どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新です。今回も詰め込み過ぎた……約18000文字あります。サブタイトルで分かる方もいらっしゃると思いますが、今回は球磨達の鎮守府での戦いとなります。

少々グロいと思われる表現があります。ご注意ください。


存分に見せちゃうからね

 逢坂 優希の鎮守府にて勝敗が決した時から少し遡る。場所は変わり、そこは永島 北斗の鎮守府の近海。一時は死を覚悟した北上達だったが、別の鎮守府の応援である摩耶達が来てくれたことで精神的に持ち直すことに成功していた。

 

 ここで、改めて北上達の現状を確認してみよう。北上達の戦力は北上、球磨、卯月、深雪、白露、鈴谷。応援として来てくれたのは摩耶、鳥海、鳳翔、霧島、那珂、皐月の合計12隻の2艦隊。北上達は直ぐにでも補給が必要な程消耗している。

 

 対して、深海棲艦側もまた12隻の2艦隊……だが、その中にはエリートと呼ばれる赤いオーラを纏う者が5隻。そして、金色の右目と蒼く揺らめく炎のような左目を持つ空母ヲ級……改flagshipと呼ばれる、鬼に匹敵しうるヲ級が存在する。更にエリートの中にはレ級まで混ざっている。数は互角、しかしその性能と練度には大きな差が存在していた。

 

 (正直言って、摩耶達が来ても真っ向から戦っても勝ち目なんてない。レ級とヲ級以外の深海棲艦を沈めて初めて僅かな勝機が生まれる程度……ぶっちゃけ負ける可能性の方が圧倒的に高い)

 

 摩耶達の乱入のお陰か膠着している戦場の中で、北上は冷静に思考する。自分達が様々な点で負けていることを理解し、その中で自分達が勝る点を捜し、必死に、しかし冷静に勝機を探る。同時に、やるべきことも。

 

 やるべきことは当然、北斗の艦隊である北上達の一時撤退と補給。しかし、それを行うということは摩耶達6隻に12隻の深海棲艦を任せるということだ。練度という点では摩耶達は北上達よりも少し勝る程度、エリートレ級とflagship改ヲ級を含んだ艦隊を相手取るには荷が重すぎる。

 

 (私らであいつらに勝っているところは……球磨姉さんの機動力かな。後は多分、連携くらい……切り札は球磨姉さん。補給する、摩耶達に頑張ってもらう、合流してどうにか殲滅。その為には……)

 

 「摩耶。私らは補給しないと危ないから、その間任せたいんだケド……」

 

 「任せろって言いたいんだけど……厳しいぜ?」

 

 「大丈夫……とは言えないけどさ、可能な限り手を打つよ。はい! 永島 北斗第一艦隊! 敵艦隊目掛けて全弾撃ち尽くせ!! その後全速力で補給しに撤退!!」

 

 【了解!!】

 

 「斉射ああああっ!!」

 

 普段は余り大声を上げない北上の全力の掛け声と共に、北上達は残り少ない弾薬と魚雷を全て深海棲艦達に放つ。それらは間違いなく深海棲艦達に着弾し、巨大な水飛沫と爆発を引き起こした。

 

 「キヒッ!」

 

 しかし、沈んだのはエリート深海棲艦達の艦隊の前にいた6隻だけ。どうやらその身をヲ級達の盾として使ったらしい。更には爆炎をものともせずにレ級が北上達に突っ込んで来ていた。

 

 「球磨ちゃん跳び膝蹴り!!」

 

 「ブグッ!?」

 

 誰もが唖然とする中、唯一球磨だけがレ級に反応出来た。しかし弾薬も魚雷も使いきった球磨が出来ることなどたかが知れている。そんな球磨が行ったのは、本人が言った通り跳び膝蹴りだった。球磨の艤装は12隻の中で唯一の強化艤装であり、走るも跳ねるもお手の物。こうして高速で迫ってくるレ級に合わせてその顔に右膝を叩き込むなど容易である……訳がない。この球磨が規格外なだけである。

 

 奇襲に失敗した挙げ句に自身の速度と球磨の体重と硬い膝の一撃を顔に受けたレ級は体を後ろへと大きく反らした後、海面を転がりながら吹っ飛んでいった。更に3隻程のエリート深海棲艦を巻き込むというおまけ付きである……沈まなかったのは深海棲艦側にとって不幸中の幸いだろう。

 

 「球磨姉さんナイス! つわけで、後よろしく!」

 

 「別に倒しちまっても……」

 

 「それ死亡フラグだから!」

 

 軽口を叩きつつ、北上達は補給の為に鎮守府へと戻る。その背中を少し見た後、摩耶達は目の前の深海棲艦達に意識を向けた。

 

 はっきり言って、摩耶達は倒せる気などまるでしていなかった。何せこちらの最大火力は霧島で、ヲ級と渡り合えるのは鳳翔だけなのだから。質ではまるで敵わない。そもそもエリートレ級やflagship改ヲ級など将官以上の提督の艦隊が相手するような深海棲艦だ。佐官提督の第一艦隊である摩耶達では勝機など万に1つあればいい方だ。

 

 (レ級とヲ級はともかく、他の4隻はそうでもない。駆逐が2隻と重巡1隻、補給艦が1隻……勝つのは厳しいが、数を減らすことは充分可能だな)

 

 摩耶は素早く思考を纏め、方針を決定付ける。何も自分達だけで倒そうとする必要はないのだ。自分達がやるべきことは北上達が戻ってくるまで戦線を維持すること。摩耶達の敗北は北上達の敗北に直結しているのだから。その中で、少しでも深海棲艦の数を減らす。出来れば4隻、最低でも2隻は沈めておきたかった。

 

 しかし、ここでネックになるのがレ級の存在。正直に言えば、改flagshipヲ級だけならばまだどうにかなった。鳳翔と那珂、皐月が艦載機の相手に集中し、その間に残りの3人が攻めるという手段でも充分通じた。だが、レ級が居るとなれば話はガラリと変わってしまう。

 

 戦艦にカテゴリーされるレ級は砲撃の他に雷撃も出来る上に艦載機を持ち、対潜攻撃すらも可能な正に万能艦。レ級1隻で全てを賄えると言われる程であり、エリートともなればその装甲も火力も姫級に匹敵しうる。つまり、この鎮守府は姫級と鬼級に同時に襲われていると言っても過言ではない。

