どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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大っ変長らくお待たせしました。待っていて下さった皆様には謝罪及び感謝感謝です。

詰まっていましたが、どうにか形に出来ました……うん、本当に難産でした。ついでにららマジ(絵に釣られて)、はがオケ(ボイロに釣られて)始めました←

今回、超展開。


これからもずっと、一緒ですよ

 (当たらない!)

 

 猫吊るしが右の巨爪を力任せに振るう。その切れ味と猫吊るしの艦娘、深海棲艦をも越える腕力を持ってすれば切り裂けないモノなど殆ど存在しないだろう。

 

 (当たらない!!)

 

 彼女の背後に浮いている巨大な異形が4本の巨腕を振るう。ストレート、降り下ろし、アッパー、フックと多様な軌跡を描くそれらは、猫吊るし以上の腕力を持って眼前の敵を打ちのめさんと攻め立てる。当たれば最期、後ろにある半ば廃墟と化した大本営のようにバラバラにされるだろう。

 

 (どうして……当たらないんですか!?)

 

 しかし、それも()()()()の話。相手が艦娘ならば、例え最強クラスの実力を持つ日向であっても避けられなかっただろう。深海棲艦ならば、例え姫であっても耐えられないだろう。だがイブキは今、猫吊るしの攻撃を避け続けている。

 

 巨爪を振れば当たらない位置まで下がられ、巨腕を突き出せば僅かに体を逸らすだけで避けられ、フックやアッパー、打ち下ろしは避けるか軍刀で受け流される。どれだけ攻撃の速度を上げても、イブキはまるで問題としていないかのように対応してきた。

 

 「くっ…この!」

 

 「撃たせんさ」

 

 「うがああああ!!」

 

 かといって砲撃しようと異形の腕を開いて砲身を出せば効きもしないと分かりきっている軍刀で斬りつけられて自爆を恐れて撃てず、艦載機を出せば出した瞬間から伸びる軍刀で斬り落とされる。その度にイライラが募り、攻撃の荒々しさが増していく。だが、単調にはなりはしない。今でこそ深海棲艦の姿、それもイブキに瓜二つの容姿になっている猫吊るしだが元は世界最高峰の頭脳と能力を持つ存在。怒りに我を忘れて、等という愚は犯さない。それでも、イブキには掠りもしなかった。

 

 (チッ……さながら最強の盾……どこぞの強欲のように生身の部分なんてモノは無いに等しい……厄介な)

 

 しかし、イブキはイブキで焦っていた。攻撃は見切られる。当たれば終わりだろうが、今のところまだまだ余裕を持って対応出来る……が、やはり殆どダメージを与えられない以上はじり貧と言う他にない。ふーちゃん軍刀をパワーアップさせると言っていた妖精ズもあれから何の返事もない……と言ってもまだ数分しか経ってないが……為、それが余計に焦りを生む。

 

 更に言えば、イブキは猫吊るしに砲撃も艦載機も使わせる訳にはいかない。砲撃の威力は実際に見たし、艦載機の攻撃力も予想が付く。イブキが現状何よりも怖いのは、猫吊るしが己を無視して他に攻撃することだ。何せ自分の攻撃は殆ど効かない以上、無視しても何の問題もないのだから。更に言えば、砲撃にしろ艦載機の攻撃にしろ、爆発や衝撃等の余波がある。今のような拳や爪は避ければ済むが、砲撃や爆撃は避けたところで余波が来る。どう足掻いても避けようのない、距離を取るくらいしかかわせない攻撃……それが今、イブキが絶対に相手に使わせてはいけない攻撃なのだ。

 

 「……ふっ!」

 

 「う、わ!?」

 

 避ける合間に右手のしーちゃん軍刀を猫吊るしの目に向けて伸ばすイブキ。生物は目、顔への攻撃を本能的に嫌う。元は人間であり、深海棲艦という生物となっている猫吊るしもその例に漏れないらしく、顔を引いて避けようとする。その結果、目に当たることなく額を掠る程度で済んでいた。

 

 しかし、そこで終わるイブキではない。左手のみーちゃん軍刀を軽く後ろへと上方向に放り投げ、それによって空いた手を猫吊るしの服の胸元を掴み上げ……そのまま後ろに振り返り、さながら野球のピッチャーのように猫吊るしを投げ飛ばした。その際、異形はその場に置いてきぼりとなっている。

 

 「ぐ、うっ!」

 

 「はっ!」

 

