どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

今回は約17000文字……詰め込みすぎた←

ところで皆様、艦これの入渠中のキャラをクリックして“覗くな!”みたいなボイス欲しくないですか? 雷に受け入れられたり、天龍に怒られたり、金剛に誘惑されたり、翔鶴に恥ずかしがられたり……アリだと思います(キリッ


さあ、素敵なパーティをしましょう(しよう)

 「……う……ぁ……」

 

 時は少し遡り、海軍が襲撃される1日前。北方の拠点にて空母棲姫に敗北した港湾棲姫は、痛みを感じながら目が覚めた。敗北してから実に6日もの間意識を失っていた彼女だったが、深海棲艦の姫は伊達ではないということなのか体の傷は殆ど塞がっている。とは言え異形の腕は砕けているし、額の角も半ばから折れている。艤装に至っては発現すら出来ない。完全に大破状態……姫でなければ死んでいただろう。

 

 「生きてる……のはいいけど、こんなところで寝てられない……っ」

 

 そう己に言い聞かせ、体に走る痛みに耐えながら港湾棲姫は立ち上がる。痛みの原因は、傷は塞がっているが6日間倒れた状態でいたこととダメージが抜けた訳ではないことが理由のようだ。だからと言って止まることはなく、彼女は拠点から出ようと出入り口を目指す。彼女自身は自分が6日も眠っていたことなど知らないし、今が何時なのか分からない。しかし、彼女の中の“何か”が急げと叫んでいた。それこそ自分が入渠する暇すらも惜しいとばかりに。

 

 「司令官は……善蔵さんは……殺させないんだから……!」

 

 港湾棲姫は力強く言葉にすると拠点を後にする。彼女は自分の記憶に従って鎮守府……海軍の大本営へと向かう。だが、空母棲姫から受けたダメージのせいか思ったよりも速度が出ず、更に距離もあるため、辿り着くのは翌日の昼間……それも深海棲艦の襲撃を受けている真っ最中のことになる。

 

 

 

 

 

 

 「時雨……夕立……?」

 

 「……」

 

 「あはは……久しぶりだね、白露」

 

 目の前のことが信じられないと、白露が唖然としながら呟く。そんな彼女の声が聞こえたのか、夕立はチラッと後ろ目に見て直ぐに深海棲艦達に視線を向き直り、そんな彼女に苦笑いを浮かべながら、時雨は白露達に向けて手を振った。

 

 そんな姿を見ても、やはり信じられないのは白露だ。何せ彼女の……否、彼女達の中では目の前の夕立も時雨も沈んだことになっている。勘違いしないでほしいのは、決して生きていたことが疎ましいだとか不都合だと言うことではなく、むしろ生きていたことはとても喜ばしい。しかし、どうして生きているのか? という疑問の方が大きいのだ。まして夕立はその姿を記憶のものよりも大きく変えている上に深海棲艦の気配すら感じさせている。それこそ、別の夕立なのではないかと思う程に。

 

 「生きて……たんだね」

 

 「うん、なんとかね。でも、理由があって海軍に帰ることは出来なかったんだ。だけど、仲間達が危ないって分かったら……帰ってくるしかないだろう?」

 

 「時雨、そんなことはどうでもいいっぽい。早く終わらせてイブキさんと合流したいっぽい」

 

 「……分かったよ。僕達はあまり長居できないしね」

 

 驚愕か、それとも歓喜か、或いはその両方か……震える声で話しかけてくる白露に時雨は苦笑いを浮かべて返すが、隣の夕立は心底どうでも良さげに言い捨てた。それを聞いて改めて夕立の心はもう優希達の元には無いのだと悲しく思いつつも、時雨は目の前の深海棲艦達に砲口を向ける。

 

 残存する敵艦、目視で14。時雨は移動しながら砲撃を始め、夕立は接近してチ級の魚雷発射菅から魚雷を放つ。たったそれだけの行動で、2人は一気に4隻の深海棲艦を沈めた。当然相手も反撃してくる……しかし、動き出した2人には当たらない。

 

 それもそうだろう。2人は戦艦棲姫山城の拠点に住むようになってから、イブキ達相手に演習を重ねていたのだから。堅牢な山城と戦艦水鬼扶桑、攻撃が当たらない避けられないイブキ……彼女達との演習に比べれば、敵艦隊のなんと脆く、遅いことか。

 

 「ナンナノヨ……アンタ達!!」

 

 あまりに突然すぎる逆転劇に、思わず離島棲鬼が叫ぶ。彼女は空母棲姫の“海軍を潰す”という言葉に賛同した1隻だ。彼女自身は艦娘だった頃の記憶や空母棲姫のように善蔵個人に対して殺意を抱いている訳ではないが、深海棲艦らしく人間や艦娘に対して本能的な殺意を抱いていた。故に、大量にその存在を殺せると聞いて今回の襲撃に参加したのだ。

 

 しかし、現状それは叶っていない。彼女が攻め込んだ優希の鎮守府は突出した戦力こそないが非常にバランスよく上げられた練度と編成が成されており、未だ艦娘1隻沈められず、鎮守府への攻撃も出来ていないので死者1人出ていない。もう少しで艦娘を沈め、その後に人間を……というところで、今度は新たな艦娘の登場。しかもその戦闘力は非常に高く、たった2人なのにも関わらず2艦隊と少しの戦力から一気に4隻も沈めた。離島棲鬼が苛立つのも無理はない。

 

 「沈ミナサイヨ!!」

 

 怒りのままに、離島棲鬼は滑走路から艦載機を発艦させる。自分は鬼だ、たかが駆逐艦らしき艦娘2隻程度、モノの数ではない……そう思いながら、先程の倍以上の25機もの数を。

 

 

 

 しかしその艦載機達は、空に上がった時点で再び紅蓮の炎に焼き尽くされることとなった。

 

 

 

 「クッ……マタ、ソレカ!」 

 

 離島棲鬼が睨み付ける先にいるのは、刀身のない軍刀を空に向けている夕立の姿。イブキよりごーちゃん軍刀を預かった夕立は、その力をもって2度、離島棲鬼の艦載機軍を焼き尽くしたのだ。

