どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

4 / 54
お待たせしました。プロローグ含めてまだ3話しかないのにお気に入りが500件を越えていることにびっくり……皆様ありがとうございます。


触るな……ゲスが

 タンカー護衛任務。その名の通り、タンカー……この場合油槽船とカテゴライズされるオイルタンカーを油田から目的地まで護衛する任務のことで、艦娘達にとっても普通の生活にとっても必需品である燃料を運ぶ重要な任務でもある。また、本来ならば船団……複数のタンカーを護衛する。しかし、現在この任務を行っている艦隊が護衛しているタンカーは1隻だけであった。

 

 「なーなー、目的地まで後どんくらい?」

 

 「うーちゃん分かんないっぴょん」

 

 「後1時間くらいじゃない? うーん、1っていうのがいい響き!」

 

 「残念、まだ2時間以上あるクマ。まだ半分以上あるクマよ」

 

 「「「えー……」」」

 

 この任務を担当しているのは深雪、卯月、白露、球磨の4隻からなる水雷戦隊だ。この中で改となっているのは球磨のみである。他3隻は駆逐艦故に皆幼い姿をしている為か、端から見れば中学生が小学生を3人を連れているように見えるかもしれない。4人はタンカーを囲うように前後左右に位置取り、通信によって担当方向の状況を逐一報告しつつ、暇故に雑談を交わしていた。

 

 (しっかし……妙な任務クマ)

 

 ふと、球磨はそう思った。任務とは基本的に鎮守府の提督が命令を出すが、たまに大本営から要請される。だが、稀に“依頼”という形で海軍とは別の企業や個人等から要請される場合もあり、今回の任務はとある会社からの依頼だった。しかも提督が言うにはタンカー1隻、護衛戦力は最低限で構わないと予め言われているらしい。目的地自体もどこかの鎮守府や国外ではなく、あまり知られていないような日本から少し離れたさほど大きくない孤島ときたものだ……妙な、怪しい依頼だと思わずにはいられない程に怪しさ爆発だった。

 

 (それに……なんか引っ掛かるクマ)

 

 最も不可解なのは、この依頼が直接鎮守府に送られてきたのではなく、別の鎮守府……球磨達の提督よりも階級の高い提督……差別化する為、上官提督とでもしておこう……から回されてきたということだ。しかも遠回しながらも必ず行うようにと念を押してきた。球磨達の提督は着任してから日も浅く、今いる戦力も球磨達を入れても10隻に満たない。それは向こうの提督も理解してくれているハズだった。にもかかわらず、こうして鎮守府の戦力の半数を費やす任務を行わされている。

 

 (球磨の野生の勘が言っているクマ……この任務には何か裏があるクマ)

 

 怪しい部分なら幾らでもあるのだ。戦力の指定やタンカーの数、上官提督から回ってきた依頼そのものもそうだが……依頼主だというタンカーの船長以外の船員が見えないことも怪しい。何せタンカーは巨大だ、どうしても人員が多くいる。なのにこのタンカーには今のところ船長しか人員が見当たらない。本当にタンカーが運んでいるのは燃料なのか? 球磨達や提督は騙されていて、実は知らず知らずの内に悪事に荷担してしまっているのではないか? 最近そういったサスペンス物のドラマを見ている球磨は、自身の勘もあってそう疑っていた。そんな時、先頭にいた球磨の目に人影が映った。

 

 「船長さん、前方に人影が見えるクマ」

 

 『なに? 深海棲艦か?』

 

 「流石にこの距離じゃ分からないクマ。数は1……近付いてきてるクマ」

 

 『チッ……艦娘なら仲間に組み込んで深海棲艦なら沈めてしまえ。1隻ならお前らでも出来るだろ』

 

 「ちょ、待つクマ……ああもうっ!!」

 

 尊大な言い方をされた挙げ句、一方的に通信を切られた苛立ちから通信機を叩き付けようとするが、下は海なので寸前のところで思いとどまる。この船長もまた、最初は腰の低い平凡な中年の男性だったのだが……いざ護衛が始まればこの有り様。こちらを下に見た尊大な言い方……深雪達が早く任務を終わらせたいと思うのも仕方のないことだろう。

 

 (さて……問題は)

 

 思考を切り替え、球磨は人影の正体を把握しようと集中する。少しずつ、少しずつ近付いてくる人影……やがて、その容姿が完全に目視出来る距離まで近づいたが……やはり球磨は判断に困った。何せ、髪や肌色は深海棲艦なのに服装や異形がないことから、艦娘か深海棲艦かの判断が付かないのだ。

 

 「……球磨だクマ。全艦こっちに来て欲しいクマ」

 

 他の3隻に通信を飛ばし、こちらに来てもらう。後は相手が深海悽艦なのか、それとも艦娘なのかだが……相手が艤装らしき軍刀の柄を握った瞬間、球磨は敵と判断した。

 

 「っ!! 全艦に通達!! 敵は深海棲艦の改flagship!! 艦種は不明クマ!!」

 

 軍刀を掴むまで何もなかったハズの相手の目が、遠目にも分かる程に金と青の光を怪しく放っていたのだ。結論として、相手は深海悽艦の改flagship……明らかに球磨達の練度では荷が重すぎる相手だった。それでも護衛任務である以上は戦わなければならない。最悪、球磨達の身と引き換えにしてでもタンカーだけは逃がさなければ……そう考えながら、球磨は14cm単装砲を撃った。

 

 しかし、それは当たらない。ゆっくりと進んでいた相手がいきなり速度を上げた為に着弾点がズレたからだ。しかもその速度が速い。駆逐艦に匹敵……否、球磨から見て凌駕する程のスピードで接近してきている。このままでは10秒もなく、あの軍刀が振るわれれば当たる距離まで近付かれる。後ろにタンカーがある以上、球磨に下がるという選択肢はない。

 

 「舐め……るなクマァァァァ!!」

 

 経験がまだまだ浅いとはいっても、球磨は所属する鎮守府の艦娘の中では最初に改となった艦娘だ。それなりに練度を積んでいるというプライドと、護衛艦隊旗艦の意地がある。相手の速度に合わせ、艤装の妖精の手を借りて最適化し、相手に射撃兵装がないのでその場に止まって狙い撃つ。

