どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました。前回に比べると今回は早めに更新出来ましたね。代わりに文字数は半分ほどになりましたが。

今回はシリアスが和らぎます。ついでに説明回。それでは、どうぞ。


……おやすみ

 「『イブキさん! 夕立! お帰りなさいデース! キヒヒッ!』」

 

 私の知っている金剛さんと違う……というのが、イブキの仲間がいるという島に来て出迎えてくれた金剛レ級を見た雷と戦艦棲姫山城、戦艦水鬼扶桑の正直な感想だった。

 

 金剛型戦艦ネームシップの金剛と言えば、英国生まれの帰国子女であり、提督ラブ勢筆頭として有名である。艦娘の頃の記憶を持つ山城、扶桑もそう記憶しているし、雷も自分の所属する鎮守府に居るのでそう把握している。艦娘は生まれたときから提督に対してある程度の信頼や好意を刷り込みのように持っているが、金剛はそれらが最初から上限一杯まで高まっているのだ。

 

 それはさておき、彼女達の知る金剛は目が深海棲艦のエリート艦のように赤くはないし、声が二重になって聞こえたりもしない。キヒヒッ、だなんて笑うこともない。なら目の前の金剛はなんだ? と内心で首を傾げる。

 

 「ただいまー、レコンさん」

 

 「ただいま、金剛……いや、レ級か?」

 

 「『ドッチダロウナ? 私も分かってないデース。とりあえずは金剛レ級か、夕立ミタイニ“レコン”ッテ呼ンデホシイナ』」

 

 ぴくり、と反応したのは雷だ。レ級……それは雷にとってのトラウマそのもの。イブキとの出会いによって恐怖こそ薄れてはいるが、それでも未だにトラウマとして彼女の心にその名が刻まれている。何せ、雷が居た艦隊の半数が沈んだのだから。

 

 ぎゅっとイブキの服の裾を握った瞬間、金剛レ級……レコンと目が合った。思わず「ひっ……」という小さな悲鳴が漏れる。只でさえ先の戦いで心にダメージを負っているというのに、そこに加えて不意討ちのトラウマの相手(?)との接触……雷は今にも泣きそうになっていた。

 

 「……すまない、雷。君とレ級のことを失念していた。本当に、すまない」

 

 「『ということは彼女は……オレノ……』」

 

 「……あの時のレ級……なのね……」

 

 「ああ、そうだ」

 

 目の前のレコン……レ級が自分達の艦隊を襲い、天龍、若葉、五月雨を殺したあの時のレ級であると分かり、雷の心に悲しさが込み上げてくる。だが……不思議と憎悪が湧くことはなかった。怒りは当然ある。しかし、半年前のように殺したいほど憎いと思えないのだ。

 

 そして雷はイブキから説明を受ける。半年前、レ級は生きていた天龍によって怒りをぶつけられ、結果として天龍の手によって1度沈んだこと。半年の時を経て金剛として新たに生を受け、まるで背後霊のような存在になっていたということを。レコンからは、今の自分が金剛とレ級の意識が混じり合ったような状態であり、もう金剛とレ級に別れることは出来ないということを。

 

 「……」

 

 「『許してあげてとは言えマセン。ダガ、謝ラセテホシイ……ゴメン、ナサイ』」

 

 レコン……否、レ級の頭を下げた心からの謝罪を受け、雷は1度目を閉じる。その瞼の裏に浮かぶのは……天龍、若葉、五月雨の3人の姿。

 

 悪ぶっていて口調も荒いが、その実面倒見がよく駆逐艦達に人気だった天龍。クールな表情と口調だが、どこか天然っぽさがあった若葉。ドジでおっちょこちょいだが、一生懸命で真面目だった五月雨。そんな彼女達の在りし日が、雷の脳裏に甦る。

 

