どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました。今回はいつもよりも早めの更新となりました。それに合わせ、文字数も8000文字ほどとなっております。

fgoで水着イベが始まって少し経ちましたね。水着清姫を見ての感想が『意外に胸あるのか……』でした。しかも可愛い。滅茶苦茶欲しくなったので無償40連呼符21回したところ、水着モーさん&お狐様が来てくれました……嬉しいけれど。嬉しいけれどっ! あ、ついでにアルトリアセイバーも来てくれました(今更感

さてはて、今回は祭とイブキの日常系説明回となります。ご覧あれ。


この暮らしをずっとしていたい

 それは、渡部 祭という女性の過去の記憶。

 

 『わあ……ちっちゃいにゃんこ』

 

 『いきなり失礼な……というか貴女、私が見えてるんですか?』

 

 『? うん』

 

 まだ彼女の年齢が両手の指で足りる頃の出逢い。

 

 『……は正常に作動している……ということは波長が合ってしまったということ……やれやれ、神の悪戯というのはこういうことですかねえ』

 

 『うーん? ちっちゃいのは難しい言葉を使うんだねえ。なんか先生みたい』

 

 『まあ貴女のような子供には理解出来ないでしょうが……というかちっちゃいって言わないで下さい。これは数多の機能を……と言っても分からないですね』

 

 『わかんない!』

 

 『胸を張って言うことでもないでしょう……』

 

 子供の手のひら程の大きさしかない、不思議な存在。

 

 『ねーねー、ちっちゃいのがダメならなんて言えばいいの?』

 

 『そうですね。とりあえず、私と出逢った者にはこう名乗ります』

 

 その存在は、少女だった祭にこう名乗る。

 

 

 

 ━ 妖精、と ━

 

 

 

 

 

 

 (随分と懐かしい夢を見たわねえ……)

 

 障子の隙間から入り込む日光を顔に受けた眩しさを感じつつ、祭は目覚めた。年齢のせいか少し起きにくそうにしながら布団から出た彼女は枕元に置いてあったカーディガンを羽織り、障子に近付いて開くことで暖かな日光を一身に受ける。そうすることで、祭は1日の始まりを実感する。

 

 寝間着である襦袢を脱ぎ、普段着として使っている幾つもの着物の中から淡い紫のシンプルな物を選んで着付けて部屋から出た彼女は、家の中にある洗面所で歯磨きと顔を洗って身嗜みを整え、とある一室へと向かい、襖の前で立ち止まる。

 

 「イブキちゃん、起きてる?」

 

 「……起きてる」

 

 「おはようございます、イブキちゃん」

 

 「おはよう、祭さん」

 

 返事が返ってきた後に、祭は部屋に入る。中では上半身を起こした、真っ白な襦袢を着たイブキの姿があった。

 

 イブキを助け、祭が共に暮らし始めた日から1ヶ月の月日が流れた。入渠出来ない為に自然に回復するのを待つしかないイブキの身体は、1ヶ月前の全く動けない状態から考えればかなり動けるようになった。見ての通り上半身を起こすことが出来るようになり、腕も問題なく動かせる。が、未だに下半身は動かないままであった。

 

 この1ヶ月の間に起きた出来事だが、特筆することはない。イブキが祭と妖精ズに介護されて恥ずかしい思いをしたということくらいだ。何せイブキは動けない。自分だけでは食事も風呂も着替えも何1つ出来ない(艦娘と深海棲艦は排泄をせず、イブキもしないので下の世話は必要ない)のだ。

 

 「調子はどう?」

 

 「……下半身はまだ時間が掛かりそうだ」

 

 「そう……上半身を動かせるようになるのに1ヶ月近くだものね。下半身も同じくらいかしら」

 

 「そう、だな……一刻も早く戻りたいんだが……」

 

 苦笑するイブキの姿を見て、祭は自分の左頬に左手を当てる。この1ヶ月の間で、イブキ自身のことを祭は出来る限り聞き出していた。当然、イブキが海軍と敵対したことも、逆に1ヶ月前の戦いで海軍と共闘したことも聞き出している。そして、イブキがどれだけ仲間の元に戻りたいと考えているのかも、知っている。

