どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

ネタバレ→イブキ達は出ない

今回御都合主義というかかなり無茶な設定が出てきます(今更)どうか寛大な心でご容赦ください(^_^;)

ところで、Fate/goのノッブの最終再臨ボイスは聞きましたか? もう素晴らしいですよ←


閑話 その後の海軍達

 日本海軍総司令。その名が意味するものは、日本海軍に所属する者達全ての長であり、最強の提督。過去の海軍はその限りではなかったが、艦娘と深海棲艦がいる現代ではそう在りようが変わっている。最も変わったのは、その総司令の椅子に座る方法だろう。

 

 今や深海棲艦の脅威を撃退出来るのは海軍の保有する戦力である艦娘のみ。そして、艦娘を戦力として扱えるのも海軍のみ。それは紛れもなく、世界を平和にする、世界の平和を守ることが出来るのが海軍のみであることを意味する。故に、総司令の座に座る者は“海軍最強”でなくてはならない。常勝不敗、己の限界や仲間の屍を踏み越えてでも勝利を手に取る……強固な精神を持つ者でなくてはならない。高い指揮能力や艦娘との信頼関係、カリスマ、それらを持ち得る英傑でなくてはならない。守られるべき国民は、それほどの存在がトップとなるべきであると声高らかに叫んだ。そうあるべきだと望んだ。

 

 そのような英傑が座るべき椅子に、どうすれば座れるのか……勝てばいい。その椅子に座る者に、己の方がふさわしいと力をもって見せ付けてやればいい。

 

 「渡部 善蔵総司令……先の作戦の大敗は貴方が総司令の椅子に相応しくないと我々に思わせるに充分なモノだった。老いた貴方に、耄碌した貴方に、その席は相応しくない……退け。その席、私が貰い受ける」

 

 軍刀棲姫に挑んだ大規模作戦から2週間経ったとある日の早朝、1人の男性が総司令室に入り、善蔵の前に“果たし状”と書かれた封筒を叩き付けた。

 

 これこそが総司令の椅子に座る為の方法。現総司令に艦隊戦を挑み、勝利すればその椅子が得られる……原始的でありながらも確実な、力の優劣を知る方法。総司令が敗者となれば席を退いて降格、或いは軍から離れる。挑んだ側が負ければ、その結果は当然の帰結としてペナルティはない。とは言っても、今回のような物言いでは降格くらいはあるかも知れないが。

 

 善蔵は果たし状を一瞥すると直ぐに視線を目の前の男に移す。その男は、海軍に3人いる大将の内の1人であった。名を、白木 幸助(しらき こうすけ)。彼は53歳にして大将の座を勝ち取った猛者であった。無論、先の大規模作戦にも参加している。

 

 戦略は基本的に力業によるごり押し。大艦巨砲主義とも言える空母2隻戦艦4隻からなる大火力を持って攻めて攻めて攻めまくる、攻撃こそ最大の防御を地で行くその姿は新米提督や国民に非常に受けがいい。“こと火力において白木の右に出るものなし”というのは、海軍内では有名なことだった。

 

 「……良かろう。しかし、白木大将……貴方が敗北した場合の処置……分かっているのだろうな?」

 

 「勿論だとも。降格なりなんなり好きにすればいい。それくらいの覚悟はある」

 

 数秒の思考の後、善蔵は目を閉じながら問い掛け、白木もまたそう返す。しかし、潔しとも自信満々とも言えるその言葉の裏では俗にまみれた考えをしていた。

 

 総司令への挑戦……唯一善蔵と成り代わる為の儀式だが、行われたのは片手の指で足りるほど。提督となる者の艦娘との相性や内面等を重視している為か、提督達は平和の為に戦いこそすれど昇進や総司令の椅子になど興味を余り抱かない。無論昇進すれば給金は増えるし権限も持てる。だが、左官でも十二分な給金が支払われている為に率先して昇進を目指すものは少ない。ましてや将官以上の地位は数が決められており、今回のような挑戦をして勝利するか、死亡する等によって席が空くのを待つしかない。そんな地位を目指すくらいなら、平和の為や部下の艦娘との交流に時間を使う方が有意義だろう……というのが、現在の提督達の考えである。

 

 しかし、白木は違う。彼は総司令の椅子がどうしても欲しかった。今の海軍は世界でも最大の“権力”を誇ると言っても過言ではない。何せ、海軍の存在……艦娘がいなければ国も世界も抵抗することも出来ずに滅びるのみ。その艦娘も提督以外の指示には殆ど従わない。助けることはあろう。守ることもあろう。しかし、所属しないし、命令も聞かない。ならば国も世界も海軍を頼るしかない……どんな手を使ってでも。善蔵が先の大規模作戦の敗退の真実を世に隠し遠し、失脚することもなくこうして過ごしているのもその辺りが関係している。

 

 (欲しいなぁ、その権力! まるで世界を統べる王の玉座のようなその地位! 海軍最強の名誉! 名声! 栄誉! それらがもたらす富! 貴様のような耄碌ジジイが座るには勿体無い!!)

