どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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明けましておめでとうございます! 新年最初の更新でございます。今年も宜しくお願いしますm(_ _)m

タイトルで察する方もいらっしゃるかも知れませんが、今回あの娘が登場します。

また、後書きにちょっとしたおまけがあります←


ありがとう。僕を助けてくれて

 扶桑が戻ってきた後、島で一夜を明かしたイブキ達。彼女達は朝を迎え、イブキが(しーちゃん軍刀で)獲ってきた魚と夕立とレコンが採ってきた木の実や果物で朝食を取る。この後、予定では戦艦棲姫山城と戦艦水鬼扶桑の部下が彼女達の拠点まで案内する為にこの島にやって来ることになっている為、それまではゆっくり過ごすことになっている。なので、6人は2人の部下が来たら直ぐに分かるように玄関の外に座りながらまったりとしていた。

 

 「それにしても、私達の拠点を使うのは盲点だったわ……大丈夫なのかしら」

 

 「大丈夫ってなにが?」

 

 「そうね……私達は1度、海軍に敗北しているのよ。もしかしたら、拠点が破壊されているかもしれないの……ああ、別に貴女達を恨んでる訳じゃないから、そんな顔しないで」

 

 山城の言葉に、雷と夕立が複雑そうな顔になる。雷は半年前のサーモン海域最深部への大規模作戦に参加こそしてはいないが、仕方ないとは言え山城達の拠点を海軍が攻め込んだから。夕立に至っては参加もしていたのだ、気まずくないハズがない。2人の表情に気付いた山城は直ぐに恨んでいないと告げ、2人の頭を撫でた。

 

 その時、唐突にイブキが立ち上がった。5人がどうかしたのかと思いながら顔を上げるが、イブキの視線の先にあるモノを見て自分達も立ち上がる。

 

 それは人影だった。現状、この島に来る存在など限られている。しかし、海軍という線は薄い。大規模作戦を終えてからまだ1日しか経っていないし、事実上の最高戦力を傷1つなく撃退した存在の元へ調査隊やら何やらを派遣するにしても早すぎる。リベンジというのも有り得ないだろう。船影ではなく人影なので人間というのもないし、そもそも今の世界で海軍以外の人間が艦娘による護衛もなしで海に出るのは自殺行為、故に有り得ない。ならば、後は深海棲艦だけになる。

 

 (……変ね。案内と言っていたから、てっきりタ級“だけ”が来るものと思っていたのだけれど)

 

 そう扶桑が考えるが、視線の先にある人影は“2人”分だった。不審に思った扶桑だったが、人影が近付くにつれてその表情を喜色に染めた。それは山城も同じだった。

 

 やがて、人影が海岸の近くまでやってきた。その距離までくれば、はっきりとその姿を捉えることが出来る。2人分の人影の内、1人は山城と扶桑の知るタ級だ。そして、残った人影の正体は……イブキ達もよく知る“艦娘”。

 

 

 

 「オ迎エニ上ガリマシタ姫様」

 

 「久しぶりイブキさん、夕立。それから……扶桑、山城」

 

 

 

 

 

 

 それは、扶桑が南方棲戦姫の拠点から出発して直ぐのこと。

 

 (……ここは……?)

 

 不知火の雷撃によって沈められ、山城に拠点へと運び込まれて入渠場にある緑色の液体が入ったカプセルに入れられていた時雨が目を覚ました。彼女の記憶では、何者かによって攻撃を受けて沈められた。そして、沈み行く中でイブキと夕立を助けてくれと心の中で叫び……伸ばした手を、誰かに取られた気がする。

 

 (そうだ、夕立とイブキさん!)

 

 思い出した途端、時雨は慌てる。沈んだと思っていた自分がこうして生きていることは不思議ではあるが、今はそんなことはどうでもいい。問題は、2人がどうなったかだ。

 

 時雨には今が何時なのかというのは分からない。実は1時間かそこらしか経っていないのかも知れないし、1年以上経っているのかもしれないのだから。知りたいのはここがどこかではなく、2人の安否。連合艦隊が相手では、とても無事とは思えない。それ故に、一刻も早く知りたかった。

 

 「アラ……起キタノネ。モウ少シ早ケレバ、姫様モオ喜ビニナラレタノニ」

 

 (そんな……なんで戦艦タ級が……)

 

 しかし、不意に聞こえた声とその姿に時雨の顔が絶望に染まる。折角生き残ったというのに、目覚めて直ぐに深海棲艦……それも戦艦クラスと出会ってしまったのだ、それも仕方ないだろう。

