どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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大変! 長らく! お待たせ! しまし! たあっ!!(土下座

2度目の2万文字越えで今日まで時間がかかりました……今回色々と納得出来ない部分があるかもしれませんが、どうか寛大な心でお願いいたします。後書きにちょっとしたアンケートのようなものがありますので、最後まで見て頂けると有り難いです。

妙高型好き、姫級好きの方々は御注意下さい。


お帰り、夕立

 (……これ以上は無理だな)

 

 渡部 善三の第一艦隊の1人である那智は、現状を冷静に判断する。只でさえお世辞にも戦意が高いとは言えなかった今回の作戦、予想を遥かに超えた目標の強さ、噂になっていた探していたモノの正体とその理由と経緯、武蔵が仲間ごと目標を撃ったという事実、更なる姫級の参戦……これで未だに勝利出来ると思っている者など居はしない。それとは逆に、完全に戦意が失せて心が折れた者達ならいるのだが。

 

 (だが、逃げることもまた困難……誰かが奴らを引き止める必要がある。出来るとは全く思えんが)

 

 心が折れようが戦意を喪失しようが、最早撤退することも困難である。何せ相手は海軍最速を遥かに凌駕する軍刀棲姫……逃げられるハズがない。逃げる為には、那智の考えたように誰かが引き止め役……生け贄を捧げなければならないだろう。生け贄を捧げたとしても、逃げ切れる可能性は限りなく低い。

 

 大を生かすための小を、100を生かすための1を。それが出来そうな者は……那智の確認する限り、いない。武蔵は左手と左側の艤装を失い、虎の子の特殊三式弾も戦艦棲姫に防がれ、最早戦う術などない。矢矧も艤装を破壊された為に戦う手段そのものがない。空母である雲龍を引き止め役にするのは論外、大淀と不知火は一目見て分かるほどに心が折れている。長門達も論外だ。大淀の迂闊な説明のせいで那智の提案など聞く耳を持たないだろう。日向達は全滅、他の艦娘達もとても戦える精神状況ではない。

 

 (……やれやれ、私が行くしかないか)

 

 那智は内心溜め息を吐く。今回の大規模作戦における元帥直属第一艦隊の失態は大きい。大淀の説明通りかどうかは分からないが、武蔵が仲間ごと目標を沈めようとしたのが非常に不味かった。そして此度の大規模作戦の大敗は海軍の評価や信頼を地に落とすだろう。そうなれば必然、トップが何らかの形で責任を果たさなければならない。

 

 必要なのは戦果だ。とは言っても、軍刀棲姫や戦艦棲姫を沈められるとは那智も思ってはいない。己の身を犠牲にしてでも他の艦娘を逃がした……その事実を得なければならない。情報操作や収集ならば大淀がどうにかするだろうし、暗殺ならば不知火が、真っ向からの殴りあいなら武蔵が、奇襲ならば雲龍がいる。矢矧は最近になって第一艦隊に入った新参者であるが、那智は評価している。この場さえ凌げれば、後は仲間達がどうにかする……那智はそれに賭けることにした。

 

 (それに……全くの無策という訳でもない)

 

 那智の目に戦意の炎が灯る。確かに此度の戦いは海軍の大敗だろう。この敗北は間違いなく歴史に刻まれ、世論に笑われ、海軍の威信に関わるだろう。

 

 しかし、それでも、世界は海軍を肯定し、存続させ、頼り、信じ、貢献せねばならない。世界に深海棲艦が存在する限り、海軍総司令“渡部 善三”が存在する限り。那智の命はその礎であり、生け贄であり、必要な犠牲であるのだ。そして、引き止められる可能性はゼロではない。武蔵が特殊三式弾を持っていたように、那智にもまた“奥の手”は存在する。

 

 「大淀。私は撤退を提案する」

 

 「……ここまできて、撤退なんて……がっ!?」

 

 那智は長門の近くでうなだれている大淀に近付き、撤退するように告げる。しかし、返ってきた言葉は撤退を渋るモノだった。普段の大淀ならば、ここですぐに那智の言葉に乗っただろう。しかし、心折れて尚軍刀棲姫討伐を捨てきれないのか、大淀は首を縦に振らない。

 

 そんな大淀に対し、那智は眉一つ動かすことなく全力で大淀の顔を殴り飛ばした。絶対的不利である状況で仲間を殴るという行為は、連合艦隊と軍刀棲姫達の時間を止めるには充分な出来事だったらしい。その行動を見ていた全員が呆けた表情をしていたのだから。

 

 「冷静さを無くした指揮艦などいらん。全軍撤退だ! 先頭は私以外の元帥第一、第二艦隊! 殿は長門、お前達に任せる!」

 

 「ま、待て! まだ雷が向こうに……」

 

 「諦めろ! 1を捨てて100を生かせ! それに、奴らなら悪いようにはしないだろう」

 

 那智の指示に艦娘達が慌てるが、流石は歴戦の勇士ということなのかすぐに撤退する為に反転し、那智を除く元帥直属の艦隊は倒れた大淀と動きづらそうな武蔵、矢矧を抱えて指示通りに先頭を行く。元帥の艦隊を先頭にしたのは、武蔵のフレンドリーファイアによる恐怖を少しでも抑える為の処置である。前であれば、少なくとも背後から撃たれることもないからだ。

 

 長門の言葉に冷徹に言ったのは、雷を救出している時間が……本当ならば指示している時間すらも惜しいからだ。何を考えているのか那智には分からないが、軍刀棲姫達は那智の指示を聞いてからも一切の行動を見せない。ほぼ確定している勝利故の余裕か、それとも別の理由か……或いは見逃してくれるのか。そんな那智の淡い期待は、戦艦水鬼扶桑の異形の口から競り出てきた2門の主砲が放たれたことで裏切られた。

 

 「く、ああっ!!」

 

 「「きゃああああっ!!」」

 

 「わああああっ!!」

 

 「う、くっ!」

 

 他の艦娘達と同じく、気絶したままの日向を抱えて撤退しようとしていた大和達に水鬼扶桑の放った至近弾によって吹き飛ばされる。辛うじて島風だけはギリギリ至近弾の位置から離れることができたものの、大和達は大破に等しいダメージを負わされてしまった。

 

 「貴女達は……山城を追い詰めた日向達だけは逃がしてあげないわ」

 

 半年前、まだ戦艦水鬼扶桑が戦艦棲姫山城の艤装だった頃、扶桑は山城を庇って日向達に破壊され、山城も轟沈の一歩手前まで追い詰められた。結果的に助かったとは言え、姉として妹を追い詰めた日向達を許せるハズもない。日向達を逃がす通りも優しさも持ち合わせてはいない。

 

 そんな姉の姿を嬉しく思いつつ、戦艦棲姫山城は自分が守った雷へと視線を移す。その顔は血の気が失せて真っ青になっている……それもそうかと山城は思う。何せ味方に沈められそうになった挙げ句に見捨てると告げられたのだ、その心境を推し測ることなど出来はしないが、少なくとも決して小さくない絶望を感じていることは分かる。

 

 山城も扶桑も今でこそ深海棲艦だが、艦娘だった頃の記憶を持っている。山城が雷を守ったのは、艦娘の記憶を思い出していなかった頃に比べて艦娘への敵意が明らかに小さくなっていたからだ。また、雷が自分達の友と同じ駆逐艦だったことも挙げられる。

 

 だから許せない。仲間ごと撃ったことも、仲間を切り捨てたことも。例えそれが正しい判断だとしても、感情が許そうとしない。故に、連合艦隊は……海軍は扶桑姉妹の敵なのだ。

 

 

 

 「いや、逃がす。その為の犠牲(わたし)だ」

 

 

 

 扶桑の言葉に返したのは、那智。扶桑と山城は、彼女のその言葉にゾクリと背筋を通り抜ける悪寒を感じた。圧倒的劣勢、勝ち目のない戦い、他艦娘の戦意喪失。それなのに那智の目は死んではいない。むしろ爛々とした輝きを放っている。

 

 (まさか、本当に何か策があるというの?)

