どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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早速もう1つの作品ではやらないであろうことを行っています。閲覧にはご注意を。


そう名乗っておこう

 目の前で起きていることが現実なのか、雷には分からなかった……否、分かりたくなかった。それは、自らの身に危険が迫っているから……ではなく、あまりに雷自身からの常識とかけ離れていたからだ。

 

 その日、雷は自身の提督から天龍率いる水雷戦隊に加わり、資材を集める為に普段よりも少し離れた場所へ遠征に向かうよう命令を受けた。天龍、龍田、睦月、五月雨、若葉、そして雷で編成された水雷戦隊は遠征に向かい、確保した資材の量は大成功と誰もが口を揃えて言うであろう。道中で深海棲艦に会わなかったこともあり、6人は意気揚々と帰り道を進んだ。それぞれが上機嫌に資材を運び、何かご褒美でも貰えるだろうか……そんな風に呑気に考えていた。

 

 

 

 あの悪魔と出会ってしまうまでは。

 

 

 

 「全員止まれ!!」

 

 その悪魔に気付いたのは、旗艦である天龍。何事かと天龍以外が悪魔の姿を目にした瞬間、表情が絶望に染まる。唯一雷だけは、単純に悪魔の姿を知らなかったという理由からキョトンとした表情を浮かべた。だがそれも、天龍が悪魔の名を呟くまでのこと。

 

 「戦艦……レ級……っ!!」

 

 「そんな……何でこんなところに……」

 

 戦艦レ級。胸部をはだけさせたレインコートのようなモノを着込み、リュックサックを背負った少女の姿をしているが、その腰の後ろからは太い尻尾のようなモノが生え、その先には駆逐深海棲艦のような獣の頭部のような形状をしたモノがある。

 

 たった1隻の深海棲艦……だが、レ級は1隻いるだけで絶望に叩き落とすには充分な存在だった。同じ戦艦型であるタ級、ル級とは比べものにならない……否、鬼や姫と呼ばれる深海棲艦の上位種を除いて追随を許さない基本性能。戦艦であるにも関わらず艦爆と雷装を持ち、対艦対空対潜に隙がない。つまり、大和や武蔵のような大戦艦を出して全力で、死力を尽くして相対すべき相手に、遠征用の最低限の武装しかない彼女達は出会ってしまったのだ。

 

 「……キヒッ」

 

 「に……げろぉぉぉぉおおおお!!」

 

 レ級が不気味に笑ったのを見た天龍がそう叫ぶと同時に持っていた燃料のたっぷり入ったドラム缶を投げつける。その瞬間、部隊の全員が全速力でその場から逃げ出した。天龍を心配することなど出来ない。他の誰かを心配する余裕などなかったのだから。振り向くことなど出来はしない。それをすれば、死ぬのは自分なのだから。

 

 「なんで、なんでレ級が!! この海域で目撃報告なんて上がってないのに!!」

 

 「黙って走れ!! 天龍が引きつけているあ……ぃ……」

 

 泣きそうな声で叫ぶ五月雨に怒鳴り返した若葉の声が途中で消える。そのことを不信に思った五月雨が首だけを回して後ろを振り返る。その青い瞳に映ったのは、水底に沈みゆく“誰か”の下半身と……真っ赤に染めた口をガバッと開き、こちらに迫ってくる獣のような頭部。そこまで理解出来た五月雨の意識は、僅かな痛みと共に永久に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 あの悪魔に遭遇してしまってからどれだけの時間が経ったのか、雷には分からない。後先を考えずに全速力を出したせいで燃料の残りは少ない。6人いた艦隊も今では雷1人で、他の5人の安否は不明……だが、少なくとも天龍はもう生きてはいないだろうと恐怖に震える雷の冷静な部分が囁いていた。誰よりも近いところで、誰よりも早く動いたのは天龍だったのだから。

 

 「……ノド……乾いたなぁ……」

 

 燃料の入ったドラム缶は、逃げ出す時に投げ出してしまっているので補給は出来ない。今の燃料の残量では鎮守府に帰ることが出来るか怪しい……それも消費を最小限にして少しずつ移動した上での話だ。いずれ航行は不可能になり、誰かに助けられるか……それとも深海棲艦に襲われるか。