 

 どうすればいいのか……時雨がそう考える間もなく、タ級は時雨のカプセルの前まで移動してパソコンのキーボードのような機械を何やら弄ると、時雨が入っているカプセルから液体が抜け出し、時雨の目の前のガラスのようなモノに切れ込みが2本入り、蓋が外れるように外側に倒れた。

 

 「出テ来ナサイ」

 

 タ級がそう言うが、正直に言えば時雨は出たくはない。今更になって気付いたことだが、時雨は全裸だった。艤装どころか服すらもない、一糸纏わぬ姿だった。そんな状態で敵の前に出たくはない……が、そうして相手の怒りを買いたくもない。

 

 恐る恐る、時雨はカプセルから出る。流石に恥ずかしいらしく顔を羞恥で赤く染め、両手で胸を抱き締めるようにして隠しながら。そんな時雨にタ級は背を向け、視線で“ついてこい”と語りかけて入渠場から出る。時雨も恥ずかしさに耐えながら、その背を追った。

 

 (ここは……まさか、深海棲艦の鎮守府かなにかかな?)

 

 タ級に着いていきつつ今歩いている岩肌に所々に機械の壁がある通路を見て、時雨はそう考える。時雨が知る限り、深海棲艦の拠点が見つかったという話は出ていない。定説や噂では、名前の通り深海に存在するらしい。だが、証拠は1つもない。何しろ海軍の持つ深海棲艦の情報……主に生まれや思考、拠点や目的等は全て推論でしかないのだ。“そうであるとされる”という言い回しばかりで、確証など全くない。そんな未知の部分に、時雨は今触れている。

 

 もしこの場所の情報を持ち帰ったなら、時雨の提督は間違いなく昇進する……が、このまま生きて帰れる保証はない。今の時雨に出来ることは、黙ってタ級に着いていくことだけだった。

 

 「艦娘ガ目覚メタノデ連レテキマシタ」

 

 「入リナサイ」

 

 「……っ!?」

 

 やがて、時雨とタ級は1つの扉の前に辿り着いた。タ級はノックをした後にそう言い、返事が聞こえると扉を開けて中に入り、時雨もそれに続く。そして、時雨は中にいた存在を見ると驚愕の表情を浮かべた。それも仕方のないことだろう。何しろその存在はタ級の数段上の存在……姫級である南方棲戦姫だったのだから。

 

 時雨は姫級と対峙したことこそないが、その存在は知っている。その知識の中には、目の前の南方棲戦姫のこともあった。とは言っても、あくまで姿と名前だけであったが。

 

 「オハヨウ……デイイノカシラネ?」

 

 「……どうして、僕を助けたんだい?」

 

 「アア、勘違イシナイデ。貴女ヲ助ケタノハ私ジャナイワ。ソコノタ級デモナイ」

 

 南方棲戦姫、もしくはタ級が自分をここまで連れてきたのだと考えていた時雨は、彼女の言葉に首を傾げる。南方棲戦姫ではない、タ級でもない。じゃあ自分を助けたのは誰なのか……その疑問に気付いたのだろう、南方棲戦姫はあっさりと答えた。

 

 「貴女ヲ助ケタノハ私ト同ジ姫。コノ姫ハチョット特殊デネ……艦娘ダッタ頃ノ記憶ヲ持ッテイルノ」

 

 「なんだって!?」

 

 目覚めてから何度目かの驚愕が時雨を襲う。南方棲戦姫の話は決して簡単に受けきれるものではなく、聞き流せることでもなかった。“艦娘だった頃の記憶を持った深海棲艦”。時雨はその逆……深海棲艦の記憶を持った艦娘の存在を知っている。

 

 時雨は右手を自分の顎に当て、頭を働かせる。深海棲艦の記憶を持った艦娘……夕立のことを知った時は話の内容を聞いて悲しくなったが、そういうこともあるのかと納得していた。何せ夕立はドロップ艦なのだ。建造によって生まれた時雨とは違い、倒した深海棲艦が沈んだ場所に現れた光の中から生まれた。故に、深海棲艦だった頃の記憶を持っていても、不思議ではあるが有り得ないことではないと思えた。

 

 だが、その逆の可能性……艦娘だった頃の記憶を持った深海棲艦、というのは考えていなかった。いや、考えたくはなかった。もしその可能性が現実だったならば、自分達はもしかしたらかつて仲間だった者達と戦い、沈めていたかもしれないのだから。そして今、その考えたくはなかった可能性が現実のモノであると知らされた。