 背中から落ちたが、そんなことで深海棲艦にダメージは与えられない。が、息が詰まるという現象は起きる。何故なら体内の構造は人間とそう変わらないのだから。故に、猫吊るしの動きが一瞬止まり、その隙に放り投げていたみーちゃん軍刀を再び手にして近付いていたイブキは彼女の両腕を踏みつけて動きを封じ、首目掛けて唯一ダメージを与えられるしーちゃん軍刀を振るう。

 

 「っ、ちぃ!」

 

 しかし、振り切る前にイブキは真上へと飛び上がる。すると直前までイブキが居た場所を背後から近付いていた異形の手が通り過ぎた。それとは別の腕が上空のイブキへと伸ばされるが、イブキはしーちゃん軍刀を斜めに伸ばして切っ先を地面に突き刺し、更に伸ばすことで空へと斜め後方に逃げ、距離が出来たところで刀身を戻して着地する。

 

 「このっ……ちょこまかちょこまかと……どうせお前の自慢の軍刀は私にロクなダメージを与えられないんです。いい加減諦めて……私に殺されろおおおおっ!!」

 

 火に油を注ぐが如く、猫吊るしの怒りは膨れ上がる。同時に、イブキしか目に入らなくなる。自分を無視させないという思惑は成功しているが、やはり倒せないことに加え、自分以外を意識させてはいけないのは精神的にキツイものがあるらしい。イブキの頬には水飛沫とは別に汗が流れていた。

 

 再び猫吊るしの暴風のような攻撃が始まり、可能な限り接近して避け続け、時折無駄な攻撃をして意識を向けさせる。死と隣合わせの攻防、掠れば、服の端を掴まれでもすれば終わりの緊張感の中で、イブキはただただ逆転の時を……軍刀妖精達がふーちゃん軍刀をパワーアップさせる時を待つ。今はそれしか、目の前の自分似の化け物を倒す手段がないのだから。

 

 

 

 

 

 

 通信をする為に大本営へと向かっていた不知火は時折聞こえる爆発音と猫吊るしの怒りの叫びにビクッと震え、思うように速度が出ない艤装の不調にイライラしつつも陸地に上がることが出来ていた。

 

 「……守ってきた物が壊れるというのは……やはり心にキますね」

 

 全壊に近い半壊……そんな建物と散乱する死体を見て、不知火の口からそんな言葉がポツリと溢れる。かつて……と言っても半年も経ってないが、彼女も元々は元帥第一艦隊……この建物を含め、中で働く人間を、仲間を、それ以外の人類を守ってきた者の1人。その対象がこうして守れずに壊れ、死んでいる姿を見るのは涙が出そうな程に辛かった。心無しか艤装がより重くなった気がした不知火は、溢れそうになる涙を堪えるように強く目を瞑り、首を数回振って再び前を向き、建物へと向かう。時間にすれば10分にも満たない距離だが、その海から建物までの僅かな距離が、不知火には地獄に等しく感じられた。

 

 視界の端に、瓦礫に潰された人間の死体が映った。別の場所には猫吊るしの砲撃の余波に巻き込まれたのか、原形を留めていない死体もあった……その体に残っている衣服から、艦娘のものであると辛うじて分かる。誰かは分からないが。

 

 (……感傷に浸るのは後です。今は通信をして、連合艦隊を止めて、それ……から……っ!?)

 

 

 

 ー キケンナヤツガクルヨ ー 

 

 

 

 不意に、胸ポケットに入れてある駆逐棲姫春雨の破片がドクンと脈打った気がした。同時に、頭の中で声がした気がした。不知火は反射的に服の上から破片を握り締め……目的地の建物の壊れた壁から黒いナニカが出てくるのを見て、瓦礫の影に咄嗟に隠れた。

 

 それは、矢矧が転生した深海棲艦“軽巡ツ級”。だが、そんなことを不知火は知る由もない。しかし、艦娘から深海棲艦に、もしくは深海棲艦から艦娘へと変わることを知っている為、建物から深海棲艦が現れたことは彼女にとってそこまで大きく驚く所ではない。問題なのは、相手……ツ級が見たことも聞いたこともない姿の深海棲艦であること。

 

 (姿から言って鬼や姫である可能性は低い……ですが、さっきの声……“危険な奴が来る”と、そう言っていました。恐らく、あれは今の私では手に負えない相手……ましてや海上ではなく艤装も不調な現状では余計に……)

 

