どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新です。

最近右手首が痛くて仕方ない……筋トレのせいかしら←

それはさておき、まだまだ大襲撃編は続きます。まだまだシリアスが続きます。ほのぼの系であーうー言わせてた頃が懐かしい……それから酒呑童子欲しい。

それでは、どうぞ(*´∀`)つ


このクソ提督

 渡部 義道の鎮守府近海で、キィン……という甲高い音が、戦いが終わった戦場に響く。次いで、ポチャンと海に何かが落ちた音がして……誰かが、息を吐いた。

 

 「なんでよ……」

 

 そう呟いたのは……龍田。彼女の手には己の艤装である薙刀が握られていて……その刃が、根元から折れていた。彼女が恨みと怒りを込めて振るったその一撃は、レコンの首を確かに捉え……傷1つ付けることが出来ずに、折れた。それはまるで、自分では復讐など果たせはしないと突き付けられたような気がして。

 

 「なんでよおおおおっ!!」

 

 龍田は崩れ落ち、慟哭し、涙する。目の前のレコンに、仲間を奪われた。己の半身を奪われた。続いていくハズだった幸せな未来を奪われた。最も大切な存在を思い出の中の存在に変えられた。仇への復讐心を1日足りとも忘れたことはなく、今日この日まで仇を取るための鍛練を欠かさなかった。

 

 それでも、届かない。仇であるレコンは防御することもなく、それどころか構えることすらもなく……それでも、傷1つ付かない。それも当然だろう。彼女は姫の攻撃を何度も受けて尚立ち上がる耐久力を誇る……たかが軽巡程度の攻撃で傷が付く訳がない。

 

 (龍田さん……)

 

 その絶望が、雷にはよく分かる。何しろ彼女自身同じことをして、同じ結果になったのだから。レ級と遭遇し、仲間を奪われたと気付き、衝動的に攻撃して……それが無駄だったという絶望を感じたのだから。

 

 ちらっと、雷は龍田以外の者へと視線を向ける。暁、響、電、いつの間にか近くにいたビスマルク、睦月、五十鈴……皆困惑と脅えが混ざった表情をしていた。レコンは……なんとも言えない表情をしていた。

 

 (『……コレガ、オレノヤッタコトノ結果カ……』)

 

 レコンは金剛であり、同時にレ級であった。その生まれから現在までの記憶を有しているし……レ級として沈んだ時のことも、よく覚えている。分かっていた……自分が恨まれていることは、分かりきっていた。沈んだ時の天龍の怨釵の声も、伝わる怒りと怨みの感情……それらを忘れたことなどない。忘れられる訳がない。

 

 だからといって、この状況をどうしろというのか。どうすればよかったというのか。目の前の艦娘に沈められればよかったのか? そんな訳がない。今の自分には、自惚れでもなんでもなく自分の身を案じてくれる存在がいる、沈めば涙してくれる存在がいる。その者達の為にも、沈む訳にはいかない。

 

 「……龍田、さん」

 

 「……」

 

 雷が名前を呼んでも、龍田は反応を示さない。この9ヶ月を、彼女は復讐を果たす為だけに生きていた。だが、自分では復讐を果たすには何もかもが足りず……それが己の艦種の限界となれば、生きる気力など無くなっても仕方ないことなのかもしれない。

 

 展開に全くついてこれていない龍田側の面々……睦月でさえ、龍田の気持ちを理解しても彼女のようにはなれなかった。無論、思うところはある。睦月とて遭遇した時の恐怖と仲間を失ったことの悲しみ、その元凶への怒りはあった。龍田のようにならなかったのは、仲間と姉妹艦達のお陰だろう。そして、それこそが龍田との違い。姉妹を失ったか、失っていないかの……大きな違い。だからこそ、睦月や雷の……この場にいる仲間の声は届かない。彼女に声が届くとすれば、それはもう居ない天龍。もしくは……。

 

 

 

 「ぶぐっ!?」

 

