どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

今までガラケーで執筆していましたが、こないだスマホに変えました。慣れるまで少々直にがかかりそうで、それにともない交渉速度が今以上に遅れるかもしれません。ご容赦ください。

それはさておき、茉莉(海鷹)様が本作の主人公のイブキを描いて下さりました! UALはhttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52109365 でございます。絵を描いて下さったのは茉莉(海鷹)様が初めてですので狂喜乱舞しましたw 改めて感謝を。ありがとうございます(*^^*)


さて……征くぞ

 (海面が……光が遠のいていく……)

 

 冷たい海の中、時雨は力無く沈んでいく。先程までいた海面は既に遠く、差し込む光も小さくなっていく。何が起きたのか、時雨自信はよく分かっていない。ただ、もう仲間達やイブキ、夕立と会えなくなるという恐怖があった。危険を伝えなければならないのに、最早それも出来ない。このまま海の藻屑と消えるだろう……誰にも看取られることもなく、何も成せないままで。

 

 だからせめて……と、時雨は手を伸ばす。この声が届きますように、この思いが伝わりますように。

 

 (誰でもいい……イブキさんを、夕立を……)

 

 

 

 ― 助けて ―

 

 

 

 「任せなさい」

 

 その心(こえ)は届き、沈む時雨の身体を誰かが抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 金剛はその日、頭を抑えながら起床した。彼女は3日前に妙な風景を見てから、毎日のように頭痛に悩まされていた。それと同時に、身体に違和感を感じるようになっていた。まるで自分の身体が自分のモノでないような感覚、何かが足りないような感覚に苛まされている。極めつけは、脳内に響く声だ。

 

 ― キヒヒッ ―

 

 「またデスカ……」

 

 不気味でありながら、どこか聞き覚えのある笑い声。自分の声とはまるで違い、意志があるのかも分からず、ただ時々こうして誰かの笑い声が頭に響く……いや、金剛はこの笑い声が誰のモノなのか理解している。ただ、それがなぜ自分の頭に響くのか理解出来ないでいるのだ。

 

 「金剛、起きているか?」

 

 「……起きてマスヨ、イブキサン」

 

 ― イブキ……イブキ! イブキ!! キヒヒヒヒッ!! ―

 

 「……はぁ」

 

 果てにはイブキの声が聞こえただけでこのように狂喜する始末。こんなことが3日も続けばノイローゼにでもなりそうだが、眠る時には静かなので休むことは出来るのが幸いだろう。しかし、鬱陶しく煩わしいことに変わりはない。

 

 (あーもうモーニングからウルサイデース!! シャラップ!! 黙っていて下サイ!!)

 

 だからだろう、無駄だろうと思いつつも我慢の限界だった金剛が頭に響く声の主に向けて脳内で怒鳴ってしまったのは。それで少しでも静かになれば御の字くらいの気持ちで言った金剛は、少しだけスッキリした。

 

 

 

 ― ゴ……ゴメンナサイ ―

 

 

 

 (……は!? え!?)

 

 「入るぞ」

 

 脳内に響く声が謝った。そんな出来事に混乱している金剛を余所に、イブキが部屋に入ってくる。その手にはトレイがあり、その上に裏手の湖で汲んだであろう水の入ったコップと朝から採ってきたのかリンゴのような果物と何かのキノコを焼いたものがある。“ような”や“何かの”と言っているのは種類が分からないからだ。尚、腹痛や幻覚等には今のところ遭ってはいない。

 

 「イブキ、サン……グッドモーニングデース」

 

 「バッド、と言いたげな顔をしているぞ」

 

 無表情でそんなことを言うイブキに、金剛は苦笑いを浮かべる。今日で10日目となるイブキとの生活だが、最近ではこうして会話することも増えた。初日以降は起きた時にはおらず帰ってくれば食事の用意だけしてすぐに自室で眠っていたイブキだが、朝晩の食事を共にするようになった。今日は1人分しかないが、イブキ本人は既に食事を終えているのだろう。イブキは金剛のいるベッドのすぐ側にある花瓶が置いてあったであろう台にトレイを置き、窓際に行く。その後ろ姿を見て、金剛は意を決して口を開いた。

 

 「……イブキサン」

 

 「なんだ?」

 

 「ワタシがこの島に来る前に、レ級と何かありマシタカ?」

 