 

 これこそが白木の動機。海軍の理念などはとうに記憶の彼方で、その心にあるのは向上心とは似ても似つかない醜悪なモノ。

 

 かつては、その心に愛国心があったのかも知れない。平和の為に戦う正義を持っていたのかも知れない。だが……今の彼にそんなモノはない。あるのは欲。かつて持ち合わせていた高潔な精神と心を狂わせる……誰もが持ち得る猛毒だった。

 

 「そこまでの覚悟があるのなら、問題ない。受けて立とう。しかし、敗北時の処置は通常よりも重いぞ」

 

 「ほう? 負けるつもりはさらさらありませんが……どんな処置をお考えで?」

 

 善蔵が脅すように言ったところで、それは白木には届かない。何故なら、白木の中では既に自身の勝利が確定しているからだ。

 

 2週間。大規模作戦を終えてからそれだけの時間が経ったが、白木は知っている。善蔵の最強の第一艦隊……その戦力は今、万全ではないことを。那智の抜けた穴は意外にも大きいらしく、その穴を塞げる艦娘がいないらしい。仮に適当な艦娘を入れたとしても、その戦力は1段落ちる。故に、そこに勝機はある……否、必勝であると白木は甘く考えていた。

 

 しかし、その余裕の表情は善蔵が机の上にばら蒔いた数枚の書類を見た瞬間に一変する。

 

 

 

 「貴様が敗北すれば……腹を切ってもらおう」

 

 

 

 その書類に書かれていたのは、半年前に発覚した艦娘売買事件の詳細。そして、その真犯人の名前に白木の名が刻まれていた。

 

 「……これ、は……面白い冗談ですな。この事件の犯人は、どこかの大佐で」

 

 「その大佐を銃殺刑にした時、その引き金を引いたのは貴様だったな。教え子だったから、師である自分が引導を渡したいと……しかし、だ。気付いていたかね? 白木大将……大佐が貴様の顔を見て救いを得たような顔になり、貴様が銃を取ると一転して全てに絶望したような顔になったことを。唯一貴様にだけ、だ……ただ師の姿を見たが故の反応にしては、些か大袈裟だとは思わんかね?」

 

 「そういうこともありましょう。あれは、私によくなついていましたから」

 

 不意討ちのような善蔵の言葉になんとか返した白木だったが、その心中は穏やかではない。何故なら、犯人は大佐だったが……更にその上、謂わば魔王の上の大魔王のような位置に、白木はいるのだから。

 

 艦娘売買事件。白木がその悪行に手を染めたのは、金とコネの為だ。売人に艦娘を渡し、富豪や好事家に艦娘を買い取らせ、そこを押し入って賠償金や弱味を得る……そういう手順だった。売人に連絡を入れ、いざというときの蜥蜴の尻尾として大佐を使い、更にその下の地位にいる提督達を売人の依頼を受けるように指示させ、騙し討ちさせて艦娘を捕らえさせる……これなら艦娘が売人の手に渡ったのは依頼中の事故、それでなくとも大佐が犯人として話は終わる。

 

 そして使われた大佐は……本当にただのスケープゴートに過ぎない。彼は白木の言葉……“経験の浅い提督にも出来るような任務を用意した。私から言っては萎縮するかも知れんので、君から話をしてあげてくれないか? 無論、私からというのは内緒でな”という言葉を真に受け、親切心から提督達に連絡しただけなのだ。彼は夢にも思わなかっただろう。己の師が初めから自分を利用して切り捨てるつもりでいたなどと。

 

 受けた恐怖はいかなるものか。師の言葉を信じ、仲間の為であると回した任務が犯罪行為であったというのは。どれ程の絶望だろうか。艦娘売買の裏切り者として仕立てあげられても、きっとその大佐は僅かな希望を持っていたことだろう……自分の師が、自分はそんなことをしていないと訴えてくれると、きっと助けてくれると。その僅かな希望を信じた師の手によってあっさり砕かれるというよは。そんな彼が最期に何を思ったか……今更答えなど出はしないが。

 

 「そうらしいな……貴様は身内に対しては甘いのだろう。だからこんな書類に書かれているような証言も……こんなモノも出てくる」

 

