どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、更新でございます。

今回場面がぐるんぐるん変わります。また、考察というか自分理論というかその類のモノが結構出ます。ご注意を。

また、先に謝罪を。白露型愛好家の方々、ごめんなさい。でも私は白露型大好きなんです! 信じて下さい! 何でもしますから!


……艤装、か

 なぜこの場所にいるのか、時雨には分からなかった。“この場所”は違う鎮守府の艦娘である時雨にとって、一生縁のないと言える場所だからだ。

 

 「よく来てくれた時雨君……」

 

 「はっ、はい! ○○鎮守府所属、白露型駆逐艦時雨、参上しました!」

 

 敬礼をしつつ、時雨は目の前の人物……老人を見やる。厳かな雰囲気のある部屋にある唯一の机を挟んだ先にいるその人物は、この場所……“大本営の総司令の執務室”の主。つまり、目の前の人物こそが現日本海軍のトップ。名を、渡部 善蔵(わたべ ぜんぞう)……総司令であると同時に全鎮守府の中でもトップクラスの強さを誇る第一艦隊を指揮する生涯現役を行く人物である。

 

 「さて時雨君……君は、なぜここに呼ばれたのか……分かるかね?」

 

 「い、いえ……」

 

 老人……善蔵の鋭い眼光に射抜かれ、時雨は冷や汗を流す。彼女は、まるで姫級と対峙した時のような緊張感を感じていた。シワのある顔は確かに老いを感じさせるが、その身体から出る溢れんばかりの覇気が老いを消し飛ばしている。その覇気に気圧されながら時雨は呼ばれた理由を考えるが、やはり記憶にはそれらしいものない……と思ったところで、時雨の脳裏にある記憶が呼び起こされる。それは、噂の深海棲艦……今では軍刀棲姫と名を海軍の中で呼ばれるようになった存在、イブキと接触した時のことを大本営から視察に来たという大淀に聞かれたことだった。イブキのことを話せば夕立のことも間接的に知られ、仮に攻め込むとなった場合のことを考えた時雨は、内容をぼかして話したのだ。もしや……と考えた直後、善蔵がある1つのファイルを机の上に置いた。

 

 「これは、軍刀棲姫と接触したことのある艦娘達の話を纏めたものだ。勿論、君の名前も話の内容もある」

 

 そう言って差し出されたファイルを時雨は受け取り、中を見るように促される。少し汗ばんだ手でファイルを開くと、最初に時雨の名前が出てきた。内容は先日自分が語ったことが大雑把に記載されており、話した日付も書いてある。何もおかしいところはないし、この情報だけではイブキ達のいる島の場所など分かる訳がない。そう思いつつ、時雨はページを捲る。そこには“△△鎮守府所属暁型駆逐艦雷”と書かれており、違う鎮守府の雷という艦娘が話した内容が書かれていた。

 

 「……ん?」

 

 そこでふと、時雨は自分のことが書かれているページと雷のページに違和感を感じた。その違和感の正体を探す為に何度かページを見比べ……ハッと気付く。時雨のページには話した日付が1日だけ書かれているのに対し、雷の日付は3日分書かれているのだ。もしやと思い他のページも見てみると、やはり他のページにも3日分書かれていた。時雨だけが1度だけ聞かれ、他の艦娘は3回聞かれていることになる。

 

 △△鎮守府所属長門型戦艦“長門”、長門型戦艦“陸奥”、赤城型正規空母“赤城”、加賀型正規空母“加賀”、球磨型軽巡洋“木曾”、白露型駆逐艦“夕立”。□□鎮守府所属球磨型軽巡洋艦“球磨”、球磨型軽巡洋艦“北上”、吹雪型駆逐艦“深雪”、白露型駆逐艦“白露”、睦月型駆逐艦“卯月”。××鎮守府所属高雄型重巡洋艦“摩耶”。◇◇鎮守府所属伊勢型戦艦“日向”、大和型戦艦“大和”、川内型軽巡洋艦“川内”、島風型駆逐艦“島風”、祥鳳型軽空母“瑞鳳”、翔鶴型正規空母“瑞鶴”……綺麗な字で書かれたそれらは、恐らく自分に直接話を聞きに来た大淀が書いたものであろう。直接、しかもバラバラの鎮守府に出向いたであろう大淀の行動力と体力に舌を巻く時雨だったが……不意に、その顔を青ざめさせた。

