どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新です。

いつの間にか通算UAが30万を越えていました。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!


その後、海軍は

 深海棲艦によるかつてない規模の襲撃が起きた日から1週間の時が経った。その被害は凄まじく、壊滅した鎮守府は2桁に上り、死傷者や轟沈した艦娘の総計は300を越えた。数値だけを見れば然程多くないと思えるだろうが、死亡、轟沈した者達は皆現役の提督、整備員、憲兵、経験を積んだ艦娘達であり、海軍の主要な戦力の大半を失うこととなった。

 

 そんな中、逢坂 優希の鎮守府は被害らしい被害もなく勝利を収めていた。轟沈した艦娘もいない、正しく完全勝利Sと言えるだろう。

 

 「……生きてた……んだよね」

 

 鎮守府の中にある執務室の椅子に深く座りながら、優希は呆けたように呟く。あの戦いから1週間……その間ずっと、優希は確かめるようにそう呟くようになっていた。その理由は当然……助けに現れた夕立と時雨の姿を見たからである。

 

 今でこそ軍刀棲姫……イブキの仲間である2人だが、元は2人共優希の鎮守府に所属していた艦娘だった。が、夕立は作戦中に行方不明となり、時雨は轟沈したと伝えられ……一時は自身の不甲斐なさに落ち込んでいた。

 

 しかし、2人は生きていた。夕立に至ってはかなり姿は変わっているし、優希達以外に大事な人を見つけていた為に鎮守府には帰らないとハッキリと告げられはしたが……それでも、生きていた。そのことは素直に嬉しい……が、今まで悲しみにくれていた分、安堵から気の抜けたような状態になってしまっているのだ。

 

 「提督ー、帰ったよー」

 

 「あ……お帰り、白露」

 

 そうして優希がボーッとしていると執務室の扉が開く。入ってきたのは、優希の鎮守府で第一艦隊旗艦であり、夕立と時雨の姉妹艦でもある白露だった。

 

 この白露を含め、無事だった鎮守府の艦娘達は1週間経った今でも壊滅した鎮守府の瓦礫の撤去、救助の為に方々に駆り出されている。その華奢な見た目からは信じがたい力を発揮する艦娘は、高さが必要な場合を除けば重機よりも臨機応変にその手の行動が出来るのだ。その為、危険地帯や重機が必要な場所での救助活動にも駆り出されることは稀にだがある。この白露は、そういった活動から帰ってきたのだ。

 

 「また呆けてたの? あれから1週間もするのに」

 

 「うん……なんだろうね。実感が湧かないというか……生きてて嬉しかったし、残ってくれなくて悲しかったし……なんだろう、色んな感情がごちゃ混ぜになってね。よくわからないんだ」

 

 切羽詰まった戦場での再会……かと思えば、あまりに短くあっさりした別れ。でも幻だったという訳では決してない。交わした言葉が少なかったから、その姿を見ていた時間が少なかったから……優希は、いまいち自身の感情が理解仕切れずにモヤモヤしたままだった。

 

 生きていた。少ないが言葉も交わした。だが、その2人はこの場にはいない。夕立からはハッキリと2度と戻ってこないという意思表示もされている。

 

 ━ ありがとう……さよなら、提督 ━

 

 「……あ」

 

 「ちょ、提督? 急に泣いたりしてどうしたの……?」

 

 その夕立の言葉を思い出した時、自然と優希の目から涙が溢れた。それを白露に指摘され、優希はようやく自分が泣いていることに気付き……その理由に思い至った。

 

 提督という仕事に就いている以上、死や別れはやがて訪れるモノだ。幸運にも優希は夕立、時雨を除いて別れ、轟沈した艦娘はいない。だが、その2人は自分の知らないところで轟沈したと報告を受けていた。故に、現実味というモノが感じられず悲しみだけがずっと心を蝕んでいたのだ。

 

 だが、その悲しみの原因である2人は本当は生きていた。そして、今回の襲撃でハッキリと別れを告げられた。そこにはもしかしたら、なんて希望はない。ハッキリと突き付けられた……別れ。

 

 (そっか……寂しいんだ、私)

 

 モヤモヤとした感情の正体は……寂しさ。生きているのだ、今生の別れということはない……それでも、2度と2人を加えた鎮守府での暮らしは有り得ない。

 

 母として娘が、姉として妹が家から出たような、そんな寂しさ。2人には自分以外に、自分以上に大切な存在が居る。祝福すべきだろう。だが、素直にそうできない。自分とて、2人が大切だったのだから。

 

 「……白露、ちょっとこっちに来て?」

 

 「え? う、うん……」

 

 「ありがとね。それじゃあ……ぎゅー」

 