 

 (もしかして、深海棲艦と艦娘は……)

 

 「考エ込ンデイルトコロ悪イケレド、セメテ服位着タラ?」

 

 「……あっ」

 

 

 

 艦娘が最初に着ている服は、装甲としての役割を持っている。それ故か、艦娘が入る入渠場の液体に漬け込んでおくと、しばらくすれば元通りに修復される。時雨はタ級が持ってきてくれた自分の服を着ながら、また思考に耽っていた。

 

 (ここは深海棲艦の拠点で、その入渠場に僕は入ってた……なのに、僕の体も服も治ってる)

 

 ここまで来ればほぼ確定だと時雨は思う。しかし、それを口にはしない。出したとしても誰も信じないかもしれないし、出したところで何かが変わる訳でもないと思ったからだ。

 

 「着タワネ? サッキノ続キダケド、貴女ヲ助ケタ深海棲艦ハ艦娘“山城”ノ記憶ヲ持ッテイルノ。“扶桑”ノ記憶ヲ持ッタ深海棲艦モイルワ」

 

 「山城に扶桑!? そっか、それで僕を……」

 

 「ソウネ。ソレニ、イブキッテ名前モ助ケル理由ニナッタデショウネ」

 

 「そうだ、夕立とイブキさん! 2人は、2人は無事なの!?」

 

 「安心シナサイ、無事ラシイワ」

 

 目の前の姫……南方棲戦姫の言葉に時雨は安堵する。元々時雨は夕立とイブキ、2人に連合艦隊がやってくることを知らせに島に向かっていたのだ。自分が沈み、伝えられないことで2人が沈んでしまったらと不安だったが無事と分かり、ホッと息を吐いた。自分が助けられた理由も分かり、大方の疑問は解消できた。

 

 「サテ……本題ニ入リマショウ」

 

 「……本題?」

 

 

 

 「貴女ハ艦娘。ココハ私達深海棲艦ノ拠点……体ガ治ッタ今、コレ以上コノ場所ニ貴女ヲ置ク訳ニハイカナイノ」

 

 

 

 ゾクリ、と時雨の背筋に悪寒が走った。そうだ、この場所に生きて存在出来ているのは奇跡のようなことなのだと、今更になって時雨は思い出した。

 

 時雨は山城と扶桑によって助けられ、その意識が回復し、修復が終わるまで……と、少々強引にこの拠点に置いているだけなのだ。意識が戻り体も治った今、彼女を拠点に置いておく理由は……ない。

 

 「それは……僕を殺す……ということ、かな?」

 

 「ソウネ……私ハ深海棲艦デ、貴女ハ艦娘。ソコカラ考エレバ、私ハ貴女ヲココデ殺スベキヨネ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、時雨は自分が生き残る方法を考える。しかし、直ぐに思考は詰んでいると答えを出した。

 

 自分がいるのは一切の情報がない敵の拠点。目の前には姫、隣には戦艦タ級。艤装もないし、この部屋唯一の扉……洞窟内なのになぜか木製の洋風な扉だった……は閉められている。時雨が何か行動を起こせば、その瞬間に終わる。かと言って拾った命を諦めたくなどない。

 

 どうにかして生き残る方法は……そんな風に真剣に考える時雨の姿が可笑しかったのか、南方棲戦姫がクスクスと小さな笑い声を漏らした。

 

 「真面目ニ考エテイル所悪イケド、貴女ヲ殺ス気ハナイワ。ソンナコトヲシタラ、戦艦棲姫達ニ怒ラレルモノ」

 

 「……へ?」

 

 「ダカラ、貴女ヲ殺ス気ハナイノ。デモ、出テ行ッテハモラウワ……ソコノタ級ト一緒ニネ」

 

 「……ふぇ!?」

 

 驚く時雨に、南方棲戦姫は説明する。イブキ達は連合艦隊を撃退し、その際に見捨てる形で置いていかれた1隻の艦娘を仲間に加えたこと。拠点である島を海軍に知られた為、違う拠点を探していること。候補として今いる拠点が上がったが、深海棲艦と拠点の主として入れさせる訳にはいかないこと。昔の山城の拠点が候補として上がったこと。そして、そこまでの道案内にタ級が選ばれていること。

 