 

 艦娘も深海棲艦も軍艦である以上“炎”というモノを人間以上に恐怖する。何せ小さな火1つで誘爆する危険があり、下手すればそのまま沈んでしまう。それを引いても艦載機を焼き尽くす程の火力だ、直撃すれば鬼だろうが姫だろうが関係なく焼き尽くされるだろう。

 

 (今ので2回目……使えて後1回か2回っぽい)

 

 しかし、このごーちゃん軍刀はそれほど使い勝手のいい艤装ではない為、夕立はその使用を自重する。何しろこの軍刀は“自分の燃料を噴射して飛ばす軌道を指定し、その噴射した燃料を燃やしている”のだから。使えば使うほど燃料が無くなっていく為、使用するタイミングを考えなければならない。しかも夕立は駆逐艦……イブキよりも使う燃料はどうしても多くなってしまう。

 

 敵を倒すだけならば、直接離島棲鬼達に向けて放てばいい。しかし、離島棲鬼達だけで終わるならばいいが、それ以降も敵が来る可能性もある。更に今この場で深海棲艦達と戦えるのは夕立と時雨の2人だけなのだ、燃料も弾薬も節約しながら動かねばならない。そして離島棲姫達を倒した後には拠点に帰還しなければならない……慎重になるのも無理はないだろう。

 

 「白露、君達は早く鎮守府に戻って! 弾薬も燃料もないんでしょ!?」

 

 「で、でも!」

 

 「今の君達は居ても邪魔になる! 僕達のことを思うなら、補給して助けに来て!!」

 

 「っ! う……ぅ……っ……皆、急いで補給に戻るよ!」

 

 【……了解】

 

 時雨の厳しい言葉にショックを受けたような表情になる白露だったが、状況を正しく理解して仲間達に声をかけ、鎮守府へと向かう。その後ろ姿を見て、時雨は安堵の息を漏らした。

 

 白露達がいなくなったことで彼女達を守るように動く必要がなくなり、2人はようやく目の前の敵だけに集中できるようになる。とは言っても、夕立が暴れたお陰で敵の艦隊は既に離島棲鬼を含めて3隻しか残っていない。彼女以外の2隻も駆逐イ級とロ級の為、2人にしてみればモノの数ではない。

 

 「チッ……本当ニナンナノヨアンタ達。トテモ駆逐艦ノ強サジャナイワヨ……」

 

 対して、離島棲鬼は冷や汗をかいていた。たった2隻、それも駆逐艦がいきなり現れたかと思えばあっという間に状況を不利へと変えられたのだ、なんの悪夢だと叫びたくなるだろう。しかもその2隻は無傷で、鬼である自分でさえ一撃で沈められる艤装を持っている……悪態をつくのも仕方がない。

 

 「デモ……戦イハ数ナノヨ」

 

 離島棲鬼がそう呟くと同時に、彼女の後方から大量の深海棲艦達が現れる。その数、およそ50……夕立が危惧した通り、離島棲鬼はまだ戦力を残していた。しかもこれで全てという訳ではない。今回の襲撃に参加した深海棲艦でも数少ない指揮を取れる深海棲艦であり、かつ鬼である彼女は空母棲姫から大量の戦力を与えられているのだから。

 

 (さて……どうしようかな)

 

 その戦力を見て、時雨は考える。決して動揺している訳ではない。危機感や不安こそ感じているが、それはあれだけの数を自分達だけで捌ききれるかという点だ。当然、彼女の思考は“不可能”という答えに帰結した。

 

 約50対2、それも駆逐軽重雷巡戦空潜と様々な艦種がある相手に対してこちらは駆逐艦のみ。艤装的にも数でも無理だ。しかし、やらねば守りに来た鎮守府が壊滅してしまう。ならば、やることは決まっている。

 

 「動き回って暴れまわるよ」

 

 「りょーかいっぽい!」

 

 動き回って暴れまわる……駆逐艦である自分達が出来ることなど、その小さな体躯と艦種の中で随一の速度を活かして動き回ることくらいだ。だが、相手の数の多さが、その動き回るという行為を立派な作戦にする。

 

 正面から迫り来る大量の敵による大量の砲撃を避けながら、衝突するのではないかと言うほどに接近する。普段から目に見えない速度で動くイブキ相手に演習して動体視力を鍛えられている2人にとって、砲撃など脅威ではない。すれ違い様に砲撃を当て、違う深海棲艦の砲撃を避ければ、彼女達を狙ったハズの砲弾は違う深海棲艦へと直撃する。

 

 「グ……数ノ多サガ仇ニナッタカ……ッ!」

 

 そこでようやく、離島棲鬼は2人の行動の意味を悟った。彼女達は無謀にも突っ込んできた訳ではない。わざと突っ込むことで敵同士の同士討ちを狙ったのだ。数でも火力でも劣る2人が出来る、最大の戦果を上げられる作戦だった。しかし、同士討ちだけを狙っている訳ではない。

 

 「これで、どう!?」

 

 「ガ……!?」

 

 味方を沈めてしまったことに動揺していた1隻の戦艦ル級に接近した夕立が魚雷を叩き込み、沈める。まだ理性的と言える人型の深海棲艦は仲間意識も存在する為、仲間に当てた、仲間を沈めたとなれば大なり小なり動揺してしまう。そして、その動揺こそが戦場では命取りとなる。例え相手が駆逐艦だとしても、魚雷の破壊力は戦艦であろうとも無視できるモノではないのだから。しかも今の夕立は深海棲艦の雷巡チ級の力を持った“夕立海二”……その力は並の駆逐艦を遥かに上回り、こと主砲や魚雷等の火力に至っては戦艦に届きうる。

 

 「流石夕立……でも、僕だってやれるさ!」

 

 そんな夕立の奮闘を横目で見つつ、負けていられないと時雨は目についた空母ヲ級目掛けて主砲を放ち、よろけさせた後に魚雷を2本叩き込む。ゲームであればカットインかつクリティカルとなるであろうその攻撃はヲ級の耐久力を上回るには充分だったらしく、ヲ級を轟沈させた。