 

 祭としては、海軍総司令の妻であるということを考えればこの家にイブキがいることを海軍に連絡するべきなのだろうが……彼女はそうするつもりはなかった。理由は単純……祭という人間が、イブキという存在を気に入ったからである。

 

 「動けるようになるまで気長に待つしかないわ。それじゃあ、いつも通り移動しましょうか。妖精さん達も手伝ってね?」

 

 「ああ……頼む」

 

 「「「お任せあれですー」」」

 

 祭はイブキの右肩を持ち、妖精ズの力も借りてイブキを立たせる。車イスでもあればいいのだが、生憎とこの家には車イスそのものも作る材料もない。その為、イブキを移動させるには持ち上げて運ぶしかない……が、実のところ祭にとってそれはあまり苦ではない。何せ妖精ズは見た目の小ささとは裏腹に力がある上に浮ける為、イブキ1人を持ち上げることなど容易い。祭が支えているのは、妖精ズの小ささではバランスが取りづらい為であり、実際のところ力は必要ないし体重も掛かっていないのだ。

 

 イブキの顔を洗ったり歯磨きしたりした後に彼女達が移動する先は居間。8畳ある広さの居間にはテレビやクーラーといった電化製品が置いてあり、少し離れた場所に台所があり、部屋の中心には四角いテーブルが置いてあった、1つだけ座椅子が置いてある。食事をするのは専らこの居間であり、イブキが起きた後はイブキ自身が外出出来ないこともあり、就寝まで居ることが多い。

 

 「……今日も海軍のニュース、か」

 

 座椅子に座らされたイブキは祭が台所に行った後、テレビをつける。そこに映っていたのは、海軍関係のニュース。イブキにとっては意外なことに、海軍はテレビで良く騒がれていた。ニュースだけでなく、とある提督が提督となるまでの軌跡を描いたドキュメンタリーや海軍、艦娘が主役のドラマまである。流石に本人が出ている訳ではない為、生放送やバラエティー等には一切出ることはない。それにニュースの内容も、何処其処で艦娘の姿を見たというモノや鎮守府の紹介等がメインである。そもそもこの世界では海軍とはアニメや特撮等の空想から飛び出した正義の味方と言っても過言ではないのだ、テレビで取り上げられるのも仕方のないことである。

 

 (さて、今日はお味噌汁と焼き鮭と……)

 

 イブキがテレビに意識を向けている間、祭は朝食の用意を始める。御歳91、その動きは何年も繰り返してきた積み重ねがある為か無駄がなく、年齢とは裏腹に軽快な動きで進めていく。そうして用意が進んでいく中、祭はイブキについて考える。

 

 祭はイブキを気に入っている。というのも、祭という人間は穏和な性格をしており、見ず知らずのイブキを助けて介護していることからも分かるように人が良く、世話焼きな性格をしている。そしてイブキもまた、海軍を敵に回したことはあれど決して好戦的な性格ではなく、自分達に害ある行動さえされなければ普通に艦娘と会話したりするなど穏和な方……程度の差はあれど2人とも似通った性格をしているので、早々仲が悪くなることなどない。

 

 (……元気になったイブキちゃんと一緒にお料理をしてみたいわねえ)

 

 その他に、イブキの性別が女であることも祭が気に入っている理由だった。祭は子宝にこそ恵まれたが産まれたのは男児1人……善導のことである……の為、祭は娘と共に家事をするということに憧れを持っていた。そこにやってきた少女と女性の境辺りの見た目をしたイブキの登場……いずれは、という思いを持っても仕方ないだろう。

 

 「……出来た。妖精さん、お皿を運ぶの手伝ってくれない?」

 

 「お任せあれですー」

 

 「お安いご用ですー」

 

 「お手伝いしますー」

 

 「ありがとう。運んだらご褒美に金平糖あげるわね」

 

 「「「わーいですー」」」

 

 

 

 「ごちそうさまでした」

 

