どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます……難産でした。本当に難産でした(疲

家のカルデラにも邪ンヌさんが来てくれました。少しずつ☆5鯖来てくれています……ウェイバー君、ダブルタマモ、青トリア、ヴラド様、酒呑童子、そして邪ンヌ……王様来てくれないかなぁ。


俺が正面以外から入らねばならない理由があるのかね?

 イブキと不知火が接触した時から少し経った時間帯、それが矢矧が2人の渡部 善蔵という未知の状況に驚愕している場面に繋がる。大本営にある重要物保管庫、その隠し扉の先に居たボロボロの生きているかも疑わしい姿の善蔵、その左右の巨大な筒状の機械に満たされている透明感のある緑色の液体の中に浮かんでいる2隻の深海棲艦……極めつけは、追ってきたハズなのに背後の階段から降りてきたもう1人の善蔵。矢矧の頭は混乱でパンクしそうだったし、思わず叫んでしまった……だが、それでも矢矧は心を落ち着け、油断無く降りてきた善蔵を見据えつつ頭を動かす。

 

 (艦娘や深海棲艦じゃあるまいし、同姓同名や同じ顔が3人は居るなんて話でもない。“どちらも同じ渡部 善蔵”……でも、そんなことは有り得ない。どちらかが偽物のハズ……)

 

 普通に考えるなら、よく見てみれば無くなっている腕から機械的な部品が見えているボロボロの善蔵こそが偽物だろう。海軍を疎んでいるどこかしらの誰かが作り出した精巧なロボット、という可能性もあるが……常識的に考えて、それはない。艦娘という存在や妖精の驚異的な科学力に目を引かれるだろうが、世界そのものの科学力はそれほど進んでいる訳ではない。ロボットという存在こそあれ、それは工場等にあるようなマシーンや自動で掃除してくれる円盤状の掃除機くらいのモノだ。人間と見紛う程の見た目を作れても、人間と全く変わらない動きを再現出来ていないのだ。

 

 では、目の前の降りてきた善蔵こそが偽物なのか? と言われれば、矢矧は分からないと答える。状況を考えるなら、ボロボロの善蔵はこの場所に監禁されている本物で、目の前の善蔵は成り代わっていた偽物と言えなくもない。だが、もしそうだとするなら何時から成り代わっていたというのだろうか?

 

 「もう一度聞くぞ矢矧……ここで、何をしている?」

 

 「……総司令を追っていたら、この場所に。総司令の方こそ、今は作戦中のハズです。こんなところで何を……いえ、この場所は何をする場所なのですか? そして……あそこに居るボロボロの総司令は、いったい誰ですか?」

 

 善蔵の声で思考を1度止め、矢矧は正直に答えつつ問い掛ける。今は大規模作戦の真っ最中である為、総司令が総司令室、作戦指令室に居ないというのは明らかにおかしい。次なる矢矧の疑問は、この部屋そのものだ。人1人が容易に納められる巨大な筒状の機械がある割に他にこれといった機械や操作盤のようなモノは無い。何よりも気になるのが、ボロボロの善蔵……そして、深海棲艦らしき影。正直に言って簡単に答えてくれる等とは思っていないが、運が良ければ話してくれるかもしれない……そんな希望が、矢矧にはあった。

 

 「……ふふっ、まあここまで来た褒美……いや、冥土の土産として教えてやろうか」

 

 「……冥土の土産、ですか」

 

 どうやら希望は叶うらしい。しかし、その代償は己の命であることを、矢矧は善蔵の口から出た言葉で悟った。普通に考えるなら、この場で矢矧が死ぬ要素はほぼない。後ろの機械の中に居る深海棲艦が急に動き出すなどすれば話は別だがどう考えても動ける状態ではないし、善蔵は人間である以上艦娘である矢矧に勝てる要素はない。だが、矢矧には善蔵がハッタリを言っているようには思えなかった。

 

 「1つ、なぜ私が作戦中にもかかわらず此処にいるのか。それは私の作戦や指示など必要がない……いや“するつもり”がなく、この部屋で行っている研究の経過が気になったからだ」

 

 (するつもりがない……? それに研究って……あの総司令と深海棲艦のことか……?)