 

 駆逐艦であるにも関わらずに戦艦、空母を沈める2人に、離島棲鬼の顔が屈辱に染まる。そうしている間にも2人は近しい深海棲艦に攻撃を加え、こちらの人型深海棲艦は先程のフレンドリーファイアのこともあってかやや消極的になっている。まだまだ戦力があるとは言え、離島棲鬼としてはこれ以上同胞を沈められるのは面白くない。

 

 「味方ノコトナンテ気ニセズニ撃テ!! 絶対ニソイツラヲ沈メルノヨ!!」

 

 遂には同士討ちを容認してまで駆逐艦2隻を沈めることを優先する離島棲鬼。その命令に何人かの人型深海棲艦が顔をしかめ、或いは驚愕し、中には悲しみの表情を浮かべる者までいたが……鬼の命令には逆らえないのか、空母も戦艦も2人の周囲にいる味方ごと巻き込むように広範囲に砲撃、爆撃雷撃を始める。

 

 「時雨!」

 

 「分かった!」

 

 僅かな言葉とアイコンタクト。それだけでお互いに理解した2人は降り注ぐ攻撃の雨を掻い潜り、接触スレスレまで近付き……すれ違い様に夕立から時雨へとごーちゃん軍刀が渡る。その直後、時雨の手にある軍刀が火を吹き……前方140度に渡る範囲の深海棲艦、艦載機を焼き尽くす。

 

 (っ! 今ので燃料が半分を切った……これ以上使うのはマズイね……)

 

 サーモン海域から優希の鎮守府まで補給なしで来ている時雨と夕立。当然ながらその間にも燃料は減っているし、今の戦闘の間にも減っていっている。そしてこのごーちゃん軍刀は燃料を使う……使えば使うほど、自分達は窮地に陥ってしまうのだ。1度使った時雨でこうなのだ、2度使った夕立の残り燃料を考えれば、鎮守府に向かって補給して貰う他にない。

 

 (……でも、それだけは出来ない)

 

 時雨は首を振り、その考えを振り払う。自分と夕立は既に沈んだ身。時雨は暗殺された……生きている以上はされ“かけた”が正しいのだろうが……可能性がある為、生きていると総司令に知られるのはマズイ。無論、自分の生存はしっかりと優希達に口止めするつもりである。夕立に至っては半分深海棲艦と化している……その存在が知られれば、或いは捕まればどうなるか等考えたくもない。そんな自分達が鎮守府で補給させてもらう? そんなことをしたら優希達にまでいらぬ被害受け、容疑をかけられ、迫害される……そういった可能性もなくはない。

 

 「ぐっ……!」

 

 「キリがないっぽい……っ!」

 

 故に補給は出来ない……そう思いつつも、時間が掛かれば掛かるほどに、2人は不利になっていく。もうごーちゃん軍刀を使えるほど燃料の余裕はなくなり、動けなくなるタイムリミットが迫ってくれば焦り、正確だった砲撃は狙いが荒くなる。敵を沈めてもまだ追加された数の半数は残っているし、また援軍がやってこないとも限らない。このままでは負ける。負けるということは轟沈……死を意味する。

 

 自分達が沈めばどうなるか? 鎮守府は敗北し、優希達は死ぬだろう。イブキは再び夕立を失い、今度こそ心を壊すか、それとも復讐の鬼となるか。そういう未来をありありと想像できるからこそ、絶対に沈む訳にはいかない。

 

 「進行方向ヲ塞グヨウニ動キナサイ! ソイツラヲ走ラセルナ!!」

 

 「っ……余計なことを……」

 

 離島棲鬼の命令が聞こえた時雨が思わず舌を打つ。命令に従った深海棲艦達は2人の動きを封じるように散らばり、行動を阻害してくる。衝突などする訳にはいかない。かといって止まるなどもっての外。2人は深海棲艦を避けられるギリギリまで速度を落とし、敵の攻撃と阻害をかわすこと、敵を攻撃することを同時にしなければならなくなった。

 

 「ああもう、鬱陶しいっぽい!!」

 

 そしてこの場において最も厄介なのが、潜水深海棲艦。不覚にも2人は対潜装備を持っていなかったのだ。その為、潜水艦をどうすることも出来ずにいた。魚雷こそ受けていないが、こうもやることが多くなるといつ被弾するやも知れない。早急に状況を変える必要がある……が、そう簡単に変わるものでもない。

 

 「こ……のおおおおっ!!」

 

 たまらず時雨は再び軍刀を振るい、その炎の剣で空を行く艦載機と深海棲艦達を焼き尽くす。これにより敵の数が半数をようやく下回ったが、代償として時雨の残り燃料が2割を切った。何よりも、軍刀を振るう為に“足を止めて”しまった。

 

 「うわああああっ!!」

 

 「時雨!? きゃうっ!!」

 

 足を止めた時雨に砲撃が降り注ぎ、戦艦の至近弾によって吹き飛ばされる。まさかの時雨の被弾に気が行ってしまった夕立もまた、同じように砲撃を受けて時雨同様に吹き飛ばされてしまった……だが、倒れはしない。イブキの他にも扶桑姉妹とも演習をこなしていたのだ、それよりも威力が下回る攻撃など、直撃でもなければ沈むには遠い……しかし、決して無傷とはいかない。

 

 夕立は半ば深海棲艦と化しており、ある程度の傷は自己再生出来る。小破程度なら時間さえ置けば完全に治せる……が、時雨はそうはいかない。今の時雨は服が少し破けてしまい、主砲も折れていると見事に中破していた。夕立もまた左手の魚雷発射菅に亀裂が走っており、同じように服が少し破けてしまっている……小破以上中破未満と言ったところだろう。これで状況はより絶望的となった。

 

 「ヨク頑張ッタケレド、ココマデノヨウネ」

 

 「「っ……」」

 