 そう言って善蔵が取り出したのはボイスレコーダー。その再生ボタンを押すと、白木の声が流れてきた。善蔵の手にあるそれを訝しげに見ていた白木だったが、その声を聞いて顔面を蒼白にする。

 

 それは、売人に連絡を入れている……売人と予定を話し合っている白木の声だった。無論、合成である可能性もなきにしもあらずではあるが……混乱した白木には、最早その可能性を捻り出せなかった。何よりもその混乱を招いたのは、善蔵の言葉だ。“身内に甘い。だからこんなモノも出てくる”……つまり、そのボイスレコーダーを渡したのは白木の身内であるということ。妻子はおらず、既に両親も他界している白木の身内とは、先の大佐を除けば鎮守府の艦娘や憲兵、作業員達を意味する。

 

 (誰だ、誰に聞かれた!? 細心の注意は払っていたし、奴等との連絡も自室でしかしなかった。くそっ、いったい誰が……)

 

 「さて……返答を聞こうか、白木大将。貴様が敗北すれば腹を切る……異論はないな?」

 

 (あるに決まっているだろうクソジジイ!!)

 

 にやりと悪どい笑みを浮かべながら言う善蔵に白木は怒りの形相を浮かべる。自業自得とはいえ、彼に勝機はない。善蔵にこの書類とボイスレコーダーを世間にばら蒔かれたが最期、仮に善蔵に勝てたとしても社会的に死ぬ。そして負ければ、命を失う。デッドオアダイ、最早その運命は避けられない。

 

 (……いや、ここでこいつを殺せば、或いは……)

 

 精神的に追い詰められた白木の脳裏に、そんな危険な思考が浮かんでくる。目の前の存在は年老いた爺、手元に武器はないが無手でも殺すことは不可能ではないだろう。

 

 しかし、実際に行動に移すことは出来ない。そんなことをしてしまえば、それこそ自分は社会的に死ぬ。アリバイもなければ証拠の隠滅方法すらも考えていない以上、行動に移せば確実にお縄につくだろう。それに、幾ら大敗しようが善蔵の築いてきた膨大な過去の栄誉と実績は国民の全てが知るところ。言わば善蔵は英雄。そんな英雄を亡き者にしては、白木はその命すらも奪われかねない。結局のところ、白木は詰んでいる。どう足掻いても引っくり返せないほどに。

 

 「くくっ……顔色が悪いな、白木大将」

 

 「ぐ……ぐぐ……」

 

 「さて……もう一度だけ聞くとしよう……異論はないな? 白木 幸助」

 

 「……あ……りません」

 

 白木は、震える声で頷いた。

 

 

 

 

 あの会話から3日後、善蔵と白木は少将以上の提督達が見守る中で総司令の椅子と命を賭けた演習を行った。その際のお互いの艦隊は、白木が第一艦隊である大和に武蔵、長門に陸奥、大鳳に赤城という構成であり、善蔵は第一艦隊を使わず、第二艦隊を用いて勝負に挑んだ。

 

 結果を言えば、善蔵の勝利。その瞬間に白木は艦娘達を残して演習場から逃走し、自分の車で自宅へと向かっている最中にトラックとの衝突事故を引き起こして死亡した。海軍大将の事故死は日本中に知れ渡ることになり……同時に、その悪行も知られることになった。その際、国民は既に死去した白木への怒りを露にし……不穏分子を排除し、今後はこのようなことがないよう尽力するという善蔵直々の言葉を一先ずは信じる方向に落ち着いた。尚、白木の悪行を善蔵から証拠付きで教えられた部下の艦娘達は一部は海軍本部の指揮下に入り、本部の防衛に尽力することになる。そして残りは、希望する鎮守府へと異動することとなった。

 

 「さて……席が1つ空いてしまったな」

 

 それらの出来事を終え、善蔵は独り呟く。白木が死亡したことにより、大将の席が1つ空いてしまった。なので、中将から1人繰り上げ、少将からも1人繰り上げ、准将以下から1人繰り上げなければならない。候補となる中将3人は皆優秀であり、誰を上げても問題ない。少将以下も同文だ。

 

 かといって早急にしなければならないという訳でもない。軍刀棲姫とその仲間は未だに発見されておらず、那智の道連れは成功したものと考えてもいいと大淀は善蔵に言っていた。そう考えるなら、ひとまずの脅威は消えたということになる。決して深海棲艦の存在がなくなったということではないが、大規模作戦を起こすことはしばらくはないだろう。階級の繰り上げなど、その間にやればいい……それが、秘書艦である大淀の意見だった。

 

 (……軍刀棲姫、か)

 

 しかし、善蔵は大淀の意見と同じ考えをしながらも軍刀棲姫のところだけは反対の意見だった。つまり、軍刀棲姫は那智の自爆をどうにかして生きている、というのが善蔵の考えである。