 【っ!?】

 

 

 

 瞬間、座り込んでいたハズの龍田が宙を舞う。そして元居た場所には……軍刀を左手に、右腕を上に向かって振り抜いた姿勢のレコン。驚愕から戻ってきた面々は海に背中から落ちた龍田とレコンを交互に見て、ようやく理解する。龍田がレコンに殴られたのだと。

 

 「な……あ……? 何、するのよ!!」

 

 殴られた本人は鼻血を垂らしながら何が起きたのか分からないとばかりに放心していた。が、直ぐに自分が仇に殴り飛ばされたと気付き、先程の絶望など忘れて起き上がり、レコンに向かっていく。

 

 折れた薙刀は殴られた際に手放してしまい、怒りに駆られた頭では砲撃することなど思い付かず、龍田はレコンに殴りかかる。その拳は意外にもあっさりとレコンの左頬に突き刺さる。

 

 「『……コンナモンカ?』」

 

 「なっ……っが!?」

 

 【龍田さん!!】

 

 だが、薙刀で傷1つ付かなかったレコンに龍田の拳が効くわけもなく、龍田は嘲笑したレコンに再び殴り飛ばされる。その光景に暁達から悲鳴が上がるが、無事であると示唆するように龍田はまた立ち上がる。そして殴られた本人は気付いた……レコンが手加減をしていることを。そうでなければ飛行場姫に勝利し、果てに持ち上げて投げるという滅茶苦茶な腕力を持つレコンに殴られて鼻血が出て頬が腫れる程度で済む訳がない。

 

 「どこまで……お前は私をバカにすればああああっ!!」

 

 完全に入った渾身の一撃は傷1つ付かず、仇を討てない現実に絶望すれば殴り飛ばされ、殴り返せば嘲笑されてまた殴り飛ばされ、しかもそれは手加減されていた……龍田でなくとも激昂するのは仕方のないことだろう。

 

 そして彼女は再び殴りに行き……今度は握った拳が届くことすらなく、あっさりとレコンの手に受け止められ、握り込まれる。握られた手は押しても引いても動かず、もう片方の手で殴りかかればそれも同じように止められ、握り込まれる。

 

 「『弱イナ、オ前』」

 

 ニヤリと、明らかな嘲笑を浮かべ、見下しながらレコンははっきりとそう言った。たった一言、と言ってしまえればよかった。だが、“弱い”という言葉を仇に告げられ、事実どうすることも出来ない……そんな現実をまざまざと突き付けられた龍田は、睨むことを止めず……悔しさのあまりに、また涙を流す。

 

 「『確カ……天龍トカ言ウ艦娘ダッタカ? アイツハ、俺ヲ沈メテ見セタゾ』」

 

 その台詞に、暁達は目を見開いた。龍田も同じように目を見開き……雷の手にあるナイフへと視線が向けられる。嘘だ……等と言える訳がない。龍田には分かるのだ……目の前の金剛は仇のレ級であると。深海棲艦が艦娘になるという話は海軍では聞いたことがない。だが、姿が変わっているということは……少なくとも、変わる理由が存在するということ。そしてその理由は……きっと、天龍が生き延びて復讐を果たしたから。

 

 フッ、と龍田の拳から力が抜ける。果たすべき復讐は既に果たされていた。そうすることだけの為に生きてきたというのに、それはもう終わっていた。だからだろう……龍田は、自分がどうすればいいのか分からなくなった。

 

 「『……雷』」

 

 「うん。龍田さん……これ、受け取って」

 

 レコンが龍田の手を離すと、彼女は再び座り込む。そんな彼女を見たレコンは雷を呼び、彼女の言いたいことを悟った雷は龍田の手に天龍の艤装から作られたナイフを握らせる。

 

 嗚呼……と龍田が声を漏らす。今、彼女の……暁達の目の前には、幽霊のように少し透けている天龍が居た。腕組みをしながら困ったような笑みを浮かべて、龍田のことを優しく見ている……先程雷にしたように、龍田に復讐を煽ることはしなかった。