 

 「……絶対、沈んだりしないんだから」

 

 震える声で、強がりを口にする。自身のいる正確な場所は分からないが、帰巣本能でも働いているのか所属する鎮守府方角と大体の距離は把握出来る。だから燃料から考えて帰投はほぼ不可能だと分かっているが、希望だけは捨てずにいた。

 

 

 

 「ミツケタ」

 

 

 

 だからこそ悪魔が目の前に現れた瞬間、雷は絶望で目の前が真っ暗になったように感じた。なぜもう追い付かれたのか。天龍は、他の皆はどうしたのか。そう考えていく間に悪魔……レ級の尻尾の先にある頭部の真っ赤に染まった口が開き、中から主砲であろう砲口が迫り出し、雷へと向けられる。その砲身に、見慣れた青い髪らしきモノが絡まっているのを……雷は確かに見た。

 

 「あ……ああ……うああああっ!!」

 

 青い髪の持ち主が……五月雨がどうなったのかを悟った雷は、恐怖を忘れて背中にある主砲……12.7cm連装砲を可能な限り連射する。理性のない、怒りからの攻撃。着弾で発生する煙でレ級の姿が見えなくなり、カキンッと弾切れの知らせる音が出るまで。

 

 やがて、煙が晴れる。そこに在るのは……傷1つ、汚れすら見当たらない悪魔の姿。その姿を見ても、雷は火を噴かない砲を撃つように力を入れる。その姿をレ級は嘲笑うような不気味な笑みを浮かべたまま何もしなかった。

 

 「はぁっ……はぁっ……く……うぁぁぁぁ……」

 

 ついに雷は、絶望の涙を流しながらその場で座り込んだ。己の力では仇を取る、一矢報いるどころか汚れをつけることすら出来ない。それ程の隔絶した力量と基本性能差に、雷は悔しさから泣く。脳裏に浮かぶ散った仲間と鎮守府の仲間達を思い、内心で雷は謝罪の言葉を呟いた。

 

 (ごめん暁、響、電……皆……もう逢えない)

 

 俯いた視界に映るのは握られた己の両手と膝、揺れる水面。不意に、レ級が動く気配を感じた。やるなら早くしてくれと、雷は無感情に思う。やはりあの獣の頭部のようなモノに無慈悲に喰い荒らされるのか、それとも砲撃で跡形もなく吹き飛ばされるのだろうか。どちらにしても、死ぬことには変わらないのだが、恐怖は全く感じなかった。

 

 

 

 そしてついに、レ級から砲撃音が……することはなかった。

 

 

 

 (……誰……?)

 

 

 

 パシャンという水音と共に雷の視界に映った、何者かの両足。その足を辿るように視線を上げていけば、そこにあったのは真っ白な背中程までのセミロング。服装は白露型の紺色のセーラー服に近い上と膝より少し高いスカート、座り込んでいる為に見えてしまったが黒いスパッツを履いていて、左手には軍刀の鞘を、右手には柄を握っている。女性らしく丸みを帯びた体のライン、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる姿は雷的には羨ましい。だがまるで生気を感じない青白い肌を見れば敵なのかと思ってしまったが、よくよく見てみればこの存在は少し不思議な姿をしている。

 

 深海棲艦とは、人型であっても必ずどこかしらに異形が存在している。空母ヲ級ならば頭部の帽子のようなモノ、レ級ならば尻尾と先端の獣の頭部のようなモノ、鬼や姫ならば角や艤装や武装というように。しかし、この存在にはその異形が存在しない。在るのは……2本ずつ、計4本を交差させて後ろ腰に備え付けられた軍刀と、右肩から左腰に掛かったベルトに付けられた、今も両手で握っている軍刀の計5本……砲の類は一切見当たらない。

 

 近接武器を持っている艦娘は確かに存在する。天龍もそうだったし、安否のわからない龍田もそうだ。だが、近接武器しかない艦娘等見たことも聞いたこともないし、そんな深海棲艦も目撃情報はない。更に不思議なことに、目の前の存在からはレ級と同じ深海棲艦の気配がする……しかし同時に、雷自身と同じ艦娘の気配もするのだ。

 

 異形はない。だが“異様”な存在……雷はその存在から目を離せなかった。

 