 もう2度と同じ彼女達と出会うことは出来ない……そして、その彼女達の仇が目の前にいる。殺したいほど憎いとは思わなくとも、怒りはある。レコンはボロボロで、一目で大破していると分かる。雷は1度として攻撃に参加していないので弾薬は有り余っている……この距離なら外さないし、当たり所によってはその命を奪えるだろう。

 

 「……っ!!」

 

 パァンッ!! という渇いた音が響き、回りの皆が目を見開いた。その音の正体は……雷がレコンを全力で平手打ちをした音。彼女は引き金を引くことをしなかった。

 

 「『……撃タナイ……ノカ?』」

 

 「撃ちたい! 仲間に見捨てられて! 今になって目の前に仇が出てきて! いきなり謝られて! もう頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで! でも! だけど!!」

 

 ぽろぽろと涙を溢しながら、雷はその心境を叫ぶ。1日……ではない。1時間に満たない僅かな間で、彼女の身には様々な出来事が起きすぎた。その1つ1つが心に深く傷を負わせ、混乱させた……もう限界なのだ。それでも……彼女は自棄になったりはしない。

 

 「だけど……天龍さんが仇をとってくれたから。私達の中の誰よりも怒ったハズの天龍さんが、仇をとってくれたから、私は撃たないの。でも、怒ってない訳じゃないから……憎くない訳じゃないから……そういうのを全部込めて叩くだけで終わらせるの」

 

 雷は叩いた右手を握り締め、レコンは叩かれた左頬に手を当てて雷を見る。叩かれた頬は、ヒリヒリと痛くて……焼かれたように熱くて……それらが酷く、レコンの涙腺を刺激する。

 

 「痛いでしょ。撃たれたり、斬られたりした訳じゃないのに……効かないハズのただの平手打ちが、凄く。私だって……痛い。ヒリヒリして、すっごく熱くて……すっごく、かな、しくて……」

 

 「『ヒッ……グゥ……ッ……』」

 

 「うぇ……うああああん!!」

 

 「『ゴメ……ナサ……ヒッグ……ゥゥゥゥッ!!』」

 

 我慢していたものが切れ、2人は声の限りに泣く。限界まで泣き声をあげ、言葉にならない思いの丈をその泣き声にのせる。

 

 やがて、イブキが2人に近付いてその身体を抱き寄せた。2人はイブキにしがみつき、イブキは2人を抱き締めながら頭を撫でる。山城も、扶桑も、夕立でさえ、その中には入らない。入っていいとは思えないから。入ってはいけないと思ったから。

 

 そしてその状況は……2人が泣き止むまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 雷とレコンが泣き止んだ後、一行は屋敷の2階……そのレコンが使っていた部屋に場所を移していた。部屋の中にはベッドが1つと椅子が1つある。ベッドにはイブキが座り、泣き疲れて眠ってしまった雷とレコンを膝枕し、夕立が背中に抱きついている。山城と扶桑は擬装である異形を門番の如く屋敷の前に置き、椅子には扶桑が座り、山城は壁にもたれ掛かっている。因みに、夕立の艤装は全て取り外して……左手の魚雷発射菅はスポッと抜けた……ベッドの側に置いてある。

 

 「ようやくゆっくり話せるな……まずは3人に感謝を。ありがとう……俺だけでは、こうして全員無事とはいかなかった」

 

 「いいのよ。私達のは以前のお礼なんだから」

 

 「そうよイブキ姉様。それに、駆けつけることが出来たのはあの子のお陰なの」

 

 「あの子……?」

 

 「ええ……時雨は知っているわよね?」

 

 「……ああ」

 

 「私達が駆けつけることが出来たのは、その時雨のお陰。数日前、偶然私の前に“沈んできた”あの子の」

 

 山城の口から語られたのは、イブキの知る時雨のことだった。この時雨はかつて夕立の同僚であり、不知火によって雷撃されたあの時雨である。あの日、魚雷を受けて沈み行く彼女の手を取り、イブキと夕立を助けてほしいという声を聞き届けたのは山城だった。それは本当に偶然のことだった。

 