 「……えーっと……提督?」

 

 不意に優希は白露を手招きし、近付いてきた白露を擬音を口にしながら抱き締める。それに対し、白露は拒むことこそしないものの困惑気味だった。が、優希の肩が震えていることに気づくと直ぐに抱き締め返す。

 

 優希は成人しており、大体中学生程の体格の白露と比べればその体は少し大きい。しかし、白露が感じたのは……震える肩の小ささだった。成人しているとは言っても、優希はまだまだ若輩者と呼べる。士官学校で厳しい訓練を受け、その精神を鍛えたとしても……甘さ等の感情が無くなる訳ではない。

 

 時雨と夕立が沈んだと聞かされた時、彼女は泣き、落ち込んでいた。それくらい彼女の心は優しくて、繊細で……だからこそ、今回のように別れを告げられたことに心を痛めている……泣いてしまう程に。今白露を抱き締めているのは、そんな寂しさを紛らわせる為なのだろう。それを理解したからこそ、白露は拒まずに抱き返したのだ。この心優しい提督が、これ以上落ち込んで……また泣いてしまわないように。

 

 (まあ……拒むことなんて有り得ないんだけどね)

 

 優希達の鎮守府は、厳しい戦いを経てより確かな絆を築いていた。

 

 

 

 

 

 

 「提督ー、見舞いに来たよー」

 

 「あ、あり、がとう……北上」

 

 優希達から更に2週間の時が経ち、そこは海軍関係者が搬送される病院。その個人用の一室に、永島 北斗は身体中に包帯を巻いた上に病人服を着た状態でいた。彼は見舞いに来た北上に礼を言い、パイプ椅子に座る北上と視線を合わせる。尚、現在彼等の鎮守府は所属している艦娘達で北斗の代わりに提督業と他の仕事をして回している。

 

 2週間前に北上を庇って生死の境をさ迷った北斗だったが、運が良いと言うべきか一命を取り止めていた。因みに、彼を診たのは人間の医者ではなく妖精である。艦娘や艤装、入渠施設等を造る程の謎の超技術を誇る妖精でなければ、北斗はこの世を去っていただろう。

 

 「それで……身体はどう?」

 

 「うん……そうだね……なんと言えばいいのかな」

 

 実のところ、北斗が目を覚ましたのは2日程前のこと。その2日の間に会話が出来る程まで回復している北斗は、中々に生命力に溢れているようだ……体を動かすには到らないが。しかし、北斗の申し訳なさそうな顔を見て、北上は嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 「両足がね……感覚がまるで無いんだ」

 

 

 

 先程も言ったように、北斗は生死の境をさ迷っていた。それもそうだろう……何せ彼は崩落した天井の瓦礫を背中から一身に受けたのだから。背中の肉は抉れ、鋭い破片は内臓を傷付け、骨は折れるか砕けるか……事実、背骨は折れ、砕けていた。即死しなかった奇跡、この世界に妖精が居て、医術にも精通していた奇跡、病院に辿り着くまでに死ななかった奇跡……様々な奇跡の積み重ねにより、北斗は生き長らえたのだ。

 

 しかし、全てが丸く収まる……ということはなかった。それが、妖精の技術をもってしても治らなかった……下半身の麻痺。2度と北斗は自分の力で歩くとは出来ない。それどころか、車椅子等を使わねば移動することも儘ならない。

 

 (私のせいだ……私のせいで、提督は……っ)

 

 話を聞いた北上の心に、重い自責の念がのしかかる。北斗は北上を庇った故に、こうして取り返しのつかない事態に陥った。ましてや先の襲撃の際に、北上は北斗に惹かれていると自覚している。好きな相手が自分のせいで……感じる絶望は本人以外分からない程に大きく、重いだろう。溢れる涙を、止めることが出来ない程に。

 

 この一件で嫌われる……なら、まだいい。北上が今最も恐れているのは……北斗が提督を辞めさせられることで側に居られなくなることだ。ようやく自覚した恋心……その相手が遠くに行ってしまうことなど、考えたくもないだろう。

 

 「な、泣かないで、北上。い、生きてるだけ儲けものって言うし……ね?」

 

 「……提督は、さ。私を恨んだりしないの? そうなったの、私を庇ったせいじゃん……憎い、とかさ……ないの?」

 

 慌てて慰めるように言葉を投げ掛ける北斗に、北上は涙を拭いながらそう問い掛ける。それは、自分から恐怖に飛び込むようなモノだ。もし北斗が嫌いだと、憎いと言えば……北上の心はもたないだろう。

 

 「……僕はき、北上のことを嫌ったり、憎く思ったりしないよ。僕の方こそ、余計なことをするなって……怒られるかと、思ってた」

 

