どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新です。

マビノギデュエル、楽しいですねえ。中々カードパワーのあるカードは手に入りませんが、がっつりカードゲームしたい人間としてはとても楽しめます。

それはさておき、今回はようやくあの人が登場です。


どうか助けてください

 『総司令。最後の深海棲艦の轟沈を確認しました』

 

 「ご苦労だったな、神通」

 

 『い、いえ! ありがとうございます!』

 

 「何故礼を言うのだ……相も変わらず、可笑しな奴だ」

 

 『す、すみません……』

 

 深海棲艦の大襲撃発生から3時間、大本営近海での戦いは海軍の勝利という形で終結していた。向けられた戦力は最も多い大本営だが、その防衛の為に戦っていた戦力は海軍の中でも最高。元々の防衛戦力と総司令渡部 善蔵の第一、第二艦隊、他の鎮守府からの援軍の力をもってして見事深海棲艦を全滅させることが出来た。

 

 しかし、大本営側も被害がない訳ではない。沈んだ艦娘は確認出来るだけで三桁になる上に、建物や主要施設にも幾らか火の手が上がっている。更には人間、艦娘を問わず死傷者も出ている……辛勝、というところだろう。と言うのも、他の鎮守府の深海棲艦達とこの大本営に来た深海棲艦では戦い方がまるで違ったのだ。

 

 (あのような戦い方……余程海軍か艦娘に怨みがあるのだろうな)

 

 善蔵が居るのは大本営の総司令室だが、戦いの模様はその部屋の窓からでも見えていた。通信でも第一、第二艦隊から状況を聞きながら指示を出していたので時折戦場の他の艦娘達の声も聞こえていた。故に、善蔵は深海棲艦……正確に言うなら、今回の事を起こした姫は怨みがあるのだと思った。

 

 人型でない深海棲艦の思考は獣とそう変わらないが、本能的な行動……生存本能やら闘争本能やらが行動に現れる。艦娘や人間が居れば襲い掛かり、沈みそうになれば逃走することだってある。しかし、それらを踏まえても今回の深海棲艦達の行動は常軌を逸している。

 

 特攻……その呼び方が相応しいだろうか。己の身を一切省みない攻撃、突撃。どれだけ砲撃が叩き込まれても意識がある限り動き、その身が滅びる前に艦娘に攻撃し、食らい付き、しがみつき、道連れにしようと動く。或いは、大本営の建物へと陸に乗り上げて突っ込み、己の爆発に巻き込む。勝つことよりも、艦娘と本陣を潰す為に動いていたようにも見える……真実こそ知らない善蔵だが、その考察は的を射ている。何しろ今回の大襲撃の主犯は善蔵に並々ならぬ殺意を向ける空母棲姫……その命令もまた、自軍の被害を考えない破滅的なモノ。

 

 海軍への襲撃という目的以外の事は、大本営以外の鎮守府に襲撃している艦隊の頭となる深海棲艦に全て任せている。何しろ彼女の目的はあくまでも善蔵、他のことはどうでもいいのだから。だが、彼女の目的である善蔵のいる場所となれば話は別。下した命令はシンプル……命を賭けてでも艦娘に、人間に、大本営に、その内にある負の感情をぶつけろというモノ。死に物狂いの敵ほど怖いものはないだろう。

 

 何はともあれ、結果と課程はどうあれ戦いは終わったのだ。しかし、やることはまだまだある。まだ戦いが終わっていない鎮守府に向かわせる援軍の手配、散った者達の供養……人間ならば、親族への報告や諸々の手続きをしなければならない。それらが終われば次には新たな提督の選出もしなければならないし、他にも……やることは、本当に沢山あるのだ。だがしかし。

 

 

 

 戦いは、まだ終わってはいない。

 

 

 

 『総司令! 深海棲艦が再び現れました!!』

 

 「なにっ!?」

 

 良く言えばポーカーフェイス、悪く言えば仏頂面な善蔵の表情がハッキリと驚愕を表す。それほどまでに、今の通信……大淀からの通信内容は予想外のモノであった……いや、予想自体はしていた。低い可能性かつ起こってほしくはない最悪のモノとして。しかし、それは起きてしまった。

 

 窓の向こうに見える、空と海の境界線に映る一筋の黒い線。まるで夜空に映える星のように赤と青と金がキラキラとしているが、それは美しいモノなどでは決してない。その1つ1つが、強い力を持つ深海棲艦なのだから。

 

 「……敵の戦力はどれくらいだ」

 

 『……数え切れない程、とだけ』

 

 「動ける戦力は」

 

 『……戦えるのは……100にも届かないと思われます』

 

 (チッ……厳しいどころの話ではないな)

 

