どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。恐らくはこれが年内最後の更新になるかと思います。

UA20万超えました。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!

今回は久々にイブキが……?


何度だって言う。何度だって答える

 (……あ……私、寝ちゃってたんだ)

 

 雷が目覚めた時、窓の外は夕暮れ時だった。その茜色を見ながら少しの間ボーッとしていたが、意識がはっきりしてくると今まで起きたことが次々と浮かんでくる。大規模作戦のこと、味方に見捨てられたこと、仇であるレ級だと言う金剛と出合い、謝られ、平手打ちで許したこと……そこまで思い出したところで、雷は横になっていた体を起こした。

 

 心の内を吐き出しながら泣いたせいか、暗い感情や憤りなどもなくスッキリとしていた。雷はぐ~っと伸びをし、自分が枕にしていたモノに目を向ける。そこには思っていたような枕はなく……代わりに、誰かの膝があった。

 

 (膝? ってもしかして)

 

 もしや、と思いながら雷が膝から上へと視線を移動させていくと、思った通りの存在がいた。勿論、雷が思い描いていた存在はイブキだ。そのイブキが、ベッドの上に寝ていた。ベッドの向きと十字になるように寝ているせいで膝から下がベッドの外に出て曲がってしまっている……どうやら座った後に体を倒して眠ったらしい。両手を組んで頭の下に置いて枕にしているようだ。

 

 (……綺麗な寝顔。人形みたい)

 

 イブキを起こさないように頭のところに移動した雷はイブキの寝顔を真上から覗き込むように見る。人外のような青白い肌と整った顔をしている為か、雷にはその寝顔が人形のように美しく思えた。頬に触れれば温かいし胸も上下しているから勿論人形等ではないが。艦娘は可愛いや美しいという差はあれど皆見目麗しい。それは人型の深海棲艦にも言える。そして、いまだに艦娘か深海棲艦かはっきりしていないイブキもその例に漏れない。

 

 なんとなく、雷はイブキの前髪を右手で鋤く。サラサラとした白髪は触り心地がとても良く、肌もすべすべとしている。少しの間触っていると、ついクスッと笑みがこぼれた。

 

 昨日までの雷は、こうしてイブキと触れ合えるなど思ってはいなかった。ましてや寝顔を見たり膝枕されたりなどあり得なかっただろう。なりたくはなくとも敵だったのだ、それも当然のこと。しかし、今となっては自分自身が海軍から離れることになり、イブキと行動を共にしている……すぐ側に、居る。

 

 (電と響姉、暁姉、鎮守府の皆のことは気になるケド……戻れないもんね)

 

 代わりに、今まで共にいた仲間達と離れることになった。寂しくはある。帰りたいという気持ちもある。しかし、それは出来ない。かつての恩人と共に居るというのは、そういうことだ。今度は姉妹達と、仲間達と敵になる……最早それは変えられないだろう。

 

 しかし、彼女はそのことを悲観したりはしない。涙は流したのだ。暗い感情は吐き出したのだ。ならば今を少しでも楽しんで生きた方がずっと良い。

 

 (だって私は雷だもん。イブキさんにはいーっぱい頼ってもらうんだから!)

 

 にこーっと笑顔を作り、雷はイブキの手を彼女の腹の上に動かし、代わりに自分の膝を頭の下に敷く。堪能することは出来なかったが、膝枕をしてくれていたお礼及び自分がしたいが為に。

 

 ふと、他の者達はどうしたのかと気になった。今に至るまで雷の視界と思考にはイブキしかいなかった為、周りを認識していなかった。改めて確認すると、レ級と金剛が融合しているというレコンは雷がされていた膝とは逆の膝……正確には太ももになるのだろうが……で膝枕されている。夕立はイブキの腹を枕にしており、レコンと同じくすぴすぴと寝息を立てていた。戦艦棲姫山城は今居る部屋唯一の椅子に座って眠っており、戦艦水鬼の姿は見当たらない。

 

 (どこにいったんだろ)

 

 「んぅ……」

 

 雷がそう不思議に思った時、夕立が目を覚ました。その声に反応し、雷の視線が夕立に止まる。

 

 雷にとってはこの夕立も不可思議な存在だった。彼女の記憶には改装前の夕立と改二となった夕立の両方の姿がある……が、目の前の夕立の姿はそのどちらにも当てはまらない、全くもって未知の姿をしている。よく思い出してみれば、艦娘の艤装だけでなく深海棲艦の艤装も付けていた気がする。

