どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

今回はいつもよりも短め、9000文字未満程となっております。それはさておき、通算UA40万超え、ポイント5千を超えました。読んで下さっている皆様、本当にありがとうございます!

今回、ついに……

抜けていた文がありましたので追記、サブタイトルも一文字抜けていたので追記しました。


立てよ、ド三流

 渡辺 善蔵は、ツ級の一撃によって死んだ。例え機械の体を持っていようと、例え並外れた精神的な強さを持っていようと、例え強靭な魂を宿していようと、命の終わりは酷くあっけなく訪れた。誰にも知られず、孤独に、己の望みを何一つ叶えられぬまま。

 

 死んでも死にきれない、という言葉がある。やり残したことへの欲求、特定の相手への怨み、愛する者への心配等を、“未練”や“心残り”と呼ぶ。死んだ者は地獄や天国といった場所に行くそうだが……そういった現世に対する強い想いがあるならば、死んで尚現世にしがみつくことだろう。死んでいるのに、死にきれないという訳だ。そんな者達を、人は幽霊と呼ぶのだろう。

 

 『ふむ……なるほど。これは中々出来ん体験だな……足はあるのか』

 

 そして、善蔵はまさに幽霊と化していた。機械の体は頭を潰されて四肢を落とされ、文字どおり死に体。なのにその幽霊の善蔵は五体満足でその地下室に居た。

 

 驚くほど冷静に、善蔵は現状を受け入れていた。猫吊るしへの怨みや怒りは忘れてはいないが、それに囚われている訳でもない。しっかりと自分の意思を持ち、状況を分析する余裕もあった。

 

 (あれからどれくらい経ったのか解らんな……外へ出てみるか?)

 

 「見つけましたー」

 

 『ん?』

 

 善蔵が階段へと目を向けた瞬間、そんな声と共に2人の妖精が現れる。それは、ふーちゃんとしーちゃんであった。2人は善蔵を見つけると直ぐに近付き……驚愕の声を上げた。

 

 「……強靭な魂と様々な感情を宿した精神……素材としては一級品ですねー」

 

 『素材だと?』

 

 「意識があるですかー!? 普通なら意識が無いのに……これも強靭な魂であるが故、ですかねー」

 

 『ふん……私をそこいらの者と一緒にするな』

 

 誇るでも怒るでもなく、善蔵は言い切った。別に己が特別等と彼は言うつもりはない。だが、苦悩と苦渋、屈辱、怒りといった感情に苛まれ、それでも突き進んできた人生……それは決して、誰もが通れる道ではないという自負はあった。少なくとも、“普通”にはカテゴライズ出来ないだろう。

 

 『それで貴様らは何をしにここへ来た。私を素材にするとか言っていたが?』

 

 「……今、地上では深海棲艦となった猫吊るしが暴れていますー。その力と硬さは規格外で、イブキさんの持つ軍刀では殆ど傷を負わせられません。つまり現状、アレを倒す術は無いということになります」

 

 『イブキ、とは軍刀棲姫のことだな? なるほど、アレが傷を負わせられんと言うのなら、確かに艦娘達ではどうしようもないだろう。そして奴が健在であるのなら、武蔵達は回天を使っていないか、それとも使える状況ではないのか、はたまた使っても無駄だったのか……まあいい。それで、私を素材にするとはどういうことだ?』

 

 「貴方の魂、そして精神は我々妖精にとって素晴らしい素材となりますー。率直に言ってしまえば、貴方を使って猫吊るしに対抗出来る武器を作ろうと思っていますー」

 

 『くくっ……なるほど。それで貴様らはこの場に来た訳だ』

 

 妖精ズの目的を知り、善蔵は楽しげに笑う。そこに己が素材……物扱いされていることへの憤りや不快感はない。むしろ嬉しそうだった……いや、事実善蔵は嬉しかった。素材になることではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が嬉しかった。

 

 善蔵にとっての未練……それは、猫吊るしに一矢報いることすら出来なかったことだ。勿論、心残りと呼べるモノは他にもある。己の手で殺したも同然の息子善導の妻は1人で暮らしているし、孫である義道も若いながら将官となっているので心労から倒れやしないかという思いもある。何よりも、自分の妻である祭のことも、表情にも声にも出さないが心配する気持ちはあったのだ。