 

 (私達とイブキさんを抑えて、艦隊を逃がす……そんな策が?)

 

 那智のあまりに堂々とした口調と態度から、扶桑達は本当に何かしら策があるのかと疑う。そして先程感じた悪寒もまた、その考えを正しいものとしていた。

 

 だが、そんなこと知ったことではないと動くものが1人。

 

 「ならば、何かされる前に斬るだけだ」

 

 イブキだった。イブキは両手に軍刀を持ち、那智へと走る。イブキは艦娘とは違い、海上を自在に動ける。その脅威は武蔵や矢矧、日向達が敗北したことからよくわかるだろう。速度もまた海軍最速を遥かに越え、撃たれてから砲撃を避けるという絶技、砲弾を斬るという神業を難なくこなす。正しく規格外と言える。

 

 そしてそんなことは那智も当然理解している。また、大切な人を奪われて復讐に走る程に情が深いということも。故に雷を見捨てても、イブキならば悪いようにはしないと断言出来たのだ。

 

 だが、那智はそんなイブキだからこそ勝機を……連合艦隊を逃がす勝機を見出だせた。イブキは艦娘を攻撃しても、現状沈めるには至らない。それは今までの被害が証明している。

 

 (優先順位は艤装、手足、体と言ったところか)

 

 冷静に考え、相手の動きを読む。まるで走馬灯を見ているかのように時間がゆっくりと流れているような感覚の中に、那智はいた。極限まで研ぎ澄まされた集中が、イブキの動きをハッキリと捉えさせた。

 

 那智は改二。艤装は背中に取り付け、そこから左右に伸びたロボットアームに20.3cm2連装砲を2門ずつ、太ももには61cm4連装魚雷発射菅を左右に1つずつ。

 

 (狙うとすれば……主砲!)

 

 捉えていたハズの軍刀棲姫の動きが捉えられなくなり、那智は両手の軍刀によって左右の主砲が同時に破壊されたことを悟る。だが、この時点で那智は魚雷を発射していた。とは言っても、那智は当たるとは微塵も思っていない。

 

 案の定と言うべきか、魚雷は軍刀棲姫に当たる前に空中で爆発し、軍刀棲姫はいつの間にか後方へと跳んで爆発の範囲から逃れていた。無論、那智は主砲と魚雷の爆発を至近距離で受け、ギリギリ中破のダメージを負いながら後方へと吹き飛ばされる……だが、これこそが彼女の狙い。

 

 (貴様は……私のような艦娘とは会ったことがないだろう)

 

 吹き飛ばされながらも、那智はスカートの中から取り出した“とあるモノ”を爆炎の向こうにいる軍刀棲姫目掛けて投げつける。それは、普通の艦娘ならばまず持たない、艤装ですらないモノ。

 

 元帥直属の第一艦隊のメンバーは最強クラスの実力を誇ると共に、新参者である矢矧を除いて先程も言ったような個別の役割がある。情報収集、操作は大淀の分野。艦隊戦での真っ向からの殴り合い、正しく最強戦力の武蔵。小柄な体躯と駆逐艦の速度を生かして暗殺を任される不知火。空母故に艦載機による奇襲を得意とする雲龍。ならば、那智の役割とは何なのか?

 

 (砲弾を見切り、我々の目からは消えたように見える程の己の速度に対応できるんだ……目はいいんだろう? その目の良さが命取りだ)

 

 「っ!? 目、が!?」

 

 「眩しっ、うううう!!」

 

 「ああああっ!! 何なの一体ぃ!?」

 

 爆炎の向こうから聞こえる驚愕と悲鳴。それは、那智が投げたモノ……閃光弾によって引き起こされたものだ。閃光弾の強烈な発光は目を焼き、しばらくの間視界を封じる。なぜこんな物を彼女が持っているか……それが、彼女の役割と関係している。

 

 那智の役割。それは艤装を用いず、海上で戦わない……つまり、陸上での対人戦、白兵戦である。善三の護衛としても腕を振るう那智は、対人戦において有効な武器、暗器を隠し持っているのだ。閃光弾もその1つ。艦娘が使わないであろう武器を使った意表を突く作戦が見事にハマった。

 

 だが、連合艦隊の面々を逃がすにはまだまだ時間を稼がねばならない。今の攻防はほんの一瞬の出来事に過ぎず、艦隊はまだ500Mも離れていないのだから。長門達は島風以外の日向達が逃げるのに手を貸した為に更に近い。

 

 (まだ動ける……武器はあまりないが、畳み掛けるなら今!)

 

 横たえていた体を起こし、那智は未だに燃え盛る炎を迂回して軍刀棲姫達に近付く。どうやら閃光弾は予想以上に効果的だったらしく、軍刀棲姫だけでなく戦艦棲姫山城と戦艦水鬼扶桑もその場で目を抑えて苦しんでいる。彼女達が盾になったのだろう、雷だけはその限りではなかったが。

 

 (……艤装も目(?)を抑えて苦しんでいるのはツッコむべきか? いや、触れないでおこう)

 

 何故か同じように苦しんでいる戦艦棲姫山城と戦艦水鬼扶桑の艤装には触れず、服の中に仕込んでいた拳銃を取り出し、那智は扶桑に向けて放つ。

 

 「っ!? そこ!?」

 

 無論、拳銃など深海棲艦に対しては何の効果も見込めない。案の定弾丸は扶桑の体に当たったものの音もなく弾かれ、扶桑は衝撃を受けた方向に向けて艤装の口から砲撃を放つ。が、移動しながら撃った那智には当たらない。

 

 (相手は深海棲艦、視力が回復するのも人間よりも早いハズ……それまでに艦隊が逃げられればいいが……)

 

 那智は常に動きながら発砲し、意識を自身に向けさせる。視界を封じられ、ダメージはなくとも衝撃を体に受けさせて攻撃されていると認識させられ、扶桑達に少しずつ焦りが生まれる。山城の艤装がイブキと雷を包み込むようにして守ってはいるが、一方的に攻撃されているという事実が焦りを増長させる。

 

 そんな攻防が5分も続き、艦隊の背中もようやく小さな影になるほどに遠くなった。那智の作戦は成功したと言っていいだろう。だが、そこまでだった。

 

 「こ、のぉ!!」

 

 「が、ふっ!?」

 

 扶桑の艤装の口から砲撃が放たれ、那智の近くの海面に叩き込まれる。その衝撃で那智は再び吹き飛ばされ、再度横たわることになった。

 

 (ちっ……もう回復したのか……)

 

 横たわる体の顔だけを上げて扶桑達を見てみると、全員が目を開けていた。人間ならば間違いなく失明しているハズの発光と距離だったにも関わらず、である。そして視力が回復してしまった以上、那智に出来ることは殆どなくなってしまった。

 

 主砲は言わずもがな、魚雷発射菅は近距離で魚雷の爆発を受けた為に砲口が歪んで使えない。閃光弾はもう1つあるが2度目が通じるとは思えない。拳銃は元々効いていなかった上に弾など残っていない。予備のマガジンも使いきった。ナイフ等の近接武器は残っているが、振るったところで拳銃と同じように効かないだろう。

 

 (だが……“保険”はある)

 

 那智は横たわったまま腹部を撫で、ニヤリと伏せた顔に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 「そうか……予想を遥かに超えているな」

 

 『申し訳ありません、総司令……』

 

 大淀との通信が切れてから僅か15分足らず。再度繋がった通信で大淀から報告を聞き、日本海軍総司令渡部 善三は怒鳴ることなく、かといって呆れたという様子でもなく、ただそう返した。

 

 海軍の総力を上げたといっても過言ではない今回の大規模作戦……結果は3隻の姫級、殆どその中の1隻の姫級に完敗。敗因は敵戦力を見誤ったこと。そして、その戦力差を覆す術を持たなかったことに他ならない。