 金剛の言葉を聞き、イブキは驚いた表情を浮かべながら振り向いた。普段からあまり表情の変わらないイブキだが、この時ばかりははっきりと“何故?”という疑問が現れている。それはそうだろう。金剛にはレ級のことも夕立のことも何も話していない。知る術もない。にもかかわらず、金剛の口からレ級などと出てくれば驚愕するのは仕方ないことだ。

 

 対する金剛は、やはりかという思いだった。3日前に見た映像、その日から聞こえ始めた頭の中に響く……レ級の声。先程も聞こえていたあの声はレ級の声だったのだ。そのレ級がイブキを見る度に、声を聞く度に狂喜する……何かしら繋がりがあると考えるのが普通だろう。その繋がりが何かは分からないが。

 

 「……なぜ、そう思う?」

 

 「頭の中でレ級の声がする……と言ったら信じてくれマスカ?」

 

 「……信じるしかないだろう。そうでもなければ説明がつかない」

 

 イブキは窓の近くの壁に背中を付けてもたれかかり、腕を組む。金剛としてはあっさりと信じてくれたことに拍子抜けする思いだったが、その方が話が早いのでまあいいかと1人ごちる。その後、金剛は自分が見た映像とレ級の声がすることを簡単に話す。イブキは何度か頷き、黙ってそれを聞いていた。

 

 やがて話し終え、2人の間に沈黙が訪れる。金剛には、イブキが何を考えて何を思っているのか分からない。なぜ駆逐棲姫を探しているのかも予想は出来ていても話してはくれない。そもそもどういう存在なのかも分からないし、なぜこの島にいるのかも分からない。艦娘と深海棲艦の2つの気配を持つ理由も、艦娘と深海棲艦どちらなのかも分からない。

 

 ただ、分かっていることもある。それは、決して悪い存在ではないということだ。むしろお人好しだろう。そうでなければ、はっきり言って無駄飯喰らいの役立たずな金剛の食事の世話をしないし、助けてもくれないだろう。

 

 「……どうした? 急にうなだれて」

 

 「イエ……ちょっと自分の情けなさを再確認したダケデス……」

 

 ― ヤーイ、役立タズ ―

 

 (シャラップ!!)

 

 自分の考えにダメージを受けてうなだれた金剛の姿を見たイブキに心配そうに聞かれるて嬉しく思ったのも束の間、脳内でレ級に煽られて怒りに震える。最早普通に会話出来ていることに対する驚愕を怒りが上回っている。

 

 「……レ級と会話しているのか?」

 

 「え? あ、ハイ」

 

 「そうか……少し、失礼する」

 

 「うぇ……!?」

 

 不意に、イブキがそう言って金剛に近付いてその身体を抱き締めた。突然のことに驚いた金剛だったが、無意識の内に手が動いて抱き締め返していた。そのことに気付いた時、金剛は身体が自分のモノでないかのような錯覚に陥った。それは一瞬の出来事ではあったが、その瞬間は確実に自分の身体ではなかった……だとすれば、誰の身体だったのか?

 

 ― イブキ……♪ ―

 

 (……って、考えるまでもないデスネ)

 

 考えるまでもなく、金剛の脳内で嬉しそうにしているレ級だろう。つまり、レ級は一瞬とは言え金剛の身体を支配したことになる。自分の身体を支配される……そのことに対する恐怖や嫌悪感は、なぜかなかった。それよりもレ級と同じように、イブキに抱き締められているということが嬉しかった。こうして誰かの温もりに包まれていることが、ドロップ艦として生まれてから人肌に触れることが少なかった金剛には何よりも安心できた。

 

 

 

 「……なんデスカ……アレは?」

 

 

 

 金剛から見える窓の遥か彼方の海に、大量の黒点が見えるまでは。

 

 

 

 

 

 

 「なんでクマ!! なんで球磨達は参加出来ないクマ!!」

 

 それは、時雨が大本営に呼び出された日の翌日の昼時のこと。イブキと出会ったことのある球磨は食堂で騒いでいた。その騒いでいる理由が、その日の今朝に全ての鎮守府に通達された内容である。

 

 “軍刀棲姫の拠点となる島を発見。少将以上の階級を持つ全ての提督は第一、第二艦隊を伴い、連合艦隊へ参加されたし”

 