 離島棲鬼は勝利を確信したのか顔に笑みを浮かべ、2人を見下しながらそう言った。駆逐艦2隻相手に予想以上に戦力を削られたものの、底を突くにはまだ遠い。この憎たらしい駆逐艦達を沈め、その後ろの鎮守府を壊滅させるには充分すぎる。そんな勝ち誇っている離島棲鬼を睨みつつ、2人は悔しげに舌を打ちながら必死に頭を動かす。絶対に沈む訳にはいかないのだから……そう考えていた時、不意に2人は離島棲鬼が勝ち誇っていた顔を憎々しげなモノに変えていることに気付いた。そして、その直後のこと。

 

 

 

 「行くよ皆! 一斉射、撃てー!!」

 

 【了解!!】

 

 

 

 鎮守府の方……夕立と時雨の後方から可愛らしくも勇ましい声がしたかと思えば、次の瞬間には轟音が鳴り響き、砲撃と艦載機による攻撃が深海棲艦側に降り注いだ。この攻撃により、深海棲艦達はその数を一桁までに減らし、更には離島棲鬼にもダメージを与えることに成功する。

 

 いったい誰が……等と考えるまでもない。そう思って2人が振り返れば、そこには想像した通りの面々……白露こそいないが、他の白露型駆逐艦……村雨、五月雨、涼風を旗艦とした3艦隊の姿があった。先程の声は村雨が発したものらしい。

 

 「本当にいた! 時雨と夕立は鎮守府に行って!」

 

 「っ……村雨……それは」

 

 出来ない……そう言いかけた時雨の前に来た村雨が、目の前に通信機を突き出して無理矢理に手渡す。そして、その通信機から声が発された。

 

 『時雨……夕立……そこにいるんだよね』

 

 「「ーっ!」」

 

 村雨達が攻撃している轟音が響き渡る海の上で、その声はハッキリと2人の耳に届いた。その声の主の名は……逢坂 優希。2人の提督……2人は轟沈扱いとなっている為、正しくは提督“だった”女性。優希は戻ってきた白露から、夕立と時雨の2人が生きていたということを聞いていた。その時の心境は、ただただ生きていたことが嬉しい……それだけに集約される。しかし、それも2人が多くの深海棲艦と戦っていると聞けば、今度は守らなくてはという感情が湧く。

 

 「……提督。僕達は確かに生きてここにいるよ」

 

 『うん……2人が生きていてくれて本当に嬉しい』

 

 「だけどね、僕達は鎮守府に帰ることは出来ない……もう、海軍には居られないから」

 

 どうしてと、そう声に出すことはなかった。優希は決してベテランと呼べるような提督ではないし、まだまだ若い。しかし、彼女は歴とした軍人であり、艦娘達を指揮することを認められた提督である。時雨の言葉に秘められた“何か”を悟った優希は、何も返せなかったのだ。

 

 本音を言えば、今すぐ迎えに行って抱き締めたかった。嬉しさで泣き、生きてる証の体の温もりを感じて、また2人が居たときのように過ごしたかった。だが、それは2度と叶わないのだろうと……優希は悟る。

 

 (私には、貴女達にしてあげられることはないのかな……)

 

 しかし、それでも彼女達に何かをしてあげたかった。例え僅かなことでも、違う道を行く彼女達の力になってあげたかった。思いつくのは補給、入渠。そして……。

 

 『……だけど、そろそろ燃料も弾薬も危ないんでしょ?』

 

 「それは……」

 

 「時雨。時雨の気持ちは分かるけど、沈んだら終わりなんだよ?」

 

 「でも、それだと提督は……白露達は……」

 

 通信機の向こうから聞こえた会話は、優希を安心させた。夕立はともかく、時雨はまだ自分を提督と呼び、自分達の身を案じてくれているのだと分かったから。正直に言えば、優希には時雨が何を危惧しているのかは分からない。自分達に何かしらの不利益、最悪命に関わるかも知れないと大雑把に考えているだけだ。

 

 命の危険など、優希は感じたことはない。艦娘達が沈んでしまう、死んでしまうと考えて恐怖を覚えることはあっても、自分自身の死など考えたことはない。今この時とて、自分が死ぬかもしれないとは思っても心のどこかで自分は死なないと思っている。時雨の言葉を聞いても、だ。

 

 (だけど……私も貴女達の為に命を賭ける覚悟はあるんだよ)

 

 提督になり、初期艦である五月雨と共に四苦八苦しながら頑張っていた時から、優希はその覚悟を持っていた。それは何も命を軽んじている訳でも、命を賭ける覚悟という言葉にヒロイズムを感じている訳でもない。母親が我が子の為に身を投げ出すような、そう言ったモノに近いだろう。何故ならば、優希にとって艦娘達とは仲間であり、姉妹であり……娘であるのだから。

 

 『時雨……私はまだまだ未熟だから、貴女が何を危惧しているのかは分からない。だけどね……私は、私達は、そんなに弱くない』

 

 「っ!?」

 

 『だから2人共……帰ってきて』

 

 

 

 

 

 

 「チッ、モウ少シデ沈メラレタノニ!!」

 

 離島棲鬼は苛立っていた。自分の観察眼による予定では、もうとっくに艦娘を全滅させ、鎮守府を破壊し尽くしていても可笑しくない。事実、それだけの数の差と力量差は存在していたし、白露の艦隊も沈められる寸前だった。

 

 しかし、それはたった2人の駆逐艦の登場で逃げられ、戦力を追加してようやくその邪魔な2人を沈められるかと思えば、今度は3艦隊分の艦娘達によって邪魔されて逃げられた。口調が荒くなり、苛立ちが目に見える。その怒りは、思わず周りの深海棲艦が怯えてしまう程だ。

 

 「絶対ニ殺シテヤル!! モウ遊ビハ終ワリヨ!!」

 

 その美しい顔を怒りに歪め、離島棲鬼は戦力を追加する……が、ここで計算違いが起きた。元々離島棲鬼は、彼女自身が攻め込んでいるのは優希の鎮守府だが、預かった戦力を分散して他の鎮守府も同時に攻め込んでいた。彼女はその分散していた戦力を集め、優希の鎮守府と艦娘に集中しようとしていた。

 

