼女は不知火から視線をずらす。すると今度はイブキの姿が目に入った。片腕が無く血の気の失せた顔色から満身創痍なのは見てとれた。これには流石の翔鶴も驚愕を禁じ得ない。

 

 

 

 そしてイブキが手にしている軍刀を見て、翔鶴は目を大きく見開いた。

 

 

 

 (ああ……嗚呼……感じます、感じます善蔵様……其処にいらっしゃったのですね)

 

 かつて龍田がナイフになった天龍の存在を感じたように、翔鶴もイブキの持つ軍刀から善蔵の存在を感じ取る。まず最初に感じたのは喜び。あんな偽者ではない、本物の善蔵をようやくその目で見ることが出来たという喜び。次に感じたのは疑問。何故善蔵の存在が軍刀から感じられる? 何故人間が軍刀になっている?

という、当然の疑問。そして……絶望した。

 

 「……あ……いや、ああああ!! 善蔵様、善蔵、様が……なんで、どうして!?」

 

 「っ!? しょ、翔鶴? どうした?」

 

 突然頭を抱えて泣き叫び出した翔鶴に、その場の誰もが驚いた。長門が思わずというようにその両肩を押さえてどうしたのかと問い掛けるが、翔鶴は善蔵の名を呼び、どうしてと疑問を呟くばかりで会話にならない。

 

 翔鶴は軍刀から視線を外せず、長門の言葉も姿も認識していないかのように……いや、もう彼女には善蔵を感じる軍刀以外目にも耳にも入っていなかったし、内心は疑問で溢れかえっていた。何故自分の想い人が軍刀なぞになっている。何故それを軍刀棲姫が持っている。人間としての善蔵は何処にいる。いや、そもそも……。

 

 

 

 善蔵は、生きているのか?

 

 

 

 「ああああああああああああああああっっ!!」

 

 それは、何よりも翔鶴が恐れていることだった。翔鶴にとっての善蔵とは、文字通り“全て”である。この姿、己の過去現在未来、力、想い、その他言い尽くせない全てを捧げられる相手こそ善蔵という存在であった。善蔵さえ居れば何もいらない。命令されれば何もかもを捧げよう。敵を絶滅させろと言われれば何をしてでも成し遂げよう。味方を殺せと言われれば喜んで殺そう。全ては愛した人であるが故に。それほどまでに善蔵を心酔する翔鶴を、人は異常と呼ぶだろう。狂っていると言うだろう。そしてそれは正しい……だが、当然と言うべきか、翔鶴も最初はこんな思考はしていなかった。

 

 正規空母である翔鶴は、俗に言う不幸艦であった。と言ってもそれは軍艦時代の話であるし、艦娘となっても多少運が悪い程度のモノだ……だが、それを快く思わない者も居た。それが翔鶴の艦娘となってからの最初の提督だった。

 

 翔鶴は生まれてから50年近く経っている古強者である。だが、当時はまだまだ厳しい軍人らしい提督が多く、それ故に艦娘を個人ではなく戦争の為の道具と見ている者が多かった。翔鶴の元の提督も、それに当てはまる。艦娘を使い潰すように運用し、衣食住も最低限。活躍した艦娘には相応の待遇をしたが、被弾や大破しようものなら放置するか囮にするか……それでも戦果は上がっていた為、提督としては優秀だったのだろう。だが、艦娘との接し方という意味では……最悪の部類だった。

 

 その提督は、不幸にも被弾しやすく傷を負ってばかりいた翔鶴を冷遇した。当時の翔鶴は持ち前の不幸不運のせいで被弾ばかりしており、遠征でも演習でもロクな結果を出せなかった。それでも生き残っていたのは、相応の実力を持っていたからだろう。だが、何よりも彼女が不運だったのは……その不運が外だけでなく内でも起きてしまったことだった。

 

 それは本当に些細なことだった。何も無いところで転ぶ……そんなアニメでも漫画でも使い古されたようなドジを、翔鶴は鎮守府の建物、その中の階段付近で起こしてしまい……たまたま階段を登っていた提督とぶつかり、もつれあうように2人して落ちた。結果として提督は手足を骨折し、暫くの間執務が滞ってしまうことになる。只でさえ翔鶴は提督に良い印象を持たれていないというのに今回の出来事だ、提督が烈火のごとく怒り狂うのも仕方ないと言える。

 