 

 「数を減らせ!! 主砲、撃てええええ!!」

 

 摩耶の声と共に、彼女達は一定の距離を保ちながら移動しつつ、一斉に砲を、魚雷を放ち、艦載機を発艦させる。無論、深海棲艦側も黙って撃たれる訳がない。深海棲艦達は摩耶達とは逆に距離を詰めようとしながら、被弾しつつも反撃する。

 

 「那珂さん! 皐月さん! 手伝って下さい!」

 

 「はーい! 那珂ちゃんセンターに入りまーす!」

 

 「ボクにまっかせてよ!」

 

 ヲ級から出てくる艦載機は、鳳翔と那珂、皐月の3人が全力で対応する。改flagshipともなれば、艦載機の性能は生半可な艦載機では対応できない……が、3人ならば何とか撃ち落とせる。1人では無理でも、3人ならば決して不可能ではない。将官の元にいる艦娘達にはまだまだ劣るが、彼女達にはそれだけの練度が存在する。

 

 しかし、戦力という点で見るならば、1隻に対して3人で対応するというのは自殺行為である。何しろレ級を含めたエリート5隻を、他の3人で対応しなければならないのだから。

 

 「キヒヒヒヒッ!!」

 

 「あーもう、全っ然効いてねえな!!」

 

 「摩耶姉さん!」

 

 「っ……摩耶さん! 何とか耐えて!」

 

 無茶なことを……と摩耶は思うが、霧島と鳥海の2人は2人で何とかしようとしているのは分かっている。3人が取った……というより取らされた行動は、1人がレ級を引き受け、2人が残りのエリートを引き受けるというモノだ。なぜこんなことになったのかと言えば、先程の斉射で運悪く摩耶の砲撃がレ級に当たり、彼女がレ級にロックオンされたからである。

 

 今、摩耶は必死にレ級に砲撃しつつも逃げている。そんな摩耶を追いかけながら、レ級はそれはもう愉しそうに笑顔を浮かべていた。無邪気に虫を殺す少年のように、綺麗だからと花を摘み取る少女のように。レ級は砲を撃たない。魚雷も、艦載機も使わない。ただただ摩耶を追い掛け、その手で仕留めようとしていた。理由は単純明快……“その方が愉しいから”。

 

 「キヒヒヒヒッ♪」

 

 「だーくそ、楽しそうに笑いやがって!!」

 

 そんな無邪気な狂気に追い回される摩耶は既に涙目だ。幾ら砲弾を叩き込もうが魚雷を撃ち込もうがケロリとして笑いながら追い掛けてくるのだ、それも仕方ないことだろう。だが、それはつまりレ級の意識は完全に摩耶に向いているということであり、その間は摩耶以外の誰もレ級の攻撃に晒される危険性がほぼないということでもある。全くない訳ではないが。

 

 「これでえっ!!」

 

 「撃(て)ええええ!!」

 

 そうして逃げ続ける摩耶を見て、鳥海と霧島は一刻も早く助けるべく目の前のエリート4隻に砲撃を放つ。決して焦りがなかった訳ではないが、放った砲弾は吸い込まれるようにエリート2隻……駆逐深海棲艦2隻に突き刺さり、爆発した後に沈んでいった。これで数は上回ったことになるが、未だに勝機はないに等しい。

 

 「っ! しまっ……艦載機! そっち行ったよ! 鳥海!」

 

 このまま予定通りに残りの2隻を……と鳥海が砲身を向けた時、叫ぶような皐月の声が彼女の耳に入った。思わずという風に鳥海が皐月達の方を向くと、上空に1機の異形の艦載機が、今にも鳥海に向けて爆弾を落とそうとしているところだった。

 

 あ……と小さな声が彼女の口から零れる。完全に油断していた。ヲ級は3人が抑えてくれているからと、その存在を意識から追いやっていた。戦場を、戦いを知る者としてあるまじき失態。その報いは、己の死という形で受けることになる。しかもあれは改flagshipヲ級の艦載機、その爆弾の威力など彼女には想像も出来ない。

 

 (やだ……こんな……提督っ)

 

 だが、自分が耐えきれるようなモノではないということは直感で理解した。まるで時間が引き延ばされたかのような感覚の中で、鳥海の頭に浮かんだのは仲間ではなく、姉妹艦の摩耶でもなく、自分達の帰りを待ってくれているであろう男性提督の姿。もう提督の所には帰れない……その言葉が頭を過り、鳥海の目に涙が浮かぶ。

 

 

 

 だが、艦載機が爆弾を落とすよりも速く、1つの砲弾が艦載機を撃ち落とした。

 

 

 

 「「きゃああああっ!?」」

 

 艦載機と爆弾が爆発し、最も近かった鳥海と次いで近かった霧島が悲鳴を上げる。爆風のせいで発生した波でバランスこそ崩しかけたが、幸いにもダメージはなかった。いったい、誰が艦載機を落としたのだろうか? そう思った鳥海は、砲弾が飛んできた方角……自分の背後を見やる。

 

 そこにいたのは、全体的に青い艦娘だった。その姿を見た鳥海は、驚愕の後に嬉しそうに笑みを浮かべ、その艦娘の名を呼んだ。

 

 「高雄姉さん!!」

 

 「全く……油断しすぎよ鳥海。バカめ、と言ってさしあげましょうか?」

 

 高雄型重巡洋艦ネームシップ“高雄”。鳥海、摩耶の姉妹艦であり、今まで名前すら出ていなかった北斗の鎮守府に所属する最後の艦娘。そして北斗の鎮守府最大のバイーンである。何がとは言わないが。

 

 1隻とはいえ、援軍は有りがたいことだった……しかし、高雄が加わった所で勝率に大きな変動はない。そして、やることも変わらない。素早く残りのエリート2隻を沈め、摩耶を追い掛けているレ級を4隻で対応する。鳥海は高雄にそれを伝え、3人でエリート2隻を沈めにかかる。その少し離れたところでヲ級の相手をしていた鳳翔、那珂、皐月の3人は、苦い表情を浮かべていた。

 

 「まさか3人がかりでも艦載機を抜かせてしまうなんて……」

 