 しかし、集まったのは先の50に僅かに満たない程度の数。感じていた怒りが何故!? という驚愕に変わるが、なんということはない。離島棲鬼は海軍という存在を過小評価していたということだ。つまり、彼女の分散させた戦力の悉くは返り討ちに逢い、ほぼ全滅していたのだ。そうでなくとも鎮守府と鎮守府の間には決して短いとは言えない距離がある、直ぐに来られるハズもない。そして、自分達の後方に予め待機させていた艦隊は先程出してしまった。残り戦力、凡そ60……これが彼女の全戦力だった。

 

 「情ケナイッ! デモ、アンタ達ヲ沈メルクライハ!!」

 

 沈んでいった仲間に対してか、それともこれだけの戦力を持って尚鎮守府1つ潰せなかった己に対してか、離島棲鬼はそう吐き捨てる。しかし、60の戦力と自分が居れば目の前の艦娘達くらい沈められる……そう考え、彼女は村雨達へと攻撃を集中させる。

 

 「っ……皆、お互いのフォロー忘れないで!!」

 

 「誰か1人でも大破したら終わりと思って下さい!!」

 

 「姉貴達が戻ってくるまで、絶対保たせろ!!」

 

 【了解!!】

 

 その苛烈な攻撃にダメージを負いつつも、村雨と五月雨、涼風は必死に声を上げて仲間に呼び掛ける。60対18……数では遥かに劣るが、連携と絆の強さでは遥かにこちらに軍配が上がる。早々沈められたりはしないと、村雨達は意思を強く持つ。

 

 しかし、意思1つで覆すことが出来るような状況では最早なくなっている。そもそも今まで彼女達が戦えていたのは、彼女達が飛び抜けて強かった訳ではない。離島棲鬼がじわじわと追い詰める為に戦力を小出しにし、1艦隊対1艦隊の戦いが出来ていたからだ。

 

 「くぅ!!」

 

 「きゃあっ!!」

 

 艦隊の誰かが悲鳴を上げる。小破か、或いは中破か。どちらにしても悲鳴が上がった以上は至近弾、最悪直撃してしまっただろう。不味いと、そう考えてしまった村雨は、一瞬俯き……何かが自分への日射しを遮ったことに気付いて咄嗟に上を向き、絶句した。

 

 「ひっ……」

 

 そこには異形の艦載機の姿。それを確認したことにより、村雨の心に最大級の恐怖がのしかかり、か細い悲鳴が出る。周りの音が聞こえなくなり、世界がスローモーションに見え、脳裏に鎮守府に配属されてから今日までの思い出が過ぎていく。それが走馬灯であることに気付く余裕はなく、艦載機から爆弾が落とされそうなところまでハッキリと見えた。そして、その爆弾が落とされるであろうという、まさにその瞬間。

 

 

 

 「さ、せ、る、かああああっ!!」

 

 

 

 必死な声と共に放たれた砲弾が爆弾を撃ち抜き、艦載機を花火へと変えた。その砲弾を撃った主……白露は村雨の前に移動し、未だ迫り来る艦載機と深海棲艦に向けて撃ち始める。その白露に追随するように、残りの第一艦隊の面々も戦線に復帰して攻撃を開始する。

 

 「動いて、村雨!! まだ沈んでないんだから!!」

 

 「う、うん」

 

 「怖いなら下がってなさい! 1番頼りになるお姉ちゃんが、守ってあげるから!!」

 

 姉の白露の怒鳴るような声に、村雨は感じた恐怖を抑えて再び動き始める。優希の鎮守府の初期艦こそ五月雨だが、誰よりも前線に出て囮や殿などの危険な役割をこなしたのは白露である。それは一重に、白露が“1番”に拘るからだ。

 

 『良くも悪くも、私は1番が好きなの! でも、それは1番じゃなきゃ気が済まないってことじゃないのよ? この鎮守府で私は1番危険なことをする。誰にもさせない。妹達の為にも、仲間の為にも、私は沈むなら誰かの為に“1番最初に”沈みたいの』

 

 誰も沈ませない。誰かが沈むくらいなら自分が。きっとそれは、艦娘であるなら1度は、或いはいずれは考えることだろう。それは仲間の為であったり、姉妹の為であったり、その鎮守府の最高戦力の為であったりと様々な理由で。自己犠牲……当人以外報われないその精神が、鎮守府の誰よりも先に沈むというある種の自殺願望が、白露にはあった……否、出来てしまった。優希の為にも、誰も沈んではいけない。しかし、誰かが沈むくらいなら……そんな矛盾を、白露は内包している。そしてその事実を、姉妹達だけが知っていた。

 

 だから村雨は恐怖を押さえ付けて動く。自分が沈まない為に、白露を、姉妹を、仲間を沈ませない為に……しかし、何度でも言う。そんな意思1つで覆すことが出来るような状況ではないのだと。

 

 「ぎっ、うぅ!!」

 

 「うわああああっ!!」

 

 また、別の誰かが被弾したらしき悲鳴が響いた。白露達が加わったところで戦力の差は覆らない。深海棲艦は確かにその数を減らしている……しかし、数に余裕はまだある上に肝心の鬼には傷1つつけられていない。逆にこちらは数こそ減っていないが、ダメージを受けて中破している者が増え始めている。

 

 (このままじゃ……っ)

 

 村雨、ギリッと強く唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 (……帰るつもりはなかったのに)

 

 優希の言葉に従い、約9ヶ月ぶりに鎮守府へと足を踏み入れた夕立は、内心でそう呟いた。夕立は艦娘の自分と深海棲艦だった時の記憶を持つが故に二律背反の感情に悩み、イブキと出逢ったことで仲間達から離れてイブキと共に在ることを誓った。その為、鎮守府に帰るつもりは一切なかった。時雨もそれを知っているし、彼女の意思を汲んで優希達には夕立は沈んだと報告した。

 

 だからこそ、気まずい思いをして今この場……軍港にいる2人は、目の前の今にも泣きそうな優希の目を見ていられない。結果として嘘をついた時雨と何も言わずに離れていった夕立の心に、凄まじい罪悪感があったから。