 

 この天龍は、強すぎた彼女の怨念が折れた刀身に今日まで宿った怨霊のようなモノだ。だが、刀身に宿っていたということはイブキ達と行動を共にしていたということになる。故に彼女は、自分が復讐を果たしたことを知っている。雷に復讐を薦めたのは、今にも潰れそうだった彼女を思ってのことだ……そうでなければ、天龍の性格であれば仇であるレコンのことを話に出すことはしないだろう。

 

 「天……龍……ぢゃんんん……っ!」

 

 受け取ったナイフを、龍田は涙声で天龍の名を呼びながら力の限り抱き締める。そんな彼女の頭を、天龍は片膝をついて撫でていた。無論、触れられた感触も、人肌の温もりも何も感じない。龍田達の知る天龍は、もうこの世にはいないのだから。

 

 この再会は、“運良く起きた”奇跡に過ぎない。ただ1度、ほんの数秒だけいーちゃん軍刀を彼女が握ったことによる、奇跡に過ぎない。

 

 『……じゃあな、お前ら』

 

 暁達にも、雷達にもはっきりと聞こえた別れの言葉。その言葉に返す声はなかった。暁達は皆涙を流し、言葉にならない。龍田もまた、言葉に出来ずにいる……だが、顔だけは、前を向いていた。今度こそ、相手の姿を見てさよならが出来るように。

 

 天龍は右手を腰に当て、笑みを浮かべ……足下から無数の光の珠となって消えていく。仇を討てていたと知った後の彼女の心残り……それは、遺した妹と仲間達のこと。チビ達が潰れていないだろうか? 龍田は悲しんで動けなくなったりしていないだろうか? そういう心配。だが、それも無くなった以上……もうこの世に居る必要はない。

 

 やがて、天龍の姿が完全に消える。残された者達の目には変わらず涙があり……それでも、下を向くことはない。龍田に至ってはいつもの笑みを浮かべる程である……泣きながら。

 

 「『……雷。行くネー』」

 

 「……うん」

 

 「「「い、雷!」」」

 

 「雷ちゃん!」

 

 「雷お姉ちゃん!」

 

 そんな彼女達に背を向け、2人はその場から去っていく。雷の背中には姉妹達、仲間達の声が届くが……彼女は見向きもしなかった。大規模作戦が行われたあの日から、もう既に雷と彼女達が共に居られることはないのだから。

 

 少なくとも……今は。

 

 

 

 

 

 

 “軍刀棲姫”という名は、海軍では一部を除いて恐怖の代名詞と言っても過言ではない。それは一重に、その戦闘力の高さと被った被害の為だ。

 

 海軍において“最強”とは、渡部 善蔵の艦隊を指す。だが、最強の“艦娘”となると意見が別れる。一騎当千という言葉を当て嵌めようと、最強だと言葉にしようと、単体では多大な戦果を出すことは難しい。例えば、善蔵の艦隊にいる武蔵。彼女は、火力や防御力は正しく海軍最強と言えるだろう。しかし彼女1人では潜水艦に勝つことは不可能に近いし、敵の数が此度の襲撃のような数になればまず間違いなく沈むだろう。しかし、軍刀棲姫……イブキは違う。

 

 「これが……軍刀、棲姫……」

 

 「助けてくれてるん……だよね? ね?」

 

 「私が知るわけないでしょ……」

 

 そんな会話をしている艦娘達が見る先には、縦横無尽に動き回り、次々と深海棲艦を沈めていくイブキの姿。銀閃が閃く度に敵が沈み、海中に向けて軍刀の刀身が伸びれば水柱が上がり、跳べば上空で赤黒い花火が上がる。敵に包囲されていても攻撃をされてもするりと抜け、避け、反撃して沈める。空からの攻撃も、水中に潜んでいても、数があろうと……イブキには何一つ、誰1人届かない。

