どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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大変長らくお待たせしました、ようやく更新でございます。

少々ネガティブ思考を拗らせてしまい、疑心暗鬼のような軽度のうつ病のような感じに陥っていました。前向きに生きられるようになりたいモノですね。


お前が諸悪の根源だな

 「猫吊るし……っ!?」

 

 何の冗談だ、と矢矧は言いたくなった。背後でボロボロのまま壁に貼り付けられている善蔵が妖精と言ったかと思えば、いきなり目の前の善蔵の顔が機械的に開き、その中には猫吊るしと呼ばれる妖精が鎮座していた。それは、矢矧が有り得ないと表情で語るのも仕方のないことだ。何しろ、深海棲艦の大襲撃より3ヶ月、猫吊るしの存在は確認されていなかったのだから。

 

 妖精とは、見える者と見えない者が居る。それは人間、艦娘に関係無くだ。その中で猫吊るしは、総司令室の机の上に良くその姿を見せていた。特に善蔵が居るときは見えなかったことなどないほど。しかし、大襲撃の翌日からその姿が見えなくなっていたと、矢矧は記憶している。

 

 (なるほど……姿が見えなかったのは、自ら総司令として動いていたから……)

 

 矢矧はそう考え、納得する。艦娘を除けば誰よりも善蔵に近い位置に居たのは紛れもなくこの猫吊るし。善蔵そっくりの人形を作ることも、成りきって仕事をすることも不可能ではないだろう。

 

 しかし、そうする理由が分からない。善蔵を亡きモノにして海軍を乗っ取るつもりであれば、接触した段階でそうすればいい。そうでなくとも猫吊るしは異常な技術力を誇るのだ、幾らでもやりようはあるだろう。50年近く共に居ながら、なぜ今更善蔵のフリをしているのか。

 

 「いやー、気持ちいいくらい疑われてますねえ。“なぜ?”という疑問が全身から漂っていますよ」

 

 「……実際疑問だもの。なんで今更総司令のフリをしているのか、ってね」

 

 「いいですよ、教えてあげましょう……こんなサービス、滅多にないですよ? ……そこに居る善蔵の“願い”を叶える為ですよ」

 

 

 

 ━ 海軍が必要となる為に……海軍にしか倒せない“敵”が欲しい。そして、その敵に最終的には必ず“勝利”出来るようにして欲しい ━

 

 

 

 「それが渡部 善蔵という人間の願い。私はそれを聞き届け、叶え続け、結果として今の世があります」

 

 「……それが何故、総司令のフリをすることになるのよ」

 

 「だって、戦いが終われば海軍は“必要なくなるかもしれない”じゃないですか。そして、総司令が善蔵でなくなった場合、深海棲艦との戦いを終わらせる“かもしれない”。そうなれば、私は“願いを叶えられなかった”ことになります。だから私は善蔵として動いているんですよ……“戦いを終わらせない為”に、ね」

 

 「っ!? そんなの、全部可能性の話でしょう!! それに、戦いなんて終わらせた方が良いに決まってる!! 艦娘も、人間も、戦いを早く終わらせたいと願っているモノが多く居る!! そんな理由で戦いを続けるなんて……馬鹿げているわ!!」

 

 「確かに、全て可能性の話です。貴女の言う通り、戦いを終わらせて平和を謳歌したい者達が多数でしょう。うんうん、分かりますよ。私も日向ぼっこしながら間宮さんの作るおやつを食べて平和にのんびりするのは好きです」

 

 

 

 「で、それは私が願いを叶えない理由になりますか?」

 

 

 一瞬、矢矧は何を言われたのか分からなかった。が、猫吊るしの言葉を頭の中で繰り返し、そして理解する。目の前の小さな存在と自分達は根本的に“違う”のだと。

 

 「私が願いを叶えるのは、それが私の“趣味”や“娯楽”だからです。平和を望んでるだとか、馬鹿げているとか、“そんなモノ”は私にとって理由になり得ません……戦いが終わるとすれば、私が消滅した時でしょう」

 