 大淀の報告に、善蔵は内心で舌を打つ。敵の数が数え切れない程と言った以上、100や200では効かない数がいる可能性が高い。そして、“動ける”戦力という問い掛けに対してわざわざ“戦えるのは”と言ってきたということは、現在生存している殆どの艦娘が戦えない状況か状態……或いは、心境なのだろう。

 

 それも仕方ないことだ。艦娘達はつい先程まで激戦を繰り広げ、弾薬も燃料も気力も振り絞って戦い抜き、終わったと気を弛めていた。完全に終わったと思っていた所に意表を突く大量の敵の出現……心が折れてしまっても、仕方ないと言えるだろう。だからといってそのままで居れば、待ち受けているのは敗北と死であるが。

 

 (完全に敵の総数を読み違えた……が、まだ敗北と呼ぶには早い)

 

 「大淀、我々海軍に敗北は許されん。最悪の場合は……分かっているな。武蔵、雲龍にも伝えておけ」

 

 『……お任せください』

 

 幾らか沈んだ声の後、大淀は通信を一旦切る。その通信機を一瞥した後、善蔵は窓から見える海以外の景色に目を向ける。未だ黒煙の上がる幾つかの建物と最早瓦礫、残骸と呼ぶ他にない施設。過去の戦いにおける損害と照らし合わせても、この時点で既に過去最大の損害である。そして、その損害はまだ広がる可能性が高い。

 

 この状況から勝利することは……不可能とは言わないが、限りなく不可能に近い。士気は下がるところまで下がっただろうし、そもそも残存戦力と敵戦力が違い過ぎるのだ。しかし、それでも善蔵は敗北を良しとしないし、死ぬつもりもない。それに、手札はまだあるのだ。

 

 (自決用対深海棲艦内蔵爆弾“回天”……使わせたくはないのだが、な)

 

 その手札こそ、かつて大規模作戦で沈んだ那智が言っていた、己の体内に埋め込まれた爆弾“回天”。酸素魚雷200倍の威力を誇るとされている、忌むべき最悪の特攻兵器の名を付けられた対深海棲艦爆弾。矢矧、そして不知火を除いた善蔵の第一艦隊の者達の体に埋め込まれているソレを爆発させれば、敵が100だろうが1000だろうが関係なく葬り去るだろう……当然、発動させた艦娘は助からないし、味方が沢山いるこの戦闘で使えば被害も甚大なモノになることは避けられない。しかし、海軍に敗北は許されない……いざとなれば、善蔵は使うように命令する。1か100か、10か1000か、100か10000かなら、善蔵は多い方……即ち、戦場にいる艦娘よりも守るべき人類を取るのだ。

 

 

 

 「大ピンチですねー、善蔵さん」

 

 

 

 緊迫した状況に似合わない、背後から聞こえたふんわりとした少女のような声に、善蔵は苦々しい表情を浮かべながら後ろに振り返る。その目に映るのは、大きなデスクの上にいる小さな人影……猫吊るしと呼ばれる、妖精の姿。

 

 「……問題ない。現状がどうあれ、我々は最後には勝つ……そういう“願い”だろう」

 

 「それが、そうでもないんですよねー」

 

 「何……? どういうことだ」

 

 猫吊るしの返しに、善蔵は思わず睨み付ける。その年齢を感じさせない射抜くような視線を受けても、猫吊るしの態度も表情も変わらない。変わりに、ゆらゆらと吊るしている猫を左右に揺らしている。その仕草が、善蔵にはまるで自分をバカにしているように思えて仕方なかった。

 

 猫吊るしは善蔵の問い掛けには答えず、ゆらゆらと猫を揺らし続ける。相手が答えるつもりがないのだと判断した善蔵はまた窓の向こうへと体ごと視線を向け……その背中に向けて、猫吊るしは言葉を発した。

 

 「私が叶える“願い”は、何も貴方のモノだけではないんですよー? そして、貴方以外の“願い”が貴方の“願い”と相反するモノだった場合……私はどちらの“願い”を叶えるべきだと思いますー?」

 

 例えば、何でも願いを叶えてくれる存在が居たとして、その存在に“生きたい”と願う者が居たとしよう。そして、今度はその者に“今すぐに死んでほしい”と願う者が居たとする。寿命を向かえさせるなんて妥協は許されない相反する2つの願いを、存在はどちらを叶えるべきだろうか? 答えは、その存在にしか分からないだろう。

 

 「答えは簡単……“どちらも叶う状況を作り出す”、ですー。後は“より強い願い”……意思とでも言いましょうか。その意思が強い方の願いが叶う。チャンスは自分で掴み取るモノですよー」

 