 「お粗末様でした」

 

 朝食を終えた後、2人はしばらくゆっくり食休みをする。イブキは相変わらずテレビに意識を向けるが、祭はそんなイブキの横顔を見詰めていた。

 

 (……綺麗な子よねえ。艦娘か深海棲艦か分からないって言ったイブキちゃんだけど、吹雪ちゃんと曙ちゃんみたいに人間と変わらない見た目なのよね……)

 

 祭は海軍総司令の妻という立場にある為か、極一部の艦娘……善蔵の部下であった艦娘、吹雪と曙とは面識がある。故に、一般人の中では艦娘という存在に理解が深い部類の人間だった。

 

 

 

 ― 忘れるな。艦娘は兵器ではなく、心在る人類(われわれ)の仲間なのだ ―

 

 

 

 善蔵が言ったこの言葉は、日本だけでなく世界に浸透している。この言葉があったから、今やニュースで艦娘が出ても問題ないし、国民は海軍と艦娘という存在に感謝している。その見た目の麗しさからアイドルのように扱う者まで居る程で、過激なモノでは艦娘を戦わせる海軍に批判の声をあげる者まで居る程だ。だが、艦娘が現れてから数年間……決してそんな声や扱いばかりではなかった。

 

 艦娘が現れ出した当時、その存在に対応出来る提督はほぼ居なかった。それはそうだろう、彼らには国の為国民の為にと厳しい訓練に耐え、日々の鍛練を欠かさなかったという自負があり、守るために叡知を費やして作り上げた兵器があり、戦略があった。それが例え一切通用しなかった事実があり、逆に艦娘の力が通用した事実があっても見た目は女子供かつ俄(にわか)には信じ難い不可思議な存在……直ぐに信用も信頼も出来る訳がない。更に、艦娘は軍属となっても真面目に軍事に従事する者も居れば見た目相応に奔放な者もいる……仕方ないとは言え本当に頼って良いものか、これでいいのかと提督達は悩んだことだろう。

 

 そして悩んだ末に提督達は答えを出す……国の為、国民の為に自分達の良心を捨て去り、艦娘達をあくまでも戦力、軍艦、兵器として“使う”ことを。今でこそ提督となる為に一番重要なことは人間性……良心を持ち、艦娘を個人として扱ってコミュニケーションを取れる人間が重要視されているが、当時は深海棲艦への恐怖が大きく、艦娘の数もそう多くない上にいつ補充出来るかも分からない貴重な戦力……娘、或いは孫、恋人と変わらない見た目の艦娘達に情を抱いて使い渋るなんてことがあってはいけなかったのだ。とは言え、これならまだ艦娘側も納得が出来た。人の身体を得たとしても元は自分達も軍艦、国の為に己の心を砕くことも覚悟できているのだから。だが、妖精が現れて艦娘が建造出来るようになってから問題が起きる……が、これは以前にも説明したことなので省略しよう。

 

 長々と書いたが、これはあくまでも海軍側から見た話である。一般人から見てみれば、世界の危機に現れた艦娘と妖精は正に救世主。詳しい情報こそ入らないが、見た目や名前を知ることは出来たし、それで充分なのだ。しかし祭は、その一般人の中でも艦娘という存在を良く知る人物だった。

 

 (吹雪ちゃん……)

 

 善蔵の元第一艦隊所属艦“吹雪”……善蔵が不意に連れてきたその艦娘は、情報でしか知り得なかった祭に少なくない衝撃を与えた。“そういう姿である”と情報を持っていても、見た目は中学生になるかならないかと言った、極々普通……純朴な少女。それが深海棲艦に唯一対抗出来る存在等と、初見で誰が信じられるだろうか。更に吹雪は真面目で頑張り屋な性格をしており、本当に何処にでも居そうな普通の少女にしか見えない上に艤装も装備していなかった……はっきり言って祭は、善蔵がこっそりとこさえた隠し子を艦娘と嘘をついて連れてきたようにしか思えなかった。因みに、本気でそう思った当時の祭が号泣し、善蔵と吹雪が必死になって説明と泣き止むように動いたという祭にとっての黒歴史が存在する。