 

 善蔵という男は、根っからの悪人等ではない。むしろ人間としては逆の、名前の通り善き男なのだ。だからこそ海軍のことで苦悩し、猫吊るしという悪魔の囁きに耳を傾けてしまった訳だが。

 

 (悪魔に魂を売った私に、親族のことを想う清い気持ち等は不要。墜ちて、裏切られ、踊らされた道化に過ぎん私は何も成せぬまま消え逝くモノだと思っていたが……なるほど、なるほど……存外、“神”とやらは本当に居るのかも知れんな)

 

 故に、善蔵は心残りと呼べるモノの全てを棄てる。自分は猫吊るしと契約し、独善的な願いを叶え、終わらぬ闘争を世界にもたらし、巻き込んだ大罪人。いったい何人の人間が死んだ。何人の艦娘が沈んだ。敵として、海軍の為に殺される為だけに生み出された深海棲艦は何隻沈んだ。それら全ての屍は、根元的には善蔵と猫吊るしによって生み出されたモノである。だからこそ、善蔵は棄てるのだ。

 

 『いいだろう。私の全てを持っていけ……欠片も残すな。何も遺すな。だが、絶対に生み出せ……奴を殺す武器を』

 

 「……ありがとうございますー」

 

 「では始めましょー。さようなら、渡辺 善蔵。貴方の魂、貴方の人生……無駄にはしませんー」

 

 瞬間、善蔵は光に包まれる。どうやってかは知ることなど出来はしないが、加工されているのだと彼は悟る。恐怖はない。痛みもない。ただ、己という存在が形を変え、意識が消えていくことを理解した。それは心地好さすら感じ……だが、その心地好さすらも感じなくなっていく。己という存在を余すことなく、一寸の無駄もなく変えられていく。

 

 (くくっ……これはいいな……ああ、いい。むだではなかった。わたしのじんせいは……わたしのこうどうは……わたしのなにもかもは……けっして……)

 

 

 

 ー まったくの……むだではなかった ー

 

 

 

 海軍総司令、渡辺 善蔵。海軍を存続させる為だけに悪魔と契約し、世界を混乱に陥れ、終わらぬ闘争の切っ掛けを作り出した男。その生涯は決して緩やかなモノ等ではなく、誇れるようなモノでもない。だが、それでもきっと……無意味ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 “艦娘は船である”。この言葉を、話の中で何度も言ってきた。人の体を持つ艦娘と深海棲艦が海上で跳ねたり走ったり出来ないのは、船がそんなことは出来ないからだ。今でこそ一部の艦娘は強化艤装を使うことによって海上でも人間と同じように動けるようになったが、それでもまだ大半の艦娘はそうではない。深海棲艦に至っては強化艤装すら存在しない。艦娘と深海棲艦が混ざったような姿の夕立海二、レコンもそれは変わらない。尤も、夕立は強化艤装を手にしているが。

 

 だが、イブキだけは違う。彼女(かれ)だけは初めから海の上を走り、跳んだ。艦娘のような、深海棲艦のような彼女(かれ)だけが、その理から外れていた。だからこそ、猫吊るしにとってイブキという存在はイレギュラーなのだ。

 

 実のところ、姫や鬼の深海棲艦もイレギュラーになる。猫吊しは鬼、姫の深海棲艦を設計していなかったからだ。だが、空母棲姫曙が生まれたことで、想定外の事実を知る。それは、元となる艦娘が転生する際、多くの経験をするか多くの感情を溜め込む、もしくは魂の強さが頭一つ分飛び出ている場合に設計上の限界値を超え、その数値に適した身体を()()()()()()()()()ということ。姫や鬼とは、偶然の産物なのだ。とは言え、結局は猫吊るしの設定、設計上での出来事。猫吊るしにとって何の障害にもなりはしない。むしろ想定外の出来事で面白いとすら思っていた。

 