 「……こうして押されているのは、私の願いを思う意思が弱いとでも言いたいのか」

 

 「少なくとも、現状はそうだと言ってますがねー」

 

 愛らしい声で淡々と紡がれていく言葉を聞き、善蔵は振り返ることなく拳を強く握り締める。ふざけるな……そう目が語っていた。本人達しか知り得ない“願い”……その願いを、善蔵は40年以上思い続けてきたのだ。その意思が弱いなどと、断じて認められる訳がない。

 

 「貴方も最初に願った時から随分と老いました……願いへの思いが弱くなっていても、仕方ないと思いますよー?」

 

 「戯けが……そのような貧弱な精神はしておらん。私は戦いの中で出来た死山血河の上に立っているのだぞ……弱さは、とうに捨てている。“人間としても”、な」

 

 (それに……約束はなにがなんでも守らねばならなんのだ)

 

 話は終わりだと心中で呟く約束……それを思い出した時、善蔵の脳裏に2人の艦娘の姿が浮かぶ。真面目だがドジで、真っ直ぐな心を持つ少女と、毒舌と上官への暴言が目立つが、子供らしさと仲間への優しさをちゃんと持ち合わせている少女の姿が。その2人はもう、この大本営にはいないのだが。

 

 そんな彼の心中を知ってか知らずか、猫吊るしは何も云うことはなくその背中を見つめる。そして今までのポーカーフェイスが嘘のように、ニィ……と妖しい笑みを浮かべた。

 

 (本当に貴方は面白い……“約束”なんて守れる訳がないのに、それでも尚守ろうとしている。“そんな身体”になってまで……その意思の強さは、充分私を驚嘆させるに値します。ですが、貴方の“願い”と違って彼女の“願い”とても単純で、それ故に意思も強く、ブレない。この劣勢は、正しくその意思の強さが引き起こしていると言っていいでしょう。この劣勢を覆すには……それこそ)

 

 『総司令!!』

 

 「大淀? どうした?」

 

 

 

 『軍刀棲姫が現れました!!』

 

 (イレギュラーの存在でも無ければ、ね)

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、雪雲が空を埋め尽くし、ひらひらと雪の舞う大本営近海。そこには大本営の防衛の為に配属されている艦娘と善蔵の第一~第四艦隊、既に深海棲艦を撃破して援軍にやってきた艦娘達がいた。その数、以前の大規模作戦を上回る約150人……だが、中破大破している艦娘が多く見られる上に残りの弾薬と燃料が心許ない艦娘達ばかりであり、かなりの数の艦娘が沈んでいる上での話だ。それもそのハズ、ほんの少し前までこの場に居る艦娘達の何倍もある大量の深海棲艦相手に戦い続け、ようやく終わったばかりなのだから。

 

 だが、そうやって気を緩めてホッと一息ついた時に現れたのが更なる深海棲艦の大軍。その時点で大半の艦娘達の心が折れてしまっている。しかし、折れていない者もいた。

 

 「立ち止まるな!! 中破大破してる奴、弾薬燃料が残り少ない奴は直ぐに戻って治して補給してくるんだ!! まだ戦える奴は己を奮い立たせろ!! 1隻たりとも後ろへ通すな!!」

 

 海軍の誇る大将の部下が1人、日向の声が海域へと響き渡る。同時に、彼女の周りにいる大和、川内、島風、瑞鶴、瑞鳳が素早く戦闘体制に入る。彼女達も眼前の大軍に恐怖がない訳ではないが、それよりも大きな絶望を知っている。どれだけ己を研磨し、技術を磨き、新装備を熟練したとしても勝てないと未だに思わされるたった1人の存在を。その存在に比べれば、大量の深海棲艦など遥かにマシだ。何せ、攻撃は当たるし、当たれば倒せるのだから。

 

 「我々も負けてはいられないな」

 

 「そうね。雲龍、艦載機はどうですか?」

 

 「問題ないよ大淀。さっき矢筒を届けてもらったばかりだから」

 

 「……」

 

 この場に居る艦娘の誰よりも深海棲艦に近い場所に立つのは善蔵の第一艦隊……武蔵、大淀、雲龍、矢矧。彼女達は相変わらずの無表情を顔に張り付け、軽い口調で言葉を交わす。大淀は先程善蔵と通信した際に声を僅かに沈ませたが、モノの数秒で意識を切り替えていた。

 

 そんな中、矢矧だけが言葉を発することなく深海棲艦を見据えていた。その体に傷らしい傷はないし、燃料弾薬も幾分か余裕がある。それは矢矧だけではない他の4人(雲龍は追加の矢が入った筒を届けてもらったが)もそうなのだが。

 