 

 「んふ~……イブキさんの匂い……♪」

 

 とかなんとか考えていると、目の前の夕立が自分の顔をイブキの腹……というか身体に擦り付けだした。それはもうグリグリと、まるでマーキングするかの如く、とても幸せそうな声と表情で。それも仕方ないだろう。夕立にとってイブキと触れ合うのは実に半年ぶりとなるのだから。

 

 そんな夕立に対し、雷はどう反応するべきか悩んでいた。羨ましいと声にするべきか、イブキが起きるから止めるように注意すべきか……同じようにしてみるべきか。それは魅力的なことだが、寝顔を見れなくなるのは少し勿体無い気もする。

 

 あーでもないこーでもないと雷が考えていると、彼女は夕立が自分のことを見ていることに気付いた。記憶の中のエメラルドでもルビーでもないゴールドの双眼……その目が暫く雷のブラウンの瞳と見詰めあい……。

 

 ━ ……ふふん♪ ━

 

 ━ ……イラッ ━

 

 勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす夕立、それに苛立ちを覚える雷。2人の間には2人にしか見えない火花がバチバチと散っていた。

 

 夕立は見せ付けるようにイブキの腹に顔を埋める。共に生活していた時は部屋こそ別々だったもののよくイブキのベッドに潜り込んではその体の暖かさと匂い、柔らかさを堪能していた夕立。半年ぶりにそれらが出来るとあっては遠慮はしない。ましてやライバルらしい艦娘や深海棲艦まで増えている……そう、これはまるで、ではなくまさしくマーキング。イブキさんは私のモノっぽい、という意思表示に他ならなかった。

 

 勿論、そんなことをされては雷とて面白くない。夕立と違って雷はイブキと一緒にいた時間はほんの僅かな時間だが、別れてから半年間1日足りともイブキを忘れたことなどない。今となっては頼れる相手がイブキ以外にいないということもあり、そのイブキに対する想いはより強くなっている。つまるところ、雷は夕立にライバル心を抱いていた。

 

 こいつには負けたくない、と雷が思った時、ふと自分の体勢を思い出した。そう、雷はイブキを膝枕している。想い人の安心できる重みと寝顔をより身近に感じて見られ、頭は撫で放題。他人が近くに居るのに眠ることが出来るのはその人を信頼している証という話もある……頼られることが好きな雷としては、夕立のように甘えるよりはこうして膝枕のような形で尽くしたり頼られたりする方がいい。そう結論した雷はイブキの頭を優しく撫で、夕立に対して聖母のような微笑みを向け……。

 

 ━ ……ニヤッ ━

 

 ━ ……ピキッ ━

 

 勝ち誇ったかのように口元を歪ませた。それに対し、夕立は額に青筋を浮かばせる。今、2人の間にはアイコンタクトによる口喧嘩という器用な戦いが行われていた。片や全身を使って余すことなく好意を示すワンコ。片や溢れる母性で献身的に好意を示すオカン。方向性は違えど、好意を示すことに全力である。そんな2人の戦いに、思わぬダークホースが現れる。

 

 「ぅ……ん……」

 

 「『ンー……くぅ……』」

 

 「「あっ」」

 

 ぽてっ、と体の上にあった左手をベッドの上に落としたイブキ。そしてその手をきゅっと握ったレコン。その姿はまるで共に眠る姉妹、又は親子が手を握るかのよう。2人が嫉妬よりも先に微笑ましさを感じたのは、手を握るレコンの姿が胎児のように体を丸めているからであろう。例えそれが金剛の姿をしていても。例えイブキとレコンが膝枕している側とされている側なのでL字となっていようとも。

 

 ところで、だ。実は今居るメンバーの中で最も幼いのはこのレコンである。金剛が艦娘として生まれてからまだ10日ほどしか経っておらず、レコンとなってからは半日も経っていない。融合した意識はその金剛と、真っ当な成長をしてこなかったレ級……いくら人格的に成熟している金剛の意識もあるとは言え、精神面や眠っている最中の行動が幼くなるのは仕方ないだろう。

 

 「『んゥ……♪』」

 

 ((見た目私よりも年上なのに可愛い……っ!))