 『翔鶴……貴様は解体では済まさん。演習の標的にした後に雷撃処分してやろう』

 

 その死刑宣告に翔鶴が感じたことは……恐怖ではなく安堵だった。自分は只でさえ迷惑を掛けてきたのだ、なるべくしてなった、これでもう誰も自分の不幸に巻き込まなくて済む……そんな諦めを含んだ安堵だった。その後翔鶴はその実質死刑の執行日まで独房で過ごすこととなり……。

 

 

 

 そして、事件は起きた。

 

 

 

 提督の所業に耐えきれなくなった艦娘による反乱。元々心を持ったことで使い潰すような運用に不平不満を募らせていた所に翔鶴への事実上の死刑宣告……それを聞いてしまった妹艦の瑞鶴を発端として、それは起きてしまったのだ。歴史上では2番目に起きた忌むべき事件。提督は艦娘によって殺害され、艦娘達はどんなに憎くとも上官を殺めた為、償いとして1人残らず自決した……独房の中に居た翔鶴を除いて。

 

 翔鶴が独房から出ることが出来たのは、全てが終わってから1週間も後。日も当たらず、誰も来ることがなく、嗜好品の意味合いが強くその気になれば不必要とは言え飲まず食わずで、狭苦しく暗い部屋の中での極限状態の1週間……精神が病み、いっそのこと死ねたら……そんな風に思っても頑丈な艦娘の体は生半可なことでは死ねず、脱走防止の為か必要最低限の設備しかない妖精特製の艦娘用の独房とあっては逃げることもできない。それは正に地獄と呼ぶに相応しいだろう。

 

 『……まさか、生き残りが居たとはな……もう大丈夫だ』

 

 そんな地獄から救い出してくれた存在こそが、当時の善蔵だった。垢だらけで臭い、生気もなく死体のような姿の翔鶴を嫌な顔1つせずに抱き締め、そう言った善蔵のことが、翔鶴は神にも等しい存在に思えた。その時の温もりを、永劫忘れることはないだろう。それが例え翔鶴という都合の良い駒を手に入れる為の行為だとしても、彼女にとっては初めての人間からの抱擁であったのだから。

 

 そのような出来事があったから、翔鶴にとって善蔵とは依存対象であり、崇拝すべき存在であり、恋慕を抱く異性であり、己の全てであった。

 

 

 

 その全てが、無くなった。

 

 

 

 「……もう、何もかもどうでもいい……」

 

 悲哀と絶望に満ちた絶叫の後に俯いて微動だにしなくなっていた翔鶴の口からそんな言葉が漏れ出す。それを聞いた長門を初めとする周りの者達は、同時に危機感と焦燥感を感じる。それは不知火も例外ではない。

 

 「善蔵様が居ない世界なんて……どうでもいい……だけど……」

 

 俯いていた顔を上げる翔鶴。そんな彼女の目を見た者達の口から思わずと言うように小さな悲鳴が溢れる。その瞳が余りにもどす黒く、悲哀と憎悪にまみれていたから。それが更に周りの危機感が煽る。

 

 今、翔鶴が考えているのは善蔵の軍刀を持つイブキへの復讐だけ。一分一秒でも早く、その存在を消し去りたい。だが己の武器は捨ててしまっているし、正規空母である彼女が連合艦隊を降すイブキを相手取って勝てる可能性等万に1つもない。それは満身創痍である現状でも変わらないだろう。だが……相討ちならば、充分に可能。それを成すことができるモノならば、その胸の内にある。己の全てを燃料とし、それに応じて威力を上げる最悪の代物が。

 

 ー お前だけは……赦さない ー

 

 その美貌を憤怒に染め上げ、翔鶴は自分の胸元に右手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 「実験中、突如として空間に穴が開きました。それは毛穴よりも更に小さく、微生物よりも更に小さく……それほどの極々小規模ですが、確かに“何もない空間に”穴が空いたんですー」

 

 「その穴の向こうには、町並みが見えました。無人島の岩盤を私達が実験室として使うためにくりぬいて、他の妖精が入ってこられないようにしていた場所だったにも関わらず……そこで私達は、実験が成功したことに気付いたんですー」

 

 「ですが、穴はそれ以上大きくはなりませんでしたー。これでは何が出来るのか……そもそも何をしようか……そんな風に考えていた時、1つの考えが浮かんだんですー」

 