 しかし、イブキだけはそうではない。設計も設定も作成も、猫吊るしは着手していない。この世で艦娘、深海棲艦を設計出来るのは唯一猫吊るしのみ。他の妖精達はその設計通りに実行しているだけだ。だというのに、現れる筈の無い存在が現れ、挙げ句その力は己の作品を遥かに上回っている。こんなに面白くないことはないだろう。そして一番の問題なのが、製作者が分からないこと。いや、製作者は分かった。目の前に現れた妖精達であることは理解した。だが、それならば別の問題が出てくる。

 

 妖精とは、簡単に言えば高性能なロボットだ。自分の意志があるように見えるし、会話も出来る。物だって食べる。だが、それらの行動も全てプログラムされたモノ。本当の意味で自分の意思というモノは妖精達に存在しない。ロボットだから裏切ることもない。しかし、イブキの製作者であろう妖精達は間違いなく猫吊るしの手を離れている。

 

 猫吊るしとは違う、意思を持つ妖精達によって生み出されたイブキ。艦娘でも、深海棲艦でもない、全く未知のどっちつかずの彼女(かれ)。その最たる違いは……やはり、“魂”に他ならない。何故ならば、イブキだけが唯一……本当の意味で人間の魂を宿しているのだから。はっきりと言ってしまうなら、イブキは()()()()()のだ。

 

 

 

 

 

 

 何か、大切なモノがごっそりと抜けた気がした。

 

 「……あ……」

 

 様々な記憶が一瞬にして頭の中を駆け巡り、次々と消えていった。

 

 (おれは……わたしは……ぼくは……わしは……)

 

 なにかがぬけて、きえて、わすれて、こわれて、なくなって。

 

 「イブキさん!!」

 

 「……っ!?」

 

 その声で、意識が戻った。同時にいつもの感覚が発生し、チラッと右を見てみると黒い壁が迫ってきていたので地面スレスレまで姿勢を低くする。すると壁……猫吊るしの艤装の腕が背中を僅かに掠って過ぎ去った。それを確認してから前へと跳び、少し距離を取る。そしてみーちゃん軍刀を鞘に納め、口にくわえていたしーちゃん軍刀を手に取る。

 

 「助かった、みーちゃん」

 

 「それよりもイブキさん……左腕を斬り落とすなんて……」

 

 「邪魔だったからな」

 

 腕を斬り落とした理由なんてそれくらいだ。普通なら正気の沙汰じゃないが、今は命懸けの戦いの最中……動かない腕なんて邪魔な重り以外の何物でもない。とは言え、ちょっと早まったかもしれないが。拠点の皆が見たらどんな顔をするのやら。

 

 ……なんて軽い調子で考えてはいるが、実のところ気分が滅茶苦茶悪い。冷や汗は止まらないし、心なしか力もあまり入らないような気がする。体は腕一つ分軽くなったが、同時に何か大切なモノを失ったような喪失感がある。血と一緒に、俺という存在に必要なモノが抜け出ていっているかのような……。

 

 「……その喪失感は、イブキさんその物が抜け出ていっているからですー」

 

 「っと……は?」

 

 猫吊るしの異形の降り下ろしを避けると、みーちゃんがそんなことを言ってきた。言葉の意味が理解できなくて我ながら間の抜けた声が出る……が、直感的にその言葉が正しく、的を射ていることを理解する。つまりは本当に俺という存在そのものが無くなっていっている訳だ。恐らくは精神だとか魂だとか、そういう目に見えないモノが。

 

 俺が(あやか)らせてもらっている某大総統の出る某錬金術師の漫画では、人間を使って賢者の石というモノを造り出す。それは材料となる人間が多ければ多いほど大きくなり、強い力を持つ。そしてその最大の大きさこそが、人間と同じ。恐らく俺は、それに近い存在なんだろう。まあ、実のところそうじゃないかと確証は無くとも仮説としては考えていたんだが。

 

 「何をくっちゃべってるんですかああああっ!!」

 

 「チッ……」

 

 まるでさっきの繰り返しのように猫吊るしが殴りかかってきて、俺はそれを避ける。心なしか、猫吊るしの攻撃がより脅威的に感じる……腕一つ分無くなってことが原因なのは明らかだな。軍刀で受け流すのも難しそうだ。そして、避ける度に切り口から血が漏れ、喪失感と焦燥感が大きくなる。