 元々タ級は南方棲戦姫の部下ではなく、半年前の大規模作戦にて支配海域を海軍に取り戻された山城、その戦いの中で沈んでいった部下の生き残りだ。現在20隻ほど生き残っているらしく、タ級を含めた部下達は今、上司共々南方棲戦姫の拠点の世話になっている。

 

 その説明を聞いて、時雨は山城が半年前に自分達が攻め込んだサーモン海域最深部を支配していた姫だと知った。その胸に沸き上がるのは、少しの罪悪感。そして、疑問だった。

 

 「待って。海軍が海域を取り戻しているなら、その拠点は海軍が制圧してるんじゃないのかい?」

 

 「ソレハナイワ。私達深海棲艦ノ拠点ハ、水中ニ入口ガアル洞窟ナノ。潜水艦クライシカソノ入口ハ見ツケラレナイシ、潜水艦ダケデハ拠点内ノ戦力ニハ勝テナイ。唯一ノ武器デアル魚雷ガ使エナイノダカラ」

 

 それこそが海軍が海域を制圧出来ても拠点を制圧出来ない理由。人間では深海棲艦に勝てない。よって拠点制圧も艦娘頼りになるが、その拠点は潜水艦娘でしか辿り着けない。しかし、潜水艦娘だけでは拠点に入ったところで中は洞窟なので唯一の武装である魚雷は使えない。無理に潜水艦娘以外の艦娘が入ったところで、砲に海水が入り込んで使い物にならなくなるだろう。仮に対策したとしても、中で戦闘等すれば拠点が崩落する危険もある。

 

 ならば、初めから制圧などせずに爆弾なりなんなりを使って拠点を破壊すれば良いのではないか? と考えて海軍は実際に実行した。結論から言えば、破壊“には”成功した。だが、しばらくするとその海域は再び深海棲艦が溢れ、または鬼や姫に支配され、拠点は“元通り”になっていた。制圧しようとしても出来ない。破壊してもしばらくすれば元通りになる。いつまでも戦いが終わらないのは、こうした厄介なことが多いからだ。

 

 「話ガ逸レタワネ。トニカク、貴女ニハタ級ト一緒ニ出テ行ッテモラウ。貴女ガ使ッテタ艤装ハ直ッテルカラ、場所ハタ級ニ聞キナサイ。イイワネ?」

 

 「……うん、分かった」

 

 

 

 

 

 

 それが、イブキ達のいる島にやってくるまでの時雨の身に起きたことだった。話には出ていないが、島に来る道中に山城と扶桑の見分け方をタ級から教わっている。他にも、タ級には寝る場所に案内され、夜食として弾薬と燃料を渡され、如何に山城と扶桑が己にとって素晴らしい存在かを夜通し聞かされ、一睡も出来ていないのは内緒である。とは言っても、今まで眠っていたようなモノである時雨は問題ない。ただ、昼夜が逆転しないかが時雨は心配だった。

 

 外に出た時は、時雨は鎮守府に戻って自分の無事を伝えたいと思っていた。だが、深海棲艦の拠点の情報を持ち帰られる訳にはいかない為、南方棲戦姫から帰らせることはできないと今朝に言い含められている。こうして逃げる素振りも見せずにタ級と共にいるのは、そういう理由もあった。

 

 「時雨……動いて大丈夫なの?」

 

 「問題ないよ山城。鈍ってはいるだろうけどね」

 

 山城の心配する声に、時雨は苦笑を浮かべる。1度は沈み、そう長くない期間ではあるが眠り続けていたのだ、当然体は鈍る。とは言え、時雨は半年前の大規模作戦を戦って生き延びた実力者でもある。並の深海棲艦には負けたりしない。

 

 ふと、時雨の視線が夕立と雷、レコンに移る。扶桑から話を聞いた南方棲戦姫に話を聞いた時雨だったが、実際に見ると違った感想が出てくる。

 

 約半年ぶりに見る夕立は、かなり姿が変わっていた。一瞬誰だか分からない程に。しかし、変わったのは姿だけだと時雨は思う。半年前の屋敷で聞いた夕立とイブキの会話と誓い……その想いと関係は、変わらない。むしろ強くなっているようにも感じた。そのことを、時雨は嬉しく感じていた。

 

 一番気になっていた、海軍に見捨てられる形で置いていかれたという雷。話を聞いた時は、時雨は心を閉ざしていても可笑しくないと考えていたのだが……ここに来て見てみれば、とても置いていかれたとは思えない程に明るい雷の姿があった。時雨を迎える為に近寄ってきたイブキの左手を右手で繋ぎながら歩いてくる姿など、見た目相応で微笑ましい。