 「チリも積もれば山となる……穴を通れる程の極々小の機械を作り、“向こうの世界の魂や精神”を……誠に勝手ながら収集し、1つに纏め、アイツへの対抗策を産み出す為の材料にしようと」

 

 「向こうの世界は我々の世界とほぼほぼ同じでしたー。違いがあるとすれば、我々のような妖精が居なかったことと……どういう訳か、我々の世界とは魂や精神といった“材料”の質が比べモノにならない程良いということでしょうか」

 

 「ここまで言えば、もう解りますよね? イブキさん……アナタは、別の世界の塵のように小さくも良質な魂や精神等の材料を集めに集めた末に出来た結晶なんですー。漂っているモノだけでなく人間からもちょびっと頂いてますので、向こうの人々は直ぐ思い出せる程度の些細なド忘れを起こしているかもしれませんねー」

 

 

 

 

 

 

 アイツを斬った辺りから、どうにも俺は浮遊感を感じていた……地に足が着いていないと言うのだろうか、まるで夢の中を歩いているかのように現実味が無い。とは言え、こうなっている原因は分かっている……切り落とした左腕、そこから血と共に流れ出している“俺そのもの”……それが流れ過ぎたんだろう。貧血とはまた違う、何とも言いにくい浮遊感。このままではマズイと本能が叫んでいるが、いかんせんどうにも出来ない。

 

 戦っていた場所から離れ、不知火と思わしき深海棲艦に手を引かれて武蔵と対面した頃には……声を出すことも出来なかった。倒してからそう時間が経っていないのに、だ。続いて北上や摩耶達と遭遇した頃には……実のところ、もう殆ど声も聞こえていなかった。何かしら会話していて、球磨が暴れて北上にラリアットをかまされた所は見ていたが……何を言ってるのか解らなかったし、笑い声1つ口から出てはくれなかった。

 

 そして今、また艦娘達と遭遇したんだろうが……正直言って、姿すらボヤけて良く見えない。これはいよいよもってヤバイか……なんて、今更なことを考える。とは言え、完全に見えなくなった訳ではないので、輪郭や身ぶり手振りはうっすらと解るんだが。だから、目の前の白い奴が自分の胸に手を置いたのは理解出来た。

 

 

 

 そして、背筋にゾワッとしたモノが走った。

 

 

 

 この感覚を、俺は知っている。あの日あの時、大淀が光の中へと消える瞬間に感じた感覚と同じモノ。だとすれば、次の瞬間には……あの光が、爆発が起きる。ボヤけた風景を見る限り、沢山の艦娘達が居るというのに。

 

 逃げるか? 体の感覚は鈍いが、ここは障害物1つ見当たらない海上。真っ直ぐ全力で走れば、不知火1人位なら一緒に逃げられるかもしれない。艦娘達には悪いが、俺は夕立の……皆の元に帰らなければならない。艦娘達の死を無視してでも……そう思ったのに、ボヤけた視界の中で、その姿が目に入ってしまった。

 

 夕立。何故かは分からないが、その姿だけがやけにハッキリと見えた。勿論、俺の帰りを待っているであろう夕立ではない。彼女がこんなところに居るハズがない。だが……その姿が彼女と重なる。爆発によって死に行くであろう艦娘達の中に、“彼女”が見えた。彼女が、“また”消える。

 

 それだけは……耐えられない。

 

 

 

 

 

 

 長門達艦娘も、不知火も何が起きたか一瞬分からなかった。だが、直ぐに起きたことを理解する。その経過までは分からないものの、結果だけは理解出来た。即ち、翔鶴とイブキがその姿を同時に消したということを。

 

 「な、何だ。2人はどこへ消えた!?」

 

 「わ、分かりません。瞬きもしていなかったのに……」

 

 「……? どうしたの? 夕立」

 

 長門を含めた艦娘達と不知火が慌てる中、長門と同じ艦隊の加賀が、同じ艦隊の夕立の様子がおかしいことに気付く。と言っても、それは恐怖で震えているというようなモノではなく、イブキが居た場所を見て困惑しているように見える。

 

 「……イブキって人と、目があったような気がするっぽい」

 

 

 

 「く……ううううっ!?」

 

 そんな会話が行われているのと同時刻、翔鶴もまた驚愕の中に居た。気が付けば、自分は海の上を疾走していた……何を言ってるのか分からないと思うが、なんて思わず言いたくなる程の急展開。しかも疾走していた、とは言うものの実際は浮いている。否、抱えられていた。

 