 あの日、山城は鈍っていた身体を直す為に散歩がてら海中を進んでいた。そんな時、電探に反応があり……念のために反応の正体を確認しようと近付く。そして反応の近くまでやってきた頃、時雨は雷撃され、沈んだ。艦娘だった頃の記憶を持つ山城は、その沈んでいる艦娘が時雨であると分かり……海中であるにも関わらず聞こえた、イブキと夕立を助けてという声を聞き、その願いと時雨を助ける為に手を取ったのだ。そして時雨は今、山城と扶桑のいる拠点で療養しているという。その意識は、まだ戻っていないらしい。

 

 「状況から考えると、時雨は今回の海軍の連合艦隊……その目標が貴女だと知って、その警告の為に動いていたんでしょうね。その途中で……沈んでしまった」

 

 「……俺のせいか?」

 

 「それは違うわイブキさん。これはあの子の不注意……貴女には何の責任もないの。それはともかく、私達が駆けつけることが出来た理由はそんなところね」

 

 時雨が沈んだのは今いる島が見えるところ……見えていた島、もしくはその近海にイブキがいる、或いは近くを通ると当たりをつけていたという。そして山城が連合艦隊を発見し、扶桑と共に駆けつけ……雷を助けることが出来たのだ。

 

 とは言うものの、実は山城は雷を助けるつもりではなかった……というか、海中にいた彼女は戦況を予測は出来てもその目で見えていた訳ではなかった。連合艦隊から離れた場所に影が見えた為、その影がイブキであると考えていたのだ。そして艤装を背に従えたまま浮上し……偶然雷を武蔵の放った砲撃から守る形になったという訳だ。敢えて言わないのは、助けたのは偶然と口にするのは恥ずかしいからである。

 

 ひとまず話終えた山城と扶桑の視線が、なぜかイブキに背中から抱きついたまま頬擦りしている夕立へと注がれる。次は夕立が話す番……そういう意味を込めての視線だったが……。

 

 (何あれ羨ましい……私ももっとイブキ姉様と触れ合いたい……)

 

 (なんてことを思っているんでしょうけど……今は我慢するのよ山城……拠点に行けば、チャンスは幾らでもあるわ)

 

 少し嫉妬も混じっていた。そんな山城に視線を移した扶桑は、ニコニコと微笑ましげに見詰めている。

 

 「んふ~♪ あ、私の番っぽい?」

 

 ようやく視線に気付いたのか、夕立が頬擦りを止めて抱き着いたまま今までのことを話始める……それは皆に、というよりもイブキに対して、という部分が大きかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 半年前のある日に夕立は駆逐棲姫に襲われ、何とか逃げたものの死ぬ1歩手前まで追い詰められ、海に沈んでいた。そんな彼女を助けたのは……深海棲艦の姫、北方棲姫である。なぜ南方に近いこの島の近くにいたのかと言えば……保護者である港湾棲姫と共に資材確保の為の遠征に来ていたからだ。勿論、姫である彼女達が遠征を行う必要などないが……そこは見た目も頭も子供な北方棲姫の我が儘である。なら港湾棲姫ではなく部下達に着いていくように頼めばという話になるが、いざ北方棲姫が癇癪を起こした場合に止められない。なので仕方なく……ということなのだ。

 

 次に夕立が目覚めた場所は、薄暗い見知らぬ室内。しかも自分はなぜか裸で、淡く光っている緑色の液体で満たされたカプセルの中にいた。どういう訳か呼吸は出来ている。

 

 (……ここ、は?)

 

 確か自分は……と目覚める前の記憶を思い返しつつ、夕立は辺りを見回す。不思議と透き通っている液体の中からでも周りの確認は容易だった。

 

 自分が入っているカプセルと同じモノが3つ……つまりカプセルは4つ。内2つの中には何も入っていないが、1つだけ何か小さなモノが入っていることに気付いた。よく見てみれば、それは刀身が半ばから折れている……イブキから預かった軍刀だった。

 

 (っ!?)