 

 にへーと笑みを浮かべるレコンに対し、2人がその愛らしさに驚愕する。まるで無垢な子供のような寝顔と笑顔は、無音の闘争をしていた2人の心にちくちくとしたダメージを与えていた。そのダメージに耐えきれなくなり、2人はがっくりと肩を落とす。

 

 (……何をしているのかしら)

 

 その様子を、つい先程起きて薄目で見ていた山城は不思議に思いながら内心で首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 イブキとレコンが起きたのは、あれから数分後。起きた時に一悶着あったが、そこから更に数分経ち、落ち着いたところでイブキが口を開いた。

 

 「扶桑が見当たらないな」

 

 「姉様は私達の拠点に先に戻って、他の仲間に話を付けに行ってくれているわ。私達だけの拠点じゃない以上、ちゃんと報告はしないといけないもの」

 

 山城を除いた全員がベッドに山城と向かうように座り、イブキが口を開く。その内容に答えたのは山城。半年前に海軍の攻撃によって拠点を失った彼女は今、南方棲戦姫の拠点に世話になっている。ならば当然、その南方棲戦姫に話を通しておかなければならない。とは言っても、山城は拒否されるとは考えてはいない。何故なら、南方棲戦姫は仲間の恩人を勘違いで攻撃したという負い目があるからだ。イブキが海軍に所属していたなら話は違っただろうが、むしろ追われる側だと知れば門前払いにされることはないだろう。

 

 (イブキ姉様“は”……ね)

 

 問題となるのは、他の3人だ。夕立とレコンは最早艦娘とは言い難い存在となっているが、見た目は艦娘としての夕立、金剛と然程変わらない。夕立はチ級のような仮面と艤装などもあるのでまだどうにかなるだろうが、レコンと雷はそうもいかないだろう。特に雷はダメだ。最悪、山城と扶桑が裏切り者扱いされかねない。

 

 しかし、拠点に招待すると言った以上は雷を見捨てる訳にはいかない。ましてや山城は艦娘だった頃の記憶があり、目の前の雷の境遇も知っている。見捨てるという選択肢など始めから存在していない。それに、そんなことをイブキが許す訳がないとも考えている。

 

 「あの……」

 

 「何かしら? 雷ちゃん」

 

 「えっと……戦艦棲姫、さん? 達の拠点ってことは……その、深海棲艦の拠点ってことですよね……私、行けないんじゃ……」

 

 「……そうね。普通に考えれば、艦娘である雷ちゃんを深海棲艦(わたしたち)の拠点に連れていく訳にはいかないわ。仮に私と姉様が許可したとしても、他の姫が許すとは限らない。門前払いで済めば御の字……最悪、攻撃されて沈められるわ。夕立ちゃんもレコンちゃんも、ね」

 

 山城の言葉に、名前を挙げられた3人の顔が暗くなる。それは自分達が山城達の拠点に行けないから……ではなく、自分達がいることでイブキが行けない可能性が出ることを危惧したからだ。

 

 命の恩人、共に居ると誓い合った仲、命の恩人かつ家族になろうと言われた者……共通するのは、その相手であるイブキに決して軽くも浅くもない好意を向けていること。その相手に己のせいで迷惑がかかるとなれば、辛くないハズがない。

 

 「……山城達には悪いが、彼女達が行けないのなら俺も行く訳にはいかない」

 

 「でしょうね。私としてもこの子達を置いてくことはしたくないわ……姉様の報告次第、ということね」

 

 

 

 

 

 

 「……話ハ分カッタワ」

 

 「じゃあ、答えを聞かせて?」

 

 丁度その頃、南方棲戦姫の拠点に着いた戦艦水鬼扶桑が南方棲戦姫にイブキ達を拠点に招く旨を話終えていた。勿論話の内容には雷、夕立、レコンのこともあり、イブキを招く経緯も連合艦隊との戦いのことも話してある。

 

 鎮守府で言う執務室のような岩壁の部屋で扶桑の話を聞いた南方棲戦姫は目を閉じ、深く岩の椅子に腰掛けながら考える。イブキという存在のことについては戦艦姉妹から聞かされており、自分自身も僅かな時間とは言えその姿を見ている。山城の恩人であるということも山城本人から聞いたし、己の勘違いで恩人を攻撃してしまったという負い目もある。

 

 (1発モ当タラナカッタガナ……ッ!)