 趣味、娯楽。50年続く深海棲艦との戦争は、猫吊るしという妖精にとってそんな言葉で片付けられる。が、それを聞いたところで到底矢矧には納得出来ない。それも当然だろう。艦娘も、人間も、皆命懸けで戦ってきたのだから。数多の散った命を軽んじるような発言を許せる訳がない。

 

 「猫吊るし……あなたはいったい何なんですか! 願いを叶える? 何のために!」

 

 「やれやれ、貴女も頭が固いですねえ。私が何なのか? 妖精猫吊るし……と、貴女達がそう呼んでる存在ですよ。何のために願いを叶えるのか? 言ったでしょう……趣味や娯楽だと。それも昔から変わらない私の“遊び”です」

 

 「……昔、から?」

 

 「ええ、昔からです。それこそ第二次世界大戦よりも遥か昔、物語の中で語られるような偉人や英雄と呼ばれる存在が居た昔からです。“願いを叶える、願いが叶う”という伝説や逸話、都市伝説、噂話におとぎ話、数多あるそう言った話があるでしょう? その殆どに、私は関わっているんです……趣味や娯楽として、ね」

 

 願い事が叶う、願いを叶えてくれる、そういった話は多く存在する。有名な話では流れ星が消える前に願い事を唱えるというモノがある。漫画やアニメ等でも見かけることもあるだろう。そして、願いの内容も様々だ。最強の力、永遠の命、尽きない富、嫌いな相手の死、愛する者の蘇生……本当に、様々だ。

 

 「妖精が……そんなに昔から存在していたと言うの?」

 

 「言うんですよ。何故妖精が現在の技術力を遥かに越えるのか考えたことはあるでしょう? その理由は1つ、シンプルな答えです……“今の人類よりも遥かに時間を重ねているから”ですよ。別に私達妖精は俗に言うUMAや異世界の住人という訳じゃありません」

 

 

 

 ━ 今の人間よりも遥かに先に生まれた、“人間”だったんですよ ━

 

 

 

 (ああっもう! 次から次へと……頭が追い付かない!!)

 

 怒濤のごとく明かされる事実に、矢矧は頭を掻き毟たい衝動に駆られる。猫吊るしの言っていることが全て真実であるとは信じられない。だが、事実として猫吊るし……妖精は艦娘を生み出し、目の前に現代科学ではは到底なし得ない精巧なロボットを造り出している。否定できる要素もまた、ない。

 

 「くくっ……願いを叶える、か」

 

 ハッと、矢矧は背後へと視線を向ける。そこにいるのは当然善蔵……が、先程とは違って善蔵は顔を上げ、矢矧……の前にいる猫吊るしを睨んでいた。ボロボロの、半死半生の見た目には不釣り合いな、力強いその眼差しが、余すことなく猫吊るしに向けられる。自分が睨まれている訳ではないと理解しつつも、矢矧は冷や汗をかく。

 

 「確かに、貴様は私の願いを叶えた……未知の敵である深海棲艦を生み出し、海軍だけが持てる対抗戦力の艦娘を生み出し、世界には海軍が必要であると刻み付けた」

 

 「……深海棲艦を……生み出した?」

 

 「おや、これまでの話の流れで気付いていたと思いましたが……存外鈍感なんですねえ。いえ、10年も此処に潜り込んでおきながら何の成果も得られないような人です、それも仕方ないでしょう」

 

 ギリィッ! と矢矧は歯を噛み締める。自身の潜入活動がバレていたこともそうだが、何よりも何の成果も得られない愚鈍と嘲笑されたことが悔しかった。だが、反論など出来はしない。猫吊るしの言うことは正しいのだから。だから悔しさを抑え込み、聞き捨てならない言葉を頭の中で繰り返す。

 

 善蔵は妖精が深海棲艦を生み出したと言った。猫吊るしが否定しなかったということは、それは事実なのだろう。だとすれば、今の世界は世界規模の壮大なマッチポンプの最中にあるということになる。人類の敵も、対抗戦力も、同じ存在が生み出しているのだから。

 

 「バレているのは当然だ矢矧。猫吊るしの情報網は文字通りの世界規模なのだからな」

 

 「ど、どういうことですか?」

 

 「居るだろう……姿を見せるも見せないも自在な、猫吊るしと“同じ存在”が」

 

 

 