 

 思わず手を伸ばすが、当然ながらその手はカプセルの壁に阻まれる……それと同時に気付く。火傷や傷だらけだったハズの身体が……失われたハズの左腕や潰れていた右目、焼け爛れていた右半身すらも殆ど五体満足に治っていることに。混乱する夕立……そんな彼女の前、正確にはカプセルの前に人影が立つ。その正体は……港湾棲姫だった。

 

 『目ガ覚メタノネ……気分ハドウカシラ?』

 

 (別の姫級!?)

 

 夕立は目の前の存在の名前こそ知らないが、その存在が島で相対した姫と同等の存在であることは理解できる。その驚愕は声には出せず、ゴボッ……と気泡となって出るだけだったが。

 

 『ソウネ……取リ敢エズ、貴女ガソコニ入ルマデノコトヲ説明シマショウカ』

 

 その説明で夕立は、自分を助けた……正確には拾ったのが北方棲姫であることを知った。今夕立が入っているカプセルは艦娘で言うところの高速修復材であり、目覚めるまで1週間もその中にいたという。じゃあもう出してくれてもいいんじゃないかと夕立は考えたが、1度このカプセルに入ると修復が完了するまで出られず、修復完了の合図が出ていないのでまだ出すことが出来ないらしい。因みにここは北方海域にある港湾棲姫、北方棲姫の拠点。つまり、深海棲艦の拠点であるという。

 

 夕立が疑問に思ったのは、なぜ自分を助けたのかだ。艦娘と深海棲艦が敵対していることなど誰もが知っている常識である。イブキのような特殊な存在でもない限り、敵を助けることなど何のメリットもない……と考えた夕立だったが、よく考えてみればこの状況は捕らえられたとも取れる。つまり、敵の情報を得る為に尋問ないし拷問をされる可能性もなきにしもあらず、ということになる。

 

 『アア、安心シテイイワ。尋問モ拷問モスルツモリハナイカラ』

 

 そんな夕立の考えが聞こえたかのように、港湾棲姫がそう告げる。今の言葉を100%信用できる訳ではないが、仮に本当だとすればますます自分を助けたことが理解できない。他に何かあるだろうか……と夕立は首を傾げる。そんな仕草が面白かったのか、港湾棲姫は自身の巨大な異形の手を口元に当ててクスクスと笑った。

 

 『貴女ヲ助ケタコトニ理由ナンテナイワ。強イテ言ウナラ、ホッポノ遊ビ相手ニナッテモラウ位カシラネ。元々、貴女ヲ拾ッテキタノハホッポダモノ』

 

 ホッポ……つまりは北方棲姫、その遊び相手になれと港湾棲姫は言う。冗談じゃない、というのが夕立の心境だ。目の前の港湾棲姫は1週間もこのカプセルの中にいたと言った。となれば、間違いなくイブキは時雨を送り届けて島に戻って来ている。半壊した屋敷と戦闘の爪痕が残る、自分のいないあの島に。ならば、急いで帰らなくてはならない。自分が生きていることを教えてあげなければならない。

 

 誓ったのだ、一緒にいると。家族になると。それが一夜で終わるなど認められない。レ級の死で弱っている彼女の心にトドメを刺すかのような現実を突き付ける訳にはいかない。

 

 (だからここから出して! 私をイブキさんの所に行かせて!!)

 

 そうは思っても声には出来ず、身体もロクに動きはしない。そんな夕立を見ていた港湾棲姫は、悲しげな表情を浮かべる。彼女は深海棲艦の中でも穏健派……戦いを嫌う珍しい存在だ。彼女と共にいる北方棲姫もまた、少々好奇心旺盛なところはあるものの戦闘には興味がない。単純に痛いのも怖いのも嫌いという子供らしい理由もあるが、戦いよりも楽しいことが沢山あるからだ。彼女達の部下である深海棲艦達も同じように穏健派であり、戦いを嫌う。無論、姫達に危機が迫ればその限りではないが。

 