 (やれやれ……私、ここで死ぬかもね。折角ここに転属という名の潜入調査を10年もしていたのに……尋常じゃないくらいガードが固いのよね、総司令)

 

 そう内心で溜め息を吐く矢矧。海軍最強の第一艦隊の席に居る彼女だが、大淀達と違って他の鎮守府から転属してきた身であり……その転属の理由こそ、彼女が内心で語る“潜入調査”。彼女の元提督が善蔵のことを怪しいと思っていた為に、屈指の実力を誇る矢矧が理由をでっちあげて転属したのだ。と言っても、結局この日までロクな情報を得られないままだが。情報収集力と実力は別物ということだろう。

 

 それはさておき、このまま戦った上で死ぬようなことになれば、それは無駄死に、もしくは犬死にとそう変わらない。何としても生き残らねばならない……そう意識した時、ついに深海棲艦達からの攻撃が始まった。

 

 【きゃああああっ!!】

 

 【うああああっ!!】

 

 怒涛と言う他にない程の砲撃の雨が、艦娘達に降り注ぐ。幸いにもまだ距離が少し空いているので照準は甘いらしく、更に艦娘達も動いているので直撃した艦娘は僅か……だが、至近弾が多く被害は大きくなるばかり。挙げ句また轟沈した艦娘が出た。戦力差は更に拡がり、このままでは反撃もままならぬ内に全滅し、敗北してしまうことは火を見るよりも明らか。

 

 「全艦全速前進! 乱戦に持ち込むぞ!」

 

 「「「「「了解!!」」」」」

 

 「狙う必要はないな。撃てば当たる」

 

 「ですね。海軍最強の名は伊達ではないと教えてあげましょう」

 

 「空は任せて。艦載機は……限界以上に出せるから」

 

 (戦わなければ生き残れない……ってね。死なない為に戦いますか)

 

 そんな中で動く者達がいた。それこそが海軍の最高戦力である日向達6人と武蔵達4人……深海棲艦達にフレンドリーファイアを誘発させる為に接近戦に出る日向達と、砲撃を避けられる距離と主砲の射程ギリギリを保ちつつ砲撃戦を挑む武蔵達。そんな彼女達に続くように、比較的損傷が少ない艦娘達も砲撃に、接近戦に参加していく。

 

 勇猛果敢な日向達と冷静沈着な武蔵達の存在に心奮わせ、艦娘達は絶望をはね除けて戦う。が、やはり多勢に無勢……10隻20隻と倒したところで敵の総数から見れば雀の涙程度。倒しても倒しても減った気が起きない。そんな事が続けば只でさえ気を持ち直したばかりだと言うのに精神的にも肉体的にも疲労が溜まる。そして疲労が溜まれば……判断力を損なうのは当然と言える。

 

 「やっ……そんな……」

 

 「ごめん……提督……」

 

 また、何人かの艦娘が無念の思いを口にして沈む。接近すれば相応のリスクがあり、離れていても直撃を貰う可能性がある。戦場に安全な場所などなく、ほんの些細な偶然や気の緩みが死へと繋がる。そしてまた1人、沈みそうな艦娘が1人。

 

 「ぎ、うぅっ!」

 

 「古鷹!!」

 

 重巡深海棲艦の砲撃を受けてしまった艦娘の名を叫んだのは……日向。その艦娘は、日向達と同じく援軍に来ていた同じ鎮守府の第二艦隊所属艦娘、古鷹。彼女は他の第二艦隊と共に日向達と同じ接近戦を挑み……そして今、損害が中破に至った。問題なのは、足を止めてしまったことだ。

 

 日向達は第一艦隊の者は皆、新型艤装を装備している……が、第二艦隊はその限りではない。装備している者こそいるが、古鷹はそうではなかった。その為、1度足が止まれば、速度を出すために僅かながら時間がかかってしまう。周りは敵だらけの戦場で、その時間は余りにも大きすぎた。

 

 (そんな……こんな所で……まだ、あの人に謝ってないのにっ)

 

 敵の砲口が古鷹へと向けられる。彼女が感じたのは、ここままでは死ぬという絶望ではなく……かつて嘘をついて傷付けてしまった、軍刀棲姫に謝れないことへの後悔。このまま終わるわけにはいかない……そうは思っても、接近戦を仕掛けた弊害で周りは敵だらけで味方は敵に阻まれている。しかも彼女へと砲口を向けているのは1隻や2隻ではない。

 

 走馬灯が流れている刹那、古鷹は対処法を考える。回避……不可能。そもそも速度を出すための時間内の出来事なのだ、動くことなど出来はしない。防御……無意味。敵には戦艦の姿もあるのだ、艤装や腕を盾にしたところでそれごと沈められる。反撃……可能。しかしそれをしたところで沈められる運命は変わらない。結論……どうすることも出来ない。