 

 「気付いたようだな」

 

 善三は冷たく時雨を見据え、両手を組んで机に肘を付いて口元を隠すようにしながら、その下で笑みを浮かべる。そのファイルには、時雨が語っていないことを語っている艦娘の証言が載っているのだ。その艦娘は、□□鎮守府所属の北上、深雪、白露、卯月の4隻。彼女達ははっきりと証言しているのだ……“とある海域で軍刀棲姫らしき存在と共にいる時雨と出会っている”と。

 

 これがイブキと夕立の事情を知る者だったなら、口裏を合わせてくれたかもしれない。だが、北上達に不幸にも偶然出会ってしまい、彼女達はそのことを聞かれるままに話してしまった。彼女達に何も落ち度はない。ただ、時雨にとっては都合が悪かっただけだ。

 

 「海は広い。人海戦術を使うことなど到底出来ない広さだ。それが例え海域という形で範囲を狭めても、目的のモノを見つけるには途方もない時間がかかる。まして我々が探すのはたった1隻の深海棲艦……自らの意志で動き回るソレを見つけだすのは砂漠に投げ込んだ米粒を探すことに等しい……しかし、だ。ソレにも必ず拠点となる場所があるハズ。拠点があるなら、そこを見張ればいずれ姿を現すだろう。時雨君……君は、その場所を知っているのではないかね?」

 

 時雨の脳裏に浮かぶのは当然、1日を過ごしたあの屋敷のある無人島だ。場所もはっきりと覚えているし、行こうと思えば行ける。だが、ここでバカ正直に知っていると言えば案内させられるだろう。そうなれば、イブキと夕立の2人が連合艦隊と衝突することになる。

 

 (それだけは避けないと……それに、疑われているケド僕が知っているとはっきりした訳じゃない。知らないと言い続ければ、きっと解放されるハズ……)

 

 そう時雨が焦りつつも少し楽観的に考えていた時、善三の机の上にあった機械からピピピ……と音が鳴り始めた。善三がその機械のボタンを押すと音は止み、変わりに誰かの声が聞こえてくる。

 

 『総司令、今よろしいですか?』

 

 聞こえてきた声は、以前に時雨も聞いた大淀の声だった。善三はチラリと時雨の顔を見やり、視線で語りかける。いいか? と。当然ながら時雨に拒否することなど出来ず、彼女はコクリと頷いた。

 

 「構わん。何かね?」

 

 『○○鎮守府の提督の昇進に付いてですが……本当によろしいので?』

 

 「ああ。もしも時雨君が軍刀棲姫の拠点を知っているなら、それは大きな戦果だ。彼女の提督を昇進させるには充分だ。黙っていたことはこの際目を瞑ろう。無論、知らなければそれでも構わん。知っていれば昇進、知らなければ何もなしという訳だ……だが」

 

 

 

 「知っていて教えないのであれば、それは軍への反逆と変わらん。部下の罪は上司が取らねばなるまい? 故に、お前はどの結果にも即座に対応出来るように○○鎮守府に向かってもらっているのだからな」

 

 

 

 時雨は頭が真っ白になった。今、目の前の人物はなんと言った? 知っていれば昇進? 知っていて教えないなら反逆? 知らなければ何もなしとは言うが、この状況下で目の前の人物が時雨が情報を持っていないとは微塵も思っていないだろう。否、そんなことは関係ない。目の前の人物は海軍のトップだ。彼が白と言えば白になるし、黒と言えば黒になる。ここで時雨が知らないと言えば、間違いなく彼は大淀に今の機械で命令を下すだろう。提督を捕らえろ、と。目の前で言ったということはつまり、時雨は提督を人質に取られたことになる。彼女に与えられたのは2択。提督を助けてイブキと夕立を危険に晒すか、2人を庇って提督を犠牲にするかだ。

 

 「すまなかったね、時雨君。さて、では改めて……」

 

 

 

 ― 話してくれるかね? ―

 

 

 