 故に、港湾棲姫はここに留まる気はないという夕立に対して平和的な解決法を模索する。夕立が出ていってしまえば、拾ってきた北方棲姫は癇癪を起こして泣きに泣き、八つ当たりをするだろう。そうなっては困る。それに、夕立も決して万全ではないのだ。そんな彼女を海に出したら、同胞に沈められるか、ガタが来て身動きが出来なくなるかもしれない。心優しい港湾棲姫が、そうと分かってて夕立を出す訳がない。

 

 『……ゴメンナサイ、マダ貴女ヲココカラ出ス訳ニハイカナイノ』

 

 その言葉に激昂しかける夕立だったが、港湾棲姫のその理由を聞いて踏み留まる。北方棲姫のくだりは知るかそんなもんと言いたいが、ロクに身体が動かない以上は行動そのものが出来ない。動きたくても動けないのだ……こうしている間にも最愛の人が苦しんでいるかもしれないと言うのに。

 

 しかも夕立自身の艤装も問題となる。単純な話、損傷が激しすぎて修復が出来ないのだ。つまり、身体が動くようになったところで海に出られない。しかもここは深海棲艦の拠点……艦娘の艤装などある訳がない。八方塞がりだった。

 

 (どうしようもない……っぽい)

 

 結局、夕立はここで身体が癒えて艤装の都合がつくのを待つことになった。1週間修復しながら眠り続けたせいか体はマトモに動かなかったが、それも北方棲姫の遊び相手をしながら過ごしていれば解消される。ボロボロだった服は港湾棲姫が作り直してくれたらしい……なぜ裁縫道具があるのかとかその腕で縫えるのかとか疑問に思ったが夕立は触れなかった。食事は出される燃料弾薬を直接ばりばりと口に運ぶ……流石に人間が口にするような食べ物はないようだ。寝る時は北方棲姫と港湾棲姫と一緒に眠った。翌日に起きてはまた北方棲姫と遊び……そんな生活が続けば、流石にその生活に慣れてきてしまう。

 

 北方棲姫にはなつかれ、港湾棲姫には身体の心配や北方棲姫の遊び相手のお礼を言われ、彼女達の部下とも交流が出来て……それでも、夕立はイブキの元へ帰る方法を模索した。そして、その方法が見つからないままおよそ5ヶ月が過ぎた頃……その“噂”を耳にした。

 

 “何かの持ち主を探す、軍刀を持った新種の艦娘”……その噂を偶然、姫達の部下達の雑談の中で聞いた夕立は一瞬でその正体がイブキであることに辿り着く。探してくれている……自分が生きていると信じてくれている。そう考えると、温かいものが心に染み込んだ。

 

 だが、ここはどことも知れない深海棲艦の拠点……見つけ出すことはほぼ不可能だろう。ならば自分から会いに行くしかない。というのも、噂ではその艦娘は接触した深海棲艦を無慈悲に斬り捨てるというのだ。穏健派で戦いを嫌う港湾棲姫と北方棲姫が、そんな危険な存在に部下達を接触させる訳がないし、拠点に招くなどもっての他。夕立も北方棲姫が拾わなければこうして拠点に置くこともしなかっただろう。

 

 しかし、5ヶ月経って尚夕立が使える艦娘の艤装は見つかってはいなかった。そもそもそう簡単に見つかるものでもないし、仮に見つかったとしても夕立の艤装のように修復不可能な迄に壊れていることが殆どだ。会いに行けない……その現実が、夕立には辛かった。

 

 しかし、更に3日ほど経ったある日に、夕立は閃いた。

 

 

 

 ━ そうだ、深海棲艦の艤装を使おう ━

 

 

 

 艦娘の艤装が見つからないなら、ここにある深海棲艦の艤装を装備してしまおうということだった。勿論、単なる思い付きではない。

 