 

 (だが、しばらくは様子を見るべきか。急いては事を仕損じる……初心に帰らねばなるまい。彼女達が現れたばかりの時の臆病なまでに慎重だった自分に。2度と無様な結果を残さぬ為に……)

 

 善蔵は軍刀棲姫を“イレギュラー”と定め、早急かつ確実に排除する為に行動してきた……結果は何度も言うように大敗で、海軍と自身の評価を下げてしまうこととなった。なぜ善蔵が軍刀棲姫のことをイレギュラーと呼んだのか……その理由を知るのは、善蔵と彼の目の前にいる猫を吊るした妖精のみ。

 

 (“彼女”との約束を果たす為に……私は生き、勝たねばならぬのだ……例えそれが、叶わないものだと分かりきっているとしても)

 

 誰かを想い、善蔵は虚空を眺める。その様子を見ていた妖精は……口元だけを愉しげに歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 「……そう簡単には見つからない、か」

 

 鎮守府にある資料室……その中で資料を読み漁っていた渡部 義道は、読んでいた資料を棚へと戻す。先の大規模作戦から2週間が経ったが、義道の探している情報はあまり見つかってはいなかった。

 

 彼が探しているのは過去の事件……それは、心ない提督の行動と扱いに耐えかねた艦娘によって提督が殺害され、艦娘達も自害したという事件のことだ。世に深海棲艦と艦娘が現れてから50年経っている現在、その事件が起きたのは2回……45年前と40年前。それは世間にも知られている。

 

 しかし、世間には知られずに海軍の中で内密に処理された事件があった。とは言っても、その内容は先の2件と同じ内容なのだが……義道はそれが捏造されたモノではないかと考えていた。理由は、その事件が起きた鎮守府の提督にある。

 

 先の2件の提督達は、当時はまだ軍人らしい軍人が大半だった為か艦娘をただの兵器として扱っていた。時には特攻させ、修理もロクに行わないままに出撃させ、結果を得られなければ罵倒し……そのようなことを行ってきた結果、艦娘の我慢と精神が限界に達し、起こるべくして事件が起きた。艦娘達が自害したのは、人間や海軍に絶望したからなのかもしれない。

 

 (自分の目で見た訳じゃないからなんとも言えないが、その2件の事件は納得がいく……だが、もう1件は別だ)

 

 問題なのは3件目。なぜ先の2件と同じ事件なのにも関わらず、この事件だけが世間に出回っていないのか……明らかに不自然である。そして、義道が最も不自然だと思う点が、その事件が起きた鎮守府の提督。

 

 3件目の事件が起きたのは今から20年前……まだ義道が5才だった頃。提督の名は渡部 善導(わたべ ぜんどう)……享年35歳、准将(二階級特進で中将)。義道の実の父親であり、善蔵の実の息子である。

 

 善へ導くという名の通り、正義感溢れる男であった。艦娘との仲も良好で特に不和もなく、たまに義道と妻のいる自宅に艦娘を連れ帰っては共に食事を楽しんだりもした。そこには確かに笑顔と信頼があったことを、義道はよく覚えている。

 

 (そんな父さんが外道なことをするとは考えられない……絶対に何か、他に真実があるハズなんだ。例えば……誰かに嵌められて殺されたとか)

 

 勿論、そんな証拠はどこにもない。しかし、絶対にこの事件には他に真相があると考えていた。義道は一旦書類を捲る手を止め、胸ポケットから1枚の写真を取り出す。そこに写っているのは、細身ながらもがっしりとした体つきの男性と、その男性に抱き付きながら笑顔を浮かべる艦娘達。そんな幸せそうな1枚の写真に、思わず義道の口元も緩む。しかし、ある1人の艦娘に視線が止まり、義道の表情が訝しげなモノに変わる。

 

 (……偶然、とは思いがたいな)

 

 義道の視線の先にあるのは、顔を赤らめながら遠慮がちに善導の右腕の服の裾を握る“春雨”という艦娘……その隣にいる、皆が笑顔の中で唯一無表情を浮かべている艦娘……“不知火”。善蔵の第一艦隊にもいる、不知火。

 

 無論、この不知火がそうだと決まった訳ではない。だが、義道には写真の不知火の無表情は善蔵の不知火と一致してしまう。確かに不知火という艦娘は表情が出にくいが、決して出ない訳ではない。義道の鎮守府にも不知火は存在するが、甘味などの好物を食べている時は笑顔を浮かべている。それを義道が指摘した時など恥ずかしいからか真っ赤になり、その見た目相応な姿にほっこりする。

 

 しかし、実際に写真に写っている不知火は無表情……いや、よく見てみればどこか哀しそうにも見える。この写真には無表情以上に場違いな、不釣り合いな表情だ。そして、大規模作戦から戻ってきた長門の報告の中にあった言葉……。

 

 

 

 ━ あの姫、駆逐棲姫というらしいが……不知火に執着しているように見えたんだ ━

 

 

 

 (……1度、接触してみるべきか?)