 それは、金剛とイブキが出会ってから6日目のこと。時雨は、誰にも聞こえない声で“ごめん”と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 「暇デース」

 

 ベッドの上に寝転びながら、金剛はそう呟いた。イブキに助けられた日から今日で1週間になり、金剛の身体は動いても痛みを感じないほどに回復していた。だからといって島から出ることは出来ない。燃料は朝晩とイブキが取ってくる食材で満タンと言っても申し分ない程にあるが、弾薬は半分あるかないかと言ったところ。艤装も修理出来ていない為、大破1歩手前の中破のまま。そもそもドロップ艦である彼女に行く宛などない。したがって、金剛の行動範囲は島全域と近海までになる。

 

 現在は太陽が真上に来ている真っ昼間。駆逐棲姫を探しているというイブキは夜まで帰って来ず、その間金剛は独りになる。会話する相手も居らず、特に行動することもなく、ただただ無為に時間が流れていく。そんな折、金剛ははた、と気付いた。

 

 「ワタシ、もしかしてヒモという奴デスカ?」

 

 仕方ないとは言え自分は動けなかった……つまり、働いていない。しかし食事は出る……現状、イブキに養われている。しかし自分は何も出来ていない。せいぜいが水浴びする為に痛みを我慢して動く程度で、それ以外はベッドの上に今のように横になっているだけ。何も貢献出来ていない。

 

 「……な、何かしないと」

 

 たらりと冷や汗を流し、金剛はベッドから起き上がる。しかし、何かしないといけないと言いつつも何をすればいいかパッと思いつかなかった。屋敷の掃除でもするべきか? しかし、掃除用具のある場所が分からない。そもそも掃除用具があるのかも分からない。ならば自分も駆逐棲姫を探すべきか? 否、どんな姿か分からない上にイブキが連日探すような相手だ、見つかる保証はない。そもそも単艦で海に出る危険性が高すぎる。ならば食料はどうだ? 流石に魚介類を捕る自信はないが、島に広がる森林の中なら何かしら見つかるかもしれない。

 

 「……うん、そのプランでイキマショウ」

 

 念の為にと艤装を取り付け、金剛は屋敷から出て森林の中に入っていった。

 

 

 

 しかしまあそんな簡単に木の実やキノコ等が見つかるハズもなく、金剛が森林に入ってから2時間が経っていた。横に広い金剛の艤装はよく木にぶつかり、その度に艤装を固定しているベルトのようなモノのせいで腹と腰が圧迫され、その度に“ぐぇっ!”とカエルが潰れたような声が漏れる。艤装を付けてきたことを軽く後悔しつつも、金剛は食料を探すために歩き続けた。

 

 そして辿り着いた……崖に。

 

 「何でデスカ!!」

 

 ショックのあまりにその場に四つん這いになり、握り締めた両手をガンッ! と叩き付ける金剛。戦艦娘のパワーで叩き付けたので地面が軽くひび割れて凹んだが、金剛の視界には入らない。それよりも食料となるモノを探していたハズが食料がありそうにない場所に出た自分の運の悪さに対するショックが大きかった。

 

 しかし、同時にこの島に崖があることに疑問を持った。崖があるということはかなりの傾斜があるということだ。一体どれくらいの高さなのだろうか……そう思った金剛は、注意しながら崖の下を覗き込んだ。

 

 「オー……結構高いデスネ……」

 

 金剛の思った以上に崖は高かった。眼下には海と岩肌が見えており、岩肌にぶつかった波による水しぶきがキラキラと光っている。他には広大な海が広がるばかりで、特に目新しいモノはなかった。

 

 

 

 ― キヒッ ―

 

 

 

 「うあ……っ!?」

 

 不意に、金剛の頭に笑い声が響いた。それと同時に、ノイズが掛かった風景……目の前には崖と海以外何もなかったハズなのに、金剛の目の前に何かの映像が映る。崖の上に崩れ落ちた金剛は右手で頭を抑え、その映像を見る。そこに映るのは3人で、金剛にはまるで真横から見ているかのように見えている。3人の内、1人はイブキだ。だが、残り2人は金剛の記憶にはない。辛うじて艦娘と深海棲艦であることが分かるが、名前までは分からない。