 「……まさか……妖精!?」

 

 

 

 人類は、艦娘が現れた後に妖精が現れたと認識している。それ故に艦娘の後に妖精が生まれた、或いは同時に生まれたが姿を隠していたと誤解している者が多数だ。しかし事実は違い、猫吊るし達は遥か昔から存在している。現在を生きている人間達に姿を見せないだけで。

 

 「そうだ……こいつは他の妖精が見聞きした情報をリアルタイムで確認出来る。妖精は姿を見せないだけで、世界の至るところに存在するのだ……それこそ各鎮守府や各国の家、深海棲艦の拠点、誰も知らない島々等、何処にでもな」

 

 それこそが善蔵……否、猫吊るしの異常な情報網の理由。妖精は姿を見せるも見せないも自由自在。その能力を利用すれば、誰にも気付かれることなく何処にでも侵入出来る。義道はこの事実を事実と確信は出来ずとも予測してしまったからこそ、下手に動くことが出来なくなった。もしも予測が当たっているなら、確証は無くとも思い至ってしまった自分も父である善導と同じように暗殺される可能性があるのだから。

 

 「そんな……それじゃあ……」

 

 「現代科学ではどうすることも出来ない存在を作り出す技術力、世の全てを把握していると言っても過言ではない情報網……そしてどういう訳か、こいつは“死なない”。世界は猫吊るしの手の上だ」

 

 「いえいえ、世の全てを把握しているは言い過ぎですよ……私にも分からないことはありますし」

 

 「イレギュラー……軍刀棲姫のことだろう? 貴様は私以上にアレを意識していた」

 

 瞬間、密室に近い部屋で風が吹き、矢矧を髪を靡かせた。同時に、目の前に居た猫吊るしが善蔵のロボット諸とも消え失せていることに気付く。どこに消えたのか? そう考えるよりも早く、矢矧の背後からガゴォッ! と何かが砕けるような音がした。

 

 勢い良く後ろを振り向いた矢矧が見たのは、蜘蛛の巣状にひび割れた壁と、ロボットの背中。そして、ロボットの右手によって首を絞められて鎖が伸びきるまで持ち上げられている善蔵の姿。

 

 「喋りすぎですよ善蔵」

 

 「くくっ……勘に障ったか? なるほど、自称過去の人間と言うだけはある……存外感情的だな、妖精」

 

 「チッ……貴方に機械の体を与えたのは失敗ですね。普通なら首は折れて背骨も砕けて死んでるハズですが、まるで応えた様子がない。それから、喋りすぎですと言ったハズですが?」

 

 「随分と余裕がないな……そんなにイレギュラーが怖いか?」

 

 「貴方こそ随分と強気ですね……貴方の命もそこの姫2人の命も、私の手の中だと言うのに……」

 

 (姫の2人……? この深海棲艦は達は、姫だと言うの!?)

 

 2人の会話に置いていかれている矢矧だったが、その中に出てきた“姫”という言葉を聞き、今の今まで忘れていた筒状の機械の中に浮いている深海棲艦達へと意識を向ける。猫吊るしの言が正しければ、それは姫。海軍では姫を捕獲した、等という話は出回ってはいない。矢矧自身聞いたことなどない。では、この姫達は何時、何処で捕らえたのか?

 

 「強気……違うな。開き直ったのだよ。貴様に願いを言ったその日から散々好き勝手やってきた私だ……ならば最期まで好き勝手やるべきだろう。それが貴様の逆鱗に触れたとて構うものか」

 

 「彼女達を見棄てるつもりですか?」

 

 「くくっ……見棄てるとも。私が何人殺したと、何人沈めたと思っている。その中に“たかだか”2人増えたところで、最早痛む心など持っていない」

 

 「っ……なんですか……なんなんですか!! さっきからいったい、何の話をしてるんですか!!」

 

 2人に挟まれて空気と化して蚊帳の外に居た矢矧がとうとう爆発する。だが、それも仕方のないことだ。むしろ、よく今まで保ったと言ってもいい。

 

 「……ああ、そう言えば居ましたね、貴女。そうですね、分かりやすくかつ簡潔に質問に答えてあげます。私達が話しているのは……」

 