 

 「この深雪様に任せろ!」

 

 「うーちゃんもやるっぴょん!」

 

 「あたしが1番に当ててやる!」

 

 更に深雪達の主砲も加わり、より濃い弾幕を張る。単純計算で4倍以上の砲撃だ、直撃ではないにしても怯むくらいは……と球磨は思ったが、その考えは甘かった。

 

 「は、速すぎる! ていうか何あの動き!?」

 

 「真横に跳ん……!?」

 

 前提として、艦娘は人の形をしているがあくまでも“船”である。船が海上で自分から跳ねたり走ったり真横に移動したり出来ないように、艦娘もそういった動きは出来ない。とはいってもこれは水上を移動している場合の話であり、今の球磨のように立ち止まった状態なら、人型である以上は真後ろや真横への方向転換くらいなら可能だ。それでも、海上で跳んだり走ったりは出来ない。彼女達は船なのだから、海に浮いて滑るようにしか動けない。それは深雪達……否、艦娘は全てそうだろう。

 

 だが……相手は“真横に跳んで”避けた。それだけではなく、今もなおこちらに向かって“走って”きている。

 

 「う、撃つクマ! 手を休めちゃダメクマ!!」

 

 球磨の声に呼応するように、彼女達は途切れないように主砲を可能な限り撃つ。また横っ飛びで避けられる可能性も考慮して、直接狙うものとズレた位置に狙うものを分けて。それでも尚、相手に当たるどころか掠ることすらない。時に右、時に左へと跳び、一直線とはいかないがかなりの速度で球磨達に近付く相手。そんな最中、ようやく1発だけ“当たる”と確信出来る弾があった。相手は跳んでいる最中で、着地点には球磨の放った砲弾が向かっている。タイミングはドンピシャ。これで幾らかダメージを与えられる。

 

 

 

 そんな予想は、無慈悲に裏切られた。

 

 

 

 「……冗談は動きだけにして欲しかったクマ」

 

 「い……今何したぴょん?」

 

 「何って……何したんだ?」

 

 「全然わかんなかったケド……」

 

 結果から言えば、球磨の確信した砲弾は相手には当たらなかった。駆逐艦娘の3人は目の前で起きたことが理解出来ず、唯一理解出来た球磨は冷や汗をかきながら口元をヒクつかせた。人間大までスケールダウンしたとはいっても、艦娘の扱う艤装は全て軍艦時のそれと変わらない性能……否、妖精の力も借りて軍艦時以上の性能を誇る。当然、球磨の14cm単装砲も例に漏れない。

 

 

 

 「砲弾を斬るとか……化け物クマ」

 

 

 

 初速、秒間850m。最大射程19100m。それが軍艦時の球磨の主砲のスペックだ。艦娘となればこれ以上のスペックを誇る……しかし、相手はその砲弾を斬るという艦娘でもそう出来ないようなことをやってのけた。しかし、球磨も斬る瞬間を見た訳ではない。当たるハズの砲弾が当たらず、いつの間にか軍刀が抜かれていて、相手の左右後方二ヶ所同時に水しぶきが上がったからそう結論付けただけだ。何せ、いつ抜刀したのか見えなかったのだから。

 

 「船長さん! 早く逃げるクマ! 相手は化け物で、球磨達じゃどうにも出来そうにないクマ!」

 

 『敵は1隻なんだろう? 数で押しつぶし、出来れば捕獲しろ……以上だ』

 

 「ちょ、それが出来れば苦労は……っ加減にしろクマ!!」

 

 目の前にはどう足掻いても太刀打ち出来ない化け物。後ろには危機を危機と分かっておらず自分で状況確認もしにこない依頼人(バカ)。しかもまた通信を一方的に切られ、とうとう爆発した怒りが通信機を海へと沈ませた。冷静さを欠き、球磨の視界は通信機を投げつける一瞬、海の青一色に染まる。そして顔を上げると……もう50mもない距離に相手がいた。

 

 「ひっ!」

 

 「うびゃぁ……っ」

 

 「うぁ……」

 

 金と青の目を見た駆逐艦娘3人が怯えの表情を浮かべる。そんな3人を守るように、球磨は両手を広げながら立ち塞がり、せめて一撃くらいという意志を込めて主砲を放った。この距離、相手の速度と主砲の射速。弾速の体感速度はスペック上の速度を遥かに上回る。

 

 果たしてその一撃は……相手が僅かに身体を逸らすという小さな動きだけで避けられてしまった。

 

 (提督……ごめんクマ)

 

 諦めの気持ちが湧いてしまい、心の中で提督への謝罪をしながら球磨は来る痛みに耐えるように目を瞑る。

 

 

 

 「悪いが……君達のような艦娘の相手をしている場合じゃないんだ」

 

 

 

 「えっ……?」

 

 耳元で低くも女性だと分かるハスキーボイスが聞こえた球磨は思わず目を開ける。そこには迫ってきていた謎の改flagshipの姿はなく、自分の身体にも傷1つ付いていない。

 

 「あ、あいつはどこに行ったクマ!?」

 

 「う、うーちゃん怖くて目瞑っちゃってたぴょん……」

 

 「あたしも……スッゴい怖かった……」

 

 「……深雪は見たよ。あいつ、船に向かってジャンプして乗り込んでった」

 

 「「「なっ……!?」」」

 

 水上でジャンプ出来ることが既におかしいというのに、件の相手は更に巨大なタンカーに跳び乗ったと深雪は言う。砲弾は斬り捨て、真横に移動し、至近距離の砲弾すら避け……正しく化け物。今の球磨達では……否、所属鎮守府の全戦力で対峙したとしても勝てない相手。だが、球磨はそうだと分かっていても納得出来ない苛立ちがあった。

 

 (あいつ、1度も攻撃しなかった……その素振りすらなかったクマ)

 

 無論、武装の問題もあるだろう。相手は主砲副砲、艦載機の類は持っていなかったし……もしかしたら使わなかっただけかもしれないが……接近しても軍刀を抜かなかった。もし抜かれていたら、何をされたのかも分からずに斬り殺されていたことだろう……だが、球磨の苛立ちの原因は相手にならなかったことではなく“されなかった”ことだった。

 

 (球磨達の相手をしている場合じゃない? ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな! ふざけるなクマ!!)

