どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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大変長らくお待たせしました、ようやく更新できました。

今回も様々な独自解釈や御都合主義が含まれております……どうかご了承下さい。


殺してあげるわ

 それは、正しく戦争だった。空は忙しなく艦娘と深海棲艦双方の艦載機が飛び回り、時折青空を撃墜時の爆炎と煙で汚す。波の音を楽しむことなど出来ず、ただ轟音爆音が絶え間なく鳴り響き、小さく悲鳴や断末魔の叫びが紛れる。仲間が敵を沈め、次の瞬間には敵が仲間を沈める。全滅か、撤退か……それらが行われるその時まで、その戦争は続くのだろう。艦娘は、日本を守る為に。深海棲艦は、1隻の姫の目的の為に。

 

 深海棲艦に作戦等というモノはなかった。何しろ深海棲艦には提督も参謀もいないのだ、指揮を取るだの作戦を立てるだのは、少なくともその姫……空母棲姫には出来なかった。いや、仮に出来たとしても数が多いため、末端まで行き渡らないだろう。

 

 「本能ノママニ戦イナサイ……艦娘達ガ死ニ絶エルマデ!!」

 

 空母棲姫の命令はただそれだけだった。元より深海棲艦は完全な人型を除いて獣のように本能で戦う。人型としても、基本的には戦いは本能であり、そこに理性が加わることで予測や状況判断を行い、拙くとも指示を出す。しかし、今回は圧倒的なまでの数がある。そんな数に指示を出し、従わせるのは深海棲艦では不可能に近い。故に、本能を剥き出しにして戦わせることにしたのだ。

 

 そして、その深海棲艦達は日本の鎮守府各所に向かう。それを事前に察知していた渡部 善蔵は予め各鎮守府に電文を送り、必ず鎮守府近海よりも離れた海域で対処するようにと命じていた。だからと言って、その“離れた海域で対処する”ことが出来た提督は、いったい何人いたことだろうか? いや……今回の“危機”を正しく認識できた提督は、将官はともかくとして、佐官の中で何人いただろうか?

 

 鎮守府近海に現れる深海棲艦達は、油断こそ許されないが基本的には弱いと言える。いや、近海だけではなく、例え奥深く進んで戦艦や空母と戦うことになろうとも、艦娘にも戦艦と空母が居れば互角以上に渡り合えるだろう。“ちゃんとすれば勝てる”、“油断しなければ負けない”……意識してであれ無意識であれ、そういう考えを持った提督がいないとは言い切れないだろう。

 

 「皆! 応答してくれ!! 皆!!」

 

 物語の中では名前も語られることのない提督が1人、ノイズしか発しなくなった通信機に必死に呼び掛ける……だが、帰ってくる言葉はない。理由は簡単……もういないからだ。

 

 この提督がしたことは、別に特別なことではない。総司令の命令を受け、いつものように第一艦隊“だけ”を防衛に向かわせた……それだけだ。普段ならばそれだけで良かった。外国の鎮守府が大量の深海棲艦に襲撃されたと説明を受けても、それは艦娘達の練度が低いか提督の怠慢だと考えていた。

 

 だが、現状がその考えを否定していた。出した艦隊は全滅し、秘書艦の艦娘は信じられないとばかりに表情を青ざめさせている。海に面している執務室の窓からは第一艦隊を全滅させたであろう夥しい数の敵影。

 

 そうして、多くの死者と轟沈した艦娘を出し、1つの鎮守府が壊滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 「見境なしか……」

 

 大本営総司令室にて、渡部 善導はそう呟いた。今正に、日本海軍の保有する鎮守府の殆どに大量の深海棲艦が攻めてきていると報告が次々と上がってきており、幾つかの鎮守府は既に壊滅している。しかし、同時に撃退出来ている鎮守府も出てきていた。

 

 このことから分かるのは、大量の深海棲艦とは言ってもその強さや数にばらつきがあるということだ。壊滅した鎮守府は自分達では対応できない数、または強さの深海棲艦達によって攻め込まれ、撃退した鎮守府はその逆だったということ。