 不思議と不知火は、先程頭に響いた声を信頼していた。それはどこか懐かしい声だったからというのもあるだろうが、それとは別に右側のスカートに隠れるように右足の太ももに巻いているベルト、そこに取り付けているイブキから受け取った果物ナイフ程度の大きさのナイフもドクンと警告するかのように脈打ったように感じられたからだ。2つの“遺品”が同時に、深海棲艦が現れたタイミングで妙な感覚を発し、片方は実際に声で警告までしてきた。明らかな超常現象……オカルトの類いの出来事であるが不知火自身も似たようなモノ、気のせいと断じることはしない。

 

 ツ級はゆっくりとした足取りで建物から出て不知火が隠れている方へと歩いてくる。見つかっているのかどうか定かではないが、少なくとも両手の主砲がいきなり火を噴くことはないらしい。そのことにホッと安堵の息を漏らしそうになるが、不知火は必死に可能な限り息と気配を殺す。元は他の鎮守府でスパイ活動を、時には暗殺もしてきた彼女だ、その辺りの技術は艦娘の中でも抜きん出ている。

 

 (……まるで昔に戻ったみたい……なんて、まだ半年も経ってないのに)

 

 そんなことを考えて、内心で苦笑する。約50年、渡部 善蔵から命令された不知火の日々は正しく灰色だった。仲間を欺き、内心を隠し、時に殺めることを繰り返す日々。いつしか心を殺すことを覚え、命令ではなく自然と表情を無くし、人形か機械のように命令を遂行するだけになっていた。そんな中で、善蔵の息子である渡部 善導の鎮守府に潜入して触れ合い、色を取り戻しかけ……結局また失った。その後もそんな日々が続き、これからも続くのだろうと思っていたが……それが今では色を取り戻し、自分自身を取り戻し、善蔵の元から離れ……短い期間に良くもまあ変わったものだと再び苦笑し、まるで走馬灯のようだ等と冗談半分にまた苦笑して。

 

 

 

 背後の瓦礫を突き破って出てきた黒い巨腕を、形振り構わず前転することでギリギリ避けることが出来た。

 

 

 

 

 (……こういうのを“経験が活きた”と言うんでしょうかね)

 

 形振り構わない前転のせいで服や体の露出している部分が汚れてしまい、艤装を強く体に打ち付けたことによる鈍い痛みがあるが、生きている。そのことに今までの経験に感謝しつつ、敵へと向き直る。

 

 瓦礫を突き破ったことで起きた砂埃の中からゆっくりと現れたのは、やはりツ級。掴み損ねた自分の手をニギニギと何度か握って開いてを繰り返した後、手のひらに向けられていたであろう視線が不知火へと向けられ、首を傾げる。不知火には、それがまるで幼子が疑問を感じているかのようにも見えた。となれば、自分は今正に子供に羽や手足を毟られそうになっている昆虫と言ったところだろうか……と、彼女は笑えないことを内心で呟く。しかし、視線はツ級から逸らさない。あの巨腕に掴まれでもすれば間違いなく終わる。その腕に付いている砲身による砲撃も直撃すれば……その結果は言うまでもない。

 

 (選択肢は逃げるか立ち向かうの2択……とは言え背中を見せる訳にはいきませんし、事実上立ち向かうしかないですね……)

 

 「今の私にどこまでやれるか分かりませんが、ね!」

 

 不知火は考えをまとめ、首を傾げることを止めたツ級に向けて主砲を向ける。そして着弾してツ級が爆煙に包まれたことを確認し、その場から離脱して建物へと向かう……背中を向けることはしたくはなかったが、瓦礫が散乱するこの場では後ろ向きに走るなど自殺行為と判断し、走り抜けることにした。

 

 (ダメです、砲身が動く時間が長い上に明らかに弾道がずれました……不調にも程がある。ですが、撃てたので良しとしましょう。最悪、撃てないことも視野に入れていましたし)

 

 今の砲撃で分かったことは、やはり現状の不知火はまともな戦闘……砲雷撃戦が、地上に居ることを差し引いても出来そうにないということ。先程の砲撃、不知火は威嚇と爆煙による目隠しも兼ねてツ級の足下に向けて撃ったつもりだった。が、実際は足下を大きく外れてお互いの丁度間辺りに当たった。砲身が思うように操作できず、上手く狙えなかったのだ。()()()()()()()()()()()()()ハズなのにこの誤差は不調とは言え可笑しい……とそこまで考えたことで、不知火はようやく不調の理由に気付いた。

 

 (そうでした、妖精はイブキさんが全て……)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。地下の部屋で軍刀妖精達により、不知火の艤装に宿っていた妖精達は艤装から弾き出され、猫吊るしを殺す為にイブキによって全て斬り捨てられている。つまり、不知火の艤装には現在妖精が宿っていないのだ。言ってしまえばそれだけのことだが、それが何よりも重要なのである。