 

 「2つ、お前の後ろに居る“私”が誰がだが……紛れもなく、そいつも渡部 善蔵だ。それもつい3ヶ月前……深海棲艦の大襲撃の日まで総司令の席に座り続けた、な」

 

 「……つまり貴方は……私達の知る総司令ではないと?」

 

 「ふふっ……そうなるな」

 

 あまりにあっさりと答える善蔵……と瓜二つの“ナニか”に、矢矧は目を細めて鋭く睨み付け、敵意を向ける。目の前のナニかは、3ヶ月もの間誰にも気付かれず善蔵として過ごしてきたと言う……その演技力は驚嘆に値するだろう。ましてやこの大本営には善蔵と共に長い時を過ごした第一艦隊の面々と狂信的とも言える第二艦隊の面々が居たのだ、生半可な演技では直ぐにバレて塵も残されない。

 

 しかし、ナニかは今日まで誰にもバレずに過ごしてきた。それどころか総司令としての職務も全うしている。海軍の運営に関わることから政治的なことまで全て、だ。明らかに異常なことだ。何よりも、この隠し部屋を知り、深海棲艦と本物の善蔵を監禁している……つまり、ナニかは海軍の関係者、それも大襲撃の時に大本営に居たことになる。そうでなければ、善蔵と入れ替わることなど出来はしないのだから。

 

 「……お前は、誰だ」

 

 「日本海軍総司令渡部 善蔵……に限りなく近い体を動かしている者だ」

 

 「限りなく、近い? どういうこと!?」

 

 「この体も機械で出来ているということさ。本物の善蔵が自らの意思で延命措置として己の体をサイボーグとすることを妖精に頼み、実行したように……この体は善蔵の体に限りなく近く設計されたロボットなのだよ」

 

 「……は?」

 

 あっさりと明かされた善蔵の体の秘密……それを知らされた矢矧は、ポカンとした表情を浮かべて間の抜けた声を出した。それはそうだろう。いくら妖精の技術が人間の遥か先のモノであるとしても、サイボーグ等特撮やアニメの中の存在でしかない。そんな荒唐無稽な話、バカにされているというのが自然な反応だろう。

 

 しかし、矢矧は否定するつもりは無かった。全てを受け入れることも出来てはいないが、少なくともこの場面でそんな嘘をついても意味はないと思ったからだ。それに世界は不思議や異常が溢れているのだ、今更サイボーグだのなんだのを鼻で笑うこともないだろう。

 

 (……これがロボットだって言うなら、誰が、どこから動かしてる? 海軍の関係者か、それともそれ以外の……)

 

 矢矧が知りたいのは、このロボットを動かしているのは“誰”かということだ。目の前の善蔵は自分の明確な名を明かしてはいない。冥土の土産と言いつつも大事なところは隠しているのは用心深いと言うべきか。しかしながら、ある程度犯人像を絞ることは出来る。

 

 ロボットは妖精が造ったことは間違いない。人間が造れる訳がないのだから。ならば、妖精と接触出来る存在が犯人であることは確定と言っていい……そうなるも海軍に関わる人間全てが候補になってしまうが、総司令としての業務を問題なく終わらせられる人間となれば何人も居ない。本人を除けば、秘書艦くらいだろう……だが、秘書艦だった大淀は軍刀棲姫と共に爆発の中に消え、現秘書艦である翔鶴は善蔵に対して狂信的、とてもではないがこうしてロボットを造らせて動かす理由が思い付かない。そもそも、翔鶴と善蔵は何度も顔を合わせているのだから、動かしている暇がない。

 

 「ふふっ、随分と悩んでいるようだな……そんなに私の正体が誰か気になるのか?」

 

 「っ……当たり前です。3ヶ月間も私達を騙していた相手、知りたくないハズがない」

 

 「そうだろうとも……だが、教えんさ。念には念をとも言うし、な」

 

 チッ、と舌打ちを1つ。矢矧はもしかしたらとも思ったが、やはりそこまで甘くはなかったらしい。力付くで吐かせてみるか……とも考えるが相手はロボット、どれほどの戦闘力や機能を持っているかは分からない。一旦距離を置こうにも部屋はあまり広くはなく、唯一の出入り口に続く階段はロボットの後ろにある為、どうしてもロボットが障害となる。