 

 「さて……どう動く?」

 

 この時点では、まだ深海棲艦が攻め込んできたということしか分からない。ただただ攻めてきているだけなのか、それともなにかしら目的があるのか……知ることは出来ていない。

 

 この大本営の近海にも、深海棲艦は攻めてきている。今は大本営の防衛戦力と善蔵の第二~第四艦隊までが出撃し、迎撃している最中だ。深海棲艦には最高でもflagship級までしか確認されていない為、現状の戦力でも充分。むしろ過剰なくらいだ。

 

 (そう、flagship級まで“しか”いない。これだけの大規模な数だ、必ず頂点に……最低でも1隻は姫がいる)

 

 善蔵はそう読んでいた。もしも、何処かの鎮守府に姫が現れたらどうなるだろうか? 将官なら、まだ何とかなる可能性は高い。だが、佐官なら? 限り無く高い確率でその鎮守府は壊滅することになるだろう。鎮守府の壊滅は戦力の激減を意味し、仮に今回の戦いを勝利したとしてもその後に回らないことだってある。

 

 こうして時間が過ぎていく今も、深海棲艦を撃退した鎮守府は防衛戦力を残して他の鎮守府に応援を送り込んでいる。善蔵もまた、大本営前の敵を撃退したら戦力を送る心算だった。

 

 しかし、そうさせることが敵の作戦なのではないか? と考えることもできる。戦力の分散を見越して第二、第三と敵を送り込んで来るのではないかというものだ。まるで釘を2回、3回と叩いて奥へと打ち付けるように。何しろ敵の総量が全く分からないのだ、後どれだけの戦力を有しているかなど想像もつかない。詰まるところ、先手を打たれた挙げ句に物量差と勢いで負けている現状では迎撃し、敵の綻びを待つ他に無いのだ。

 

 「何時にも増して難しい顔をしてますねー」

 

 突然室内に発生した声。その主を、善蔵は射抜くような目で睨み付けた。その主は、善蔵の座る椅子の前にあるデスク……その上に立っている。今更誰だと詳しく説明する必要もないだろう、小さな猫の両手を持って吊るしている妖精……通称猫吊るしがその主だ。

 

 「……まさか……貴様か?」

 

 「なんのことやら。私はただの妖精の1体ですよー」

 

 (どの口がほざきよるか……)

 

 善蔵の顔が怒りに歪むが、猫吊るしはどこ吹く風と言わんばかりに間延びした返答をする。そのことを憎々しく思いながら、善蔵は内心で舌を打った。

 

 しかし、当然猫吊るしが“なにか”をしたという証拠などない。今回のは知恵をつけた深海棲艦が数多の同胞を率いて攻めてきた……元よりこうして攻め込まれる前からその予兆とも言うべき行動は予め確認出来ていたことだ。その為に偵察を出していたのだから……その偵察は数に負けて撤退を余儀無くされたので戦力と装備を整えるだけで終わってしまったが。

 

 そう、数。何よりも数が問題なのだ。せめて艦娘の艤装以外の兵器がマトモなダメージを与えられれば良かった……いや、足止めにでも出来れば良かったのだが、兵器の大きさに対して深海棲艦が小さかったり、爆発の範囲が広すぎて味方の艦娘を巻き込んだりしてしまう。戦闘機で挑めば艦載機と対空放火で落とされる。軍艦を出せばそもそものスペックが違いすぎて壁にすらなりはしない。こと深海棲艦との戦いにおいて人間は無力だと、改めて理解することになるだけだった。

 

 (やはり、敵の司令塔を叩くのが一番か……)

 

 敵のトップを殺る……シンプルかつ有効な戦術であり、こと深海棲艦相手には最もと言って良いほどだ。旗艦を落とせば戦いに勝てると言ってもいい。どれだけ数がいたところで、それは代わらない。

 

 問題は、トップが“誰”なのかだ。善蔵は今回の首謀者が1隻の姫だとは考えていない。何せ万を超えているかも知れないのだ、到底1隻で指示しきれる数ではない。最低でも1隻はいると考えたが、それはあくまでも姫の数のことだ。最悪、姫と鬼を合わせて2桁、なんてことも有り得るのだから。