 夕立は、かつて深海棲艦だった。もっと詳しく言うなら、雷巡チ級と呼称される深海棲艦として存在していた。その頃の記憶は艦娘夕立として生まれ変わって尚存在し、一時はその深海棲艦としての感情と艦娘としての感情が二律背反となって苦しんでいた程だ。イブキに出会ったことでその苦しみからは解放されていたが、イブキがいない今、誰にも言ってはいないが、その苦しみがまた振り返している。

 

 それはさておき、夕立は自分が目覚めたカプセルの置いてある部屋にやってきてカプセルの中にあるモノ……折れたイブキの軍刀を取り出す。夕立を修復したカプセルと同じ液体の入ったカプセルに入り続けていたそれは、未だに修復される気配がない。その軍刀と姫達の部下である1隻のチ級から予備の艤装……魚雷発射菅と姿勢制御や航行機能を司る部分の艤装を譲り受け、夕立はそれらを手に持つ。

 

 チ級の艤装は、夕立の手に良く馴染んだ。しかし、使えない。考えてみれば当たり前である。かつては深海棲艦だったとしても今は艦娘、深海棲艦の艤装が使える道理などない。

 

 (でも使わなきゃ、使えなきゃ、イブキさんの所に行けない……お願い、動いて! 私を探してくれてるの。私が生きてるって信じてくれてるの! だから動いて! その為だったら何でもする、何にでもなる!)

 

 『だから……動いてよぉっ!!』

 

 

 

 ━ そのお願い、叶えてあげるですー ━

 

 

 

 ぐじゅる……そんな生々しい音が、夕立の中から聞こえた。

 

 『あ……っ……』

 

 びくんっと夕立の身体が痙攣し、仰向けにその場に横たわる。

 

 『あっ……はぁ……』

 

 身体のナカが、外が、少しずつ改装(かえ)られていく。

 

 『んく……くぅ、ん……っ』

 

 奇妙な、不可解な、不可思議な、よくわからない感覚に体を捩らせ、悶えさせる。

 

 『ひぅ……ン……ぁ……』

 

 目の前がチカチカと明滅して、ナニカが爪先から脳天へと上り詰める。クリーム色の髪の毛先が赤く染まり、少しずつ白くなっていく。

 

 『ぁは……んひぃ……っ!』

 

 身体が想い人に近付いていくのが分かった。自分が彼女と同じ存在に近付いていくのが理解できた。体がアーチを描くように弓形にしなり、汗が流れ、頬は上気し、目は潤む。

 

 『あ……ああっ……んんんーっ!!』

 

 夕立は、望んだ通りの変化に歓喜の声をあげた。

 

 

 

 同時に、勢い余って艤装から魚雷をぶっぱなし、部屋を破壊した。

 

 

 

 目覚めた夕立は港湾棲姫にこれでもかと怒られた。普段が穏和な分、一度怒ればその怖さは半端ではない。夕立は涙目になり、関係ない北方棲姫すらあまりの恐怖に泣き出す始末である。

 

 説教が終わると、次は変わった姿について追及される。クリーム色だった髪は毛先が赤く、上にいくにつれて白くなるという鮮やかなグラデーションを描き、エメラルドの瞳はflag shipのように金色に染まっている。折れたままだった軍刀は刀身がなくなっており、チ級の艤装は問題なく扱える。身体もより女性らしく成長している。そうなった理由が気にならないハズがない。しかし、夕立もその理由を知らない。彼女は願っただけだ。艤装よ動けと、頼むから動いてくれと。その際に誰かの声が聞こえた気がするが、気のせいかもしれないと夕立は考えていた。

 

 そして、問題の艤装だが……魚雷が放てた通り、動かすことは出来るようになっていた。また、港湾棲姫曰く夕立の気配が艦娘に少し深海棲艦のモノが混ざっているように感じられるという。試しに海に出てみても問題なく航行出来る。つまり、イブキの元へと向かうことができたようになったのだ。

 

 『夕立……イッチャウノ……?』

 

 『う……』

 