 

 

 

 「……妖……精……」

 

 

 

 「「っ!?」」

 

 さてどうしたものかと矢矧が思考を巡らせようとした時、背後から声がした。その声を聞いた矢矧、目の前の善蔵は同時に驚愕の表情を浮かべ、矢矧の背後……ボロボロの善蔵へと視線を向ける。

 

 そこに居るのは、相も変わらずボロボロの善蔵。しかし先程とは違い、顔を上げて鋭い視線で2人を射抜いていた。嗚呼、正しく自分の知る渡部 善蔵であると、この時になって矢矧はようやく心から理解出来た。

 

 「……驚いた。完全に機能は停止していたハズなのに、まだ動けたとはな」

 

 「私は、これでもお前達の技術力を信用している……こんな状態になっても動ける程度には、な」

 

 「お前、達? それにさっき妖精と……っ!? まさか!?」

 

 言葉を交わし合う2人の善蔵……その摩訶不思議な光景に黙って見ていた矢矧だったが、ボロボロの善蔵が口にした言葉を聞いて先に聞こえた単語を思い出し……1つの考えに至り、階段前の善蔵に向き直る。そんな矢矧の表情を見て階段前の善蔵は苦笑を浮かべ……真顔になった。

 

 瞬間、善蔵の顔に縦に赤い線が入る。顔からはガシャガシャと機械音が響き、扉を開くように線を中心に顔が開いていく。普通の人間ではまず有り得ない光景……そうして完全に開ききった顔の中は頭蓋骨や筋肉ではなく機械で埋め尽くされ、中心にはぽっかりとスペースが空いていて……そのスペースに、小さな小さな人影が1つ。その影の名前を、矢矧は知っていた。

 

 

 

 「……妖精……“猫吊るし”……!?」

 

 

 

 「ジャンジャジャーン、今明かされる衝撃の真実ー……なんてね」

 

 妖精猫吊るし。大襲撃の際に空母棲姫曙によって握り潰されたハズなのにも関わらず生きていた彼女がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 (今のところは順調……かな)

 

 右手のごーちゃん軍刀で連合艦隊の艦載機を焼き払った空を見ながら、時雨は思考する。現在海上に居る戦艦棲姫山城の戦力は時雨のみだが、海中には沢山の深海棲艦が居る。そして、時雨も直ぐに“海中へと戻るつもり”だ。

 

 連合艦隊……その総数は200に届きうると時雨達は見ており、戦力の差は山城側の数が最大でも2~3倍、3分の1しかいない現状ではおよそ7倍だと考えている。そして援軍や救援は見込めないと山城は言っていた。ならば、その戦力差をどう埋めるかがカギとなる。その一案として出たのが、“ごーちゃん軍刀で艦載機をひたすら焼き払う”ことと“水中で接近して揺さぶる”という心理的な作戦。

 

 船である以上、接近はともかく衝突は避けるべきことであり、艦娘も沈むことと同様に忌避している。例え衝突してきた相手が駆逐艦や補給艦だとしても、衝突すれば下手すれば一撃で沈んでしまいかねないからだ。だからこそ、水中からの接近を無視することなど出来はしない。例え水上に出る気もなく、攻撃してくる様子が無くても。艦載機を焼き払う理由は、制空権を握らせない為だ。

 

 「っ……僕は夕立やイブキさんみたいに素早く動き回れる訳じゃないんだけどね!」

 

 思考に耽っている最中に聞こえてきた砲撃音に、時雨は直ぐ様その場から動く。すると十数秒の間を置き、時雨が居た場所を中心に幾つもの水柱が上がった。200近い艦娘による一斉射撃……距離があり、イブキとの演習を繰返し行っていた時雨からすれば問題なく避けられるし、砲弾を見切ることすら可能……だが、当たれば一溜まりもない以上恐怖は感じる。

 

 その恐怖心を抑えつつ、時雨は最も近い小島へと向かう。連合艦隊からも見えている5つの小島……それらは全て、山城の拠点の出入り口。エレベーターのように海底の拠点と小島を移動するリフトがあり、小島と小島を線路のような通路で繋がれている。通路の中にはベルトコンベアのようなモノがあり、高速で島から島へと移動することが可能となっている。辿り着ければ、違う小島に行くことも拠点に戻ることも出来る。先の2発の炎のように違う小島から放つことで発射位置を特定させず、炎を放つ武器を持つ人数を複数居ると誤認させられるかもしれない。