 

 (いえ……深海棲艦のネームは……レ級)

 

 しかし、不思議なことに深海棲艦……レ級の名前だけは理解できた。不思議がっている金剛を余所に、映像は進む。なぜか声は聞こえないが、言い争っていることは理解出来た。構図としては、艦娘がレ級に向かって怒鳴りつけ、レ級をイブキが庇っているかのように見える。よく見れば艦娘はボロボロで、浮かんでいるのが奇跡とも呼べる程だ。

 

 「あっ!?」

 

 突然、艦娘が軍刀のような艤装らしきものを振り下ろした。その軍刀はイブキの右肩を浅く斬り裂き、半ばから折れる。どうして避けなかったんだと叫びたくなったが、イブキの後ろにレ級がいることを思い出し、彼女がレ級を庇ったのだと思い至る。その姿に、金剛はなぜか胸の奥が暖かくなるような気持ちを抱いた。しかし、その気持ちもすぐに消え去ることになる。

 

 「っ!? 危ないデス!!」

 

 いつの間にか艦娘に左腰の軍刀を奪われたイブキが、その軍刀で再び斬り裂かれようとしていた。金剛は咄嗟に届くはずのない手を伸ばし……映像のレ級がイブキを庇って首を斬られ、それと同時に金剛の首に激痛が走った。

 

 「がっ……あっ、が、ああああっ!!」

 

 金剛は首を抑え、その場にうずくまる。にもかかわらず、金剛の頭の中には先の映像の続きが流れていた。艦娘は沈み、レ級は首の半ばまで軍刀の刃が刺さったままに、イブキは今にも泣きそうな表情でレ級の傍らにいる。そして何か喋った後にレ級は沈み……そこで映像は終わった。

 

 「ハァッ……ハァッ……今のは、何デスカ……?」

 

 まるで体力の限界まで身体を酷使したかのような疲労感を覚えつつ、金剛は誰にでもなく問い掛ける。まるで何かの映画を見ていたかのような映像……否、“記憶”。まるで自分が体験したかのような首の痛み。意味が分からず、白昼夢を見ていたと言えばそれまで……だが、あの記憶の映像は現実にあったことだと金剛は直感的に確信していた。なぜなら、金剛は芝居を見ている観客のような第三者の視点で見ていたのと同時に“レ級が見ていたであろう景色”も同時に見えていたからだ。

 

 イブキの背中、憤怒の形相を浮かべた艦娘、イブキを庇って首を斬り裂かれるレ級(じぶん)……それらを、金剛は全て見ていた。首に激痛が走ったのも、本当に自分が斬り裂かれたかのような視点だったことによる幻痛なのだろう。

 

 「戻り、マショウ……」

 

 金剛は精神的にも身体的にも疲労を感じながら、崖から見える景色に背を向けてフラフラとした足取りで屋敷に向かう。もう食料を探すような精神状況ではなかったし、何よりも心身ともに休めたかった。自分ではない誰かの記憶を何の心構えなく追体験させられたような出来事に遭ったのだ、そうしたいと考えるのも仕方のないことだろう。

 

 「……イブキ、サン」

 

 そして、なぜか無性にイブキに会いたくなった。心からイブキを欲していた。それは追体験をしたからか、それともこの島の自分以外で唯一の住人である彼女と一緒にいることで独りの寂しさを紛らわせたかったからか。自分でも分からない心境のまま、金剛は歩いていった。

 

 

 

 ― キヒヒッ♪ ―

 

 

 

 頭の中で響く、自分以外の誰かの笑い声を無視しながら。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 深海のどこかにある洞窟の中に、その存在はいた。白髪のストレートヘアにノースリーブのセーラー服を着用したその存在……名を、駆逐棲姫。彼女こそが、半年前にイブキ達のいた島で夕立を襲い、行方不明にした張本人である。しかし、彼女には膝から下の両足がない……ならばどうやって上陸したのか?