 

 しかも、話してみればこれまた普通の女の子。甘いものが好きで、可愛いものも好きで、怖いものが苦手で、勉強も運動も少し苦手で……そんな普通の女の子なのに、勇敢に深海棲艦という脅威を相手に戦い、それを誇りに思っていると言った。

 

 『怖くはないの? 死ぬかもしれないのよ?』

 

 話を聞いて、祭は思わずそう問い掛けた。その場には善蔵も居て、祭の疑問を聞いた彼は苦い表情を浮かべていたことを、祭は良く覚えている。情報や話でしか深海棲艦を知らない祭だが、その人類の脅威と戦うことがどれ程の恐怖か想像する位は出来る。ましてやその姿は異形のモノばかり……当時、人型の深海棲艦は発見されていなかった……とても吹雪のような少女が向かい合って戦えるようには思えなかったのだ。

 

 『怖いですけど……それ以上に私、嬉しいんです。また日本の為に戦えることが。司令官……善蔵さんと、祭さんの為に戦えることが、凄く。だから私、頑張っちゃいます! お2人の為、国の為、皆の為……深海棲艦はみんな、私がやっつけちゃうんだから!』

 

 だが、吹雪は両手に握り拳を作り、笑顔でそう言ってのけた。確かに怖いことは怖い。物言わぬ軍艦の時とは違い、人の体と心があるのだから。しかしその2つがあるとしても、吹雪は……艦娘とは、第二次世界大戦に生まれ、国の為、国民の為に戦い抜いた“船”である。見た目は少女だとしても、彼女等の想いは、やることは変わらない。その身の恐怖は、守れなかった場合の恐怖。善蔵や祭を守りきれず死なせてしまうことへの恐怖。

 

 だから吹雪は恐怖を糧に戦い、今度こそ守るのだと、今度こそ勝つのだと奮起する。こうして会話し、人の温かさに触れたからこそ、その人達の為に戦えることに歓喜する。それこそが艦娘が戦う理由なのだと、吹雪という己が戦う理由なのだと自信を持って笑顔で告げる。

 

 『……そう。それなら安心ね』

 

 『はい! お任せください!』

 

 そんな会話があったのが、艦娘が現れてから1、2年経った頃。その日から年に数回、善蔵は吹雪を連れて帰ってきた。家にいる時間は一泊二日程度ではあったが、短くも濃く、穏やかな時間を過ごせたことを、祭は今でも良く覚えている。

 

 まるで娘のような、または孫が遊びに来たかのような幸福。いつからか吹雪は家に来る度に“ただいま”と言うようになった。一緒に善蔵の為にと料理を作ったりもした。祭と風呂に入り、互いの背中を流しあったりもした。善蔵と祭の間に吹雪を入れ、川の字になって眠ったりもした。幸せだった。

 

 『あら、新しい子ですね……貴女も艦娘? それとも、今度こそ本当に隠し子……』

 

 『ち、違うわよ! じゃなくて違い、ます。私は曙よ……です』

 

 『あらあら、これはご丁寧に……善蔵の妻の渡部 祭です。宜しくね、曙ちゃん』

 

 また1年が経った頃、善蔵は吹雪ではなく曙を連れてきた。吹雪とはまた違う可愛らしさと真面目さを持つ曙を、祭は直ぐに気に入った。まるで借りてきた猫のような、少しの警戒心と緊張からガチガチに固まっている姿と、時折出る素らしき強気な言葉……その度に恥ずかしそうに俯く姿が、祭の心を射抜いた。

 

 その日から、善蔵は時に吹雪を、時に曙を、或いは2人を連れて帰って来るようになる。普段は1人の祭はその日がとても楽しみだった。

 

 『ゴボウの皮剥くの上手ねえ、曙ちゃん』

 

 『これ、キュウリなんだけど……その、どれくらいやればいいのかわかんなかったし……』

 

 『あらあら……じゃあ教えてあげるわね』

 

 『曙は不器用だな』

 