 

 こっちは全力で攻撃した。可能な限り相手に当たるように計算し、それでも当たらなくても一矢報いる気持ちで撃った。それすらも避けられ、死を覚悟した矢先にあの言葉……自分達は相手に歯牙にすらかけてもらえない、弱い存在なのだと決め付けられ、見下されたように感じたのだ。君達のような“弱い”艦娘と遊んでいるほど暇ではない……被害妄想だとしても、球磨にはそうとしか聞こえなかった。

 

 (絶対に後悔させてやるクマ……球磨達を生かしたことを、球磨を怒らせたことを……絶対に!!)

 

 「う……ぉぉぉぉおおおおああああ!!」

 

 ジャンプが出来ない球磨達はタンカーに乗り込んだ相手を追うことは出来ない。つまり、乗り込まれた時点で詰んでいる。怒りと悔しさ、それらを声にして球磨は空に向かって吼える。後に所属鎮守府において艦娘最強の座を不動のモノとする、びっくりする程優秀な球磨ちゃんと呼ばれる艦娘が産声を上げた瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 このタンカーの船長は、簡単に言えば奴隷商人である。しかも球磨達の鎮守府に依頼を回した上官提督と繋がりを持っていた。

 

 艦娘は好みこそ別れるだろうが、例外なく見た目が麗しい。性的に食い物にしたいと思う人間は少なくないだろうし、危険が蔓延する世界である故にそういった欲求も爆発し易い。だが軍属であり、人間よりも遥かに強靭な肉体を持つ艦娘がそう簡単にやられるハズもない。ならば、どうするか?

 

 「はぁー……はぁー……っ」

 

 「やはり艦娘に人間用の薬は効き目が薄いか……もう15本は打ったというのにまだ目に理性の光が見える」

 

 暗い部屋の中で、壁に鎖によって両腕を吊り上げるように拘束されながら座り込んでいる1人の艦娘が頬を上気させ、荒々しく熱の籠もった息を吐く。全身から様々な液体を流している無様な姿だが、殺意を宿した鋭い眼光は目の前の中年の男……船長と呼ばれた男を射抜いていた。その船長は艦娘を見下ろしながらニヤニヤと嫌らしく笑みを浮かべ、散らばった注射器の数を数える。

 

 先の問いの答えは……薬物。性的に興奮させるクスリを注射器で体内に注入して艦娘としての身体能力を封じ、更に注入していくことで理性を無くさせ、無くした後は娼婦紛いのことをさせたり富豪に高値で売りつけたりするのが、この船長の遣り口だった。問題は、どうやって艦娘を手に入れるか。それは、今球磨達が行っている護衛任務という名の依頼を使う。

 

 まず、上官提督が自分より下の提督に依頼を送りつけ、戦力を指定した上で護衛任務を行わせる。そして目的地の孤島に着き、帰還しようとした艦娘に死なない程度に攻撃を仕掛け、行動不能に陥らせる。後は回収した動けない艦娘に薬物を注入していけば……ということだ。このタンカーもただのハリボテに過ぎず、燃料など一滴も積んでいない。積んでいるのは“商品化が間に合わなかった”目の前の艦娘1人……後は金と購入した客の情報と、いざという時の弱みになればと思って貯めた、上官提督の情報とこの繋がりの証拠くらいである。

 

 「さぁ、名前も知らない艦娘。お前は後何本で堕ちるのかな?」

 

 「やめ……やぁ……っ!」

 

 喘ぎ過ぎて枯れ果てた声。この分ならもうすぐ堕ちるだろう……そんな考えの下で新しい注射器を手に取った船長……。

 

 

 

 その右腕の肘から先が、赤い液体を撒き散らしながら宙を舞った。

 

 

 

 「「……は……?」」

 

 奇しくも2人ともが“目の前で起きていることが信じられない”という感想を抱いた。船長は言わずもがな、自分の右腕の肘から先がいきなりなくなったことに実感が湧いて来ないから。そして艦娘は……状況的に敵である深海棲艦と“思わしき相手”によって助けられたからだ。

 

 船長は宙を舞っている自分の腕を、艦娘は深海棲艦らしき相手を見ながら固まる。そして腕がベチャリと生々しい音を立てて床に落ちた瞬間……時は動き出す。

 

 「ぉ……ぎ、あっがああああっ!?」

 

 船長が右腕を押さえ、走った激痛に絶叫してうずくまる。何が起きた? 頭の中はその言葉で埋め尽くされ、必死に疑問に対する解答を探すべくギョロギョロと目を動かす。

 

 目の前の艦娘が何かしたか? 否、刃物を持っているどころか身体も満足に動かすことなど出来ないハズ。そもそもこの部屋は、本来なら燃料を入れる為の部分を改造して作った部屋だ、最低限の物しか置いていない為、腕が斬り飛ばされるような長く鋭い刃物なども存在しない。そこまで考えて、ようやく船長に自分と艦娘以外の第三者という考えが浮かんだ。

 

 (だが外にはあいつらがいたハズ! それにこの船が行き来するルート上は上官提督の艦隊が深海棲艦を近付けないようにしてくれている! そもそも通信では敵は1隻だと……)

 

 

 

 ― 相手は化け物で…… ―

 

 

 

 (……ははっ……まさか、まさか! まさか!?)