 

 (動いている姫は誰だ? 確認されているのは……港湾棲姫は生死不明、北方棲姫は南方棲戦姫の拠点。軍刀棲姫と戦艦棲姫、戦艦水鬼の所在は不明……ならば……)

 

 妙に深海棲艦側の情報に詳しい善蔵だが、この場にそれを知るものは善蔵自身と猫吊るし以外いない。これが世界の“真実”を知るが故のことだと言うのだろうか? 善蔵は尚も考察と記憶を思い返す。その姿を、猫吊るしはニィ……と笑みを浮かべて愉しげに見ていた。

 

 (さて……貴方の“願い”と彼女の“願い”……強いのはどちらでしょう?)

 

 そう、内心で考えながら。

 

 

 

 

 

 

 「皆! 状況は!」

 

 『こちら白露! 迎撃している最中だけど、あんまり強くない! これならいけるよ!』

 

 場所は代わり、ここは逢坂 優希……現在イブキと共にいる夕立、時雨の提督である彼女の鎮守府。彼女もまた他の鎮守府のように大量の深海棲艦に攻め込まれ、迎撃している最中だった。

 

 彼女は第一~第四艦隊まで全ての艦隊を出撃させているが、現状では戦況を有利に進めている。彼女は艦娘達をバランスよく練度を上げている為、突出した戦力こそないが各艦隊が非常に安定した戦果を上げられる。その為、どこかが脆いということが起きにくいのだ。

 

 『こちら村雨! 敵艦隊の全滅を確認よ!』

 

 『こちら五月雨です! flagship級が3隻いて押されています!』

 

 『こちら涼風だよ! 全滅させたと思ったらまた来やがった!』

 

 「村雨の第二艦隊は第三艦隊の応援に向かって! 涼風の第四艦隊の皆、もう少し頑張って!」

 

 他方向から広範囲に攻めてくる相手に、自然と戦力を分散せざるを得なくなっている優希達だったが、幸いにも轟沈や中破以上の損傷をした艦娘は出ていなかった。数こそ多いが、深海棲艦達の強さは優希達でも充分対応出来る程度のものだったのだ。

 

 白露の第一艦隊には雷巡1隻に軽空母2隻、戦艦1隻、軽巡が1隻。村雨の第二艦隊には重巡2隻に正規空母1隻、航空戦艦2隻。五月雨の第三艦隊には軽巡2隻に航巡1隻、戦艦2隻。そして涼風の第四艦隊には雷巡1隻に軽空母1隻、正規空母1隻、戦艦1隻に潜水艦1隻。

 

 (今は何とかなってるけど……このままじゃ保たない……っ)

 

 優希は冷や汗をかきながら必死に考える。現状では何とかなっているとは言っても、このまま戦い続ければ間違いなく弾切れか燃料切れを引き起こす。どこかで補強しなければいけないが、途切れない深海棲艦がそれを許さない。そして、優希の鎮守府には出せる戦力の残りがせいぜい艦隊1つ分しかない。しかもその殆どが新しく配属された艦娘で、練度を上げる時間がなかった。出せば高確率で中破大破、下手すれば轟沈も有り得るだろう。

 

 また、他の鎮守府も同様に攻撃されているらしく先程からずっと応援要請や応援に向かうといった通信が行き交っていた。普通に考えれば、そんなことになれば正しく情報も伝えたいことも伝わらない。だが、それほどに戦況も状況も心境さえも厳しいのだ。故に、応援は期待できない。

 

 (せめて時雨と夕立がいてくれたら……っ)

 

 優希はそう思わずには居られない。無い物ねだりだと分かっている。沈んだと言わざるを得ないのも理解もしている。それでも仲間で、娘で、妹のような存在だった彼女達を忘れることは結局出来ないでいた。

 

 『こちら村雨! 第三艦隊と合流して敵艦隊撃破! だけど補給しないとこれ以上は……』

 

 『五月雨です! 私達も同じくです!』

 