 

 そう考えて義道は写真を胸ポケットにしまい、書類を棚に直した。

 

 

 

 

 

 

 「本日よりこの鎮守府に所属することになりました、浜風です。よろしくお願いいたします」

 

 「うちは浦風じゃ! よろしくね♪」

 

 「球磨だクマ、よろしくだクマ」

 

 「「「よろしく~!」」」

 

 「あー、うん、よろしく」

 

 そこはイブキと接触したことのある球磨、北上、白露、卯月、深雪のいる鎮守府。大規模作戦から1週間経ったとある日に、彼女達に新たな仲間が加わった。食堂で自己紹介をしている2人の艦娘こそがその新たな仲間であり、名を陽炎型駆逐艦浜風、浦風という。灰色の髪をショートヘアにしているのが浜風、青いセミロングに帽子を被っているのが浦風である。

 

 姉と駆逐艦達が元気に挨拶している中で、北上は軽く返しながら思考に耽る。それは相も変わらず重巡以上の大型艦に恵まれない鎮守府(というか提督)の不運っぷりのこともあるが、北上が気になっているのは軍刀棲姫……イブキの行方。

 

 ほんの僅かな逢瀬でありながらも記憶にはっきりと残るその相手は軍刀棲姫と呼称されて大規模作戦の対象となり……現在、その行方は知れていない。

 

 (まあ、沈んだとは思えないんだけどねぇ)

 

 実際のところ、軍刀棲姫が沈んだところを見た者は海軍には存在しない。結果こそ姫を討伐し、作戦成功とはなっているが……北上が調べた限り、その沈んだ姫が軍刀棲姫であるという記述はどこにもなかった。つまり、イブキが沈んだとは決まっていないのだ。

 

 無論、現実的に考えればイブキが沈んでいる可能性は高い。何せ討伐に出向いたのは海軍最強達なのだから。しかし、この結果を聞いた姉の球磨は断言した。

 

 

 

 『あいつは沈んでないクマ。あんな動きが出来る奴に普通に艦隊戦を挑んで勝てるとは思えないし……それに、あいつを沈めるのは球磨だクマ!』

 

 

 

 北上自身はその“あんな動き”とやらを見た訳ではないが、駆逐艦3人も球磨の言葉を聞いて“あー……”という顔をしていた以上、余程とんでもない動きなのだろうとは思った。同時に、球磨がイブキに勝てるとも思わなかったが。

 

 とまあこのように考えたところで、北上に出来ることはない。精々普段と変わらない日常を過ごしながら、たまに遠征と出撃の最中にイブキが居ないか周りに視線を向ける程度。球磨の勇姿を見て、駆逐艦達の面倒を嫌々見て、いつまた犯罪の片棒を担がされるかも分からない不運な提督に頼み込まれた秘書艦の任を全うして、不変の日々を過ごせれば、北上はそれで良いのだ。

 

 「北上ー! 2人が聞きたいことがあるらしいっぴょん!」

 

 「あん? なに?」

 

 しかし、と北上は目の前に来た浜風と浦風の姿を見て思う。ぼいーん、たぷーん。そんな擬音が聞こえてきそうな程の、自分とは圧倒的な差がある胸部装甲。この鎮守府最大には届かないまでも肉薄するであろう魅惑の肉団子。あまり体型を気にしない性格の北上ではあるが、自分達の提督がその胸部装甲に顔を緩ませるところを想像し……。

 

 「私達の役割と遠征のスケジュールと……」

 

 「その時のうちら駆逐艦の編成と分担をどうするのか聞いておきたいんじゃが……」

 

 「お前らのような駆逐艦がいるか」

 

 「「えっ!?」」

 

 なんだかむしゃくしゃしてそっぽ向いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 「だーもう! お前らに構ってる暇なんかないってのに!」

 

 1隻の駆逐深海棲艦を沈め、摩耶はそう叫ぶ。大規模作戦から2週間経ったとある日、摩耶は鳥海と鳳翔、霧島を連れて軍刀棲姫……イブキを探していた。勿論大規模作戦の結果は摩耶達の鎮守府にも伝わっている。だが、それでも摩耶は探し続けていた。

 