 

 「宿敵に負けるなよ!!」

 

 【了解!!】

 

 そしてその近くでは、善蔵の艦隊を除いて海軍最強に近い大将の艦隊、日向達が獅子奮迅の活躍をしている。全員が強化艤装を装備しているという第一艦隊……その旗艦である日向は主砲副砲による砲撃に加え、瑞雲による援護と軍刀による一閃で次々と深海棲艦を沈め、大和は只の1度もその大火力の砲撃を外していない。川内、島風も戦場を動き回り、砲撃と魚雷を使い分けて時に沈め、時に助け、時にサポートし、対潜攻撃も忘れない。瑞鳳、瑞鶴も艦載機を出し、時には矢として直接射抜き、近くの敵は蹴り飛ばし、或いは足場にして上空から射抜くとスタイリッシュな動きで敵を沈めていく。そしてそんな彼女達の活躍を見た艦娘達の士気が上がり、動きが良くなっていく。

 

 「きゃあ!」

 

 「うっ、ああ!」

 

 それでも、数の差はどうにもし難い。敵の数は確実に減っている……それもイブキが入ったことにより、かなりの速度で。だが、未だに終わりは見えない。迫る砲撃と魚雷、艦載機の群れ、潜水艦の奇襲……それらにより、艦娘の数も確実に減っていた。例えイブキや日向達が強くても、仲間の全てを守りきれる訳もない。

 

 「っ……おおおおっ!!」

 

 沈み逝く艦娘の姿を見て僅かに顔を歪めた後、イブキは吼える。イブキが沈めた深海棲艦は既に3桁に届く……なのに、終わらない。斬っても、斬っても、斬っても……戦いは終わってはくれない。まだまだ敵は居る。まだまだ沈める必要がある。港湾棲姫の頼みを聞いた以上、途中で投げ出す訳にはいかないのだから。

 

 また1隻、2隻と敵を斬り捨てるイブキ。視界に助けが必要な艦娘が居ればそこに向かって凶弾から守り、周辺の敵を沈めて僅かでも安全を確保する。だが、1人を助ければどこかにいる1人を助けられずに沈めてしまう。全てを守りきれる、とはイブキも思ってはいない……だが、想像以上の速度で深海棲艦も艦娘も沈んでいく。

 

 「っ!? くそっ、またか!」

 

 悪態をつきながらその場から跳び退くイブキ。その直後に砲弾が飛び、深海棲艦に直撃し、沈める。イブキにとって何よりもキツイのは、こうして時折飛んでくる流れ弾……それも守る対象である艦娘からの、悪意があるのか只の流れ弾なのか分からないようなモノ。

 

 いっそのこと、悪意があるならばまだ割り切れた。その身は海軍でも深海棲艦でもないどっちつかずのモノ、助けに来たから味方、だなんて割り切れない艦娘達もいるだろう。事実、武蔵達以外にもイブキに良い感情を持っていない艦娘もいるのだから。

 

 だが、時間が経つにつれてイブキから余裕が無くなっていく。何故こうして戦っているのか分からなくなってくる。戦闘という点ではあらゆる部分で秀でたイブキの持つ弱点……それこそが、心なのだ。

 

 (っ……後何隻沈めればいいんだ……)

 

 イブキだけでもう100は軽く沈めている。日向達など他の艦娘の戦果も考えれば、確実に300、400は沈めている……それだけ沈めているにもかかわらず、未だに深海棲艦は尽きる様子を見せない。

 

 それもそうだろう……イブキと艦娘達は知らないが、この深海棲艦の増援は最後の戦力であり、総数が2000にもなる……まだ半分はおろか、4分の1にも達していないのだ。明確な数字が分からないというのは幸か……それとも、不幸か。

 

 「しま……もう弾薬が……きゃああああっ!!」

 

 「そんな、足が動かない!? 燃料が……ぎ、あ、ああああ!!」

 