 『こちら涼風! こいつらを沈めることは出来そうだけど、それ以上は補給しないと無理だ!』

 

 「っ……皆、直ぐに戻って補給を! 最速で終わらせて! 工厰の皆は補給に必要なモノを持って軍港で待機!」

 

 そして恐れていたことが起きる。補給するには下がらせるしかないが、その直後に攻め込まれれば目も当てられない。何せ駆逐イ級1隻、艦載機1機鎮守府に近付かれるだけで成す術なくやられてしまうのだから。そうだと分かっていても、下げなければ弾切れで戦えなくなり、燃料切れで動けなくなる。

 

 そうして指示を出した後に、ふと気が付いた……第一艦隊旗艦である白露から通信がないことに。優希は何やら嫌な予感がし、直ぐ様白露へと呼び掛ける。

 

 「白露! 皆無事!」

 

 『……』

 

 「……白露? 白露!? 聞こえてる!?」

 

 『……聞こえてるよ、提督。ちょっと不味いことになった』

 

 数秒応答がなかったことに慌てる優希だが、言葉が返ってきたことにホッと安堵の息を漏らす。が、それも白露の言う“不味いこと”を聞いて戦慄に変わることになった。

 

 

 

 『見たことない人型の深海棲艦がいる……多分、鬼か姫だよ』

 

 

 

 白露の艦隊の目線の先に映るのは、二艦隊分の深海棲艦。flagshipはおろかエリートもいない為、戦力的には問題ない。問題なのは、その更に奥に存在する一艦隊分の深海棲艦。1隻を除いてその全てが金色のオーラを放つ深海棲艦で構成されており……残りの1隻は、ゴスロリ風の服装に身を包んだ黒髪の深海棲艦。そして身の丈以上の大きさを誇る独立した異形の艤装。

 

 優希達は知らなかったが、その深海棲艦は海軍ではちゃんと認識されている。知る者が居れば、直ぐに撤退するように進言しただろう。何故なら、“ソレ”は決して大佐になったばかりの鎮守府の艦隊が相手取るような存在ではないのだから。

 

 その深海棲艦……名を“離島棲鬼”。彼の鬼はその美しい顔にニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりと手を伸ばし……ただ一言呟いた。

 

 「……沈メナサイ」

 

 その一言と共に、深海棲艦達が白露達に襲い掛かる。それに対し、白露達が選択したのは回避しつつ後退。何せ彼女達にはもう殆ど燃料も弾薬もないのだ、無駄撃ちは出来ない。

 

 「っ……白露さん、どうするんですか!?」

 

 「下がって補給するしかないよ! 私達は沈む訳にはいかないって分かってるでしょ!?」

 

 焦ったように叫ぶ榛名に白露が叫び返す。自分達が沈めば、戦力的に深海棲艦を撃退することはより困難になる。それ以上に、これ以上仲間を失うことになるのは避けたかった。

 

 第一艦隊の面々が頭に浮かべたのは、提督である優希の存在。時雨と夕立の2人が沈んで意気消沈し、乗り越えるのに相当な時間を費やした。これ以上仲間を失えば、彼女の心が保たない可能性があった。彼女達が最も危惧しているのがそれなのだ。故に、誰1人として沈む訳にはいかない。必ず全員が生きて戻ると、第一艦隊だけでなく全ての艦娘が心に誓った。何よりも、誰よりも彼女の為に。

 

 「っ! くうっ!」

 

 「あうっ!」

 

 「隼鷹さん! 飛鷹さん!」

 

 しかし、思いだけで劣勢を覆すことが出来るほど世界は甘くなかった。残り少ない艦載機で敵に制空権を握られないようにしていた軽空母の2人に敵の主砲が掠り、蓄積されたダメージが中破を越えた。艦載機も残らず撃墜され、攻撃手段が無くなる。

 

 「しまっ、もう弾が……」

 

 「こっちも魚雷が……」

 

 「夕張さん、大井さんも……っ、私もあと少ししか……榛名さんは!?」

 

 「すみません、私も後一斉射で尽きます!」

 