 

 (ごめん、皆……軍刀棲姫さん)

 

 諦めたように目を閉じる古鷹。周りの仲間達が逃げろと叫んでいる声が耳に届くが、ごめんと一言内心で謝るだけで口にすることはない。そして、彼女に向かって砲撃が放たれるというその瞬間、その声は戦場の片隅に響いた。

 

 

 

 「全員、死にたくなければしゃがめ」

 

 

 

 その声に反応できたのは、彼女達が大将の元で戦い続けた強者だったからなのだろう。古鷹を含め、その場で戦っていた日向達、第二艦隊の面々は同時にしゃがんで体勢を低くする。すると、その上を何かが通った後に風が凪いだ。

 

 聞き覚えのある声に、その正体がなんなのかを日向は誰よりも早く悟った。そして直ぐに顔をあげ、その目で確認する。そうして肉眼で確認したことで、日向はニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

 

 「やはり生きていたな……」

 

 その姿は、他の人型深海棲艦とそう変わらない姿をしていた。腰までの長い白髪、黒い半袖のセーラー服のような服装をしていて、風にはためくスカートからは黒いスパッツが見え隠れしている。その腰回りには4つの鞘……但し、軍刀が納まっているのは2つだが。目には金と青の光が揺らめいており……振り抜いたような姿勢の右手には、ナイフのように短い刀身の軍刀。その姿を知らない艦娘は、この場にはいない。

 

 「軍刀棲姫……いや、イブキ!!」

 

 日向がその名を呼んだのは、奇しくもイブキの存在に日向に遅れて気付いた大淀が善蔵に報告したのと同時だった。その声に応えることなくイブキはナイフのような軍刀を後ろ腰の鞘の1つに納め、新たに残りの2本の軍刀を引き抜く。二刀流……かつての大規模作戦に参加した者達にはトラウマとして残っているだろう。故に、その脅威は身をもって知っている。

 

 一瞬の間を置き、イブキが走り出す。そして次の瞬間には日向達の近くの人型深海棲艦の首が飛び、駆逐か軽巡等の異形そのものは横に真っ二つに斬られ、血と中身を撒き散らす。にも関わらず、それをした張本人であるイブキには汚れ1つ付着していない。気付いた時には何十隻もの深海棲艦はその命の灯を消され、深海棲艦の意識と攻撃の矛先はイブキへと向けられていた。

 

 「ひっ……」

 

 小さな悲鳴を漏らしたのは、古鷹。彼女はこの戦いが起きる前に、可能な限りトラウマを……刃物への恐怖を克服したつもりでいた。実際包丁などの刃物や日向の持つ軍刀を目にしても何の問題もなくなっている……だが、彼女の目の前にはそのトラウマの元凶、根元的な存在がいる。そのせいで体が震えて言うことを聞かなくなり、嫌な汗が流れ出し、今にも涙が流れそうになる。

 

 「古鷹ぁっ!!」

 

 日向の必死な声が聞こえても、古鷹は動けない。トラウマの元凶たるイブキから目を離せない為に恐怖から抜け出せないのだ。だが、何度も言うように戦場で足を止めてしまうのは致命的である。その事は、数隻の深海棲艦がイブキへと向けていた意識を古鷹に向け、砲身の矛先が向けられていることからも分かる。

 

 (う、動かなきゃ……いや、嫌、動いて、動いて私の体! まだあの人に謝ってないの! 怖がってないで動いて! お願いだから……)

 

 「動いてよ……っ」

 

 

 

 「いや、そのまま動くな」

 

 

 

 ドォン! という爆音と共に放たれた砲弾は一直線に古鷹へと進み……彼女の前にいつの間にか人影が現れたかと思えばその後方の海面と深海棲艦が水飛沫と爆煙を上げる。いったい何が起きたのか……それを正確に把握できたのは、イブキを注視していた日向達と深海棲艦達と人影……イブキ本人。

 

 何も不思議なことはしていない。古鷹に迫る砲弾よりも先に彼女の前に行き、彼女に当たる前に斬り捨てた……それだけの話である。イブキにとっては別段難しいことではない。何せイブキは海軍による大規模作戦時の砲弾飛び交う戦場を無傷で生き残ったのだ、見切れない砲弾も斬れない砲弾もない。

 

 (助けて……くれた?)