 北上が恐れていたことはなくなり、代わりに胸が締め付けられるように苦しくなる。確かに北斗の言うように、艦娘を人間が助けるというのは……ある種、余計なことを言えるだろう。艦娘の身体は人間よりも遥かに頑丈なのだ、例え北斗が庇わなくとも北上は然程ダメージは負わなかっただろう。

 

 「そんなこと、言える訳ないじゃんか……私を庇ってくれたの、スッゴい嬉しいしさ。嫌うどころか……前よりもっと、前よりずっと……好きになった」

 

 「……北……上?」

 

 だが、北上は余計なことをとは思わない。自分を庇ったという北斗の行動を……そんな言葉で終わらせていいとは微塵も思わないから。

 

 北上はベッドに横たわる北斗の身体へと手を伸ばし、掛け布団の中にある彼の手を優しく握る。その行動と言葉を、北上の涙を溢しつつも微笑んでいる表情を、北斗は困惑気味に見ていた。そんな彼の表情を見た北上は可笑しそうにクスッと笑い……。

 

 「大好きだよ、提督」

 

 「き……北、上……?」

 

 ただ一言そう告げると彼女は立ち上がり、北斗の顔の上に自分の顔を近付ける。こうまですれば北斗も北上の言ったこととその行動の意味を理解したのだろう、顔が真っ赤に染まる。そして、その唇同士が触れ合うというその直前。

 

 

 

 「ちょーっと待ったー!」

 

 

 

 「「っ!?」」

 

 突然病室の扉が開き、そんな声が部屋の中に響く。思わず2人は……というか北上は顔を離し、扉の方に視線を移す。そこに居たのは……鈴谷だった。

 

 「嫌な予感がしたから急いでお見舞いに来てみれば……油断も隙もないね、北上」

 

 「……チッ、もう少しだったのになぁ」

 

 そう言いながらツカツカとわざとらしく靴音を立てながら近付いてくる鈴谷に対し、北上は隠すこともなく舌打ちをして残念そうに呟く。もう少しでキスが出来たのに、と。そんな舌打ちは聞こえていないとばかりにスルーし、鈴谷は北上をベッドから引き離して2人の間に入り込んだ。

 

 「私だって、提督のこと好きなんだよね。北上にも負けないくらい、ね」

 

 「……え?」

 

 あまりに堂々とした、同時にあっさりと行われた告白。北斗は別に聴覚に障害を持っていないので、この距離で聞き逃すことなどない。しかし、2人の告白を聞いても……嬉しさよりも困惑の方が強かった。

 

 永島 北斗という人間は、決して美形ではない。要領も良いとは言えないし、年の割りに階級だって低いし、運も悪い。平均よりも体が大きいが、それと反比例するように気が弱い。異性との関わり方も良く分からず、側に居ると緊張してどもってしまう……部下である北上や鈴谷達が相手であっても、だ。それが、北斗自身による自己への評価だった。

 

 そんな自分を、見た目麗しい2人の艦娘が好きだと言ってくれている。親しい者に向けるようなモノではなく、異性に抱くモノを……本気の気持ちを。その気持ちを向けてくれる理由が、自己への評価が低い北斗には分からない。

 

 この後北斗は、そんな心境に気付いた2人によって自分達の好意の大きさ、そこに至る経緯等を懇切丁寧に語られ、アピールされることになる。何しろ告白は宣戦布告に過ぎず、自分の気持ちを知ってほしかっただけなのだから……あわよくばそのまま、と考えたこともないではなかったが。

 

 これより始まるのは、乙女達による意中の相手の心を射止める仁義無き戦い。言えることは1つ……北斗が提督を辞めることはなく、今まで以上に慌ただしくも楽しい日々が彼らを待っているということだ。

 

 

 

 

 

 

 「すっかり平和になったなあ」

 

 「そうですね……つい2週間前に深海棲艦の襲撃があったことを考えれば、今日まで平和に過ごせましたね」

 

 そんな会話をしているのは、摩耶と鳥海の2人。彼女達は今、自分達が配属している鎮守府、その工廠で艤装を取り外しているところだった。

 

 襲撃から2週間。彼女達の鎮守府は、襲撃してきた深海棲艦達が比較的弱い部類だったらしく被害らしい被害を負わなかった。その為、他の被害を受けた鎮守府の瓦礫撤去等の仕事に駆り出され……それを終えて帰ってきたばかりだった。

 

 「そう言えば……球磨さん達の提督、意識が戻ったらしいですよ」

 

 「ホントか!? 良かった……」

 