 

 新米と変わらない提督の艦娘が、自分達よりも固く強い深海棲艦……例えば重巡や戦艦……と当たっただけだと楽観的に考えていた。軍属じゃないからとよく分からないままに何も考えなかったが、1対4の戦力差なら相手が誰であろうと楽に勝てるモノだと甘く見ていた……船長が己の考えが甘過ぎる考えだと気付いた時には既に遅い。

 

 「……」

 

 「ひっ! ひぃぃぃぃっ!?」

 

 振り返った先にある、薄暗い部屋の中でもはっきりと分かる自分を見下し射抜く金と青の眼光。そして右手に持つ、刀身を鈍く光らせながらポタポタと液体を滴らせる軍刀。そこでようやく、船長はこの存在が自分の腕を斬り飛ばしたのだと悟った。

 

 「お、おい球磨! てき、敵が乗り込んでいるじゃないかあ! うでっおっ俺のお! 速く、速く助けにっ……ぁ……!?」

 

 錯乱し、尻餅をついて船長は自分の腕を斬り跳ばした存在から逃げるべく後退る。その途中、いつの間にか落としていたであろう通信機が左手に当たり、すぐに拾い上げて外にいるハズの球磨達へと連絡を取ろうとする……しかし、聞こえてくるのはノイズばかりで一向に目的の相手は出ない。それもそのハズ、球磨は通信機を海へと投げ捨てているのだ……出られるハズがない。しかしそんなことを知らない船長は、目の前の存在が全滅させたと思い込んだ。

 

 「お前、まさか……まさかぁ!!」

 

 「……」

 

 「……な……何を見て……」

 

 ふと船長は、目の前の存在が自分ではない何かを見ていることに気付く。視線の先を追ってみれば……先程自分が“仕込み”をしようとした艦娘の姿。存在は船長に視線を向けることなく艦娘を見つめ、艦娘もまた存在を見つめている。今なら逃げられるかもしれない……そう船長が考えたのは仕方ないことだったのだろう。故に逃げ出した。無様に、散らばった注射器を踏み潰しながら部屋から出るべく。そうして、部屋の外へと手を伸ばし……。

 

 「……ぺ が……?」

 

 まるで世界が2つに裂けたかのような不思議な風景を最期に、船長はその生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

 「あ……」

 

 血と臓物を撒き散らしながら左右に裂ける船長の身体。溢れ出す血生臭さと独特の異臭、まだ僅かに痙攣する血色の悪い内臓達、転がり出る眼球、散らばった糞尿……見ただけでも吐き気を催すそれらを見て臭いを嗅いでも、身体が薬物によって与えられた快楽で麻痺している艦娘……摩耶には気にならなかった。それらよりも遥かに気になるモノが、目の前にいたからだ。

 

 「大丈夫……じゃなさそうだな」

 

 軍刀に付いた血油を軍刀を振るうことによって落とし、カキンッと音を鳴らして鞘に納めた目の前の存在から初めて聞いた言葉がそれだった。その顔は心配そうに少し歪んでいたが……摩耶はそれが勿体無く感じた。身体付きから相手は同性だと分かるが、その同性である摩耶から見ても綺麗だと見惚れるほどなのだ、笑ったらさぞかし映えるだろう……そんな風に思ったのだ。

 

 「摩耶……今助ける」

 

 「う……ぁ……」

 

 目の前の存在に名前を教えたことはない。そもそも枯れ果てているのだから喋ることもロクに出来ないのだから教えられるハズもない。出逢ったのも今が初めてだから、以前に話したという線も消える……だが、目の前の存在は確かに摩耶の名を口にした。そのことを疑問に思う理性は、摩耶には殆ど存在していない。

 

 キンッ、という金属音の後、摩耶の手に嵌められている手枷に繋がれた鎖が2本共断ち切られて摩耶の身体が床に向かって倒れ込む……その前に、相手が掬いあげるようにして抱きかかえる。昴って敏感になっている身体がピクリと反応するが、脱力しきった身体を動かすことは出来なかった。

 

 「すぐにここから出よう。君の艤装は……見当たらないか。仕方ない……あんな変態の船だが、救命ボートくらいは探せばあるだろう……」

 

 目の前の存在は自分を軽々と抱き上げ……俗に言うお姫様抱っこという奴だ……船長の死体の残骸を踏まないようにして部屋から出る。言葉から察するに、自分を運ぶ為の救命ボートか何かを探すのだろうと摩耶は思った。なぜ深海棲艦が……とも思ったが、こうして身体をくっつけられていると深海棲艦の気配と同時に艦娘の気配もしていることに気付いた。不思議に思って顔に目をやれば、驚くことに金と青の瞳がいつの間にやら鈍色に変わっている。

 

 (……なんなんだコイツは……)

 

 よくわからない。一言で表すならそれに尽きる。ギリギリの、これ以上は無理だという時に現れ、あっさりと自分を救った謎の存在。深海棲艦とも艦娘とも取れる容姿に気配。分かっているのは、せいぜいが性別くらいだろうか。

 

 (ああ……そういや名前も聞いてねぇや……聞きたいけど……やべ、寝ちまいそうだ……)

 

 様々な意味での恩人の名前も知らない。せめてそれくらいは知りたいと思うものの、歩くことによる一定の振動のリズムと久しく感じる人肌の温かさ、なぜか感じる安心感が摩耶の瞼を重くする。相手の前で眠り、寝顔を晒す……なぜかそれが妙に気恥ずかしく感じるが、睡魔は着々と摩耶の夢の世界へと誘おうとしていた。せめて名前だけは……殆ど寝入っていたが、その思いから、摩耶は口を開いた。

 

 「な……ぇ……」

 

 「うん? なんだ、眠いなら寝ても……」

 

 「ぉ……ま……な……まぇ……」

 

 「名前? ああ……俺はイブキだ。宜しく……そしてお休み、摩耶」

 

 この時点で、摩耶の意識は既に落ちていた。だが、すれすれのところで聞こえた恩人の名前と姿だけは、やけにはっきりと記憶に残った。深海棲艦(てき)か艦娘(みかた)かは分からない謎の存在“イブキ”……それが、摩耶にとっての恩人。捕らわれの姫を助けた王子様だった。

 

 

 

 次に摩耶が意識を取り戻した時、そこは自分の所属していた鎮守府ではなく別の鎮守府の医務室であった。近くにイブキの姿はなく……代わりに、球磨と呼ばれる艦娘がいた。

 

 「やっと起きたクマ。頭は大丈夫クマ?」

 

 「それ、ケンカ売ってるように聞こえるな……まぁ大丈夫……だと思う。あたしはどうしてここに?」

 

 「……今から説明するクマ」

 

 球磨が言うには、摩耶がイブキによって助けられてから既に5日経っているらしい。目の前にいる球磨は摩耶がいたタンカーを護衛任務という名目で随伴していた艦娘で、ここは球磨が所属する鎮守府。摩耶が助けられた後、球磨達はタンカーを鎮守府まで妖精さんに操縦してもらい、鎮守府に着いた後は摩耶を入渠ドックへ駆逐艦娘達が運んで一緒に入り、他はタンカーの調査を行ったのだという。