 「……ナンダ、オマエ」

 

 その声を聞いて、雷はレ級が2人の前にいたことを思い出した。だがそれでも尚、彼女は目の前の存在から意識を背けることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 なんだこいつは……それがレ級の、どこからともなく現れた目の前の存在に対する第一印象だった。せっかくの楽しい遊びに水を刺されたような気分になったレ級は不気味な笑みから一転、不機嫌そうに見た目相応なムスッとした表情を浮かべる。

 

 そう“遊び”だ。普段いる海域から少し離れた海域に散歩気分で向かい、たまたま見つけた艦娘(おもちゃ)の艦隊を遊び気分で襲撃した。レ級にとって雷達は敵に成り得ず、精々壊してもいい玩具程度の存在。そんな玩具で、せっかく楽しく遊んでいたのに……レ級はそんな風に思っていた。

 

 (マァ、イイ)

 

 気分を害されたのは素直に腹立たしいが、よくよく考えれば玩具が増えただけだ。目の前の存在は自分と同じ深海棲艦のような気もするが、壊した玩具達と同じような感じもする。そこまで考えて、レ級は改めて目の前の存在をよく見てみた。

 

 肌や髪の色を見る限りは深海棲艦(こちら)側。だが服装や武装を見る限りなら艦娘(おもちゃ)側だろう。ふと、今まで意識の向かなかった顔が気になり、初めて相手の顔をよく観察してみた。

 

 

 

 その時の衝撃を形容出来る言葉を、レ級は持っていなかった。

 

 

 

 自分や目の前の存在の後ろにいる玩具のような幼さはなく、キリッとした刀剣のような鋭い美しさの顔。目つきはややきつめで、瞳は右目が金色に淡く光り、左目が炎のように揺らめいている青色とまるで改flagshipを思わせる。そんなオッドアイが、自分を見ている……それだけで、さほど大きくない胸の内がドキドキと高鳴った。感じたことのない未知の現象……それがレ級を混乱させる。

 

 (ナンダ? コノ感情ハ……)

 

 ドキドキと自分の意志とは関係なく高鳴り続ける胸の内が理解出来ず、レ級はただ自分を見つめる金と蒼の両目を見つめ返すしか出来ない。しかしその両目が自分ではなく、目の前の存在の後ろにいる玩具に向けられた瞬間、高鳴りはどこかへと消え失せ、言葉に出来ない苛立ちを覚えた。

 

 「ッ……アアアア!!」

 

 「ひっ……!」

 

 怒りのままに尻尾の先にある異形の口から覗く主砲の矛先を玩具へと向けると、玩具の顔が恐怖に歪んだ。その表情に僅かに苛立ちが解消されるが、この玩具を壊す……否、跡形もなく消し飛ばすことはレ級の中で既に確定事項。目の前の存在が玩具に近いことや砲撃が当たってしまうかもしれないことなど、怒りのあまりに考えることもなかった。

 

 「シネェ!!」

 

 

 

 

 

 

 「ギ……アアアアッ!!」

 

 殺される。そう思った雷だったが、その身には何も起きなかった。むしろ起きたのはレ級の方であったのは、レ級が悲痛な叫び声を上げていることから理解出来る。では、何が起きたのか。

 

 雷の目に映ったのは……尻尾の先端部分を失い、そこから真っ赤な血を吹き出して痛みに悶えるレ級。そして、先程から握っていた軍刀を軽く振って刃に付いた血を払う女性の姿だった。

 

 (えっ? いつ抜いたの?)

 

 雷がそう思うと同時に、近くでバシャン! と何かが海に落ちた音がした。その方向を見てみれば、先程まで目にしていたレ級の尻尾の先端部分の異形が少しずつ水底に沈んでいく姿。そこでようやく何が起こったのかを、雷は理解した。何ということはない……目の前の女性が目にも留まらぬ速度でレ級の尻尾を斬り捨てただけだ。戦艦の砲撃が直撃しても容易く耐える強度のレ級を斬り裂いたというのは信じがたい出来事だが、起きてしまったのだから仕方ない。

 

 これが冒頭部分で書いた、雷の常識とかけ離れた出来事だった。

 

 「……去るといい」

 

 「「……ッ!?」」

 