 

 (今は那智が1人で抑えているというが……長くは続くまい。だが、相討てる可能性は充分ある……その為の“保険”だ)

 

 善三が言っている“保険”……その内の1つが、長門達と共にいた雷の存在。長門達は雷の存在を隠していたつもりだったが、善三は最初から気付いていたのだ。大規模作戦に不釣り合いな彼女に気付いていながら、その存在を黙認していた。理由は勿論、軍刀棲姫に対する心理的な保険としてだ。幼い容姿と健気な姿勢、命の恩人に対する何らかのアクションを起こすであろうと予想し、軍刀棲姫が隙を作るのではないかと考えていた。ある意味でその目論見は成功したと言っていいだろう。

 

 しかし、ただ完敗して帰ってきたでは世間体や見栄えも悪い。今回のことが世間に出れば……あくまでも“出れば”、世論はここぞとばかりに海軍を叩き、総司令である善三は責を問われる。念のため、完敗ではなく痛み分け……出来るなら辛勝に持っていきたい。大規模作戦の名目は姫の討伐。ならば突然の姫級乱入という事態が悪化した中で姫を沈められれば、名目は達成したことになる。

 

 「戦艦水鬼と名乗った、か。軍刀棲姫と同じく情報のない新たな深海棲艦……とは言っても完全なイレギュラーである軍刀棲姫とは違い、戦艦棲姫の上位互換のような存在……やれやれ、今までの常識が覆されていくな」

 

 椅子に深く座り直しながら、善三は疲れたように呟く。新たに現れた戦艦水鬼は、過去に出会ったことも目撃情報も一切存在しない、海軍にとっては軍刀棲姫と同じく未知の深海棲艦となる。しかも大淀達の報告通りならば、姫の更に上を行く戦闘力を誇る可能性が高い。

 

 現状、海軍が行う姫討伐の基本形は数による力押しである。何しろ姫と1対1で戦って勝てる艦娘などほぼ0に等しい。数で挑み、時間を掛け、進退を繰り返してようやく討伐できるのだ。それこそが唯一にして確実に勝利を得られた戦い方だった。

 

 しかし、その唯一のものが覆されようとしている……否、覆された。考えうる限り最高の質と量を兼ね備えた連合艦隊が為す術なく敗北、目標には掠り傷1つ付けられない。何百何千と赴き、何万何十万の艦娘を連れたところで、結果は変わらないだろう。現状の海軍では、勝利の道がまるで見えないのだから。

 

 「やれやれ……この代償はそれなりに高くつくな。今から気が重い……だが、私がこの席から降りることは決してない」

 

 此度の敗走が世間に出れば世論は騒ぐだろう。作戦に参加した提督達の“一部”も直談判に来るかも知れない。だが、善三にとってそれらは面倒というだけでさして問題になる訳ではなかった。

 

 信頼はなくなる。評価も落ちる。責任も問われる。だが、海軍はなくならない。善三の代わりに総司令となれる人材も“いない”。深海棲艦という脅威が存在し、唯一対抗できる戦力を持つ海軍は世界的に見ても高い地位にあるのだ。今や世界は海軍なしでは回らない。そして、善三はそのトップ。故に、“やりよう”は幾らでも存在するのだ。

 

 「それにしても……一段階、戦力を引き上げる必要があるな」

 

 思考にケリがついたのか、改めて善三は軍刀棲姫との戦力差に対する有効策を考える。こちらの常識が通用しない戦闘力と機動。特に機動は死活問題となってくる。最低でも前後左右への自在な移動、跳躍と言った陸上での動きを出来るようにならなければ追い付けず対応も出来ない。仮に出来たところで軍刀棲姫に勝てるとは言えないが、そうでなくとも深海棲艦に対してアドバンテージを得ることが出来る。

 

 「やってくれるな? ……妖精」

 

 善三はちらりと机の隅にいる小さな猫を吊るした小人……妖精に視線を送りながら問い掛ける。その妖精は口元だけをにんまりと笑みの形に変え……。

 

 

 

 「お任せですよー……楽しそうですし」

 

 

 

 吊るした猫を左右に揺らしながら、そう返した。

 

 

 

 

 

 

 雷は今、決して良くはない心境だった。恩人と出会う為に無茶を通して参加させてもらった大規模作戦。ようやく再会できた恩人は心に傷を負っており、その傷を癒やしてあげたい……そう考えた時には仲間に自分諸ともイブキを狙った砲撃を突然現れた深海棲艦によって助けられ、かと思えば仲間達に置き去りにされ……その指示を出した那智は今、戦艦水鬼扶桑と名乗った深海棲艦の艤装の異形の太い腕に両腕を捕まれて吊し上げられている。その姿はさながら、磔にされた聖人のようにも見える。

 

 「よくも、と恨むべきか……それともよく逃がすことができたと称賛するべきか……恨んでおきましょう。よくも日向達を逃がしてくれたわね……覚悟は出来ているわよね?」

 

 「深海棲艦の願いなど叶えんよ……そして、私の命もタダではやらん」

 

 那智を睨み付ける扶桑と余裕そうに笑みを浮かべる那智。戦艦棲姫は雷の隣から対峙する2人を心配そうに見つめ、逆サイドに立つイブキも無表情で同じように2人を見ていた。連合艦隊と戦っていた時のような凄まじさは成りを潜め、両手にあった軍刀も鞘に納めており……その両目は金と青から鈍色になっていた。

 

 順番に4人に視線を送ったところで、雷は自分はどうするべきなのかを考える。正直に言えば、雷は未だに混乱している。なぜ自分が置いていかれたのか、なぜ長門達も自分を置いていってしまったのか……いや、何故なのかは理解している。そう遠くない距離だったのだ、那智の命令や長門との会話もはっきりと聞こえていた。

 

 それでも、置いていったことに変わりはない。戦争を知り、戦場に身を置く艦娘とて心が存在するのだ。理由を知っても心に影を落とすのは否めない。それを踏まえて、自分はどうするべきなのか。

 

 (イブキさんと一緒にいる? でも、今のイブキさんが私を側に置いてくれるかしら……じゃあ那智さんを助ける? 出来る訳がないじゃない……)

 

 八方塞がり、そんな言葉が正しいだろう。恩人に着くのか、海軍として仲間を助けるべきなのか……心情で言うなら、雷はイブキ寄りだ。だが、目の前でピンチに陥っている仲間を見捨てるようなこともしたくないのだ。例えそれが、自分を見捨てるように指示した者であっても。そして思考は同じところを回り続ける。イブキか、那智か。優柔不断とはこのことだろう。

 

 「随分と余裕なのね。イブキさんに艤装を破壊され、こうして私に身動きを封じられ……まだ何か手があるのかしら?」

 

 「ああ、ある。とびきりの、私の命を賭けたモノがな」

 

 ハッタリか、それとも真実かは雷には分からない。相手は姫級、改二とは言え重巡である那智の持てる武装では倒せる可能性が高いとはお世辞にも言えない。だが、那智は自信満々に言い切った。それがハッタリであるとは雷には思えない。しかも那智は海軍総司令の直属の第一艦隊……そんな彼女が最期につまらない嘘をつくとも思えなかった。

 

 ならば本当にそんな武器や艤装があるのかと考えるが、とてもそんなモノがあるとは思えない。仮にあったとして、それがどんなモノかも想像出来ない。

 

 「私達元帥直属の第一艦隊は皆、勝つために手段を選ばない。それは例え敗北する時であっても、1隻でも多くの深海棲艦を沈める為に、1人でも多くの敵を殺す為に全力を尽くす。非道外道と言われようとも、だ」

 

 「……何がいいたい?」

 

 「ようやく口を開いたな軍刀棲姫。教えてやる、私達が持つ最後の武器の名を。それが何なのかを」

 

 

 