 

 タンカーには最低限以下の人間しかおらず、その全てが斬り殺されていたという。特に酷いのは船長で、口に出すのも躊躇われる状態だった。タンカーに残っていた書類には、今までの“商品”を買った人物のリスト、上官提督と船長の繋がり、孤島にいる仕込み段階の艦娘の名前など、様々なことが書かれていた。

 

 「購入者は全員逮捕。上官提督は当然銃殺刑。孤島は2日前に制圧して艦娘は解放、復帰が難しい艦娘は……解体されたそうだクマ」

 

 解体。それは在りし日の艦艇の魂を宿した艦娘から普通の人間にする行為を指す。艦娘として生まれた彼女達は解体されることで人間としての戸籍と自ら金銭を得られるようになるまでの援助を政府から受け取り、今後は軍に関係を持つことなく生きていくことになる。しかし……解体を望むのは心を病んでしまった艦娘のみ……艦娘は身体を欠損しても生きていれば元通りに“修復”出来てしまう為……であり、その後も心を病んだ故に自殺する元艦娘が後を絶たないという。

 

 「そうか……なぁ、あたしのところの鎮守府は……提督は?」

 

 「書類に摩耶の情報に所属していた鎮守府があったから、その鎮守府に摩耶の無事を伝えたら喜んでいたクマ。他にも捕まっていた、摩耶と同じ鎮守府の艦娘達も……何とか踏みとどまったそうだクマ」

 

 「そうか……良かった」

 

 少なくとも自分の身内で解体された艦娘はいないようだと、摩耶はホッと安堵の息を吐く。自分や他の艦娘を苦しめた事件も終息したようだし、後は身体が万全になるまでこの鎮守府にいてもいいらしい。そこまで聞けば、気になることは後1つだ。

 

 「なぁ、あたしを助けてくれた“イブキ”って」

 

 奴を知らないか……そこまで口にすることは出来なかった。なぜなら、イブキの名を口にした瞬間に球磨に覆い被さられたからだ。

 

 「イブキ……それが、あの深海棲艦の名前クマ?」

 

 「あ、ああ……あいつはそう名乗ってたぜ……? 深海棲艦かどうかは分かんねえケド」

 

 「イブキ……覚えたクマ……次に会った時は……」

 

 ふふふ……クマ。などと謎の笑い声……但し目は笑っていない……を上げる球磨。端から見てかなり怪しい。おまけに目がかなり怖い。というか自分に覆い被さる必要はあったのかと摩耶はツッコミたくなったし自分の身体の上から早く退いて欲しかったが、何も言わないことにした。触らぬ球磨に祟り無しである。

 

 変わりに、恐らくはどこかに行ったのであろう恩人……イブキのことを考える。何せ自分の恩人で、久しく感じた人肌の温もりだった上に口に出したくもない男の右腕を斬り飛ばすなんて登場の仕方だ、朦朧としていても記憶に残るインパクトである。何よりも……お姫様抱っこまでされたのだ。男勝りな口調だが乙女チックなことも好きな摩耶は、ロマンチックなことに憧れる立派な少女でもある。

 

 (……また、会いてえな)

 

 それにどう言った意味と感情が込められているのか……それは摩耶だけの秘密。

 

 

 

 

 

 

 球磨達と戦ったり摩耶を助けたり初めて人を斬っちゃったり助けた摩耶を救命ボートに乗せて球磨達に押し付けたりしてそこから逃げ出してから早数時間。オレンジ色に染まってきた空を眺めながら、俺はさっきの出来事を思い返していた。

 

 「こっちから艦娘さんの匂いがするですー」

 

 「ついでに鉄っぽい匂いもするですー」

 

 「というかタンカーの姿が見えるですー」

 

 「この速度だと接触まで10分もないですよー」

 

 「えーっとえーっと……また喋ることなくなったのですー。えーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん」

 

 雷達と別れた後にいきなり現れた妖精さん達。自分達のことを軍刀妖精だと名乗った彼女達は、常に俺の周辺をふわふわと浮いている。最初に見えなかったのは俺が妖精のことを必要だとしていなかったからだそうで、口に出したことでようやく姿を現すことが出きるようになったらしい。更に姿が見えるようになる為には、妖精に姿を見せても大丈夫と思われないといけないらしく、俺に見えている軍刀妖精は俺以外には見えないようにしているんだとか。

 

 尚、この妖精さん達5人は皆名前が軍刀妖精、しかも見た目が同じ。二等身の身体に俺と同じ服装に軍帽を被っているという見た目だが、帽子には1~5の数字がそれぞれ書かれている。なので、俺はそれぞれに数字の読みの一部を名前に○○ちゃんと名付けた。

 

 先に喋った巡からそれぞれ、1のいーちゃん、2のふーちゃん、3のみーちゃん、4のしーちゃん、5のごーちゃんである。テキトー感は否めないが、5人分の名前を考えるのは俺には無理だった。記憶にあるキャラクターの名前を付けることも考えたが……すぐにこんがらがりそうなので数字を見れば分かる名前にした方が覚えやすかった。

 

 さて、俺の位置から離れたところに見える船……みーちゃん曰わくタンカーだそうだ……なんとか資材を恵んではくれないだろうか。この身体が生きる為に何が必要なのか分からないが、確かめる為に資材は欲しかった。いーちゃん達曰わく、俺の燃料はまだ9割残っているらしいが……あって損はない。いつ補給出来るか分からんし。

 

 という訳でタンカーに近付く。すると、そこに艦娘の姿があった。タンカーの前にいるのは……さっき出会った木曾の姉の球磨だろうか。俺から見て右側に白露、左側には卯月らしき艦娘の姿もある……まだまだ距離があるというのにハッキリ見える。この身体スゴいな。

 

 さて、あれはひょっとするとゲーム内の遠征にあるタンカー護衛任務という奴だろうか。だとしたら資材を分けてもらうのは難しいかもしれない。どうしたものか……と何気なく右手で左腰の軍刀の鞘を握る。こうしていると不思議と心が休まるのだ。

 

 「あ、艦娘さんが臨戦態勢に入ったですー」

 