 更に不幸は重なり、夕張と大井の弾と魚雷が底をついた。白露とて弾薬も魚雷も残り少なく、榛名もまた底を尽きかけている。後退しつつ最低限の攻撃をしていたが、最早それも出来なくなっていた。今までの攻防で1艦隊分の深海棲艦を沈めることに成功しているが、それでもまだ2艦隊分、しかも鬼は無傷で健在。絶望的、という他ないだろう。

 

 そして、空には敵の艦載機が10程発艦されていた。それらは真っ直ぐに白露達へと向かってきており、迎撃出来るのは白露のみ。しかし、全機落とすには弾薬が心許ない。

 

 (提督……皆……ごめん)

 

 白露は、心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 「やぁぁぁぁってやるクマああああっ!!」

 

 「いやー、今日ほど球磨姉さんが頼もしいと思ったことはないよ」

 

 場所は変わり、ここはイブキと出会ったことのある球磨達の鎮守府の近海。彼女達の提督である永島 北斗は優希と同じく鎮守府の中で全員の無事を祈っていた。そんな彼の祈りを知ってか知らずか、海では球磨が改良された艤装を十全に活かして縦横無尽に動き回り、次々と深海棲艦達を沈めていく。そんな球磨を見ながら笑う傍らで、北上は思考を巡らせる。

 

 他の鎮守府と比べ、北斗の鎮守府はかなり戦力が少ない。しかも飛び抜けて強い球磨を除けば、他のものたちは決して練度が高いとも言えない。更に戦艦や空母も居らず、半数が駆逐艦である。幾ら球磨が強いと言っても、弾薬も燃料も有限である以上限界は必ず来る。

 

 「球磨にばっかりやらせないっぴょん!」

 

 「いっくぜー! 深雪スペシャル!!」

 

 「1番多く倒してやるんだから!」

 

 「球磨が居るんだしそれは無謀っしょ。まあ鈴谷は提督の御褒美目当てに頑張っちゃうけどね!」

 

 (御褒美とか私聞いてないんだケド……まあそれは後で提督に請求しよ)

 

 鈴谷の台詞にもやもやとしつつ、北上は戦況を見定める。突出している球磨に負けず劣らず、いつもの駆逐艦3人娘は主砲魚雷機銃を駆使して艦載機を落とし、順調に沈めていっている。この6人の中で最も火力の高い重巡の鈴谷は百発百中と言える命中制度で次々と深海棲艦に砲撃を直撃させ、球磨に並ぶレベルで沈めている。北上本人は魚雷を撃ちまくり、戦艦も空母も大打撃を与え、時に沈めている。

 

 しかし、このまま行けるとは考えていない。敵は何時までも途切れることはなく、沈んだ先から現れる。このままては間違いなく、自分達の弾薬が底を尽きるのが先だと北上は理解していた。球磨は時折殴る蹴るで沈めているので弾薬はまだ余裕がありそうだが、動き回っているので燃料が先に無くなりそうである。

 

 (せめて、もう1艦隊分戦力があればいいんだけどねえ……)

 

 無い袖は振れない、とはこの事だろう。むしろ空母も戦艦もいない艦隊で30、40を越える深海棲艦を相手に出来ている時点で奇跡と言ってもいいのだ。しかも全員が小破未満の損害で、尚且つ近海と言っても背後に鎮守府が見えているにも関わらず、鎮守府への被害は零である。

 

 

 

 しかし、奇跡的なその状況は……新たに現れた存在に容易く破られることになった。

 

 

 

 「っ!」

 

 球磨が何かに気付き、駆逐深海棲艦に向かっていた足を止めて素早く後退し、北上達の元に戻る。彼女達が球磨の行動に疑問符を浮かべたのも束の間、駆逐深海棲艦がいつの間にか上空に存在していた深海棲艦の艦載機による爆撃を受けて沈んだ。もしも球磨が後退しなかったら、彼女も爆撃に巻き込まれていただろう。

 