 自決用対深海棲艦内蔵爆弾“回天”。

 

 

 

 「忌むべき最悪の特攻兵器の名を付けられた、対深海棲艦爆弾。私が沈んだ時、死んだ時、私の中にあるそれは爆発する。我々艦娘が使う酸素魚雷のおよそ200倍の破壊力だ……貴様らを沈めるのに充分足りるだろう」

 

 「「「「なっ……!?」」」」

 

 回天。それは、日本海軍が実際に使用した特攻兵器の名前。魚雷の中に兵が乗り込み、操縦して突撃していたというそれは、当然中の人間が助かる筈などない。歴史的にも最悪、悲劇の象徴であるその名が付けられているということが、那智の言葉に説得力を持たせていた。

 

 そしてそれは全て事実であり、それこそが善三、那智の言っていた“保険”の正体。善三達以外誰も知らない、文字通りの秘密兵器。使う者も使われた者もまず助からない、正真正銘命を賭けた一撃。

 

 だから時間を掛けた……連合艦隊が巻き込まれないように。だから今この瞬間に話した……軍刀棲姫達が自分から目を離せなくする為に。那智はここで命を捨てるつもりでいる。例え軍刀棲姫達が爆発させない為に己を捨て置くとしても、自ら命を断って敵を道連れにする。

 

 「だったら、爆弾をあなたから取り上げれば……」

 

 「生憎だが、さっきも言ったように爆弾は私の体内だ。勿論、体を切り開いて無理やり外しても爆発する……詰んでるのさ、貴様達は」

 

 「くっ……」

 

 山城の言葉も那智の発言で沈黙する。その横で、雷は怒りを覚えていた。艦娘の体内に爆弾を仕込む……あまりに非人道的過ぎる。それが那智の意思なのか元帥の指示なのかは分からないが、真実がどちらであれ、やっていいことではない。

 

 (死んだら爆発する? 外しても爆発する? じゃあ那智さんは……爆弾を付けられた艦娘は、誰にも看取られずに沈むってことじゃない!)

 

 酸素魚雷のおよそ200倍。その威力を、雷は想像することしか出来ない。だが、那智が味方を巻き込まないようにしていたということは理解した。そうしなければ使えないのだ。周りから仲間が誰1人いなくなって、周りには敵しかいなくて、それらと共に孤独に散るしかない。それは雷にとって、あまりに悲しいことだった。

 

 “忘れるな。艦娘は兵器ではなく、心在る人類(われわれ)の仲間なのだ”……海軍総司令であり、元帥でもある善三の言葉。海軍所属の存在全てが知っているであろうこの言葉は、海軍だけでなく世界にも浸透している。この言葉があったから、艦娘は兵器というだけでなく、1つの生命として認められたのだ。戦う彼女達の姿を心苦しく思う人達がいる。戦いに疲れて帰ってきた彼女達に労いの言葉は投げ掛ける人達がいる。温かな笑顔と食事を用意してくれる人達がいる。そして、同じ生命として愛を語らう人達がいるのだ。

 

 裏切られたという気持ちだった。そこまでして戦いに勝ちたいのかと憤った。そこまで敵を殺し尽くしたいのかと悲しく思った。溢れる涙が止まらない程に、今すぐに感情のまま叫びだしたい程に。

 

 「さあ、私と地獄に付き合ってもらうぞ……深海棲艦共!」

 

 

 

 「そんな場所にイブキさんを付き合わせないで欲しいっぽい」

 

 

 

 「……あ……?」

 

 那智を含めたその場にいる全員が目を見開いた。イブキ以外の4人は、突然那智の腹部から生えた刃に理解が追い付いていないから。そしてイブキは……刃が生えるほんの少し前に聞こえた、聞き覚えのある声に驚愕して。

 

 イブキの視線はずっと目の前の扶桑の向こうに見える那智の姿に固定されていた。3人の視線も同様に那智に、那智の視線はイブキ達に固定されていた。だから気付けなかった。だから気付くのが遅れた。那智の後方、見えている島の裏側からやってきていた、その存在に。

 

 「が、ふ……何、者だ……っ!?」

 

 「……ああ……」

 

 「イブキさん……?」

 

 那智が血を吐きながら自分の体を刃で貫いた犯人を確認する為に首を後ろへと回すと同時に、イブキが声を漏らす。その声に何かを感じたのか雷が顔を見上げると……イブキが涙を流していることに気付いた。

 

 「イブキさんは私と今度こそずっと一緒にいるんだから、地獄(そんなところ)に行ってる暇なんかないっぽい」

 

 「ぐっ!」

 

 刃が引き抜かれ、那智の後ろから刺した犯人が姿を現す。艦娘とも深海棲艦とも取れる不可思議な姿。その右手には那智を貫いたモノであろう軍刀が握られており、左腰には刀身のない、右手の軍刀と同じ形をしている軍刀の柄を携えている。そしてそれらは、イブキが使っている軍刀と同じモノだった。

 

 そんな存在に対して、雷はどこか見覚えがあるように思い……すぐに思い至る。さっきまで一緒の艦隊にいた夕立とそっくりであると。そんな存在はイブキの前までやってきたかと思えば、その手の軍刀を差し出した。

 

 「レ級から伝言……“ずっと借りていてごめんなさい”。私からは……色々言いたいことも話したいこともあるけど……今は一言だけ」

 

 

 

 ━ ただいま ━

 

 

 

 「ああ……ああ……っ……お帰り、夕立」

 

 差し出された軍刀を手にするよりも先に、イブキは涙声で夕立と呼んだ存在を力強く抱き締めた。そんな姿を見せつけられれば、イブキの言葉を聞いた他の者は思い当たる……彼女こそが、イブキが奪われた、ずっと探し続けていた大切な存在であると。

 

 「……感動の再会のところ悪いが、貴様らは終わりだ。今の一撃で私はもうすぐ死ぬだろう……そうなれば、貴様らも吹き飛ぶ……残念だったな、軍刀棲姫」

 

 那智の言葉を聞いて、夕立以外の4人がハッとなる。只でさえ許容限界ギリギリのダメージを負っていた那智に夕立が軍刀を突き刺した……ダメージは許容限界を超え、爆弾の爆発という死へのカウントダウンは始まる。せっかく再会できたというのに、このままでは木端微塵になってしまうだろう。そして、イブキ達にその爆発を止める術はない。

 

 那智の命が腹部から出る血と共に流れ出ていく。艦娘の体は人間と殆ど同じだ。排泄をしない。食事も必要ない。なのに、人間と殆ど変わらない構造をしている。なぜそうなのか、なぜそうなのにもかかわらず人間に必要不可欠なモノが必要なく、それで生きていけるのかは医学的にも科学的にも説明出来ない。しかし、頭が吹き飛べば死ぬ。心臓を潰されれば死ぬ。そして、血が流れ続ければ死ぬ。

 

 扶桑の艤装が那智を投げ捨て、山城の艤装と共にイブキ達と那智の間にその体躯を使って壁を作り出す。酸素魚雷の200倍の威力の爆発を耐えられる保証などないが、無いよりはマシであると考えて。

 

 (ああ……もう音が聞こえない……目も見えない……)

 

 投げ捨てられた那智は海面に力なく横たわる。最早動くことすら出来ないのだ。あと数分か、それとも数秒の後に那智という意識は消え、同時に塵1つ残さない獄炎が辺りを焼き尽くすだろう。

 

 (それでいい……だが、最後に元帥に……善三に会いたかったというのは我が儘か……)

 

 那智は己という存在がなくなっていくのを感じつつ、その心に老人の姿を想う。最古参の艦娘である那智は、最も善三を知る艦娘の1人。例え外道の所業を行おうと、例え冷血な人間に成り下がろうと、那智にとってはただ1人の司令官なのだ。

 

 

 

 ━ 君が那智か。艦娘というのは本当に不思議だな、こんな見た目麗しい女性が軍艦の名と力を持つと言うのだから ━

 