 「通信機みたいなのも持ってるですー」

 

 「あ、撃ってきましたよー」

 

 「イブキさんなら簡単に避けられますよー」

 

 妖精ズにそんなことを言われ、俺は咄嗟に走り出す。すると1秒かそこらで、走る前に俺がいた場所に何か……砲弾か何かだろうが……が着水し、水しぶきを上げた。どうにも初見で敵意を持たれてしまうな俺は……仕方ないとは言え悲しいものだ。相変わらず頭の中は冷静だが。

 

 「今度は話すことすら出来なかったですー。えーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん」

 

 流石に撫でることは出来ない為、ごーちゃんには口だけで我慢してもらおう。とりあえず、球磨達に敵意を持たれてしまったのはこの際仕方ない。資材を譲って貰うことが絶望的となってしまった今、俺が出来ることは盗っ人と同じことをすることだ。顔も覚えていない前世の俺の両親よ、親不孝な息子でごめんなさい。娘かも知れんが。

 

 タンカーに向かって走りながらそう決意する頃には、白露に卯月と……誰だあの艦娘。名前が出てこない……まぁ見た目的に駆逐艦だろう。その3人が砲撃に加わっていた。流石に弾幕を張られては厳しいかもしれないな……だが、飛んでくる砲弾が直線である以上、射線をズラせば問題ない。という考えから、俺は海面を“蹴って”真横に跳ぶことで射線をズラしながら接近を試みる。なぜかびっくりした表情をされたが、大方当てられると思った攻撃を俺が避けてしまったんだろう。

 

 とまぁそんな感じに避けて進んでいたら、レ級の時に起きた世界が止まるような感覚がまた起きた。不思議なことに、俺は空中でピタッと止まっている。今度は何だ……と思えば、俺が着地する場所を丁度通り過ぎるように……例えるならば、ボールペンの先のような形をした何かがあった。まあ察するに、これが砲弾という奴なのだろう。

 

 しかし困った。これではこの止まった感覚が動き出した瞬間俺の身体は砲弾に穿たれてしまう。それはごめん被りたいが……というところで、また右手で握っている軍刀の柄に目がいった。そういえば、某閣下は生身で戦車の砲弾を真っ二つに斬り裂いていたな……人間離れした身体能力を持っているあのお方が出来たのだ、人間ではない上にこうした不可思議な感覚の中にいる俺に出来ないハズがないと信じたい。

 

 そうと決まれば即実行。やはりあの時と同じように手は普通に動く。身体は動かないクセに。レ級にしたように下から振り上げ、砲弾を真っ二つに斬り捨てることに成功する……スッと刃が入ってサクッと斬れたが、どれだけ切れ味がいいのやら……斬れないものはほぼないという妖精ズの言葉に偽りなしだな。そこまで考えたところで、ようやく時間が動き出した。同時に、俺も着地と同時に再びタンカーへと向かう……関係ないが、海の上なのに着“地”とはこれいかに……どうでもいいが。

 

 「っ加減にしろクマ!!」

 

 くだらないこと考えてごめんなさいっ!? と思わず謝りそうになったが、通信機を海に投げつける球磨の姿から俺に言った訳じゃないことが分かる。通信してる相手に何か言われたのだろうか……あーあ、通信機が海中に……勿体無いじゃないか。

 

 「ひっ!」

 

 「うびゃぁ……っ」

 

 「うぁ……」

 

 とか考えてたら駆逐艦3人に怯えられたんだが。まぁ俺がどんな顔をしてるか分からないが、怯えられるくらいには怖いんだろうか……普通に考えて、顔云々ではなく帯刀している奴が砲弾避けたり斬ったりしながら近づいてきたら怖いわな。俺だって怖い。

 

 内心頷いていたら、怯えた3人の前に球磨が両手を広げながら立っていた。しかも主砲まで撃ってきたんだが……また世界が止まった。そして、このまま時間が進めば俺の身体に直撃する位置に砲弾。また斬ってもいいんだが……変なクセがついても困るし、今回は避けてみようかという考えから身体を砲弾に当たらないように逸らす……少し逸らした瞬間に時間が動き出し、砲弾は俺の身体スレスレのところを飛んでいった……心臓に悪い。

 

 で、だ。そろそろ軍刀を振れば当たる距離、そこまで近づいて球磨がギュッと目を瞑っていることに気付いた。よく見れば、卯月と白露もだ。後の1人はちゃんと開いてる。さて、俺の目的はあくまでも資材であり、元々戦闘するつもりはなかった。だから球磨達に危害を加えるつもりもないからスルーするのが最適か……だが、怖がらせたままというのもな……せめて、少しでも恐怖が和らげば……。

 

 「悪いが……君達のような艦娘の相手をしている場合じゃないんだ」

 

 安心してくれ、君達みたいな可愛い艦娘に危害を加えるつもりはない……と言いたかったんだが相も変わらずの謎変換。本当にどうなってんだ俺の口。

 

 その後、俺はタンカーに跳び乗り……意外と高く跳んだから怖かった……資材を求めて中を歩き回ることにした。最悪船員の誰かを人質にして資材を要求するつもりだが……歩いていても意外と人に会わない。タンカーは巨大だから、もっと人がいると思ったんだが……そうでもないんだろうか。とかなんとか思った瞬間、入った部屋で中年の男と目があった。

 

 「あ? なんだお前……新しい商品か?」

 

 「商品……?」

 

 「……チッ、商品じゃねぇってことは逃げ出してきたか? いや、あいつは今頃ボスが仕込んでるハズだ……じゃああの艦娘共が……」

 

 俺を見るなり、何やらぶつぶつと商品だのなんだのと意味の分からんことを言い始めた中年の男。服装は袖を捲り上げた白シャツに短パンと、とてもじゃないがタンカーの船員には見えない。それに、言葉の中に不穏当なモノも混じっている……この船は、何を運んでいるんだ? それに、見つけた人間が今のところこの男だけというのも気になる……イヤな予感がする。

 

 「……まあいい、こいつは俺が直々に仕込んでやるか。オイ艦娘、ちょっとこっちに……」

 

 

 

 中年の男が俺に向かって右手を伸ばした瞬間、俺は無意識の内に男の身体を斬り裂いていた。

 