 

 姫の中には、艤装が浮いているものがいる。駆逐棲姫の下半身にも艤装が存在し、彼女はその艤装が浮遊することを利用して身体ごと浮いて移動出来るのだ。その為、彼女は歩けない代わりに水上を移動するように陸上を移動することが出来る。今いる洞窟の中を移動する際にも、彼女はそうやって移動している。

 

 しかし、浮遊出来るからと言って自在に動ける訳ではない。艦娘だろうと深海棲艦だろうと、どこまでいっても彼女達は“艦船”である。故に、船と同じような動きしか出来ない。浮遊すれば波や地形に左右されずに済むが、進んだり曲がったりするには船と同じ軌道を描く必要があるのだ。

 

 「……ッ!」

 

 ギリッと歯を食いしばり、駆逐棲姫は涙をこぼしながら俯く。その眼下には、1隻の深海棲艦……イブキに首を折られて絶命した、あの戦艦ル級の遺体があった。それは海に沈んだ後、偶然にも駆逐棲姫の元に辿り着いた。傷がないという意味では綺麗な遺体だが、歪な方向に曲がった首が痛々しいことこの上なかった。この場にはないが、他の3隻……2隻のロ級とチ級の遺体……否、最早残骸と呼ぶべきそれも彼女は目にしている。特に酷いのはロ級達だった。上下半分に断たれた身体からはみ出て水中を漂う臓物のようなモノを直視してしまった駆逐棲姫は、思わず胃の中のモノを吐き出してしまう程のおぞましさを感じた。

 

 そして、その4隻は全て彼女の配下……友達と呼んでいた者達だったのだ。だから彼女は涙を流す。また失われた友達の命に対して、友達を失った悲しさによって。

 

 「軍刀ヲ持ッタ新種ノ……艦娘……ッ!!」

 

 深海棲艦の間で囁かれている、軍刀を持った新種の艦娘。半年前に沈めたハズの存在だがその噂は未だ絶えず、それどころか幾つもの新しい噂まで出回っている。その中に、駆逐棲姫が気になったモノがあった。それは、何かの持ち主を探しているというもの。そして、自分は半年前に艦娘を沈め、髪留めを無くしている……あの時の艦娘の仲間が犯人である自分を探しているのではと、駆逐棲姫は考えたのだ。

 

 勿論、その新種の艦娘が自分の友達を殺した犯人である証拠などない。その場面を見た訳ではないし、軍刀を持っている艦娘など他にもいるのだ。とは言っても、実際に軍刀……否、近接武器で深海棲艦を沈められる艦娘など殆どいない。そもそも近付くという行動自体、かつて軍艦であった艦娘は忌避しているのだから。故に、犯人は新種の艦娘であることはほぼ確定的。もしかしたら、以前に殺したであろう艦娘は犯人ではなかったのかもしれない。最も、人違いだとしても今更の話であるが。

 

 「……仇ヲ取ラナキャ」

 

 件の艦娘が以前殺した艦娘の仲間であるなら、同じ場所に訪れるかもしれない。そう考えた駆逐棲姫は洞窟の奥に向かい、準備を始める。弾薬を込め、燃料を補充し、全力を出せるように。この身は深海棲艦の頂点に座す姫、たった1隻の艦娘など全力を出せば恐れることなどない。

 

 「待ッテイナサイ……軍刀ノ艦娘!」

 

 それは、期しくも金剛がイブキと出会ってから1週間経った日と同日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 「イブキさん、島にいてくれるといいケド……」

 

 大本営に呼び出された日の翌日、時雨は提督に頼み込んで1人で遠征に出ると頼み込んで了承してもらい、イブキと夕立がいるハズの島に向かっていた。その理由は、2人に警告する為だ。

 

 大本営に呼び出されたあの日、時雨は自分の提督を取った。イブキ達のいる島の大まかな場所を善三に伝え、半ば放心状態で鎮守府に戻った時雨は、本当にこれで良かったのかと一晩悩んだ。悩んで、悩み抜き……些か軽率であると思いながら、彼女は決断した。夕立を頼むと言った自分が彼女と彼女の大切な人を危険な目に合わせると分かりながらも、せめてその危険を伝えようと。

 

 「見えた!」

 