 そして、全員が沈んだ駆逐深海棲艦……その先にいる艦隊に視線を向ける。1艦隊分の深海棲艦達……その先にいるその艦隊は、赤いオーラを纏う5隻の深海棲艦と……金と揺らめく炎のような青の瞳を持つ空母ヲ級の姿。その姿を見た誰もが考える……あの敵は、間違いなく強敵であると。

 

 「金と青の目……イブキみたいの深海棲艦だクマ」

 

 「そういう絶望しかないこと言わないでほしいぴょん」

 

 「あんな動きするのはイブキ以外いらないっての」

 

 「大丈夫……だよね?」

 

 「ちゃんと書類とか資料とか見てないでしょあんたら……あれは改flagship。動きは普通の深海棲艦と変わらないよ……それよりも、エリートの中にヤバイ奴がいるねえ」

 

 「ちょーっとヤバイね」

 

 精神を落ち着ける為に軽い会話をするが、新たに現れた艦隊の戦力を把握することは忘れない。改flagshipの空母ヲ級……その力は鬼級に匹敵する程で、とても佐官の艦隊が相手取るような相手ではない。ましてや空母も戦艦もいない鎮守府ならば尚更。それに加え、更にとんでもない相手がいた。

 

 戦艦レ級……そのエリートが、艦隊に1隻存在していた。正しく敵の戦力を把握できた北上と鈴谷は冷や汗をかく。只でさえ数の暴力と言える過剰な敵戦力と戦い続けてきたというのに、補給しなければ危ないという時に限って最大の危機が訪れたのだ。

 

 (提督……私ら、帰れないかも)

 

 残り少ない魚雷と弾薬を見ながら、北上は内心で弱音を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 「全砲門斉射! 撃ええええっ!!」

 

 長門の声と共に艤装から轟音をたてながら放たれる砲弾が、戦艦深海棲艦の体を穿ち、沈める。その隣では同じように陸奥が砲撃を放ち、空母深海棲艦を沈めていた。少し離れた場所では木曾が魚雷を放って同時に幾つもの深海棲艦を沈め、赤城と加賀が制空権を敵艦隊と奪い合いながらも同時に艦功と艦爆で沈めていく。その間を縫うように改良艤装を装備した夕立が駆け抜け、駆逐艦離れした火力をもって撃ち漏らした深海棲艦にトドメを刺していく。

 

 そこは渡部 義道の鎮守府の近海。彼は第一、第二艦隊を前に出し、それぞれの後方に第三、第四艦隊を待機させ、補給が必要になれば入れ替わるという戦い方で深海棲艦を迎撃していた。もうどれだけの時間戦い続けているのか分からないが、一向に敵の攻撃の手は休まらない。補給は行えているものの、艦娘達の疲労が目立ってきていた。

 

 (敵の攻撃が一向に途切れない……ほぼ全ての鎮守府に戦力を向けているハズなのに、幾らなんでも異常だ。報告の中には既に撃退出来たところもあるらしい……やはり、私の所に戦力を多く向けられていると考えるべきか)

 

 幸いにも轟沈艦は出ていないが、時間の問題だと義道は考えている。疲労は決して無視できない。その内動きを止めてしまい、被弾することは目に見えている。状況を打破しなくてはならないが、現状迎撃する以外にない。何しろ、連戦に耐えうる練度の艦娘は今出ている4艦隊分しか居ないのだから。

 

 『提督! 応援らしき艦隊が来てくれたぞ!』

 

 そんな時、長門からそう通信が入った。彼女の目には、深海棲艦の側面から自分達に向かって航行している艦娘達の姿が映っている。それも1人2人ではなく、2艦隊分が。これで状況が好転するかも知れないという嬉しさからか、長門の声が少し弾んでいる。義道も報告を聞き、これで少しは楽になるかと考えていた。

 

 

 

 しかしその考えは、応援の艦隊が爆炎と共に全滅するという最悪の形で否定された。

 

 

 

 『……あ?』

 

 「長門? どうした!?」

 

 通信越しに聞こえた長門の砲撃とは違う爆音の後に長門が間の抜けた声を出したことで、義道は瞬時に事態が変わったのだと理解した。爆音自体は遠かったので長門達の誰かが受けたということではないのだろうが、余談は許されない。