 結果を聞いた当初こそ、摩耶は目の前が真っ暗になるような気持ちだった。それでもこうして探しているのは、諦めきれないからだろう。例え沈んでいるとしても、摩耶は恩人と会うために探している。他の3人もそんな摩耶を1人にさせないため、いつか恩人と会うために付き合う。

 

 そんな時に深海棲艦の艦隊に見つかってしまい、艦隊戦を余儀なくされた。とは言っても相手は自分達と同じ4隻、しかも駆逐艦3隻に空母ヲ級という構成だ。数は同じ、しかもヲ級を除いて後は駆逐艦だけ、負ける要素はほぼなかった。実際ヲ級は霧島の砲撃で大破し、摩耶が今沈めた駆逐艦で残るはヲ級1隻となっている。ここまでくれば敵に増援が来ない限り勝利は確定している。

 

 「ガアアアアウッ!!」

 

 「いっ、ぎぃ!?」

 

 「「摩耶(さん)!」」

 

 「姉さん!」

 

 その油断を突かれたのか、それとも予想外の行動に対処出来なかったのか……摩耶はヲ級に接近されたことに気付かず、気付いた頃には右の二の腕に噛み付かれてしまった。その噛む力は凄まじく、今にも肉が食いちぎられてしまいそうなほど。

 

 

 

 「カエ……フェ」

 

 

 

 ぞくり、とその声を聞いた摩耶の背筋に悪寒が走った。

 

 

 

 「カエフェ……ッ……カエ、セ。カエセ、カエセ! カエセ!! カエセッ!!」

 

 「ぐ、う!」

 

 遂には食いちぎられてしまい、その距離が1度空く。しかし、またすぐにその空いた距離を詰められ、次は首を絞められた。その力は人外と呼ぶに相応しい怪力……もしも摩耶が艦娘ではなく人間だったならば、その喉を握り潰されていただろう。

 

 「姫様ヲ……カエセエエエエ!!」

 

 (姫……様……?)

 

 「姉さんから離れて!!」

 

 「ガアッ!?」

 

 今にも失いそうな意識がヲ級の言葉を拾った瞬間、鳥海の正確な狙撃がヲ級の左頬に直撃して摩耶を離し、吹き飛ぶ。そのままヲ級は言葉を発する暇もなく霧島と鳳翔の追撃を受け……何かを求めるように血塗れの右手を伸ばし、そのまま沈んでいった。

 

 その場にへたり込み、喉を左手で押さえて右腕の痛みに耐えながら、摩耶は沈んでいったヲ級がいた場所を見る。そこにはもうヲ級の姿はない……が、摩耶は最後に見たヲ級の目を思い返す。

 

 (姫様ってのは姫級のことだよな……)

 

 「姉さん大丈夫ですか!?」

 

 「ゲホッ……大丈夫。なあ鳥海……大規模作戦以外で姫級が討伐されたって話、あったっけ」

 

 「なんで今その話を……いいえ、そんな話は聞いていません。鳳翔さんと霧島さんはどうですか?」

 

 「私もそのような話は……」

 

 「同じく、聞いたことはないですね」

 

 3人の言葉を聞き、摩耶は再び考える。大規模作戦で告げられた姫級の討伐成功。摩耶はこの姫級はイブキのことだと考えていたが、今のヲ級の行動と言動でそうではない可能性が出た。軍刀棲姫の噂の中に、部下を率いていたというモノは存在しない。それどころか深海棲艦と敵対していたというモノがあるくらいだ。そんな軍刀棲姫が部下を率いていたとは考えにくい。そして、大規模作戦以外で姫を討伐したという話は上がっていない。

 

 そうして浮かび上がってくる可能性……つまり大規模作戦で討伐したのは軍刀棲姫ではなく別の姫なのではないか? ということ。そして、その討伐した軍刀棲姫とは別の姫の部下が先程のヲ級で……ヲ級は、討伐された姫を海軍に奪われたと考えて怒りのままに戦っていたのではないか、ということ。少なくとも摩耶は、ヲ級の目に怒りと悲しみを見出だしていた。

 

 「……なあ、鳥海」

 

 「なんですか? 摩耶姉さん。今は早く帰って入渠しないと……」

 

 「深海棲艦にも……大切な人やモノってあるのかな」

 

 「えっ?」

 

 「……いや、何でもない」

 

 そこまで言って摩耶は立ち上がり、右腕を押さえながら鎮守府に向かって進み始める。その足取りは重く、表情は暗い。そんな摩耶を心配しつつ、鳥海達は霧島を先頭に、鳥海は摩耶の側に、鳳翔は後方を警戒しながら鎮守府に戻っていく。

 

 この日、摩耶は改めて知った。人類の敵である深海棲艦……その存在達のことを、自分は殆ど何も知らないのだと。

 