 

 ……同時に、物凄くイライラしてきた。それはふーちゃん達が軍刀を作って持ってくるまで避け続けるしかない現状もそうだが、何よりもやたらテンションが高い目の前の俺に似た姿の猫吊るしが見ているだけで腹が立つ。

 

 「……その顔で、そんな表情を浮かべるな」

 

 「は? ふがっ!?」

 

 大振りの巨腕の一撃を潜り抜けるようにして避けつつ近付き、しーちゃん軍刀を押し付ける……こいつの鼻の穴に。行動としてはおふざけも良いところだろうが、これには虚を突かれたというのか、猫吊るしの動きが一瞬止まった……そこで、しーちゃん軍刀のトリガーを引く。

 

 「ふぎっ!? はぎゃああああっ!!」

 

 「うわー……アレ絶対痛いですー……」

 

 「いい気味だ」

 

 これまでの戦闘から、俺の攻撃は殆どダメージにこそなりはしないものの痛みを与えることが出来るのは分かっていた。その都度そういった攻撃に対しては猫吊るしも警戒していたようで通らなくなりつつあったが、初見なら俺の攻撃速度もあってかほぼ確実に通る。某大総統ならもっとスマートに、かっこよく、スタイリッシュに戦うんだろうが……所詮は肖らせてもらっているだけの俺だ、これくらいのおふざけがあるくらいで丁度良い。

 

 さて、トリガーを引いたしーちゃん軍刀は最大100メートル程まで伸びる。したがって、猫吊るしの奴はそれくらいの高さまで、鼻の穴に軍刀を差し込まれながら上がっていくことになる。鼻の穴という小さい場所に切っ先が食い込み、自分の体重と伸びる勢い、さぞや痛いだろうな……と思った後、俺は直ぐに後ろへと跳ぶ。次の瞬間には、猫吊るしと一緒に飛んでいなかった異形が降り下ろした巨腕が地面を砕いていた。

 

 その異形を見て、俺は少し悲しくなる。2人の姫を混ぜた末に生まれた今の猫吊るしの艤装。頭が2つ、腕が4本あるこの異形の艤装は……姫の成れの果てと言える。片割れは知らないが、もう片方は夕立の命の恩人。そして、三ヶ月前のあの日、俺と共に行動し、言葉だって交わしていた。誰かを心配していた。優しい人だった。あって数時間にも満たなかった俺ですら、そう思えた。

 

 そんな人が、今では物言わぬ艤装になった。拠点に居る筈の山城と扶桑のこともあり、もしかしたら意識が残っているんじゃ……とも、心のどこかで思っていた。だが、目の前の異形からは意識があるようにはとても見えない。もう、あの姫は居ないんだ。そう思ったら……余計に悲しくなった。

 

 「ぶげっ!」

 

 再び異形が拳を振り上げた時、今まで空に居た猫吊るしが降ってきて無様な声を上げた。しかも顔から落ちていた……あれは痛い。見た目が俺に良く似ているからか、俺が声を上げたみたいに思えて気恥ずかしくなる……そんな風に思える程、いつの間にか俺の心は余裕を取り戻していたらしい。思えば、祭さんの元から離れてからずっと気負っていたのかもしれない。だが……今は自然と笑みを浮かべる余裕がある。

 

 だからだろうか。気が付けば俺は、あの漫画の主人公のようにこう言っていた。

 

 

 

 「立てよ、ド三流」

 

 

 

 「イブキさーん!」

 

 「これが新しい軍刀でーす!」

 

 声が聞こえた方に視線をやると、ふーちゃんとしーちゃんの2人が地下室の入り口付近に居て、光の玉としか言えない何かを投げてきた。不思議と落下も減速もしないそれを、俺はしーちゃん軍刀を鞘に納めた後に残っている右手で掴む。するとあの光……ゲームで艦娘がドロップする時に出る光が右手を中心に広がる。そして、その光が収まった時。

 

 「俺とお前の、格の差という奴を教えてやる」

 

 俺は、光の玉の代わりに握っていた軍刀の切っ先を猫吊るしに向けた。

 

 

 

 

 

 

 (格の差……ですって? この私に……!?)