 

 

 「……あ?」

 

 「触るな……ゲスが」

 

 何が起きたかわからない……そんな表情のまま男は後ろに向かって倒れ、数回痙攣した後にピクリともしなくなる。これが俺がこの世界において初めて、それも唐突に体験した“殺し”の経験となった。

 

 「……存外、何も思わないモノだな」

 

 よく創作物で主人公や善人等が初めて殺人を犯した時、嘔吐したり気分が悪くなったりといった描写が多い。だが、俺にはそれがなかった。レ級の尻尾を斬り飛ばした時でさえ罪悪感を感じたというのに、俺は殺人を体験しても何も感じることがなかった。いや、気持ち悪いとは感じているが……それは刀身に着いた返り血に対してであって、男の死体についてではない。

 

 そもそも、無意識とは言え俺が男を斬ったのは……男の言葉から、こいつが何をしている人間なのかを悟ったからだ。“商品”に“仕込み”、そして俺を“艦娘”だと断定して仕込みとやらを行おうとした……身の毛もよだつ思いだが、要するにエロ同人等でありそうなことをこいつ……恐らく複数いるだろうからこいつら……は行っていたということだろう。そして……今この船に最低でも1人、仕込みとやらを行われかけている……或いは真っ最中の艦娘がいる可能性が高い。そう考えついた瞬間、俺の心が怒りに染まった。そして次の瞬間には斬殺していた。

 

 例えるなら、人間が飛んでいる蚊を鬱陶しいと感じて潰すような感覚……これは俺の精神が身体に引っ張られているということだろうか。同族ではなくなったから、殺人に対して忌避感を覚えないのかもしれない……まあ、あまり深く考えないでおこう。人間を殺すということに躊躇しなくなった……それだけのことだ。

 

 「……捕らわれている艦娘を探すか。ついでに……」

 

 ― 船員は……皆殺しだ ―

 

 

 

 

 

 

 「乗っている船員の数は?」

 

 「お、俺を含めて8人だ! ほ……本当だ! 信じてくれ! 助けてく」

 

 「……後1人か」

 

 命乞いをしてきた男の首を刎ね、軍刀を振るって付いた血を払う。ゴボッと音を立てる男の死体……転がった首とその断面図をみても、遠巻きにゴキブリを見た時くらいの嫌悪感しか湧かなかった……実は俺、前世は殺人鬼か何かだったんじゃないかと心配になってきた。因みに、今の男で7人目……男の言ったことが本当ならば、後1人。最初の男が言っていた艦娘の姿を今まで見なかったということは、そいつと一緒にいる可能性が高い。

 

 「だが……どこにいる?」

 

 タンカーにある部屋は殆ど見たハズだが……その過程で俺が危惧したエロ同人的なことが実際に行われていたという証拠の書類も集まり、書類は袋詰めして操舵室に置いてある……肝心の艦娘がいない。いったいどこにいるんだ……。

 

 「イブキさんイブキさん」

 

 「ん? なんだ? いーちゃん」

 

 「外にいる艦娘さん達の他に、この船の中にも艦娘さんの気配がするですー」

 

 「わたしも感じてましたー」

 

 「下の方に感じますー」

 

 「下……? だが部屋は……」

 

 「多分、燃料タンクの中だと思いますー」

 

 しーちゃんが言った言葉でハッとする。このタンカーを動かしているのは……俺も他人のことは言えないが犯罪者だ。そんな奴らが燃料を手に入れる場所を把握し、尚且つ入手出来るとは……無いとは言わないが考えにくい。タンカーの燃料タンクの中を調べる、なんてことはその手の人間でもない限りしないだろう。そこが盲点となる。

 

 「……燃料タンクに1番近い場所は?」

 

 「さっき行ったポンプルームだと思いますー。やっとセリフ言えましたー。えーん」

 

 「ありがとうごーちゃん。でも泣かないでくれ」

 

 嬉し泣きするごーちゃんを慰めながらポンプルームに入って注意深く部屋を探ってみると、機材に隠れた分かり難い場所に扉を見つけた。妖精ズに聞いてみても、この先から艦娘の気配がするという……確定だな。

 

 俺が船に侵入して最初の男を殺害してから、意外にも10数分しか経っていない。だが……仕込みとやらを行うには充分な時間かもしれない。頼む、無事でいてくれ……そう思いながら扉を開く。中にいたのは……手枷で体の自由を封じられている艦娘と、注射器片手に近付く男の背中。

 

 

 その手を、俺は反射的に斬り飛ばしていた。

 

 

 

 「「……は……?」」

 

 間の抜けた声が重なり、俺の目が艦娘の姿をハッキリと捉える。髪はぼさぼさで服もところどころ破けてはいるが……その艦娘が誰なのかはハッキリと分かる。確か……愛宕型? いや、高雄型だったか? の重巡洋艦の摩耶、通称摩耶様だ。不謹慎な話だが……両腕を釣り上げられていることによって大きい見事なおぱーいが素晴らしいアングルで強調されている。しかもびっくりしているせいでぱっちりとした目が俺を上目遣いに見つめているとか、何これ俺誘われてる? とか思っても仕方ないと思うんだ。摩耶様着けてないし。穿いてるとは思うが。

 

 とまあそんな感想は一旦ストップ。改めて彼女の姿を見てみれば……ボロボロぼさぼさに加え、腕と首に注射器で刺されたであろう傷があり、目は濁っているようにも見える。身体も汚れている……恐らく風呂に入らせてもらえなかったんだろう。この部屋に入った瞬間に一瞬見えた怯えた表情……そこまで、こいつらは……と憤慨しながら知らない内にうずくまっていた男を睨み付ける。

 

 「ひっ! ひぃぃぃぃっ!?」

 

 すると丁度振り返った男と目が合い悲鳴を上げられた。恐怖に染まった表情……こんな男に摩耶様は汚されかけたのかと新たな怒りが湧いてくる。この男は後で殺すことにして、摩耶様の肢体……こほん、状態を観察し直す為に目を向ける。

 

 呼吸は……少し荒いか。顔も赤いから、既に何本か薬を入れられている可能性が高い。よくよく見てみれば、服の胸の先端部分に妙な出っ張りが……いかんいかん。助けたらどうするか……そうだ、球磨達に預けよう。彼女達なら悪いようにはしないだろう。

 

 「あ、男の人が逃げますよー」

 

 いーちゃんの声がすると同時に男がいた場所を向く。しかしそこに男の姿はなく……扉の外に出ようとする後ろ姿が目に入った。

 

 (逃がすか……!)