 「これが、改flagship……」

 

 「悔しいケド、やっぱりボク達よりも強いね……」

 

 ヲ級は無表情にその金と青の目で3人を見据える。無表情とは言ったものの、人型深海棲艦であるヲ級は決して無感情ではなかった。その瞳の奥には、対峙している3人への賞賛があった。

 

 目の前の3人は、決して高い練度ではない。が、先程1機逃したとは言え見事にヲ級を抑えているのだ、それはヲ級にとって賞賛に値した。が、抑えていると言ってもそれは拮抗しているということではない。何故なら、3人は艦載機を落とすことに集中しており、ヲ級への攻撃はまるで出来ていない。那珂と皐月だけでは落としきれない艦載機は鳳翔の艦載機とドッグファイトを繰り広げ、破壊し破壊され、もしくは道連れにするように突撃している。そうまでしてようやく抑えられており、その上で1機逃した。それほどに、3人とヲ級には“差”が存在する。

 

 しかもそれは、ヲ級が何の策も技術もなしでただただ艦載機を出し続けていた状態で、である。ヲ級という深海棲艦は艦載機を出す場合、頭に乗っている異形の口が開き、そこから次々と物理法則を無視して飛び出てくる。ならば異形を狙い続ければいいのかと言えば、そうでもない。ヲ級は異形の口からだけでなく、自身の周囲の海中から、まるで産み出すように、或いはファンタジーよろしく召喚するかのように出撃させるのだ。口か、もしくは海か、その両方を注視しなければならなかった。

 

 「……ヲッ」

 

 ヲ級は再び口から、海から艦載機を出撃させる。そしてその艦載機に3人の意識が向いている中で、こっそりと自身の体で隠すように背後から出撃させる。マントがとても良い仕事をしてくれている……だが、まだ敵に向かわせない。すぐに向かわせては今までと変わらない為、タイミングを計らねばまた同じ攻防が繰り広げられる。それにヲ級の艦載機とて無限ではない。遣いきれば接近戦を挑むしかない為、ヲ級としてもこれ以上の消耗は避けたかった。

 

 そうして3機ほど背に隠し、わざと今までよりも高い位置まで囮の艦載機を飛ばして鳳翔達に迎撃“させる”。完全に3人の意識が空へと向いたことを確認し、ヲ級は隠していた艦載機を海面スレスレの低空飛行をさせながら飛ばし……。

 

 「あっ!」

 

 「っ、またしても!」

 

 「に、逃がさないんだからね! って当たらない!?」

 

 ヲ級の作戦通り、3機の艦載機は3人の足下を素通りした。3人は直ぐに気付いたものの、空に向けていた意識を下に変え、砲と弓を構えるには時間が足りない。何とか那珂だけは可能な限り上半身を捻って後ろへと向けて砲撃出来たものの、とても狙い撃つことなど出来ずに外してしまう。

 

 今度は誰を狙うのか……と摩耶以外の者達は考えたが、3機の艦載機は誰の元にも向かわずに飛び続ける……そこで、高雄が気付いた。

 

 「まさか……提督!?」

 

 艦載機が向かっているのは、自分達の鎮守府だと。

 

 

 

 

 

 

 「ほ、補給の準備はで、出来ているよ。入渠は、いる、かい?」

 

 「入渠は大丈夫。補給終わった奴から先に前線に向かって!」

 

 【了解!】

 

 「旗艦は球磨なのにクマ……」

 

 「言ってる場合か!」

 

 鎮守府に戻ってきた北上達は工廠にて補給を行うところだった。北斗に迎えられ、北上達は補給を受ける。機関等がある艤装にはチューブのような物から燃料が送られ、主砲や魚雷発射菅等の艤装には妖精達がガコンガコン音をたてながら弾薬を装填していっている。

 

 『提督さん! 高雄のお姉さんが援軍と合流したんじゃ!』

 

 「りょ、了解だよ、浦風。そのまま浜風と2人で戦況を把握していてね」

 

 『了解じゃ!』

 

 『浜風、了解しました』

 

 北斗の鎮守府の残りの艦娘である浦風、浜風の2人の役割は、軍港から目視での戦況の把握と、北斗への伝達である。北斗の鎮守府の中でも最も練度の低い2人は、今回のような前線に出られる実力ではない。だからと言って一応の戦力であり、遊ばせておく余裕もない。その為、軍港という鎮守府で最も戦場に近い場所で戦況把握、同時に防衛戦力として軍港にいるのだ。その為、2人はちゃんと艤装を装備している。

 

 「……き、北上」

 

 「何? 提督」

 

 「その……あの……」

 

 (あー……この人も、変わらないねえ)

 

 何かを言おうとして言い淀んでいる北斗の姿に、緊急時であるとわかっていても北上はほんわかとした気持ちを抱いていた。というのも、北斗はその図体に似合わずいつもこうして自身のなさげな、気が弱いところを隠さないからだ。気が弱くて力持ちを行く北斗は、よく駆逐艦達にまるで近所のお兄さんにじゃれるかのような展開になる。その微笑ましさは、この鎮守府にいる者達の癒しとなっていた。

 

 提督という立場でいても自信が持てず、異性との付き合い方もよく分からないという北斗。しかし、頑張って艦娘達と触れ合おうとして、仕事は真面目で、艦娘達のことを考えてくれて、何よりも心優しい……そんな北斗が、北上は嫌いではない。むしろ……。

 

 (……そんなラブコメみたいな展開は北上さんには似合わないよ……っと)

 

 自分で思ってちょっとだけ傷付くが、今は緊急時だと意識を変える。今だって摩耶達と高雄だけで戦線を維持しているのだ、自分達も速く戻らねばならない。

 

 チラッと、北上は補給の進み具合を確認する。駆逐艦達はもう動けるだろう。球磨と北上も後少しで終わり、鈴谷も然程時間は掛からない。この弱気で心配性な提督を安心させる為にも、さっさと終わらせよう……そう、思った時だった。

 

 『っ!? 敵艦載機3機、鎮守府に接近!!』

 

 『対空! ……1機撃墜! 浦風!』

 

 『当たれ! おんどりゃああああ! っし、当た……1機落ちて、ない!?』

 