 現在の海軍には4人の少将と3人の中将、同じく3人の大将が存在する。大将の上に元帥が存在するが、現海軍において元帥とは総司令のこと指す。つまり、11人の提督の下にいる艦娘6隻から成る艦隊を2つずつの12隻、合計132隻が軍刀棲姫1隻に対する全戦力となる。そして、この132隻の中に……この鎮守府の艦娘は入っていない。その理由は単純明解。

 

 「私らの提督の階級が佐官だからねぇ」

 

 騒ぐ球磨の隣で肘をついてポリポリときゅうりの浅漬けを口にしながら、北上があっさりと口にする。単純な話、球磨達の提督の階級が少将以上ではない為に参加出来ないのだ。これに憤ったのは今尚騒ぐ球磨のみで、他のイブキと接触したことのある白露、卯月、深雪はほっとしたような参加出来なくて悔しいような複雑な気持ちになり、北上は“あー良かったー、面倒なことにならなくて”と1人のほほんとしている。

 

 「北上は悔しくないクマか!! 球磨達の実力も良く知らないくせに、提督の階級だけで戦力外通告クマよ!?」

 

 「いやいやいやいや、実際戦力外っしょ私ら。それに戦艦も空母もいないし、最大火力が重巡、しかも1人。全体的な練度もいいとこ中の下。球磨姉さんだけ強くてもダメだよー」

 

 「うぐぎぎ……」

 

 この鎮守府の戦力は、北上の言うようにお世辞にも将官の艦隊に匹敵するほど強いとは言えない。しかし、球磨だけは別格だった。イブキとの接触から半年経った今、この鎮守府の球磨という単体戦力は決して軽視出来ないと鎮守府間で噂になっているのだ。演習において単艦で判定Sをもぎ取り、軽巡でありながら戦艦に匹敵する戦果を叩き出すことも1度や2度ではない。そんな彼女は佐官提督の鎮守府の艦娘達(特に軽巡と同じ球磨)から尊敬と畏怖の念を込めてこう呼ばれる。

 

 

 

 ― びっくりするほど優秀な球磨ちゃん……と ―

 

 

 

 「だったら私だけでも!」

 

 「連携プレーが出来ない姉さんが行っても邪魔なだけだから」

 

 「北上滅茶苦茶辛辣だぴょん……あ、球磨が落ち込んだ」

 

 「ある意味で最強だよね、北上さん」

 

 「間宮さんおかわりー」

 

 球磨達の鎮守府は、平和だった。

 

 

 

 

 

 

 「あたしらは参加出来ないな」

 

 場所は変わって摩耶がいる鎮守府。イブキによって助けられた彼女だが、彼女の提督もまた佐官。連合艦隊に参加出来る条件を満たしていない為に此度の大規模作戦には参加出来ないが、摩耶自身は内心ホッとしていた。彼女はイブキに会って助けられたことのお礼を言いたいだけで、決して戦いたい訳ではない。故に、不参加なのは嬉しいことだった。

 

 「でも摩耶さん。この連合艦隊が戦う相手は私達の恩人でしょう? 流石に一溜まりもないんじゃ……」

 

 「ですが、ちょっとおかしいですね。少将以上の11名の艦隊とは事実上の海軍最高戦力……それが総勢132隻。海域の制圧と姫の討伐をするなら分かりますが、今回は1隻……過剰と言える戦力です」

 

 鎮守府内の廊下に張られた紙を見ながら、摩耶と共に見ていた鳳翔と鳥海は口にする。今まで海軍が行った大規模作戦で多大な戦力を投入するのは、討伐対象である姫を沈めるのが目的であるのは勿論、その姫が制圧している海域を解放し、道中襲いかかってくる深海棲艦にも対応する為だ。

 

 だが今回の場合は対象の姫……軍刀棲姫によって海域が制圧されているという訳ではない。更に言えば、部下を率いているという目撃情報も一切上がっていない。つまり、かなり高い確率で対象は1隻だけなのだ。その1隻に対して海軍の最高戦力を全てぶつける……コスト面から見ても戦力から見ても無駄が多いと言えるだろう。

 

 「それだけ確実に潰したいってことなんだろ。しつこくイブキさんの話を聞きに来た大淀って艦娘のこともあるしな」

 