 

 艦娘の艤装は深海棲艦とは違い、全て後から装備する。その為、実際のところ艦娘単体に出来るのは引き金を引いたり矢を放ったりすることくらい……いや、艦娘と艤装には過去の軍艦としての繋がりがあるのである程度……本当にある程度だが操作することは出来る。だが、その繋がりだけでは齟齬が生まれ、望むような結果は得られない。その齟齬を無くし、スムーズな操作を行わせ、戦闘をしやすくするのが、艤装に宿る妖精達の役目である。何故なら、艦娘達はあくまでも船である。そして、艤装を着けることで軍艦として完全な状態となる。だが船は、乗組員が居なければ動くことも儘ならない……艦娘や提督の殆どが妖精を補助程度にしか考えていないが実際は違う。妖精が居なければ、艦娘は艦娘として戦うことも儘ならないのだ。

 

 それに対して、深海棲艦は艤装と船体が1つとなっている。つまり体の一部であり、手足のように扱うも同然なのだ。鬼や姫の異形も同じようなモノであり、妖精がサポートする必要はない。この差は大きいと言えなくもないが、本来ならば妖精が宿っていない艤装等、廃棄された物くらいしか存在しない……しかし、地下室での出来事が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という例外を作り出してしまった。

 

 とは言え、危機は脱した。戦闘に支障が出てはいるがツ級は煙の中、周囲にはツ級以外の敵の姿、気配はない。建物が半壊しているものの、不知火の記憶通りなら作戦指令室等の通信機が置いてある場所は何とか無事……不知火の居ない内に場所が変わった可能性は否定できないが。最悪、工匠やドックにでも行けば通信機が付いている艤装があるだろう。そう考えて建物とドックの交互に視線を送り……。

 

 

 

 30センチはあろう瓦礫が、猛スピードで不知火の後頭部に直撃した。

 

 

 「がっ……!?」

 

 頭が砕け散ったような、首が千切れたような激痛と共に、彼女は顔から地面に激突しつつ二転三転と回転し、仰向けに停止する。幾ら艦娘が頑丈で、深海棲艦同様に現代兵器や多少の接触事故や高所からの落下では死なないように猫吊るしによって()()されているとは言え、傷は負うし血も流れる。意識だって失うこともある。幸いにも意識を失うことこそ無かったが、頭が激しく揺れたせいで脳震盪を引き起こし、視界はグラグラと揺れて意識も朦朧としていた。

 

 (いっ……たい……な、にが……)

 

 後頭部から血が流れていく感覚を感じつつ、ピクリとも動かない体でどうにか何が起きたのかを把握しようとする。同時に、早くこの場から起き上がって逃げなければと焦燥感にも駈られていた。何故なら、今こうして横たわっている間ずっと、ナイフと破片が熱を持って振動しているからだ。

 

 ー ハヤクタッテ、シラヌイチャン ー

 

 頭に響いた声も焦っているようだった。だが、その声には応えられなかった。今も不知火は動こうとしている。しかし、どうしても体が動いてはくれなかったのだ。其ほどに、不知火の受けたダメージは大きい。人間とほぼ同じ体の構造をしているが故に、頭へのダメージは艦娘にとっても無視できないことなのだ。

 

 (立た……ないと……)

 

 そうは思う。だが、どうしても体が言うことを聞かない。今も視界は揺れ続け、吐き気がしている。そんな視界の中で動く黒い影……その影が近付いて来ても、不知火にはどうすることも出来はしない。その影が頭の上まで近付き、腕を振り上げても……逃げられない。

 

 (……すみません……イブキ、さ)

 

 そして影……ツ級は、不知火の体を押し潰すように振り上げた巨腕を降り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 『こちら雷よ。敵艦……の沈黙を確認したわ』

 

 『こちら時雨。僕も敵艦の沈黙を確認したよ』

 

 『『こちらレコンデース。敵艦沈黙、割トシツコカッタゼ。キヒッ』』

 

 『こちら戦艦水鬼扶桑。問題なく終わったわ』

 

 場所は変わり、サーモン海域最深部……戦艦棲姫山城の拠点の5つある出入口での戦いは決着が着いていた。結果は山城達の全勝で終わる。無論、誰一人として死んではいない。

 

 雷と神通の戦いは、雷が優勢のまま進んだ。小柄な体と駆逐艦特有のスピードをもって神通を惑わせ、最終的に錨の一撃を頭部に見舞うことで気絶させた。時雨と高雄の戦いも似たようなモノで、決め手は踵落とし。レコンは霧島に一方的に殴り勝ったし、扶桑に至っては他の3人が終わる前に終わらせている。