 しばらくして、目的地である島が見えてきた。幾つもの海域でイブキの目撃情報が上がっていることから彼女が島にいる可能性は低いが、それでもいることに賭ける。そんな中、島が見えたことで少し心に余裕が出来たのであろう時雨は、2人が半年を経てどうなっているかを想像する。イブキには黒い噂をよく耳にするが、好き好んでやっている訳ではないだろうと時雨は考えていた。案外、シャレになっていないとは言え勢い余ってやっているのかもしれない。そしてそれを夕立に自白して怒られたりして……そんな自分の想像にクスッと笑った。

 

 

 

 そして、時雨の足下が爆発した。

 

 

 

 「命中確認。機影なし……任務達成と判断します」

 

 『ご苦労。帰還しろ』

 

 「了解しました、提と……総司令」

 

 時雨がいた場所から上がる黒煙を見届けた後、彼女の遙か後方にいた存在は総司令……渡部 善三に通信をした後、彼に命じられて反転して帰還するべく進み始めた。その表情は味方である艦娘が黒煙と共に姿を消したというにもかかわらず、何も感じていないかのように無表情である。

 

 『しかし、予想通りに動いてくれたものだ。お前も、よくやってくれたな』

 

 「……任務ですから」

 

 『だが、不服そうだな』

 

 「……いえ、そのようなことは……」

 

 善三のせせら笑うような声にも存在は無表情を崩さない。時雨の足下で起きた爆発は、存在が引き起こしたものだった。存在は善三にある命令を下されていた。○○鎮守府を見張り、その鎮守府から時雨が単艦で出撃した場合は尾行せよと。そして目的地が時雨が報告していた島であった場合……雷撃処分だと。

 

 『彼女は単艦で出撃中運悪く深海棲艦と遭遇、交戦の末撃沈……そういう筋書きだ。敵にこちらの情報をリークしようとしたところを雷撃処分では格好がつかんだろう』

 

 「……」

 

 『これで通信を終わる。速やかに帰投しろ……お前は私の命令でやったのだということを忘れるな』

 

 すぐに通信は切れた。最後の言葉は、気休め程度でしかないが友軍を沈めた存在に対する優しさだろう。悪いのはお前ではなく、命令した自分なのだと。存在は、善三とは彼の部下である艦娘の中で最も古くから共にいる艦娘だった。故に、言葉に含まれた優しさを知ることくらい簡単だ。

 

 今回の時雨の雷撃処分を深海棲艦と戦った末の撃沈という筋書きにするのも、ある種の優しさだろう。時雨が行おうとした行動は立派な反逆行為なのだから。善三は正しく、自分も正しいことをした……存在はそう己に言い聞かせる。例え正しい行動をしているハズなのに、胸が張り裂けんばかりの痛みと罪悪感を感じていても。仲間を討ったことに胃の中のものを吐き出しそうな不快感を感じていても。

 

 「私と総司令に……不知火に落ち度はない」

 

 存在……不知火は、何度も何度もそう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 「……今日も収穫はない、か」

 

 すっかり日も暮れ、屋敷へと戻る最中に俺はそう呟く。金剛と出会った日から1週間……駆逐棲姫の情報を得てから1週間経った今日この日まで、何の情報も得られなかった。それどころか艦娘には出会わず、深海棲艦は喋られない奴ばかりと出会う……情報が得られるハズがない。そもそもだ……俺は深海棲艦がどこから現れてどこから生まれてくるのかも知らない。名前の通り深海から現れるなら、俺には捜しようがない。この身体は人間と変わらず呼吸を必要とする為、長時間水中にいることは出来ない……潜ることは出来るが、それは艤装を付けていない場合に限る。

 

 「……艤装、か」

 

 数多の艦娘が細々(こまごま)と身体中に艤装を付けていることに対し、俺はこの軍刀と鞘を固定する為の装備しか艤装と呼べるものはない。それはこの軍刀達が、武器として以外にも様々な船の装備や機能を兼用しているから……らしい。妖精ズから直接聞いたことだし、間違いではないのだろう。ゲームの艦これならば、1人の艦娘にスロットが1~4つあり、そこに主砲に副砲、電探やソナー等の装備を当てはめていく。しかし俺の場合、俺自身のスロットに軍刀を当てはめ、更に軍刀にもスロットがあってそこに他の装備を当てはめられるようになっているようなもの。軍刀1つで武器、電探、ソナーを同時に使えるということだ。更にそこに姿勢制御やダメージコントロール等の機能も付いている……軍刀と帯刀用の装備だけで完結しているのだ。