 またどこかで悲鳴が上がり、艦娘が沈む。燃料と弾薬が尽き始め、引き際を誤ってしまい、抵抗が出来なくなってそのまま沈められる者が現れ出したのだ。

 

 (このままでは……)

 

 大淀は戦況を見て、無表情の顔に冷や汗を流す。実のところ、時たまにイブキの方へ飛んでいく砲弾は9割が只の流れ弾である。実際、他の艦娘にもフレンドリーファイアが起こっており、そのせいで沈んでしまう艦娘もいた。では、残りの1割はどうなのか? 1割……というか最初の1発だけは、武蔵が放ったモノだった。理由は、理性よりも大規模作戦の時に敗北した時の怒りが上回ってしまった為である。

 

 今回ばかりは余りに浅はかな行動だと大淀と雲龍、矢矧が訴えたのでそれ以降武蔵はそのような行動はしていない……が、大淀の目から見てもイブキがフレンドリーファイアの軌道上にいる度に、艦娘への疑念が深まっていくように見えた。そういった心の機敏が見えたことで、大淀は初めてイブキを自分達とあまり変わらない存在なのだと認識できた気がした。

 

 だが、そんな話は今は関係ない。問題なのは、イブキの心が艦娘への怒りに染まり、その驚異の戦闘力が海軍に向けられる可能性があるということ。最低限その可能性を取り払わなければ、敗戦が濃厚から確定に変わってしまう。それだけは、善蔵の第一艦隊の1人としても、海軍に所属する艦娘としてもさせる訳にはいかない。

 

 (……仕方ありませんね。私1人の行動で軍刀棲姫が……例えこの場限りだとしても、仲間となる可能性があるなら。そして、この先……未来で、少しでも軍刀棲姫と敵対しなくなる可能性を高める為にも)

 

 「雲龍、矢矧。武蔵が暴走しないように頼みます」

 

 「……何をする気?」

 

 「大淀……?」

 

 「軍刀棲姫は情に厚いと聞きますし、実際に見聞きしました。ならば……リスクはありますが、彼女の疑念を払う方法はあります」

 

 少し離れた場所で砲撃しまくっている武蔵を横目で見ながら、大淀は雲龍と矢矧にそう告げてイブキの方を見やる。その頭の中では、彼女の言うイブキの疑念を払う方法をシミュレートされていた。そして1度善蔵がいるであろう建物を一瞬だけ視界に入れ……大淀は、動き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……妙だな」

 

 「おや、何がですかー?」

 

 「チッ……敵の侵攻速度が、だ」

 

 窓越しに戦況を見ていた善蔵の口から零れた言葉に、猫吊るしは問い掛ける。そのちょっとした言葉にすらイラッとした善蔵は不機嫌さを隠すことなく、舌打ちを1つしながら答える。

 

 「遺憾だが、あれほどの数を現状の戦力で撃退はおろか食い止めることすら不可能だ……例え大淀の言うように本当に軍刀棲姫がいたとしても、全てを食い止めることなど出来るわけがない……なのに、だ。深海棲艦は1隻足りとてこの場所に辿り着いていない……それどころか、防衛戦力を抜けることすら出来ていない。その前にはあれよりも少ない戦力で、こちらに被害を出しているにもかかわらず」

 

 善蔵の言う通り、新たに現れた深海棲艦は1隻足りとも現在対峙している戦力を突破できていない。戦力を削り削られはしていても、どういう訳かそれ以上侵攻出来てはいなかった。それが善蔵には不思議でならない。何せ戦力差は倍どころではない差があるのだ、全てを止めきれるハズもない。善蔵個人としては本人も言うように遺憾だが、現在の戦力でどうにか出来る等とボケたことを言うつもりもないのだ。それでも負けていないと言うのは、その劣勢や今後の展開も含めてまだやりようがあるからである。

 