 

 「皆お疲れ様。追い出すからエレベーターの上に載せておいてね。それから、海上で動きがあったわ。どういう訳かはわからないけれど、半数を残して連合艦隊がこの海域から去り始めたみたいね」

 

 1人別の部屋で海上と出入口での戦いを見ていた山城は4人の通信を聞き、海上の状況を伝える。彼女自身、何故連合艦隊の半数が去っていったのか理解していなかった。何せ海上の状況を知ることが出来る、海色の迷彩を施している監視カメラは音までは拾えないからだ。因みにこの監視カメラ、妖精達の技術力によって荒波だろうと台風の中だろうと問題無く位置を自動調節出来、そこで留まれる優れものである。

 

 『そう……何でかしら?』

 

 『さあ……まあ私達としては、敵が減るのは良いことだわ』

 

 『『キヒヒッ。コノ程度ナラ、俺ハ問題ニナラネエナ。メンタルには響きそうデスガネー』』

 

 『……ところで山城。夕立から通信はないのかい?』

 

 「……夕立は少し長引くと思うわ。彼女と戦ってる日向……かなり強いわね」

 

 時雨の質問にそう返し、4人からの驚きの声を聞きつつ、山城は夕立と日向の戦いが映る画面を見る。4人の戦いは程度の差はあれど一方的と呼べるモノで、危なげなく勝利していた。だが、この2人の戦いは違う。力と力、技と技、経験と経験がぶつかり合っている死闘と呼んでも過言ではないだろう。

 

 『僕達も向かった方がいいかい?』

 

 「そうね……万が一を考えて、時雨は向かってくれる?」

 

 『私達はどうするの?』

 

 「とりあえずそこから離れて、夕立の場所以外のエレベーターを動かすから。その後は……出入口付近で待機ね」

 

 【了解】

 

 通信を切り、山城は改めて沢山ある画面を見る。海上は半数を移動させたとは言え、それでもまだ70近い数が居る。相手の練度次第では今の拠点にある全戦力を奇襲に注ぎ込めば、乱戦に持ち込んで殲滅……は無理でも多大な損害を与えることは可能だろう。いい加減外に出ていた部下達も帰ってくる頃であるし、そうすれば殲滅も夢ではない。しかし、それは山城側の損害も多くなる。

 

 (やっぱり……“見せしめ”は必要かしら)

 

 山城はにやり、と暗い笑みを浮かべる。古来から敵側に恐怖を与える為の行動というモノは存在する。例えば公開処刑、例えば串刺しの刑。非人道的ではあるが山城は人間ではないし、むしろ深海棲艦なのだから人間の敵。人間の味方をする艦娘の敵。艦娘時代の記憶もあるが、姫としての時間の方が長い。イブキのこともあり、山城自身は人間側に対していい感情は殆ど無く、艦娘に対しても同様。艦娘のままである時雨と雷に申し訳ないという気持ちが無いでもないが、拠点を守る為ならば何でもするという気持ちもある。それに……見せしめとするに相応しい“生け贄”も4隻程転がっている。

 

 (爆弾処理も出来るし……ずっと動かない戦況のせいで弛んでる艦娘達の心にも恐怖心を植え付けられるかもしれない。それで帰ってくれれば万々歳、奮起してもどの道侵入経路なんて5つしかないんだから少しずつしか入ってこれないんだから現状と変わらない。むしろ奮起する分消耗するでしょうし……いえ、悪辣な手を使えば余計に危険視されるわね。こちらとしては“手出ししなければ無害”と思ってくれるのが一番な訳だし)

 

 深海棲艦としての本能か容赦のない方へと思考が行きかけるが、今後のことを考えて首を振る山城。確かに恐怖心を植え付けるなり力の差を見せ付けて敵対を躊躇させることも出来ないこともない。が、それをして本当に相手が手段を選ばなくなるという危険性もある。そんなことを言えばあらゆる可能性と危険性があるのだが。

 

 (ひとまず、エレベーターを上げて封鎖して4人は返しましょう。その後に警告をすれば……ま、後は相手次第かしらね)

 

 

 

 

 

 

 (悔しいけれど、強いっぽい!)