 不意に聞こえた少し低い、ハスキーボイスの女性の声に、雷とレ級が同時に反応する。それは、目の前の女性が初めて発した声だったからだ。その声と、さっき一瞬だけ交差した女性の揺らめく青い炎の先にあった蒼い瞳を思い出し、雷の小さな胸の奥がドクンと高鳴った。

 

 「レ級。君はもう、戦う術はないだろう。俺自身、これ以上君に何かするつもりもない。だから……去るといい」

 

 なぜだろうか。女性がレ級と呼んだ瞬間、レ級が頬を上気させて嬉しそうな顔をした。なぜだろうか。雷にはそれが、酷く不愉快に感じた。何か大切なものを奪われてしまったかのような焦燥感を覚えた。女性に己の名前を口にして欲しいと願った。そんな雷を余所に、事態は動く。

 

 

 

 

 

 

 「……ワカッタ」

 

 ズキズキと痛む尻尾を抱きながら、レ級は無意識にニヤケた顔のまま頷いた。玩具に対して抱いた怒りも、尻尾を斬られた際に咄嗟に湧き上がった殺意も、目の前の存在に名前(と言っても総称だが)を呼ばれた嬉しさに消えてしまった。思えばレ級として世に生まれ出た時から、楽しいと感じたことはあっても嬉しいと思ったことなどなかった。降って湧いた幸福感に、レ級は妙な心地よさを感じた。

 

 しかし、レ級は幸福感から目の前の存在の言葉に従った訳ではない。深海棲艦、それも人型である以上生身でもある程度戦えるし、レインコートの下にはもしもの為の艦載機も隠している。しかし、玩具達の砲撃を軽く耐える体をあっさりと斬り飛ばした軍刀の切れ味は脅威だ。何よりもいつ軍刀が抜かれたのか、いつ斬られたのかが全く分からなかった。数々の玩具達を壊してきたレ級だが、この至近距離で自身が勝つビジョンが全く浮かばない。それどころかバラバラに切り刻まれる未来しか想像出来なかった。故に、ここは1度引くべきと冷静な部分が告げた。そうして背を向けて去ろうとした時、ふと気になったことがあったレ級は1度振り返り、目の前の存在に問う。

 

 「オマエ……」

 

 「ん? なにかな?」

 

 「オマエノ、ナマエ」

 

 「名前か……すまないが、思い出せない。だが名前が無いと言うのも不便だし……今はとある人物から文字を借りて……“イブキ”と、そう名乗っておこう」

 

 「イブキ……オボエトク」

 

 イブキ。その名を胸に刻んだレ級は、今度こそ沈むように去っていった。その口に、極上の笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 「立てるか?」

 

 レ級を見送った女性が軍刀を鞘に収めながら後ろにいる雷に振り返り、しゃがんでそう問いかける。有り得ない出来事の連続と内の怒りから半ば放心状態だった雷はハッと我に返り、心配そうに自分を見る女性の顔を改めて見つめてみた。

 

 (あれ?)

 

 そこで雷は、女性の瞳が改flagshipを思わせる金と青から、どこか見覚えのある鈍色に変わっていることに気付いた。相変わらず深海棲艦と見間違う程の肌色だが、髪と瞳と服装なら艦娘で通じるくらいだ。とは言っても、深海棲艦と艦娘の気配が混じった不思議な気配は変わらないのだが……そういえば、先ほど目があった時に一瞬驚愕の表情を浮かべたような気がする。一瞬の出来事であったし確信もないが。

 

 (でもあれは……まるで、私がいたことに驚いたような……懐かしむような……そんな感じだった気がする)

 

 白い髪、鈍色の瞳……その姿がなぜか、鎮守府にいる姉と重なる。だが、嫌な感じはしない……と、鎮守府のことを考えてしまったことで、先の青い髪やレ級と会った瞬間のことを思い出し、雷の涙腺が強烈に刺激される。脳裏に鮮明に浮かぶ天龍、龍田、五月雨、若葉、睦月の姿が、涙を溢れさせた。

 

 「ひっ……く……あぐぅ……」

 

 「……雷」

 

 「うぇ……?」

 