 鳥海から聞かされた朗報に、摩耶は安心したように表情を綻ばせる。摩耶達は襲撃の日、球磨達の援軍に向かって共に戦い、生き残っている。それ以前にも合同で出撃したこともあり、鎮守府間での信頼関係も良好なのだ。その鎮守府の艦娘達の提督が生死の境をさ迷っていると聞かされた時には自分達の力の無さを痛感したモノであり……生きてるとなれば、やはり嬉しいと感じる。

 

 あの戦いの後、球磨達の状態はそれはそれは酷いモノだった。片手片足を失った球磨、提督と呼びながら泣き始める北上と鈴谷。その3人を高雄と共に彼女達の鎮守府に連れ帰れば、自分達の無力の証明とも言える一部崩壊している鎮守府と、泣き崩れる駆逐艦達……誰一人沈まず、死ななかったことは確かに快挙である。だが……心にも体にも傷を負わなかった訳ではないのだ。

 

 「2人共お帰りなさい」

 

 「「ただいま、鳳翔さん」」

 

 そんな会話をしながら艤装を外し、報告の為に提督が居るであろう執務室に向かっている最中、2人は鳳翔と出会う。鳳翔もまた、2人と同じように皐月、那珂を連れて他の鎮守府の手伝いに赴いていたが……どうやら先に戻っていたらしい。

 

 「そちらの作業はどうでした?」

 

 「瓦礫片付けたら妖精達があっという間に建物は修復してくれたよ……新品同然にな」

 

 「建物“は”、ですけど……ね」

 

 鳳翔の問い掛けに答えると、2人は表情を暗くする。そんな2人の感情が理解出来るのだろう、鳳翔も同じように表情を暗くした。

 

 妖精の技術力は言葉にならない程に凄まじい。艦娘を生み出し、彼女達のサイズに合わせてありながら既存の兵器より遥かに威力が高く、優れた艤装を作り出し、体の欠損すらも修復出来る入渠施設を作り出した。そんな妖精達であれば、破壊された鎮守府を摩耶の言うように新品同然……それどころか更に強化して修復することなど容易いだろう。

 

 だが、死んだ人間まで甦らせることは出来ない。死に体であっても生きているならば、北斗のように完全とはいかなくとも治すことは出来る。だが……死んでしまえば、どうしようもない。沈んだ艦娘も、死んだ艦娘も同じである。

 

 提督が死んでしまった鎮守府には、士官学校から成績が優秀な者達が選ばれて着任するだろう。だが、軍としての力は確実に弱くなる。着任して日が浅い提督だけではなく、ベテランと言える提督も中堅クラスの提督も何人も死んでいるのだから。そして、そう言う鎮守府の殆どは艦娘も全滅している。摩耶達、球磨達、そして優希達は運が良いのだ。誰も沈んでいない、誰も死んでいない。心にも体にも傷を負っても……終わりではないのだから。

 

 「……そう言えば、提督はどこにいる? 帰ってきたから報告しないと」

 

 「提督なら、少し前に食堂で見かけましたよ」

 

 「もう夕方ですからね……摩耶姉さん、報告は後にして私達もご飯にしませんか?」

 

 「いや、ダメだろ……って言いたいけど、そうすっか。鳳翔さんは?」

 

 「ふふ……では、私もご同伴させていただきますね」

 

 3人は今日の晩御飯を何にするか話し合いながら食堂に向かって歩いていく。彼女達もその鎮守府も……思うところはあれど、平和であった。

 

 

 

 

 

 

 「日向」

 

 「……大和か」

 

 そこは、日向が剣術の訓練をしていた道場のような場所……そこに、日向は居た。その手に軍刀を、目の前には切り裂かれた巻き藁の的が幾つも倒れている。歪な切り口のモノは1つとして無く、その全てが綺麗な切り口で。

 

 声をかけた大和は道場の中へと入り、日向の背中に手を当てる。その背中は、小さく震えていた……その理由を、大和は知っている。

 

 深海棲艦の襲撃から1ヶ月……あの日、最も激戦だった場所に居た日向達は、リベンジするべく探していた存在、イブキの姿を見た。それどころか共闘もしたのだ。仲間である古鷹も謝ることが出来たし、敵として戦っていた者との共闘は彼女達も心を踊らせた。更には仇敵であるイブキは更なるパワーアップを果たしたところも目撃している。

 

 日向達から見ても、パワーアップしたイブキの力は無双と呼ぶ他にない。文字通り目に見えない速度で動き、堅い装甲をモノともせずに斬り裂いていく軍刀の切れ味……どう足掻いても勝てはしないと分かる。それでも、日向は笑みを浮かべた。例え敵がどれほど強くなろうとも、例え勝ち目がまるでないとしても、その強さに魅入られ、勝ちたいという思いが日向には……日向達にはあった。

 