 

 靡く真っ白な髪の下にある黒い背中を、古鷹は呆けた表情で見つめる。いつの間にか身体の震えは止まっており、代わりに疑問だけが頭と心を占める。何故、自分は助けられたのかと。何故、自分を助けたのかと。

 

 たった1度の邂逅の時のたった1度の嘘。それも最低なモノを、古鷹はイブキにしてしまった。故にイブキには恨まれ敵視されことはあれ、こうして守ってもらうことなど有り得ない……そう認識しているが故に、今の状況が理解出来ずにいた。

 

 「なんで……私を……」

 

 混乱している為か、思っていた疑問がそのまま口から出る。その声が聞こえたのだろう、イブキは顔だけを少し古鷹へと向け、青く揺らめく瞳で射ぬくように見下ろす。その瞳を見るだけで、その瞳に見られているだけで、古鷹は再び身体が震え出した。

 

 「別にお前の為じゃない。俺の仲間の……命の恩人の頼みだからだ」

 

 「頼み……?」

 

 軍刀棲姫の仲間の命の恩人……それが誰なのかは古鷹含め海軍の誰にも分からないが、少なくとも深海棲艦であろうと古鷹は予想する。その話し声が聞こえていた日向もまたそうだと予想を立てていた。だが、そうであるならば古鷹を結果的に救うことになる“頼み”の内容が分からない。何しろ深海棲艦は海軍の、艦娘の敵なのだから。しかし、その内容はあっさりとイブキの口から語られた。

 

 「“大本営にいる大事な人が危ない。こんな事を貴女に頼むのはおかしいけれど、どうかあの深海棲艦の大軍の足止めをお願いします”……そう頼まれた。恩人の頼みだ、聞かない訳にはいかない」

 

 「その頼みの為に、無関係なお前がこの大軍相手に1人で突っ込んできたと?」

 

 「そうだ」

 

 思わず、日向は口を出す。どれ程イブキが規格外の戦闘力を保有していようとも、敵の数は膨大。ましてや本人にとって無関係な戦いに“頼まれたから”介入する。非常識かつ無駄な労力だと言いたくなるだろう。古鷹ですら信じ難いという心境になってしまう。しかし、イブキはあっさりと肯定の返事をした。敵の大軍に恐れることなく、さも当然というように。

 

 馬鹿げていると、日向は思った。だがそれは、嘲笑ではなく驚嘆から来ている。海軍の中でイブキと同じ行動を取れる者がどれだけいるだろうか? 恩人の為に死ぬかもしれない……というか、ほぼ確実に死ぬであろう戦地に赴ける者が、どれだけ。居ないとは言わない。例えそれが己を犠牲に未来に託す行動だとしても、言える者は言える、動ける者は動ける。

 

 しかし、イブキは仲間の仇を討つ為に海軍と深海棲艦全てを敵に回す程に身内への情が深く、古鷹のようなトラウマを持つ者がいる程に敵に容赦がない……というのが大規模作戦に参加した艦娘達の認識だ。そんなイブキが、敵である艦娘を守ってまでその恩人の頼みを聞くという……イブキにとっての恩人の頼みとは、それほどまでに重い物なのかと日向は思った。

 

 「まあ、頼まれたのは“足止め”なんだが……」

 

 

 

 ━ 全部斬ってしまっても構わんだろう ━

 

 

 

 独り言のようにそう呟くや否や、イブキは古鷹の前から姿を消し、次の瞬間には別の場所で深海棲艦を一刀の下に斬り捨て、別の艦娘を助けるような形になっていた。その動きは止まることを知らず、次から次へと斬り捨て、助ける。あの軍刀棲姫が助けたことに殆どの艦娘達は困惑しているものの、これ程に味方になれば頼もしい存在はないだろう。そうして直ぐに攻撃に移れたのは、大規模作戦時のイブキの言葉を聞いていた艦娘達が多かったこともあるのだろう。

 

 (素直じゃない奴だ……)

 

 (……ありがとう、軍刀棲姫さん)

 

 日向と古鷹もまた、内心でそう呟いた後に仲間達と共に深海棲艦へと立ち向かう。未だ敵の全容は知れず、帰らぬ者となった艦娘も出てしまっている……が、今の彼女達には覇気があった。この戦いを生き残り、勝利するという決意があった。意識が変われば動きも変わる……未だ戦力差は圧倒的なれど、艦娘達の奮闘は僅かに、だが確実に勝利への道を進んでいた。

 

 (軍刀……棲姫……っ)

 

 (総司令の命令次第では……ここで)

 

 (相変わらず……化物だね)

 

 けれども……戦いはまだ、終わらない。

 

 

 

 

 

 

 また1つ、人型深海棲艦の首を右のみーちゃん軍刀で斬り飛ばし、迫る砲弾を左のふーちゃん軍刀で縦に斬り捨ててから撃ってきた駆逐深海棲艦に向かって跳び、その間にも擦れ違う深海棲艦を一太刀ずつ斬りつけ、着水と同時に真っ二つに斬る。この身体にはもう完全に馴れたも言っても問題ないだろう。未だに前世、前の世界のことなどまるで覚えてないと言えるが。