 不意に、柔らかいものが雷の顔に押し付けられて体を苦しくない程度に締め付けられた。その柔らかいものが女性に抱き締められている故に当たっている胸だと気付いて慌てて離れようとするも、女性は離してくれなかった。

 

 「俺で良ければ胸を貸そう。それくらいしか出来ないが……すまない」

 

 「あ……ああ……うぅ……うああああ!! 天龍さん!! 龍田さん!! 睦月!! 五月雨!! 若葉ぁ!! うええええん!!」

 

 雷は泣く。過ぎ去った恐怖を思い出し、もう逢えない仲間達の名を叫び、その姿を想像するしかなくなったことを嘆き、自分がまだ生きて誰かの温もりを感じることが出来ることに安堵して、見た目相応に泣き叫ぶ。幼子をあやすように頭を撫でられてその手が離れぬように抱き付き、その手から感じる優しさにまた雷は泣き叫ぶ。

 

 2人しかいない海上に響き渡る泣き声が止んだのは、それから10数分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 泣き疲れて眠ってしまった雷を起こさないように撫で撫でしながら、俺は今まで自身に起きたことを思い返していた……とは言うものの、生憎と思い返すことはさほどない。何せ、気付いたら目の前にレ級がいるわ後ろに雷がいるわなんか反射的にレ級の尻尾ぶった斬ってるわでこうしてる今もかなり混乱しているのだ。だがそれでも、改めて最初から思い返すとしよう。

 

 気がついたら、俺は海の上に立っていた。何をバカなと言いたくなるが、本当にそうなのだから当事者としてはそうコメントするしかない。しかも状況が全く理解出来ない……というより、把握する時間もほとんどなかったのだから困る。何せ、目の前に“画面の向こう”でしか見たことがない戦艦レ級の姿があったのだから。

 

 “艦隊これくしょん”……様々な第二次世界大戦時の日本と一部の外国の軍艦が見た目麗しい艦娘という女性として擬人化し、プレイヤーが提督となって進めていくブラウザゲームだ。こうして思い出せる以上は俺もプレイヤーとして遊んでいたんだろうが……生憎と自分の名前や姿を思い出すことは叶わなかった。まぁゲームはレ級とやらをすぐに思い出せるくらいには好きだったんだろうが……記憶には様々な虫食いがある上に俺自身に関することは全く覚えていないときた。学生だったのか、社会人だったのか、老人だったのか、性別、過ごしていた時代、己の部屋らしき風景以外の景色、それら全てが分からないが……まあいずれ思い出すことを期待しよう。

 

 それはさておいて、レ級を見た時はその格好に興奮してマジマジと見てしまった。何せブラだかビキニだかは丸見え、レインコート以外の服はなしときた。その下半身の隠れている部分はどうなっているんですかねぇ、と思わずゲスな考えをしてしまう程だ……まぁこうして見た目幼いレ級に興奮を覚えた以上は俺は男性でロリコンという奴なのだろう。女性で百合属性持ちである可能性も無きにあらずだが、ここは男性であったと仮定しよう。チラッと目線を下げればたわわに実った己の胸部が映ったので、この身体は女性のようだが。

 

 ふとレ級に目を向けなおせば、なぜか青白い顔を赤らめていた。マジマジと見たことで羞恥心を刺激しまったようだ……しかし、頬を上気させた女性は非常にそそられるな……ダメだ、また興奮してきた。

 

 目線をレ級から逸らす為と妙に後ろ腰に重みを感じるので背後に視線をやると……どこかで見たような4本の軍刀を2本ずつ交差させた鞘と1本の軍刀の鞘を左手、柄を右手で持っているという体勢に今頃気付き、更に天使の存在にも気付いた。少々不意打ち気味だったのでびっくりしてしまったのは仕方ないだろう。

 

 どういう訳か俺の後ろで座り込んでいる天使……艦娘。その姿もまたレ級と同じように俺の記憶の中にあった。名を“雷”……だったか。記憶の中では割と早期に入手して秘書艦として起用していたが、ゲームを進めてからは遠征ばかりに出してめっきりと秘書艦として使わなくなったな……そのせいなのか、ゲームを始めた頃を思い出して、雷の姿に懐かしさを覚える。この時、己に関すること以外の住んでいた世界の一般常識程度は思い出せることに気づいた。