 「日向……まだ、諦めきれないの?」

 

 「……ああ、諦めきれない。私には……信じられそうにない」

 

 

 

 「あいつが……イブキが死んだなどとは」

 

 

 

 あの襲撃の日、イブキは大淀と共に核を彷彿とさせる光の中へと消えた。その瞬間のことを、日向は1ヶ月経った今でも尚鮮明に思い出すことが出来る。

 

 イブキが敵艦隊を全滅させ、艦載機すらも落として見せた後、イブキと大淀は握手を交わした。日向達はその2人の行動を見てから大本営へと向かったのだが……問題が起きたのは、それからほんの数秒経った時だ。

 

 日向達を襲った悪寒……それは恐怖だった。あの瞬間、日向達は“何かが起きる”という恐怖を直感的に感じていたのだ。そして、それは実際のモノとして具現した……目映い光、そうとしか取れない程の爆発と共に。その光が何かが爆発したモノだと分かったのは、光の後に台風を彷彿とさせる風……爆風に続き、津波や渦潮等の被害が出てからのこと。

 

 幸いにもと言うべきか、津波による被害は大本営の建物にはあまりない。窓ガラスが割れて内部を海水が蹂躙したものの、外壁の損壊は微々たるものだ。だが、空母棲姫曙によって補給中に大破させられた艦娘達、入渠する為に戻っていた艦娘達、人間の人員は津波によって流された後にそのまま沈んでしまった者、死んでしまった者もいる。日向達も津波に拐われはしたものの、然程傷も負っていなかったので誰も沈まなかった。

 

 「あの光の原因が何なのかは分からない。だが……一瞬しか見えなかったがあの時、大淀を中心に発生したように見えた。何よりも……無表情がウリの総司令の第一艦隊所属である大淀が、はっきりと恐怖していた」

 

 日向は見た。大淀が必死になって何かを叫んでいるところを、恐怖に怯えた表情を。それが何を意味するのかは、彼女にはまだ分からない。分かるのは……あの核を彷彿とさせる光の発生の原因が大淀達の近くにあった……もしくは、大淀かイブキのどちらかが原因であるということ。日向としては、イブキが原因であるとは考えていないが。

 

 「……なら、あの時大淀さんに最も近かった軍刀棲姫は……」

 

 「ああ。普通に考えれば、あの爆発に呑まれて消え去った……そう考えるのが自然だ。自然なんだが……イブキならと、そう思えてしまうんだ」

 

 そこまで分かっていて何故、という思いを込めた大和の言葉に、日向は苦笑混じりにそう返した。

 

 日向が思い返すのは、イブキとの出逢いから今日までのこと。サーモン海域での戦いで逃亡した戦艦棲姫を大和達と共に追い掛け、追い詰めた所で邪魔をされ、あっという間に壊滅させられた。その時から、日向達はイブキに勝つために鍛練に鍛練を重ね始めたのだ。

 

 次に戦う機会が巡ってきたのは、イブキ討伐の為の大規模作戦の時。数で大きく勝り、練度も高い精鋭達による連合艦隊……事実上の海軍最強艦隊対1人という戦い。だと言うにも関わらず、結果は完敗。日向達は自分達の実力の向上を確信できたが、結局のところ一撃も当てることが出来なかった。

 

 そして今回の深海棲艦の大襲撃、まさかの共闘をすることになり……流石に多勢に無勢かと思えば、光と共にパワーアップを果たしたイブキがあっさりと敵を全滅させた。近付いたかと思えば、また遥か遠くに行ってしまった……あの爆発によって、永久の別れとなってしまったかもしれない。だが、日向は思うのだ。

 

 「今まであいつは、こちらの常識をことごとく覆してきたんだ……あの規模の爆発なら普通は死ぬだろうが、そんな普通すらも覆してくれるんじゃないかとな」

 

 それは、日向からイブキへの信頼の言葉。敵に抱くには場違いな感情かもしれないが、日向にとってイブキは、向こうがどう感じているかは分からないものの信頼を向けるに値する存在であるのだ。

 

 「……そう」

 

 しかし、日向と深い仲である大和にとって、そんな話や感情を聞かされては面白くない。少なくとも、苛立ちが声に乗ってしまうくらいには。そうして大和は声だけではなく、態度でも“私は不機嫌です”と日向に知らせるようにぷい、とムスッとした表情でそっぽ向いた。

 

 そんな大和の姿に日向は苦笑いを浮かべ、機嫌を取るように抱き締め、頭を撫でる。超ド級戦艦である大和だが、艦娘となったその身と心は女性のモノ……人肌の暖かさ、それも日向のモノに安心感を覚え、気持ち良さそうに目を瞑り、されるがままとなる。そんな彼女の姿を見てほっこりと暖かな気持ちとなりながら、日向は思う。