 

 ……さて、なんで俺がこんな場所……海軍の鎮守府の近くの海で深海棲艦の大軍を相手にしているのかと言えば、日向にも言ったように“仲間の命の恩人”の頼みだからだ。俺はまた1つ深海棲艦を斬り捨て、戦場を動き回りながら、その時のことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 俺が妙に気になった深海棲艦を追い続けて幾ばくかの時が過ぎた。その間に他の深海棲艦と遭遇することもあったが、優先するモノでもあるのか戦闘になるようなことはならなかった……ただ、追っていた深海棲艦はその深海棲艦達を4回程見かけた後、急に立ち止まって自分の進行方向と深海棲艦達が向かっていた方向を何度か交互にその大きな手の指……というか爪……で指差し、これまた急に両手で顔を覆って崩れ落ちた。この時点でちょっと察してしまった俺だが、万が一の可能性を考えてその深海棲艦に近付いてみると……。

 

 「方角……間違えた……っ!」

 

 体から力が抜けたがなんとか立て直す。案の定彼女は進む方向を間違えていたらしい……日本に向かいたかったんだろうが、それなりに離れてしまっている。今から向かっても時間が掛かるだろう。

 

 それはさておき、気になったのは彼女が扶桑姉妹のようにカタコトではなく普通に話している点。そして、その姿。もしや、という思いをしつつ声をかけてみると、だ。

 

 「君は、港湾棲姫か?」

 

 「誰!?」

 

 驚いたような声を出しながら後ろに振り返る彼女……赤い瞳と、折れてこそいるが額にある角らしきモノ、そして扶桑姉妹に匹敵、或いは凌駕するであろうおぱーい。ついつい視線を向けてしまう辺り、やはり俺は前世は男だったのではなかろうか……と、そんなことは今はどうでもいい。

 

 「俺はイブキだ。夕立という艦娘を知っているだろうか?」

 

 「イブキ? どこかで……それに夕立って……まさか貴女が?」

 

 「やはりそうか……夕立を助けてくれたこと、感謝する」

 

 やっぱりそうですか。夕立を助けてくれてありがとうございます……と言って頭を下げたんだが、口調の謎変換は健在だった。もっと謙虚に敬語を使いたいんだが頑なに使わせてくれないなこの身体。

 

 それはさておき、やはり彼女は夕立を助けてくれた深海棲艦の港湾棲姫だったようだ。夕立から聞いていた容姿とも一致している……所々ボロボロになっているのは、戦闘をした後なのだろうか。

 

 「いえ、私ではなくホッポが……ってごめんなさい、それどころじゃないの! 早く日本に……あの人の所に行かないと!」

 

 「あの人……?」

 

 慌てたようにそう言ってきた彼女だが、俺としては彼女の言う“あの人”が気になった。恐らくだが、彼女は艦娘としての前世を持っているんだろう。口調や日本という台詞がその可能性を高くしている。

 

 そして、あの人というのは……恐らくだが、鎮守府の提督か何かだろう。俺達がこうしている間にも深海棲艦達の襲撃は続いているのだし、その“あの人”が危険だと感じて慌てるのも仕方ない。

 

 「彼女が……姫があの人を殺そうとしてる。私はそれを止めたいの。だから早く行かないと……あの人が……」

 

 名前がまるで出ないので想像しか出来ないが、あの人とやらは姫……多分、山城が話を取した件の姫だろう、その姫に殺意を向けられている。一体その姫と何があったんだ? で、彼女はあの人とやらを殺させない為に動いていると……ボロボロなのは、1度はその姫と交戦したからなのかもしれない。

 

 「……俺も同行しよう」

 

 「えっ? えっ!? で、でも……これは私の問題で……」

 

 「貴女は夕立の恩人だ。その恩人がボロボロの状態で、日本に真っ直ぐ向かえずにいるんだ……手助けくらいさせてくれ」

 

 

 

 ちょっとショックを受けたような顔をしたものの、この提案は受け入れられた。そして日本に向かって進んでいると黒い床のように見える程の大量の深海棲艦を見付け……その遠くに見える建物が“あの人”のいる鎮守府だろう。そこに向かっているのを目撃した。

 

 最初は建物を見て“変わってないなぁ……”なんて呟いていた港湾棲姫だったが、深海棲艦達と建物から煙が上がっているのを見ると真っ青になった。それはそうだろう……艦娘の素顔などまるで見えない程の海を埋め尽くす深海棲艦、しかも鎮守府からは不自然な煙が上がっている。もしかしたら、もう既に……なんて考えが浮かんでしまうのは仕方ないかもしれない。