 

 タラリと血が流れる鼻を押さえつつ、猫吊るしは顔を上げてイブキを睨み付ける。格の差……限り無く全知全能に近い存在であると自負している猫吊るしにとって、その言葉は酷く自尊心を傷つけられた。自分は全ての艦娘と深海棲艦の創造主であり、相手はどれだけ強くとも造られた存在……そんな思いが、猫吊るしにはあった。それは、今の今までイブキの攻撃が通っていないことからも来ていたのだろう。つまるところ、猫吊るしはこの時、イブキを格下に見ていたのだ。

 

 「舐めた口をおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 怒りを爆発させ、イブキに異形をけしかける。異形は2つの口を限界まで開け、獣のように咆哮する。4本の腕を引き絞り、イブキを殴り殺さんと迫る。そこに、個人の意思というモノはやはり感じられない。駆逐深海棲艦等のように本能で動く獣のようにしか見えない。港湾棲姫吹雪の面影も、空母棲姫曙の面影も無い。故に、イブキに迷いは無い。

 

 

 

 気が付けば、イブキは異形と猫吊るしの間に軍刀を左から右へと振り抜いた姿で立っていた。

 

 

 

 「……は?」

 

 猫吊るしの口から間の抜けた声が漏れる。離れた場所で戦いを見守っていた武蔵達と駆逐棲姫不知火もまた、同様にぽかんとしていた。それくらい理解不能の出来事だったのだ。まるでドラマやアニメのシーンを飛ばして見たかのような、まるで瞬間移動したかのような、そんな有り得ない出来事が目の前で起きた。

 

 だが武蔵だけは直ぐに正気に戻り、その出来事に見覚えがあることを思い出す。三ヶ月前の深海棲艦による大規模襲撃……その時、イブキを守った大淀を助けた時、イブキはそれこそ目にも止まらぬ速さで深海棲艦の大群を瞬殺してみせた。武蔵は悟る……今のイブキは、その時の状態であるのだと。

 

 「あ……な? なああああ!?」

 

 そして数秒後、イブキの背後の異形の首2本と4本の腕に一筋の、体に十字の切れ込みが入り……バラバラになって崩れ落ちた。それはつまり、一瞬の内に実に12回に及ぶ斬撃を繰り出したことを意味する。それに気付いたのかそうでないのか、猫吊るしが悲鳴じみた絶叫を上げる。

 

 信じられない。その言葉こそが、猫吊るしの心情を語っている。先ほどまでまるで斬ることが出来ていなかった艤装を、新しい軍刀は紙でも裂くかのように……その瞬間は見えなかったが……バラバラにしてみせた。それ即ち、猫吊るしにはイブキの攻撃が通じないという絶対的な優位性が失われたことを意味する。しかも艤装が破壊されたことにより、猫吊るし自身の攻撃手段も減った。砲撃も艦載機の発艦も出来ない。手元にあるのは、港湾棲姫の名残である巨大な爪くらいのモノだ。

 

 「……」

 

 「ひぃっ!」

 

 青い炎のように揺らめく光を宿した両目が、猫吊るしを射抜く。短く悲鳴を上げた猫吊るしに、余裕は一切無かった。そうしてようやく、猫吊るしは知るのだ……目の前の存在には勝てないと。地下室で感じた濃厚な死の気配を、猫吊るしは再び感じていた。

 

 「ひ……ひ……ひぃああああぁああああっ!!」

 

 がむしゃら、という言葉が正しいか。恐怖から逃れるかのように叫び声を上げ、力任せに爪を振るった。攻撃速度は速い。攻撃力もある。姫級2隻を混ぜて生まれた身体だ、その性能はあらゆる面で最上位のモノ。技が無くとも、経験が無くとも、ただテキトーに力を振るえばそれだけで終わる……それほどのスペックがあった。

 

 「俺の顔で、情けない顔をしないでほしいな」

 

 だが、目の前の存在はそれを更に凌駕する。気が付けば、イブキは右から左へと振り抜いた姿で猫吊るしの後ろに立っていた。同時に、猫吊るしの両肘に赤い切れ込みが入り……巨大な爪はポロリと落ちた。