 ━ 素晴らしい戦果じゃないか那智。君達の力があれば、平和な世もすぐに訪れそうだ ━

 

 ━ やれやれ、君は意外に酒癖が悪いな……なんの話かだと? 大淀辺りに聞いてみるといい。さぞ面白い話が聞けるだろう ━

 

 ━ ……那智か。いやなに、自分という存在の愚かさを痛感していたところだ……平和な世を求めた私自身の への……な━

 

 

 

 走馬灯が見せる過去の自分達の姿を瞼(まぶた)の裏に投影しながら那智は思う。体に忌み名の爆弾を仕込まれ、非道外道の手伝いをさせられて尚付き従うのは何故なのかと……答えはすぐに出る。過去の善三を知っているからだ。自分の信じる提督だからだ。そして、もう1つ……。

 

 (艦娘である私とて……いっぱしの“女”だから、な……)

 

 

 

 ━ さようなら、善三。これでも私は、お前のことを…… ━

 

 

 

 そして那智の鼓動は、時を刻むことをやめた。

 

 

 

 

 

 

 それは、駆逐棲姫にとって不運と言う他ない。仇を見つけた矢先に死んだと思っていたハズの相手からの奇襲によって大きなダメージを負い、更にその相手が最悪の艤装を持っていた故に撤退という選択を取った。駆逐棲姫は決して好戦的な姫ではないが、深海棲艦の中でも最強クラスである自分が動いて誰1人沈めることが出来なかった挙げ句の撤退……流石の駆逐棲姫も情けないの一言を自分に投げ掛けた。

 

 負った中破規模のダメージは、不運なことに駆逐棲姫の艤装に内蔵された電探のような索的機能にも支障を来していた。つまり、今の駆逐棲姫は肉眼でしか敵影を把握出来ない。水中に潜ったまま逃走していたことも原因の1つだろう。そして、最大の不運は……。

 

 (……ソンナ……ナンデ、コンナトコロニ!?)

 

 イブキ達から那智を残して撤退していた連合艦隊と航路が被り、更に追われていないかを確認する為に浮上してしまった為に姿を晒してしまったことだろう。

 

 (あれは……駆逐棲姫!? なぜこんなところに……)

 

 突然現れた駆逐棲姫の姿を捉えた連合艦隊の面々が混乱する中で、大淀だけがその存在を正しく理解していた。理由は簡単……駆逐棲姫という存在は、海軍の前に姿を現したことなどないからだ。無論、情報などない。他の艦娘には、だが。

 

 (ですが……これは好都合ですね)

 

 本来の作戦が失敗してしまった今、別の戦果が必要になる。そんな時に湧いてきた、ダメージを負っている姫級という幸運……大淀が逃すことなど有り得ない。目的の姫とは違うが、目の前の存在も立派な姫。沈めれば、充分に大戦果として認められるだろう。不幸中の幸いか、全体の弾薬は半分ほど残っている。日向達は戦えないが、傷付いた姫ならば軍刀棲姫のような正真正銘の化け物でもない限り沈められる。

 

 しかし、問題もある。先程の軍刀棲姫の話を聞き、武蔵の味方ごと撃つという行動、那智の犠牲と立て続けに起きたことで艦隊の士気は最底辺と言っていい。特に長門達は士気の低さに加えて大淀自身に対して敵意すら抱いている。今ここで大淀が姫への攻撃を提案、指示したところで従う保証などないのだ。駆逐棲姫が既に中破規模のダメージを負っているということもあり、戦意を見せている艦娘は少ない。

 

 (迂闊な行動が多すぎましたね……せめて武蔵が戦えれば……)

 

 「あれは……深海棲艦か? しかし、あんな個体は見たことが……」

 

 「ボロボロじゃない……」

 

 「あの深海棲艦も、もしかすると……」

 

 そんな会話が艦隊のあちらこちらから大淀の耳に聞こえてくる。敵に哀れみの感情を抱いて攻撃を躊躇うなど愚の骨頂だが、大淀が……善三の艦隊のメンバーがそれを指摘することなど出来はしない。だが、このままでは戦闘どころか駆逐棲姫を見逃すことになりかねない。

 

 (……ナンダ? 攻撃シテコナイ……?)

 

 大淀が頭を抱えそうになっていると同時に、駆逐棲姫は自分の姿を見ても攻撃してこない敵艦隊に困惑していた。敵にしてみれば今の自分は絶好の標的であることは理解出来る。にも拘らず、艦隊は戦闘態勢を取ることすらしていない……見逃されているような気分になって不快に思うが、逃げている身としては好都合である。流石に背中は見せられないが、このまま再び潜って逃げよう……その考えは、ある1隻の艦娘を視界に捉えたことで消え去った。

 

 (アレハ……)

 

 再び駆逐棲姫の記憶が刺激される。見知らぬハズの建物、見知らぬハズの男性、見知らぬハズの艦娘達。それらの記憶……その最後に見るシルエットが、とある艦娘と重なる。

 

 ━ ごめんなさい…… ━

 

 謝罪と共に記憶の自分に向けられる主砲。記憶の中の駆逐棲姫は、何を思ったのか……裏切られた? なぜ? 悲しいのか、怒りを覚えたのか、それとも何も感じなかったのか。

 

 ━ ごめんなさい…… ━

 

 (アア……思イ出シた……私は……私はっ!)

 

 駆逐棲姫が動き出す……艦隊に向かって。そこに逃げようという気持ちはなく、記憶の中の姿と同じ艦娘に向かうということしか考えていなかった。そして、この行動こそが彼女にとって最大の不運であり……大淀にとって最高の幸運であった。

 

 突然の行動に驚きつつも嬉しく思ったのは大淀だ。どういう考えかは分からないが、姫が艦隊に一直線に向かってくる。いくら士気が下がっていたとしても、この場にいる艦娘は海軍の中でも最高峰、深海棲艦に接近されて何も対処しない訳がない。

 

 「ちっ! 全員構えるんだ! 深海棲艦を近付けるな!! 撃(て)ーっ!!」

 

 しかも大淀が何かを言う前に殿を勤めていた長門が大声で指示を出してくれた。そして放たれる100を越える砲撃が数多の水柱を生み出し、駆逐棲姫に直撃した砲弾が爆炎を作り出し、その姿を隠す。そしてそれらが晴れた時……そこにあったのは、轟沈寸前と言っていいほどに損傷した状態で体の所々に火が着き、立ち尽くしている駆逐棲姫の姿。

 

 その姿を見た連合艦隊の艦娘達は、ホッとしていた。また軍刀棲姫のように避けられるか効かないという状況になるのではないか……そんな不安があったからだ。だが、結果は目標の沈黙……オーバーキルと言っても良いほどだ。

 

 

 

 「……う……あ……」

 

 

 

 瞬間、全員が絶句する。なぜなら、沈黙していた深海棲艦が、再びゆっくりと動き始めたからだ。

 

 抉れて下のあばら骨が見えている左脇腹、辛うじて繋がっている左腕、半分ほど沈んでいる下半身の艤装、流血している頭部……見るも無惨とはこのことだろう。そんな状態でありながら沈むことなく、死ぬこともなく、駆逐棲姫は連合艦隊のとある艦娘を目指して動いている。艦娘達が砲撃を躊躇うほどの姿となって、尚。

 

 (……なん、で……)

 

 当の本人は、最早痛みなど感じていない。ただ、記憶を……かつて“艦娘だった”頃の記憶を思い出したが故に、その記憶の中の艦娘に向かうことしか考えていない。

 

 ━ ごめんなさい…… ━

 

 艦娘だった頃の最期の記憶……自分に向かって謝る艦娘。どうして謝ったのか。どうして自分に主砲を向けたのか。どうして……どうして……そんな疑問を晴らしたくて。

 

 (なん……で……)

 