 『うっさいクソ提督!!』

 

 曙も吹雪も、祭にとっては家族の一員だった。故に、善蔵から戦いが終わった後に2人を養子に迎えようと考えている……そう聞かされた時、二つ返事で了承した。一泊二日ではない、極普通の家族のように過ごせる日々……夢想するだけで、なんと幸福な気持ちになれることだろうか。

 

 祭はそうなった未来を思う。朝起きれば家族4人分の朝食を作り、会話を交えながら食べる。2人の背格好は小学生高学年程なのだから、学校に行かせてもいいだろう。2人でテストで競いあったり、学校で作った友人と遊びに行ったり、家に呼んだり。家事を一緒にしたり、総司令という立場故に中々帰って来ない善蔵への愚痴を言い合ったり。たまに3人で風呂に入って、3人で眠る……そんな極普通の生活が送れたならば、どれ程幸せなことか。

 

 『……今……なんと……?』

 

 

 

 『……吹雪と曙は……沈んだ』

 

 

 

 だが、幸せな未来を思っていたからこそ……その言葉は深く祭の心を傷付けた。頭では理解していた……いつ沈んでも……死んでも可笑しくはないことを。戦争をしているのだ。人類の為に戦ってくれているのだ。最も危険な場所で、最も恐怖を感じる場所で。

 

 なぜ……そう聞いても、善蔵は答えなかった。答えられるハズがなかった。その理由を知らない祭もまた、そこから何も言えずにその場に崩れる……電話を切ることもなく、夫婦は一切の言葉を交わすことはなかった。

 

 (そう言えばあの頃からでしたねえ……あの人が帰って来なくなったのは。せめて電話の1つくらい寄越せばいいのに)

 

 そこまでの回想を終え、祭はぼんやりと思う。2人が沈んでから約45年……それだけ経てば、流石に心の整理はつく。そしてその45年間……善蔵は1度として、この家に帰ってくることはなかった。同時に、連絡を入れることも無くなっている。

 

 生きていることは分かっている。何せ善蔵は海軍トップであり、世界的に有名な英雄。テレビや新聞等でも良く名前を見かける……仕事と彼の性格のせいか、直接出たりすることはないが。

 

 (全く、連絡をくれるのは義道と義娘くらいなモノです……あのバカ息子は、親不孝なことに先に逝ってしまったからねえ)

 

 善蔵の呆れを含ませ、祭はバカ息子……善導のことを考える。祭自身は善導の事件の内容を一切知らない。何でもない日常を過ごしていた時、新聞と一緒に入っていた海軍からの手紙を見て、余りにも唐突に息子の訃報(ふほう)を知らされたのだ。

 

 祭から見て、善導とはやんちゃな子供であった。赤ん坊の頃から元気に泣き、幼少の頃には泥だらけになるまで遊んで、成人する頃にはそれなりに思慮深くなりつつ周囲の者達を大切にする良人となった。尤も、提督となることを一方的に告げた後に連絡をしてこないのは祭も怒り心頭であったが。

 

 そんなバカ息子の死。極々普通の日常に紛れ込んだソレを理解するのに、祭は暫しの時間が掛かった。そうして理解した後、祭は深く悲しみ、嘆いた。吹雪と曙、そして善導……死ぬには余りにも若い。順番で言えば自分が先に逝かねばならないのに、なぜ自分よりも先に逝ってしまったのかと。無論、聞いたところで誰も答えてはくれないが。

 

 「イブキちゃん。お昼から買い物に行くのだけれど……何か欲しい物はある?」

 

 「いや、俺は別に……」

 

 「何も無いかしら?」

 

 「……そう、だな……何か、甘いものが欲しい」

 

 「ふふ、分かったわ。洋菓子と和菓子、どちらがいいかしら?」

 

 「洋菓子がいいな」

 

 「ええ、分かったわ」

 

 「ああ……行ってらっしゃい」

 

 「……行ってきます」

 