 

 (私はまだお前を超えていない……勝ち逃げは許さんぞ? イブキ)

 

 

 

 

 

 

 「……あれから1週間、か」

 

 鎮守府の中にある執務室の中で1人、渡部 義道はそう呟く。深海棲艦の大襲撃から1週間、鎮守府の周辺、近海は平和を取り戻していた。その平和な時間を謳歌しながら、義道は大襲撃の日のことを思い返す。

 

 あの大襲撃の日、義道の艦隊に轟沈した艦娘は居なかった。というよりも、姫級の深海棲艦が来て尚、鎮守府には被害らしい被害は殆どない。結果だけ見れば、最高と言っても過言ではないだろう。だが、両手を上げて勝利の喜びを噛み締めることは出来なかった。その理由こそ、窮地に現れた2人の援軍……そのどちらも、この鎮守府に縁のある存在だった。

 

 元々この鎮守府に所属しており、大襲撃の前の大規模作戦時に見捨てる形になってしまった雷……そして、その大規模作戦よりも更に前、天龍率いる遠征の艦隊の半分を沈めたレ級……その生まれ変わりの金剛である。とは言うが、義道は直接目にした訳ではなく報告を受けただけの為、その真偽等は分からないのだが。

 

 (報告にあったレ級の“生まれ変わり”である金剛……この1週間調べてみたが、深海棲艦が艦娘に生まれ変わる……あるいはその逆の艦娘が深海棲艦になったという報告も情報もない。だが、その金剛がいた以上……そいつだけとは限らない)

 

 義道が調べた限りでは、艦娘が深海棲艦に、深海棲艦が艦娘に生まれ変わる……そんな情報は艦娘と深海棲艦が現れてから約50年の中で1度も確認されていない……少なくとも、資料には載っていない。だが、そういう者がいると知った以上、他にもいるのではないか? というのが義道の考えだ。

 

 そもそも、艦娘にしろ深海棲艦にしろ海軍が持ち得ている情報はあまりに少ない。人間は妖精がいなければ艦娘に対して入渠も、建造も、改装も、開発も何一つ出来ない。人間側からしてみれば、どうやったら弾薬鋼材燃料ボーキサイトを使って人間のような存在を作れるのか謎なのだ。ましてや人間サイズでありながら既存の兵器を遥かに凌駕する性能の兵装等作れるハズもない。知識が圧倒的に足りていないのだから。

 

 故に、義道は考える……自分達が知らない生体や能力があってもなんら不思議ではないと。それこそ生まれ変わる……“転生”のようなものがあっても決して有り得ない話ではない。

 

 「有り得ないなんてことは有り得ない……俺が知らないことなんて山のように存在するし、俺に理解できないことなんて星の数程存在するんだ。それに……艦娘から転生した深海棲艦がいるなら、今回の襲撃の理由も……」

 

 今回の大襲撃だが、その発生理由については明らかになっていない。そもそも深海棲艦がここまで大規模の襲撃を行ったことなど過去に1度もないのだ。姫や鬼は鎮守府から離れた海域に拠点を持つ場合が多く、早々遭遇することもない。それ故に、なぜ大襲撃が起こったのか……その原因は分からず仕舞いとなっている。

 

 しかし、義道は考える。もしも“転生”というモノが本当にあるならば、艦娘や深海棲艦だった頃の記憶……言うなれば、“前世の記憶”と言うべきモノを持っているのではないかと。ならば今回の大襲撃は、艦娘時代に海軍、或いは特定の個人に怨みを持って深海棲艦に転生した何者かによる復讐だったのではないか、と。

 

 勿論、これ等はあくまでも義道の推測に過ぎない。確証も証拠もない。こういう事例があったからこういう事もあるのではないか、という程度の考えだ。だが、そうであるなら大襲撃が起きたことも説明がつく。

 

 (……あの人なら、何か知っているんだろうか)

 

 義道の脳裏に浮かぶのは、総司令である善蔵の顔。彼は世界で最初に艦娘と接触、指揮した存在であり、最初に妖精を発見して友好を築いた存在であり、御歳96となった今尚現役で指揮し続けている存在である。義道が知らないこと、知りたいことを知っていても不思議ではない。

 

 とは言え、直接聞くことなど出来はしない。只でさえ善蔵には色々と怪しい部分があり、過去の事件……義道の父、渡部 善導の死に関与しているのだ、接触するなら相応の準備をしていく必要があるだろう。

 

 (……そう言えば、善蔵に聞いてくると言っていた不知火はどうしたんだろうか? ……無事だといいんだが)

 