 

 分からないのは、レコンである。見た目は紛れもなく金剛型戦艦ネームシップの金剛である。時雨の鎮守府にも金剛は存在する為、その姿をよく覚えている……のだが。

 

 「『ん? 私のフェイスに何かついてマスカ? ソレトモコノ喋リ方ガ気ニナルカ? キヒヒッ』」

 

 「まあ……うん」

 

 艦娘として生まれて数年、時雨にとって初めての本気で理解しにくい相手だった。後に目の前のレコンの半分は半年前に沈められかけたレ級だと知り、半泣きになることを……この時の時雨は知る由もない。

 

 「そうだ、山城と扶桑が僕を助けてくれたんだよね? ありがとう。僕を助けてくれて。僕の願いを聞いてくれて」

 

 「実際に助けたのは山城なのだけど……ね」

 

 「姉様も、南方棲戦姫に時雨を拠点に置いておく為に説得してたじゃない」

 

 目の前の扶桑と山城の掛け合いに、時雨は胸の奥が暖かくなるのを感じた。時雨の鎮守府に扶桑姉妹はいないが、演習や出撃中に擦れ違ったりするなど艦娘の姉妹の姿を見たことがあるし、話したりもした。その記憶のものと姿も声も違っている……だが、その掛け合いは記憶と何ら変わらないものだった。

 

 そして視線がイブキへと移る。時雨にとってイブキは、夕立の大事な存在であり、自分の命の恩人であり……読めない存在だった。強いであろうということは分かっていた。何せレ級を単独で退けるのだから。だが今回、その強さが自分の想像の範囲外にあることを改めて知った。時雨はイブキと夕立……時雨は夕立がイブキの元から離れていたことを知らない為、そう考えている……に向けられた連合艦隊の戦力を知っている。しかし、目の前のイブキは傷らしい傷がなく、五体満足で立っている。それはつまり、山城達の助けが入るまで交戦し、傷ひとつ負わなかったということになる。

 

 (強い、なんて言葉じゃ片付けられない。もしもイブキさんが鎮守府に攻め込んできたら、どの鎮守府でも止められない……絶対に、敵意を抱かせたらいけない)

 

 自分が海軍の攻撃で沈んだとは考えていない時雨は、イブキが海軍と敵対した場合のことを考えて内心青ざめる。イブキは恩人だし、感謝もしている。敵対するなんて考えは微塵もない……だが、これは時雨自身の話。もしもイブキが敵対心を抱けば海軍がどうなるかなど、火を見るよりも明らかだろう。

 

 時雨がそんな風に考えている間に、いつの間にかタ級の紹介も終わっていた。更には出発する準備も終えている。扶桑姉妹は自身の背後に巨大な異形の艤装を従わせるようにしており、雷と夕立は既に海に足を踏み入れていて……夕立が左手にチ級の魚雷管を装備している時は時雨もびっくりした……レコンも元気よくボロッボロの艤装を後ろ腰に着けて海に走っていく。

 

 そして、後ろ腰に4本の軍刀を備え、その内の1本……左後ろ腰の下の軍刀は外れないようにしているのか鞘に紐で固定されている。それらに加え、左腰にも1本の軍刀……時雨は知らないが、久方ぶりに完全装備をしたイブキもまた海に足を踏み入れた。

 

 「それじゃ、行きましょうか。タ級、お願いね」

 

 「ハイ」

 

 山城の言葉と共に、タ級が山城と共に前に出る。その後ろにイブキが、その右隣に夕立が、左隣に雷が。夕立の右隣に時雨が、雷の左隣にレコンが。最後尾に扶桑が並び、島から出発する。こうしてイブキは、半年間住み続けた拠点から出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「あー……疲れたー」

 

 そんな台詞と共にぐでー、と机の上に上半身を倒す女性。日本人女性らしい背中程までの長さの黒髪をしたその女性の下には、今しがた書き終えたと思われる書類があった。

 

 彼女の名は、逢坂 優希(あいさか ゆうき)。彼女は今はイブキと共にいる夕立、時雨の提督であり、階級は中佐……だったが、先日時雨がイブキの居る島を話した為、大佐となった。歳は20、提督歴2年。彼女自身は、至って平凡な女性だった。提督になった切っ掛けは、偶然女性提督募集と書かれている士官学校のホームページを見たこと。特に行きたい学校がなかった彼女は試しに行ってみよう、と軽い気持ちで説明会に行き……艦娘達の姿やそれを指揮する提督達を見て、彼女達に母性的な何かを刺激され、その衝動のままに士官学校に入学し、厳しい訓練と勉学を終え、提督となった。初期艦は五月雨。