 

 「ッ……アアアア!!」

 

 とか和んでいたらいきなりレ級がブチ切れたんですがどうしたのこの娘。俺何かした……ってしてたな。思いっきりカラダをガン見してたわ。そりゃ怒るわ。尻尾の先のイ級か何かの頭の口が開いて砲身出して俺を狙うくらいにブチ切れてますわ……っと、このまま砲撃されては後ろの雷にまで被害が及ぶ。それは避けねばならん。

 

 しかし、先ほどまで一般人(多分)だった俺にはどうしようもない。なぜか慌てることもなくこうして冷静に考えることも出来るし、まるで時間が止まってしまっているかのようにレ級の動きが“止まっている”が……走馬灯のようなものだろうか。だとするなら、最期くらい己のことを思い返してほしいものだが……しかし長いなこの走馬灯。もしかして本当に時間が止まっているとでもいうのだろうか。

 

 (だとすれば……)

 

 ちらりと、視線が握ったままの軍刀に行く。これと後ろ腰の軍刀4本以外他に何もない以上はこれらを使うしかないのだろうが……ボロボロの記憶の中に剣道や剣術を習っていたという事実はない。しかし、この軍刀を使っていたとある“キャラクター”なら記憶にある。そのキャラは高性能じいちゃんだの勝てる気がしないだの圧倒的絶望等と呼ばれ、原作最強クラスのキャラとして君臨していた。そのキャラは軍刀1本とハンドグレネード1つで1人で戦車を破壊し、砕け散ったガラスの破片を避けつつ敵を切り捨て、全盛期ほど動けない&腹に風穴、右肩に銃撃、左目は潰され、出血多量という満身創痍でありながら原作の強キャラの1人を瀕死に追い込むという化け物っぷりだ。しかも満身創痍に至るまでに強キャラ2人の捨て身二段構えが必要だった。

 

 まあ何が言いたいのかといえば、俺がそのキャラくらいの強さがあれば、この軍刀だけでレ級の攻撃を止められるのではないかと言うことだ。例えば……この軍刀を抜刀すると同時に尻尾の先を斬り捨てるというように……と、そこまで考えた時に目の前の時間が止まっているような現象を見て、俺は思った。

 

 

 

 (あれ、止まってるなら俺でも出来るんじゃないか?)

 

 

 

 で、試しに軍刀を抜いて尻尾を斬るように下から振り上げてみた訳だが……スッと刃が入った上に、力など殆ど入れていないのに尻尾の先が上空に向かって飛んだのは驚きだ。しかもそれでようやく世界が動き出したかと思えばレ級が滅茶苦茶痛そうな声を上げるし、切り口から血がドバドバ出るし……凄まじい罪悪感を感じる。

 

 これ以上レ級を見ていると罪悪感で死んでしまいそうなので“もう帰れ”と言おうとしたのに、口から出たのは“去るといい”という言葉。どういうキャラなんだこの体の俺は。というか本当に俺は誰だ。

 

 「レ級。君はもう、戦う術はないだろう。俺自身、これ以上君に何かするつもりもない。だから……去るといい」

 

 レ級。君はもう武器とか持っていないだろう? 俺はこれ以上君に(罪悪感で)何も出来そうにないので、もう帰ってくれ……うん、言いたいことは大体合ってるからいいが、これは変換する意味があったのか俺の体よ。こんな上から目線な言い方であの怒り狂っていたレ級が言うことを聞くハズが……。

 

 「……ワカッタ」

 

 聞くのかよ。あ、尻尾抱えてる……やっぱ痛いんだな、すまない。でも深海棲艦だからとか反射的にとかで人に銃口向けちゃいかんぞ……今の俺が人かどうかはわからんが。なんかニヤニヤしているのは見なかったことにしよう。

 

 「オマエ……」

 

 って行かないのか。

 

 「ん? なにかな?」

 

 「オマエノ、ナマエ」

 

 さて、いきなり答えるのに困る質問をされてしまった。ナマエ、なまえ、名前……なんと答えるべきだろうか。流石に答えないという選択肢はない。尻尾ぶった斬った上に質問にも答えないとかどんな鬼畜だ……斬ってる時点で鬼畜か。

 