 

 半年経った今でも、その悔しさは忘れていない。それはさておき、南方棲戦姫自身はイブキを拠点に招くことは特に問題はない。部下達の反応が気になるところではあるが、姫級である南方棲戦姫と山城、扶桑が是と言えば問題はないだろう。問題なのは、やはり他の3人だ。

 

 部下の深海棲艦達は、理性ある者ばかりではない。明らかに人の形を成していない者。人の形ではあるが、チ級の下半身のように異形の形が大きい者などは本能的に人間と艦娘に襲いかかる。姫達、或いは人の形をした深海棲艦の言うことは聞くが、その命令が本能を常に凌駕できる保障もない。そういう者達がいる以上、その艦娘はこの拠点にいることで逆に危険になってしまうだろう。

 

 南方棲戦姫自身は山城と扶桑との付き合いのせいか穏和寄りの性格をしている。無論、深海棲艦なので艦娘と人間への敵意はあるが、見た瞬間に殺意を抱くような大きいモノではない。雷の話を聞いた時などは敵であるにもかかわず同情してしまったし、レコンとのやりとりを聞いた時は感嘆の声を漏らした。そして、彼女の境遇を哀れにも思った。

 

 海軍から離れ、それでも仲間のことを口にしたと目の前の扶桑は言った。そんな雷が、海軍の敵になる……もしくは深海棲艦に寝返るだろうか?

 

 (……ナイ、ワヨネエ)

 

 それは、恐らくない。ある種高潔とも言えるその雷の心や意思は海軍から離されて尚、海軍から離れていない。拠点に招いたとして、何らかの理由で海軍に拠点の位置を知られることになるやも知れない。それは他の者達にも言えることなのだが。

 

 考えを纏めるなら……南方棲戦姫自身としては招いても構わない。しかし、部下達を統べる姫として、拠点の主として考えるならば……イブキ達を招くことは難しい。

 

 「……」

 

 「やっぱり難しい?」

 

 「マァネ、艦娘ッテノガ厳シイワ。ソレニ、コノ拠点マデ辿リ着ケルカモ怪シイシネ」

 

 南方棲戦姫の拠点は、簡単に言えば“海中洞窟”である。読んで字のごとく、海の中に存在する洞窟。つまり、その入り口も海中に存在するのだ。潜水艦や深海棲艦でもない限り、海中というのは艦娘達にとって最も避けたい場所になる。なにしろ、海中にいるということは沈んだということと同義……その恐怖は計り知れない。

 

 「でも、ここにはもう時雨がいるわ」

 

 「アノ子ハ貴女達ガ私ニ許可ナク勝手ニ入渠場ニ入レタダケデショウガ」

 

 扶桑の言葉に、南方棲戦姫は疲れたように溜め息を吐いて頭を押さえる。実は時雨のことは、南方棲戦姫に一切説明せずに連れてきていたのだ。そうしなければ時雨が死んでいたかも知れなかった為に仕方なく……というのが姉妹側の言い分だったが、その時の南方棲戦姫はそれはもう怒った。敵を拠点に連れ込むなんてどういうことなのだと。

 

 しかし、彼女は姉妹がかつて艦娘であり、その記憶を持っていることを聞かされていた。そして、山城と扶桑にとって時雨という艦娘は大事な戦友である。更にその時雨はイブキを助けてと願った。助けないという選択など選べる訳がない。故に、その1度に限り許した。部下達にも時雨には襲いかからないように……入渠場を破壊しない為……指示した。今回こうして聞かれているのは、そのことがあるからなのだろう。

 

 (サテ……ドウシマショウカ)

 

 とは言うものの、実質答えは決まっている。時雨は例外中の例外、この拠点の主として、深海棲艦としてイブキ一行を迎える訳にはいかない。それは出来ない。だが……仲間の願いを無下にするのも心苦しい。分かってはいるのだ。私情を棄てて部下達のことを考えるべきだと言うことは。

 

 しかし……どうしても切り捨てる言葉を出すことが出来ない。たった一言、明確な“駄目”の一言が口に出来ない。それさえ言えれば、目の前の扶桑は諦めるだろう。無理を言ってごめんなさいと苦笑いを浮かべて、どこかにいるであろう恩人達の元へ無理だったと告げに行くだろう。

 