 そう言った摩耶の表情は不機嫌と言う他無い。何度も言うように、彼女にとって軍刀棲姫……イブキは命の恩人だ。その恩人が過剰と言える戦力を投じられてまで排除されようとしているのだ、助けられた本人としては面白くないだろう。更には少しでもイブキの情報を聞き出そうと何度も聞いてくる、大本営からの使者である大淀の存在も摩耶にとって面白くない。何しろ直接助けられた後に彼女は気を失っている為、情報と呼べるものは非常に少ない。そう言っているのにしつこく聞かれるのだから鬱陶しいことこの上無い。そんな様子の摩耶に、2人は苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 摩耶達の鎮守府もまた、平和だった。

 

 

 

 

 

 

 「ようやくだ……あの島に、奴がいる」

 

 そうつぶやいたのは、かつてイブキとの戦いの末に敗北を期した日向だ。金剛が発見した数多の黒点……それは、海軍の事実上の最大戦力である艦娘132隻からなる連合艦隊だった。日向は……否、かつてイブキと対峙した日向達の艦隊は日向、大和、瑞鶴、瑞鳳、川内、島風の第一艦隊に第二艦隊を伴い、今回の大規模作戦に参加している。全鎮守府の中でも最上位の実力を誇る艦隊として、今回の作戦において活躍を見込まれているのだ。

 

 日向は眼前の島を睨み付ける。自分達に明確で圧倒的な敗北の味を教え込んだ相手が、あの島にいる。日向を含めた第一艦隊の者達は、イブキ……軍刀棲姫と再戦を果たし、勝利する為に鍛錬に鍛錬を重ねてきたという自負がある。この作戦で必ず沈める……その気持ちは、連合艦隊に参加しているどの艦娘よりも強いと言えるだろう。

 

 「日向……無理はしないでね」

 

 「大和もな……何、鍛錬に鍛錬を重ねた我々だけじゃなく、一騎当千であり歴戦の勇士でもある各鎮守府の精鋭がいるのだ、負けはない」

 

 負けはない。勝てる。勝つ。例え相手がこちらの常識を越えた存在であろうとも、この戦力ならば勝てる。それが日向のみならず、連合艦隊に参加している艦娘達、及び鎮守府にいる提督達大多数の意見だった。それはそうだろう……何度も言うように、この連合艦隊は事実上の日本海軍の最大戦力なのだ。いざ動き出せば倒せない深海棲艦は存在せず、解放出来ない海域は存在しない。相応の莫大なコストが掛かるが、動き出せば勝利が確定すると言っても過言ではないだろう。それでも、少なからず不安に思う者もいた。

 

 「……近づかれなければ、ね」

 

 「……ああ」

 

 大和の言葉に、日向は苦い顔で頷く。“近づかれなければ”……それは、連合艦隊の作戦会議中に告げられたことだ。

 

 艦娘達の共通認識として、軍刀棲姫は軍刀のみを扱うとある。この認識から連合艦隊が行う作戦は、遠距離からの息をつかせない連続射撃で近付かせずに撃破することである。決して近付かず、近付かせない。そのその結論が出る理由として、軍刀棲姫という存在そのものの何が“驚異”であるかを連合艦隊が正しく認識出来ていることが挙げられる。

 

 海軍は半年間、軍刀棲姫の情報を得られなかった訳ではない。実際に戦った艦娘達から、実際に会った艦娘達から証言を得て情報や実態を確たるモノにしていき、その情報を各鎮守府に伝えている。当初こそその情報に対して“こんな深海棲艦がいるか”と鼻で笑った者達がいたが、今では誰もが正しい情報であり、軍刀棲姫が海軍にとって脅威であると認識している。

 

 何ものも両断し、砲弾を撃たれてから回避し、海上を縦横無尽に走り、跳ね、空を飛ぶ艦載機にも水中を進む潜水艦にも軍刀を届かせる。未だに傷を付けることが出来た艦娘は確認出来ていない。そんな化け物のような存在と、これから対峙する。中には恐怖か武者震いか身体を震わせている者がいる。日向達と同じく敗北した者がいるのだろう、憤怒の形相を浮かべている者もいる。自分達の力を信じているのだろう、余裕の表情を浮かべる者もいる。緊張を解す為なのだろう、同じ鎮守府の仲間と談笑している者もいる。この作戦の勝敗を心配しているのだろう、不安げな表情を浮かべる者もいる。

 