 

 安全第一……それが、優希の考えだった。艦娘達に怪我をして欲しくない。泣き顔や痛みに歪む顔よりも笑顔でいて欲しい。そういう考えでいたからこそ、階級こそ中々上がらなかったが半年前まで轟沈0という記録を保持していた。しかし、夕立が沈んだと聞かされ……その記録がストップすると同時に、優希の中に空虚が生まれた。家族のように、我が子のように接してきた者の轟沈……すなわち、死。優希は泣き崩れ、立ち直るのに1週間を費やした。

 

 (夕立……時雨……ぐすっ)

 

 そして次は、そんな自分を支え続けてくれた時雨が沈んだ。その場面を目撃した訳ではない。だが、真面目な時雨がいつまで経っても姿を見せないことで不審に思って鎮守府内を捜索していないことに気付き、直ぐ様海に捜索の手を広げても見付からず……時雨は行方不明として処理された。偶然耳に入った噂で1隻でいた時雨と思わしき艦娘が深海棲艦と交戦の末に沈んだというのがあったが、優希は決して信じようとはしなかった。

 

 しかし……こうも時間が経ってしまっては悪い方へ悪い方へと考えてしまう。噂は正しく、その艦娘は自分の仲間の時雨ではないのか。もう沈んでしまい、2度と会えないのではないか。そういったことを。

 

 (……ダメ、ダメだよ。私が信じなくちゃ、私は信じなくちゃ。時雨は無事だって、沈んでなんかいないって)

 

 優希は首を振り、心を強く持とうとする。何せ、時雨には前科がある。夕立を捜索しに行ったまま帰投する時間を大幅に遅れて帰ってきたという前科が。今回も絶対に帰ってくると、そう思って無理に笑顔を浮かべる。提督である自分が信じずに、一体誰が信じるのだと。

 

 だが……その優希の姿を見て、苦しい思いをしている者達もいる。それが、この鎮守府の艦娘達だ。彼女達にとって逢坂 優希という存在は、同姓である為に接しやすく、姉のようであり母のような存在である。常に自分達の身を案じてくれ、共にお菓子や料理を作り、寂しがり屋な艦娘は共に眠ったこともある。書類仕事が苦手だったり、艦娘達にはお洒落を進めるくせに自身のお洒落には無頓着だったりと頼りない所も抜けている所もあるが、そんな優希を嫌う艦娘はいない。

 

 そんな大好きな存在が、自分達を思うが故に苦しんでいる。誰もが時雨の生存が絶望的であると理解している。なのに、優希だけは生きていると艦娘達に微笑みかけ、大丈夫だと励ましてくれるのだ。それが、辛くない訳がない。

 

 「ねえ……どうしたら提督、諦めてくれるのかな」

 

 「村雨……あんた、本気で言ってるの?」

 

 「怒らないでよ白露姉。私だって、提督の気持ちは分かってるけど……今はいない時雨よりも、ここにいる提督の方が大事だもん」

 

 執務室の扉の前に、白露、村雨、五月雨、涼風の4人はいた。少しだけ扉を開けて重なるように全員が隙間から優希の様子を覗き見ながら、村雨は誰にでもなく呟き、上にいる白露に怒気を含んだ言葉を受けつつ、苦笑いを浮かべながら悲しさを滲ませてそう言った。

 

 時雨は彼女達姉妹の1人だ、そんな時雨が行方不明となり、本当かどうかは定かではないものの沈んでいるという噂が流れているとなれば焦らないハズも気が滅入らないハズもない。それは村雨とて同じ事だ。だが、彼女は今この場にいない時雨よりも、目の前の憔悴している優希の方が心配で仕方なかった。

 

 時雨が行方不明となってまだ数日だが、日を追う毎に優希の顔色は悪くなっていっている。それは確実に心労からきている……どれだけ本人が明るく振る舞おうと、どれだけ空元気を見せようと、日に日に悪くなる顔色は艦娘達を不安にさせ、心配させていることに、時雨のことと艦娘達を不安にさせないようにと考えている優希は気付けない。

 

 「私も、提督さんがあんな風に笑おうとするのは……もう見ていられないです。時雨姉さんの事は確かに心配だけど……目の前の提督さんの方が心配だよ……」

 