 では、何故深海棲艦達は今以上に侵攻してこないのだろうかと、善蔵は考える。真っ先に考え付いたのは……最初の戦いと違い、これが“侵攻”ではなく“足止め”ではないか? ということだった。海軍にどうあっても無視する訳にはいかない、全戦力を出さざるをえない大軍をぶつけることで大本営内の防衛力を根こそぎ削り、本命の行動に移る準備をしているのではないかと。もしそうだとすれば、“本命”と呼ぶべきモノ、或いは動きがあって然るべきであるが。

 

 (その本命は見当たらない。仮にそれが“物”だとすれば……何かしらの兵器。だが深海棲艦が武装を作り出せるとは到底思えん。ならば、“者”である可能性が高い。恐らくは姫……それが、先に考えた海軍か個人に怨みのある者だとすれば……単艦でこの大本営に襲撃するつもりか?)

 

 善蔵は思考を重ねる。仮にその思考が正しいとすれば、どこから姫はやってくるのか? 空……これは説明するまでもなく有り得ない。一番高い可能性は当然海、それも“深海棲艦”の名が指し示すように深海……即ち海中。戦場に出ている潜水艦娘は片手の指で足りる程しかいない上にあの大軍と戦闘中なのだ、見付けられなくとも不思議ではない。最後の可能性は地上だが、これも可能性としては低いだろう。

 

 (地上から来るならば監視カメラや警備の者が直ぐに見付けられる。だが何の連絡もない上に爆発音の1つもせん以上、それはない……ならば、やはり海中から来ると考えるべきか……それならば、特に問題はない。それは想定済みなのだからな)

 

 大本営のみならず、鎮守府には程度の差はあれど防衛の為の兵器を備え付けられている。備え付けたのは当然妖精であり、艦娘達が持つ艤装と同じように深海棲艦にも効果がある……とは言い難い。第一、もしそんな兵器があるならば人間が扱える兵器として産み出した方が良いだろう。そうではない理由は簡単……どんなに妖精に頼み込んでも彼女(?)達が首を縦に振らなかったからだ。なぜ作ってくれないのか、その理由は定かになっていない。

 

 しかし、大本営だけは違った。大本営の周辺の海には、度々話に出た対深海棲艦爆弾“回天”の威力を大きく下回る爆弾……機雷が海中を漂っている。姫を倒しきれる保証などないが、ノーダメージとはいかないだろう。それに、漂っているのは1つ2つではない……また、威力も先の戦いの中で突撃してくる深海棲艦達を多く撃破したことで証明されている。その時に爆発した分は既に補充されている。つまり、例え姫が海中から攻めてきても手痛い被害を与えられるということ……ダメージを与えた後は補給に戻ってきている艦娘達に攻撃させればいい。

 

 (そのハズなのだが……なんだ? このざわつきは。まるで何か……それも致命的な何かを見落としているかのような不安感……私は何を見落としている?)

 

 そう考えていた善蔵だったが、ここに来て言い知れない不安を抱いていた。その不安の理由を自分で見付けられないということがまた、その不安に拍車を掛ける。その不安を消し去るべく、善蔵は再び思考を重ねる。

 

 戦況は決して優勢とは言えないが、戦線そのものは維持できている。とは言っても、戦っている艦娘達の弾薬と燃料、轟沈している数を考えればあまりもたない。直ぐに補給している艦娘達を向かわせる必要がある。本命と思わしき動きも姫の姿もない。

 

 「……姫?」

 

 ふと、その言葉が善蔵は引っ掛かった。深海棲艦の姫……この場において姫と言えば、襲撃の主犯と軍刀棲姫ことイブキのことを指す。しかし、その2人が引っ掛かったという訳ではない……ならば、もっと前。具体的には大規模作戦の時のこと。

 

 報告ではその時、駆逐棲姫を轟沈させている。だが、轟沈しているならばこの場では関係ないハズ。では、他に姫がいたかどうか……と思い返し、善蔵は軍刀棲姫の仲間と思わしき姫と鬼……戦艦棲姫と戦闘水鬼がいたと思い出す。だがそこまでだ、何も不思議なところはない。