 だが、そのどれにも当てはまらない者達がいる。その者達に日向は視線を向けると、大和も同じようにそちらを見た。そこに居るのは、本当の意味で海軍最強……総司令であり元帥である海軍のトップである渡部 善三の第一艦隊と第二艦隊の12隻の姿。

 

 第一艦隊旗艦、大和型戦艦“武蔵”。雲龍型正規空母“雲龍”。妙高型重巡洋艦“那智”。阿賀野型軽巡洋艦“矢矧”。大淀型軽巡洋艦“大淀”。陽炎型駆逐艦“不知火”。戦艦と空母が1隻ずつと構成としては火力不足に見えるが、表情をまるで変えない彼女達はその冷徹、冷酷とも言える冷静かつ的確な判断、時には大胆な戦法を取り、演習において敗北はなく、実戦での任務達成率100%。まさしく海軍最強と呼べる。

 

 「相変わらず表情が変わらないわね……私達のところにも雲龍以外皆いるけれど……表情はよく変わるわ」

 

 「だが実力は確かだ。私達もあいつの時のような圧倒的敗北こそないが、未だに勝ちを拾えていないのだからな」

 

 日向の言うあいつとは勿論、軍刀棲姫のことである。大和は武蔵達を見た後に、他の艦隊の艦娘達を見やる。132隻もいるので基本的に種類や艦種がバラバラで現在確認されている艦娘達の大半がいるが、中には自分と同じ大和の姿や日向の姿、武蔵などもいる。だが、元帥の第一艦隊の面々を除いて完全な無表情という艦娘は存在しない。表情が出にくい艦娘こそいるが、それでも感情の起伏はちゃんと存在している。

 

 しかし、元帥の第一艦隊の面々にはその起伏が見られない。勿論、出にくいだけなのかもしれないが……少なくとも日向達は表情が変わったところを見たことがない。第二艦隊は普通に表情豊かなこともあってその無表情が余計に際立つ。尚、元帥の第二艦隊は金剛型戦艦“霧島”、長門型戦艦“陸奥”、翔鶴型正規空母“翔鶴”、高雄型重巡洋艦“高雄”、川内型軽巡洋艦“神通”、陽炎型駆逐艦“天津風”という構成になっている。

 

 「……そう言えば、もう1つ気になる艦隊がいたな」

 

 そう呟いた日向の視線の先には、あの長門達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 「ありがとう長門さん、皆」

 

 「礼には及ばんさ。だが、ここからは安全は保証出来ない。お前も……奴も、な」

 

 雷は第一艦隊の長門達に混じって連合艦隊……今、この場にいる。提督にあの手この手を使って許可を出させ、本来第一艦隊として居る陸奥と変わってもらったのだ。長門の言う安全は保証出来ないというのは、雷が連合艦隊の誰よりも練度が低いが故に、沈む可能性もまた誰よりも高いからだ。奴とは無論、イブキのこと。これほどの戦力があるのだ、イブキが沈む可能性だって充分に有り得る。

 

 「うん……分かってる。でも、少しでも可能性があるなら……諦めない」

 

 イブキを助けると言った言葉に嘘はない。雷は言葉で、それでダメなら力付くで、イブキから何を探しているのか、なぜ探しているのか、自分では手伝えないのか、自分では助けられないのか……どれだけ難しく、どれだけ無謀なことでもやり遂げるつもりだった。それが、以前に助けられた自分からの恩返しになると信じているから。

 

 長門達もまた、そんな雷を手伝うと決めている。不可能だろうが、こっそりとイブキを助け出して鎮守府に連れ帰る、なんて案も出ている。どれだけ低い可能性でも、やり遂げてみせると。

 

 

 

 『諸君、聞こえるかね?』

 

 

 

 不意に、艤装に搭載されている通信機から老熟した男性の声が聞こえてきた。この場にいる艦娘達の誰もが知っている声……その主は、渡部 善三。その声を聞いた瞬間、雷達は嫌な予感を感じた。自分達の思いを否定されるような、自分達の頑張りが無に帰すかのような……そんな予感を。

 

 『諸君に、改めて作戦を伝える。難しくはない、至ってシンプルな作戦だ。目標である軍刀棲姫……これを発見次第、即座に攻撃。空爆、雷撃、砲撃、あらゆる攻撃を叩き込んで殲滅せよ』

 