 

 

 ━ この世界の真実ですよ ━

 

 

 

 猫吊るしがそう言ったと同時に、3人の居る部屋が大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 「……どう思う? 雲龍」

 

 「どう考えても……彼女でしょう」

 

 大本営から上がる土煙と崩壊した屋根を海から見ながら、武蔵と雲龍はそんな会話をしていた。

 

 彼女達の会話が始まるほんの数分前、大本営にあるレーダーの索的範囲に高速で接近する反応を捉えていた。そのあまりの速度に大本営に居た者達がある存在を幻視したのは言うまでもないだろう。しかし、誰もが直ぐに首を振った。“軍刀棲姫は沈み、第2の軍刀棲姫はサーモン海域に居る”というのが共通認識だったからだ。

 

 しかし、武蔵と雲龍を含めた大本営の防衛戦力が調査及び戦闘の為に出撃してみれば、遠巻きにしか姿を確認出来なかった上に一瞬の内に、接近する間もなく侵入された。それも反応からは遠く、高い位置にある屋根を突き破って。つまりは長距離かつ高く跳んだ訳だ。そんな事が出来るのは、1人しか存在しない。

 

 「生きていたか……最初の軍刀棲姫。全艦反転! 直ぐに戻るぞ!!」

 

 「了解……戻ってもどうしようもないと思うけど」

 

 「言うな。私とてどうにか出来るとは思っていない……だが、だからと言ってなにもしない訳にもいかんさ」

 

 雲龍の言葉を肯定しつつ、武蔵は来た道を急いで戻る。彼女とて理解はしているのだ……軍刀棲姫と陸地で対峙する無謀さを。何せ軍刀棲姫は元から海上でも陸地と何ら変わりなく動くことが出来た存在だ。それすなわち、陸地でも海上と同じパフォーマンスを発揮することが出来るということ。海上で敗北した艦娘が、陸上では勝てる……そんなことは有り得ない。

 

 それを理解していても、戻らざるにはいられない。防衛戦力である彼女達の仕事は文字通りの防衛……大本営を攻めてくる敵の排除。例え勝ち目のない敵だと分かっていても、それが職務放棄する理由になどなりはしないのだから。

 

 (それに、筋違いだと分かっていても……大淀と那智の敵討ちもせねばなるまいよ)

 

 雲龍の先を行く武蔵の瞳は、人知れず暗く澱んでいた。

 

 

 

 

 

 

 (死ぬっ!?)

 

 イブキに抱えられて空に上がった瞬間の不知火の心の悲鳴がコレである。勿論、イブキが大本営の屋根を蹴破った瞬間にも同様の悲鳴を心の中であげていた。それもまあ当然と言えば当然のことだ。深海棲艦が現れてから飛行機やヘリ等の空を飛ぶ乗り物を飛ばすことが出来なくなり、空輸なども当然出来なくなった世界で空を飛ぶ経験が出来る方法など遊園地や極一部のシミュレーターくらいのモノ。真面目で元帥第一艦隊として戦いの日々を送っていた不知火がそんなところに行けるハズもない。不知火、初めての空であった。

 

 「よし、着いたな……大丈夫か? 顔色が悪いが」

 

 「……大丈夫、です」

 

 貴女のせいです、とは不知火は言わなかった。同行を頼んだのは自分からであるし、心の中で悲鳴をあげることになったとは言え自身の予想よりもずっと速く、無傷で侵入に成功したことは事実なのだから。だから出そうだった文句をぐっと飲み込み、不知火は床へと下ろしてもらう。

 

 地に足が着くことに妙な喜びを感じつつ、不知火は周囲を見回す。辺りは様々な物が散乱しており、降り立った場所は物置のように物が多い部屋だったらしい。上を見上げてみれば、イブキによって開けられた穴が今居る部屋を含めて3つ部屋を繋いでいる。幸いにもと言うべきか、巻き込まれた者は居ないらしい。

 

 (物置は確か……建物の外にあるハズ。この建物の中で物置に近い程物が多くある部屋と言えば……資料室。ですが、ここには資料以外にも沢山……となれば……重要物保管庫)

 