 

 (……いや、本当に不思議なところはなかったか? よく思い返せ、渡部 善蔵。大淀の報告を)

 

 

 

 『以上で全ての報告となります』

 

 『ご苦労……どうした? 大淀。何かを躊躇っているようだが』

 

 『いえ、その……1つ、疑問が残りまして』

 

 『……言ってみろ』

 

 『……新たに現れた戦艦棲姫と鬼ですが……自分達のことを戦艦棲姫“山城”、“扶桑”と言っていました。もしかしたら……』

 

 『……そんなハズは、ない。そんなハズは……』

 

 

 

 「……っ!?」

 

 善蔵は思い出した。その時には信じられず……否、信じたくない心と過去に類を見ないことだった為に今の今まで忘れていた可能性……深海棲艦は、沈んだ艦娘の生まれ変わりではないのかという可能性を。

 

 「妖精……貴様に聞きたいことがある」

 

 「珍しいですねー……何ですか?」

 

 「轟沈した艦娘が、深海棲艦に生まれ変わることは……記憶を持つことはあるのか? いや……そもそも艦娘と深海棲艦は……同じ存在、なのか?」

 

 善蔵の声が震える。イブキのことをイレギュラーと呼び、“叶わぬ約束”と度々呟き、深海棲艦の姫の所在や名前などを知っている善蔵……だが、その知識は全て、目の前の妖精……猫吊るしから教えられたモノ。彼とて艦娘も深海棲艦も妖精も、詳しく知っている訳ではなかった。だからこそ、彼は猫吊るしから教えられたこと以外は知らない。深海棲艦の中に艦娘だった頃の記憶がある者がいることも、その逆も、深海棲艦側にも妖精がいることも……彼は、教えられていない。否、知ろうとすら“思えなかった”。いや、今なら分かる……猫吊るしの言動や情報の違和感、自身がその違和感を気にも止めていなかった……否、記憶に残そうともしなかったという有り得ない事実。そしてそれは、今日この日までただの一度も気付いていなかった。その事に今更気付き……善蔵は、冷や汗が止まらなかった。

 

 猫吊るしの口からは彼の問い掛けに対する返答はない。猫吊るしは答えないまま顔を俯かせて影で目が見えなくなり……唯一見える口元が、弧を描くように歪んだ。それはまるで、“やっと気付いたのか”……或いは“気付いてしまったのか”という嘲笑。そんな笑みを浮かべた猫吊るしに、善蔵は声を荒げようとし……。

 

 

 

 「今更気付いたの? 本当に耄碌したわね……このクソ提督」

 

 

 

 その可憐とも言える声と言葉を聞き、善蔵は今度こそ言葉を無くした。声が聞こえた方……部屋の入口を見れば、そこにいたのは白く長い長髪の一部を左側のサイドポニーにし、本当の意味で真っ白な肌を存分に晒した半裸の女性……その背後に仕えるは黒き異形。彼女こそが此度の襲撃の主犯……名を、空母棲姫。そして彼女は、もう1つ名を持って“いた”。

 

 「その口調、その台詞……そうか、お前か。“あけぼ”」

 

 そして善蔵がその名を呼び終わるその前に、黒き異形の顎が善蔵を後ろの壁諸とも喰らった。

 

 

 

 

 

 

 「ッカ……」

 

 みーちゃん軍刀を人型深海棲艦目掛けて投げ付け、その額を貫く。その深海棲艦に向かって跳んで倒れきる前に軍刀を引き抜き、一番近くに居た深海棲艦を縦一閃に両断する。右側から砲弾が飛んできたので軽くしゃがむことで避け、そのまま前方へと跳び、着水するまでの数秒で擦れ違う深海棲艦を斬り捨てる。

 