 だがしかし、赤い瞳に涙を浮かべた北方棲姫の姿が夕立を躊躇わせる。イブキがいるなら他に何も要らないと断言する夕立ではあるが、見た目幼子の涙目には流石に良心が刺激される。かといってイブキに会いに行かないのも論外。仕方なく振り切ろう……として、いつのまにか背後に忍び寄っていた港湾棲姫に頭を捕まれて持ち上げられ、痛みに悶える夕立の耳元にそっと囁いた。

 

 

 

 『部屋ヲ壊シタママドコカヘ行カセル訳ガナイデショウ……?』

 

 

 

 結果、夕立は今までのサイクルに中に部屋の修繕(ほぼ1人でやらされた)を加えて約1ヶ月追加で過ごし、修繕を終えたことでようやくイブキに会いに行くことを許されたという。そうして夕立は約半年を過ごした拠点と深海棲艦達に若干後ろ髪を引かれつつ、北方棲姫と港湾棲姫の見送りを受けて海へと出たのだ。

 

 

 

 

 

 

 話し疲れたのか俺に後ろから抱き付いたまま夕立は眠ってしまった。その色々な柔らかさと良い匂いに意識を飛ばしそうになりつつ、俺は目の前の山城と扶桑を見る。

 

 「寝ちゃったわね」

 

 「ああ……元々疲れていたところにあの長話だ、眠るのも仕方ない」

 

 夕立の話はその深海棲艦の拠点を出てからの話……道中は何事もなかったが、この島で僅かとはいえ駆逐棲姫と戦って撃退したという話を聞かされたときは胆が冷えた。尤も、夕立と金剛とレ級……レコンも無事だったのだから良かったが。

 

 さて、今日は思い出すことが……出来事が多すぎる。まだ昼前だと言うのに、だ。金剛の中にレ級がいるという事実。連合艦隊の襲撃。雷との再会。夕立との再会。金剛とレ級が1つになっているという不思議な現象。雷とレコン……レ級の会話。夕立のこれまで……本当に出来事が多い。

 

 レコンが出迎えてくれたあの時、俺は雷とレ級の間にある確執をすっかり忘れてしまっていた。思い出したのは、雷が俺の服の裾をギュッと握った時だ。彼女にとってレ級は間違いなくトラウマの対象……無思慮な自分が情けなかった。

 

 慰めにはならないかも知れないと思いつつも、俺は天龍のことを話した。その話が雷の心に何を感じさせたのかは分からない。ひょっとしたら、怒りに任せて砲を撃つかもしれない……そんな俺の考えは、すぐに引っくり返された。

 

 

 

 『『……撃タナイ……ノカ?』』

 

 『撃ちたい! 仲間に見捨てられて! 今になって目の前に仇が出てきて! いきなり謝られて! もう頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで! でも! だけど!!』

 

 『だけど……天龍さんが仇をとってくれたから。私達の中の誰よりも怒ったハズの天龍さんが、仇をとってくれたから、私は撃たないの。でも、怒ってない訳じゃないから……憎くない訳じゃないから……そういうのを全部込めて叩くだけで終わらせるの』

 

 

 

 いっぱいいっぱいだったハズだ。心はとっくに限界で、周りなど関係なく喚き散らしたくて、怒りと悲しみを力の限りばらまきたいハズだ。それだけのことがあったんだ。それだけの思いをさせられたんだ。例え彼女がレコンを撃ち殺したとしても、例え死ぬまで殴り続けたとしても、誰がそれを責められるだろうか。

 

 それでも、彼女は撃たない。沈めない。殺さない。限界の心を繋ぎ止めて、平手打ち1発に留められる……留めることが出来る。俺にはその姿が、とても眩しく見えた。

 

 (それに比べて……俺は……)

 

 半年。言ってしまえば一言で済むが、実際は短いとも長いとも言える時間……それだけの間に、俺は何人の艦娘を斬った? どれだけの深海棲艦を沈め、殺した? 怒りのままに、時に情報が得られないなら価値がないからと、俺は軍刀を振るった。夕立が戻ってきて今、俺はその事実を感じていた……いや、今まで感じていなかった訳じゃない。見向きしなかっただけだ。それを今更になって見てしまい、罪の意識に苛まされているだけなんだ。