 

 「……艤装……ボロボロだね」

 

 優希の言葉に、2人は何も返さない。しかし優希は苦笑いを浮かべるだけで、その事には何も言わなかった。ただ、ボロボロの艤装と記憶の中の姿とはあまりに変わってしまった夕立と、沈んだと聞かされていたのに生きていた時雨の姿をじっと見ていていた。

 

 色々と思うことはある。しかし、それを言葉には出来なかった。分かるのは、自分がうじうじと悩み悲しんでいた間に2人はとても大変な思いをして、強くなっていたということ。そんな彼女達に、優希は補給をする以上に何をしてあげられるのか……そう考えて、1つだけ思い付いた。

 

 「その艤装じゃ、補給だけじゃなくて修理も必要だね」

 

 優希の見る先には、ボロボロになった2人の艤装がある。彼女達の体は高速修復材を使えば治るだろうし、補給その物はすぐにでも終わる。しかし、艤装の修理となればそうはいかない。まして彼女達は深海棲艦の拠点にいたのだ、艤装の点検などロクに出来なかった。つまり、先のダメージもあっていつ動かなくなるかも分からないのだ。

 

 だからと言って修理している時間などない。今こうしている間にも村雨達は戦い続けているのだから。早くしなければ誰かが沈んでしまう。或いは……と最悪の想像が時雨の頭を過った。

 

 「ついてきて」

 

 優希の唐突な言葉に一瞬意味が分からなかった2人だが、優希が背を向けて走り出したので慌てて追い掛ける。そうして辿り着いたのは、工廠。その奥に、優希はいた。その隣には、新品同然の白露型の艤装が2つ存在していた。

 

 「2人は知らないかも知れないけれど……少し前に、艦娘の艤装を強化するって話が出たの。この2つは、その強化艤装」

 

 強化艤装。軍刀棲姫との戦いで大敗した後に開発された、海上を陸上のように動き回る軍刀棲姫と同じ挙動を取れるようになるその艤装は、今までの艤装とのあまりの違いに扱える者が限られてしまっている。優希の鎮守府では誰1人として扱える者がおらず、艤装は純粋に性能を底上げしたものを使っていた。だからと言って廃棄するのも勿体ないし訓練を続ければ使えるようになるかも知れない為、工廠に放置してある。この2つの強化艤装は、その訓練をする為に置いてある物だった。

 

 「時雨、夕立。これを貴女達が扱える保証なんてどこにもない。だけど、私は貴女達にこれを使ってほしい」

 

 優希の言葉を聞いた2人は悩む。確かに自分達の艤装は修理しなければ危ない。だが、危ないのは使ったことのない強化艤装にも言えることだ。扱えなければこれ以上ないタイムロスになり、挙げ句戦力外になってしまう。それでは意味がない。それは優希も重々承知している。

 

 彼女のやっていることは、海軍所属の提督として失格だ。あまりにリスクが高い上に、“配属されていない艦娘と深海棲艦かも知れない存在”に機密の塊を渡すことになるのだから。事が発覚すれば、その未来は暗いものになるだろう。そもそもその存在を鎮守府に入れている時点で処罰はまず免れない。

 

 「この艤装を渡すことが……私が提督として、姉として、母として、私個人として貴女達に最後に出来ることだから」

 

 だが、“そんなこと”は優希が行動を止める理由とはならない。彼女は提督であり、姉であり、母であり、逢坂 優希である。平々凡々の少女に過ぎなかった彼女は提督になり、艦娘と出会い、暮らし、生きてきた。組織に糾弾されるのは確かに怖い……だが、彼女は艦娘が沈むことの方が怖かった。その恐怖と比べれば、己の身の危機など“そんなこと”扱いで済ませてしまえる。

 

 「提督……」

 

 「……」

 

 優希の気持ちに、時雨は胸の奥が暖かくなった。彼女はそんなにも艦娘(じぶんたち)の事を思ってくれている。改めて感じたその事実が、本当に嬉しかった。だが、それと使ったことのない艤装を使うかどうかは別の話……そう考えた時、夕立が優希の隣の艤装へと近付き、左手の艤装以外を取り外し……強化艤装を取り付けた。

 

 この行動に驚いたのは、やはり時雨。優希は嬉しそうにしているが、正直に言えば、時雨は夕立は優希の言葉を無視するモノだと思っていた。しかし、その予想に反して夕立は艤装を着けた……不思議に思っていると、夕立は優希に向き直り、口を開く。

 

 「……艤装は貰ってくっぽい」

 

 「うん」

 

 「でも、ここから出たらもう2度と帰ってこないっぽい」

 

 「……うん」

 

 「だから……」

 

 

 

 ━ ありがとう……さよなら、提督 ━

 

 

 

 

 

 

 「はぁっ……はぁっ……」

 

 「クフッ……フフフ……ヨク頑張ッタケレド、ココマデノヨウネ」

 

 約30分。それが鎮守府側へと少しずつ後退しながらも白露達が戦い続けた時間である……が、最早それ以上の戦闘は不可能と言えた。肩で息をする白露の周囲の仲間達は軒並み中破しており、涼風と榛名は大破してしまっていて涼風は五月雨に肩を借りており、榛名は何とか立っている。

 

 そんなボロボロの白露達を見て、離島棲姫は嬉しそうに笑いながら言った。予定よりも遥かに長く時間がかかった挙げ句に多大な損害を出しているが、それもここまで。目の前の艦娘達は最早マトモに動けはしない。あれからまた損害を出したが、まだ50を僅かに下回る数の部下達が残っている。あの厄介な駆逐艦2人は戻ってきていない。今度こそ間違いなく、勝利は確定した。

 

 (サテ、ドウシテヤロウカシラ……)

 

 

 

 離島棲姫がそう考えた瞬間、“空”から降ってきた紅蓮の炎が半数以上の彼女の部下を焼き払った。

 

 

 

 「ハ? ッアアアア!!」

 

 【きゃああああっ!!】

 

 一瞬の驚愕の後、海に炎が当たった事で起きた水蒸気爆発の衝撃と波が艦娘と深海棲艦問わずに襲い掛かる。とは言っても、それぞれが距離を離すかのように吹き飛んでいるもののそんな事で多少のダメージは負っても沈むような存在達ではない。水蒸気爆発と波で沈むようならば、とうの昔に深海棲艦を討伐している。現に、少しのダメージと服がボロボロになっているものの沈んだ者はいなかった。

 

 だが、被害(そんなこと)が問題なのではない。“炎を使われた”という事実が、離島棲姫にとって何よりも衝撃的な出来事だった。忘れもしないその紅蓮の炎……その持ち主が空より降り立ち、その仲間が持ち主の左隣に並び立つ。

 

 「これ以上はやらせないっぽい」

 

 「お待たせ、皆」

 

 (バカナ……速スギル!!)