 北斗の持つ通信機から聞こえてきたのは、軍港にいる浜風と浦風の切迫した声。その声の必死さに、北上は嫌な予感が止まらなかった。それは北斗も同じようで、体を震えさせながら冷や汗をかいている。そして、北上の中で嫌な予感が最大まで膨れ上がった時。

 

 『まさ、か……ダメ! ダメぇ!!』

 

 『提督さん! そこから逃げてええええっ!!』

 

 

 

 2人の声を掻き消すかのような爆音と揺れが鎮守府に襲いかかった後、北上は自分達の天井が崩れ落ちてくるのを……まるで夢を見ているかのような心境で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 「っ! 鎮守府が!?」

 

 「そんな……っ」

 

 「ボク達が……逃した、から……?」

 

 鎮守府から上がる煙を見た鳳翔、那珂、皐月の3人は、顔を青くしながら鎮守府を見ていた。鎮守府で何が起きたか……それを、3人は1番理解していた。その原因も分かっていた。なんということはない……自分達が逃した艦載機が鎮守府を攻撃した……それだけの話だ。自分達のミスのせいで鎮守府を守りきれなかった……それだけの、話なのだ。

 

 「っ……まだ、全滅した訳じゃありません!!」

 

 「うん……那珂ちゃんはまだ、泣いたりしないんだから!!」

 

 「もう許さないぞ、お前らあっ!!」

 

 だが、それで終わってしまっては今までの頑張りが無駄になる。援軍に来た意味がなくなってしまう。確かに、鎮守府からは攻撃された証である煙が上がっている……しかし、まだ補給に戻った北上達が、彼女達の提督が死んでいるとは限らない。その思いを胸に抱きながら、3人はヲ級の艦載機を落とす戦いを続ける。

 

 「っ……こ、のおおおおっ!!」

 

 「キヒッ! キヒヒヒヒッ!!」

 

 レ級から逃げ続けていた摩耶もまた、鎮守府の状況に気付いた。捕まれば死、レ級が飽きても死、そんな状況から囮として逃げることしか出来なかった摩耶は、それまでに感じていたストレスが重なり、“囮として動く”ことを捨てて立ち止まり、反転してその場でレ級に砲撃を放つ。が、それはレ級に対してダメージを与えられず、レ級は速度を緩めずに摩耶に近付いていく。

 

 「ああああっ!! っぐぅ!」

 

 「キヒヒヒヒッ! ツカ、マエ、タァ!!」

 

 咆哮。砲撃。それでも結果は変わらない。レ級には何の効果も見られない。遂には追い付かれ、レ級の細い右腕が摩耶の首を掴んだ。レ級は愉しくて仕方ないとばかりに嗤い、見た目とは不釣り合いな力で片手で摩耶を持ち上げる。

 

 こうなってしまっては、摩耶はまな板の上の鯉と変わらない。煮るも焼くもレ級の意思次第。その尻尾の先の異形の口から出る砲身による砲撃で撃たれるか、その腕力で引きちぎられるか、或いは異形によって喰われるのか。もうすぐ来るであろう悲惨な未来を想像し、摩耶は表情を青くした。

 

 

 

 

 

 

 「……ったぁ……ぁ……て、提督!?」

 

 体の至るところに痛みを感じながら、北上は目覚めた。一瞬何が起きたのかと呆けるが、直ぐに先程の出来事を思いだし、倒れていた体を起こ……そうとしたところで、北斗の顔が真上にあることに気付いた。後もう少しで唇同士が触れ合うという程の距離に思わず北上は顔を赤くして叫ぶが、その赤は直ぐに青に変わった。

 

 「だ……い、丈夫……かい?」

 

 「あ……てい……とく……」

 

 赤い血が、北斗の頭から北上の顔に滴り落ちる。爆音、揺れ、崩れた天井……先程思い出した光景がまた北上の脳裏にフラッシュバックし、北斗の出血の原因の答えを出す……北斗が崩れる天井の瓦礫から北上を庇ったのだと。

 

 「なん、で……」

 

 「……」

 

 北上の問い掛けに、北斗は苦笑で答える。それだけで彼女は、彼が何を言いたいのかを悟った……つい、体が勝手に、気がついたら。北斗が瓦礫から北上を庇った理由など、言わば無意識な行動に過ぎないのだと。

 

 不意に、腹部辺りに水気を感じた北上は視線を下に向け……絶句した。北斗の真っ白な提督服が、毒々しい赤に染まっていたのだから。それも当然のことだろう。北斗はその体を盾にしたのだから……その大きな背中は大小様々な瓦礫を受け止めたことで肉は抉れ、潰れ、激しい出血をしている……生きているのが、不思議な程に。

 

 「北上! 提督! 今助けるクマ!!」

 

 「あ……ああ……しれ、血が、血がぁ……」

 

 「卯月! ビックリしてないで速く瓦礫をどけるぞ!」

 

 「浦風! 浜風! 救急車と担架と、それから、それから!」

 

 「提督! ちょ……死なないよね!? 死なないで!!」

 

 仲間達が2人を助けようと動きながら叫ぶ声は、今の北上には聞こえなかった……が、鈴谷の“死なないで”という声だけはイヤに頭に響いた。そこでようやく、北上は見たくなかった現実を……今にも北斗が死にそうであるという現実を見た。

 

 北斗が死ぬ。そう思った瞬間、北上の頭に走馬灯のように鎮守府での思い出が甦ってくる。その殆どは平和で、下らない日常だ。たまに戦闘もあったし、遠征の結果に一喜一憂したりもした。そんな日常の中で北斗はいつも自信なさげに笑い、接し方が分からないなりに仲良くなろうと頑張り、訓練に勤しむ球磨に差し入れをし、たまに駆逐艦3人と戯れ、高雄と事務的に話し合い、浦風と浜風に質問されては答え、鈴谷の積極的なスキンシップに慌て……北上とのんびりと執務をしたりしている。

 

 そんな日常が、消えようとしている。大事な場所が壊され、大事な提督(ヒト)が死にそうになっている……何故? 決まっている……今襲い掛かってきている深海棲艦のせいだ。そこまで考えて、北上の心は狂いそうな程の怒りで埋め尽くされた。

 