 「失礼シマス」

 

 「あら……タ級?」

 

 「今ハ大事ナ話ノ最中ヨ。出テイ……」

 

 「1ヶ所、姫様達ノ恩人ヲ招クコトガ出来ル場所ガアリマス」

 

 「……盗ミ聞キハ、感心シナイワネ」

 

 「モ、申シ訳アリマセン」

 

 「マァ、イイワ。ソレデ、ソノ場所ハ?」

 

 南方棲戦姫が悩んでいた時、部屋に扶桑姉妹の部下のタ級が入ってきた。直ぐに出ていくように言おうとした彼女だったが、タ級の言葉に眉を潜めつつ注意する。その顔を見て震えるタ級だったが、頭を下げた後に南方棲戦姫の目を見詰める。その目を見て、彼女は一応聞いてみようと先を促す。どうせ自分では何も浮かばないのだから、と。

 

 そしてその答えを聞いた時、南方棲戦姫は納得し……寂しさを感じさせる笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 「扶桑さん、遅いっぽい」

 

 「その拠点ってこの島から遠いんでしょ? 今日中に帰ってくるの?」

 

 「そうね……この島から、姉様の速度だと片道三時間くらいね」

 

 「『ソレッテ速イノカ? それともスロウリィデスカ?』」

 

 ベッドに座る俺の右隣にいる夕立が、左隣にいる雷が、窓際の壁に立ってもたれ掛かる山城が、その隣の椅子に座るレコンが話し合う姿を見ながら、俺は嬉しさを感じていた。艦娘と深海棲艦が仲良く話し合う……かつて夢見た俺の理想が、目の前にあったからだ。出来る訳がないと捨てた、刻み込まれたハズの現実をはね除けるような現実が……目の前に、あったからだ。

 

 多分、今の俺の口元はだらしなく弛んでいる。失った全てがここにあると言っても過言じゃない。正直に言えば、夢を見ている気分だ。実は俺は眠っていて、その合間に見せられている甘い夢なんじゃないかと……内心、怯えている。覚めた時には誰も彼もがいなくなっていて、半壊した屋敷に1人孤独に眠っているんじゃないかと……怯えている。

 

 「イブキさん? どうしたの?」

 

 不意に、俺の右手がそんな声と共に温かな何かに包まれた。その何か、は誰かの手。その手の主は……夕立。俺の記憶とはすっかり変わってしまっているが……声も、心も、何も変わらない。温かな手はこの現実が決して夢じゃないことを教えてくれる。その声は夕立が側に居てくれることを教えてくれる。

 

 「……いや、なんでもない。早く扶桑が帰ってくるといいな」

 

 俺が眠った後に1度拠点に戻ったという扶桑は、日が沈み始めている今も帰ってきてはいない。それだけ遠いのか、それとも何かあったのか……いや、海軍が那智を残して撤退してからまだ1日も経っていないし扶桑は姫と名こそついていないが同等以上の力を持っているという。並の艦娘では返り討ちに合うだろう。きっと、遠いんだろうな。

 

 そんなことを思いながら、俺は自分が起きるまでのことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 ああ、これは夢だと直ぐに思った。この世界に生まれてから1度も見たことのない、どこかのマンションのような一室。俺自身の姿は見えない。鏡や食器棚のような姿を写せそうな物は何一つなく、自分の目にも手足や体そのものが見えない。まるで透明人間になっているかのようだったから。

 

 改めて、俺は部屋の中を見回す。白い壁の6畳程の部屋。ベランダはない、というか窓がない。1つだけある扉も開けられず、この部屋は密室空間と言っていいだろう。その部屋にあるのは……机と、パソコン。これは俺の部屋だったのだろうか。それとも別の何かなのだろうか。

 

 (もっと何か……あったような)

 

 見回して感じたことは、何か足りない……いや、“足りなくなっている”というものだ。1度も見たことがないと言ったが、俺はこの夢を前にも見たことがあり、その時にはもっと物があったような気がする。

 

 思えば、いつの頃からか俺は前世のことを考えなくなった。自分が何者だったのか、どんなことをしていたのか、そういったことを考えなくなった。思いだそうとはせず、過去を見ることもなく、今のイブキとしての日々を送っていた。

 

 (……俺は、イブキだ)

 

 心の中で思う。俺はイブキだと。憑依だとか、転生だとか、トリップだとか、そんなことは知らないし、どうでもいい。思い出せない過去になんの意味がある? 前世の記憶があるからと、その記憶の中の自分を探すことになんの意味がある?