 

 目の前の夕立と時雨を見て、離島棲姫は戦慄する。服もボロボロで傷もそのまま。しかし、ボロボロだった筈の艤装は新品同然。つまり、入渠をせずに補給のみ、それも艤装の交換をして最短で戻ってきたのだ。そして夕立は時雨の人外の腕力によって空高く投げ飛ばされ、上空からごーちゃん軍刀を使って焼き払ったのだ。だが、鎮守府と戦場を往復したにしてはあまりに速すぎる。とても30分かそこらでは……と、そこまで考えて離島棲姫は気付いた。自分達が優勢だった為に少しずつ鎮守府の方へと艦娘達を押し込んでいたことに。2人が鎮守府に向かった距離が短くなっていたことに。そしてその2人は、それぞれ左手と右手を離島棲姫に向けて突き出した。

 

 

 

 「「さぁ、素敵なパーティをしましょう(しよう)」」

 

 

 

 「殺セエエエエッ!!」

 

 怒りか、それとも恐怖か、離島棲姫は叫んだ。50近くいた部下を半数近く焼き払われたが、戦力ではまだ自分達が有利……なんて甘い考えは最早ない。あの炎を吐き出す軍刀がある以上、数の差などあっという間に覆されてしまう。部下達はそんな離島棲姫の考えを理解してか知らずか、2人に攻撃を集中させる。ある者は砲撃で、ある者は魚雷で、ある者は爆撃雷撃で、離島棲姫もまた艦載機と異形の口から出た砲身からの砲撃で。

 

 「ナ……ニィ!? アグッ!!」

 

 しかし、それは何一つとして当たらなかった。夕立と時雨はそれぞれ左右に“跳んで”避け、“走りながら”お返しとばかりに艦載機を撃ち落とす。更に夕立は近付いた人型深海棲艦の顔を“蹴り飛ばし”、時雨はフィギュアスケートの選手のように“回転しながら跳び”、魚雷をばら蒔いて一気にダメージを与え、沈める。しかもその内の1発は離島棲姫へと直撃した……沈みこそしないが、ダメージを受けたのは変わらない。尤も、今の離島棲姫はダメージを受けた怒りよりも、2人の動きの方に対しての疑問の方が大きかった。

 

 何度言ったか分からないが、艦娘と深海棲艦はあくまでも船である。故に彼女達は、それ以上の動きをすることは出来ない……が、それは強化艤装が作られるまでの話。強化艤装は軍刀棲姫と同様に海上でも陸上と変わらない動きが出来るようになる艤装。艦娘の船としての記憶によってか扱える者こそ少ないが、扱える者も当然いる。が、不運なことに離島棲姫はその扱える者を見たことがなく、軍刀棲姫も同様に見たことがない。それ故の驚愕と疑問だった。

 

 (行ける! これなら、イブキさんと同じように動ける!)

 

 (イブキさんみたいに動けるのがこんなに戦いやすいなんて……)

 

 さて、そんな使い手を選ぶ艤装を、なぜ彼女達は初見にも関わらず扱えるのだろうか? それは、良くも悪くも非常識な存在であるイブキと共に過ごした月日によるものだ。彼女達は戦艦棲姫山城の拠点内でイブキ達と演習し、それ以外にも射撃訓練や陸上での白兵戦を想定した組み手などの訓練を行っていた。その時のイブキの動きや陸上での動きがあってこそ、彼女達は強化艤装を扱えたのだ。そして、それこそが扱えない艦娘達との大きな違い。

 

 “艦娘は船である”。そうだと解りつつも海上と陸上を同じように認識し、無意識に船以上の動きをしようとしない体を動かせること……その無意識を意識できるようになって初めて、強化艤装はその恩恵を与えてくれる。2人の場合、既にイブキという存在を知っていたことと白兵戦の訓練をしていたことが無意識を意識できるだけの下地になっていたのだ。

 

 「姉貴達……スゴいな……」

 

 「そうだね……」

 

 「……悔しい、な」

 

 「姉さん……」

 

 縦横無尽に動き回り、砲撃魚雷格闘を駆使して沈めていく2人を見ながら、白露達は感嘆の声を漏らし……白露だけが、1人俯く。その理由が分かるのか、村雨はそっと寄り添い、肩に手を置く。

 

 白露達は誰1人として強化艤装を扱えない。どれだけ努力しても、自分達は船であるという固定概念を払拭出来なかった。最も訓練したであろう白露ですら、その例に漏れない。それだけに悔しい。かつては同じ鎮守府に所属していた、沈んだと思っていた妹達が扱えていることが。自分達が束になっても勝てなかった深海棲艦の大軍を、たったの2人で打破してしまった妹達が。

 

 「私が1番に、使えるようになりたかったのになぁ……」

 

 そう呟く白露の視線の先で再び紅蓮が舞い、違う場所で水飛沫が上がる。気づけばあれだけいた深海棲艦は離島棲姫のみとなっていた。離島棲姫は恐怖に顔を歪めさせ、恐怖から逃れる為に艦載機を飛ばし、異形の口から砲を撃つ。しかし艦載機は夕立から時雨に渡った軍刀の炎で焼き尽くされ、ロクに狙いの定まっていない砲など動き回る2人は掠りもしない。それどころか、離島棲姫自身が夕立と時雨の砲撃、魚雷を要所要所で受けてダメージを負う。