 

 『……応援の艦隊が全滅した』

 

 「な、に?」

 

 余りにも早すぎる……そう叫びたくなった義道だが、声にすることはなかった。長門の唖然とした声から、彼女自身何が起きたのかよく分かっていないらしいということがありありと感じられたからだ。

 

 では、何が起きたのか? 敵艦隊は長門達でも充分相手取れる程度であり、赤城達が制空権を争っている以上易々と艦載機による攻撃を許すとは思えない。長門達と戦っている以上、目標を変更するなんてことも出来ないだろう……そこまで考えて、義道に最悪の展開が脳裏によぎった。

 

 (まさか……応援に来たのではなく……“逃げて”きたのか?)

 

 長門は艦娘達が“応援にきた”という風に捉えた。だが実際は応援の為ではなく、“何かから逃げる途中でここまできた”のではないか? と義道は考えてしまった。そして、その最悪の展開は現実のものとなる。

 

 『提督さん! “姫”がいるっぽい!』

 

 『こっちでも確認した……あれは……“飛行場姫”だ』

 

 飛行場姫。頭から足下まで真っ白なその姫は、体の後ろから左右に滑走路があり、その近くに獣の口のような異形が浮いている。その力は姫級に相応しくあらゆるスペックが高く、そして強い。

 

 しかし、高い実力を持つ長門達ならば被害こそ出るが勝てない相手ではない……それも万全の状態ならば、の話だが。今この場において、義道の艦隊に万全の艦娘など皆無である。そんな時に現れた飛行場姫……状況は正しく最悪と言ってよかった。何しろ4艦隊を交互に入れ換えて戦う戦法を取っているのだ、今から姫に1艦隊向かわせれば、間違いなく戦線が維持できなくなる。それだけは避けねばならない。

 

 (くそっ……せめて、あの姫に向かわせることが出来る戦力さえあれば……)

 

 顔を悔しげに歪めながら、義道はそう内心で呟いた。それは奇しくも、別々の場所にいる白露と北上と同時だった。

 

 

 

 そしてその別々の場所で、それぞれに救いの手が差し伸べられる。

 

 

 

 【……えっ?】

 

 白露達の所では、空を飛ぶ艦載機を紅蓮の炎が焼き尽くした。

 

 「……こりゃ、ありがたいね」

 

 北上達の所では、深海棲艦達の後方から飛んできた砲撃と艦載機が深海棲艦達に襲いかかった。

 

 「……まさか……あれは!」

 

 長門達の所では、飛行場姫が砲撃を受けた後に現れた影によって左側の滑走路を斬り飛ばされた。

 

 

 

 「……またここに来ることになるなんて思わなかったっぽい」

 

 「それは僕もさ……でも、一時でも帰ってこれて嬉しいよ」

 

 刀身の無い軍刀を持ち、少し辟易したような声で呟く“夕立”に“時雨”は同意する。が、その後すぐに嬉しそうな顔を浮かべ……夕立と2人で白露達の前に立ち、深海棲艦達を睨み付ける。

 

 

 

 「久しぶりだな! まだ沈んでないみたいで何よりだ!」

 

 「こちらの鎮守府に攻めてきた深海棲艦は退けました」

 

 「被害が出てしまったので私達だけになりますが、救援に来ましたよ」

 

 「空はお任せ下さい。制空権は取れないでしょうが、易々と相手にも取らせません」

 

 「ほらほら皆! 那珂ちゃんスマイルで元気だして!」

 

 「ボク達が来たからには、もう大丈夫だよ!」

 

 “摩耶”と“鳥海”、“霧島”に“鳳翔”、そして“那珂”と“皐月”の6隻が力強く言い、北上達に笑いかける。

 

 

 

 「『……複雑な気分デース。ダガ、ヤルコトハヤルサ』」

 

 「大丈夫よ。いざとなったら、私を頼っていいんだから」

 