 

 いや……罪の意識というのは違う。ただ、罪悪感を感じているだけなのだろう。嘘をついた艦娘がいた。笑いながら知らないと言った艦娘がいた。問答無用で攻撃を仕掛けてきた艦娘と深海棲艦がいた。俺はそれに武力をもって返しただけ……一方的に、蹂躙しただけ。だから罪悪感を感じている。子供に大人が暴力を振るったかのような、居心地の悪さを感じているだけなんだ。

 

 「……ふぅ……」

 

 思わず溜め息が出る。半年前の俺は、どんな存在だった? 最初はもっと軽い奴だったハズだ。心は小心者の元一般人で、時間が止まったかのような感覚と某大総統のような身体能力と5本の妖精軍刀で戦えているだけの……そんな奴だった、と思う。それがいつから、艦娘を斬っても深海棲艦を沈めても……殺しても、冷静でいられるのか。いや、冷静だったのは前からかもしれんが。

 

 「どうしたの? イブキ姉様」

 

 「流石に疲れたんでしょう。3人みたいに眠ったらどう? 私達の拠点に行くのは、それからでも遅くはないわ」

 

 「……そう、だな……少しだけ、眠らせてもらおう」

 

 扶桑の言葉を受け、俺は夕立を雷の隣に座らせ、雷とレコンを膝枕したまま体を後ろへ倒し、夕立の頭を腹の上に持ってくるように寝かせる。

 

 疲れた……そうだな……疲れた。半年間ずっと張り詰めていた。夕立のいない日々に安らぎはなくて、嘘と戦いの中で過ごした。物語で良くありそうな悪夢を見て飛び起きる、なんてことをしたことはないが、充分に眠れたことはない。それでも問題なく動けるのがこの身体のスゴいところなんたが。

 

 だが……今は眠くて仕方がない。もう駆逐棲姫を探す必要はない。夕立はここにいる。レ級との家族になるという約束を果たせる。雷とも再会できた。山城は姉の扶桑と一緒に再び会えた。これで少しは……以前のように笑えるだろうか。以前のように……艦娘達に悪意も戦意もなく出会って喜んで、夕立のスキンシップにドキドキして、この世界を自分なりに楽しく生きられるだろうか。

 

 「……おやすみ」

 

 「「おやすみなさい」」

 

 「「「「「おやすみなさいー、イブキさん」」」」」

 

 半年間感じていたシリアスな空気から逃れるように……俺は夕立の頭を撫でながら目を閉じた。

 

 どうかこの温もりが、夢ではありませんように。




という訳で、雷とレ級の和解(?)と夕立の説明回でした。夕立のところでちょっと薄い本的なモノを考えた方は速やかに憲兵に申し出て下さい。

前回の後書きに書きましたキャラアンケートに参加して下さった方々、本当にありがとうございました! そんな皆様から頂きましたベスト、ワーストキャラがこちら↓

ベスト
1位 雷
2位 イブキ
3位 金剛レ級

ワースト
1位 渡部 善蔵
2位 大淀
3位 武蔵

ベストでは3位は接戦だったりしますが、金剛レ級がもぎ取りました。ワーストは予想通りというか……善蔵に至っては嫌い過ぎて名前すら覚えていないという意見も。他には雷可愛い、そんな雷を撃った武蔵許すまじ、駆逐棲姫可哀想等の意見も……。

今度やるとすれば、出てほしい艦娘とかでしょうか? 基本的に酷い目に逢いますが(黒笑



今回のまとめ

雷とレコン、和解? その一撃は何よりも痛い。夕立の今まで。ん……あ……ん……。イブキ、眠る。おやすみ。

尚、レコンは暫定的な呼び方ですので、他に何か良い呼び名があれば採用させていただく可能性があります。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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