 

 元より自分の名前も姿も性別も何もかも思い出せなかった。記憶に残っていたのは、決して多くはない艦隊これくしょん等のゲームやマンガといった娯楽の知識に、この世界のものとは少し違う一般常識。今更前世の記憶が無くなっていっても……何の問題もない。

 

 (ああでも……娯楽の知識が無くなるのは嫌だなぁ)

 

 俺が今まで目標にしてきた某大総統の知識に夕立達の知識……それらが消えるのは悲しい。自分のことは忘れてもいい。俺はこの世界でイブキとして生きているのだから。だが、娯楽や一般常識は何かの役に立つかも知れない。結局のところ、有って損はないということか。

 

 そう思った直後、机とパソコンしかなかった部屋に、マンガが大量に納められた大きな本棚が現れる。中には某大総統の出るマンガに艦これのマンガ、小説、他にも沢山の種類が納められていた。それを確認した後にパソコンに視線を動かすと、パソコンは起動しており、画面には文字が写し出されている。

 

 

 

 ━ 自分の正体を知りたいですかー? ━

 

 

 

 あまりに唐突な質問だった。正直、どう答えるべきか混乱している……というか、そもそも答えられるのか? それから、この文章を書いたのは誰だ? 俺の夢なのに。そして、なぜ本棚が出現したんだ? 意味は? とまあ色々疑問に思ってしまったが……答えは出ている。

 

 気が付けば、俺は“イブキ”としてこの部屋に立っていた。そして、それこそが俺の答えに他ならない。

 

 「必要ない。俺はイブキだ。自分の本当の名前なんて知らない。だが、この名は俺が尊敬する人の偽名から取った文字で付けた名前であり、俺の大切な人達が“俺として”呼んでくれる名前であり……俺であるという証」

 

 雷が、そう呼んでくれた。長門達が、そう呼んでくれた。時雨が、そう呼んでくれた。レコンが、そう呼んでくれた。山城が、そう呼んでくれた。扶桑が、そう呼んでくれた。妖精ズが、そう呼んでくれた。そして……夕立が、そう呼んでくれた。艦娘か深海棲艦かも分からない俺の名を彼女達は呼んでくれた。俺がここにいるのだと教えてくれた。

 

 故に、俺の正体なんてどうでもいい。俺が転生者だろうが憑依者だろうがトリッパーだろうがその他だろうがどうでもいい。知ったところで、何も変わらない。

 

 「何度だって言う。何度だって答える。“俺はイブキだ”と、夕立達が生きる世界に、その枠を越えた宇宙に、いるかも分からない神に、知りもしない真理に、この世の全てに、目の前の1人に。そして、他の誰でもない俺自身に」

 

 ━ 俺はイブキだ ━

 

 そう言った瞬間にパソコンの文字が変わり……俺はその文字を見る前にこの夢から覚めた。

 

 

 

 ━ 艦娘と深海棲艦、どちらにもつかず、どちらでもない、どっちつかずの存在 ━

 

 ━ その正体はいずれ……私達が教えてあげるですー ━

 

 

 

 

 

 

 (……夢を見ていた気がする)

 

 目が覚めた時、俺は見ていたハズの夢の内容を全て忘れていた。なんか物凄い厨ニ的な物言いをしていたような気がして少し気恥ずかしい。だが、妙に頭がスッキリしている。

 

 「あっ、イブキさん起きた?」

 

 「えっ? あ、おはよー、イブキさん」

 

 「ああ……お早う、夕立、雷」

 

 何故か目の前にいる雷と、俺の顔を覗き込んできた夕立に挨拶をすると同時に、何やら頭に柔らかな感触があることに気付いた。少し顔を動かして確認すると、そこにあったのは雷の眩しい素肌……ふむ、膝枕をしていたハズがいつの間にか逆にされていたようだ。この世界にきて、膝枕は初めての体験だったりする……うん、いいな、これは。雷の膝はとても柔らかく、どこか甘い香りがする。時折雷が俺の頭を撫でるが、その手は優しく安心感を得られる。素晴らしいな膝枕。張り詰めていた心が解れるかのようだ。

 