 

 「クチ……ク……駆逐艦如キガアアアアッ!!」

 

 だが、彼女は“鬼”。艦娘と並の深海棲艦と比べて艦としてのスペックが段違いである彼女に、例え直撃であるとしても沈むには遠い。それは2人の攻撃でも変わらない。故に、離島棲姫は恐怖を越える怒りを叫びながらダメージ覚悟の特攻を始めた。

 

 狙うは2人……ではない。動くこともままならない白露達だ。炎を吐き出す軍刀がある以上、2人を狙ったところで焼き尽くされる。ならば、例え後で焼き尽くされるのだとしても、1隻でも多く道連れにする……鬼としてのプライドが、恐怖すら塗り替える怒りが、離島棲姫にその行動を取らせた。

 

 「しまっ……」

 

 「逃げて!! 白露!!」

 

 「あ……」

 

 左右に別れていたのが仇となり、離島棲姫の背を追う形になった2人は狙いが1番近い白露だと気付き、夕立は失敗したと眉間に皺を寄せ、時雨は必死に叫ぶ。今の2人は攻撃が出来ない。外せば白露達に当たってしまう可能性が高かったからだ。

 

 2人の戦いに集中していた白露は、自分に迫ってくる離島棲姫を呆けた表情で見ていた。他の仲間達も同じで、白露に迫る死神に現実味を抱いていなかった……が、直ぐに仲間の危機を悟る。しかし、だからと言って動ける者はいなかった。

 

 「道連レニ……シテヤルッ!!」

 

 「う、ぐっ!」

 

 「姉さん!!」

 

 「白露姉さん!!」

 

 「姉貴!!」

 

 【白露!!】

 

 ついには離島棲姫は白露の前まで来た。そしてその細腕では想像も出来ない力で艤装を着けた白露の首を絞め、持ち上げる。こうして直接手を出したことにより、白露の仲間は砲撃をすることを躊躇ってしまう。離島棲姫としては意識した訳ではないのだろうが、言わば人質を取った形になる。その人質は、今にも命を散らしてしまいそうであるが。

 

 (痛い……苦しい……私、沈むの? 嫌だ……沈みたくない……死にたく、ない……!)

 

 鬼の力で首を絞められ、白露は今にも首が千切れるのではないかという激痛と苦しみを味わっている。仲間が沈むくらいなら自分がという覚悟こそ持っているが、だからといって沈みたいという訳では決してない。何よりも、優希の為にも沈む訳にはいかないのだから。様々な感情が渦巻く中で、やがて死にたくないという気持ちだけが白露の頭の中を埋め尽くした。

 

 「じに、だぐ……なぃっ!!」

 

 「ッ!? イ、グ、ギ、ギャアアアアッ!!」

 

 それは生存本能から来る火事場の馬鹿力というものなのだろう。正しく必死と言える、死を恐れるが故の叫び。その叫びと共に白露は、意識した訳でもなくその手の砲を離島棲姫の顔に向けて構え、放った。それは離島棲姫の眼に直撃し、彼女は激痛による悲鳴をあげながらその眼に手を当て、白露を手放す。

 

 「かはっ……えほっ……っ!! 全艦、主砲斉射ああああっ!!」

 

 【っ! 了解!!】

 

 解放された白露はその場にへたり込んで2度3度咳き込んだ後、後退しながら旗艦として咆哮するように命を下す。仲間達は一瞬の間を置いた後に撃てる者だけが砲を構え、離島棲姫目掛けて放つ。離島棲姫は声をあげることもなく無防備なその身に次々と砲弾を受け、体を仰け反らせ、少しずつ艤装と肉体を削られ、着弾時の爆炎がその身を包むように焦がしていく。

 

 激痛と衝撃で意識が消えていく中、離島棲姫はその朦朧とした意識の中で考えていた。なぜ自分は負けているのか? なぜ自分は死にそうになっているのか? 勝っていた戦いのハズだった。勝って当然の戦いのハズだった。なのに、なぜ? 朦朧とした意識では答えが出ない。誰かが教えてくれるハズもない。ましてや、教えられたとしても理解出来ないだろう。最早その身体に、考える頭などついていないのだから。

 

 美しかった姿は見る影もなくなり、離島棲姫だったモノは海の底へと沈み逝く。誰もがその姿が完全に消えるまで集中し、目を背けなかった。誰もがその死に様から目を背けられなかった。1歩間違えていたら、自分達がああなっていたのだ。今回の勝利は薄氷の上の勝利……そう、“勝利”。そのことに気付いた白露は、通信機の向こうにいる優希に向けて声を出す。

 

 「……こちら、第一艦隊旗艦白露……敵艦隊の全滅を確認……全艦……けん……ざい……っ!!」

 

 途中からぼろぼろと涙が溢れ、言葉にならなくなっていく。だが、誰もがその先の言葉を待った。白露はそれを伝える義務がある。彼女こそがそれを言う権利がある。しゃくりをあげて言えなくても、溢れる涙を何度も拭いて言葉に出来なくても。そして数分の時が経ち、ようやくその現実は言葉として紡がれた。

 

 

 

 「われわれのっ!! 勝利ですっ!!」

 

 

 

 大破2隻。中破22隻。夕立、小破。時雨、中破。轟沈……なし。提督も艦娘もその勝利を実感し、誰もが生きている喜びを声に出すように……愛らしくも雄々しいその勝利の雄叫びを上げた。




という訳で、優希達大勝利のお話でした。美味しいところは優希達が取っていくという。まあ実際は有り得ないとか描写が甘いとか色々とツッコミはあるでしょうが、どうか目を瞑って下さい。

因みに前書きで書いた、言うなれば“入渠中ボイス”と言うべき台詞……イブキだとこうなります。



入渠中台詞:提督……その、流石に入渠中を覗くのはどうなんだ? 第一、俺を見ても何もないだろうに



 雷だったら背中流してあげるとか言いそう←



今回のおさらい

なんだかんだで大勝利(ざっくり)。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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