 風景が線のように……と例えることがあるが、今の翔鶴は正にそんな状態だ。予想外の出来事に思考が真っ白になり、脳が理解を拒む。

 

 「かはっ……!?」

 

 かと思えば、次の瞬間には背中に強烈な痛みを感じ、口からは呻き声が出る。翔鶴が目だけで背後を見ると、そこにあったのは高く分厚い岩壁。そして目の前には……怨敵のイブキが、右手の肘から手首までの部分を翔鶴の腹に押し付けている姿。

 

 (っ……本当に……本当に一瞬で、何もない海上からこんな名も知れない島まで……バケモノめ……)

 

 (ぐ……今のでもう、身体が……)

 

 戦慄と恐怖を隠せない翔鶴がイブキを睨み付ける中、イブキ自身も限界に近かった。元々目も耳も不調で、猫吊るしとの死闘を終えてから休まずに動き続け、そしてついさっきの翔鶴を抱えての全力移動……最早イブキの身体は、動くことすら儘ならないだろう。

 

 心と身体……違いはあれど、お互いに限界だった。しかし……不利なのはイブキの方だろう。イブキは生きて拠点に戻ることが目的だが、翔鶴はイブキを殺せさえすればいい。そして、イブキはこの場から離脱することはおろか動くことすら難しいのに対して、翔鶴は動く必要はない。意思1つで、周辺一帯を吹き飛ばせるのだから。しかも、イブキにそれを防ぐ術はない。

 

 「このっ……バケモノ……でも、終わりです! 終わりですよ、バケモノの貴女でも!!」

 

 (っ、こいつ!?)

 

 「逃がすもんか、生かすもんか!! 善蔵様を奪った貴女だけは……この世界に存在することすら赦すものですか!!」

 

 イブキの首に両腕を、腰回りに両足を回して絡み付く翔鶴。逃がすつもりは微塵もなく、間の抜けた体勢だろうとも気にしない。普段のイブキなら、こんな拘束は簡単に外せる……否、される前に避けられた。だが、今の状態ではどうしようもない。

 

 「軍刀棲姫!! お前さえ居なければああああっ!!」

 

 

 

 ー ごめん、皆……ごめん……夕立…… ー

 

 

 

 

 

 

 「夕立……ずっとそこで待つつもりかい?」

 

 「勿論!」

 

 時雨と夕立が居るのは、拠点内に数ある内の1つの出入り口。夕立はそこでしゃがみ込み、ニコニコと笑いながら顎に両手を当て、頭にたんこぶを作りながら出入り口を見ていた。そこは、今は居ないイブキが出入りしていた場所だ。イブキはいつもこの出入り口から出発し、この出入り口に帰ってきた。夕立も一緒に。その記憶は今尚、彼女の中から消えていない。

 

 日向の通信機越しの言葉と、帰ってきた山城の言葉からイブキの生存を確信できた夕立は、日向と地上の大和達を他の仲間に任せ、自分はこの場所でずっとイブキを待っている。その行動に時雨は言いたいことがあったものの、ここ3ヶ月の中で見ていなかった彼女の笑顔を見てしまっては何も言えなかった。せいぜい苦笑しながら拳骨を落としたくらいである。

 

 嗚呼、ああ、イブキはまだだろうか。そわそわニコニコとしながら、夕立はそればかりを考える。やっと幸せな日々が戻ってくる。やっと愛しい人が戻ってくる。やりたいことは沢山あるし、言いたいことも沢山ある。過ごしたい場所も、共にしたい時間も、沢山沢山ある。でもその前に、お帰りと真っ先に言ってあげたかった。誰よりも先に顔を合わせたかった。

 

 「イブキさん、早く帰ってこないかなぁ」

 

 

 

 夕立がそんな言葉を嬉しそうに呟くのと……1つの島が光の中へと消えたのは同時だった。




という訳で、色々とクライマックスな話でした。ハガレンで言えば、お父様ことホムンクルスを倒した後のアルを助けるにはどうするか? という場面です。漫画では助かりましたが、さてはて本作はどうなることやら。

次回、もしくはそのまた次回に最終回予定です。最後までお付き合い頂ければ幸いです。



今回のおさらい

武蔵達、未来を見据える。消えてしまった男の代わりに。翔鶴、イブキとの心中を選ぶ。彼女には過去以上に大切なモノなど存在しない。夕立、イブキの帰りを待つ。再会を夢見て。



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