 

 (ふう……1度補給しないといけないかな)

 

 そのまま数度砲撃されたものの被弾することはなく、時雨は小島に辿り着いてそのままリフトを操作して拠点へと降りる。都合3回ごーちゃん軍刀を使用した為、燃料が余裕を持てない程には残っていない為である。因みに、予定ではこのままこの戦法を続け、連合艦隊を牽制し続けることで小島に接近させないまま翻弄し続けて相手側の燃料、弾薬切れを狙う。

 

 この場において、山城側の最大のアドバンテージはイブキか居る時に軍刀妖精達と拠点に元から居た妖精達によって改築された拠点を行き来できるということだ。燃料弾薬に限りのある連合艦隊に対し、山城達は拠点に戻って補給が出来る。籠城していればそれだけで勝ってしまえるのだ。小島から侵入される可能性も無きにあらずだが、1度に入れる人数は1つの小島につき片手の指で足りる程度、どうとでも対処できる……とは言え、本当にそれだけで勝てる程連合艦隊は甘くはない。

 

 「イク達を~……舐めるななの!」

 

 「でっち、一緒に!」

 

 「でっちって言うなー!」

 

 「ちゃんとやって……」

 

 「8もね! 勿論あたしもやるわよ!」

 

 「シオイも負けないよ!」

 

 潜水艦娘達が魚雷を発射し、水中の深海棲艦を狙い撃つ。山城から“接近して後退してを繰返し、攻撃はせずに回避に専念して”との命令を受けている深海棲艦達は言われた通りに行動し、魚雷を避けていく……が、1隻の駆逐深海棲艦が運悪く避けた先の魚雷に直撃し、爆発と共に大破、そのまま沈んでいく。

 

 そこからは早かった。1隻が直撃したことによる爆発の衝撃に煽られ、数秒動けなくなった別の深海棲艦に魚雷が当たり、同じようなことが起こってまた別の深海棲艦が……というように、さながら連鎖するが如く沈んでいく。その結果に、潜水艦娘達は歓喜の声を上げた。

 

 (でも、これは数隻の深海棲艦を沈めただけ。使った魚雷や爆雷は結構な数……明らかに深海棲艦は戦略を持って動いてるわね)

 

 しかし、と翔鶴は歓喜の声を耳にしつつも考える。現状、連合艦隊そのものには被害は全くと言って良いほどに無い。だが、使った艦載機や魚雷、爆雷と沈めた深海棲艦の数を考えると赤字も赤字。艦娘そのものに被害は無くとも、燃料や弾薬は確実に減っている。同じようなことが続けば、まず間違いなく連合艦隊は息切れするだろう。そうならない為に、翔鶴は頭を働かせる。

 

 (駆逐艦時雨と思わしき影は小島に向かい、辿り着いたかと思えば姿を消した。そのことから考えると……十中八九、あの小島こそが戦艦棲姫の拠点への出入り口)

 

 翔鶴はそこまで考えたが、そこから攻め込む為の作戦が浮かばない。燃料と弾薬の問題から、狙うは短期決戦……それは確定。だが、相手側がロクに海上に出てこず、まともに艦隊戦を行わないので短期決戦どころか撃ち合うことすら難しい。ならば拠点に乗り込んで……という手も無くはないが、敵陣に踏み込むのはリスクが高過ぎる。ましてや砲撃のせいで拠点が崩れでもしたら、艦娘はまず間違いなく助からない。下手をすれば全滅すらも有り得る。

 

 水中でも問題なく動ける……それこそが潜水艦娘以外の艦娘にはない、深海棲艦側の最大のアドバンテージ。水中では砲撃出来ない。水の抵抗で強い打撃を放てない。だが、深海棲艦にはそんな縛りはない。砲撃出来なくとも異形ならば鋭く強い歯と顎がある。人型であっても水中で戦うことに然程問題はない。だからこそ、連合艦隊が取れる手段が更に絞られてくるのだ。

 

 (本当に、戦術を使う深海棲艦は厄介ですね……)

 