 「五月雨……」

 

 村雨の下にいる五月雨もまた、涙目で震えながらそう言った。心優しい彼女ですら、今はいない者よりも目の前の者をと言う。2人は決して時雨を蔑ろにしている訳ではない。だが、現状どうしようもない事よりは、目の前で起きていることを何とかしたいということだ。

 

 そんなことは分かっている、と白露は声に出さず思う。だが、白露型ネームシップ……長女であるということが、白露に苦悩させている。時雨は大切な妹だ、そんな存在を諦めるなど、僅かでも可能性がある限りは長女である自分がしてはならないと。決して優希が大切でないという訳では断じてない。だが、どちらか片方を取る……それが出来ないでいた。

 

 「……あのさ……姉貴達……」

 

 「「……?」」

 

 そんな風に真面目な話を3人がしている中、五月雨の下……つまり、一番下にいる涼風から声が上がる。その声を不思議に思った白露と村雨は優希に向けていた視線を下にやり、五月雨はあー……と声を出した。それは、五月雨だけが涼風の言いたいことを理解出来たからだ。

 

 ここで、改めて4人がどういう状態なのかを説明しよう。4人は優希がいる執務室、その扉を少し開けて中の様子を覗き見つつ、全員が見られるように重なっている。一番下の涼風は四つん這いになり、その上に五月雨がぴったりとくっつくようにして乗っかり、その上に村雨が同じように乗っかり、最後に白露が乗っかっている。その為、涼風に3人分の体重がかかっていることになる。

 

 四つん這いになっている為に腕はぷるぷる震え、足もガクガクとしている。五月雨が震えていたのも、2人分の重み故にだ。そして、目の前の扉は外側……この場合、4人の方に向かって開く。このまま涼風の腕が耐えられなくなった場合、どうなるだろうか?

 

 「も……むりぃっ……」

 

 「「「えっ……きゃうんっ!?」」」

 

 「何事!?」

 

 「「「「ぎゃんっ!!」」」」

 

 涼風がそう言った瞬間に彼女の腕から力が抜け、上にいた3人は顔から扉に突っ込み、扉はバタンッと荒々しい音を立てながら閉じた。そんな音を立てれば、当然優希も気付く。

 

 慌てて扉の前に行って開けようとした優希だったが、その前には4人がいる。必然、慌てていた為に勢い良く開けた扉は倒れ込んでいた4人の顔に思いっきりぶつかった。

 

 「あ、ごめん! 大丈夫?」

 

 「「「「い……痛い……」」」」

 

 手応えから扉が誰かにぶつかったことを悟り、優希はそう問い掛けつつ扉を閉める。そこから少し待ってから扉を開けると、今度は誰にも当たらずに開いた。そこにあったのは、俗にいう女の子座りをして自分の顔を押さえている4人の姿。その姿を見た優希は慌てて側に寄り、4人の顔の赤くなった所を順番に撫でる。その表情は、如何にも“心配している”という感情が浮かんでいた。

 

 4人は決してそんな表情をさせたい訳でも見たい訳でもない。この優しい提督の笑った顔が見たいのだ。夕立の轟沈を乗り越え、時雨を一旦記憶の片隅に追いやり、以前と同じように軍隊でありながら家族のように、母か姉と妹のように過ごす日々が欲しいのだ。

 

 4人は痛いの痛いの飛んでいけー、なんて言っている目の前の提督を見て思う。もう誰もいなくなる訳にはいかないと。提督の側に居てあげると。それが、“娘”や“妹”である自分達がしてあげられることだと思うが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 島から出発して数時間ほど経っただろうか。道中で時雨がレコンに対して小さな悲鳴を上げて半泣きになったという小さな事件が起きたもののそれ以外は特に何事もなく進み、周りの景色は相変わらず海と空。夕立と駆逐棲姫を探している時には景色なんて見ている余裕がなかったので気にならなかったが、心に余裕が出来た今では同じ景色ばかりで飽きが来る。だが、周りには夕立や雷、レコン、扶桑姉妹、時雨、タ級がいる。海の上なのに花畑にいる気分だ……ダメだな、どうにも思考がそっちの方向に行ってしまう。

 

 しかし、皆の進む姿を見て、改めて俺という存在は異質なんだと分かる。皆は海の上を滑るように移動しているが、俺は陸地のように歩いている。ずっと動き続けている俺を気遣う声もあるが、未だに疲れはやってこない。因みに、艤装が大破しているレコンがいる為、俺を含めた全員がレコンの速度に合わせている。