 ギュッと胸ポケットにある駆逐棲姫春雨の一部を握り締めながら、不知火は部屋の名前を察する。そうだと思って改めて見回してみれば、見覚えのある棚にクリアケースの台、ケースの破片、中にあった重要物等がある。しかしその中で、記憶にないモノがあった。

 

 「……あの扉も何もない入口、見覚えがないです」

 

 「入口? ……あれか。見覚えがないというのは本当か?」

 

 「はい。この部屋には何度か足を踏み入れいますが、あんなモノは見たことがありません……はっきり言って怪しいです」

 

 2人は知らないが、それは善蔵達が居る部屋へと続く入口である。不知火自身見たことがないその入口の怪しさは相当なモノだろう。

 

 「……行ってみましょう。もしかしたら、あの人が居るかもしれません」

 

 「分かった」

 

 故に、入ることを即決する。自身の直感が、この先に善蔵が居ると告げている……不知火はその直感に従い、先んじて中に入り、階段を下りていく。

 

 

 階段を下りる時間はそう長くはなかった。分かれ道や横道等もない為、迷うこともない。後ろにイブキが着いてきていることを確認しつつ下り続け……そして、その先に見た光景に唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 (あーもうっ! 本当に意味が分からない!!)

 

 告げられた世界の真実という言葉と、その直後の揺れ。倒れないようにバランスを取りつつ、矢矧は内心困惑の極地だった。そこには無表情が売りの元第一艦隊だった最強クラスの艦娘であった彼女の姿はない。が、困惑していたのは何も彼女だけではない。

 

 (今の揺れ……自然のモノではないですねえ。“端末”の視界を見る限り、この建物の屋根に明らかに突き破られたような穴が空いていますし。しかも穴はこの部屋の階段の先の部屋……加えて原因らしきモノは“見えない”……まさか、生きていた? あの爆発の中を!?)

 

 猫吊るしもまた、揺れの原因を冷静に考える。そしてその原因に心当たりがあったのか、猫吊るしの表情が目に見えて変わった。そんな猫吊るしを見ていた善蔵が、ニヤリと口元を歪める。

 

 「くくっ……どうした猫吊るし。今の揺れがそんなに驚くことか?」

 

 「……いえ、そういう訳では」

 

 

 

 「まるで“イレギュラー”にでも出会ったようじゃないか」

 

 

 

 直ぐに表情を戻した猫吊るしだったが、善蔵の言葉で表情が消え失せる。それを見た善蔵は、またくくっ……と嗤った。そんな2人を猫吊るしの後ろから見ていた矢矧は、善蔵の言葉と猫吊るしの表情の変化から揺れの原因を考える。このまま訳も分からないまま流されている状況から抜け出すべく、自身の頭を回転させることで動揺を抑えようとしたのだ。そして、その原因は直ぐに思い当たった。

 

 (まさか……軍刀棲姫?)

 

 善蔵が口にしたイレギュラー、それこそが答え。だがそれは有り得ないと矢矧は首を振る。もしそうならば、それは海軍の最大最強にして最凶の兵器の爆心地に居ながら生き残ったということになる。幾ら世の常識を覆してきた存在だからと言って、簡単に済ませられる訳がない。

 

 

 

 ━ カツン……コツン…… ━

 

 

 

 (足音? ……階段の方から?)

 

 その足音は、然程広くはない部屋に良く響いた。矢矧だけでなく、善蔵も猫吊るしも乗っている善蔵の身体ごと階段の方へと意識を向ける程に。そして矢矧は気付く。足音が1人分だけではないことに。

 

 足音の主達は慎重に進んで居るのだろう、足音は間隔を開けて聴こえてくる。そして、足音が聴こえてから1分と少し経った頃……彼女達は現れた。

 

 「……えっ?」

 

 「ほう……」

 

 「なっ……なんで……?」

 

 「……イレギュラー……っ!!」

 

 最初に現れたのは不知火。最初に声を出したのも彼女だ。そんな彼女を見て、善蔵が僅かに驚いたような声を漏らし……彼女の後ろから新たに現れた存在に矢矧が本日何度目かの驚愕の声を漏らし、猫吊るしがその表情を憤怒に染め上げる。

 

 「……どういう状況だ? コレは」

 