 まともに戦わない、戦わせない。今まで背後を取られたり奇襲を受けたりしても最終的には真っ向からの撃ち合いになっていた、それが常だったからこそ、まともに戦えない現状は艦娘としては非常に稀なケース。だから対処法など確立されていない。

 

 時間が経てば経つほど士気は下がる一方で、弾薬も燃料も減るばかり。どうにかして相手を拠点から、海中か、引きずり出さねばならない。ならば、どうやってそれを成すか。

 

 (小島に取りついて艦載機で爆撃……入口があるなら直接砲撃を……)

 

 思考を働かせつつ、翔鶴は小島へと接近する旨を告げる。とにもかくにも、まずは近付いてからと考えたからだ。相手の拠点を攻撃するならまだしも乗り込むなど海上でこそ真価を発揮する艦娘にとっては正気の沙汰ではないが、相手がまともに戦わない以上連合艦隊もまともな手段や戦術を選んでは居られない。

 

 チラッと、翔鶴は自分と同じ善蔵の第一艦隊の面々を見る。その表情は仏頂面だったり笑顔だったりと様々だが、翔鶴には分かる。他の5人は内心、喜んでいる。念願だった善蔵の第一艦隊となれたこと、その初めての出撃が今回の大規模作戦であること、善蔵がかつての第一艦隊メンバーと“同じようにしてくれた”ことを。

 

 (……いざとなれば、誰か放り込んでもいいですね)

 

 翔鶴を含めたかつての第二艦隊メンバーは、例外無く異動してきた艦娘だ。翔鶴型正規空母“翔鶴”、金剛型戦艦“霧島”、長門型戦艦“陸奥”、高雄型重巡洋艦“高雄”、川内型軽巡洋艦“神通”、陽炎型駆逐艦“天津風”。皆が皆、何かしらの理由で元の提督に疎まれ、避けられ、怒られ、嫌がられた末に解体処分されかけたところを善蔵によって異動という形で救われた者達。だから善蔵に従う。だから善蔵を慕う。だから長年連れ添い、戦ってきたかつての第一艦隊メンバーを妬ましく、恨めしく、疎ましく思っていた。

 

 故に、第一艦隊となることを告げられた時は正に天にも昇るかのような幸福を感じたことだろう。その身に己の存在と引き換えに周囲を滅ぼす忌まわしき名前の爆弾を仕込まれることも嬉々として受け入れる程に。死ねと言われれば死ぬ。味方を殺せと言われれば殺す。そんな洗脳にも似た依存をしているのだ。だからこそ、翔鶴が善蔵の為だと言えば単身で拠点に入り込み、自爆することも厭わないだろう……それを知っているからこそ、翔鶴はその選択肢も視野に入れる。“誰かを放り込む”とは、そう言う意味なのだ。

 

 「……小島に向かって砲撃しつつ、艦載機を飛ばします。その後、小島に向かって前進」

 

 翔鶴の言葉通りに、連合艦隊は動く。ごーちゃん軍刀を持つ時雨が補給の為に拠点に戻っていることもあり、艦載機は焼き払われることなく空を飛ぶ。連続して放たれる砲撃を受けている小島からは深海棲艦が出てくることはなく、水中から接近してくる深海棲艦も報告に上がらない。反撃を受けることもなくスムーズに進んだ連合艦隊は、拍子抜けするほどにあっさりと小島に辿り着いた。

 

 大将以上の艦隊の艦娘だけが上陸すると、ところどころ地面が吹き飛んで抉れているが、島としては機能していた。その中央にある無機質な入口が煙突のように地面から突き出ている。遠目からはよく分からなかったが、入口は中々に大きく、隔壁が閉じられている。焦げ目こそついているが凹んではいない為、その強度は相当なものなのだろう。

 

 「抉じ開けて乗り込むか?」

 

 「相手が出てこない以上、そうするしかないでしょう。過去の事例を考えると初めての試みですが」

 

 日向の問いに、翔鶴はそう答える。“深海棲艦の拠点は深海にある”というのが海軍が持つ情報だ。故に、事実上潜水艦娘しか入り込むことが出来ないのが現実だった……つまり、目の前の入口は、海軍としては初めて見る“地上にある入口”となる。潜水艦娘が拠点に乗り込むことになるのは、初めてなのだ。