 

 

 

 

 

 「……届かなかった、か」

 

 それは、大規模作戦を終えた翌日のこと。入渠施設の中で目を覚ました日向は暫く放心したように天井を眺め、思考が正常になってきたところで、自分がまた軍刀棲姫……イブキに敗北したことを思い出した。

 

 戦っていた時の日向は間違いなく、今までで最高の動きが出来ていた。仲間との連携も、自分の動きも、間違いなく今までで最高のモノだった。だが、それでも尚届かない。届くと思った矢先に、その背中は再び遠退いた。

 

 「あ、起きたんですね。身体は大丈夫ですか?」

 

 「ああ、問題ない……“古鷹”」

 

 そうして思い返していた日向に声をかけたのは……重巡洋艦の古鷹。その姿は所々煤けており、白い手拭い1枚を体の前に持ってきているだけで殆ど全裸である。何しろ艦娘の修復、修理を担う入渠施設とは、謂わば銭湯のような大きな風呂場のことなのだ。勿論、日向も全裸であり、起きるまで浴槽に浸かった状態で眠っていたことになる。

 

 日向の言葉に笑みを浮かべ、古鷹は日向の隣の浴槽に浸かる。そんな彼女を横目に見ながら、日向は質問していった。大規模作戦の結果はどうなったのか、大和達は無事なのか、軍刀棲姫はどうなったのか。古鷹は日向の質問にすぐに答えてくれた。大規模作戦の結果は成功に終わり、大和達は日向よりも先に体を癒して今は安静にしており、軍刀棲姫は行方不明であると。

 

 「行方不明か……まあ、生きているだろうな」

 

 「そうですね。私もそう思います……あの人は、本当に強かったですから」

 

 「……そうだったな。お前は、出逢っていたんだった」

 

 「はい。そして……あの人を傷付けてしまったんです」

 

 古鷹は悲痛な表情を浮かべ、自分の体を抱き締める。この鎮守府には古鷹を始め、大規模作戦の前に軍刀棲姫と接触して戦闘不能に追い込まれ、その際に植え付けられたトラウマと幻痛に苦しんでいた艦娘達がいた。大規模作戦のほんの数日前まで、この入渠施設にはそのトラウマと幻痛に苦しんでいた艦娘で埋まっていたのだ。

 

 最初は、古鷹のいる艦隊だけだった。その中で軍刀棲姫の逆鱗に触れたのは、古鷹だけだった。しかし、時間が経つと偶然接触してしまった艦隊や敵討ちを目的として出撃と遠征の合間に軍刀棲姫を探す艦隊が出始め……結果、この鎮守府の艦娘の何人かが再起不能に陥った。

 

 何人かは幻痛に耐えきれず解体を懇願した。その願いを、提督が何を思いながら聞き届けたのか……日向は知らない。何しろ日向が……日向達がその事を知ったのは、伊勢達が必死に隠していたこともあって大規模作戦の1週間前だったのだから。そして、その事を知ったのも偶然だった。その日に島風が訓練中に怪我をし、伊勢達が入渠施設にいる艦娘達を隠す暇なく飛び込まなければ気づけなかっただろう。

 

 当然、日向達6人は憤った。なぜ教えてくれなかったのかと、なぜ隠していたのかと。しかしそれも、日向達に自分達が原因で戦いを挑んだと知られたくなかったからだと言われれば……納得はいかなくとも、口を閉じてしまう。自分達の敗北が、仲間の無謀な行動を引き起こしてしまったのだと……そう思ってしまうだろうから。

 

 「……古鷹は、奴を恨んでいないのか?」

 

 「そう、ですね……解体を願い出た友達や、それを叶えた提督のことを考えると……思うところはあります。だけど……元はと言えば、私の言葉が引き金になったんだと思うから……恨むよりも、ごめんなさいと言いたいです」

 

 「奴を傷付けた、と言っていたことか……」

 

 「はい。自分達から攻撃を仕掛けておきながら見逃してもらって……私は、最低な嘘をつきました」

 

 

 

 『私が知っていることを話します。だから……他の皆は見逃して下さい』

 

 『……話すなら、構わない』

 

 『ありがとうございます。図々しくてすみません……話す前に、貴女がその持ち主を探す訳を教えてくれませんか?』

 

 『……これの持ち主は、俺がずっと一緒にいると約束した……俺と一緒にいると約束してくれた、大切な人を奪った。俺はそいつを許さない……赦せない。だから探している。さあ、教えたのだから早く情報を……』

 

 『……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。本当は何も知らないんです。嘘をついてごめんなさい。でも……皆だけは見逃して下さい。私だけを怨んで下さい。私を決して赦さないで下さい。私が貴女の怨みを受け止めるから、私が貴女の怒りと悲しみを受け止めるから』