 

 「……どうする? あれだけの数だ、あの鎮守府はもう保たないかもしれない。もしかしたら……という事も考えられるが」

 

 だが、俺は恩人相手に厳しい現実……とは言っても可能性の話だが、そう低くはないだろう……を告げる。それに、彼処は戦場だ……万が一にも彼女が突っ込んで沈むようなことがあれば恩を仇で返すようなモノ。俺としては、ここで踏み止まって欲しい。

 

 しかし、彼女は何を思ったのか目を閉じて身動きをしなくなった。俺の言葉を考えているのか、それともあの戦場やあの人とやらのことを考えているのか……しばらくして彼女は目を開き、俺の方を見てこう言ってきた。

 

 「……見て分かるように、鎮守府に……大本営にいる大事な人が危ないんです。こんな事を貴女に頼むのは……おかしいけれど、どうかあの深海棲艦の大軍の足止めをお願いします。私だけじゃきっと……あの人を彼処から救えない……だから」

 

 ━ あの人と……艦娘達をどうか助けてください ━

 

 

 

 

 

 

 俺が頼まれたのは“足止め”だけじゃない。港湾棲姫という夕立の命の恩人に、泣きそうな声で頭を下げられながら、あの人とやらと艦娘を助けてくれと頼まれた。そうでなければ……誰があの艦娘を……俺に一番残酷な嘘をついた艦娘なんかを助けてやるものか。

 

 世の人が聞けば心が狭いと批難するだろうか? 悪戯やちょっとした程度の嘘なら笑って許せるだろう。だけどあいつは、俺にとって一番残酷な、赦し難い嘘をついてきた……どれだけ謝られても、赦してやるものか。例え夕立が元気にやっているとしても、だ。

 

 (それはさておき……数が多すぎるな……)

 

 頼まれた手前、足止めも助けることも全力を尽くす。だが、戦場は広い上に俺は1人、どうしても全員には手が回らない。殲滅力のあるごーちゃん軍刀は夕立達に渡しているから使えないし、次点で殲滅力のあるしーちゃん軍刀は……下手をすれば艦娘も巻き込んでしまう。ごーちゃんもそうだか。

 

 結論として、俺は可能な限り素早く動き回り、尚且つ瞬時に敵を沈めなければならない。それも1隻1隻地道かつ確実に、艦娘達の状況にも気を配りつつ、だ。この世界に来て最も精神的にキツい戦いだろうな。

 

 (……ん?)

 

 瞬間、あの“時間が止まっているかのような感覚”になる。だが、視界に入る限りには俺に迫る砲弾はない。艦載機も、魚雷も含めてだ。となれば、俺の視覚外から攻撃が来ていることになる……真下と真上ではない、とすれば……真後ろか。

 

 跳ぶかしゃがむか一瞬悩んだが、左へと跳ぶ。すると感覚がなくなり、跳ぶ前に俺の正面にいた深海棲艦の体に突き刺さり、爆発する。俺は跳んだついでに深海棲艦を1隻斬り捨てる。その後に後ろを確認してみると……いたのは、4人の艦娘。その4人は、名前こそ思い出せないが見覚えがある。

 

 褐色白髪のサラシを胸に巻いた艦娘、眼鏡と黒い長髪の艦娘、黒髪ポニーテールの艦娘、弓を持った白のような色合いの髪の艦娘……撃ったのは、威力からして褐色の艦娘だろう。間違いない、彼女達は日向と同じようにあの時島にやってきた艦娘達だろう。そして撃ってきた理由は……あれでは俺を狙ったのか深海棲艦を狙ったのか分かりにくい。まあ十中八九俺諸とも、という考えだろうが。

 

 (……本当に、キツい戦いになりそうだ)

 

 どうやら俺は、足止めするべき深海棲艦の攻撃と守るべき艦娘の攻撃に気をつけなければならないらしい……どっちつかず故の自業自得だと受け止めておこう。




久々のイブキ登場でした。戦闘シーンは描写はともかく、書いてる側としてはとても楽しいです。数とか動きとか色々と突っ込みたい所はあるとは思いますが、楽しんで頂けているなら幸いです。

イブキの古鷹への感情ですが……帰ってきたドラ○もんで嘘をつかれたのび○君のような心境だと思ってください。あの時のオレンジと緑は子供心ながらマジで許せねえと思いました。



今回のおさらい

善蔵と猫吊るし、謎の会話。その意味を知るのは2人と……。深海棲艦の大軍、襲来。戦える者はそう多くない。港湾棲姫、迷う。どじッ子属性発覚。イブキ、登場。3話ぶりである。



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