 

 「くはっ!」

 

 いーちゃん軍刀を日向の首目掛けて右から左へと横一閃する夕立。しかし日向は上半身を後ろへ逸らすことで避け、笑いと共に両手で握った軍刀を上段から反動を付けて降り下ろす。が、夕立もこれをバックステップで回避する。

 

 勝負が決まらないことに夕立は苛立ちを覚え、日向は楽しさを覚えていた。夕立からしてみれば、相手は今までに何隻も負かしてきた艦娘の中の1人。そんな1人をいつまで経っても……それも自分の距離である接近戦で倒せないことに。日向は心踊る相手と戦えていることに。

 

 「さっさと沈んじゃえっぽい!!」

 

 「それは出来ない相談、だ!!」

 

 今度は左側から回り込むように走って近付き、完全に日向が体ごと夕立を見た後に一足で右へと跳び、左脇腹目掛けて一閃。だが日向はくるりと軍刀を順手から逆手へと持ち変え、受け流す。また決められなかったことに夕立は舌打ちし、日向は冷や汗を流しつつも笑みを絶やさない。夕立はそのまま左から右へと斬り返すが、日向は下から上へと軍刀を振り上げることで夕立の軍刀を跳ね上げた。その動きに逆らうことなく夕立は後方へと跳び上がり、また距離を取った。その間に日向は再び順手へと持ち変え、両手で握って構える。着地した夕立も同じように両手で握り、構えた。

 

 決めきれない夕立と攻められない日向。性能差は夕立の勝利。武器の性能も体の性能も、日向が勝っている所など無いに等しい。それでも日向を倒し切れないのは、彼女が夕立の攻撃の全てに紙一重ながらも対応出来ているからだ。先の回り込みからの横っ飛びの後の一閃等、日向以外の艦娘ならばあっさり切り裂かれていただろう。仮に防ぐなり避けるなり出来たとしても、斬り返しによる弐ノ太刀で斬られている。しかし、日向はその連撃に対応して見せたどころか反撃すらやってのけた。

 

 性能に差はあれど、実力は互角。このまま日向が凌げば、いずれ夕立が何らかのミスを犯すこともあるかもしれない。

 

 (……が、それまで保たんだろうな)

 

 チラッと、日向が自分の軍刀へと視線を落とす。妖精達に頼み込み、イブキと斬り合うことを目標として強度と切れ味を強化した軍刀。並の艤装なら難なく切り捨てるイブキの軍刀と斬り結べる時点でその強度を知ることが出来るだろう……だが、妖精の差なのだろうか、その刀身は刃溢れを起こし、一部に小さな亀裂が走っている。後何合出来るか分からないが、そう遠くない未来に折れることは予想出来た。そうなれば、日向は最早防ぐ術を持たない。日向の速度では夕立から逃れられない。つまり、負ける。

 

 (肉を切らせて骨を断つか? ……いや、肉も骨もまるごと斬り飛ばされるのがオチだな。どういう訳か、奴は“突き”をしてこない。縦横の違いはあるが、両断してこようとしてくる……どうにか誘発出来ないか……)

 

 どうにか突破口を見つけようとする日向に対して、夕立は苛立ちを表に出しながらも内心は冷静だった。確かに日向はこれまでの艦娘とは違うし、イブキに近い性能を持つ夕立に良く対応出来ている。だが、対応出来ているだけで凌駕できてはいない。しぶとく上手いが、倒すこと自体は別に不可能ではないのだ。

 

 (こういうしぶとい奴と屈強な奴は“肉を切らせて骨を断つ”捨て身戦法を取ってくる場合があるから“突き”だけはしちゃいけない……実際、盾みたいなので防いで反撃してきたし。イブキさんの教えを守っていれば、敗けはないっぽい)

 

 夕立が頑なに突きをしないのは、イブキの教えだった。それはとある錬金術師の漫画に出てくる某大総統が熊のような男に突きをした際に武器を失ったというシーンを思い出したからなのだが、そうとは知らない夕立はその教えを守っていた。それに、深海棲艦や艦娘は体を貫いた程度では死にはしない。それなら一気に両断してしまう方が早いのだ。

 

 窮鼠猫を噛む、鼬の最後っ屁、追い詰められた狐はジャッカルより凶暴、等々の言葉通り、傷付いた相手や追い詰められた相手というのは無傷の相手よりも厄介な存在となることが多い。獅子が兎を追うときも全力を尽くすように油断だけはしてはならない……そう教えられたからこそ、夕立は心は冷静にしている。頭の中がどれだけ海軍に対して怒り狂っていたとしても。

 

 「ふっ!」

 

 「っ、ちぃっ!」

 

 正面から斬りかかる夕立。これ以上打ち合いたくない日向は笑みを消し、体を左へと反らして回避する。そうして避けた日向を金色に光る眼で追いつつ、夕立は右手だけで軍刀を日向に向けて振るった。それを日向は左膝を曲げて体の位置を下げることで再び回避する……が、右舷に2つある主砲の内の1つを斬り飛ばされる。お互いにとって()()()()()()爆発はしなかったが、その結果に日向は顔をしかめた。

 

 (どうにも私は艤装を斬り飛ばされる運命にあるらしい、なっ!)