 それは、先に行った作戦会議でも告げられた大本営直々の作戦命令だった。近付かれれば、連合艦隊はその戦力故にフレンドリーファイアを意識しなければならない。ならば、遠距離から仕留めればいい。善三の言葉通りシンプルな作戦だった。その作戦に意を唱える艦娘などいない。もとより艦娘の戦いは遠距離からの撃ち合いなのだから。

 

 だが、表情を歪ませる艦娘がいた。それこそが雷達である。イブキと話すという目的がある彼女達からすれば、今回の作戦は非常に有り難くない。接触しなければならないのに、接触することと出来るチャンスを潰されたようなものだからだ。そして彼女達も連合艦隊の一員である以上、作戦命令を無視する訳にはいかない。

 

 (イブキさん……)

 

 出来ることは、イブキが生き残るよう願うことくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 大本営にある総司令室と書かれた部屋の中に、善三は居た。最早彼にやることはなく、後は連合艦隊の勝利報告を待つのみ。善三は連合艦隊……ひいては海軍の勝利を疑ってはいない。相手が善三にとってのイレギュラーであり、艦娘と深海棲艦の常識が通じない化け物であるとしても、こちらは精鋭中の精鋭132隻の艦娘。その大火力と弾幕を1隻の相手に集中させれば、逃げ場もなく為す術なく倒せる。そう確信しているのだ。

 

 「大淀、目標はどう出ると思うかね?」

 

 『こちらには気付いているでしょう。島の横から出てこちらの側面から攻めてくると予想します。正面からというのは、まずないかと』

 

 「だろうな。私も同意見だ」

 

 島の砂浜を挟んだ先に見える屋敷が軍刀棲姫の拠点であると、善三は把握している。時雨を沈めた日に島を見張りを付け、2日間ではあるが決まった時間……早朝に出て夜に戻るという行動パターンも確認出来ている。連合艦隊が着いたのは軍刀棲姫が島から出る時間よりも更に早い時間。軍刀棲姫は屋敷にいるハズであり、連合艦隊の戦力が見えていることだろう。そしてこれだけの戦力だ、正面から挑むような存在はそう居ない。

 

 だが、イレギュラーはどこまでも予想外(イレギュラー)だった。

 

 『……総司令』

 

 「どうした? 大淀」

 

 

 

 『目標、屋敷から出てきました……まっすぐこちらに向かって歩いてきます』

 

 

 

 

 下策、馬鹿、無能……そんな言葉が善三の頭を過ぎった。1対多だというのに正面から挑む……軍属の人間からすれば、頭と正気を疑う対応だ。だが、現実として目標の軍刀棲姫は堂々と姿を現し、真っ正面からまっすぐ連合艦隊へと歩いて向かっているという。

 

 「ふん……目標が海に入り次第砲撃開始だ」

 

 『了解しました……各艦、砲雷撃戦用意! 空母は発艦始め! ……撃(て)ぇ!!』

 

 通信機の向こうから聞こえる大淀の勇ましい声と共に鼓膜を震わせる砲撃音が、開戦したと善三に伝える。この音が止めば、それは終戦の合図になるだろうと善三は確信した。それだけの戦力なのだ。むしろ落とせなければ、それは悪夢以外の何ものでもないだろう。

 

 そして、勝利を確信したのは善三だけではなく連合艦隊の艦娘達、その提督達もだ。魚雷は浅瀬や距離のことを考えて使ってはいないが、射程圏ギリギリからの千を越え万に届きかねない程の大小様々な弾幕と艦載機による空爆……塵も残らないだろう。それが大半の考えである。だが、一部の者達の考えは違った。

 

 かつて軍刀棲姫と戦った日向達は考える……“この程度”で終わるような相手ではないと。かつてイブキと約束を交わした雷は思う……約束を果たさぬまま沈むハズがないと。

 

 

 

 そして、それは再び現れる。

 

 

 

 「……総司令」

 

 『結果はどうだ? 大淀』

 

 「……目標……健在です」

 

 苦々しく呟く大淀の視線の先……そこには夢か現か爆炎を斬り裂いて歩いてくる、二振りの軍刀を持った無傷の軍刀棲姫の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 その日、俺はいつものように簡単な朝食を持って金剛の部屋に向かっていた。最初は部屋の前に食事を置いてさっさと駆逐棲姫を探しに出ていたが、1週間以上共に過ごせば情の1つも湧いてくる。それに、妖精ズがいるとは言え……俺はやはり日常の会話というものに飢えていたんだろう。気がつけば金剛と多少なりとも会話を楽しむようになっていた。と言っても、こうして部屋に食事を持って行き、食事をしている金剛の話を聞いてそれに答えるような感じなのだが……忘れがちだが、この身体の口は謎変換が稀に起きる。いつ変な言い回しになるかも分からない為、あまり自分から口を開こうとは思わない。