 ふと、義道は大襲撃の前に接触した艦娘、不知火のことを思い出した。善蔵の部下であり、父である善導の元部下だったという不知火……彼女と別れてから今日まで、1度も連絡も接触もない。そして、善蔵からの使者が来たということもない。義道は不知火の安否を気にしつつ、また別のモノに思考を移す。それは、自分の部下達のことだ。

 

 仇であるレ級、その生まれ変わりである金剛との遭遇により、睦月と龍田は精神的な回復を見せた。特に龍田は天龍の遺品だかなんだかのナイフを雷から受け取って以来、今までの復讐への姿勢が嘘のように笑顔と優しさに溢れている……同室の艦娘からはたまに夜に独り言を呟いていて怖いという苦情も来ているが、義道はスルーしている。誰だって命は惜しいのだ。

 

 回復した睦月と龍田の代わりに、雷の姉妹艦である暁、響、電はこの1週間ずっと暗いままだ。何しろようやく再開できたハズの雷とはロクに会話することもできず、最後には見向きもせずに去っていたのだ、その衝撃は計り知れない。

 

 一難去ってまた一難。知りたい真実には未だ辿り着けず、問題を解決したかと思えばまた新たな問題が発生する。儘ならないものだと、義道は独り苦笑を溢した。

 

 (父さん……俺は何時になれば、あんたの仇を取れるんだろうか)

 

 その問いに答える者は……いない。

 

 

 

 

 

 

 「やれやれ……やはり戦力の低下は免れんようだな」

 

 大本営にある総司令室に、善蔵の姿はあった。大襲撃の際に曙から右腕をもがれた事実など無かったかのような傷1つない五体満足の姿で。

 

 大襲撃の時、大淀の回天の爆発によって発生した津波が襲いかかったことと深海棲艦の攻撃で損壊していた大本営の各建物だったが、2週間経った今ではすっかり元の姿を取り戻している。これも妖精の技術力の賜物である。善蔵もまた、津波の被害に遭ったハズだが……こうしている以上、死にはしなかったのだろう。

 

 それはさておき……善蔵の手には1枚の書類があり、机の上には同じような内容の書類がかなりの枚数存在した。それは各鎮守府の詳細な被害内容であり、中には死傷者の数と名前、階級、所属鎮守府等が書かれている。多くは提督に成り立て、或いは中堅辺りの佐官達であるが……准将と少将が1名ずつ、死者の中に名を刻まれていた。そして、死亡した提督の部下の艦娘達の9割9分が轟沈している……提督も艦娘も、言い方は悪いが補充は出来る。だが、高い練度と経験は相応の時間を掛けねばならない。

 

 「とは言え、しばらくは深海棲艦が攻勢に出ることはないだろう……あちら側も、決して無傷ではない。しかし……予想していたよりも威力が“弱かった”な」

 

 善蔵は座っている椅子に深く座り直し、自分の考えを口にする。今回の大襲撃に参加した深海棲艦の総数は万を越える。そして、その8割以上が沈んだ……幾ら全体量が不明瞭な深海棲艦とは言え、今回程の大規模なモノは早々行えないだろう。そう考えを締めくくり……彼の思考は、回天へと移る。

 

 大襲撃の際に最後に起きた光……爆発。それは、大淀の体内に存在した“対深海棲艦用内蔵爆弾・回天”の爆発である。埋め込まれた艦娘が沈む、体内から取り出される……もしくは、猫吊るしが遠隔操作することで起爆するソレは、猫吊るしの策略によってイブキを大淀ごと吹き飛ばす為に起爆され、周囲の海や大本営、その付近、様々なモノに被害を与えた。範囲、威力共に誰が見ても申し分無いと言うだろう……しかし善蔵は、それを弱かったと言う。

 

 回天の威力は、埋め込まれた艦娘に依存する。何故なら、回天の爆発のエネルギーは埋め込まれた艦娘そのもの……培ってきた経験、記憶、血潮、弾薬燃料、艤装、その他諸々……文字通り艦娘の全てを1つの爆弾のエネルギーに変え、爆発として解き放つ。長く生きれば生きるほど、戦場を歩けば歩くほど、その威力は天井知らずに上がっていく。現在の海軍に所属する艦娘の中でも最古参、それも最強艦隊と名高い元帥第一艦隊の大淀ならば、現状最高峰の破壊力を出せるだろう。しかし、それでも善蔵は弱いと言ったのだ。

 

 (あれが酸素魚雷の200倍? 確かにそれに近い威力は出ていたが……予想値よりも確実に低い。計算が間違っていた? 有り得ん……妖精の知能や計算の正確さ、答えを導く速度は人智を越えている。計算ミスなど……確実に無いとは言えんが、9割9分9厘有り得ん。なら、他の要因が原因と見る方が自然か……とは言え、軍刀棲姫が生きているということはないだろうが)