 

 「っと」

 

 「当たれえっ!!」

 

 「っ!? ぎゃうっ!!」

 

 「ぐっうっ!」

 

 右足を伸ばし、左足を軸に体を回転させて足払いを仕掛ける日向。夕立はそれを軽く跳んで避けるが、日向はそれを読んでいたように左舷の主砲副砲の矛先を夕立に向け、至近距離であることや縦穴の崩落の危険性等を無視して撃った。流石に空中に居ては避けることも出来ずに夕立は命中し、無理な姿勢で撃った日向は反動を殺しきれずに地面を転がる。全弾命中とはいかずに射線上にある縦穴の壁にも当たっているが、多少焦げ付いた程度で崩落することはなさそうだった。恐るべき強度である。

 

 地面を転がっただけの日向に対し、夕立は壁まで吹き飛ばされ、背中から激突していた。例え身体が頑丈でも衝撃まではどうしようもなく、夕立の口から空気が吐き出され、身体の前面から地面へと落ちる。

 

 (つぅっ……痛い、ケド……思った程じゃないっぽい。流石イブキさんの軍刀ね……)

 

 ダメージこそ負ったものの、実のところ夕立は日向の砲撃に直撃した訳ではない。避けることは出来なかったが()()()いーちゃん軍刀に当たり、威力を最小限に抑えられたのだ。運が凄く良くなる軍刀は伊達ではない。

 

 (勝機! ここを逃せば、もう来ないと言える程の!)

 

 「全主砲副砲、斉射ぁっ!!」

 

 「まずっ……」

 

 とは言え万全に動くのは厳しい程の大きいダメージ。可能な限り早く体を起こす夕立だったが、その直前に千載一遇のチャンスと見た日向が縦穴の強度から本気で撃っても崩落の危険は無いと判断し、残った艤装の主砲副砲全てを夕立に向けて放つ。距離は離れたし軍刀は壊れそう……ならば砲撃で面制圧するしかないと考えたのだ。

 

 そうして放たれた砲撃の一斉射は夕立が居た場所へと降り注ぎ……夕立がしていた、血の着いた雷巡チ級の仮面が宙を舞い、地面に落ちて割れた。

 

 

 

 「……夕立?」

 

 

 

 それは、応援に駆け付けた時雨が丁度辿り着いた瞬間の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 「作るとは言ったものの、アレと“同等以上のモノ”となると素材が厳しいですねー」

 

 「素材自体は山のようにあります。ですが、質を伴うとなれば……」

 

 「純度が足りないですねー。ふーちゃん軍刀の切れ味を誇りつつ強度も上げるのは……イブキさんにはああ言いましたが、正直なところ元の切れ味に出来るかも怪しいですー」

 

 「艦娘と深海棲艦が作られる際に必要なのは、より多くの“目に見えない材料”」

 

 「その材料を用いて軍艦の名前を元に身体を作り出し、予め設定された能力値や記憶、性格、人格、その他諸々をコピーしてペーストする。深海棲艦も同様」

 

 「艤装の作り方も、記憶や性格等をコピペしなくていい以外は変わりません。我々の軍刀、イブキさんそのものが他の艦娘、深海棲艦よりも遥かに強いのは、単純に設定した能力値とそれを再現出来るだけの材料があったからこそ」

 

 「しかし今、それだけの材料が手元にないですー。数があっても質が伴わない。せめて1つ、大元に出来る程のモノがあれば……」

 

 「長年を生きて経験を溜め込んだ肉体」

 

 「もしくは数多の感情を内に秘めた精神」

 

 「或いはそれらの支柱となる程の強靭な魂」

 

 「「「そんな最高で最良で最優の、どれかの材料があれば……」」」

 

 

 

 

 

 

 「ごっ……」

 

 ぐしゃりと胸から腰までをツ級の拳に潰された不知火の口から血が吐き出され、砕かれた骨が肉を突き破り、そこから血が吹き出す。一目で分かる程の致命傷、人間ならばまず即死……だが頑丈な艦娘としての身体がそれを許さない。身体が潰された程度では即死出来ない。心臓が潰れても数分ならば生きていられる。即死出来ないだけで、治療もせずに放置し続ければ死ぬことは確実なのだが。