 祭は孤独だった。相変わらず善蔵は帰って来ず、孫も提督となり、義娘は住んでいる場所の距離もあって1年に数度来るか来ないか。町からは少し離れた場所にあるこの家には坂もあり、年の近い友人も早々来れない。買い物の途中に会えれば運が良い方……そんな生活を長らく送ってきた。

 

 しかし、今はこうして会話をする者が居る。手料理を振る舞える者が居る。共に暮らす者が居る。行ってらっしゃいと、行ってきますと交わせる者が……居る。そう遠くない日に別れが来るとしても、それが永久の別れとなるとしても……祭は、幸福だった。孤独ではなかった。

 

 「こほっ……春も近いわねえ」

 

 居間を出るまでの間イブキに見送られて玄関から出た後、祭は晴天を見ながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 (……ぬるま湯ってのは、こういうのを言うのかもな)

 

 祭さんを見送った後、俺はふとそんなことを考えた。俺がこの世界にやって来てからもう1年近く経つ……その1年は、とてもじゃないが穏やかとは言えないくらい濃密で過激だった。戦いが無かった時間もあるにはあったが……気を張る必要が全くない時間は、この1ヶ月が初めてなんじゃないか?

 

 そう、気を張る必要が全くない。ここは陸地で、海が近いとは言え深海棲艦が来たことは……1ヶ月前の戦い以外ではないという。勿論、海では今でも戦いが続いているハズだ。どこかで誰かが、何かの為に。その中には……夕立達も居るかもしれない。いや、自惚れでなければ俺を探してくれている。

 

 (夕立……雷、レコン、時雨、山城、扶桑……皆……)

 

 声が聞きたい。姿を見たい。この家での暮らしは、祭さんとの暮らしは確かに穏やかで、暖かくて……でも、物足りない。俺が欲しかった戦いのない場所に居るのに……皆が居ないからこんなにも物足りない。物足りない、のに……。

 

 (俺は、この暮らしをずっとしていたいとも思ってるんだ……っ!)

 

 ダンッ! とテーブルを右の握り拳で壊さないように加減しつつ叩く。皆の所に帰りたい、何か物足りない、その気持ちに嘘はない。だけど、この暮らしは……手放したくないと思える程に俺の心に入り込んでくる。祭さんは優しくて、この人が俺のお祖母ちゃんだったら絶対にお祖母ちゃん子になっていた自信がある。そして、そういう“歳上の人間”からの優しさは……この世界で俺が感じたことのないモノだ。

 

 この世界で俺が直接会った人間と言えば、それは摩耶に不埒なことをしていた屑共くらいなモノだ。後は善蔵と呼ばれる提督の声くらい……マトモで優しい人間に出会ったのは祭さんが初めてなのだ。この家、客も来ないし。だからこそ、この暮らしをずっと続けたいと思ってしまう。

 

 「……俺は……」

 

 体はまだ万全じゃない。下半身はまるで動かないから家の中を移動するのも一苦労だし、高いところには手が届かない。妖精ズ達と祭さんの手を借りなければ、普段出来ていたことも出来ない。1ヶ月でやっと半分だと考えるなら、後1ヶ月はこのままの暮らしが続く。

 

 夕立に、皆に会いたい……声が聞きたい。テレビでその姿が見えるだけでもいい。新聞に情報が載るだけでも構わない。皆の無事が知りたい。何でもいいから、どんな方法だっていいから。

 

 「俺、は……っ!」

 

 何もせず、何も出来ず、ただただぬるま湯の生活を送るのがこんなにも苦しいことだなんて、こんなにも心を掻き乱されるなんて……知りたくなかった。




という訳で、祭と善蔵達の繋がりと艦娘が現れ始めた辺りの説明、イブキの心境のお話でした。どっちつかずのタイトルに相応しい揺れっぷり。でも転生or憑依して初めて優しくされたら誰だってこうなると思います。とは言え、物足りないと感じている以上天秤が傾ききることはないでしょうが。



今回のおさらい

ロリ祭、妖精と出会っていた。その出会いは何を意味するのか。イブキ、襦袢姿で登場。何気に初別衣装。イブキ、心を揺らす。その甘い毒は心を優しく侵していく。

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