 北上が考えている内に、北斗の上にあった瓦礫は全て取り除かれ、彼は白露の連絡を受けて備え付けの担架を持ってきた浦風と浜風によって救出され、応急手当の為に場所を移されていた。そのことに気付いた北上は立ち上がり、残っている仲間達を見た。

 

 「……皆、補給は終わってる?」

 

 頷きが5つ。不幸中の幸いということだろう、補給は間に合っていた。いや、鈴谷は間に合っていないかもしれないが、少なくとも戦闘に支障はないだろう。

 

 「……駆逐艦達は軍港で艦載機の迎撃と警戒。これ以上鎮守府を壊されない為に絶対に、何一つ通さないで」

 

 卯月、深雪、白露は黙して頷く。卯月はまだショックが抜けきれていないのか顔が青いが、やることはやるだろう……と、北上は判断した。

 

 「私、球磨姉さん、鈴谷は……言うまでもないよね」

 

 名前を呼ばれた2人が頷く。その瞳の中には紅蓮に燃え上がる怒りと、どす黒い憎悪がある。きっと自分も同じような目をしているのだと内心で思いながら、北上は軍港の方へと向き直り……静かに一言呟いた。

 

 「提督の“お礼”……しなきゃね」

 

 

 

 

 

 

 「はああああっ!!」

 

 「ギ、ゲェッ!?」

 

 摩耶の腕にレ級が手を伸ばそうとした正にその瞬間、レ級が真横に吹き飛んだ。その衝撃で摩耶の首を掴んでいた手が離れ、摩耶は解放されてへたり込み……何故助かったのかと疑問に思い、上を向く。

 

 「間に合ったようね……」

 

 「摩耶姉さん、大丈夫?」

 

 「無事のようね……」

 

 そこにいたのは、残ったエリート2隻を相手したハズの霧島、鳥海、高雄。何故か霧島が右腕を突き出した体勢でいたが、吹き飛んだレ級を思い出したことで摩耶は悟る……霧島が己を助ける為にレ級を殴り飛ばしたのだと。戦艦の艤装の重量と高速戦艦の速度、霧島自身の身体能力が合わさったその力は、凄まじいモノだろう。

 

 彼女達がここにいるということは、エリート2隻を沈めてきたということ。念のためと摩耶が周囲を確認してみると、ヲ級とレ級以外に深海棲艦の姿はなかった。摩耶は立ち上がり、視線をレ級に移す。

 

 「……キヒ……キヒヒヒヒ……」

 

 直後、殴られた左頬を押さえながらゆらりとレ級が立ち上がった。俯きながら立った為にその表情を見ることは叶わないが、摩耶は……摩耶達は嫌な予感を感じていた。そして、その予感は現実のモノとなる。

 

 「痛イ……痛イナ……キヒ……コノ……」

 

 

 

 ━ 玩具如キガ……ッ!! ━

 

 

 

 言ってしまえば、子供の癇癪。弱いもの苛めをして楽しんでいたところを邪魔されたからムカついた、そういう身勝手な感情と考え。それを起こしているのがエリートのレ級なので、向けられている摩耶達はたまったものではない。

 

 レ級は顔を上げ、怒りの形相を摩耶達に向ける。尻尾の先の異形の口が開き、中から砲身が飛び出す。背中にあるリュックのような艤装のファスナーが開き、中から魚雷が顔を見せる。レインコートの裾を軽く託し上げると、中から2機の艦載機が出てくる。

 

 「死……ネエエエエッ!!」

 

 レ級が吼えることと摩耶達が動き出すのは同時……いや、摩耶達の方が僅かに速かった。レ級の砲撃と魚雷が摩耶達がいた場所に向かい、外したそれらが巨大な水柱を産み出す。が、その2つを回避しても2機の艦載機は動いた摩耶達を追い掛けている。積まれているのは爆弾……その威力と範囲は想像するしかないが、落とされては一溜まりもないと考えるべきだろう。

 

 まずは艦載機を落とす。そう4人が結論付けるのは当然のことだろう。しかし、レ級が怒りながら砲撃と魚雷を4人にバラバラに撃ちまくり始めた為に行動に移せない。当たれば良くて大破、悪くて轟沈……それを本能的に悟っているからこそ、4人は止まらずに回避に専念する。

 

 (クソッ、このままじゃ……)

 

 そしてもう1つ問題があった。それは、艤装の燃料だ。摩耶達は違う鎮守府から海路で援軍にやってきた。無論、その間に補給など出来る訳がない。何よりも、今も行っている戦闘で摩耶、鳥海、霧島は動きすぎた。特に摩耶はレ級と命懸けの鬼ごっこをしていたのだ、燃料の消費も早い。逆に鳳翔、那珂、皐月は燃料はまだ余裕があるがヲ級の艦載機をひたすら落としていたので弾薬と矢が心許ない。唯一まだ両方に余裕があるのは高雄だが、高雄1人残して補給に行ける訳がない。

 

 どうする……そう、この場にいる誰もが考える。しかしよくよく考えてみれば、格上相手にここまで生き残れていることが既に快挙であり、奇跡である。そもそも対抗できるという考えが思い上がりであり、ましてや倒すなど……ありえないと言える。

 

 

 

 だが、この世界にありえないことなど……“ありえない”。

 

 

 

 レ級の出していた2機の艦載機が、寸分違わずに撃ち抜かれ、凄まじい爆発を引き起こした。その爆発は摩耶達4人とレ級はおろか、少し離れた場所にいた鳳翔達3人とヲ級を吹き飛ばす程の威力があり、直撃でなかったにも関わらず摩耶達は中破、鳳翔達は小破する程だ。

 

 「っ……何が起きた!?」

 

 「私達じゃない……かといって鳳翔さん達でもない……なら」

 

 「無事だったのね」

 

 「ええ……今の正確な砲撃は……」

 

 直ぐ様体勢を整えて何が起きたのか確認する摩耶、冷静に思考する鳥海、艦載機を破壊したのが誰なのか予想できた霧島と高雄……4人が同時に背後、鎮守府の方へと視線を向けると、彼女達はいた。

 

 北斗の鎮守府の事実上の旗艦、北上。艦載機を撃ったであろう煙を吹く主砲を下ろす、百発百中の射撃精度を誇る鈴谷。そして鎮守府最強、びっくりするほど優秀な球磨ちゃんで知られる球磨。瞳に誰が見ても分かる程の怒りを宿し、彼女達は戦場に戻ってきたのだ。