 

 「ぎ……ぃあああああああああ゙あ゙あ゙あ゙!!」

 

 その後直ぐにやってきた激痛に、猫吊るしは膝を着いて絶叫する。妖精の頃は痛みなど感じていなかったし、今の身体となってからも痛みこそ感じたがここまでのモノではなかった。だからこうして、無防備に痛みに耐えきれずに膝を着いている。猫吊るしの本職は研究者であり、断じて戦う者ではないのだから。

 

 「ひぃ……ひっ……ひぃ……あぐぅ!?」

 

 そのまま、猫吊るしは逃げようとした。一刻も早くこの場から逃げたかった。この痛みから逃れたかった。もう痛みを感じたくなかった。だからイブキが背後に居ることも忘れて、必死にこの場から逃げようとした。そんなことが赦されるハズもなく、イブキが振り向き様に右足の太股から下を斬り飛ばし、猫吊るしは顔から地面に倒れこむ。

 

 四肢の内左足以外を失った猫吊るしに、最早どうすることも出来ない。そんな猫吊るしの脳内では、何故? 何故!? と疑問と恐怖が満ちていた。何故自分がこんな目に!? 何故こんなにも一方的に!? どうすればこの場から逃げられる!? 自慢の頭脳は解決策を出さず、蓄えた知識は何一つ活かせない。助けなど来るわけがない。生き残る道筋など、存在していない。

 

 「いや……だ……いや、だ……いやだ、いやだイヤだ嫌だやだヤだやだああああ!! 艦娘! 深海棲艦!! 私を助けろ! 私はお前達の産みの親だぞ! 私はお前達の創造主だぞ!! だったら助け、親を助け! ぜ、善蔵……そうだ、善蔵! どこだ善蔵!! お前と私は共犯者でしょう! お前の願いを叶えたでしょう!! だから、だか、助け、誰でもいいから、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないぃぃぃぃ!!」

 

 それでも猫吊るしは喚き、助けを求めた。自身の意識をデータに変え、妖精として生きてきた。データさえあれば、妖精の身体があれば死ぬことなど有り得ないと断言出来、実際に今日まで生きてきた。死の恐怖を感じることなど全く無く、いつしか自分を全知全能の神に等しいとすら思っていた。

 

 だが、この有り様を見て誰が神だと思えるのか。今の猫吊るしは、艦娘でも深海棲艦でも、ましてや妖精でも無い。死を恐れ、生に縋り、泣き叫ぶ……人間以外の何者でもない。そんな姿を、イブキと妖精ズは冷めた目で見下ろしていた。

 

 「貴女は好き勝手をやり過ぎましたー」

 

 「貴女は驕りが過ぎましたー」

 

 「貴女は他人の怨みを買い過ぎましたー」

 

 

 

 「「「だからこうして終わることになる。間接的であれ我々に殺される。終わりだ、猫吊るし」」」

 

 

 

 「ひぃっ! まさ、まさか、お前達、ば、は」

 

 妖精ズの言葉を聞き、何かに気づいたように後ろを向いて声を上げる猫吊るし……だが、その言葉を言い切ることはなかった。そんな猫吊るしが最期に見た景色は、左右に別れる不可思議な風景。

 

 そして……上から下へと軍刀を振り切ったイブキの姿だった。




VS猫吊るし、決着。通じる武器が無かったから時間がかかっただけなので、通じる武器さえあればサクッとやれちゃうのです。主人公無双タグは伊達ではないのだよ。

大総統に肖っている主人公ですが、やはり黒幕との決着時にはこのサブタイトルの台詞だと思いました。研究者としては一級品でも戦う者としては三流、四流も良いところですからね。

今回の話の評価次第では、赤からオレンジになりそうで少し怖いですね。ですがまあ、今回まで赤であったことも私としては出来すぎとも言えますが……楽しんでくれている作品を書けているという自信にも繋がっています。こう書くとこの話で終わりそうですが、まだ続くんじゃよ。



今回のおさらい

善蔵、一振りの軍刀となる。その生涯は決して無駄ではない。イブキと猫吊るし、決着。実は半日に満たない間での出来事である。

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