 やがて、駆逐棲姫は辿り着く……その艦娘の前に。彼女は指があらぬ方向に折れ曲がった血塗れの右腕をその艦娘に伸ばし、目と目を合わせる。

 

 「なんで……私を……撃ったの……」

 

 

 

 ━ ごめんなさい……“春雨” ━

 

 

 

 「なんでよ……不知火……ちゃん」

 

 「う……あ……」

 

 血涙を流し、掠れた声で目の前の艦娘……不知火の名を呟きながら彼女の頬を撫でる。不知火は怯えたような声を出すばかりで、駆逐棲姫……かつて白露型駆逐艦“春雨”と呼ばれた存在の質問に答えることはしない……否、出来ない。それは恐怖に呑まれたからではない。

 

 (そんな……まさか……まさか……っ)

 

 目の前の深海棲艦が、過去に沈めた艦娘の姿と被ったからだ。その声も、自分の名前の呼び方も。不知火は善三の命令の下に自分の手で沈めた艦娘のことを誰1人として忘れたことがない。故に直ぐに思い至る……目の前の深海棲艦が誰なのか。

 

 だが、沈めたハズなのだ。この手で主砲を放った。沈める姿を見届けた。それがなぜ、深海棲艦となって今この場にいるのか……不知火には理解出来ない。出来るハズがない。初めての出来事だから。それでも何かを言おうと、何とか口を開いた。

 

 「は……」

 

 

 

 不知火が名前を呼ぼうとした直後、砲撃音と共に駆逐棲姫の首から上が吹き飛んだ。

 

 

 

 「……あ……」

 

 不知火の顔が、駆逐棲姫の血で紅く染まる。頭部を失った駆逐棲姫の体は左側へと倒れ込み、ゆっくりと沈んでいく。その様子を、不知火は最も近い場所で見ていた。

 

 その後ろでは、大淀が艦娘達に駆逐棲姫の説明をしている。最近になって報告された新種の姫かも知れないとでっち上げて。どうやらトドメの一撃を放ったのは日向達の鎮守府の第二艦隊の伊勢らしい……が、不知火にその会話は聞こえていない。

 

 ━ なんでよ……不知火……ちゃん ━

 

 ━ 不知火ちゃん……どうして…… ━

 

 駆逐棲姫の姿と過去に沈めた春雨の姿が重なる。時雨の時と同じように善三の命を受け、この手で沈めた……自分のことを不知火ちゃんと呼んで、恐らく最も自分と仲の良かった存在であろう艦娘と。

 

 不知火は顔に付いた血を手につけ、顔の前に持ってくる。べったりと付いたその赤はあまりに鮮やかで……なぜか涙が出てきそうになる。

 

 (私は……元帥は……間違ってません。間違って……ないんです)

 

 今までこなしてきた暗殺も、那智が犠牲となったのも、今この場所で駆逐棲姫を沈めたことも、間違っていない。従ってきた自分も、命令を下した善三も間違っていない……何度も何度もそう言い聞かせる。

 

 何時だってそうだった。善三は正しい。善三は間違っていない。だからこの苦しさは勘違い。この悲しさは勘違い。そう思ってきた。

 

 

 

 (……本当に……間違っていないんでしょうか……)

 

 

 

 だが、不知火は初めて疑問を抱いた。善三の言葉に、善三の命令に従ってきた……しかし、それは本当に従うべき命令だったのか? 正しい行動だったのか? ……そんな訳がない。本当は分かっていたのだ……善三が変わってしまったことを。その命令は軍として正しくとも、決して正解ではなかったことを。そして己を恥じる。そうと知りながら盲目に善三に従い続け、要らぬ犠牲を作り出してきた己を。

 

 故に、不知火は決心する。血にまみれた両手を握り締め、最後に見た深海棲艦の悲壮感に満ちた泣き顔と……春雨の最期を思い浮かべながら。

 

 (元帥……司令官。私はもう、何も考えずに貴方に従うことを止めます。そして、貴方の考えを……貴方の言葉で聞かせてもらいます……もう仲間を撃たなくてもよくなるように)

 

 不知火は命令を聞くだけの人形だった。だが、それはもう終わらせる。意志があるのだ。心があるのだ。艦娘にも……深海棲艦にも。それを連合艦隊は再確認した。あることを知った。あることを理解した。それは不知火とて例外ではない。

 

 もしかしたらと考える……戦わずに済むかもしれないと。それを実現するには、善三の考えを聞き、方向を定めなくてはならない。過去の悲しみと悲劇を、未来の幸福に繋げる最初の1歩とする為に。

 

 そんな不知火の決意を余所に、姫を沈めたことを声高らかにすることもなく、連合艦隊は帰路に着く。大淀の手には姫討伐の証として、艤装の破片が握られていた。

 

 

 

 

 

 連合艦隊帰還。大規模作戦は僅かな犠牲を出しつつも達成……目標と突如現れた姫級2隻は元帥艦隊の艦娘、那智が自爆して巻き添えにしたとのこと。倒せたかどうかは定かではないが、現在姫達の行方は知れていない。しかし、帰路の途中に出会った姫は討伐に成功。最低でも1隻の姫を沈めることが出来たため、充分に作戦成功と言えるだろう。今回の作戦は過剰戦力ではなかったかとの声もあったが、弾薬の消耗具合や連合艦隊代表艦娘である大淀の説明から、結果的に妥当であったと判断が下された。当初はそのような姫が存在してたまるかと世間の声があったが、帰投した艦娘達の言葉があり、自然とその声は収まっていった。

 

 作戦が成功したとは言え、突然の大規模作戦の展開は余りに急すぎではなかったかとの声も上がったが、連合艦隊に参加した艦娘達の提督の殆どが総司令の判断を支持。他にも国会や政治家などの大物と呼ばれる人物らも同じく支持。特に言及や責任問題に発展することもなく、善三は変わらずその席にいる。

 

 これが今の世界。海軍と艦娘、深海棲艦を中心に回り続ける世界。海軍の不正も失態も何もかもが揉み消され、その結果を正しいものだと認識して続いていく……そういう世界なのだ。

 

 「……そうか。雷が……」

 

 「すまない、提督」

 

 「いや、大丈夫だ。軍刀棲姫……イブキとやらと一緒にいれば、少なくとも安全ではあるんだろう?」

 

 「ああ、それは断言する。あいつはそういう奴だ。それに……あいつが死ぬとも思えんからな」

 

 「そうか……なら、雷達のことは一旦置いておく。俺達は俺達で、やるべきことをする」

 

 「やるべきことを、ね」

 

 「そうだ……」

 

 だが……そうでない者達も存在する。長門と陸奥の姉妹と机越しに対面している青年こそ、その1人。この青年こそ、イブキの下に置いていかれた雷と、連合艦隊に参加していた長門達の提督……25歳という若さで異例の昇進を果たし、最年少中将の称号を持つエリート中のエリート。

 

 

 

 「総司令の……奴の本性と過去の“事件”。その真相を暴く」

 

 

 

 名を、渡辺 義道(わたべ よしみち)……海軍総司令渡辺 善三の孫である。

 

 

 

 

 

 

 山城と扶桑の艤装の後ろで雷と夕立を抱き締めながら、俺は走馬灯のようにここまでの事を思い返していた。

 

 

 

 突然現れた戦艦棲姫と戦艦水鬼……山城と扶桑の登場は正直ビックリしたが、俺にとっては有難いことだ。姫級である2人が味方してくれたことで、目の前の艦隊の艦娘達は目に見えて士気が下がっている。このまま帰ってくれればいい……そんなことを考えていた。

 

 「……雷、大丈夫か?」

 

 「イブキさん……うん。雷は、大丈夫……なんだから」

 

 「無理はしなくていい」

 

 ぽん、と雷の頭に手を乗せて撫でる。ああ、さらさらでいつまでも撫でていたいな……そう言えたらいいのだが、震える彼女の小さな体を見れば、そんな冗談など言えはしない。最も、謎変換で言えるとは思えないが。