 

 「金剛、起きているか?」

 

 「……起きてマスヨ、イブキサン」

 

 扉越しに聞こえた声は、どこか疲れているように聞こえた。そういえば、2、3日前から金剛の様子がおかしくなった気がするな……ビクッとしたりいきなり後ろ振り向いたり頭を抑えたり……疲れているというか、何かに憑かれているんじゃないだろうな。艦娘や深海棲艦、妖精なんている世界だ、幽霊の類がいても驚きはしない。

 

 それはさておき、部屋に入って金剛の顔を見るとやはりどこか具合が悪そうというか、気分が悪そうだった。そのことが少し気になったが、医者でもない俺に分かることや出来ることはない……会話は早々に切り上げて駆逐棲姫を探しに行くべきか、と考えながら近くの花瓶でも置いてありそうな台に持ってきた食事を置くと、後ろから金剛が唐突にレ級の名を口にした。何故その名を……と振り向いた後に疑問を口にすると、金剛は驚くべきことを口にした。

 

 「頭の中でレ級の声がする……と言ったら信じてくれマスカ?」

 

 普通なら疑うか、そんなバカなと鼻で笑うのだろう……だがこの時、俺はすんなりと受け入れていた。そうでも無ければ生まれてそう日にちの経っていない上に島から出ていない金剛がレ級の名を口にしないだろう……という考えがあったからだ。そのことを口にしたら、なぜか金剛がうなだれた。

 

 「……どうした? 急にうなだれて」

 

 「イエ……ちょっと自分の情けなさを再確認したダケデス……」

 

 そう言って落ち込んだかと思えば、次の瞬間には怒りの表情を浮かべていた。レ級の声がすると言っていたし、もしや聞こえるだけでなく会話も出来るのだろうか? と聞いてみたところ、どうやら会話しているらしい。そうか……と1つ頷き、なぜ金剛はレ級と会話が出来るのかと考える。もしや彼女は夕立のように深海棲艦……この場合はレ級……から艦娘になった存在なのかもしれない。しかし、夕立は深海棲艦の記憶を持ってはいたが、その深海棲艦と会話している様子はなかった。この違いは何だろうか……それに、レ級と共に沈んだいーちゃんと軍刀の姿もない。いくら考えても、聡明とはとても言えない俺の頭では答えなど出ない。だが……金剛の中にか、それとも近くにかレ級がいるということは理解した。例えその姿が見えなくとも、例えその声が聞こえなくとも……俺は再び、レ級と出逢えているのだと。

 

 「……少し、失礼する」

 

 「うぇ……!?」

 

 感極まった、とでも言うのだろう。目の前に居るのは確かに金剛なのに、俺は確かにレ級の姿を幻視しているのだから。目の前で血にまみれて笑顔で沈んで逝った、あのレ級の姿を。だからだろう、こうして金剛に抱き付いてしまったのは。驚かせてしまったようだが、彼女も抱き締め返してきたので怒っているわけではないようなのが救いか。久しく感じる女性特有のやわらかさに、俺は安心感を覚えていた。

 

 「……なんデスカ……アレは?」

 

 そんな金剛の言葉を聞き、彼女の視線の先を追うまでは。

 

 「連合艦隊……という奴だろう」

 

 窓の遥か彼方に映る数多の影の姿を、この身体になって強化された俺の眼はしっかりと映し出している。あの影達は、全て艦娘だ。なぜこの島の近くに居るのかといえば……まあ、俺のせいなのだろう。夕立を探し、今でこそ駆逐棲姫の髪留めとわかっているが、わかっていなかった時はがむしゃらに探し、艦娘、深海棲艦問わずに接触し、時には武力を振るって聞き出そうとした。嘘をついた艦娘は沈む一歩手前まで攻撃したのだ……つまり、あの連合艦隊は俺という存在を消す為に組まれたモノと考えていいだろう。

 

 『大淀、目標はどう出ると思うかね?』

 

 「っ!?」

 

 「……? どうかしたんデスカ? イブキサン?」

 

 「……いや、なんでもない」

 

 不意に、頭の中で男性の声が響いた。今この場にいるのは俺と金剛の2人の姿しかない以上、男性の姿などない。金剛にも聞こえていないようだし、ただの幻聴だろうか?