 

 そう考えると同時に、あの時間が止まったような感覚がした。男は部屋の外に向かって手を伸ばした体勢で止まっており、俺はその背中に向かって走りながら軍刀を振り上げ……男の身体を真っ二つに斬り裂いた。それと同時に止まっていた感覚が消えて動きだし、断面からドチャドチャと内臓やら何やら零れ落ちる……やはりそんな光景を見ても、少し気色悪いと感じるくらいの嫌悪感しか感じない。それよりも摩耶様をどうにかするのが先決だろう。そう考えた俺は軍刀を振るって付いた血を払い、鞘に戻しながら摩耶様に視線を戻した。

 

 「大丈夫……じゃなさそうだな。摩耶……今助ける」

 

 「う……ぁ……」

 

 大丈夫じゃない見た目なのは最初から分かってはいたが、つい大丈夫かと聞きかけてしまった。そして謎変換によるまさかの呼び捨て……俺としては摩耶様なんだが。重巡によるルート固定ではいつもお世話に……と記憶にある。で、スパッと手錠に繋がっている鎖を断ち斬り……レ級すら斬り裂く軍刀にとっては鎖など紙同然……倒れそうになる摩耶様をお姫様抱っこ。おおう、摩耶様のお顔がこんなに近く……あれ? 膝裏を抱えてる手に何かヌルッと……気にするな、気にするんじゃない俺。

 

 「すぐにここから出よう。君の艤装は……」

 

 気持ち早口で言いながら摩耶様の艤装を探す……が、部屋には見当たらない。今まで入った船室にもそれらしい物はなかった……解体されたか捨てられたかといったところか。

 

 「見当たらないか。仕方ない……あんな変態の船だが、救命ボートくらいは探せばあるだろう……」

 

 というか無いと困る。こんな状態の摩耶様をずっと抱きかかえるとか死ぬ(理性が)。まぁ俺の身体が女である以上は……生々しい話、性交渉など出来ないんだが。間違いが起きそうにないという点では安心だな。などと考えながら歩いている途中、摩耶様が眠そうな声で何かを呟いたような気がした。

 

 「な……ぇ……」

 

 「うん? なんだ、眠いなら寝ても……」

 

 「ぉ……ま……な……まぇ……」

 

 「(ぉ、ま、な、まぇ? ぉまなまぇ……ああ、なるほど)名前? ああ……俺はイブキだ。宜しく……そしてお休み、摩耶」

 

 俺が言い切るかどうかといったところで、摩耶様が眠っていることに気付いた。ああ、可愛いです摩耶様。俺の胸と摩耶様のおぱーいがぶつかって潰れているとか天獄(誤字にあらず)です。手を出せないこの状況、精神が男である俺には精神的な拷問に他ならない。だが耐えろ、耐えるんだ俺。あんなゲスな男達とは違うんだから。

 

 

 

 

 

 

 その後、俺は妖精ズの力を借りて見つけた救命ボート(救命艇とも言うらしい)を球磨達の元に落とし、摩耶様と書類等が入った袋をボートに置き、球磨達に押し付けて今に至る。球磨達には悪いことをしたと思ってはいるが、あの状況ではああする他なかったのだから仕方ない。すまない球磨達。

 

 「さて……これからどうするか」

 

 もうすぐ日が沈む。完全な夜になってしまえば、月明かりだけが希望になる暗闇となることは予想できる。そんな中で無闇に動くのは危険だろう。某閣下も見えないところからの攻撃には当たってしまったように、見えないというのはそれだけで恐ろしく、強いのだ。出来れば日が完全に沈む前に、島なり何なり拠点となる場所を見つけられればいいんだが……。

 

 

 

 「イブキさんがお困りですー」

 

 「我ら軍刀妖精、イブキさんをお助けするですー」

 

 「イブキさんの状態全てチェック。残り燃料8割、軍刀内蔵電探作動ー」

 

 「ついでにソナーも作動ー。頑張って島も艦娘さんも深海棲艦さんも見つけるですー」

 

 「えーっと、えーっと……羅針盤は任せて下さいですー。ばりばりー、くるくるー」

 

 「「「「やめるですー」」」」

 

 「えーん、イブキさーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん」

 

 何この子達超いい子。ていうか電探とかソナーとか内蔵されてる軍刀って何? 後、ごーちゃんはよく泣くな……というか弄られ役なのだろうか。超可愛いからいいケド。こうやって頭撫でてるとにっこり、ぱぁっ、という感じで笑顔になるごーちゃんマジ可愛い。皆見た目同じだけど。

 

 そんなこんなで移動している時、電探に待ちに待った反応があったのは……俺の願望とは違って日が完全に沈んだ後のことだった。




メインよりサブのこちらの方が評価高いことに困惑。

登場しました軍刀妖精達。主人公からはいーちゃん、ふーちゃん、みーちゃん、しーちゃん、ごーちゃん、まとめて妖精ズと呼ばれております。という訳で、改めて妖精ズのご説明をば。

妖精ズは皆同じ見た目。二頭身の身体にイブキの服装(2話目、3話目参照)を二頭身サイズにした物と同色の軍帽を着用。その軍帽に1~5の数字が書かれている為、イブキは数字の読みの一部を取って○○ちゃんと名付ける。基本的に数字以外で見分ける術はないが、ごーちゃんはよく泣く。

1(いち)→いーちゃん(“ひ”読みでひーちゃんでも良かったが、いーちゃんの方が可愛い気がしたので)

2(ふ)→ふーちゃん(“に”読みだとにー(兄)ちゃんになる為)

3(み)→みーちゃん(さーちゃんだと何となく語呂が悪い気がしたので)

4(し)→しーちゃん(さーちゃんと同じ理由から“し”読み)

5(ご)→ごーちゃん(“いつ”読みだといーちゃんと被る)

さて、イブキは拠点となる場所を見つけることが出来たのか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。