 

 「そう言えば、夕立は深海棲艦の拠点に居たんだったか……どんな所なんだ?」

 

 「んーと……洞窟っぽい? 所々に機械があって、何だか鎮守府みたいだった」

 

 「夕立が深海棲艦の拠点に……? それどういうこと?」

 

 「あ、時雨は知らないっぽい? えっとね……」

 

 ああ、そう言えば時雨は俺と夕立が1度離ればなれになったことを知らないんだったか。島から出た後に時雨が昨日の艦隊のことを俺達に知らせようとしてくれた結果、沈んだというのは聞いたが……時雨自身は俺達の状況を知る術がなかったんだし、それも仕方ないか。

 

 さて、まだかかるようなら島から出た後のことでも思い返す……ところだが、生憎と思い返すようなことがない。夕立が腕を組んできたり、雷が肩車をねだってきたり、レコンが手を繋いできたり……全部やったが。現在もやってるが。夕立の成長したおぱーいの柔らかさだったり雷の太ももの柔らかさだったりレコンの手の柔らかさだったりと……落ち着け俺、自重するんだ。昨日から色々おかしいぞ。

 

 「着いたわよ」

 

 そんなことを考えていた時、タ級と共に先頭にいた山城がそう言った。しかし、周りにはそれらしいモノはない。正面には海面から飛び出ている石の突起が出ているが……と、海面に視線を移した時に悟る。その石の突起は、氷山の一角に過ぎないと。

 

 

 

 「私達の拠点の入口は、この下にあるわ」

 

 

 

 石の突起が出ている場所の濃い海の青に映る巨大な黒い影……その影を指差しながら、山城はエミを浮かべながらそう言った。




という訳で、時雨復活、時雨と夕立の提督登場、拠点移動のお話でした。因みに優希、高卒です←

新年初の投稿だと言うのに、まさかのイブキセリフなし。ごめーんね☆(軽っ

さて、ここから先は私からの(ありがた迷惑な)お年玉です。他の作者様もやっていたような気がしますが……もし、イブキが読者様の鎮守府にやってきたら! という形でセリフをば。時報は希望者が居れば、また後日別の後書きで書きますw



セリフ CV:読者様次第 イラストレーター:海鷹様(以前にpixivで書いて頂きましたので。改めましてありがとうございます♪)

入手/ログイン ……はじめまして、だな。すまないが、俺に名前はない。それでも呼ぶなら……イブキと、そう呼んで欲しい。

母港/詳細閲覧 うん? どうしたんだ?
        平和だな……水浴びでもしてきていいか?
        艤装が気になるのか? 見る分には構わないが……触るなよ? 責任は取れないからな。

ケッコンカッコカリ (未確認)

ケッコン後母港 (未確認)

編成 任せてくれ……誰も沈めさせはしない。

出撃 任せてくれ……誰も沈めさせはしない。
   1度、言ってみたかったんだ。艦隊、出撃する。
   夕立、共に……出るぞ!

遠征選択時 遠出か?

アイテム発見 見つけた。

開戦 さて……やるか。

航空戦闘開始時 (なし)

夜戦開始 夜だろうが昼だろうが、俺には関係ない。

攻撃 俺は砲雷撃戦……でいいのか?
   斬る。
   始めよう。
   守ってみせる……俺が!

攻撃(夜戦) 斬り捨てる!

小破/中破/大破 (未確認)

勝利MVP 俺が? 嬉しいのは嬉しいが……俺よりも、他の皆にあげてくれ。

帰投 作戦は終了した。ただいま、提督。

補給 助かるよ。
   俺は、あまり必要ないんだが……。

改装/改造/改修 いや、俺には……まあ、感謝はするが。
        俺よりも、他の皆にだな……ありがとう。
        今でさえ満足に扱えていないのに……いや、助かるよ。

入渠 (未確認)

建造完了 新しい仲間だ。歓迎してあげないといけないな。

戦績表示 提督、便りが来ているぞ。

轟沈 (未確認)

時報

放置時 暇だな。ごーちゃんの手入れでも……冗談だ、そんなに慌てなくてもいいだろう?



今回のおさらい

時雨、再び参戦。何かに気付いたようだが……? 新キャラ、逢坂 優希登場。物語にどう絡むのか。 イブキ達、拠点に到達。どうなるのか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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