 

 「あちらの艦隊の通信をジャックしましたー」

 

 「私達妖精の力をもってすれば、折り紙で鶴を折るより簡単ですー」

 

 「妖精の科学力は世界一ですー。でも私は鶴折れないですー」

 

 どうやら妖精ズの仕業らしい。どうやったかは全くわからないが、相手の通信を盗み聞き出来ているようだ。向こうはそんなこととは知らずに会話を続けている。どうやら会話しているのは“大淀”と呼ばれている艦娘と“総司令”と呼ばれている男性のようだ。大淀と言えば、確かゲームの中では任務娘と呼ばれていた気がする。そして総司令……つまり、海軍のトップか。

 

 「金剛。アレは海軍の連合艦隊だ。目的は俺のようだから、君は屋敷の裏から見つからないように避難してくれ」

 

 「なっ……分かりマシタ。足手まといにはなりたくないデスカラネ……イブキサンはどうするんデスカ?」

 

 「俺は……」

 

 艦娘の数はざっと見た感じでは100といったところ……流石に正面から挑むのは分が悪いと誰が見ても思うだろう。だが、俺はそう思わない。何時だって俺は正面から挑んでいった。この身は前世の記憶も危うい元一般人、戦術のせの字も知らない未熟者だ。夕立と駆逐棲姫を探し続け、復讐を決意して尚忘れなかった俺の根底。俺が強い訳じゃない。イブキ(この身体)が強いんだという事実を忘れてはいけない。

 

 だからこそ、この身が取る行動は1つ。

 

 

 

 「正面から行く」

 

 

 

 

 

 

 金剛を逃がし、屋敷から出た俺は真っ直ぐ艦娘達に向かって歩く。正面から行くと自信満々に金剛に言ったが、実際はこの世界に来てから最大のピンチと言える。何せ1対100だ、戦いは数だと誰かが言っていた。それでも、俺は死ぬ訳にはいかない。夕立を探し出して、一緒にいるという約束を果たす為に。金剛を守り、彼女と共にいるらしいレ級と今度こそ家族となる為に。

 

 海に足を踏み入れると同時に、相手側から大量の砲撃と戦闘機が飛んでくる。俺は右手でみーちゃん軍刀を、左手でしーちゃん軍刀を抜き出し……飛んでくる砲弾をなるべく屋敷に被害がいかないようにみーちゃん軍刀で斬り捨て、落ちてくる爆弾らしき物や戦闘機は伸ばしたしーちゃん軍刀で落とした瞬間に斬り捨て、処理すると同時に誘爆も狙う。対応仕切れなくなるかと不安だったが、超遠距離からの砲撃ということもあるのだろう、俺に届きそうな物はそれほど多くなく、むしろ距離がある分余裕を持って対処できる。足場である海面が揺れるが、この身体はバランス感覚もいいのでさほど問題はない。むしろ水柱や爆弾と戦闘機を破壊した際に出る爆発のせいで向こうから俺の姿が見えなくなっているのかどんどん命中率が下がっていっている気がする。とまあそんなことを繰り返していくと、いつの間にか砲撃は止み、戦闘機の姿もない。周りは落ちた戦闘機や爆弾のせいで海の上なのに炎が広がっているが……戦艦棲姫を助けたことを思い出すな……と少し懐かしい気分になりながら、俺はしーちゃん軍刀を締まってふーちゃん軍刀を抜き、以前にもしたように炎に向かって振り抜き……炎を斬り消す。

 

 「さて……征くぞ」

 

 そして俺は、誰に向けるでもなくそう呟いた。




ということで、連合艦隊VSイブキの戦いが始まるまでのお話でした。

はっきりと出ましたレ級。でもいーちゃんはどこにいったんでしょうねえ。そしてまだ出てない者達がいますね。どこにいるのやら。



今回のおさらい



金剛の頭にレ級。中には誰もいませんよ。球磨ちゃん摩耶様不参加。出番はしばらく後だ。日向達と雷達は参戦。戦わなければ、生き残れない。イブキ無傷。私には最強の眼があるのだよ。

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