 

 そんな不知火の脳裏に、過去の記憶が甦る。その大半は後ろ暗いスパイ活動や暗殺行為だったが、楽しかった頃……まだ笑えていた頃の記憶も確かにあった。その記憶が善蔵達と居た頃ではなくスパイ活動中……善導の鎮守府に居た頃なのは笑うべきか悲しむべきか。

 

 (……終わ……れない)

 

 そんな走馬灯を見て、不知火は血の涙を流した。それは単なる肉体の損傷によって起きた現象に過ぎないが、まるで不知火自身の感情を表すようなタイミングで起きた。

 

 (終わり……たく……ない……)

 

 あまりに灰色な今生。他の艦娘や提督が笑い合う姿を見る度に、無関心を装っては自分自身ですら気付かない傷を負っていた。楽しいことも嬉しいことも少ししか知らない。例え50年近い月日を生き抜いたと言えど、その心は子供のままだった。子供なりに考えて、子供なりに動いた。その結果がこの様だ。

 

 終わりたくない。その思いは、先程のようなイブキへの謝罪や自分の過去の行いの贖罪の為……そんなことからは生まれていない。言わば、自分の思い通りにならないのが気に入らない子供の癇癪。不知火という子供が、生まれて初めて起こした癇癪。

 

 ー 終ワラセナイヨ、不知火チャン……私ノ全テヲ使ッテデモ……ダカラ、生キテ。私ノ、大切ナ…… ー

 

 

 

 ー 大切な、友達 ー

 

 

 

 瞬間、彼女の身体が強く光を放ち、上から潰されたことによって肉体にめり込んでいた駆逐棲姫春雨の破片も同時に青い光を発した。

 

 「……?」

 

 強烈な白と青の光……転生する際に発される光を受けて下がり、不思議そうに首を傾げる。そして光が消え、その中から現れた存在を見て……ツ級は本能的に膝を着き、頭を垂れた。

 

 2色の光の中から現れたのは……“姫”。それも1度は沈んだ筈の駆逐棲姫と呼ばれた姫級の深海棲艦だった。が、その姿には幾つかの相違が見られる。

 

 第一に、その見た目。以前の駆逐棲姫の姿は駆逐艦“春雨”と良く似ていた。だが、この駆逐棲姫は肌が他の人型深海棲艦と同様に青白いことと髪色が白いことを除けば不知火と全く同じである。何よりも違うのは、その“左手”。以前の駆逐棲姫の左手には2連装の主砲があった。しかし、この駆逐棲姫は、主砲の代わりに単装砲とナイフが一体化したようなモノが取り付けられている。

 

 「……ア」

 

 確かめるように、駆逐棲姫が声を出す。

 

 「……ん」

 

 自身の身体を確認し、何が起きたのか理解しようとする。

 

 「……なるほど」

 

 そして、把握する。思い出す。感じる。自分に起きた出来事を。その直前に聞いた友達の言葉を。その身体に宿る友達の存在を。その左手にある、かつての仲間の存在を。

 

 故に、涙を流す。友達が文字通り命をくれたことに。かつての仲間がその手助けをしてくれたことに。転生しても“自分”の意識があることに。姿は違えど、また自分が自分として始められることに。

 

 

 

 「ありがとうございます……春雨さん。そして、大淀さん……これからもずっと、一緒ですよ」

 

 

 

 駆逐棲姫“不知火”……3つの魂を宿し、ここに生誕。




という訳で……まあ、色々ありました。はい、すみません。やり過ぎたとは思っている。そして進まなすぎとも思っています。次回かそのまた次回にはいい加減この長き戦い(作内では2時間も経ってない、多分)も決着を付けたいと思っています。

また色々と設定が出てきました、これはどこかに語録を記さないといけないレベルですね。また、流石に話数もそれなりの数になりましたので初期と現在で矛盾等もあるかも知れません。もし気付いた方が居ましたら、メッセージで教えて下さると有り難いです。

不知火の駆逐棲姫化は最初から考えてありました。というか遺品を持っている時点でフラグ← そして特に活躍することもなく不知火と1つになる大淀ナイフ。



今回のおさらい

雷達vs現善蔵第一艦隊(翔鶴除く)、決着。特に描写もない。夕立vs日向、決着? 血の着いた仮面は何を意味するのか。イブキvs猫吊るし、継続。軍刀は造れるのか。不知火、駆逐棲姫へと転生。3つの魂を1つに。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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