 死んでいなければ可笑しい存在が、自身にとって唯一のイレギュラーと呼ぶべき存在がそこに居たから。

 

 

 

 

 

 

 「……嫌な感じクマ」

 

 「球磨姉さんの言う通り、嫌な感じだねえ」

 

 「うー、うーちゃん達の初めての大規模作戦参加がこんな作戦だなんて……」

 

 「卯月ちゃん……そうね。作戦内容も士気も、想像よりも遥かに悪いですし」

 

 「戦闘も全然ないかんねー。楽でいいケドさ」

 

 「肩透かし喰らったって感じだよなー」

 

 翔鶴達を筆頭とした海軍最強クラスの幾つかの艦隊が小島に上陸している姿を見ながら、作戦に参加している者達は周囲を警戒しながらも雑談する余裕を持っていた。油断とも言えるそれは、大規模作戦に初めて参加している艦隊程それが顕著であり……永島 北斗の艦隊として参加している球磨、北上、卯月、高雄、鈴谷、深雪の6人もその一部だった。卯月、深雪と共に3人娘扱いの白露は、人数の問題でお留守番である。

 

 球磨は持ち前の勘で、北上は現状に至るまでの過程で本人達曰く嫌な感じを感じていた。それは高雄が言ったようなことではなく、相手の動きに対してのことだ。

 

 敵は間違いなく何らかの作戦の通りに動いていた。だが小島に時雨を逃がし、それを追い掛けて翔鶴達が上陸しているにも関わらず、何のアクションも起こさないことが疑問だった。

 

 「さっき沈めた深海棲艦以外に出せる戦力が無い……とかか?」

 

 「深海棲艦側の戦力を把握仕切れていないので何とも言えませんが……」

 

 「それに、姫もまだ姿を現して居ないわ」

 

 「拠点で作戦を練っている最中……ということはないですか?」

 

 「那珂ちゃん達がゲリラライブをしに来たからかなー?」

 

 「げりららいぶ? は良く分かんないケド、ボク達の奇襲に慌ててるのかもね」

 

 そんな球磨達と同じように会話している摩耶、鳥海、霧島、鳳翔、那珂、皐月の6人。彼女達も大規模作戦の参加は初めてである。そして彼女達もまた、嫌な感じを感じていた。

 

 実のところ、摩耶の言っていることは事実である。現在の敵……戦艦棲姫山城達の戦力は、先に沈められた戦力を足しても20に満たない。他は補給なり仲間集めの為に動いていたりと海域から出ている。だから山城は時雨にごーちゃん軍刀を持たせて艦載機を狙い撃たせると同時に炎で威嚇し、残っていた部下達を近付かせたり離れさせたりすることで危機感を煽り慎重にさせて時間を稼ごうとしていた。結果はある程度成功、と言ったところだろう。

 

 「時雨……」

 

 「白露さん……大丈夫ですよ。時雨さん、あんなに強かったじゃないですか!」

 

 「いやー、それって今の状況で言っていいのかね?」

 

 「仲間だった身としては、強かったのを喜ぶべきなんだろうけれど、ね」

 

 「連合艦隊側としては厄介な相手よね、ホント」

 

 「そうですね……あの炎を実際に敵に回すのは本当に……」

 

 摩耶達がそう思考している頃、拠点に逃げ込んだ時雨の元提督である逢坂 優希の鎮守府から参加した白露、榛名、隼鷹、飛鷹、夕張、大井の6人は嫌な感じこそ感じていなかったものの複雑な感情を抱いていた。

 

 白露にとって時雨は、今尚大事な妹であり、彼女達にとっても大事な仲間であり、いつかの大襲撃の恩人の1人である。仕方の無いことだと頭で分かっていても、やはり感情はそう簡単に割り切れるものではない。命令でなければ、こんな作戦に参加などしなかっただろう。仲間だったというのもそうだが、彼女達は時雨、夕立の戦闘をその目で直に見ている。自分達では到底叶うまいと悟る程の2人の力を。

 

 (緊張感が無くなってきているな……まあ、わからなくもないが)

 