 

 「私と鈴谷はヲ級。球磨姉さんはレ級……行くよ」

 

 「鈴谷にお任せ、ってね」

 

 「了解だクマ」

 

 そんな会話をする3人の中で最初に動き出したのは、唯一強化艤装を扱う球磨。文字通り海の上を走り、彼女はレ級に突っ込んでいく。同時に、北上と鈴谷もヲ級に向かった。

 

 ヲ級は直ぐ様新たな艦載機を出撃させる……が、出撃させた時点で艦載機が撃ち抜かれ、爆散した衝撃が彼女を襲う。この出来事を引き起こしたのは鳳翔達ではなく、向かってきている鈴谷だ。

 

 「深海棲艦の艦載機って相変わらずきっもー……キモさと提督怪我させた怨みで……外す気しないや」

 

 北斗の鎮守府において、鈴谷は射撃精度では右に出る者は居ない。その理由は単純明快、一重に積み重ねた努力によるもの。濃密で、一途で、決して絶やさなかった鍛練の賜物。

 

 鈴谷という艦娘は、俗に言う“今時の女の子”という印象を持たれることが多い。提督をからかったり、軽い口調だったりするのが原因だろう。無論、この鈴谷も例に漏れない。他の鈴谷と違うのは……提督が北斗であるということ。

 

 『鈴谷だよ! 賑やかな艦隊だね! よろしくね!』

 

 『ぼ、僕はにゃが島 北斗……よ、よろしく』

 

 『……ぶふっ。ちょ、提督……にゃが、にゃが島……あっはははは!』

 

 『あ、あはは……恥ずかしいね』

 

 そんな初対面。いい歳した男がする可愛らしく思える失敗に、鈴谷は面白そうに、楽しそうに笑っていた。気づけば建造に立ち会っていた北上や駆逐艦達も笑っていて、鈴谷が“ああ、この鎮守府なら楽しくやっていける”と確信には充分なことだった。

 

 事実、鎮守府の暮らしは楽しかった。自信なさげで女性の扱いが分からない北斗は鈴谷のからかいにどぎまぎしているものの話自体はちゃんと聞いてくれているし、執務中に遊びに来ても小言を言わずに(秘書艦の北上は小言を言う)仕事をしながらも相手をしてくれる。ほんの少しの傷でもつけて帰投すれば心の底から心配してくれる。北斗はそういう“人として当然のこと”が裏表と損得勘定無しに当然のように出来る人間だった。

 

 最初は面白い提督だった。それがいつしか気になる提督になり、気がつけばいつも北斗を探すようになり……気になる提督が気になる“男性”になった。自分を見てもらいたくて、褒めてもらいたくて球磨を相手に射撃訓練に勤しむ程に気になった。そして今日この日、その気になる男性が命が危うい程の怪我を負ったことで……鈴谷の感情は1つのモノに昇華し、確固たるモノになった。

 

 「鈴谷“の”提督に……怪我させてぇっ!! 提督の痛みを数万倍にして返してやる!!」

 

 即ち、好きな相手へと。好きな相手を傷つけた相手は許さない。この想いすら口にすることなく別れることなど許せない。想いは実力を凌駕する……鈴谷はヲ級に艦載機を飛ばすことを許さなかった。

 

 「ヲッ……!?」

 

 これに驚いたのは当然ヲ級。改flagshipとなる程に練度の高い彼女は自軍と敵軍の戦力差を正しく理解していた。空母である自分だけでは流石に厳しいが、レ級さえ残っていれば……最悪、自分が沈められても艦娘達を全滅させ、鎮守府を完全に破壊することは充分に可能であると。

 

 しかし、戻ってきた3人と鈴谷の砲撃を受け、その考えは変わる。急激に練度が変わった訳ではない。艤装が強力なモノに変わった訳でもない。変わったのはその意思、或いは覚悟と呼ぶモノ。数多の人類を護る守護者である艦娘としてではなく、愛する提督ただ1人の為にその力を振るうことにした、鈴谷の在り方が変わった故の力。そして、在り方が変わったのは鈴谷だけではない。

 

 「酸素魚雷じゃないし、40門にはまあ全然届かないケド……16射線の魚雷、やっちゃいますよ」

 

 いつもの気だるさや緩さ等微塵も感じさせない淡々とした声。だが、その表情は声とは裏腹に激情に支配されている。

 

 北上は、北斗の鎮守府では5番目に建造された艦娘である。それ故に、北斗との付き合いもそれなりになる。そんな彼女が北斗に最初に抱いた感想は“頼り無さそう”というものである。

 

 『私は軽巡洋艦の北上。まぁよろしくー』

 

 『ぼ、僕は……その……』

 

 『提督、しっかりするクマ。北上は会いたかったクマー!』

 

 『おわっと。球磨姉さん、暑苦しいよ』

 

 『久しぶりの再会のハズなのにいきなり辛辣クマ!?』

 

 『僕はな、永島 北斗……き、聞いてない、ね……』

 

 出会いはこんな感じだった。第一印象が頼り無さそう、もしくは情けないとなるのは当然と言えるだろう……が、それも行動を共にしてみれば直ぐに変わった。

 

 基本的に、北斗は仕事を秘書艦に回さなかった。その理由は、“自分は戦えないから君達に執務までしてもらうのは悪い”という北斗の意思。その結果として球磨と卯月達駆逐艦3人の秘書艦としてのスキルがまるで上がらず、北斗の仕事量は増える一方であった為、4人に比べてまだ真面目だった北上が“誰もやらないから私がやらないと提督が倒れかねない”と面倒くさそうに言いつつも秘書艦としての勉強をしながら北斗の仕事を手伝うようになった。尚、それまでは球磨が秘書艦をしていた。

 

 秘書艦となれば自然と共にいる時間が長くなり、そうなれば今まで見えなかった部分も見えてくる。頼り無さそうに見えていた北斗は、こと仕事では真剣な表情で一切手を抜かなかった。休憩の合間に、趣味なのか花に水をやっている姿を見た。意外にも料理が上手だった。チラッとスカートの中が見えたら顔を真っ赤にして全力であらぬ方を見るくらい純情だった。疲れて眠ってしまった時は毛布をかけてくれた。鈴谷や浦風、浜風に寄られて困っているのに、デレデレしてるように見えてイラッとした。そして……命懸けで、助けてくれた。