 

 軍刀棲姫……イブキは、爆発前に大淀にその手を掴まれて拘束されていた。爆心地に最も近い場所に拘束され、爆発するタイミングを計れない状況ならば、例え神速足りうる速度を誇ろうが、斬れぬモノ無き軍刀を持とうが関係ない。例えイブキと言えども、大淀諸とも消滅しているだろう。事実、艦娘達に大本営近海、その周辺海域、海底まで調べさせたが影も形も、肉片1つ、艤装すら見つかってはいない。そういったことから、海軍では今度こそ軍刀棲姫は沈んだと見られている。

 

 (……軍刀棲姫のことはひとまず置いておくか。各鎮守府の修復と深海棲艦への対抗戦力を置くという急務が終わった後にも、やることは山積みなのだからな)

 

 イブキのことを頭の片隅にやり、善蔵は引き出しから今まで見ていた書類とは別の書類を取り出す。そこに書いてあるのは、新たに配属される提督達の名前と配属場所。そして、死んだ提督達の遺族への様々な補償が記されている。

 

 他にも海外の鎮守府への支援活動もしなければならないし、今後の話し合いとして国会にも行かねばならない。また、今回生き残った提督達全てに昇進させるという報告もしなければならない。他にも、まだまだ……そう考えていると、今いる部屋の扉がノックされた。

 

 「総司令。第二艦隊旗艦翔鶴、参りました」

 

 「入れ」

 

 「失礼します」

 

 そんなやり取りの後に入ってきたのは、翔鶴。彼女が旗艦を務める第二艦隊も、誰1人欠けることなく大襲撃を生き残っていた。彼女がこの場にやってきたのは、事前に善蔵が放送で呼び出していたからである。

 

 「よく来てくれたな、翔鶴」

 

 「いえ……総司令の命令ですから」

 

 「ふん……さて、時間もあまり無いのでな、簡単に呼んだ理由を話すとしよう」

 

 「その理由とは……?」

 

 

 

 「翔鶴……お前達第二艦隊の全員を、第一艦隊に編成する」

 

 

 

 善蔵の言葉に、翔鶴は驚愕から目を見開く。大襲撃の際に第一艦隊は、那智に続いて大淀も失った。その為、只でさえ1人足りなかった5人から4人、4人から3人へとその数を減らしている……成り立ての提督による初期艦隊ならまだしも、総司令かつ元帥という最高責任者の最強艦隊としては致命的。故に第二艦隊の中から補充する……というのならば、ここまで驚くことはないだろう。

 

 だが、善蔵は言った。第二艦隊の面々を編成すると……即ち、補充するのではなく、第二艦隊をそのまま第一艦隊にするということだ。それはつまり、翔鶴……第二艦隊の者達の願いである提督……“善蔵に最も信頼されている艦隊”である第一艦隊所属の願いが叶ったということだ。

 

 「最強を誇った第一艦隊も、武蔵、雲龍、矢矧の3隻となってしまった……流石にこのままではいかん。かと言ってお前達の中から選んだとしても不和が生まれ、連携もままならんかもしれん……ならば3隻には大本営の防衛戦力として働いてもらい、お前達を今後第一艦隊として運用することとした」

 

 「……」

 

 「いいな?」

 

 「了解しました。天津風達には私から報告を?」

 

 「頼む」

 

 「分かりました。それでは、失礼します」

 

 そこで会話は終わり、善蔵は再び作業に戻り、翔鶴は他の第二艦隊の面々に今の会話を伝える為に部屋から出る。この話を聞かされた時、翔鶴がどういった心境であったかは本人以外誰も知ることはない。歓喜か、それとも狂喜か……ただ1つ言えることは、翔鶴はこの時、暗い……とても暗い笑みを浮かべていたということだけ。

 

 大襲撃が起きた後も、大本営は善蔵を中心に回り……世界は、海軍に依存して動いていた。




イブキもイブキの仲間達も深海棲艦達も一切出なかったという……大襲撃の後日談、という名の幕間でした。正直死傷者の数の下りは今でもこれでいいのかと悩んでいます……少なすぎるような、そうでもないような……。



今回のおさらい

優希、己の感情を知る。キマシタワー建設。北斗、北上と鈴谷に告白される。きっと身の回りの世話もされる。摩耶様、近況を語る。相変わらず提督は出ない。義道、艦娘と深海棲艦の不思議に気付く。謎はまだまだ無くならない。日向、イブキの生存を信じる。そして大和は嫉妬する。善蔵、仕事をする。そして世界は変わらない。




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