 

 「だけど、私達の砲撃を受けても壊れなかった隔壁よ? ……開けられるの?」

 

 「試してみなくては……解らんさ!!」

 

 大和の疑問を背に受け、日向は全力を持って隔壁目掛けて拳を降り下ろす。打ち付けた拳は砲撃音に勝るとも劣らない轟音を響かせた……が、砲撃を耐える隔壁を破壊することは叶わない。しかし砲撃とは違い、隔壁を大きく凹ませることは出来ていた。

 

 その光景に大きく目を開いて驚いた様子を見せたのは、翔鶴だった。正直なところ、彼女は日向が言った抉じ開けるという言葉を前向きに受け止めてはいなかったのだ。というか、砲撃でビクともしないモノを拳でどうにかするなど誰が想像できるだろうか。この結果は、簡単に言えば日向は砲撃するよりも殴った方が威力があるということになる。

 

 (唯一軍刀棲姫と刃を交えた艦娘、日向……侮れませんね)

 

 目の前で何度も隔壁を殴り、遂には破壊した日向を見て、翔鶴は冷や汗をかきながらそう思う。海軍で最強の艦娘は誰かと聞かれれば、彼女は元善蔵の第一艦隊の武蔵ではなく日向だと答えるだろう。軍刀棲姫は存在そのものがイレギュラーであり、規格外だった。だがこの瞬間から、日向は艦娘でありながら規格外の存在と成ったのだ。最も、それは拳で砲撃を越える威力を出すという点においての話なので軍刀棲姫程の理不尽さがないのが救いだろう。

 

 さて、予定ではこのままこの入口を通じて拠点へと入り込むことになっている……が、1つ問題が発生していた。それは、リフトや階段が無く、底が見えない程に深い穴であるということだ。幾ら人間よりも遥かに頑丈な艦娘と言えど、何十メートルになるかも分からない縦穴にノーロープバンジーをしようものなら大破、最悪死ぬ可能性もあり得る。

 

 非常用なのだろうか、簡易的ながら梯子が壁に付いているのが見えている。それを使えば降りることは出来るのだろうが……下から砲撃されれば詰む。最低限、下の安全の確保をしなければ侵入することは出来ない。

 

 (……いえ……安全を確保、なんて真似はしなくてもいいですね。“拠点ごと全て吹き飛ばせば解決”しますし)

 

 そう考え、翔鶴は他の元帥第一艦隊の5人を見る。その視線に気付いた5人は、瞬時に翔鶴が言いたいことを悟り、互いに目配せをする。その後に1つ頷き……1人が前に出る。

 

 

 

 「私が行くわ」

 

 

 

 

 

 

 「見えてきました」

 

 「ああ」

 

 横抱きしている不知火から出た言葉に、俺は短く頷いた。

 

 あの後、結局俺は不知火の願いを聞き届けて彼女の目的地である大本営とやらの建物が見えるところまでやってきていた。横抱き……まあお姫様だっこのことだが、それをしている理由は単純、不知火と共に向かうよりも俺が彼女を抱えて走った方が断然速いから。

 

 正直なところ、今でも彼女から無理矢理場所を聞き出して夕立達の元に向かっても良かったんじゃないかと思う。だが……彼女の本気の表情に揺れてしまった。それに、海軍のトップを人質にするという案に惹かれるモノもあった。脅せば今後俺達に干渉しなくなるだろうという淡い希望もあったからな。

 

 「では予定通り、貴女には防衛戦力の足止めを……」

 

 「だが、それをすると総司令とやらを人質にするのは出来ないんじゃないのか?」

 

 「総司令と言えども相手は人間、私1人でも」

 

 「護衛か側近の艦娘の1人や2人は居そうだがな」

 

 「それは……」

 

 言ったことこそ俺の勝手なイメージだが、あながち間違いではないと思う。不知火がどれだけ強いかは分からないが、流石に多勢に無勢という奴だろう。それに、足止めをしたところで不知火が無傷で大本営とやらに入り込める可能性は低い。仮に出来たとして、中にはまだ戦力が居るはず……目的である総司令の元に辿り着けるのか? なんて疑問もある。それに、俺は総司令がどんな姿なのか知らないのだ……後から不知火を探すのも面倒だし、一緒に居た方がこちらとしても都合がいい。