 

 「……駆逐棲姫、か」

 

 脳内の話題が艤装から仇である駆逐棲姫に移る。“駆逐”と名が付いているのだから、容姿はきっと幼いのだろう。それでいて大きな屋敷を半壊させ、地を抉るような火力を誇る……案外、戦艦棲姫と変わらない見た目なのかもしれない。

 

 「……俺は、何なのだろうか?」

 

 最近はこうして自問自答ばかりを繰り返している気がする。駆逐棲姫がその名の通りの見た目ならば、俺という存在の艦種は何になるだろうか。見た目で判断するなら、重巡や戦艦になるか? 速度ならば間違いなく駆逐艦になるが……チラリと視線が自分の胸元に行く。そこには大きな乳房がたわわに実っている……それに、身長も成人女性の平均以上に高い。この大きさで駆逐艦はないだろう……ならば軽巡? それもしっくりこない。飛行甲板がないので空母もない。長時間潜れないので潜水艦という線も消える。やはり重巡か戦艦だろうか。

 

 しかし、と思う。俺は以前に、今にも沈みそうな天龍の振るった、今にも折れそうな軍刀の一撃を右肩に受けてダメージを負っている。つまり、俺自身の装甲は撃沈寸前の軽巡の攻撃でダメージを負ってしまうほど薄いということになる。人間を超越した力を持ちながら、その身体はどこまでも人間だった某大総統のように、俺という身体は脆いのだ。そんな俺が、堅牢な装甲を持つ重巡や戦艦と呼べるだろうか。そうしていつも同じ結論に行き着く……分からないと。艦娘か深海棲艦か分からない。どうやってこの世界に来たのかも分からない。死んだ果ての輪廻転生なのか、あるいはこの身体に“俺”という魂が入り込んだのかも分からない。そもそも本当に俺には前世と呼べるものがあるのかも分からない。僅かに残る艦これという作品の記憶やどこかの一室の風景は本当に俺の記憶なのか? 疑い出せばキリがない。ハッキリしているのは、俺が“イブキ”として半年を過ごした時間くらいだろう。

 

 長々と思考に没頭したが、やったことは単なる“俺”という存在の復習に過ぎない。何も分かっちゃいない。何も理解出来ちゃいない。だが、俺が今やることは変わらない。夕立が沈んでいないと信じ、彼女を探し出すこと。彼女を行方不明にした犯人であろう駆逐棲姫を見つけ出し、仇を討つこと。そして……また、島で共に暮らすことだ。金剛は……まあ、受け入れてくれる鎮守府がなければあの部屋をそのまま使わせてもいいだろう。

 

 「……帰るか」

 

 そう呟き、俺は止めていた足を動かして屋敷のある島に向かった。帰ってみれば何やら金剛の顔が青かったが……大丈夫かと聞いても本人が何も言わずに首を横に振るので、夕飯の何かの魚を焼いたモノを置いておき、俺は隣の部屋……夕立の部屋で眠りについたのだった。

 

 

 

 ― イブキ……キヒヒッ♪ ―

 

 

 

 その直前、どこからかレ級の笑い声が聞こえた気がした。




準備期間というか嵐の前の静けさというか天国へのカウントダウンみたいなお話でした。駆逐棲姫の絵を最初見た時、正座しながら浮かんでるようにしか見えなかったです←

今回初登場なのは老人の名前、不知火でした。鎮守府の名前が記号なのは皆様のご想像にお任せしますという意思表示です。私の知識では色々怪しいので……多分、日向辺りは横須賀じゃないですかね←

イブキの装備をゲームで表すと

      ┏ソナー
イブキ┳軍刀╋電探
   ┃  ┗ドラム缶
   ┣軍刀(略
   略

みたいになります。こんなんいたら即撤退命令出しますわ←



 今回のおさらい



老人、名前発覚。金剛、厨二病発症。内なる私が目を覚ます。駆逐棲姫、戦闘準備。艦娘時雨の消失。不知火登場。特に落ち度はありません。イブキ、特に進展なし。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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