 思うところがあるのだろう“レコン”はそう呟くが闘志をみなぎらせ、軍刀を左手で持って切っ先を飛行場姫に向ける。“雷”はそんな彼女の隣に立ち、砲口を飛行場姫に向けつつそう言った。

 

 

 

 生きていてくれたと、優希は涙した。見知った仲間の登場に、北斗はこれならと安堵した。予想外の登場に、義道は混乱した。されど戦いは待ってはくれず、それぞれに思いはあれど動く。

 

 戦いは、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 「さて……どうするか」

 

 仲間達がそれぞれの目的地に向かった後、俺は向かってくる深海棲艦の攻撃を避けながらふーちゃん軍刀とみーちゃん軍刀を手に近付き、容赦なく斬って捨てる。向かってくる敵に対して躊躇を持ってはいけないことくらい、この世界に来てからよく知っている。

 

 あの日の雷と時雨の願いを聞いた俺は、戦力を分けて向かわせた。夕立にはごーちゃん軍刀を預けているし、レコンにはいーちゃん軍刀を預けている。雷も時雨も練度が上がっているし問題ない……とはとても言えないが、信じることは出来る。

 

 俺がこの場にいるのは、ただの保険に過ぎない。幾ら俺にその気がなくとも、海軍側は俺が現れたら混乱するか敵意を向けてくることは目に見えている。だからと言って彼女達を見捨てる訳にもいかない。正直“海軍の目とか事情とか知るか”とばかりに暴れまわってもいいんだが……仲間達に今以上に迷惑をかける訳にもいかないしなぁ。

 

 「……? あれは……」

 

 不意に、俺の視界に1隻の艦娘が映った……いや、あれは深海棲艦だろうか? 真っ白な髪とところどころ赤く染まっている白い服……それに、大きな手。鬼か姫だろうか。その深海棲艦はどこかに……少なくとも日本とは違う方向に向かってかなり速い速度で進んでいた。

 

 「……追ってみるか」

 

 何故か妙にその深海棲艦が気になった俺は、付かず離れずの距離を意識して追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 「ふふふ……いいわ……いい調子よ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、空母棲姫は飛ばした艦載機を経由して戦況を確認する。攻撃手段であると同時に目としても使える艦載機が映すのは、壊滅状態の鎮守府と壊滅した深海棲艦、或いは押し押されの戦闘。総合的に見て、深海棲艦側の戦果の方が多いだろう。

 

 「まあ……戦果なんてどうでもいいけれど」

 

 空母棲姫はニヤニヤしながらそう呟く。元より彼女は戦果等欲しくはない。建前として海軍の壊滅やら撃破やら色々言っていたが、実際のところ彼女の本当の目的は……海軍総司令“渡部 善蔵”の殺害のみ。それも自分の手で、その首の肉の感触を感じ、骨を砕く手応えを感じ、吹き出る血の温かさを感じながら殺したいのだ。

 

 「だから……だから早く私を見つけなさい……早く私の所に来なさい……いえ、来なさそうなら私の方から出向いてあげるわ……そしてこの手で……ふふふっ」

 

 彼女は笑う。何かを求めるように手を伸ばして、その何かを掴んだかのように、離さないように自分の体を抱き締めながら。その顔にあるのは憎悪。憎くて憎くて仕方なくて……なのに、どこか“愛情”らしき感情も見受けられた。だが、例えその僅かな愛情が確かだとしても……。

 

 

 

 「殺してあげるわ……私の“元クソ提督”」

 

 彼女の願いは、ただそれだけ。




実際のところ、戦闘時間や被害はもっととてつもないことになるのでしょうが……本作ではこのような感じに。戦闘シーンやら何やらに力不足を感じていますが、頑張りたいと思います。



今回のおさらい

深海棲艦、海軍襲撃。勝敗の行方はどこへ向かうのか。逢坂 優希、ピンチ。援軍はかつての仲間の夕立と時雨。北上達、ピンチ。援軍は摩耶様達。渡部 義道、ピンチ。援軍はかつての仲間と仇の魂宿す雷とレコン。空母棲姫は笑う。憎悪の中には愛情が。

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