 

 『お……前ぇぇぇぇっ!!』

 

 『だから……私、以外の……艦娘(みんな)を、嫌わ……ない、で……』

 

 

 

 古鷹は自分の言ったことを教えながら、自分の胸から腹までを右腕の指でなぞる。そこは傷1つない綺麗な肌をしている……だが、当時は深すぎる裂傷があり、ぎりぎり繋がっている右腕があり、真っ赤に染まった体があったのだ。それが、青と金の光を両目に宿した相手の怒りと悲しみだと古鷹は感じていた。殺されていないのが不思議なくらいだと思っていた。

 

 今でも古鷹は思い出せる、自分に斬りかかる、自分を斬り捨てた後の軍刀棲姫の大きな怒りと深い悲しみを宿した瞳と、今にも泣きそうに歪んだ顔を。そんな顔をさせてしまったことへの、罪悪感から来る胸の痛みを。

 

 「大切な人を奪われたそうです。ずっと一緒にいると約束した、大切な人が。だから、どんな些細なことでもいいから教えてほしいと……きっと、藁にもすがる思いだったと思います。それを私は、仲間を逃がす為とは言え……その場を凌ぐ為の浅ましい嘘で切って捨てたんです」

 

 今にも泣きそうな古鷹の言葉を、日向は黙って聞いていた。日向は軍刀棲姫に艤装を破壊されて気を失っていた為、誰を探しているのか、なぜ探しているのかという雷の問い掛けに対する軍刀棲姫の答えを聞いていない。つまり、日向は今になってようやく、軍刀棲姫の噂の真相を知った。

 

 日向は軍刀棲姫のことを自分に置き換えて考えてみた。行方不明になったのが大和で、その大和を探している。情報も大和も、行方不明にした犯人も見つからず……途中で深海棲艦か艦娘に襲われて返り討ちにし、情報という名の希望をちらつかされ、そしてその希望を奪われる……結論として、想像しきることは出来なかった。怒るだろう、という考えには至る。だが……その時の軍刀棲姫の感じたモノを実感することは出来ないだろう。その時にならねば、永劫知り得ない。

 

 「凄く恨んでいると思います。もしかしたら、艦娘(わたしたち)が憎くて憎くて仕方なくなっているのかも知れません……だから、謝りたいんです。きっとどこかで生きているハズの、あの人に」

 

 古鷹もまた、トラウマと幻痛に苦しんでいた……否、苦しんでいる艦娘の1人だ。刃物を見れば体が震え、それが包丁やハサミならまだしも刀剣の類や竹刀のようなものならばその場で吐いてしまう程。更には古鷹の目には治ったハズの腹部の裂傷とギリギリ繋がっている右腕を幻視し、当時の痛みがぶり返すという。そんなトラウマと幻痛に耐え、精神に異常も出ていないのは……ひとえに、彼女の謝りたいという思いの強さ。

 

 日向にとって軍刀棲姫とは倒すべき、乗り越えるべき敵だ。2度敗北した。しかも2度目は海軍の最高戦力を揃えたにも関わらず負けた。だがこうして生きている以上、次のチャンスがある。更に力を蓄え、次こそは勝つと意気込む。それはきっと、大和達も変わらないだろう。

 

 「……そうか。なら」

 

 しかし、古鷹の気持ちを聞いてしまえば……リベンジだけを目標とするのは“足りない”と感じてしまった。意気込みがや気持ち、思いといったようなモノが、まるで足りないと。ならば、足そう。例えそれらが重圧となって自分達を押し潰そうとしても、それすらも力として背負い、軍刀棲姫にぶつけると。

 

 

 

 ━ 俺の名前は…… ━

 

 

 

 「なら、“イブキ”を倒した後に引き摺ってでもお前の目の前に連れてくるとしようか」

 

 日向の言葉に、古鷹は苦笑いを浮かべた。




という訳で、海軍側の大規模作戦後の動きでした。あ、私はヲ級も古鷹も大好きですよ?

今回が今年最後の更新になるやもしれませんね……いや、後1話くらいは書くかもしれませんが。

次回はイブキ達の続きから始まる予定です。ほのぼのと微勘違いになる……かも?



 今回のおさらい

善蔵、総司令の席を守る。彼女とは一体誰なのか。義道、父の事件を探る。不知火は善蔵のところの不知火? 北上達、仲間が増える。お前らのような駆逐艦がいるか。摩耶達、深海棲艦を撃破。彼女達は敵のことを何も知らない。日向、イブキと戦う理由が増える。古鷹は天使。

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