 

 (やれやれ……気付かない内にぞっこんだったんだなぁ、私)

 

 何時からかは分からない。いや、気付かないフリをしていだけかもしれない。だが、ようやく認識できた……北上という艦娘は、永島 北斗という男性が既に好きだったのだと。そうと解れば、もう遠慮はしない。恋にも、この戦いにも。

 

 「気持ちに気付いたスーパー北上様の全力……存分に見せちゃうからね」

 

 16射線の魚雷が2回、ヲ級に襲いかかる。艦載機による迎撃は鈴谷によって出した側から撃ち落とされているので出来ない。ならば逃走を、と考えても魚雷以上の速度など出せる訳がない。

 

 「今なら……いけます!」

 

 「那珂ちゃんだってぇっ!」

 

 「ボク達のこと、忘れるなぁ!!」

 

 何よりも、鳳翔達3人がヲ級が動くことを許さない。襲いかかる砲撃と艦載機による弾幕、迫り来る大量の魚雷。迎撃も、逃走も出来ない。防御など何の意味もない。

 

 (レ級……後ハ、任セ……ル……)

 

 そしてヲ級は、大きすぎる衝撃を受けたことを最期に……目覚めることのない眠りへと堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 「球磨ちゃんキィーック!!」

 

 「ッ……コンナモノガ、キクカァッ!!」

 

 「……チッ、そう簡単にはいかないかクマ」

 

 北上と鈴谷と別れた球磨はレ級に向かい、速度をそのままに跳び上がり、俗に言うライダーキックの体勢で突っ込む。速度と重量、重力を味方につけた球磨の跳び蹴りをレ級は両腕を×字のようにしてドガァッ!! という音を出しながら受け止め、腕を振り払うことで球磨を吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされた球磨は着水した後に舌打ちを1つする。元より今の蹴りで決められるとは球磨も思っていない。何せ相手はレ級、佐官の艦娘である球磨が正面から挑むことが間違っている……“本来ならば”。

 

 「死ネエッ!!」

 

 「死んでたまるかクマ!!」

 

 レ級の尻尾の先の異形から砲撃が放たれるが、球磨は撃たれる前には既に走り出していた。結果、レ級の砲弾は誰もいない海面を穿つだけに終わる。その結果に、レ級は更に苛立ちを募らせる。

 

 強化艤装による機動力こそが球磨の唯一レ級に勝る点であり、生命線。軽巡である球磨の耐久力ではレ級のあらゆる攻撃が一撃必殺……当たれば、終わる。しかし球磨は縦横無尽に動き回ることでレ級に狙いを定めさせず、逆にこちらはガンガン撃って当てまくる。

 

 だが、相手は戦艦レ級のエリート。己の装甲に絶対の自信があるのか避けようとすらしない為に球磨からすれば的もいいところだが、軽巡程度の主砲ではロクにダメージを与えることなど叶わない。否、この場にいる艦娘ではそもそも有効なダメージを与えられそうにない。与えられるとすれば、霧島と鳳翔の2人くらいだろう。あくまでもダメージを与えられそう、であるが。

 

 (倒すには奇策がいるクマ……)

 

 普通に考えれば、レ級の撃破ではなく撃退する方法を考えるべきだろう……が、球磨は沈めることだけを考えていた。理由は簡単……北上と鈴谷と同じように、球磨もまた北斗の仇を取りたいだけだ。

 

 別に球磨は北斗に対して好意的ではあるものの恋愛感情を抱いている訳ではない。それでも、北斗以上の提督はいないと断言出来る程の信頼はしている。駆逐艦達と一緒になって抱き付いたりする程には好ましく思っている。

 

 そんな彼が死にそうになっている。その元凶を撃退するだけに留めておける程、球磨は我慢強くない。もしも北斗が死んでいたら、己の命と引き換えにしてでも、地の果て海の底まで追いかけて沈める。今もそれほどの気持ちでいる。

 

 「ウットオシインダヨオオオオッ!!」

 

 「ハッ、憎きイブキに比べれば遅すぎるくらいだクマ」

 

 怒りの声を上げるレ級から飛んでくる砲撃を走り、跳び、緩急を付け、急停止からの逆走等々様々な動きで避けながら鼻で笑う球磨。しかし、このまま永遠に動き回れる訳ではない。どこかで流れを変える必要がある。

 

 考えるのは、レ級にどうやってダメージを与えるか。いっそのこと突撃して衝突でもしてみようかと考えたが、大したダメージは期待できないだろうとその考えを捨てる。

 

 (だいたい、さっき球磨ちゃんキックをしたけど全然効いてなかったじゃないかクマ……レ級が人型じゃなかったら船体に穴を開けてやっ……人、型?)

 

 カチリと、球磨の頭の中でピースがハマる。レ級は人型の深海棲艦である……なぜかそのことが妙に気になった。何故かと聞かれれば“堪”と答える他ないが、球磨はその堪を無視できなかった。ならば、人型であることが何に繋がるのだろうか?

 

 軍艦であった時と比べて、人の体は非常に便利だ。自分の意思で動ける。五感がある。それらだけでも充分と言える。では逆に、人の体となって不便なこととはなんだろうか? 球磨は“痛みを感じること”だと考える。人の体はちょっとしたことで痛みを感じ、その痛みが大きいと動くことも儘ならなくなる。片手片足を失えば選択肢が減るし、血を失えば死んでしまう。

 

 (……あっ)

 

 そう、死ぬ。球磨はもう物言わぬ軍艦ではない。人間と同じように血を流すのだ。人間と同じように感情があるのだ。人間と同じように生きているのだ。そして……人間と同じように、同じ原因で、死ぬのだ。それは……深海棲艦であるレ級も変わらない。

 

 「摩耶!! 援護ぉ!!」

 

 「っ!? 了、かぁい!!」

 

 付かず離れずの距離で動き回っていた球磨がレ級に近付く。それと同時に摩耶に向かって言葉少なく叫び、球磨とレ級の戦いに圧倒されていた摩耶は球磨が何かをやるつもりだと気付き、直ぐにレ級へと砲撃を再開する。他の3人も援護に加わり、レ級に弾幕を集中させる。