 

 ……難しいことはさておき、この状況は中々心踊るモノがある。俺からしてみれば、大本営とやらは敵の本拠地、魔王の城のようなモノだ。助けるべき囚われの姫なんて居ないが、ラストバトルに向かうかのようなシチュエーション……男(未だに断言は出来んが)なら燃えるだろう。

 

 「……俺にいい考えがある」

 

 「いい考え……?」

 

 「ああ。お前1人では不安になる……なら、俺もついていけばいい。元より総司令には俺も用があるんだからな」

 

 「それは、確かに……ですが、どうやって防衛戦力を抜けるんですか? 貴女1人ならまだしも、私を連れては……」

 

 「そこも問題ない」

 

 「……?」

 

 偉い人は言いました……“私の城に裏口から入らねばならない理由があるのかね?”と。まあ大本営は俺の城じゃないが……不知火の元々の居場所なんだ、コソコソとする必要も裏口(あるかは分からないが)から入る必要もないだろう。それに、わざわざ防衛戦力と戦うのも面倒だ……ならば、やることは1つ。

 

 俺は不知火を支える手に力を込めて離さないようにし、走る速度を更に上げる。ある程度近付くと建物から警報が響き出し、わらわらと黒い影が遠巻きに見える……が、まあ俺には関係ない。この世界において、俺は最速を名乗れる。これは純然たる事実だ。俺が動けば艦娘も深海棲艦も逃げることも追い付くことも叶わない。そんな速度を出せる俺にかかれば、防衛戦力なんて素通り出来る……不知火が目を回しそうだが。だがまあ……走って抜き去るのも味気ない。どうせ敵の本拠地に乗り込むなら、相応のモノがいるだろう。

 

 

 

 「……少々派手に行くとしよう」

 

 

 

 「え? あのっ、きゃああああっ!?」

 

 相手方の防衛戦力らしき艦娘の影がはっきりとしだして砲撃してきたところで、俺は砲撃を避けながら脚力の限りに跳び上がる。初めて全力で跳んだが、かなり高くまで跳んでいる。少なくとも、大本営を縦に3つ分くらいは越えているだろう……いや、もうちょい跳んでるか。不知火の悲鳴には微笑ましさを感じてしまった……耳元だったので地味にダメージが大きいが。

 

 走りながら跳んだので、当然体はその間にも前へと進む。その先にあるのは、先程よりも大きく近くなった建物だ。そして俺はそのまま建物に向かって落下し……究極うんたらキック、ダイナミックお邪魔しますとばかりに壁を蹴破って直接乗り込む。その際廊下も2階分ぶち抜いてしまったが……まあ問題ないだろう。

 

 「あ……え……?」

 

 「大丈夫か?」

 

 「え、ええ……ではなくて! なんでこんな侵入の仕方をしたんですか!? 元々の予定では……」

 

 「この方が早いし、無駄な戦いもないだろう。それに……」

 

 「それに……?」

 

 俺に抱き抱えられたままポカーンとしていた不知火だったが、大丈夫か聞いてみると捲し立てるように問われた。まあ確かに元々の予定とは違うが、それはもう過ぎ去った過去という奴だ。兵は拙速を尊ぶ、とも言うしな。そして、これは俺の個人的かつ言いたかっただけの理由なんだが……。

 

 

 

 「俺が正面以外から入らねばならない理由があるのかね?」

 

 

 

 きっと俺の顔は、ニヤリと口元を歪めていたことだろう。




という訳で、戦いはまだまだ続くんじゃよ。本作の設定だと籠城されたらほぼ手出しが出来なくなったのが難産の理由でした。組み立てが下手すぎるだろ……ということで力不足を体感することに。次の作品を書くときはもっと頑張ろう。

猫吊るし登場シーンは、メン・イン・ブラックの宇宙人を思い返して下さい。



今回のおさらい

矢矧、善蔵の正体を知る。それは猫吊るし。戦い、未だ終わらず。それどころか殆ど進まず。日向、隔壁を抉じ開ける。バキバキ最強No.1。イブキ、ダイナミックお邪魔します。この台詞は絶対に言わせると考えていた。

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