 しかし、名前か……ふむ。手には軍刀。これで連想した人物の名を借りようか……と思ったが、既にあのキャラの事を考えた以上、そのキャラしか浮かばない。だがそのキャラの名を借りるのはあまりに恐れ多いことだし、名が女性として名乗るには雄雄しすぎる。王と血が入るんだぞ。

 

 せめて、文字を借りようか。そういえば、雷達が活躍していた時代は文字を右から左へ読んでいたんだったか。“ぜかまし”とか……なら、そのキャラの名を右から呼んで、文字を少しずつ借りて……。

 

 「名前か……すまないが、思い出せない。だが名前が無いと言うのも不便だし……今はとある人物から文字を借りて……“イブキ”と、そう名乗っておこう」

 

 「イブキ……オボエトク」

 

 今度は一切変換されず、俺自身の言葉で言うことが出来た。そしてレ級は去っていき、俺も軍刀を鞘に納めた訳だが……レ級に名前を覚えられたとかどんな悪夢だ。アレか、深海棲艦ネットワーク的なもので指名手配でもされるのか。姫とか鬼とか命を狙ってくるのか? と恐怖に怯える俺だったが、後ろに雷がいたことを思い出して振り返り、改めてその姿を確認する。

 

 傷は特には見当たらない。が、内股気味……俗に言う女の子座りという奴をしている雷は非常に愛らしく、微妙にスカートが捲れてチラリと見えている太ももが非常に眩しい。撫で回したい衝動に駆られるが、今は我慢の時だ俺。何せ状況から考えるに、雷は俺の巻き添えでレ級の砲撃という危機に晒されたのだから。

 

 「立てるか?」

 

 「ひっ……く……あぐぅ……」

 

 泣かれたああああ!! そんなに怖かったのかレ級……いや、怖いか。俺もそれなりに怖かったし。殆ど興奮していたが。しかしながら泣く雷というのも非常に愛らしい。笑顔に変えたい、その泣き顔。だがどうすれば泣き止むのか……お菓子は持っていないし、近くに母親も……艦娘だからいないっての。

 

 どうしようか……改めて雷を見るが、泣き止む様子はない。こうなっては仕方ない、二次創作やドラマ、アニメなどで涙するヒロインに主人公たちや仲のいい人物が行う最強の慰め技……。

 

 「……雷」

 

 「うぇ……?」

 

 「俺で良ければ胸を貸そう。それくらいしか出来ないが……すまない」

 

 ズバリ、抱きしめて胸を貸すだ。本当なら頭を撫でるも追加されるんだが、女性は親しくもない相手に髪を触られるのはイヤだと聞く。この身が女性だろうがそれは変わらないだろう……というか雷が俺から離れようとして力入れてるのが地味に傷つくんだが……それもすぐに収まり、腕の中から盛大な泣き声が聞こえてきた。

 

 「あ……ああ……うぅ……うああああ!! 天龍さん!! 龍田さん!! 睦月!! 五月雨!! 若葉ぁ!! うええええん!!」

 

 その泣き声でようやく、雷が泣く本当の理由にある程度の予想が付いた。恐らく、艦隊が先のレ級と出会ってしまったんだろう。で、生き残ったのは雷1人で、そこに偶然俺が現れた……ということだろうか。雷とレ級がいる時点である程度悟ってはいたが、この世界は俺のいた世界……艦これがゲームとして存在する世界とは違うようだ。その証拠と言うように、まだレ級の流した血の臭いも残っているし……やれやれ、まさか俺が創作物でしか起きないような出来事を体験するとは。妙に冷静な思考やさっきの時間が止まるような感覚はその恩恵といったところか……まあ、そんなことはどうでもいい……今は……。

 

 

 

 

 

 

 

 どさくさに紛れて触っているサラサラな髪と暖かい体温と漂う甘いイイ匂いを堪能しながら愛情と優しさ全開で雷をあやしつつ愛でるべきだな。




いきなりの艦娘轟沈と死亡でした。書いてて意外に心に来ますねえ……まあバッドエンド書いたときほどではないので、私は冷めている(確信

勘違いとか転生だか憑依だかを書いてみたかったんです。その結果がこれだよ!

それでは、あなたからの感想、評価、批評、ptをお待ちしております。

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