 もう何度腕を振り、敵を斬り、戦場を跳び、敵を沈め、攻撃を避け……その他諸々をしたのか分からない。さっきまでヤケクソ気味に叫んだりもしたが、今では声を出すことすらなく作業的にこれらを繰り返している……全っ然減った気がしないのが辛い。しかもたまーに艦娘達から砲撃が飛んでくるのが地味に辛い。まあ、これは仕方ないんだろうが……今この場くらい信じてくれてもいいんじゃなかろうか。

 

 「ひっ……いああああっ!!」

 

 「提督……てい……と……」

 

 「っ……クソッ……」

 

 何よりもキツいのは……この体の性能が良すぎる為に聞こえてくる、艦娘達のこうした悲鳴やか細い沈む瞬間の声。守れなかった、助けられなかった……そういう事実がまざまざと突き付けられる。そして、レコンがまだレ級だった時……俺を押し退けて天龍の攻撃を受けて沈んだ時のことを思い出してしまう。俺のメンタルは然程強くないようだ。

 

 だが、俺のメンタルが弱くとも敵も攻撃も止まってはくれない。勿論当たる気なんてしないが、ずっとこのまま戦い続けることなんて出来はしないだろうし……体力の限界を感じたことなんてないけれども、多分限界はある。その限界が来てしまえば、後はサンドバックにされるだけ……それまでに戦いが終わることを願うしかない。

 

 「しーちゃん……!」

 

 「お任せですー。びよーん」

 

 視界に艦娘がいないことを確認してからふーちゃん軍刀を納刀し、しーちゃん軍刀を引き抜いて伸ばしながら振るう。前方約180度、直径100メートル……それがしーちゃん軍刀の攻撃が通った範囲だ。一度振れば、残るのは上半身と下半身を断たれた死体が残るのみ……そこにもう思うところは、ない。

 

 殺しに何も感じなくなれば、それはもう人ではないというのはよくある話だ。では、元から人外であり、その人外が殺しに何も感じなくなれば、それはどうなるのだろうか。そもそも、俺はどっちだ? 人か? 人外か? 見てくれは間違いなく後者だろう。では、人外は化け物なのか?

 

 (……駄目だ、思考が滅茶苦茶になってる……頭ん中が可笑しくなってきてるな……)

 

 某大総統が出てくる漫画の中で、戦場で頭が可笑しくなってる人の描写が出てきたことがある。確か……シェルショックだったか。詳しくは覚えていないが。まあこれだけ砲弾が飛び交い、血を見ているんだ……これ以上ここにいると本当に頭がどうにかなりそうだ。せめて、仲間の誰かが側に居てくれれば……。

 

 そう考えた時、また時間が止まったかのような感覚がした。だが、俺の見える範囲に砲弾はない……ならば、また後ろから来ているんだろう。そう思いながら俺は右へと跳び、砲弾が来ているであろう後方をチラッとだけ見てみる。そうして俺が見たのは……。

 

 (……えっ?)

 

 両手を広げ今にも砲弾を受けようとしている、黒い長髪の艦娘の姿だった。彼女がそこにいるということは、跳ぶ前の俺の後ろにいたということで……両手を広げている姿は、まるで誰かを守ろうとしているかのようで。

 

 (まさか……俺を?)

 

 そう考えた時、彼女に砲弾が直撃した。




という訳で、前書きでも言ったようにまだまだ大襲撃の話は続きます。龍田とレコンは一度は生きる気力を失ったものの復讐を生きる目的にする……みたいな話にしたかったんですが、天龍の姉パワーでなんとかなりました←

今回も戦闘描写や話、今までとの矛盾などツッコミ所はあると思いますが、どうか寛大な心で見て下さい。でも矛盾や教えて下さると助かります。



今回のまとめ

龍田、復讐失敗。姉の形見はその手に。戦況、変わらず。おや、大淀の様子が? 善蔵、何かに気付く。目の前に現れたのは……。イブキ、戦い続ける。その戦いの果てに待つモノは。

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