 

 どんな気持ちなのだろうか……味方から撃たれるというのは。俺には想像することしか出来ない。辛いんだろう。悲しいんだろう。それでも雷は泣くこともなく、弱音を吐くこともない。そんな子を敵と一緒に沈めようとするなんて、俺には理解も納得も出来そうにない。

 

 「冷静さを無くした指揮艦などいらん。全軍撤退だ! 先頭は私以外の元帥第一、第二艦隊! 殿は長門、お前達に任せる!」

 

 「ま、待て! まだ雷が向こうに……」

 

 「諦めろ! 1を捨てて100を生かせ! それに、奴らなら悪いようにはしないだろう」

 

 不意に、そんな声が聞こえてきた。なるほど……それが軍としての考え方なのか。1を捨てて100を生かす……俺とは逆の考え方だ。俺は自分にとって大切な1を取り、100を捨てる。自分と周囲さえ良ければ、他はどうでもいいという考えなのだから。

 

 とは言え、だ。俺としては、このまま艦隊を見逃しても問題はない。金剛とレ級のことも心配だし、雷を置いていくと言うなら保護する。正直に言って、艦隊の相手をしている時間があるなら夕立と駆逐棲姫の捜索に費やしたいのだ。

 

 「く、ああっ!!」

 

 「「きゃああああっ!!」」

 

 「わああああっ!!」

 

 「う、くっ!」

 

 (……えっ!?)

 

 だからこそ、逃げようとしていた艦隊……正確には、日向達に向けて扶桑が砲撃したことに内心ビックリした。それも扶桑の言を聞いて納得するまでだったが……。

 

 山城を追い詰めた日向達だけは逃がさない……なるほど、扶桑はあの時はまだ山城の艤装だった。日向達との戦いは彼女にとってリベンジのようなもの……殺気立つのも無理はないのかもしれない。

 

 そんな扶桑を山城は嬉しそうな顔で見た後、雷へと視線が移る……俺も見てみるが、雷の表情は変わらず青い。やはり、俺も扶桑のように攻撃を加えておくべきか……?

 

 

 

 「いや、逃がす。その為の犠牲(わたし)だ」

 

 

 

 そんな不穏なことを考えた時、そんな言葉が聞こえてきた。その瞬間、俺はふーちゃんとみーちゃんの2振りの軍刀を両手に声の主目掛けて跳ぶ。この世界に来た当初こそ心も考えも現代人のそれだった俺だが、半年間復讐を考え、その為に戦ってきた……自然と戦いの勘や平和ボケの思考も磨かれ、変わる。そしてその勘が、相手には“ナニか”があると告げる。

 

 「ならば、何かされる前に斬るだけだ」

 

 だったら、何かされる前に潰すという言葉が謎変換で口から出る。そんなことはさておき、艦娘の懐に入った俺は艦娘が何するつもりなのかを考える。が、それほど良いとは言えない俺の頭で考え付くのは……何もない。そもそも艦娘にしろ深海棲艦にしろ、砲か魚雷、艦載機くらいしか攻撃手段がない。故に、俺は予感したナニかに至れなかった。

 

 (なら、いつも通り艤装を壊す!)

 

 狙ったのは背中から伸びた2本のアームに付いた主砲。その主砲を機械腕ごと斬り捨てると同時に、あの感覚が来た。下を向けば、艦娘の太ももの艤装から出たばかりであろう空中で止まっている魚雷。それらも同じように斬り捨て、爆発に巻き込まれないように後ろに跳び、雷達のところに戻る。それと同時に感覚が消え、魚雷が爆発して艦娘の姿を爆炎で隠す。

 

 しかし、その爆炎の向こうから……何か筒のようなモノが出てきた。もしかして、あれが俺の予感したナニかだろうか……?

 

 

 

 そう思った瞬間、俺の視界は光に包まれた。

 

 

 

 「っ!? 目、が!?」

 

 「眩しっ、うううう!!」

 

 「ああああっ!! 何なの一体ぃ!?」

 

 「「「目がー、目がー!!」」」

 

 上から俺、扶桑、山城、妖精トリオの声。目がまるで焼かれたかのように熱く、痛い。開けることなど出来はしない……が、何をされたのかを理解するには充分過ぎる。

 

 (今のは閃光弾? フラッシュグレネード? よく知らないが、なんで艦娘がそんなモノを……!?)

 

 「っ!? そこ!?」

 

 そう考えていた時、聞き慣れた砲撃音とは違う……パァンという銃声のような音が聞こえた。次いで聞こえた扶桑の声……まだ目が開かない為に予想でしかないが、艦娘が鉄砲を撃って扶桑が反撃したと言ったところだろう。何度か近くで金属が何かを弾いたような音がするのは、山城か扶桑の艤装が俺と雷を守ってくれているのか?

 

 震える雷のものらしい小さな手が、目の痛みにしゃがんでいる俺の手を掴む。そりゃ怖いだろう……見捨てられ、攻撃されているんだから。一刻も早くその哀しみから、苦しみから開放してあげたい。

 

 しばらくしてようやく目が開けられるようになった頃、砲撃音がした後に横たわっている艦娘の姿が見えた。どうやら扶桑か山城の砲撃が直撃か掠ったかはわからないが当たったらしい。扶桑の艤装がその横たわっている艦娘の両腕を掴み、まるで十字架のような体勢で持ち上げた。そこでようやく、俺は艦娘の名前が那智であることを思い出した……だからなんだという話だが。

 

 「よくも、と恨むべきか……それとも、よく逃がすことができたと称賛するべきか……恨んでおきましょう。よくも日向達を逃がしてくれたわね……覚悟は出来ているわよね?」

 

 「深海棲艦の願いなど叶えんよ……そして、私の命もタダではやらん」

 

 「随分と余裕なのね。イブキさんに艤装を破壊され、こうして私に身動きを封じられ……まだ何か手があるのかしら?」

 

 「ああ、ある。とびきりの、私の命を賭けたモノがな」

 

 (命を賭けたモノ……)

 

 最早抵抗はないだろうと考えて軍刀を納めた頃、扶桑と那智の会話の中に引っ掛かるフレーズがあった。“命を賭けたとびきりの手”……すぐに思い付いたのは、爆弾。そこから連想したのは……イブキと名をつける際に参考にした某大総統。彼と戦った、老人の最期。己の死期を悟り、仕える皇子を生かす為に腹に巻いたさらしに仕込んだ爆弾を使って自爆特攻を仕掛け……失敗したものの相手に致命傷を与える隙を作った功労人の姿。

 

 見たところ、那智に爆弾を持っている様子はない。しかし、だ。艦娘、深海棲艦、妖精のいるこの世界なら、極小超威力の凶悪な爆弾があったとしても不思議じゃない……と思うのは、元はこの世界の住人じゃない俺の過大評価だろうか。

 

 かくして俺の予想は当たってしまった。“回天”という名の酸素魚雷のおよそ200倍の威力の爆弾が、那智の体内にある。彼女が死ねば爆発、無理に取り出そうとしても爆発。威力など想像することしか出来ないが、山城も扶桑も焦っている……姫級の彼女達でも焦るということは、彼女達ですら耐えられる保証はない……少なくとも、俺と雷はまず耐えられないだろう。

 

 (どうする……?)

 

 ふーちゃんで斬る? 無理だ。仮に爆炎を斬れても衝撃や破壊力までは斬れない。那智の中の爆弾を斬っても爆発しないという保証もない。みーちゃんで耐えきる? それも無理だ、面積が狭すぎて盾になりはしない。しーちゃん軍刀で那智を遠くに突き出してみるか……? いや、しーちゃんの最大射程はせいぜい100M……爆発の範囲がどれ程かはわからないが、その距離では心許ない。

 

 何も良案が浮かばない。妥協案すら……このまま那智の自爆に捲き込まれて吹き飛ぶのか? 夕立を見付けられないまま、夕立の仇を取れないまま?