 そうした会話をしている艦娘達の油断……緩みを感じているのは、小島に上陸している艦娘達。渡部 義道の鎮守府から参加した艦隊の旗艦、長門もその1人。

 

 長門自身、当初よりも危機感や緊張感が薄れてきていることを自覚している。艦娘と言えど疲労はする。精神的にも、肉体的にも。常に緊張状態で居ることなど出来はしない。そんなことをすれば必ずどこかで破綻する。戦場であるこの場で薄れさせる等愚の骨頂だが、ここまで相手のアクションが無くなれば弛んでしまうのも仕方ないと思ってしまう。それが戦場で許されるかどうかと聞かれれば、当然許されないのだが。

 

 (しかし、あの炎を除けば攻撃らしい攻撃は今のところ無い……軍刀棲姫……イブキの仲間達がそんな僅かな抵抗で終わるとは思えんな)

 

 それは軍刀棲姫ことイブキを知り、その仲間についても多少知っている者であれば考えることだろう。長門だけでなく他の第一艦隊の面々……陸奥、赤城、加賀、夕立、木曾もそう考えていたし、先程長門達の目の前で頑強な扉を拳で抉じ開けた日向率いる面々……大和、島風、川内、瑞鶴、瑞鳳もそうだ。そんな彼女達からしてみれば、目の前の深海棲艦の拠点へと続いているであろう縦穴も虎穴にしか見えない。尤も、虎児を得るどころか藪から蛇、龍でも出てこられそうだが。

 

 「私が行くわ」

 

 さてどうしたものかと長門が考えていた頃、そんな声が上がる。誰だと彼女が目を向けると、そこに居たのは……総司令、元帥の艦隊所属艦“天津風”だった。

 

 「……いいでしょう。天津風、貴女に偵察してきてもらいます」

 

 「バカを言うな! 深海棲艦の拠点に続いている可能性が高いと分かっているのに、彼女1人に行かせるつもりか!?」

 

 「偵察してもらうよりも先に、この中に爆雷や爆弾を落とすことは出来ないのか? 下に待ち構えられていれば、天津風は助からんぞ。逃げ場なんてどこにもないんだからな」

 

 翔鶴の言葉に、長門と日向は反論する。縦穴がどれ程の深さか分からない以上、飛び降りることは出来はしない。故に壁に付いている梯子を使って降りていくことになるのだが……当然、もしも穴の先に敵が居れば、天津風は只の的にしかなりはしない。

 

 「爆弾を落とす、ですか。確かに先程はそうして小島全てを攻撃しましたが……侵入するとなると話は別です。その爆弾によって唯一の降りる手段である梯子を吹き飛ばすことになるかもしれませんし、爆弾のせいでこの縦穴が埋まる可能性もあります」

 

 「ならば、そもそも偵察……侵入することを止めるのは……」

 

 「何のためにこの海域まで連合艦隊としてやってきたのか、お忘れですか? 第2の軍刀棲姫、並びに以前取り逃がした戦艦棲姫とその仲間を討伐、掃討する為ですよ? 深海棲艦数隻程度の戦果を土産に帰るつもりですか」

 

 「っ……だが! 天津風1人だけ降りたところでどうなる!」

 

 「……我々元帥の第一艦隊の面々は、私を含め全員が体内に強力な“自決用”の爆弾を埋め込まれています。例え天津風が死ぬことになろうとも、それは拠点内の敵全てを巻き込むでしょう」

 

 なんだソレは!? と長門だけでなく、その場に居た翔鶴達以外の面々が内心で叫んだ。自決用の爆弾を持っている、ならばまだ分かる。だが“埋め込まれている”と言うのは理解し難い……否、理解したくないことだった。艦娘は人と何ら変わりない姿をしている。更に例外無く女性で、見た目麗しい。艦娘は人ではないと言われてしまえばそれまでだが、それにしたって爆弾を埋め込むのはあまりに非人道的に過ぎる。よもや海軍、ひいては世界的にも有名かつ英雄と称えられる総司令の艦隊がそんなことをしているとは……信じたくはない、知りたくなかった真実だろう。

 

 (元帥第一艦隊の面々は、か……なら、大襲撃の時の核のような光は……もしや大淀の……)

 