 ふと、左手が誰かに握られていることに気付いた。そちらに視線を向けると……レコンが握っていた。見た目は金剛なのだが、眠っていることで幼く見える。思わず小さく笑ってしまう程に、俺の手を握っているレコンは可愛らしい。

 

 さて、と俺は思考を切り替え、体を起こして部屋を確認する。窓に映る茜色が、今は夕方であると告げている。扶桑は何故かいない。話を聞けば、扶桑は自分達が世話になっている拠点の主に俺達を受け入れられないか聞きに行っているらしい。俺達がどう動くかは扶桑次第という訳だ。

 

 「イブキさん、何考えてるっぽい?」

 

 「……っ!?」

 

 不意に、夕立が俺の右腕に抱き付きつつそんなことを聞いてきた……が、俺は直ぐには答えられなかった。その理由は簡単。意識が夕立の……その……おぱーいに集中してしまったからだ。

 

 夕立とは裸の付き合いを何度かしたことがある。なるべく見ないようにしていたが、すっぽんぽんで抱き付いてくるものだから見なくとも感触やら匂いやらで丸わかり。そして今、海ニとなった夕立が抱きついていることで気付いた……明らかにおぱーいが成長している。いかん、半年間復讐する為に動いていたというおふざけ思考一切なしのシリアスだった反動か思考がそこから離れない。

 

 「む……そんなの扶桑さんのことに決まってるじゃない」

 

 (なんで背中に抱き付いてくるのかなぁ!?)

 

 雷がまるで夕立に対抗するかのように背中に抱き付いてきたことで慎ましくも確かにある僅かな膨らみを背中に押し付けられ、内心大慌てな俺。顔に出ていないか心配だが、目の前の壁にもたれ掛かっている山城が何も言わない辺り大丈夫なのだろう。

 

 「『くー……ンミュ……』」

 

 (ぐっ……理性が削られていく……っ!)

 

 そして左手はレコンに抱き締められておぱーいに挟まれる。この体は女だから起つものなんてないが、中身は(多分)男の精神。嬉しいが恥ずかしい。そうしている間にも夕立と雷は更に密着してくる。山城は微笑ましそうに笑うばかり。レコンは起きない。

 

 頼むから、誰か助けてくれ……。

 

 

 

 そうしている内にレコンが起き、それを期に3人が離れたことで寂しさを感じ、またネガティブなことを考え、しまいには現状を夢だと疑う……どうにも情緒不安定だな。いつからこんな感じに……なんて、決まってる。夕立がいなくなった日からだ。その前の俺に戻るには、しばらく掛かるかも知れない。

 

 復讐は果たせないまま終わった。駆逐棲姫に対する憎しみはあるが、優先して追う必要はない。今やるべきことは、この島とは別の海軍の知らない拠点を見つけ出すこと。それさえ見付かるなら、後はのんびりとその拠点で隠居すればいい。ああ、夕立を助けてくれたという姫達にお礼を言いに行かなければならないな。それに、時雨にも……思ったよりもやることが多いな。

 

 (平穏無事……そう在りたいんだけどなぁ)

 

 俺は話し合う4人の姿に笑みを浮かべたことを自覚しながら、叶わないであろう願いを心の中で吐露した。

 

 

 

 

 

 

 扶桑が戻ってきたのは、完全に日が沈みきってから更にしばらく経った夜。そして彼女は帰ってきて直ぐにこう言った。世話になっている拠点には連れていけないが、変わりの拠点の目処がたった。その拠点がある場所は……。

 

 

 

 サーモン海域、その最深部。

 

 

 

 それは、かつて山城が支配していた海域の拠点だった。




という訳で今回は……なんだろう……うん、拠点候補が見つかったお話で(テキトー)イブキそこ代われと思った方は恐らく独り身(失礼

ちょっと強引ですが、イブキには初心(?)のワクワク(?)を思い出してもらいました。大変、微勘違いのタグが息してないの。

最近タグが少ないような気がしてなりません。皆様は少ないと感じますか? もしくは、このタグ入れたらいいんじゃないかな、というのがありましたら是非感想にお願いします。



今回のまとめ

雷、イブキを膝枕。お艦降臨。夕立、マーキングする。独占欲強し。レコンはベッドで丸くなる。生後10日未満だからね仕方ないね。拠点候補、見つかる。どうなるのか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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