 

 (認められるか……そんなこと!)

 

 「さあ、私と地獄に付き合ってもらうぞ……深海棲艦共!」

 

 

 

 「そんな場所にイブキさんを付き合わせないで欲しいっぽい」

 

 

 

 瞬間、俺の回りから音が消えた。まるで、唐突に聞こえた声を聞き逃さないというように。聞き間違いではないのだと伝えるかのように。

 

 

 

 「イブキさんは私と今度こそずっと一緒にいるんだから、地獄(そんなところ)に行ってる暇なんかないっぽい」

 

 

 

 無意識にああ……と声を漏らした後に再びはっきりと聞こえた、懐かしさを感じる声。目の前の那智も、回りの雷達も、最早俺の視界に映らない。唯一映るのは……那智の後ろから現れた存在だけ。

 

 最後に見たときと姿は少し変わっているが……間違いない。生きていた……生きていた、生きていた! 生きて……いた!!

 

 

 

 「レ級から伝言……“ずっと借りていてごめんなさい”。私からは……色々言いたいことも話したいこともあるけど……今は一言だけ」

 

 

 

 ━ ただいま ━

 

 

 

 「ああ……ああ……っ……お帰り、夕立」

 

 「私達もただいまですー」

 

 「えーんイブキさーん。会いたかったですー」

 

 差し出された軍刀(レ級と聞こえたから多分いーちゃん)を受け取るよりも早く夕立を抱き締め、同時にいーちゃんとごーちゃんも抱き込む。目からは涙が止まらず、これ以上言葉も出ない。嬉しいという感情が溢れて止まらず、夕立以外のことなど全く見えていなかった。

 

 半年……それだけの間探し続けた、求めた温もりが今ここにある。復讐に磨耗した心が、冷酷を装ってきた心が熱を持つ。2度と離すものか。2度と離れるものか。この小さくも暖かい存在を……2度と離してやるものか。

 

 「……感動の再会のところ悪いが、貴様らは終わりだ。今の一撃で私はもうすぐ死ぬだろう……そうなれば、貴様らも吹き飛ぶ……残念だったな、軍刀棲姫」

 

 その言葉を聞いてハッとする。そうだ、半ば聞き流していたが、こいつの中にはとんでもない威力の爆弾があるという話だった……俺1人なら、逃げられるかもしれない。だが、他の皆は……どうする。逃げ場はない。防ぐことも出来ない。壊すことも出来ない。那智を抱えて皆から離れる……もうそれくらいしか思い付かない。

 

 「大丈夫ですよー、イブキさん」

 

 (いーちゃん……?)

 

 唐突に呟かれたいーちゃんの言葉を聞いて疑問から動きかけた足が止まる。そして気付く……もう那智がピクリとも動いていないことに。つまり、爆弾は爆発する……タイムオーバー。そのことを悟った俺は、雷と夕立を守るように抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 走馬灯が終わり、来るであろう衝撃に備える。いや、もう爆発してしまい、俺は過ぎた恐怖に怯えているだけかもしれない。そう思い、閉じていた目を開くと……そこには、横たわったまま沈んでいく那智の姿があった。

 

 「爆発……しない……?」

 

 声は雷のもの。那智が沈んでいっているということは、その命は尽きているということ……彼女の言っていた爆発する条件に当てはまる。しかし実際は爆発などしておらず、俺達はこうして無事でいる。

 

 爆弾の話は嘘だった? それにしては那智の言葉は本気だった。ただの思い込み、もしくはそういう暗示か何かを受けていた? 可能性はあるだろうが……。

 

 「爆発はしないですー。夕立さんが“運良く”爆弾の信号を送る部分を爆発しないように貫いてくれましたー」

 

 「……運良く?」

 

 「はいー」

 

 いーちゃんが……妖精ズの5人が俺の目の前に集まるり、いーちゃんがそう告げる。運良く爆弾が爆発しないように爆弾を壊した……つまりはそういうこと。本当にそうなら、夕立は豪運という他にない。

 

 「私達はそれぞれに能力がありますー。なんでも斬れたりー、すっごく頑丈だったりー、伸びたりー、火を吹いたりー。でもでもー、私だけは目に見える能力じゃないんですー」

 

 「目に見える能力じゃない……?」

 

 「はいー。私の能力はズバリー」

 

 

 

 “運”がすごく良くなる。

 

 

 

 初めてこの世界に来たとき、俺は“運良く”雷を助けた。その後に“運良く”長門達と出会い、雷を引き渡せた。球磨達と戦闘の後、外道の商品となる前に“運良く”摩耶様を救出できた。“運良く”山城を助けられた。“運良く”島を見つけ、夕立を拾った。そこから1週間は“幸運にも”戦いが起きることなく平和に過ごせた。

 

 レ級と共に沈んでからは、夕立を失い、戦闘は毎日のように起き、狙われ、戦って探して……そんな日々。なるほど、言われてみれば納得が出来る。つまりは夕立はいーちゃんを手にしてそのまま那智に突き刺した為、それが“運良く”最良で最高の結果を得るに至ったということだ。

 

 「イブキさん……? 妖精さんと喋ってるの?」

 

 「ああ……爆弾はもう爆発しないらしい……夕立のお陰でな」

 

 「私?」

 

 雷に聞かれ、今のいーちゃんとの会話の内容を周りの皆に話す。話し終えた頃には、那智は完全に沈んでしまっていた。

 

 どんな気持ちだろうか、命を賭けて尚相手を倒せなかったというのは。那智は死んで、沈んだ。彼女にとって自分の死とは相手を道連れにするということだったハズ……その結果が自分の目で見えなくても、だ。きっと彼女は俺達を道連れに出来たと思って沈んで逝っただろう。だが、結果はこの通りだ。俺達は生きている……きっと無念だろう。

 

 「……動きましょう。この場にいても、もうどうしようもないわ」

 

 「そうね……イブキさんはこれからどうするの? 雷ちゃんも……その子も」

 

 「私は……イブキさんと一緒に居たい。もう鎮守府にも、海軍にも帰れないもの」

 

 「私もイブキさんといる! もう絶対離れないっぽい!!」

 

 山城の言葉を受け、どうするか考えていると雷と夕立が抱き着いてきた。なぜか2人の間に火花が見えたような気がするが気のせいだろう。

 

 それはともかく、俺はどうするべきか。少なくとも拠点を変えなければならない。海軍がこの島の場所を知っている以上、留まっていたらまたやってくるかもしれない……もう元一般人もは呼べない思考に思わず苦笑してしまう。

 

 「島に仲間がいる。まずは彼女と合流して……次の拠点を探さないといけない」

 

 金剛とレ級のことも忘れてはいけない。合流した後は新たな拠点を探さないといけないが……生憎と目星はついていない。島から出るのは早ければ早いほどいいが、宛もない旅になるのは必須……身一つで動けるとは言え、準備は必要か……?

 

 「だったら、私達の拠点に来るといいわ」

 

 「山城達の拠点……? それはつまり……」

 

 「ええ」

 

 

 

 「貴女達を、私達深海棲艦の拠点に招待するわ」




という訳で、夕立と再会、連合艦隊戦決着のお話でした。第二部艦っ! という感じですかね。

さて、今回で丁度20話となりました。なので、前話の後書きに書いたようにキャラクター人気不人気アンケートでもやってみようかと思います。気軽に参加して見てください。

対象は本作内で出てきた無名キャラを含めた全てのキャラです。その中でベスト、ワーストのキャラクターを“メッセージ”、送れない方は更新予告の活動報告にコメントして下さい。書くキャラは何人でも構いません。結果発表は次回の後書きで。



今回のまとめ

駆逐棲姫死す。なんで……? 善三の孫、渡辺 義道登場。総司令の孫は中将。那智、自爆失敗。それでも私は……。イブキと夕立、再会。お帰り、夕立。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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