 

 「私らも手伝うよ!」

 

 「当っ然!」

 

 「我々も!」

 

 「「はいっ!」」

 

 更にヲ級を沈めた北上と鈴谷、鳳翔達もレ級への攻撃に加わる。だが、相手はエリートレ級……1体10、それだけの戦力差であり、内9人の集中砲火を受けているにも関わらず、未だレ級は沈む兆しを見せない。霧島の砲撃も、鳳翔の艦載機も、北上の魚雷も、他の者達の砲撃も、その頑強で堅牢な装甲の前では微々たるダメージしか与えられない。

 

 「ッ……ウウウウッ!!」

 

 しかし、その集中砲火はレ級の攻撃を封じることに成功していた。何せ9人による攻撃の嵐だ。もし反撃しようと砲身を、魚雷を、艦載機を出せばほぼゼロ距離で破壊され、その際に生まれる爆発や誘爆が己の身に襲いかかる可能性がある。それをレ級は本能的に悟っていた。

 

 「おおおおああああっ!!」

 

 獣のように叫びながら、球磨は弾幕の中を進む。球磨の思い付いたことは、それこそゼロ距離まで近付かねばならない。味方の攻撃が当たるかもしれない。レ級が反撃してくるかもしれない。そういう恐怖はある……だが、球磨は味方を信じて進む。そうしてレ級との距離が殆どなくなってきた頃、球磨がレ級に向かって……殴りかかった。

 

 【はぁっ!?】

 

 「キヒッ! バァカ!!」

 

 愚策、愚考、愚かしい……そんな言葉が当てはまる球磨の行動に仲間達は驚愕し、レ級は嘲笑する。散々撃った砲撃も跳び蹴りも効かなかったレ級に、今更只の右ストレートが何の役に立つのかと。避けるまでもないと、レ級はその右ストレートを左手で受け止める。

 

 「らぁっ!!」

 

 「キヒヒッ」

 

 「ぎ、いぃっ!」

 

 可笑しくて可笑しくて仕方ないとレ級は嗤う。右拳を掴まれた球磨は慌てることなく、今度は左拳を振りかぶり……手首と肘の間の辺りを掴まれる。かと思えば右足で蹴ろうとし……レ級の尻尾がその右足に噛み付いた。

 

 この馬鹿は何がしたかったのか? とレ級は嗤う。馬鹿にする。厄介な機動力を活かすことをやめ、無謀にも殴りかかってきた相手を、レ級はとことん見下す。そして見せしめにでもするつもりなのか、掴んでいる手に、噛み付いている尻尾に、少しずつ力を入れていく。球磨の腕と拳からミシミシと嫌な音が鳴り、右足は歯が食い込んで肉を食い破り、流血する。

 

 (っ……これでいいクマ。手も、足も、お前にくれてやるクマ……だけど)

 

 球磨は歯を食い縛り、痛みに耐え……背中の艤装の14cm単装砲の狙いを定める。当然レ級は気付くが、そんなものは効かないと分かっている為、悪あがきかと嗤うだけ……気にも止めない。それが仇となった。

 

 

 

 「手足と引き換えに……お前の命を貰うクマアアアアッ!!」

 

 

 

 「イ……ギャアアアアアアアアッ!?」

 

 ズブリ……或いはグジュリ、そんな生々しい音を立てながら、球磨の主砲の砲身がレ級の右目を貫いた。球磨の主砲はある程度の伸び縮みと操作が可能なアームに取り付けられている。球磨はそのアームを操作し、伸ばしてレ級の目を刺し貫いたのだ。

 

 目……それは鍛えることが出来ない部位。人の体を持つ以上、レ級とてそれは変わらない。頑強で堅牢な体を持っていようとも、だ。それ故に、球磨の砲身は容易く貫けた……代わりに、感じたことのない激痛を受けたレ級によって球磨の手足は潰され、喰われてしまう。

 

 「ーっ!! ぎ、ぐっ……し、ず、めええええええええ!!」

 

 「アガ……」

 

 泣き出したい程の、意識が飛びそうな程の痛みに耐え、球磨は目を貫いたまま砲を撃つ。反動で頭が仰け反っても、残った左足と手首から先がなくなった右手をレ級の体に回してしがみついて何度も、何度も、何度でも。

 

 やがてレ級の頭が風船のように膨らみ、眼球や骨、肉片や脳漿を撒き散らして破裂した。首から先を失った体は球磨にしがみつかれたまま背中側に倒れ、ゆっくりと沈んで逝く。それを確認した球磨はレ級だったモノから離れ……海上に座り込みながら、その姿を眺めていた。1歩間違えれば、沈むのは自分だったのだから。

 

 (は……はは……やったクマ……佐官提督の艦娘が同じ佐官提督の艦隊と共にレ級エリートを撃破……勲章モノだクマ。昇進モノだクマ)

 

 被害は出た。鎮守府は半壊し、提督は重傷。球磨自身も右拳と左手を握り潰され、右足に至っては膝から下を喰われてしまい、艤装も破損した……とは言え球磨は艦娘、入渠して高速修復材をひっかぶれば忽ち治ってしまうし、艤装は直せばいい。だが……人間である提督はそうはいかない。最悪、もう既に……そんな考えを、球磨は頭から追い出そうとする。

 

 格上の深海棲艦に勝ったのだ。北上も鈴谷も球磨も北斗の為に戦い、その仇を討ったのだ。これは北斗からご褒美でも貰わないといけない。駆逐艦達に抱き付かれたり、鈴谷と北上から迫られたり。高雄の色気にどぎまぎして、浦風と浜風に胸を無意識に押し付けられて慌てて……。

 

 (だから提督……無事でいてほしいクマ……)

 

 そんな未来を想い……球磨は仲間達が自分に慌てて向かって来る姿を見ながら涙を流し、誰にでもなく祈った。




という訳で、無事勝利した球磨達なのでした。窮鼠猫を噛む、ジャイアントキリングなお話です。戦闘描写や展開についてはご容赦ください。

次回はようやっとお孫様の鎮守府……その後はついに……ふふふ←


今回のおさらい

バトル系ギャルゲ展開(多分ハーレムルート)(ざっくり



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