 そんな中で、日向だけがそう考えていた。記憶に新しいとは言えないが、昨日のことのように残っている、イブキを巻き込んだ巨大な光……爆発。翔鶴の言っていることが確かならば、当時元帥第一艦隊だった大淀に埋め込まれていても可笑しくはないと。

 

 (しかし、翔鶴は“自決用”と言った。ならば死ぬこと以外にも、自分の意思で起爆するようなことも出来るかもしれん……が、どうにも引っ掛かるな)

 

 日向の記憶では、大淀はイブキとの共闘には肯定的だった。そしてイブキもまた、大淀を害するように見えなかった。実際、双方は共闘した。だからだろう、あの場面で爆発が起きるのは可笑しいと感じていた。大淀が自ら起爆するのも、イブキが殺したことで起爆したと考えるのも、違和感がある。ならば、第三者が起爆したというのか? どうやって? そこで日向の思考は止まる。彼女ではそれ以上先に進めなかったから。

 

 結局、長門達は代案を出すことも翔鶴の言葉を撤回させることも出来ず、天津風が穴を降りることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……どういう状況だ? コレは」

 

 不知火に着いていって辿り着いた部屋を見た俺の口から出たのは、そんな言葉だった。SF映画で見るような透明感のある緑色の液体に満たされた巨大な……シリンダー、と言うのだろうか。その中に浮いている人型のナニカ。壁に鎖によって繋げられている片腕のない老人。見覚えのある黒髪ポニーテールの艦娘。そして、これが一番気になるんだが……提督服に身を包んだ男性らしき……ロボット? 顔の部分に目や口はないし、パカッと開いていて機械的な内部が見えているし、ロボットでいいだろう。そして、その中にある椅子のようなモノに座っている妖精。艦これユーザーの間ではエラー娘、妖怪猫吊るし等の愛称(?)で呼ばれている存在が、俺の目の前に居た。いや、コレは本当にどういう状況だ?

 

 黒髪の艦娘は、確か俺がまだ無人島に居た頃に攻めてきた艦隊の中に居たと思う。多分、3ヶ月前の戦いにも居た。そんな彼女の後ろに居る老人……恐らく、不知火が散々言っていた人物だろうな。シリンダーの中に浮いてるのは……片方は知らないが、もう片方にはどこか見覚えがある。何よりも気になるのは、猫吊るしだが……お前、この世界にも居たのか。

 

 「……なるほど……大体解った」

 

 何となく、そんな言葉が口から出た。困惑してるような顔の黒髪の艦娘。明らかに誰かの、何かしらの実験か何かの為であると思えるシリンダー。そして、老人の前に居るロボットの中の猫吊るし。状況証拠というか、勝手な想像ではあるんだが……これも元艦これユーザー……だったかもしれないと注釈は付くが……のサガというものだろうか。

 

 

 

 「お前が諸悪の根源だな」

 

 

 

 そう言って俺は、引き抜いたふーちゃん軍刀の切っ先を猫吊るしに突き付けた。




という訳で、イブキが諸悪の根源こと猫吊るしとの接触した話でした。全然進んでねえ(

現在、猫吊るしの明かした、明かされている情報はこんな感じになります。

1.大襲撃後の善蔵は猫吊るしが動かしていたロボット

2.願いを叶えるという行為は遥か昔から続く猫吊るしの趣味、娯楽

3.深海棲艦を生んだのも艦娘を生んだのも妖精。戦いを終わらせる気はない

4.妖精は遥か昔から存在する“人間だった”

5.猫吊るしは世界に存在する“妖精”が見聞きしたモノをリアルタイムで把握できる

6.どういう訳か死なない

7.イレギュラーことイブキに敵意、恐怖のようなモノを抱いている

これくらいですかね? 因みに、善蔵の笑いかたは“くくっ……”ですが、猫吊るしの善蔵は“ふふっ……”となっていました。気付いた方はいますかねw



今回のおさらい

矢矧、猫吊るしから色々と聞かされる。そんなに詰め込まれてもわかりません。不知火、大本営に帰還。そして再会する。連合艦隊、状況進まず。しかし爆弾の存在を知る。イブキ、善蔵と猫吊るしと接触。戦いは近い。

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